サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
夏休みは休むためにある。
言葉だけ見れば、これほど分かりやすいものもない。夏に休むから夏休み。主語と述語の関係が明快で、子供にも優しい。問題は、現実というやつが子供にも俺にも優しくないことだ。
小猫の修行。黒歌との和解。死者蘇生事件。ラドン戦。ハーデス介入。
思い出すだけで胃に悪い。列挙しても胃に悪い。省略しても胃に悪い。つまり、俺の夏休みは夏休みではなく、夏の皮を被った災害対応訓練だった。
「……太郎、眠そう」
登校途中、隣を歩く絶花が言った。
絶花は中等部の制服姿だ。俺は高等部一年。つまり、同じ学校には通っているが、同じクラスではない。校舎も違う。だから朝のこの道くらいが、数少ない同行時間になる。
「寝足りねぇんだよ。夏休みってのは休むためにあるんじゃなかったのか」
「太郎は……休んでなかった」
「思い出させんな。内臓が抗議してくる」
「内臓だけ?」
「人間性も多少削れた」
「人間性は……前から少ない」
「朝から的確に刺してくるな」
絶花は小さく首を傾げるだけだった。悪意はない。ないから質が悪い。
校門の前には、小猫が立っていた。
塔城小猫。俺のクラスメイトで、リアス・グレモリー眷属の戦車で、俺の正体にかなり近いところまで踏み込んでしまった相手。
いや、踏み込んだというより、こっちが隠しきれなかったと言うべきか。
小猫は同じクラスにいた。近くにいた。事件に関わった。事情を知った。
秘密というやつは、距離に弱い。
「……おはようございます」
「おう。二学期初日から顔色が普通だな。及第点」
「……採点される覚えはありません」
「健康確認だ」
「余計なお世話です」
口調は相変わらず淡々としている。だが、夏休み前より沈んでいない。黒歌との件を越えて、小猫の中で何かが整理されたのだろう。
そういうことを言うと面倒なので、もちろん言わない。
「小猫ちゃん、元気そうでよかった」
絶花が言うと、小猫はこくりと頷いた。
「絶花さんも」
「うん」
会話が短い。だが、この二人はこれで成立している。沈黙を隙間ではなく空気として扱える人間同士というのは、なかなか便利だ。
その空気を、小猫が静かに破った。
「……今日、天使側の使者が来ます」
「二学期初日だぞ」
「はい」
「二学期初日から天使かよ。悪魔、堕天使、死神の次は天使。駒王町ってのは見本市か何かか」
「……見本市?」
絶花が首を傾げる。
「ろくでもないものが集まる場所って意味だ」
「太郎も?」
「俺は展示物じゃねぇ」
「でも、変」
「否定しにくい角度から殴るな」
小猫が俺を見る。
「……今日の顔合わせ、太郎さんは?」
「出ねぇよ」
即答した。
俺がその場に出れば、当然怪しまれる。天使側の使者が来る場で、妙に事情を知っている男子高校生が壁際に突っ立っていたら、それはもう怪しんでくださいと言っているようなものだ。
まして、俺はただの高校一年生で通している。
宇宙刑事ギャバンだの、ギャバン・キングだの、そんな看板を学生服の下に隠しているとは思われたくない。思われた時点で、話が面倒になる。
「宇宙警察側の話はレオルドがする。俺は出ない。俺が出る時は――」
そこで一度、言葉を切った。
「俺としてじゃない」
小猫は少しだけ目を伏せた。
「……ギャバン・キングですか」
「必要ならな」
「分かりました」
絶花だけが、俺と小猫を交互に見た。
「……何の話?」
「面倒な話」
「いつもの?」
「そうだ。いつもの面倒な話だ」
始業のチャイムが鳴る。
絶花は中等部の校舎へ向かう前に、こちらを見た。
「太郎は、放課後は?」
「少し別行動だ。お前は旧校舎に来い。リアスたちの近くなら安全だ」
「私は荷物じゃない」
「知ってる。だから雑には置かねぇよ」
絶花は少し黙り、それから頷いた。
俺は高等部の校舎へ向かった。
授業は退屈だった。
退屈というのは本来ありがたいものだ。退屈であるということは、少なくとも怪獣が出ていない。死神が来ていない。宇宙規模の犯罪者に狙われていない。そういう意味では、古文の助動詞という名の精神攻撃もまだ平和側に分類できる。
分類できるだけで、理解できるとは言っていない。
休み時間、端末が震えた。
画面は見ない。教室で宇宙警察の通信を開くほど、俺は人生を雑に扱っていない。
「……何だ」
『太郎、聞こえるか』
レオルドの声だ。
宇宙警察側の実務担当。解析役。連絡役。俺の相棒。見た目は完全に犬。
本人は犬ではないと主張しているが、初見の印象は法律より強い。
『今日の顔合わせだが、お前は出るな。分かってるな?』
「朝から確認済みだ」
『お前の確認済みほど信用ならねえもんもないだろ。いいか、天使側の使者に太郎として顔を見せるな。見せたらそこから芋づる式に怪しまれる』
「俺だってそこまで馬鹿じゃねぇよ」
『馬鹿じゃねえのは知ってる。問題は、お前が面倒を面倒なまま処理しようとするところだ』
「褒めてるのか?」
『文句だよ。聞き分けろ』
レオルドは呆れたように吐き捨てる。
『宇宙警察側の説明は俺がやる。お前は通信だけ聞いてろ。必要になるまで動くな』
「必要になったら?」
『その時は太郎じゃなくて、ギャバン・キングで出ろ。声も処理する。正体に繋がる要素は消す』
「準備いいな」
『お前が毎回ろくでもない状況を引くからだよ。こっちの仕事が増えるんだ』
「助かってるぜ、相棒」
『調子いいこと言うな。あとで殴るぞ』
「前足でか?」
『噛むぞ』
通信が切れた。
犬ではないらしいが、噛む気はあるらしい。
放課後。
俺は中等部の昇降口で絶花を拾い、旧校舎へ向かった。だが、オカルト研究部の部室には入らない。
部室に入るのは絶花だけだ。
俺は廊下の手前で足を止めた。
「絶花、お前は中にいろ」
「太郎は?」
「俺は別室。姿を見せない方がいい」
「どうして?」
「俺がいると、説明が増える」
「説明、嫌い?」
「嫌いだな。特に、説明したら余計に面倒になるやつは」
絶花はじっと俺を見る。
「太郎は……ただの協力者じゃないの?」
鋭い。
無口な奴ほど、時々こういうところで逃げ道を塞いでくる。
「今はそういうことにしとけ」
「今は?」
「必要な分だけ教える。全部は無理だ」
「どうして?」
「俺一人の秘密じゃねぇからだ」
絶花は黙った。
納得はしていない。けれど、無理に聞き出そうとはしない。
「……分かった」
「よし。何かあったら小猫かリアスの近くにいろ」
「太郎は?」
「俺は見えないところにいる」
「見えないところ?」
「そういう仕事もある」
絶花は小さく頷き、部室へ入っていった。
俺は隣の空き教室へ移動する。
古い机。使われていない椅子。埃っぽい空気。窓の外には夕方の光。俺はそこに座り、端末を開いた。
レオルドの通信が繋がっている。
映像はない。音声だけだ。俺の存在を通信越しに悟らせないため、こちらからは基本的に発話しない。
向こうの扉が開く音。
リアスの声。
アーシアの小さな息。
そして、明るい声が響いた。
『失礼します。天界より、連絡役として参りました。紫藤イリナです』
紫藤イリナ。
天使側の使者。
同級生ではない。そもそも俺は高校一年生で、向こうは天界側の現場担当として来ている。学生同士の再会イベントではなく、勢力間の顔合わせだ。
『イリナさん……!』
アーシアの声が少し明るくなる。
『アーシアさん、お久しぶりです! 一誠くんも』
再会の温度が少しだけ混じる。だが、すぐにイリナの声は引き締まった。
『今日は私的な再会ではなく、天界からの正式な確認と、宇宙警察側との連絡のために来ました』
そこから一瞬、沈黙が落ちた。
たぶん、レオルドを見たのだろう。
『……え?』
ほらな。
初見の喋る犬は、天使にも効く。
『宇宙警察側連絡担当、レオルドだ。よろしくな』
『……犬、ですよね?』
『違う』
即答だった。
『ですが……』
『見た目で判断すんな。いや、初見でそうなるのは分かるけどよ。俺は愛玩動物じゃねえ。撫でようとすんなよ』
『し、しません! しませんけど……少し、かわいいと思ってしまって……』
『勘弁しろよ。初対面で威厳を削りに来るな』
俺は空き教室で少し笑った。
威厳というものは、本人が主張した時点で半分くらい削れている。
ただし、ここで俺は口を挟まない。
俺はその場にいない。
そういうことになっている。
『で、天界側の要件は?』
レオルドの声が、低く現場のものに変わった。
『天界としては、駒王町周辺で発生した一連の事件について、情報共有を求めています』
『共有できる範囲なら出す。だが先に言っとくぞ。宇宙警察は三大勢力の指揮下じゃねえ。悪魔にも、堕天使にも、天界にも従属しない』
『それは理解しています。ですが、地上で発生した異常事件である以上、天界としても無関係ではいられません』
『ああ、そこは分かる。こっちも天界を敵として見てるわけじゃねえ。担当領域が重なったら話し合う。現場じゃそれが一番マシだ』
レオルドの口調は荒い。
だが、話は早い。
綺麗な外交辞令ではなく、実務の言葉だ。互いに全部を信用しない。だが、被害を減らすために必要な分は共有する。その線引きは、むしろ信用できる。
『こちらにも現地協力者はいる』
レオルドが言った。
俺は端末を見下ろす。
『だが、身元は伏せる。今は開示する段階じゃねえ』
『その方は、宇宙警察の方なのですか?』
『協力者だ。詳細権限は出せねえ。悪いが、そこは飲んでくれ』
沈黙。
イリナが納得していないのが音だけで分かる。
だが、彼女は踏み込まなかった。
『……分かりました』
引ける相手は、まだ話せる。
俺は椅子に背を預けた。
ここで俺が部屋にいたら、イリナは間違いなく俺を見る。妙に事情を知っている高校生。小猫が信用している相手。レオルドが庇う存在。
怪しすぎる。
だから、太郎はその場にいない。
いるのは、通信の向こうで黙っている俺だけだ。
『実は、天界内部でも、三大勢力の協定に対して完全に納得していない者がいます』
イリナの声が重くなる。
『もちろん、天界全体の方針は和平維持です。でも、悪魔や堕天使との協力を受け入れられない者も、少数ですが存在します』
『今さらそんな……』
兵藤の声。
まあ、気持ちは分かる。
だが、今さらではない。
和平とは、上が握手して終わりではない。下まで納得が降りてくるには時間がかかる。時間がかかったところで、降りてこない奴もいる。
レオルドが俺の代わりのように言った。
『今さらじゃねえだろ。協定は上が結ぶ。納得は下まで勝手には降りてこねえ。どこの組織でも同じだ』
さすが実務屋。言い方は荒いが、現実に近い。
『最近、天使の聖光に似た反応を伴う小規模な事件が発生しています』
『こっちの観測にも引っかかってる』
レオルドの声が硬くなった。
『ただし、純粋な聖光じゃねえ。波形が汚い。怒り、憎悪、拒絶……そういう負の感情波が混ざってる』
『負の感情……?』
『平たく言えば、濁ってる』
白が濁る。
それは、黒くなることとは少し違う。
白であろうとしたものが、白のまま腐っていく。正義を掲げたまま、正義の形だけを残して中身を変質させる。
嫌な話だ。
かなり嫌な話だ。
『勘弁しろよ、ほんと』
レオルドが低く吐き捨てる。
『天使の光に負の感情波だ? 二学期初日から洒落にならねえな』
その直後だった。
端末に警告が走った。
俺の画面にも、レオルドの解析が転送されてくる。
駒王町南区。
商店街付近。
聖光類似反応。
負の感情波、急速拡大。
『反応あり』
レオルドの声が一段低くなる。
『駒王町南区、商店街付近。さっきの話、そのまま来やがった。聖光類似反応に、負の感情波が混ざってる』
『私も行きます』
イリナの声。
『天使の力が関係しているなら、見過ごせません』
『行くのは構わねえ』
レオルドは即答した。
『だが、現場で感情的に突っ込むなよ。天使が絡んでるかもしれない時ほど、足元を見ろ』
『……はい』
『小猫、お前は内側を見る。絶花の安全も確認しておけ』
『……了解です』
小猫の声が返る。
俺は立ち上がった。
空き教室の窓を開ける。夕方の風が入り込む。夏の終わりの湿った風だ。
『太郎』
通信が、俺個人に切り替わる。
『聞こえてるな』
「ああ」
『お前は太郎として出るな。絶対だ。現場で出るならギャバン・キング。声も処理する。人前で余計なことは喋るな』
「分かってる」
『お前の“分かってる”は信用しねえ。やるならせめて、死なねえ形でやれ』
「了解、相棒」
『調子いいこと言いやがって』
文句を言いながら、レオルドはすでに避難経路と現場封鎖の情報を送ってきている。
口は悪い。態度も悪い。見た目は犬。
だが、手は止まらない。
そういう相棒だ。
俺は窓枠に足をかけた。
太郎としては出ない。
なら、出る姿は一つだ。
エモルギアが、低く鳴った。
銀と金の光が、影を裂く。
制服の輪郭が消え、宇宙刑事の装甲が俺を覆っていく。ギャバン・キング。名前だけなら大層で、実態もまあ大層だ。少なくとも高校一年生の放課後に着るものではない。
だが、今はそれでいい。
太郎が現場に現れれば怪しまれる。
ギャバン・キングが現場に現れれば、宇宙警察の執行者として処理できる。
面倒な身分は、面倒な鎧で隠すに限る。
俺は窓から身を躍らせた。
夕暮れの商店街へ向かう。
白い光が濁っている。
画面越しにも分かるほど、嫌な色だった。
正義。信仰。和平。
立派な言葉は、持つ者を選ばない。だから、腐った手でも握れてしまう。
通信の向こうで、レオルドが言った。
『現場到着まで三十秒。先に言っとくぞ、無茶すんな』
俺は声を出さず、通信に短く信号だけ返した。
喋るのはレオルドの役目だ。
俺の役目は、必要な時だけ姿を見せること。
そして、面倒な火種を消すこと。
夕暮れの空の下、白く濁った光が街の影を舐めていた。
その奥に、翼を持つ影が立っている。
手の中で、黒く濁ったエモルギアが脈打っていた。
天使の光が腐る。
冗談にしても、趣味が悪すぎる。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王