サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
正義という言葉は便利だ。
便利すぎる。
人を助ける時にも使えるし、人を殴る時にも使える。誰かを守るためにも掲げられるし、誰かを踏みつけるためにも掲げられる。便利な道具ほど使い方を間違えやすいとはよく言うが、正義ほどその筆頭に立てる言葉もそうないだろう。
包丁は料理にも殺傷にも使える。
火は暖を取るにも家を焼くにも使える。
正義は人を救うにも、人を裁くにも使える。
まあ、包丁や火と違って、正義は持ち主が自分を危険物だと思っていないぶん、余計に厄介だが。
昨夜、商店街で起きた濁った聖光事件。
ネガエモルギアが混ざった天使系の術式。悪魔への敵意を煽る言葉。屋上に残された、黒く焦げた羽根。
朝になっても、事件は終わっていなかった。
事件というものは、だいたい現場が片づいてからが本番だ。燃えた家を消すのは消防の仕事だが、なぜ燃えたかを調べるのは別の仕事である。火が消えれば終わり、ではない。むしろ火が消えたからこそ、残った焦げ跡を見なければならない。
俺は旧校舎の空き教室で端末を開いていた。
今日も俺は、表に出ない。
少なくとも、唯我太郎としては。
イリナの前に俺が出れば怪しまれる。小猫と同じクラスの高校一年生が、なぜか宇宙警察の実務に詳しく、なぜか現場判断に口を出し、なぜかギャバン・キングが出る直前直後に姿を消す。そんなもの、怪しんでくださいと名札をぶら下げているようなものだ。
だから俺は裏にいる。
裏方。
通信係。
待機要員。
言い方はいくらでもあるが、要するに見えないところにいる面倒担当だ。
『太郎、聞こえるか』
端末からレオルドの声がした。
「ああ」
『昨日の商店街、追加調査に入る。天使側からイリナ、小猫は外周補助。俺が現場指揮。お前は出るな』
「朝の挨拶みたいに言うな」
『毎朝言ってやろうか。お前は出るな。お前は喋るな。お前は勝手に動くな』
「三つ目が無理だな」
『最初の二つも怪しいだろうが』
レオルドはうんざりした声で言った。
『いいか。ギャバン・キングの存在は周知されてる。だが中身が誰かは別だ。必要ならキングで出ろ。太郎としては出るな』
「分かってる」
『お前の“分かってる”は信用しねえ』
「昨日も聞いたぞ、それ」
『毎日言う必要があるからだよ。面倒くせえな、ほんと』
文句を言いながら、レオルドはもう資料を送ってきていた。
ネガエモルギア残滓の分布。
聖光反応の濃度。
人の感情を煽った痕跡。
黒く焦げた羽根の解析結果。
仕事が早い。口が悪く、態度も悪く、見た目は犬だが、仕事だけは本当に早い。
いや、見た目は犬という事実は仕事の速さとは関係ないが、毎回言っておかないと本人が勘違いするので言っておく。
『あと、妙な反応がある』
「妙な反応?」
『ネガエモルギアじゃねえ。天使でも悪魔でもない。だが現場周辺に残ってる。武装痕に近いな』
「武装痕?」
『でかい刃物で地面を押さえた跡がある。ついでに、質量のある獣型の駆動反応みたいなのも一瞬だけ拾ってる』
俺は目を細めた。
でかい刃物。
獣型。
正義を名乗りそうな騒がしい女。
候補は一人しかいない。
「……面倒なのが来たな」
『知り合いか?』
「多分な」
『多分でその嫌そうな声になるなら、ほぼ確定だろ』
「うるさい、暑苦しい、芝居がかった正義バカだ」
『お前の知り合い、何でそういう濃いのばっかなんだよ』
「知らねぇよ。向こうから来る」
『災害みたいに言うな』
「似たようなもんだ」
通信の向こうで、レオルドがため息を吐いた。
『まあいい。現場で接触したら俺が対応する。お前は黙ってろ』
「俺に挨拶してくる可能性がある」
『イリナの前で名前を出されたら面倒だな』
「だろ」
『だったら先に釘を刺せ。いや、無理か。そういうタイプじゃねえな』
「理解が早くて助かる」
『助かってねえよ。こっちの仕事が増えてるだけだ』
通信が切り替わる。
現場の音声が入った。
商店街。
昨夜の騒ぎがあった場所は、表向きには軽い事故と集団ヒステリーとして処理されている。もちろん、本当にそう信じている人間は少ない。だが、そういうことにしておくのも現場処理の一部だ。
真実とは、時に公開するより隠す方が被害が少ない。
嫌な話だが、これも現実である。
『ここが昨日の中心地点ですか』
イリナの声。
『ああ。濁った聖光反応が最初に濃くなったのはこの周辺だ』
レオルドが答える。
『小猫、そっちの路地はどうだ』
『……薄い反応が残っています。でも、昨日より弱いです』
『弱いが消えてねえ。つまり、残り火だな。踏み抜くなよ』
『了解です』
その時だった。
通信に、聞き慣れたような、できれば聞き慣れたくなかったような声が割り込んできた。
『やあやあ諸君! 朝から実に勤勉だな! 正義の味方・杉浦碧、現場検証中だ!』
声が大きい。
朝の商店街に響く声ではない。体育館でマイクなしに後列まで届かせる声だ。相変わらず、存在の音量が高い。
『……また濃いのが増えたな。勘弁しろよ』
レオルドが低く呟く。
『おお、喋る犬!』
『犬じゃねえ』
『なるほど。喋る犬ではなく、喋る協力者か!』
『訂正になってねえよ』
『では、喋る実務担当!』
『それでいい。最初からそう言え』
『うむ、理解したぞ、喋る実務担当くん!』
『名前で呼べ。レオルドだ』
『レオルドくんだな!』
『くん付けすんな。調子狂う』
俺は端末の前で額を押さえた。
この温度差。
この無駄な圧。
間違いない。杉浦碧だ。
以前、俺が解決した事件で関わったHiME。ハルバートのエレメントを振るい、チャイルド・愕天王を使う、熱血正義お姉さん。自称正義の味方。実際にも、まあ、正義の味方寄りではある。
ただしうるさい。
致命的にうるさい。
『あの……あなたは?』
イリナが戸惑いながら問う。
『杉浦碧だ。通りすがりの正義の味方、兼、少しばかり事情を知る協力者だよ』
『協力者?』
『うむ。以前、似たような負の感情を燃料にする力と遭遇したことがあってね。今回の濁り方は、その時の匂いに近い』
碧は俺の名前を出さなかった。
そこは空気を読んだらしい。
いや、碧に空気を読む能力があることに驚くのは失礼か。あいつは騒がしいが、馬鹿ではない。むしろ現場判断は早い。騒がしいことと、状況が見えていないことは別問題だ。
『負の感情を燃料にする力……ネガエモルギアのことか?』
レオルドが問う。
『名は知らなかったが、似たものは見た。人の怒りや悲しみを正当化し、膨らませる力だ。あれは危険だぞ。正しいと思っている人間ほど、自分が踏み外したことに気づかない』
その言葉に、イリナが黙った。
碧は続ける。
『今回のものは、さらに悪い。正義の形をしている。天使の光に似ているなら、なおさらだ。善意の顔をした悪意ほど、始末に負えないものはないからな』
『……あなたは、天使でも悪魔でもないんですよね』
イリナが言った。
『どうしてそこまで関わるんですか』
『困っている人がいる。正義を名乗る力が人を傷つけている。なら、私が見過ごす理由はないだろう?』
即答だった。
迷いがない。
迷いがないというより、迷った上でそこに立っている声だ。
碧はふざける。芝居がかる。大声で名乗る。だが、正義という言葉を茶化してはいない。むしろ本気で使っているからこそ、暑苦しくなる。
イリナの正義は、天使としての正義だ。
碧の正義は、個人としての正義だ。
組織に属する正義と、個人が勝手に背負う正義。
どちらが正しいかという話ではない。どちらも危うい。どちらも必要だ。だから面倒なのである。
『お前ら、何で正義を名乗る奴ほど声がでけえんだよ』
レオルドが疲れた声を出した。
『小声で語る正義も奥ゆかしくてよいが、やはり届かねば意味がないからな!』
『届きすぎて鼓膜に来るんだよ』
『はっはっは! それはすまんな!』
『謝る気ないだろ』
『あるぞ! 大声で!』
『もういい、黙って現場を見ろ』
レオルドのツッコミに、碧はようやく少しだけ声を落とした。
『ふむ。中心はこの辺りか。羽根の焦げ跡が残っているな』
『触るなよ。ネガエモルギアの残滓がある』
『承知している。正義の味方は、証拠品を雑に扱わない』
『その割には登場が雑だったけどな』
『演出だ』
『現場で演出するな』
会話だけ聞いているとふざけているようにしか思えない。だが、端末に送られてくる映像では、碧はちゃんと現場を見ていた。
ハルバートを肩に担いでいる。
軽い仕草だが、刃の位置は通行人に向かない。足元の焦げ跡を踏まない。イリナの邪魔になる場所には立たない。小猫の避難導線も塞がない。
騒がしいが、邪魔ではない。
ここが碧の厄介なところだ。
『……レオルドさん』
小猫が小さく言う。
『何だ』
『この人、太郎さんの知り合いですか』
俺は思わず端末を睨んだ。
こいつ、鋭い。
いや、知っていた。知っていたが、こういうところで正確に刺してくる。
『否定したいが、否定材料がねえ』
レオルドがぼやく。
『太郎の周りには、こういう人が多いのでしょうか』
『残念ながら、否定材料がねえ』
おい。
否定しろ。
いや、否定材料は確かにないかもしれないが、努力くらいはしろ。
『ん? 太郎?』
イリナが反応しかける。
レオルドが即座に割り込んだ。
『現地協力者の話だ。今はそれより反応を見ろ。小猫、そっちの残滓が動いてる』
うまい。
雑だが、うまい。
実際、画面上の反応が揺れた。
ネガエモルギアの残滓が、路地の奥で薄く膨らんでいる。昨日の残り火。それが、通りかかった青年の感情に触れた。
青年の顔つきが変わる。
「悪魔と和平……? 馬鹿げてる……」
呟きは小さい。
だが、そこに濁った光が絡みつく。
「正しいのは、裁きだ。罪ある者は、隣にいるべきじゃない……!」
イリナが一歩踏み出す。
「待ってください! あなたは今、感情を――」
青年が振り返った。
「天使がなぜ止める! お前たちが裁かないから、世界が濁るんだろう!」
イリナの足が止まった。
天使として。
その言葉は、彼女の内側に触れたのだろう。
否定したい。だが、完全に無視できない。和平を選んだ天界。悪魔と手を取り、堕天使と並ぶ現在。そこに迷いが一切ないと言えば嘘になる。
そして、ネガエモルギアはそういう迷いを嗅ぎつける。
青年の背中から、濁った光が広がった。
小猫が動こうとする。
その前に、碧が出た。
ハルバートが空気を裂く。
刃は青年を斬らない。足元の影を縫うように、濁った光だけを地面へ押さえつけた。
「正義を叫ぶのは構わん!」
碧の声が響く。
「だが、その拳が誰かを傷つけるなら、まず私が止める!」
青年が呻く。
「邪魔をするな……! これは正しい怒りだ!」
「怒ることと、傷つけることは違う!」
碧はハルバートの柄を捻った。
刃に光が走る。HiMEのエレメント。悪魔の魔力とも、天使の聖光とも違う、別系統の力。感情に根差しながら、感情に溺れないよう研ぎ澄まされた刃。
濁った光が剥がれる。
だが、完全には消えない。
残滓が蛇のように跳ね、近くにいた子供へ向かう。
俺は椅子を蹴った。
次の瞬間、空き教室の窓から外へ出る。
エモルギアが鳴る。
銀と金の装甲が身体を覆う。
ギャバン・キング。
商店街まで、最短で。
『キング、出るなって言う暇もねえか』
レオルドの声。
「――」
俺は返事をしない。
通信信号だけ返す。
『分かってる。子供優先だ。やれ。ただし喋るな』
命令されるまでもない。
俺は建物の影から飛び出し、濁った光の前に割って入る。
掌で受ける。
ネガエモルギアが装甲に絡みつこうとした。
エモルギアが低く唸る。
弾く。
潰すのではなく、分離する。子供に触れる前に、感情の棘だけを引き剥がす。
白い光が砕けた。
子供は何が起きたか分からない顔で、母親に抱き寄せられる。
碧がこちらを見た。
ほんの一瞬だけ、目が笑う。
「ほう」
その声は、ぎりぎり周囲に聞こえない程度に落とされていた。
「噂通り、無愛想な正義だ」
名前は呼ばない。
さすがに分かっているらしい。
イリナもこちらを見る。だが、彼女の視線にあるのは詮索ではなく、驚きと確認だった。
「ギャバン・キング……!」
『キング、残滓はそっちで抑えろ。碧、だったな。お前は暴走者を傷つけずに押さえられるか』
「任せたまえ、レオルドくん! 正義の味方は力加減も心得ている!」
『その声量の力加減も覚えろ』
「善処しよう!」
『絶対しねえ返事だな』
碧は笑いながらも、青年の腕を取り、無理なく動きを封じた。ハルバートの刃は、まだ濁った光だけを地面に押さえている。器用なものだ。
イリナが青年の前に膝をつく。
「大丈夫です。深く息をしてください。今あなたが感じている怒りは、利用されています」
「俺は……俺は、ただ……」
「怒ることは間違いではありません。でも、それで誰かを傷つけたら、あなた自身も傷つきます」
イリナの声は震えていた。
だが、逃げてはいなかった。
青年の背中から、最後の濁った光が剥がれる。
俺はそれを掌で捕捉し、レオルドへデータを送る。
『サンプル確認。昨日の残滓が再活性化したタイプだな。敵本体はいねえ。仕掛けだけ残してやがる』
レオルドの声が苦い。
『嫌らしいやり方だ。人の感情を地雷にしてる』
俺は短く信号を返す。
『ああ。分かってる。撤収しろ、キング。これ以上いるとまた目立つ』
俺は頷き、建物の影へ入る。
去り際に、小猫と目が合った。
小猫は何も言わない。
ただ、ほんの少しだけ頷いた。
分かっている。
お互いに、分かっている。
俺はそのまま姿を消した。
装甲を解除したのは、旧校舎の裏手だった。
制服へ戻ると、急に世界の温度が近くなる。ギャバン・キングの装甲越しに見ていた街は、どこか一枚隔てた現場だった。制服姿に戻ると、そこは急に俺の通う学校と俺の暮らす町になる。
どちらも同じ場所だ。
違うのは、俺の立場だけ。
夕方、部室には入らなかった。
太郎は今日も、表の現場にはいなかったことになっている。そういう嘘は、重ねれば重ねるほど形が崩れやすい。だが、今はまだ必要だった。
中等部の昇降口近くで、絶花に捕まった。
「……太郎」
「何だ」
「昨日も今日も、どこにいたの?」
来た。
やっぱり来た。
絶花は無表情に見えて、こういう時だけ真っ直ぐ逃げ道を塞いでくる。
「見えないところ」
「それ、答えじゃない」
「答えではある。納得できる答えじゃないだけだ」
「ずるい」
「否定はしねぇ」
絶花はじっと俺を見る。
「危ないこと、してる?」
「してないとは言わん」
「太郎」
「必要なことをしてる」
俺は短く言った。
それ以上言うと、たぶん嘘になる。だから言わない。
絶花はしばらく黙っていた。
「……今は、それで勘弁してあげる」
「上からだな」
「でも、あとで聞く」
「だろうな」
絶花は頷き、中等部の校舎へ戻っていった。
俺は息を吐く。
秘密というものは、守る側にも、知らされない側にも負担をかける。きれいごとでは済まない。だが、全部明かせば楽になるというものでもない。
そういう面倒な均衡の上で、俺たちは立っている。
夜。
旧校舎の屋上。
俺はそこに呼び出されていた。
呼び出したのは、言うまでもない。
「久しぶりだな、唯我くん!」
声がでかい。
夜の屋上で出していい音量ではない。
「声がでけぇ。近所迷惑だ、正義バカ」
「再会一言目がそれかね! 実に君らしい!」
杉浦碧は、ハルバートを肩に担いで笑っていた。
相変わらずだ。
年長者の落ち着きと、年長者とは思えない暑苦しさが同居している。黙っていれば頼れる大人。喋ると熱血ヒーローショー。そんな女だ。
「イリナの前で名前を出さなかったのは褒めてやる」
「私を何だと思っているのかね」
「うるさい正義バカ」
「評価が一貫している!」
「褒めてる部分もある」
「どこにだね?」
「一応、正義」
「そこは大いに褒めてくれていいところだぞ」
碧は笑い、ハルバートの刃先で小さなケースを示した。
「これを持ってきた。昨夜の羽根の欠片と、今日の残滓だ。レオルドくんにも渡したが、君にも見せておこうと思ってね」
「余計な気を回すな」
「必要な気だ。君は表に出られんのだろう?」
俺は黙った。
碧の目は笑っていなかった。
騒がしいが、見えている。
こいつはそういう奴だ。
「あの光は危ない」
碧は夜の町を見る。
「正義を名乗る者ほど呑まれるぞ。怒りを正しいものだと信じた瞬間、あの濁りは足元から入ってくる」
「だろうな。正義って言葉は便利だ。人を助けるのにも、人を殴るのにも使える」
「だからこそ、使い方を間違えた者は止めなければならない」
「相変わらず暑苦しいな」
「相変わらず口が悪いな」
碧は楽しそうに笑った。
それから、少しだけ真面目な声になる。
「私も同行しよう。正義の味方として、この事件は見逃せん」
「面倒なのが増えた」
「断らないのかね?」
「断って帰るなら断る」
「帰らんな!」
「だろうな」
俺はケースを受け取った。
中で、黒く焦げた羽根の欠片が小さく震えた気がした。
天使の正義。
宇宙警察の実務。
HiMEの正義の味方。
役者が増えると、話はだいたい複雑になる。
だが、複雑になった話ほど、単純な力だけでは解けない。
俺はケースをポケットにしまい、夜風の中で息を吐いた。
「役に立てよ、正義バカ」
碧は胸を張った。
「任せたまえ。正義の味方・杉浦碧、ここに再び参上だ!」
「だから声がでけぇんだよ」
夜の屋上に、碧の笑い声が響いた。
濁った正義を追うには、少し騒がしすぎる正義が、案外ちょうどいいのかもしれなかった。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
-
怪獣王
-
幻想王