サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
秘密を守るというのは、単に黙っていればいいという話ではない。
黙るだけで守れる秘密なら苦労はない。世の中の秘密はたいてい、沈黙の隙間から漏れる。視線から漏れる。間から漏れる。呼び方から漏れる。知っている者同士の空気から漏れる。
つまり、秘密とは水みたいなものだ。
器に穴が空いていれば、少しずつ染み出す。
で、その穴になりそうな女が、朝っぱらから旧校舎の空き教室に立っていた。
「やあ、おはよう、唯我くん!」
「声がでけぇ」
杉浦碧は、ハルバートを肩に担いで笑っていた。
朝日を背負い、制服でもなければ教師然とした格好でもなく、しかし妙に学校という場所へ馴染んでいる。年上の余裕と、年上にあるまじき暑苦しさ。その二つを同じ鍋で煮込んだような女だ。
「昨日も言ったが、天使の前で俺の名前を出すな」
「心得ているとも。君は表向き、ただの高校一年生なのだろう?」
「表向きじゃなく高校一年生だ」
「裏向きが派手すぎるのだよ、君は」
「うるせぇ」
裏向き。
言い方はふざけているが、事実でもある。
表の俺は唯我太郎。高等部一年生。口が悪く、性格もさほど良くなく、面倒ごとを嫌う男子生徒。
裏の俺はギャバン・キングを扱う宇宙警察側の執行者。
こうして並べると、本人確認書類を二枚出せと言われそうな人生である。
碧は窓際に寄り、外の景色を見た。
「昨日の濁った光は危険だ。正義を信じる者ほど、足元から持っていかれる」
「だろうな。お前みたいな正義バカほど危ない」
「否定はせん」
意外にも、碧はすぐに頷いた。
「だからこそ、私が見ておく必要がある」
「あ?」
「私は自分が絶対に正しいとは思っていない。正義の味方などと名乗ってはいるがね。名乗るからこそ、間違える可能性を忘れてはいけない」
ふざけているようで、ふざけていない。
こいつの面倒なところはそこだ。
大声で名乗る。大仰に笑う。いちいち芝居がかっている。だが、その芯は軽くない。正義という言葉を玩具にしていない。むしろ重いものだと知っているから、持ち上げる時にわざと明るく振る舞う。
そういう女だ。
「レオルドに従え。今日の説明と現場指揮はあいつがやる」
「うむ。喋る実務担当くんだな」
「その呼び方やめろ。あいつがキレる」
「では、レオルドくん」
「それもたぶんキレる」
「難しい男だな」
「犬だしな」
「犬ではないと言っていたぞ」
「見た目は犬だろ」
「なるほど。君たちは仲がいいのだな」
「どこをどう聞いたらそうなるんだよ」
碧は楽しそうに笑った。
俺はため息を吐く。
「俺は表に出ない。出るならギャバン・キングだ。三大勢力の前で、俺とギャバン・キングを結びつけるような真似はするな」
そこだけは、ふざけさせない。
碧もそれを分かっていたのだろう。笑みを少し引っ込めた。
「了解した。君ではなく、宇宙警察の執行者として扱えばいいのだな」
「ああ」
「正義の味方は、仲間の正体を売ったりせんよ」
「なら声量も守れ」
「善処しよう!」
「絶対しねぇ返事だな」
朝の旧校舎に、碧の笑い声が響いた。
窓の外で、鳥が一羽逃げた。
その後、俺はいつもの通り隣の空き教室へ移動した。
太郎としては出ない。
会議にも出ない。
説明もしない。
通信で聞くだけだ。
これが地味に面倒くさい。何が面倒かと言えば、口を挟みたい時に挟めない。俺は自分で思っているより口を挟む人間らしい。黙って見ていると、だいたい胃のあたりに言葉が溜まる。
溜まった言葉は内臓に悪い。
だから俺の胃はいつも重いのかもしれない。
部室の音声が端末越しに入る。
『諸君、おはよう! 正義の味方・杉浦碧、協力者として参上した!』
朝から鼓膜に悪い。
『また濃い人が来たな……』
兵藤の声が聞こえた。
『あらあら、賑やかですわね』
朱乃は楽しそうだ。
『……声、大きい』
絶花の声も混じっていた。
あいつは中等部だが、今日はリアスたちの近くに置いている。昨日から続く事件で、下手に一人で帰らせるより安全だ。本人は荷物扱いを嫌がるだろうが、安全と機嫌を天秤にかければ、安全が勝つ。機嫌はあとで何とかする。たぶん。何とかならないこともあるが、それはそれでその時だ。
『朝から鼓膜に来るな。勘弁しろ』
レオルドが疲れた声を出した。
『すまんすまん。声は正義の基本装備でね』
『そんな装備は外せ』
『それは難しいな!』
『難しいんじゃなくて、やる気がねえだけだろ』
椅子の上に座っているであろうレオルドの姿が、音声だけでも目に浮かぶ。犬ではないと主張する喋る実務屋が、朝から熱血正義女に振り回されている。絵面だけで胃もたれする。
『杉浦さん、でいいかしら』
リアスが言う。
『碧で構わん。肩書きは正義の味方だ』
『正式な肩書きじゃねえだろ』
『心の肩書きだ』
『一番書類に困るやつだな』
レオルドは端末を操作する音を挟んで、説明に入った。
『杉浦碧は、過去にネガエモルギア類似案件へ関わった協力者だ。天使でも悪魔でもねえ。人間だが、特殊能力持ちだ』
『特殊能力……神器ですか?』
イリナが問う。
『違う』
レオルドの声が少し低くなった。
『HiMEは、地球産の神器でも、天使の奇跡でも、悪魔の駒でもねえ。分類するなら、宇宙人由来の能力体系だ』
『宇宙人由来……?』
イリナの声が、明らかに処理落ちした。
まあ、分かる。
天使、悪魔、堕天使、神器、聖剣。そのへんまでなら、この世界の神話体系で飲み込める。そこへいきなり宇宙人由来と言われたら、そりゃ誰でも一瞬止まる。
『そういう顔になるのは分かる。だが、こっちじゃ珍しくても宇宙警察側では扱う案件の範囲内だ。感情と縁を媒介にして、エレメントとチャイルドって外部兵装を出す。神話体系の外側にある力だと思っとけ』
『宇宙人の力で、感情と縁を……』
『混乱するだろ。俺も最初は面倒くせえと思った。今も思ってる』
『難しい説明は任せた、レオルドくん!』
『お前も自分の力くらい自分で説明しろよ』
『私は正義担当、君は説明担当だ』
『役割分担が雑すぎるだろ』
俺は空き教室で少し笑った。
レオルドの苦労は増えている。悪いとは思う。思うが、少し面白い。
『説明だけでは分かりにくいわ』
リアスの声がした。
『地下の結界を使いましょう。実際に見た方が早いでしょうし』
『ああ。現場でいきなり出されるよりはマシだ。先に見ておく』
レオルドが同意する。
旧校舎地下の訓練場。
俺も何度か使ったことがある。結界で外部への影響を抑えた、便利だが便利なだけにろくでもないものが出がちな場所だ。訓練場という名前はしているが、実質的には非常識の実験場である。
音声と一緒に、映像も端末へ入ってきた。
結界内の中央に碧が立つ。
右手を掲げる。
光が集まり、巨大なハルバートが現れた。
刃は大きく、柄は長い。単純な斧でも槍でもない。振り回せば重い。だが、碧はそれを軽々と扱う。力任せではない。重さの流れを読んでいる。
『これが私のエレメントだ。見ての通り、少々大きい』
『少々……?』
兵藤が引き気味に言う。
『……かなり大きいです』
小猫が淡々と補足した。
『正義は大きい方が分かりやすいからな!』
『いや、武器のサイズは思想で決めるな』
レオルドが即座に刺す。
イリナはハルバートを見つめていた。
『魔力とも聖力とも違う……でも、強い感情の気配があります』
『そうだ。HiMEの力は、感情や大切な縁と深く結びついている。だが、根は宇宙由来のシステムだ。この星の神器や奇跡とは違う』
碧が珍しく、まともに説明している。
いや、珍しくというのは失礼か。
『本来、チャイルドの運用には大切な相手や鍵が関わる』
レオルドが引き取った。
『だが碧の場合、王国の駒が補助楔になっている。駒は兵士。こいつが外部補助になって、愕天王を安定運用できる』
『王国の駒……悪魔の駒とは違うんですか?』
アーシアが不安そうに尋ねる。
『別物だ。似た名前で混乱するが、悪魔の駒に組み込まれたわけじゃねえ。HiMEの力そのものを悪魔化したわけでもない。宇宙由来の力を、別系統の駒が補助してる。そう考えろ』
『便利そうに聞こえますけど……危険はないんですか?』
イリナが言う。
『あるに決まってるだろ』
レオルドは容赦なく言った。
『感情由来の外部兵装を、補助で安定させて引っ張り出してるんだ。便利だから安全、なんて話じゃねえ』
『承知している』
碧の声が落ち着く。
『だが、危険だから使わない、では守れないものもある』
イリナが黙った。
この言葉は刺さるだろう。
天使として正しくあろうとするイリナには特に。
危険な力をどう扱うか。
信じる正義が歪められる時、どう踏みとどまるか。
今の彼女にとって、それは他人事ではない。
碧が結界の中央でハルバートを掲げた。
『来い、愕天王!』
地面が震える。
獣のような駆動音が響く。
空間の奥から、四足獣型の巨大なチャイルドが姿を現した。愕天王。金属と獣の中間のような輪郭。背には碧を乗せるための鞍めいた部位。後脚には車輪を思わせる機構。
宇宙人由来の力。
感情と縁を媒介にした外部兵装。
そう説明されても、初見ではまず「何だこれ」となる。
『……大きい』
絶花が呟く。
『ロボ……いや、獣? 何だこれ!』
兵藤が言う。
『……チャイルド』
小猫は短く答えた。
『召喚獣、ですか?』
イリナが問う。
『近いが違う。普通の召喚獣扱いすると判断を間違える』
レオルドが説明する。
『感情と縁を基点に出る宇宙由来の外部兵装だ。自律性もある。装備であり、相棒でもあり、力の延長でもある。雑に分類するな』
『雑に分類しているのは君の説明ではないかね?』
碧が笑う。
『うるせえ。正確に言うと長いんだよ』
碧は愕天王へ飛び乗った。
その動きは慣れている。派手だが乱れていない。ハルバートも、愕天王も、碧の一部のように動く。
『愕天王は突撃、突破、撤退路の確保に向く。正面から道を開くには最適だ!』
『要するに、うるさいブルドーザーだな』
『正義の突破力と言ってくれたまえ!』
愕天王が低く咆哮した。
結界内に衝撃が走る。絶花が少し肩を揺らした。アーシアが目を丸くする。イリナは警戒と興味の両方を隠せていない。
レオルドが端末を見る。
『出力は高いが、暴れてはいねえ。制御は安定してるな』
『王国の駒の補助があるからな。以前より無理が利く』
『無理が利くって言い方がもう不穏なんだよ』
『事実だから仕方ない』
『仕方なくねえ。現場でそういうこと言う奴はだいたい無茶する』
まったくもってその通りだ。
俺が言うのもなんだが。
『愕天王は状況次第で、さらに姿を変えることもできる』
碧が続ける。
『巨大な愕天大王、あるいは私自身と合わさる愕天神だ』
『合体まであるのかよ!』
兵藤が即座に食いついた。
『男の子が好きそうですわね』
朱乃が楽しそうに言う。
『否定できません!』
『今日は出すなよ』
レオルドが釘を刺した。
『地下で巨大化されても困る。天井を直すのは俺じゃねえけど、報告書を書くのは俺なんだよ』
『残念だ』
『本気で残念がるな』
訓練場に少し笑いが生まれた。
だが、イリナだけはまだ真剣な顔をしていた。
実演が終わり、愕天王が一度姿を消す。
碧がハルバートを肩に戻すと、イリナが近づいた。
『碧さんは、怖くないんですか?』
『何がだね?』
『感情を力にすることです。今回のネガエモルギアは、正義感や怒りを利用しています。なら、あなたの力も……』
イリナは言いづらそうに言葉を止める。
だが、言いたいことは分かる。
感情を力にするなら、感情を歪めるものに弱いのではないか。
正義を掲げるなら、正義を腐らせる力に呑まれるのではないか。
碧は少し黙った。
そして、笑わずに答えた。
『危ういだろうな』
イリナが目を見開く。
『私は、自分の正義が絶対に正しいとは思っていない。だが、目の前で誰かが傷つくなら、私は動く』
『正しいか分からなくても、ですか?』
『正しいか悩むのは大事だ。だが、助けを求める手を前にして、悩むだけで終わるのは違う』
静かな声だった。
いつもの大声ではない。
だからこそ、よく響いた。
『君は天使だ。背負っているものは私より重いのだろう。だが、正義が誰かを守るためにあるなら、まず見るべきは旗ではなく人だ』
『旗ではなく、人……』
『正しくあろうとするのは悪いことではない。ただ、正しくあろうとするあまり、人を見失えば本末転倒だ』
イリナは目を伏せる。
『私は……天使として、正しくあろうとしていました』
『それは悪いことではないさ』
碧は柔らかく言った。
『ただ、正しさだけを見ていると、目の前で泣いている人を見落とすことがある』
その言葉に、俺は少しだけ黙った。
碧は暑苦しい。
だが、こういうところで、ちゃんと大人だ。
『まあ、正義論はそこまでだ』
レオルドが横から割って入った。
『長くなると面倒くせえ。現場じゃまず、被害者を減らす。話はそっからだ』
『実に現実的だな、レオルドくん』
『現実を見ねえと死人が出るからな』
会話がそこで終わりかけた時だった。
端末に警告が走る。
訓練場の端に保管されていた黒く焦げた羽根。
昨日回収した証拠品の一部が、ケースの中で震えていた。
『おい、羽根の残滓が反応してる』
レオルドの声が一気に現場のものになる。
『訓練場内の感情出力に引っ張られたか。くそ、密閉が甘かったか?』
『まさか、碧さんの力に?』
イリナが息を呑む。
『正確には、碧の正義感と愕天王の感情出力に反応したんだろうな。ネガエモルギアは感情の濃い奴に寄る』
黒い光が羽根から滲む。
それは訓練場の疑似敵システムに絡みついた。模擬敵が起動する。だが、動きがおかしい。訓練用の単純な挙動ではない。関節が軋み、黒い光が中から漏れている。
『おいおい、訓練場の敵が勝手に動いてるぞ!』
『最悪だな、ほんと。残滓のくせに面倒なことしやがる』
模擬敵がイリナへ向かう。
イリナが聖光を構えた。
『イリナ、撃つな!』
レオルドの声が飛ぶ。
『聖光に食いついて膨らむ!』
イリナの動きが止まる。
『では、どうすれば!』
その前に、碧が出た。
『私が止める』
『待て。お前の感情出力にも反応してるんだぞ』
『なら、呑まれないように踏み込むだけだ』
『簡単に言うな、正義バカ!』
碧がハルバートを構える。
愕天王が再び現れる。低く唸り、脚部に黒い光がまとわりつこうとする。
その時、声が響いた。
『正義を掲げるなら、裁け』
誰の声でもない。
だが、耳の奥に入ってくる。
『悪しき者を、許すな』
イリナの表情が強張る。
碧は動じなかった。
『断る』
『なぜだ。お前は正義の味方だろう』
『正義の味方だからだ』
ハルバートが地面に打ち込まれる。
鈍い音。
結界の床に亀裂が走る。
『正義とは、誰かを裁くために振り回す旗ではない。助けるために掲げるものだ!』
愕天王が咆哮した。
黒い光が弾かれる。
レオルドが端末を睨みながら指示を飛ばす。
『碧、右脚の反応が濃い! そこを切り離せ。力で潰すな、剥がせ!』
『了解した!』
『ほんとに分かってんだろうな!』
『たぶんな!』
『たぶんで返すな!』
愕天王が走った。
重い。
速い。
普通なら、その二つは両立しにくい。だが愕天王は、地面を噛むように駆ける。碧はその背でハルバートを回し、ネガエモルギアの核だけを叩き落とした。
模擬敵の胴が砕ける。
だが、破壊そのものは最小限。結界への被害も、見た目ほど大きくない。
『……力任せではないです』
小猫が呟く。
『声とノリは力任せだけどな。動きは悪くねえ』
レオルドが認めた。
その直後、砕けた核が細かい粒子に分かれた。
黒い粒子が散る。
向かう先は、イリナ、アーシア、絶花。
俺は椅子を蹴った。
考えるより先に身体が動いていた。
窓を開け、外へ出る。
エモルギアが鳴る。
銀と金の装甲が身体を覆う。
ギャバン・キング。
太郎ではない。
訓練場上部の転移導線から降りる。
黒い粒子が、絶花の前へ伸びていた。
不安。
疑念。
置いていかれる感覚。
そういうものは、正義や怒りと同じくらい燃えやすい。
俺は無言で割って入る。
掌を翳す。
エモルギアが黒い粒子を束ねる。潰すのではなく、集める。集めて、圧縮する。
『キングが封じる! 全員動くな! 下手に聖光や魔力を出すと混ざるぞ!』
レオルドが叫ぶ。
絶花が息を呑んだ。
「……また」
その声は小さい。
俺は反応しない。
反応できない。
ギャバン・キングとしてここにいる以上、太郎として絶花へ声をかけることはできない。
イリナも顔を上げる。
『ギャバン・キング!』
碧が笑った。
『相変わらず無言で美味しいところを持っていくな!』
『感想は後にしろ!』
レオルドが怒鳴る。
俺は黒い粒子を掌の中へまとめ、小さな結晶へ圧縮した。
黒い。
軽い。
なのに嫌な重さがある。
それをレオルドへ投げ渡す。
『雑に投げんな! 危険物だぞ!』
レオルドが前足で器用にケースを開き、結晶を受け止める。
俺は無言で頷き、すぐにその場を離れた。
長居はしない。
喋らない。
見せるべきものだけ見せて、消える。
そういう役目だ。
去り際、絶花の視線だけが背中に刺さった。
イリナの視線は、疑念というより困惑だった。
『……あの方は、いつもああなんですか?』
『今日は特に喋らせてねえ。余計な情報を出したくないからな』
レオルドの声。
『寡黙な正義もまた良いものだ』
『お前は少し見習え』
碧の笑い声が続いた。
俺は空き教室へ戻り、装甲を解除した。
制服に戻ると、急に肩が重くなる。装甲を脱いだのに重い。物理的な重さではなく、隠しているものの重さだ。
端末から、後片づけの音声が流れてくる。
『残滓でもこれか。ネガエモルギアの感情反応性が上がってる。昨日の商店街はただの実験じゃねえな』
レオルドが言う。
『次はもっと強く仕掛けてくる可能性があるわね』
リアスの声。
『ああ。しかも、正義感が強い奴ほど狙われる。怒りや不安もだ。感情の濃い場所なら何でも燃える』
イリナが碧に問いかける。
『碧さんは……怖くないんですか?』
『怖いとも』
即答だった。
イリナは意外そうに息を呑む。
『怖いから、仲間と確認しながら進む。自分だけが正しいと思ったら終わりだ』
『私も……覚えておきます』
レオルドが碧を見る。
『碧。お前の力は危ない。だが、使い方を間違えなけりゃ役に立つ』
『褒めているのかね?』
『半分だけな』
『では、もう半分は?』
『声がでけえ』
『そこか!』
『そこだ。あとレオルドくんって呼ぶな』
『では、レオルド殿?』
『悪化してんだよ』
会話に少しだけ笑いが戻る。
だが、空気の底にはまだ黒いものが残っていた。
ネガエモルギアは、正義に反応する。
怒りにも反応する。
そして不安にも。
絶花が、さっき何を感じたのか。
それを俺は、考えないわけにはいかなかった。
夕方。
旧校舎の廊下で、絶花は一人立ち止まっていた。
それを俺は、少し離れた場所から見ていた。
声はかけない。
かけられなかった。
絶花は窓の外を見ている。視線の先には、何もない。けれど、何もない場所に何かを見るような目をしていた。
「……太郎」
小さな声。
俺の名前。
その背後、窓の外を白く濁った光が一瞬だけ横切った。
触れてはいない。
だが、反応した。
絶花の不安に。
俺は奥歯を噛んだ。
遠くの屋上。
白い翼の影が、校舎を見下ろしている。
「正義だけではない」
そいつの声は、風に乗って届いたわけではない。だが、なぜか聞こえた気がした。
「不安も、孤独も、疑念も……人の心はよく燃える」
手の中で、ネガエモルギアが脈打つ。
「次は、あの少年の周囲を試そう」
白い翼が、夜へ溶ける。
俺は廊下の影から、絶花の背中を見ていた。
面倒な火種は、もう俺のすぐ近くまで来ている。
そう分かっていても、今この場で太郎として駆け寄ることも、ギャバン・キングとして守ることも、どちらも正解にはならない気がした。
秘密は水みたいなものだ。
穴があれば、染み出す。
そして不安もまた、水みたいに隙間へ入り込む。
俺は小さく息を吐いた。
「……くそ」
誰にも聞かせないつもりの悪態だけが、旧校舎の廊下に落ちた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王