サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
怒りというものは、便利だ。
便利すぎる。
身体を動かす燃料になるし、迷いを押し潰す理由にもなる。考えるより先に拳を握らせてくれるし、怖さや後悔を一時的に見えなくしてもくれる。
だからこそ、使い方を間違える。
昨日、絶花が巻き込まれた。
狙われた、というほど直接的ではない。殺されかけた、というほど単純でもない。あれはもっと嫌なやり方だった。
俺の周りにいる人間の不安を燃やし、俺がどう動くかを見ていた。
ギャバン・キングが出るか。
救助を優先するか。
戦闘を優先するか。
そして、絶花が何に気づきかけているか。
敵はそれを見ていた。
つまり、絶花は餌にされた。
その事実だけで、胸の奥に冷たいものが溜まっていく。
熱い怒りじゃない。もっと静かで、もっと重い。刃物を火で炙るのではなく、氷水に沈めて研いでいるような怒りだ。
旧校舎の空き教室。
俺は窓際に立っていた。外は昼前の光で白い。学校という場所は、どれだけ裏で怪物じみた事件が起きていようと、表向きは平然と日常を続ける。チャイムは鳴るし、授業は進むし、購買のパンは売り切れる。
日常というのは、意外と図太い。
その図太さに救われることもあれば、腹が立つこともある。
「絶花を餌にしやがった」
俺が言うと、机の上の端末を操作していたレオルドが、ちらりとこちらを見た。
椅子の上に座ったその姿は、どこからどう見ても犬だ。だが、目つきだけは現場の実務屋そのものだった。
「ああ。お前の反応を見るためにな」
「次は潰す」
「だから感情で突っ込むなって言ってんだろ。ネガエモルギア相手にそれは最悪だ」
「知るか」
「知れ。そこは知れ」
レオルドの声が低くなる。
「相手は怒りも不安も燃料にするんだぞ。お前が頭に血を上らせたら、向こうの実験に協力してるのと同じだ」
俺は言い返せなかった。
正しいからだ。
腹が立つほど正しい。レオルドの言葉はいつもそうだ。言い方は悪い。態度も悪い。時々、いや結構な頻度で余計な一言も多い。だが、現場で必要なことは外さない。
だから余計に腹が立つ。
「やるなら証拠で詰める。反応の出どころ、術式の癖、次の標的。全部拾ってからだ」
「面倒だな」
「捜査ってのは面倒なんだよ。ぶん殴って終わりなら警察はいらねえ」
レオルドは端末の画面を切り替えた。
そこには昨日の中等部校舎、商店街、旧校舎周辺の反応が重ねられている。白く濁った聖光反応。黒いネガエモルギア反応。感情波の乱れ。
線が、点を繋いでいく。
「分かった。お前が仕切れ」
「最初からそうしろよ。ほんと手間かけさせやがって」
「文句を言いながら仕切るの、好きだろ」
「好きじゃねえ。必要だからやってんだよ」
そう言いながら、レオルドの手は止まらない。
文句を言う。
でも、やる。
相棒としては厄介だが、実務担当としてはこれ以上ない。
部室では、すでに共同捜査の会議が始まっていた。
俺は出ない。
イリナの前に唯我太郎として出るわけにはいかない。ギャバン・キングの中身と結びつけられる要素は、まだ増やすべきではない。
だから、レオルドの通信越しに聞く。
『昨日の中等部襲撃は、殺傷目的じゃねえ。観測だ』
レオルドの声が、部室の空気を押さえる。
『観測って……絶花ちゃんたちを巻き込んどいてかよ』
兵藤の声には怒りがあった。
当然だ。
あいつは感情が真っ直ぐだ。だから強いし、だから危うい。
『だから性格が悪いんだよ。敵はネガエモルギアで不安を煽り、ギャバン・キングの反応速度、救助優先か戦闘優先か、その辺を見てた』
『つまり、敵は宇宙警察の対応を測っている……』
イリナの声が沈む。
『ああ。ついでに、天使側がどう動くかも見てる。お前が怒るか、迷うか、聖光を撃つか。全部な』
沈黙が落ちた。
イリナが拳を握っている姿が、見なくても分かる。
そこへ碧の声が入った。
『怒るな、とは言わんよ。怒るべきことだ。だが、その怒りを手綱なしで走らせれば、あの濁った光の餌になる』
『……はい』
碧の声はいつもより落ち着いていた。
杉浦碧。
自称、正義の味方。実際、かなり正義の味方寄りの女。暑苦しい。うるさい。芝居がかっている。けれど、こういう時に感情を茶化さない。
イリナには、そういう碧の方が届くのかもしれない。
『役割を決めましょう』
リアスが言う。
『宇宙警察側は俺が解析と指揮。天使系術式の読み取りはイリナ。悪魔側の警戒と学校内の安全確保はグレモリー眷属。小猫は絶花の護衛を兼ねる。碧は外部反応の追跡だ』
『任せたまえ! 正義の味方は捜査もできる!』
『声量を下げろ。捜査は目立たねえ方がいいんだよ』
『む、捜査とは奥ゆかしい正義なのだな』
『何でも正義に変換すんな』
部室に少しだけ笑いが生まれる。
だが、それは長く続かなかった。
『……私は?』
絶花の声。
小さいが、はっきりしていた。
部室の空気が止まる。
『お前は保護対象だ』
レオルドが言う。
きっぱりと。
優しくはないが、誤魔化しもしない。
『何もしないの?』
『今は無事でいることが仕事だ』
小猫の声が続く。
『絶花さんが無事でいることが、今は大事です』
『そうだ。守られることも、戦いの一部だぞ』
碧が柔らかく言う。
絶花はすぐには返事をしなかった。
たぶん、納得はしていない。
だが、今の絶花にできることは限られている。限られていることを受け入れるのは、戦うことより難しい場合がある。
会議が終わったあと、俺は旧校舎の廊下で絶花と会った。
いや、正確には待っていた。
イリナたちから離れた、人気のない廊下。窓の外では、部活動へ向かう生徒たちの声が遠く聞こえる。こちら側だけ、少し空気が薄い。
「……昨日、どこにいたの」
絶花は開口一番そう言った。
責める声ではなかった。
だからこそ、逃げにくい。
「見えないところ」
「また、それ」
「便利なんだよ、この答え」
「ずるい」
「否定はしねぇ」
絶花はじっと俺を見た。
無表情に近い。だが、完全に無表情ではない。目の奥に、昨日の不安がまだ残っている。
「巻き込んだのは悪かった」
俺が言うと、絶花は少し目を丸くした。
「太郎が謝った」
「俺だって謝る時は謝る」
「珍しい」
「そこまで言うか」
少しだけ空気が緩む。
だが、絶花はすぐに視線を落とした。
「私、何も知らないのが嫌」
「知ったら戻れないこともある」
「もう、戻れてない」
それは、刃物のような言葉だった。
細くて、鋭くて、逃げ場がない。
俺は黙るしかなかった。
戻れていない。
たしかにそうだ。
絶花はもう、ただの日常側ではない。天使も悪魔も、喋る犬も、ギャバン・キングも見てしまった。ネガエモルギアに狙われ、校舎で巻き込まれ、俺の嘘にも気づきかけている。
戻れない場所まで来てしまっている。
けれど、全部を教えることが救いになるとは限らない。
「……全部は言えねぇ。でも、お前を雑に扱ってるわけじゃない」
「分かってる。でも、不安」
「だろうな」
俺は目を逸らさなかった。
「その不安を使われた。だから、次は使わせねぇ」
絶花は少しだけ黙り、それから小さく頷いた。
「……うん」
その返事は、信用ではなく保留だった。
今はそれでいい。
いや、よくはない。よくはないが、それ以上を求める資格が今の俺にはない。
調査は午後から始まった。
商店街には、イリナと碧が向かった。レオルドは浮遊端末を飛ばし、俺は空き教室で通信だけを聞く。小猫は絶花の護衛を兼ねて学校内に残っている。
『天界の術式に似ています。でも、祈りの構造が歪んでいます』
イリナの声が、商店街の雑音に混じって聞こえる。
『祈りが歪む、か。嫌な言葉だな』
碧が応じた。
『碧さんは、以前もこういうものを?』
『似たものを見た。人の感情を燃料にする力だ』
『その時は、どうやって止めたんですか』
少し間が空いた。
碧は俺の名前を出さない。
太郎の正体に繋がることは、三大勢力には言わない。そう約束している。
『協力者と共に、だ。怒りを怒りのままぶつけず、まず燃料を断つ。感情を否定するのではなく、利用されている回路を切る』
『感情を否定しない……』
『怒りも不安も、人間に必要なものだ。問題は、それを誰かが勝手に武器へ変えることだ』
イリナはしばらく黙った。
それから、静かに言う。
『私は、天使として正しくあろうとしすぎていたのかもしれません』
『正しくあろうとするのは良いことだ。ただ、正しさに目を奪われて、目の前の人を見失ってはいけない』
碧の言葉は真っ直ぐだった。
熱血ではある。
だが、押しつけではない。
あいつは、自分の正義が絶対だとは思っていない。だからこそ、正義を名乗る。自分が間違えないために、あえて声に出して掲げているのかもしれない。
一方、校内の中庭では小猫と絶花が並んで歩いていた。
小猫の声はいつも通り静かだった。
『……少し、落ち着きましたか』
『うん』
絶花が答える。
風が木の葉を揺らす音が通信に入る。
『小猫ちゃんは、太郎のこと知ってる?』
『……少しだけ』
『全部じゃない?』
『はい』
嘘ではない。
小猫は俺の正体を知っている。
だが、俺のすべてを知っているわけではない。
『太郎は、危ないところにいる?』
絶花の声が細くなる。
小猫は少しだけ間を置いた。
『います』
『止められない?』
『止めても行くと思います』
『太郎らしい』
『でも、無意味に危ない場所へ行く人ではありません』
小猫の声が少し柔らかくなる。
『文句を言いながら、必要なら前へ出る人です』
『……知ってる』
絶花は小さく言った。
知っている。
そうだ。
絶花は知っている。
俺が何者かは知らなくても、俺がどう動くかは見てきた。
『だから、絶花さんが不安になるのも分かります』
小猫のその言葉に、絶花は返事をしなかった。
けれど、通信越しでも分かるくらい、呼吸が少し落ち着いていた。
夕方近く、解析結果がまとまった。
レオルドの端末に、商店街、中等部校舎、旧校舎周辺の反応が重ねられる。
イリナと碧、小猫も戻ってきている。俺は空き教室側で通信だけを繋げていた。
『解析結果だ』
レオルドが言う。
『ネガエモルギアは宇宙警察側の既知反応。ただし混ぜ込まれている術式は、天界の古い礼拝術式に近い』
『古い礼拝術式……』
イリナの声が沈む。
『今の天界の標準術式とはズレてる。和平前の思想が強い時代の構文だな』
『悪魔や堕天使を明確に“裁くべき存在”として扱う祈祷形式……』
イリナの声には嫌悪が混じっていた。
自分の属する側の古い刃物を、自分の目の前に突きつけられたような声だ。
俺は通信の向こうで呟く。
「つまり、懐古趣味の過激派か」
その声はレオルドにだけ届く。
『言い方は悪いが、外してねえ』
レオルドが小さく返し、それから部室側へ説明を続けた。
『敵は単なる暴走天使じゃねえ。古い教義を意図的に使ってる。つまり、思想で動いてる』
『思想にネガエモルギアを混ぜるか。最悪の合わせ技だな』
碧が言う。
『最悪だな、ほんと』
レオルドは端末を操作しかけた。
その時、別の通信が割り込む。
アザゼルだった。
『やあ、盛り上がってるな』
『盛り上がってねえ。燃えてるんだよ、嫌な方向に』
レオルドが即座に返す。
『それは笑えねえな』
通信越しのアザゼルの声は、いつもの軽さを残していたが、底の方は真面目だった。
『こっちにも天使系の古い術式反応が届いたぜ。和平協定に反発している一部の天使集団について、噂はあった。だが実行に移すほどとはな』
『天界内部で、正式に確認されているのですか』
イリナが問う。
『正式には確認されてない。だから厄介なんだよ。表に出せば天界の面子にも関わる』
『面子より被害者だろ』
レオルドの声が尖る。
『まったくだ。だからお前らが動いてるんだろ?』
『人任せみてえに言うな。情報を寄越せ』
『送るよ。古い天界派閥の候補リストだ』
イリナが小さく息を呑んだ。
『天界の問題を、悪魔や堕天使、宇宙警察と一緒に調べることになるなんて……』
『それが和平というものではないかね』
碧が言った。
明るくはない。
けれど、前を向いた声だった。
レオルドが受け取った情報を地図へ重ねる。
商店街。
旧校舎。
中等部校舎。
三つの点を繋ぐと、その中心に一つの場所が浮かび上がった。
駒王町外れの古い礼拝堂跡。
『……ここは』
小猫が呟く。
『昔、教会関係者が使っていた小さな礼拝堂です。今は封鎖されているはずですが』
イリナが答える。
『封鎖されてる場所ほど、悪い奴は使いたがる』
レオルドが言う。
『実に分かりやすい悪党の習性だな』
碧が続ける。
『笑いごとじゃねえ。ここから、昨日の結界反応と同じ波形が出てる』
『すぐ向かう?』
リアスが問う。
『いや、今日は近づきすぎるな。敵は観測型だ。こっちが動けば、また誰かを餌にする』
俺は画面を見ながら言った。
「先に結界の性質を読む」
『ああ。正面から入るのは危ない』
レオルドが応じる。
夜。
礼拝堂跡への遠隔調査が始まった。
現地へ近づくのはレオルドの浮遊端末だけ。イリナは安全圏から天使系反応を読む。碧は外周警戒。小猫は学校側に残り、絶花を見ている。
画面に映った礼拝堂は、ひどく静かだった。
古びた外壁。
割れたステンドグラス。
錆びた門。
その全体を、白く濁った膜が覆っている。
綺麗な光に見える。
だが、底が黒い。
『これは……聖光結界に似ています。でも、内部構造が歪んでいます』
イリナの声が震える。
『ネガエモルギアを混ぜて、聖光の皮を被せてる。外から聖光を当てれば増幅する。魔力を当てれば敵意として燃える』
レオルドが解析結果を読み上げる。
『どちらで触れても悪化するわけか』
碧が低く言う。
『そういう嫌な作りだ』
浮遊端末が結界へ少し近づく。
映像が歪んだ。
音声に、祈りのようなノイズが混じる。
『悪しき者と結ぶ者もまた、裁かれるべきである』
古い声。
冷たい声。
祈りの形をした呪い。
イリナが顔をしかめた。
『これは……天使の祈りを、こんなふうに……』
『怒ってよい。だが、呑まれるな』
碧が静かに言う。
イリナは少し間を置いて、頷いた。
『……はい』
『端末を下げる。これ以上近づくと喰われる』
レオルドが判断し、浮遊端末を後退させる。
映像が戻る。
礼拝堂は、また静かな姿に戻った。
だが、もうただの廃墟には見えなかった。
あれは罠だ。
聖光の皮を被り、ネガエモルギアを内側に抱え、誰かが怒って触れるのを待っている。
悪魔が触れれば燃える。
天使が触れても燃える。
正義で触れれば、正義ごと燃える。
面倒な結界だった。
旧校舎の空き教室で、俺とレオルドは礼拝堂の映像を見ていた。
「聖光で触れば増える。魔力で触れば敵意として燃える。物理で壊せば中の残滓が撒かれる」
レオルドが端末を閉じかけて、また開く。
「嫌な結界だ」
「正面突破じゃねぇな」
「少なくともギャバン・キングの通常装備やウインスペクター向きじゃねえ。救助装備でどうにかする段階じゃない」
俺は画面を見つめる。
白く濁った礼拝堂。
祈りを装った精神汚染。
聖光の皮を被った罠。
「聖光の皮を被った精神汚染結界。怪奇、幻惑、異空間寄り……」
少し間を置く。
答えはもう出ていた。
「この場合は、あいつの領分か」
レオルドが俺を見る。
「シャイダーか」
「ああ」
宇宙刑事シャイダー。
怪奇、幻惑、異空間。
奇怪な術や空間支配に踏み込むなら、ただの剣や銃では足りない。
「次は、偽物の光を剥がす」
レオルドは鼻を鳴らした。
「分かった。準備はこっちでやる。ただし、突っ込むなよ。次は罠の中に入ることになる」
「罠なら、壊せばいい」
「だからその発想を一回捨てろ。今回の敵は、壊した瞬間に燃え広がるんだよ」
「面倒だな」
「捜査も救助も結界解除も、全部面倒なんだよ」
レオルドがうんざりしたように言う。
だが、端末にはもう次の解析が走っていた。
文句を言いながら、手は止めない。
いつも通りだ。
俺は白く濁った礼拝堂の映像を見つめる。
面倒ごとらしく、丁寧に潰す。
そうするしかない。
怒りで殴れば、相手の餌になる。
不安を放置すれば、周りが燃える。
正義で突っ込めば、正義ごと腐る。
だったら、こっちはこっちのやり方で行く。
観測し、分析し、剥がし、封じる。
そして最後に、犯人を引きずり出す。
「なら」
俺は小さく息を吐いた。
「面倒ごとらしく、丁寧に潰すか」
画面の中で、白い礼拝堂が静かに濁っていた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
-
幻想王