サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
# 第7話 歪んだ聖光
正面から殴れば解決する問題は、分かりやすい。
分かりやすい問題は、ありがたい。
敵がいる。殴る。倒れる。終わる。
この三段論法で世の中の厄介ごとが全部片づくなら、俺はもっと素直で善良な高校一年生として、古文の助動詞とだけ戦っていればよかった。
だが現実はそう甘くない。
今回の敵は、殴ると燃える。
聖光で触ると増える。魔力で触ると敵意として燃える。物理で壊せば中のネガエモルギアが飛び散る。
何だそれは。
嫌がらせの三段重ねか。
「もう一度言うぞ」
旧校舎の空き教室で、レオルドが端末を睨みながら言った。
机の上には、駒王町外れの礼拝堂跡の立体図。結界反応。ネガエモルギア濃度。天界の古い礼拝術式の構文。見ているだけで目が疲れる資料が並んでいる。
「聖光で触れば増える。魔力で触れば敵意として燃える。物理で壊せば中身が飛び散る」
「嫌な三択だな」
「三択じゃねえ。全部外れだ」
「じゃあ問題文が悪い」
「文句を言う相手が違うだろうが」
レオルドは前足で端末を操作した。本人は犬ではないと主張しているが、前足で端末を操作している時点で、こちらの認識はそう簡単には変わらない。
「今日はぶっ壊すんじゃなく、剥がす。聖光の皮とネガエモルギアの芯を分ける」
「皮を剥がして芯を抜く。果物かよ」
「食ったら腹壊すどころじゃ済まねえ果物だな」
俺は画面に映る礼拝堂を見た。
白く濁った膜に包まれた古い建物。割れたステンドグラス。錆びた門。神聖という言葉の残骸だけが残って、そこに誰かが悪意を塗り込めたような場所だった。
「怪奇、幻惑、異空間寄り。シャイダーだな」
「ああ。ギャバン・キングの基礎出力で押し切るな。シャイダーの異空間対応を上乗せしろ」
「分かってる」
「その“分かってる”は信用してねえ」
「毎回言うな」
「毎回信用できねえからだよ」
レオルドの声が少しだけ低くなる。
「今回、下手に怒って踏み込むと、結界内でお前の感情まで餌にされるぞ」
「絶花を狙われた件なら、もう飲み込んだ」
「飲み込んだだけで、消化はしてねえだろ」
痛いところを突く。
こいつはいつもそうだ。
俺が見ないようにしているところを、躊躇なく爪で引っかく。犬ではないらしいが、爪はある。
「だから俺が見てる。お前が熱くなったら止める」
「犬に首輪つけられる日が来るとはな」
「犬じゃねえ。あと首輪じゃなく命綱だ」
「似たようなもんだろ」
「だいぶ違うわ」
文句を言いながらも、レオルドはすでに作戦用の通信網を組んでいる。
今回も、俺は唯我太郎として表に出ない。
部室での説明も、天使側とのやり取りも、宇宙警察としての発言も、全部レオルドがやる。俺は現場に出るならギャバン・キングとして出る。
そういうことになっている。
そういうことに、しなければならない。
部室側の通信が開く。
『今夜、礼拝堂跡の結界を調べる』
レオルドの声が響いた。
『戦闘が目的じゃねえ。中の構造を読み、証拠を取る』
『敵がいたらどうするんだ?』
兵藤が聞く。
『捕まえられるなら捕まえる。だが無理に追うな。今回は罠の中だ』
リアスが静かに言う。
『悪魔側の魔力は、結界を刺激するのよね』
『ああ。だからグレモリー眷属は学校側の守りに回れ。敵がまた絶花や生徒を狙う可能性がある』
その名前が出ると、胸の奥が少し冷える。
絶花は部室にいるはずだ。安全圏。小猫がそばにいる。分かっている。分かっているが、それで不安が消えるわけではない。
『……私は、また待つだけ?』
絶花の声が聞こえた。
小さい。
けれど、逃げていない声。
レオルドが少しだけ間を置く。
『今回はな。だが、待つだけじゃねえ。お前が安全圏にいることで、こっちは余計な不安を背負わずに動ける』
『私がいると、不安?』
『狙われたらな。だから守らせろ。守られるのも、現場を支える仕事だ』
レオルドらしくないほど、丁寧な言い方だった。
いや、違うか。
あいつは元からそういう奴だ。ただ、普段は口が悪すぎて見えにくいだけで。
『私が一緒にいます』
小猫の声。
『……うん』
絶花は小さく答えた。
それで、ひとまず俺の内側の何かも少しだけ落ち着く。
イリナが続けた。
『私は礼拝堂へ行きます。あれが天界の古い術式なら、私が確認しなければ』
『分かってる。ただし、感情的に聖光を出すな。怒りも祈りも、向こうに食われる』
『はい』
碧の声が割り込む。
『外周警戒は任せたまえ。正義の味方は、入口を守るのも得意だ!』
『入口で名乗るなよ。敵に位置を教えるだけだからな』
『む、隠密の正義か。難しいな』
『正義から離れろ、一回』
通信の向こうで、ほんの少し空気が緩む。
だが、すぐに夜が来た。
駒王町外れの礼拝堂跡は、地図で見るよりもずっと寂れた場所にあった。
人気のない道。街灯の少ない坂。雑草に覆われた敷地。錆びた門は半分傾き、割れたステンドグラスには月明かりが細く刺さっている。
霧のような白い光が漂っていた。
白い。
だが、澄んでいない。
何度見ても嫌な色だ。祈りの形をした澱み。綺麗な言葉の内側に溜まった汚泥。
俺は少し離れた建物の影にいた。
ギャバン・キングの姿で。
イリナと碧は安全距離に立ち、レオルドの浮遊端末が先行している。レオルド本体は後方の指揮位置だ。犬の姿で前に出ると絵面が混乱するからではない。たぶん。いや、少しはあるかもしれない。
『ここ……昔の祈りが残っています。でも、冷たい』
イリナが呟く。
『祈りってより、記録された怒りだな。古い術式にネガエモルギアが絡んでる』
レオルドの声が通信に流れる。
『祈りが怒りに変わる。正義が裁きに変わる。嫌な場所だ』
碧が静かに言った。
いつもの大声ではない。
こういう時、あいつはちゃんと声を落とせる。なら普段からやれと言いたいが、言うとたぶん胸を張って「正義は響いてこそだ」と返されるのでやめておく。
礼拝堂の入口には、白く濁った膜が張られていた。
『あれが結界の表層だ。触るなよ。特にイリナ、お前の聖光に反応する』
『分かっています』
その時、古い祈りのような声が響いた。
『悪しき者と結ぶ者もまた、裁かれるべきである』
イリナが息を詰める。
碧が横から言った。
『飲まれるな。君が怒るほど、向こうは喜ぶ』
『……はい』
俺は前へ出た。
ギャバン・キングの装甲に、白い膜が反応する。まるでこちらの中身を探ろうとするように、薄く伸びてくる。
レオルドの端末が警告を出した。
『キング、表層が反応してる。まだ触れるな。解析中だ』
俺は片手をかざし、結界に触れる寸前で止める。
白い膜の奥に、黒い脈動が見えた。
聖光の皮。
内側にネガエモルギア。
さらに奥に、薄く歪む空間。
『聖光の皮、内側にネガエモルギア。さらに奥に幻惑層がある。入った奴に、怒りや罪悪感を見せてくるタイプだ』
レオルドが言う。
『天使の祈りを、こんな迷宮に……』
イリナの声が震える。
俺は拳を握りかけた。
絶花を狙った敵。
人の不安を燃料にした敵。
正義を腐らせる敵。
そのどれもが、胸の奥で刃物みたいに擦れる。
『キング』
レオルドの声が飛んだ。
『感情を落とせ。今それを出すな』
分かっている。
そう返そうとして、やめた。
声はいらない。
今は、作業だ。
剥がす。
壊すのではなく、剥がす。
俺は一度、呼吸を整えた。
「この場合は、この力を使うか!」
加工された声が装甲から響く。
次の瞬間、システム音声が礼拝堂の前に走った。
『シャイダーデータ! オーバーレイ!』
銀と金の装甲に、別種の光が重なる。
視界が変わる。
通常の索敵表示の奥に、空間の歪み、幻惑層の位相、ネガエモルギアの流路が重なっていく。世界が一枚の絵ではなく、何層もの薄い膜として見える。
シャイダー。
怪奇、幻惑、異空間。
こいつは殴るための力じゃない。
踏み込むための力だ。
『よし。シャイダーの位相解析を噛ませろ。壊すな、剥がせ』
レオルドが言う。
俺はレーザーブレードを展開した。
ただし、刃としてではない。
光がしなり、鞭のように伸びる。
『剣が……鞭に?』
イリナが驚く。
『シャイダー系の変則武装だ。あれで表層だけを引っかける。中身を壊さず剥がす』
レオルドの説明を聞きながら、俺は光の鞭を結界へ絡ませた。
抵抗がある。
粘つく。
白い膜が、こちらの感情に触ろうとする。怒りを探る。後悔を探る。罪悪感を探る。
触らせない。
鞭状の光をずらし、表層だけを引く。
白い膜が、皮のように剥がれた。
内側の黒いネガエモルギアが露出する。
結界が呻いた。
『罪ある者を許すな』
声が響く。
イリナが一歩下がった。
『君が許すかどうかを、あの声に決めさせるな』
碧が言う。
『はい!』
俺は黒い層を見た。
切れば飛び散る。
押せば燃える。
なら、位相をずらす。
『黒い層は切るな。切れば飛び散る。位相をずらして、結界の外へ逃がさず固定しろ』
レオルドの指示。
俺は鞭状の光を黒い層へ巻きつける。
ネガエモルギアが暴れる。逃げようとする。怒りや不安の残滓を引きずり出して、こちらへ投げつけようとする。
だが、シャイダーの異空間対応が、それを縫い止める。
現実から少しだけずらす。
逃げ場を奪う。
白い膜と黒い芯を、分ける。
その瞬間、幻惑層が発動した。
礼拝堂前の空気が歪む。
複数の影が現れた。
悪魔と堕天使が罪人として裁かれる幻影。
天使が和平を結んだことを責められる幻影。
イリナへ向けられる声。
『天使でありながら、悪魔と並ぶのか』
イリナの顔が歪む。
「私は……」
碧が隣に立つ。
『それは君の声ではない。結界が作った問いだ』
『でも、私の中に迷いがないわけでは……』
『迷いがあるなら、飲み込まずに持て。迷いを持ったまま、人を守ればいい』
その言葉の横で、俺の前にも幻影が現れた。
絶花だった。
廊下に立ち、こちらを見ている。
『太郎は、また何も言わない』
ギャバン・キングの装甲の内側で、俺の動きが止まった。
見たくないものを、結界はよく分かっている。
言われたくない言葉を、よく知っている。
『キング、幻影だ』
レオルドの声が鋭く入る。
『見るな。いや、見てもいいが、持っていかれるな』
俺は拳を握った。
絶花の幻影は、こちらを見ていた。
『また、見えないところ?』
嫌な問いだ。
正しい問いだ。
だからこそ、嫌になる。
『そうだ。怒りでも後悔でも触るな。作業に戻れ』
レオルドの声が、命綱みたいに引っ張った。
俺は力を抜く。
幻影を否定しない。
消そうともしない。
そこにあるものとして見て、その奥を見る。
幻惑層の核。
声の中心。
白い祈りの形をした呪いの芯。
俺はレーザー・ウィップを伸ばした。
結界の奥から、敵の声が響く。
『天はなぜ、悪魔と手を結ぶ。なぜ、罪を許す』
イリナが叫ぶ。
『あなたは、誰ですか!』
『和平に染まった者に、名乗る名などない』
『名乗らねえなら記録だけ取る』
レオルドが即座に返した。
『声紋、術式癖、全部拾ってるぞ』
『宇宙警察……外から来た者が、この星の裁きに口を出すか』
『人を巻き込んだ時点で管轄だ。文句があるなら正式な窓口に言え』
レオルドの返しが実務的すぎて、少し笑いそうになる。
だが、敵の声は冷たいままだ。
『正義は時に痛みを伴う』
碧が一歩前へ出た。
『痛みを受ける相手を選ばぬ正義など、ただの暴力だ!』
俺は会話には乗らない。
喋れば感情が出る。
今は作業。
剥がす。
封じる。
証拠を取る。
『キング、核が見えた。礼拝堂の鐘の下だ。そこにネガエモルギアを固定してる楔がある』
鐘の下。
割れた祭壇の奥。
黒い楔が、白い結界を内側から支えている。
『引き抜くな。引き抜いたら拡散する。位相をずらして、結界内だけで封じろ』
俺はレーザー・ウィップを伸ばし、楔の周囲を絡め取った。
引かない。
壊さない。
ずらす。
現実と結界の境目を、シャイダーの位相解析で薄く切り分ける。
黒い楔が震える。
白い結界が軋む。
祈りの声がノイズになる。
『許すな』
『裁け』
『悪しき者を――』
俺はその声ごと、位相を閉じた。
白い結界が、崩れずに薄くなっていく。
ネガエモルギアは小さな黒い結晶へ圧縮された。
『結界が……静まっていく』
イリナが呟く。
『成功だ。破壊じゃねえ。分離と封印だ』
レオルドの声にも、少しだけ安堵が混じった。
俺は黒い結晶を回収する。
礼拝堂の膜が薄れ、内部が見えるようになった。
浮遊端末が中へ入る。
祭壇の裏。
古い天界派閥の印章が刻まれた羽根飾りが残っていた。
さらに、複数人分の聖光反応。
『見つけた』
レオルドの声が低くなる。
『単独犯じゃねえ。複数の天使が関わってる』
『そんな……』
イリナが息を呑む。
『ここで折れるな』
碧が言う。
『見つけたなら、次は止められる』
『印章を照合する。アザゼルからもらった候補リストと合わせれば、絞れるはずだ』
その時だった。
礼拝堂奥の床が震えた。
黒い聖光が、獣の形を取り始める。
四足。
爪。
濁った翼のような影。
碧がハルバートを構える。
『……これは』
『おい、外周に別反応。大型の疑似兵装か?』
レオルドの声が走る。
黒い獣が低く唸った。
イリナが構え、碧も一歩前へ出る。
『来るか』
『待て』
レオルドが止めた。
『今日はここまでだ。証拠は取った。結界も一枚剥がした。深追いするな』
『でも、あれを放置すれば!』
イリナの声が焦る。
『今突っ込めば、相手の準備した二枚目の罠に入る。怒りで踏み込むな』
俺は黒い獣を見た。
追える。
たぶん追える。
けれど、それは相手が用意した道だ。
俺は追わなかった。
『撤退だ。全員下がれ。次は準備して来る』
黒い獣は、礼拝堂奥へ沈むように消えていった。
碧がこちらを見る。
『冷静だな、ギャバン・キング』
俺は答えない。
答えないまま、背を向ける。
それでいい。
今は勝ちに行く時じゃない。
負けないように引く時だ。
旧校舎の空き教室に戻り、装甲を解除した。
制服の袖を直すと、急に身体が軽くなる。だが、頭の中は重いままだ。
レオルドは黒い結晶と印章のデータを解析していた。
「結界は一枚剥がした。証拠も取った。だが奥にいた獣型反応、あれは次に出てくる」
「碧の出番だな」
「ああ。大型突破役がいる。愕天王を使うことになるだろうな」
「うるせぇ戦力だな」
「頼りにはなる。うるせえけど」
意見が一致した。
碧の声量以外は、信用している。
俺は窓の外を見る。
「敵は一人じゃない」
「しかも思想で繋がってる。厄介だぞ」
「上等だ。まとめて引きずり出す」
「だから感情で言うなっての」
レオルドはため息を吐いた。
それから、少しだけ口元を緩める。
「……まあ、今のは悪くねえけどな」
「珍しく褒めたな」
「半分だけだ」
「残りは?」
「お前はすぐ調子に乗る」
「乗ってねぇよ」
「乗る前に釘刺してんだよ」
レオルドは端末へ視線を戻す。
画面には、礼拝堂奥で見えた黒い獣の反応が映っていた。
そして、そのさらに奥。
敵天使たちの影。
声だけが、遠くから響いたような気がした。
『宇宙警察は結界を剥がした。なら次は、守る者同士をぶつけよう』
黒い獣が目を開く。
『正義の獣には、獣を』
通信は途切れた。
空き教室に、沈黙が落ちる。
次は、碧の愕天王が必要になる。
正義の味方が、正義を腐らせた獣とぶつかる。
考えるだけで暑苦しい。
そして、考えるだけで厄介だ。
俺は椅子に座り、息を吐いた。
「面倒だな」
「今さらだろ」
レオルドはそう言って、文句を言う前に次の解析を始めていた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王