サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
# 第8話 愕天王と白い翼
守るという行為は、見た目よりずっと地味だ。
攻める方が派手で、壊す方が分かりやすい。敵を吹き飛ばし、壁を砕き、勝利を叫べば、いかにも戦ったという感じがする。絵になる。音も鳴る。誰の目にも分かる。
だが守る方は違う。
倒れそうなものを支える。抜けそうな穴を塞ぐ。逃げ遅れた誰かの前に立つ。攻撃を受けても、そこから一歩も動かない。派手な決め台詞より、黙って踏ん張る時間の方が長い。
だから、守る方が面倒だ。
そして俺は、面倒なことが嫌いだ。
嫌いだが、やらないとは言っていない。
「結界は一枚剥がした。証拠も取った。だが奥にいた獣型反応、あれは次に出てくる」
旧校舎の空き教室で、レオルドが端末を睨みながら言った。
画面には、昨夜の礼拝堂跡で拾ったデータが並んでいる。黒い結晶。古い天界派閥の印章。複数人分の聖光反応。そして、礼拝堂奥で一瞬だけ姿を見せた黒い聖光の獣。
犬の姿で椅子に座る実務屋は、尻尾こそ振らないが、苛立ちは耳の角度で分かる。本人に言うと怒るので言わない。
「碧の出番だな」
「ああ。大型突破役がいる。愕天王を使うことになるだろうな」
「うるせぇ戦力だな」
「頼りにはなる。うるせえけど」
意見が一致した。
杉浦碧はうるさい。
これは事実である。
だが、あいつが前に出るタイミングを間違えないのも事実だった。暑苦しい。芝居がかっている。正義の味方を自称する。けれど、誰かを守るために危険へ踏み込むことだけは躊躇しない。
それは、まあ。
悪くない。
「で、敵の獣は何だ」
「天界の古い守護術式を土台にした疑似兵装だ。そこにネガエモルギアを混ぜてる。聖光の外殻、内部は負の感情で汚染。命令系統はかなり単純だな」
「悪い奴を裁け、か」
「そういうことだ。問題は、その“悪い奴”の判定が雑ってことだな。悪魔、堕天使、宇宙警察関係者、和平に協力する天使。まとめて裁く対象にしてる」
「正義の雑用係かよ」
「雑用係に失礼だろ。あれはただの暴走した思想の塊だ」
レオルドは端末を操作し、黒い獣の予測行動を表示した。
「碧の愕天王に反応する可能性が高い。同じ守護獣系統として誤認するか、敵視するか。どっちにしろぶつかる」
「正義の獣には獣を、だったか」
「敵の言い方はな。こっちからすりゃ、燃える粗大ゴミに正面から突っ込むなって話だ」
「碧に言えよ」
「言って聞くと思うか?」
「思わねぇ」
「だろ」
レオルドは大きく息を吐いた。
「今回はお前が決着を取りに行くな。ギャバン・キングは周辺被害の抑制と核封印。主役は碧と愕天王だ」
「分かってる」
「その“分かってる”は信用してねえ」
「毎回それだな」
「毎回お前が信用を積み立てねえからだよ」
正論だった。
正論は嫌いだ。
特に相棒から出てくる正論は、逃げ場がないので余計に嫌いだ。
作戦は単純だった。
礼拝堂跡へ再接近する。黒い獣型の疑似兵装が出てきたら、碧の愕天王で正面を押さえる。イリナは攻撃ではなく、聖光の鎮静と誘導。レオルドは解析と指揮。俺はギャバン・キングとして、防御、封印、逃走阻止。
太郎としては出ない。
そこは、まだ崩さない。
絶花は小猫とともに学校側に残す。これも崩さない。
崩したいものほど、今は崩せない。
夜の礼拝堂跡は、昨日よりも静かだった。
静かすぎる。
こういう静けさは、たいていろくでもない。嵐の前の静けさというより、罠が口を開けて待っている時の静けさだ。
錆びた門の前で、碧がハルバートを肩に担いで立っている。
いつもなら名乗りを上げそうなものだが、今日は珍しく黙っていた。いや、珍しくというか、レオルドに三回ほど「名乗るな」「声を出すな」「敵に位置を教えるな」と釘を刺されていたからだ。
横にはイリナ。
白い翼を持つ天使は、礼拝堂の奥を見つめていた。表情は固い。怒りもある。悲しみもある。けれど、前回よりは危うさが少ない。
迷いが消えたわけではない。
迷ったまま立っている。
たぶん、それでいい。
『各員、配置につけ。碧、前に出すぎるな。イリナ、聖光は抑えろ。キング、右側の逃走路を塞げ』
レオルドの声が通信に流れる。
俺はギャバン・キングの装甲で礼拝堂の右手側に立った。
白く濁った残光が地面を這っている。昨日剥がした結界の残りかす。そこに黒い脈動が混じる。
奥で、何かが唸った。
地面が震える。
礼拝堂の扉が内側から軋み、割れた。
黒い聖光の獣が姿を現す。
四足。爪。翼とも角ともつかない歪んだ突起。外殻は白い聖光に覆われているが、その継ぎ目から黒いネガエモルギアが漏れている。
守護獣に似ていた。
だが、守るものの気配はない。
ただ、裁くためだけに作られた獣。
イリナが息を呑む。
「これは……天使の守護術式を歪めたものです」
黒い獣が口を開いた。
声というより、残響だった。
『悪しき者を裁け』
地面に黒い波が走る。
『罪と結ぶ者もまた罪である』
イリナの肩が震える。
碧が一歩前に出た。
「裁きたいだけの獣に、守護の名を名乗らせるな」
ハルバートを構える。
そして、今度こそ声を張った。
「来い、愕天王!」
地面が震える。
獣のような駆動音が夜に響いた。
空間の奥から、巨大な四足獣型のチャイルドが飛び出す。愕天王。金属の獣。正義の突破力。うるさいブルドーザー。
『誰がうるさいブルドーザーだ』
通信越しにレオルドが言った。
口に出していないはずだが、なぜバレる。
愕天王は黒い獣へ向かって駆けた。
衝突。
空気が震えた。
聖光と金属音がぶつかり、地面が割れる。黒い獣の爪が愕天王の肩を削り、愕天王の角が黒い外殻を押し返す。
碧は愕天王の背でハルバートを振るった。
だが、叩き潰さない。
押さえる。
逸らす。
街へ抜けようとする進路を塞ぐ。
『碧、正面から押し返せ。ただし潰すな。中身が飛ぶ』
「了解した!」
『ほんとに分かってんだろうな』
「今回はたぶんではない!」
『そこで威張るな』
黒い獣が唸る。
『正義を名乗るなら、悪を砕け』
声が碧へ向いた。
『守るなど偽善。裁きこそが光』
「違うな」
碧はハルバートの柄を握り直す。
「正義を名乗るからこそ、まず守る!」
愕天王が踏ん張った。
吶喊ではない。
止まる。
前へ出るのではなく、そこから一歩も退かない。
正義の味方が、突撃ではなく防壁になる。
その姿は、いつもの碧らしくないようで、ひどく碧らしかった。
イリナが後方で両手を合わせる。
聖光が広がる。
だが、それは攻撃の光ではない。強い閃光でも、裁きの光でもない。足元を照らすような、静かな光。
『イリナ、強めるな。照らすだけにしろ』
「はい」
イリナは呼吸を整えた。
「裁く光ではなく……導く光」
白い光が、黒い獣から漏れる汚染を鎮めるように広がった。
黒い獣は苦しむように身を捩る。
ネガエモルギアが聖光を餌にしようと伸びるが、イリナの光はそれに飲まれない。強くぶつけない。包む。落ち着かせる。
碧が前で止める。
イリナが後ろで鎮める。
レオルドが解析する。
俺は右側から抜けようとした黒い触手を掌で弾いた。
『キング、右側を塞げ。そっち抜けられたら街に出る』
言われる前に動いている。
黒い獣の尾が伸びる。
俺はそれを受け止め、地面へ叩きつけた。潰さない。切らない。レオルドに言われた通り、中身を飛び散らせない程度に押さえる。
面倒だ。
だが、守るとはそういうことだ。
黒い獣が吠えた。
外殻が割れ、黒い聖光が四方へ散る。
『分裂するぞ!』
レオルドの声が飛ぶ。
黒い獣の一部が、愕天王をすり抜けた。
向かう先は、学校側。
絶花たちのいる方向。
考えるより先に動いていた。
俺は地面を蹴り、黒い分体の前に割って入る。
爪が装甲を叩く。
衝撃。
身体が後ろへ滑る。
だが、退かない。
背後には街がある。学校がある。絶花がいる。
ギャバン・キングの装甲が軋む。
俺は無言で押し返した。
遠く、学校側の見張り位置から、絶花がこちらを見ていた。
小猫が隣に立っている。
距離はある。
顔までは見えないはずだ。
それでも、絶花がこちらを見ていることだけは分かった。
「……また」
声は聞こえない。
けれど、そう言った気がした。
また、あなた。
また、太郎がいない時に。
また、同じように守る。
俺は奥歯を噛む。
『キング、持っていかれるな』
レオルドの声が通信に入る。
『今は守れ。それでいい』
分かってる。
言葉にはしない。
俺は黒い分体を押さえ込む。
碧がこちらを一瞬見た。
「まったく、無愛想な正義は守る時だけ迷いがないな」
『感想は後だ!』
レオルドが怒鳴る。
『碧、核は胸部だ。愕天王で押さえろ!』
「承知した!」
碧がハルバートを掲げる。
「愕天王、吶喊――いや、今回は止めるぞ!」
自分で言い直した。
愕天王が吠える。
突っ込むための脚で、踏み止まる。
黒い獣の胸部へ身体を押しつけ、その動きを固定する。爪が愕天王の装甲を削る。黒い聖光が脚部へ絡みつく。
それでも愕天王は下がらない。
碧も下がらない。
「守る正義は、踏ん張るものだ!」
『今さらかよ!』
レオルドが叫ぶ。
『だが悪くねえ! そのまま押さえろ!』
イリナの導く光が、黒い獣の外殻を薄くする。
聖光が聖光を鎮める。
裁くためではなく、荒れた祈りを眠らせるために。
「天使の光は、誰かを傷つけるためだけのものではありません」
イリナが静かに言った。
「迷っても、私は守る方を選びます」
黒い獣が抵抗する。
『許すな』
『裁け』
『悪しき者を――』
「その声に、私の光は渡しません」
イリナの聖光が一段落ち着く。
強くなるのではない。
深くなる。
黒い獣の外殻が剥がれた。
『キング、今だ。核を封じろ』
レオルドの声。
俺は分体を地面へ押さえ込んだまま、片手を本体へ向ける。
エモルギアが反応する。
黒い獣の胸部にある核が見えた。ネガエモルギアの塊。聖光の外殻に守られ、古い守護術式で固定された黒い心臓。
碧が愕天王で押さえ込む。
イリナが外殻を鎮める。
俺が核を抜く。
壊さない。
引きずり出す。
封じる。
手を伸ばす。
黒い核が抵抗した。
怒りをぶつけてくる。
悪魔への憎悪。
堕天使への拒絶。
和平への嫌悪。
そして、俺の中にある絶花を狙われた怒りへ触ろうとする。
触らせるかよ。
俺はエモルギアを握り込む。
核を圧縮する。
黒い聖光が悲鳴のように弾け、次の瞬間、小さな黒い結晶へ変わった。
愕天王が黒い獣を押し潰すのではなく、ゆっくりと地面へ伏せさせる。
イリナの光が最後の汚染を鎮めた。
黒い獣は、形を失って消えた。
完全消滅ではない。
残滓はある。
だが、今は止めた。
碧が愕天王の上で息を吐く。
「守る正義は、案外踏ん張りが要るな」
『今さらかよ』
レオルドが返す。
『守る方が、壊すよりずっと面倒なんだよ』
イリナが静かに頷いた。
「……はい。守ることは、裁くことより難しいんですね」
碧が笑った。
「だからこそ、やりがいがある」
『声量が戻ってきたな』
「勝利の余韻だ!」
『近所迷惑だ、落とせ』
俺は黒い結晶を回収し、レオルドへデータを送った。
礼拝堂跡には、まだ嫌な気配が残っている。
レオルドの浮遊端末が内部をスキャンした。
『追加証拠あり。複数の天使の術式痕。古い派閥の印章。ネガエモルギアの供給経路……それから、声紋データも取れた』
「尻尾は掴んだか」
つい、声が漏れた。
加工されたギャバン・キングの声として、夜に落ちる。
『ああ』
レオルドが答える。
『これで尻尾は掴んだ。次は逃がさず捕まえる』
捕まえる。
殺すのではなく。
潰すのでもなく。
捕まえる。
俺は礼拝堂の奥を見た。
敵は複数いる。思想で繋がっている。自分たちが正しいと信じている。ネガエモルギアを使い、人の感情を燃やし、正義を腐らせる。
次は確保だ。
逃がさない。
そして、吐かせる。
旧校舎へ戻った時、空き教室にはレオルドがすでにいた。
端末には黒い結晶と印章、声紋データが並んでいる。
「次は確保だな」
「ああ。潰すんじゃねえ。捕まえる」
「なら、次はあの力か」
レオルドが俺を見る。
「ソルブレイバーだな」
「ああ」
「救助、結界剥離、防衛。で、最後に確保。だいぶ警察らしくなってきたじゃねえか」
「最初から警察だろ」
「お前は時々、警察ってより災害みたいに突っ込むからな」
「言ってろ」
俺は椅子に座る。
疲れはある。
だが、怒りは少し形を変えていた。
燃えているのではなく、刃になっている。
次は、走らない。
次は、逃がさない。
レオルドが端末を叩く。
「相手は複数。しかも天使側の面子が絡む。下手にやると外交問題だ」
「面倒だな」
「今さらだろ」
「だな」
窓の外には夜の校舎が見えた。
そのどこかに絶花がいる。
小猫が守っている。
今はそれでいい。
今は、まだ。
礼拝堂の奥。
黒い聖光の残滓の中で、白い翼の影が揺れた。
『守る正義、か』
敵天使の声が冷たく響く。
『ならば次は、その正義が誰を裁かずにいられるか見せてもらおう』
複数の翼が闇の中で広がる。
『宇宙警察。和平に染まった天使。正義の味方。悪魔の眷属』
黒いネガエモルギアが脈打つ。
『まとめて、秩序の前に跪かせる』
その声は、夜の奥へ消えていった。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王