サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
正義を名乗る奴ほど、裁きたがる。
もちろん、全部が全部そうだとは言わない。杉浦碧みたいに、正義を名乗りながら守ることを選べる奴もいる。イリナのように、迷いながらも人を助ける方へ踏み出せる奴もいる。
だが、正義という言葉は便利すぎる。
便利なものは、使う人間を選ばない。
誰かを助けるためにも使えるし、誰かを殴るためにも使える。自分を支えるためにも使えるし、自分の間違いを見ないためにも使える。要するに正義とは、包丁や火と同じだ。
料理にも使える。
放火にも使える。
殺しにも使える。
だから俺は、正義という言葉をあまり信用しない。
信用するのは、その言葉を掲げた奴が、実際に何をしたかだけだ。
「これ以上やらせたら、ただの局地事件じゃ済まねえ」
旧校舎の空き教室で、レオルドが端末を睨みながら言った。
机の上には、昨日の礼拝堂跡で得たデータが並んでいる。黒い聖光の獣の残滓。古い派閥の印章。複数の天使の術式痕。ネガエモルギアの供給経路。声紋データ。
点は線になった。
線は輪になった。
そして、その輪の中央にいる連中の顔が、ようやくぼんやり見えてきた。
「三大勢力の和平そのものに火がつくぞ」
「狙いはそれか」
「だろうな。駒王町周辺に悪魔への敵意を拡散する。天使側の一部がそれをやったと分かれば、天界の面子も潰れる。悪魔側は当然反発する。堕天使側も黙ってねえ。和平反対派からすりゃ、火種としては上等すぎる」
「性格が悪いどころじゃねぇな」
「ネガエモルギアをばら撒いて一般人まで巻き込んでる時点で、今さらだろ」
レオルドは画面を切り替えた。
古い礼拝堂跡の地下空間。
封鎖されたはずの場所に、隠し通路がある。そこにネガエモルギアの反応が集中していた。
「今夜、最後の結界を起動するつもりだ。昨日の獣は前座だな。本命は、聖光の檻だ」
「檻?」
「黒い翼の結界だ。広げれば、感情汚染を一気に流せる。派手な爆発じゃねえ。じわじわ敵意を撒くタイプだ」
「最悪だな」
「ほんとにな」
レオルドは鼻を鳴らした。
「今回は潰すな。捕まえる」
「分かってる」
「その“分かってる”は信用してねえ」
「毎回それだな」
「毎回お前が信用を積み立てねえからだよ」
言い返せない。
言い返せないことを言うな。
「敵は天使だ。しかも、全員が完全な外道ってわけじゃねえ。和平への不満や不安を持ってた連中が、ネガエモルギアで増幅されてる可能性が高い」
「だから殺すな、か」
「そうだ。殺せば向こうの言い分を補強する。宇宙警察が天使を処刑した、なんて話になったら目も当てられねえ」
「断罪ごっこに乗るなってことだな」
「ああ」
レオルドは俺を見た。
「逮捕だ」
逮捕。
その単語は、妙に重かった。
斬るでもなく、潰すでもなく、消すでもない。捕まえる。逃げ道を潰し、危害を止め、証拠を残し、身柄を確保する。
殺さないための戦い。
それは、面倒だ。
だが、警察の仕事とはたぶん、本来そういうものなのだろう。
夜。
礼拝堂跡の地下へ向かう前に、レオルドは部室で最後の作戦説明を行った。
俺はいない。
少なくとも、唯我太郎としては。
部室にはリアス、朱乃、兵藤、アーシア、小猫、イリナ、碧、絶花がいる。絶花は今回も前線には出さない。小猫が護衛につく。
『敵は今夜、最後のネガエモルギア結界を起動するつもりだ』
レオルドの声が通信越しに届く。
『目的は駒王町周辺への感情汚染。悪魔への敵意を拡散して、和平協定への不信を煽る』
『そんなことをすれば……』
イリナの声が震える。
『天界もただでは済まないわね』
リアスが静かに言った。
『ああ。だから天使側も隠したがる。だが、隠してる場合じゃねえ』
レオルドは言い切った。
『今回は確保する。断罪じゃねえ。処刑でもねえ。ネガエモルギア使用、精神汚染、一般人への危害誘導。犯人として捕まえる』
『同じ天使を……捕まえる』
イリナが呟く。
そこへ碧が声をかける。
『辛いだろうな。だが、止めることは見捨てることではないぞ』
『……はい』
『むしろ、間違ったまま進ませないために止めるのだ。正義の味方として、そこは譲れん』
『いいこと言ってるが、声がでけえ』
レオルドが即座に刺した。
『すまん、少し熱が入った!』
『少しでそれかよ』
絶花の声が小さく入る。
『……ギャバン・キングも行くの?』
一瞬、部室の空気が止まった。
小猫が何も言わない。
レオルドが返す。
『行く。だが、お前は学校側で待機だ』
『また、待つだけ』
『そうだ。今日は待て』
きっぱりと言う。
けれど、突き放す声ではなかった。
『お前が安全圏にいる。それだけで、こっちは余計な判断を減らせる。守られるのが嫌なのは分かるが、今日はそれが一番効く』
絶花は少し黙った。
『……分かった』
その返事は、小さかった。
けれど、ちゃんと前を向いていた。
礼拝堂跡の地下空間は、思ったより広かった。
昔の避難路か、隠し礼拝所か。石造りの壁に古い祈祷文が刻まれ、白い光が薄く滲んでいる。その白は、もはや神聖ではない。黒い脈動を内側に含んだ、腐りかけの白だった。
俺はギャバン・キングとして先行した。
右後方にイリナ。左外周に碧。後方支援にレオルドの浮遊端末。学校側にはリアスたちと小猫、絶花。
太郎はいない。
ここにいるのは宇宙警察の執行者だ。
地下礼拝堂の中央には、複数の天使がいた。
白い翼。
だが、光は濁っている。
その中心に立つ男が、こちらを見た。
「来たか。宇宙警察」
整った顔だった。
声も落ち着いている。
だからこそ、気持ちが悪い。
怒鳴る者より、穏やかに間違っている者の方が厄介だ。自分の足元が崩れていることに気づかず、まっすぐ立っているつもりでいる。
イリナが前へ出る。
「あなたたちが、ネガエモルギアを使って事件を起こしたのですね」
「事件?」
主犯格の天使は微かに笑った。
「これは浄化だ。悪魔と手を取り、堕天使と笑い合う世界を、正すための」
「一般人を巻き込んでおいて、よく言う」
碧がハルバートを構える。
「正義を名乗るなら、まず目の前の人を傷つけるな」
「痛みを伴わない正義などない」
主犯格は言う。
「悪魔は裁かれるべき存在だ。堕ちた者も同じ。彼らと手を結ぶことは、天の秩序への裏切りである」
その視線が、イリナへ向いた。
「君もだ。天使でありながら、悪魔と笑うのか」
イリナの肩が揺れた。
だが、逃げない。
「笑います」
静かな声だった。
「それが、誰かを傷つけない道なら」
主犯格の目が細くなる。
「堕ちたな」
「いいえ」
イリナは首を振った。
「私は、悪魔と手を取りました。それでも、天使であることを捨てたつもりはありません」
地下礼拝堂に沈黙が落ちる。
次の瞬間、他の天使たちが一斉に聖光を展開した。
白い光。
黒い脈動。
拘束術式が床を走り、イリナと碧の足元へ伸びる。
『来るぞ! イリナ、聖光を強めるな! 碧、正面に出すぎるな! キング、中央を抑えろ!』
レオルドの声が飛ぶ。
俺は前へ出た。
ギャバン・キングの装甲で拘束術式を受け止める。白い光が腕に絡む。内側の黒が、こちらの怒りを探ろうとする。
絶花を狙われた怒り。
小猫やイリナを傷つけた連中への怒り。
正義を言い訳にした連中への嫌悪。
触ってくる。
燃やそうとしてくる。
だが、乗らない。
ここで乗れば、向こうの餌だ。
『キング、潰すな。確保だ』
レオルドの声。
分かってる。
俺は周囲を見る。
敵は殺すべき怪物じゃない。
捕まえるべき犯人だ。
なら、使う力も決まっている。
「この場合は、この力を使うか!」
加工された声が響く。
システムが応答する。
『ソルブレイバーデータ! オーバーレイ!』
ギャバン・キングの装甲に、新たな機能が重なる。
救助より一歩踏み込み、制圧と確保へ寄った装備。拘束、非殺傷、隔離、証拠保全。戦うためというより、現場を終わらせるための力。
ソルブレイバー。
『投影確認。よし、キング、拘束具を入れろ。逃げ道は俺が潰す』
レオルドの浮遊端末が地下空間の出口を封鎖する。
碧は愕天王を呼ばず、ハルバートで側面を押さえる。今日は巨大戦ではない。逃がさないための戦いだ。
「痛みを押しつける正義は、ただの暴力だ!」
碧の声が響く。
『声はでけえが、今のは通していい』
レオルドがぼやく。
イリナは敵天使たちの前に立った。
「あなたたちの怒りを、なかったことにはしません」
白い翼が震える。
「でも、それで誰かを傷つけることは許せません」
「綺麗事を!」
協力天使の一人が術式を撃つ。
俺はソルブレイバーの拘束フィールドを展開し、その聖光を受け流す。反射ではない。吸収でもない。術式の外側だけを押さえ、内側のネガエモルギアを切り離す。
『左の二人、汚染濃度が低い。先に剥がせば止まる!』
レオルドの指示。
俺は腕を伸ばし、非殺傷拘束具を射出した。
光の輪が天使の腕と翼を縛る。
強く締めすぎない。
だが、飛べない。
術式も編めない。
碧がもう一人の進路を塞ぐ。
「止まれ。これ以上行けば、君自身も戻れなくなるぞ」
「黙れ、人間!」
「人間だから言っている。間違える者を止めるのに、種族の資格などいらん!」
ハルバートの柄が、相手の足元を叩く。
転ばせる。
斬らない。
倒すが、壊さない。
イリナがその天使の背に触れ、弱い聖光で汚染を鎮める。
「もう、やめてください」
声が震えていた。
それでも、止める手は震えていなかった。
主犯格が歯を食いしばる。
「私は間違っていない」
その手に、黒いネガエモルギアが集まる。
「天の秩序を取り戻すためなら、この痛みも正義だ!」
黒い翼の結界が広がった。
地下空間全体が、檻のように閉じる。
白い羽根が黒く染まり、天井から降る。羽根が床に触れるたび、怒りの声が響く。
『悪魔を許すな』
『堕ちた者と並ぶな』
『和平は汚染である』
イリナの顔が歪む。
だが、前へ出た。
「違います」
主犯格がイリナへ手を向ける。
「君も、汚染されている!」
黒い聖光が槍のように伸びる。
俺は割って入った。
ソルブレイバー投影状態の防護フィールドで受け止める。衝撃が装甲を叩く。だが、踏み止まる。
主犯格が叫ぶ。
「なぜ邪魔をする! 外から来た異物が、なぜ天の裁きに干渉する!」
俺は短く返した。
「断罪ごっこは終わりだ」
拘束装備を展開する。
「ここからは逮捕の時間だ」
主犯格の目が見開かれる。
『キング、今だ。ネガエモルギア供給線を切れ。本体を傷つけるな。証拠ごと確保する!』
レオルドの声が飛ぶ。
供給線は背中の翼から床へ伸びていた。
古い礼拝術式の陣。
そこにネガエモルギアが流し込まれている。
俺はソルブレイバーの隔離フィールドを床へ打ち込む。
供給線を囲う。
切る。
ただし、焼かない。
流れを止める。
主犯格の黒い翼が揺らいだ。
「私は……私は正しい……!」
イリナが前に出る。
「痛みを背負う覚悟と、誰かへ押しつけることは違います」
「黙れ!」
「黙りません」
イリナの声は、もう震えていなかった。
「あなたたちの怒りは、天界へ報告します。でも、あなたたちが傷つけた人たちのことも、必ず報告します」
俺は拘束具を射出した。
主犯格の両腕、翼、術式核。
三点を同時に縛る。
黒い結界が収縮する。
主犯格はなおも暴れようとするが、レオルドが叫んだ。
『碧、押さえろ! 壊すな!』
「承知!」
碧のハルバートが床へ打ち込まれ、主犯格の逃走経路を塞ぐ。
俺は最後のネガエモルギア核を掌で掴み、引き抜いた。
黒い脈動が腕を這い上がる。
怒りを探る。
後悔を探る。
絶花の声を真似ようとする。
――また、何も言わない。
幻の声が響きかける。
俺は無視した。
今は、逮捕だ。
核を圧縮し、証拠保全用の結晶ケースへ封じる。
黒い翼の檻が砕けた。
地下礼拝堂に、静けさが戻る。
敵天使たちは全員、拘束されていた。
死者なし。
重傷者なし。
証拠あり。
確保完了。
レオルドの浮遊端末が前へ出る。
『ネガエモルギア使用、精神汚染、一般人への危害誘導、三大勢力和平への破壊工作』
その声は荒いが、よく通った。
『宇宙警察案件として記録する。身柄は天界側へ引き渡すが、こっちも全部控えを残す。揉み消しはさせねえ』
イリナが拘束された天使たちを見つめる。
裁く目ではなかった。
悲しみと、怒りと、責任を抱えた目だった。
「あなたたちを、私は忘れません」
彼女は言った。
「でも、あなたたちが傷つけた人たちのことも、忘れません」
主犯格は何も言わなかった。
ただ、うつむいていた。
地上へ出ると、夜風が冷たかった。
碧が大きく息を吐く。
「断罪より逮捕。実に地に足のついた正義だな!」
「お前の正義も少しは地に足つけろ」
レオルドが返す。
「私の正義は常に大地を踏みしめているぞ!」
「声が空まで飛んでんだよ」
イリナが、レオルドを見た。
「あなたたちは、本当に警察なのですね」
「今さらかよ。こっちは最初からそう言ってる」
レオルドは呆れたように言った。
だが、その声に悪意はなかった。
遠く、学校側。
絶花がこちらを見ていた。
小猫が隣にいる。
距離がある。夜だ。ギャバン・キングの姿と太郎を結びつける決定的なものはない。
それでも、絶花は口を動かした。
「……太郎」
聞こえるはずのない声が、なぜか聞こえた気がした。
小猫は何も言わない。
ただ、絶花のそばに立っていた。
俺は振り返らず、その場を離れた。
今はまだ、太郎としてそこへ行けない。
行けば、たぶん全部が崩れる。
旧校舎の空き教室に戻り、装甲を解除した。
制服姿に戻ると、急に身体が重くなる。
ギャバン・キングでいる間は、正体を隠せる。だが、制服へ戻ればただの高校一年生だ。ただの高校一年生にしては、抱えているものが多すぎるが。
レオルドが端末を開いたまま言った。
「これで天使側の事件は一段落だ。だが、報告書は山ほどある」
「そっちは任せた」
「ふざけんな。お前も書け」
「俺は高校生だぞ」
「都合のいい時だけ学生に戻るな」
「学業優先だ」
「お前、今日の授業どれだけ聞いてた?」
「古文の助動詞が敵だということは分かった」
「何も分かってねえじゃねえか」
レオルドはため息を吐いた。
「まあ、判断は悪くなかった。ソルブレイバーを選んだのもな」
「褒めてんのか」
「半分な」
「残りは?」
「絶花にほぼ確信されてる」
俺は黙った。
レオルドは端末を閉じる。
「そっちは、お前が決めろ。隠すのか。話すのか。中途半端にするのか」
「中途半端は危ない、だろ」
「分かってんならいい」
「その“分かってる”は信用してねぇんだろ」
「よく分かってるじゃねえか」
俺は窓の外を見た。
夜の校舎。
そのどこかに絶花がいる。
小猫がいる。
イリナがいる。
碧がいる。
レオルドが、ここにいる。
面倒ごとは片づいた。
少なくとも、今回の事件は。
だが、秘密は片づいていない。
秘密は水みたいなものだ。
穴があれば染み出す。
そしてたぶん、もう器にはかなり大きなひびが入っている。
「……面倒だな」
「今さらだろ」
レオルドはいつものように言った。
俺は少しだけ笑った。
今さら。
本当に、今さらだった。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王