サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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蒼機龍 Case2

※用語整理:『ギャバン』系の「魔空空間」は、原典では異常な別空間として扱われ、『超宇宙刑事ギャバン インフィニティ』でもギャバンたちが魔空空間へ突入する展開が確認できます。本話ではそれを、ディオドラがネガエモルギアと悪魔魔術で模倣した**疑似魔空空間**として扱います。([マグミクス][1])

 

# 第2話 アスタロトの微笑

 

 嫌な予感というものは、だいたい当たる。

 

 外れてほしい時ほど当たるし、当たったところで別に嬉しくもない。宝くじは当たらないくせに、厄介ごとの予感だけは高確率で的中するのだから、世の中というのは配分を間違えている。

 

 ディオドラ・アスタロト。

 

 その名前を聞いた時点で、俺はあまりいい気分ではなかった。

 

 風波駆無が持ち込んだ情報。弩城さんの認証。ネガエモルギアの反応。アーシアへ向けられた、湿った悪意。

 

 材料は揃っていた。

 

 ただし、材料が揃っているからといって、いきなり殴りに行けるわけではない。証拠、場所、相手の出方、被害者の安全。そういう面倒なものを一つずつ確認しないと、結局は守るべき相手を危険に晒す。

 

 前章で散々やった流れだ。

 

 学習している自分が、少し嫌になる。

 

 俺は旧校舎の空き教室で、端末越しにオカルト研究部の様子を見ていた。

 

 正確には、風波駆無が仕込んだ隠密用の視覚共有だ。映像は少し低く、壁際から部室全体を見渡す角度になっている。駆無はすでに部室内へ忍び込んでいた。透明化と壁抜けを併用しているらしい。

 

 忍者というのは便利だ。

 

 便利すぎて、こちらの倫理観が少し心配になる。

 

『太郎、聞こえてるな』

 

 レオルドの声が通信に入る。

 

「ああ」

 

『お前は出るな。ディオドラが動くまでは様子を見る』

 

「分かってる」

 

『その“分かってる”は信用してねえ』

 

「今回は信用しろ」

 

『信用できる要素を積んでから言え』

 

 レオルドの口は悪い。

 

 だが、言っていることはいつも現実的だ。

 

 俺は椅子に座ったまま、画面へ目を向ける。

 

 部室にはリアス、朱乃、兵藤、アーシア、小猫、木場、ゼノヴィアがいた。必要最低限の面子、というより、グレモリー眷属としての顔合わせだ。次のレーティングゲームの対戦相手が来るのだから、当然といえば当然である。

 

 そして、その対戦相手。

 

 ディオドラ・アスタロトは、柔らかい笑みを浮かべていた。

 

 整った顔。

 

 穏やかな目。

 

 丁寧な所作。

 

 服装も声も、貴族らしい品の良さをまとっている。普通に見れば、礼儀正しい青年だと思うだろう。だが、俺にはどうにも、その笑みが薄く見えた。

 

 優しさがあるのではない。

 

 優しそうに見せるための形があるだけ。

 

「お時間をいただき感謝します、リアス・グレモリー嬢」

 

「こちらこそ。次の対戦相手と顔を合わせるのは、必要なことだもの」

 

 リアスは落ち着いている。

 

 けれど、完全に気を許してはいない。声の温度は穏やかだが、視線は相手を測っていた。

 

 兵藤は分かりやすい。

 

 最初からディオドラを警戒している。理由を言葉にできるほどではないのだろうが、アーシアを見るディオドラの目つきが気に入らないのだと思う。

 

 それはたぶん、正しい。

 

 ディオドラは自然な動作でアーシアを見た。

 

「アーシア・アルジェントさん。お会いできて光栄です」

 

「あ、はい……」

 

 アーシアは戸惑っている。

 

 礼儀正しい相手へどう返せばいいのか分からない、というより、その礼儀正しさの奥にあるものを、身体のどこかが嫌がっているようだった。

 

「あなたのように清らかな方が、悪魔の眷属として生きている。運命とは、不思議なものですね」

 

 兵藤の眉が動いた。

 

「……何が言いたいんだよ」

 

「失礼。責めているわけではありません。ただ、惜しいと思っただけです」

 

「惜しい?」

 

 リアスの声が少し低くなる。

 

「ええ。彼女ほどの女性なら、もっと相応しい場所があるのではないかと」

 

 その言葉で、部室の空気がわずかに固まった。

 

 相応しい場所。

 

 何様だよ、と思った。

 

 アーシアはここにいる。

 

 自分で選んだかどうか、何もかも迷いなく選べたかどうかは知らない。だが、少なくとも今の彼女には仲間がいる。リアスがいる。兵藤がいる。グレモリー眷属がいる。

 

 それを外から見て、もっと相応しい場所があると言う。

 

 綺麗な言葉で包んでいるが、中身はただの所有欲だ。

 

『……気持ち悪いな』

 

 レオルドが通信の向こうで呟いた。

 

「同感だ」

 

 俺も短く返す。

 

 ディオドラはリアスへ向き直った。

 

「リアス嬢。失礼を承知で、ひとつ提案があります」

 

「聞くだけなら」

 

「アーシア・アルジェントさんを、私の眷属として迎えたい」

 

 部室の空気が凍った。

 

 アーシアは目を見開く。

 

 兵藤が立ち上がりかける。

 

「ふざけんなよ……!」

 

「一誠、落ち着いて」

 

 リアスが制止する。

 

 落ち着いた声だった。

 

 ただし、怒っていないわけではない。むしろ、落ち着いているぶん、怒りの芯が見えた。

 

「ディオドラ。アーシアは物ではないわ。トレードの対象ではない」

 

「もちろん、物として扱うつもりはありません。私は彼女を尊重し――」

 

「なら、その申し出自体が間違っている」

 

 リアスははっきりと言った。

 

「お断りします。アーシアは私の大切な眷属であり、仲間よ。本人の意思を無視する話に応じるつもりはないわ」

 

「部長……」

 

 アーシアの声が震える。

 

 ディオドラは表情を崩さなかった。

 

 だが、ほんの一瞬だけ、目の奥に別の色が走った。

 

 不快。

 

 侮辱された、というより、欲しいものを手元へ置くのを邪魔された子供の苛立ちに近い。

 

「残念です。ですが、あなたの答えは理解しました」

 

 理解した。

 

 その言葉ほど信用できないものもない。

 

 俺が通信越しに息を吐いた時だった。

 

 部室の壁が、わずかに揺らいだ。

 

 最初に気づいたのは小猫だった。

 

「……壁」

 

 木場が振り向く。

 

「え?」

 

 壁の一部が、水面のように波打った。

 

 そこから、人影が音もなく現れる。

 

 透明化を解いた風波駆無だった。

 

 一斉に構えられる。

 

「なっ、誰だお前!?」

 

「侵入者か!」

 

「あらあら、今度は壁からですか」

 

 兵藤が叫び、ゼノヴィアが剣へ手を伸ばし、朱乃が微笑みを深める。

 

 駆無は、周囲の反応を気にしていない。

 

 いや、気にしていないように見えるだけだろう。あいつは全員の位置と間合いを見ている。兵藤が動けば避ける。ゼノヴィアが斬れば抜ける。小猫が踏み込めば受け流す。そういう準備が、立ち方に出ていた。

 

「騒がせてすまない。風波駆無。宇宙刑事だ」

 

 一瞬、沈黙。

 

「……宇宙刑事?」

 

 兵藤の声がひっくり返る。

 

「また増えたのか」

 

 ゼノヴィアが真顔で言った。

 

「……忍者っぽいです」

 

 小猫がぼそりと付け加える。

 

「風波流忍術の使い手でもある」

 

「宇宙刑事で忍者って何だよ!」

 

 兵藤の叫びに、俺は少しだけ同情した。

 

 普通はそうなる。

 

 俺も昨夜そう思った。

 

 駆無はリアスへ視線を向ける。

 

「グレモリー眷属の前で失礼する。だが、ここからは宇宙警察案件だ」

 

 リアスは警戒を解かない。

 

 だが、即座に敵とは見なさなかった。前章で、宇宙警察との関係は一応できている。レオルドが現場にいたことも大きい。

 

「宇宙警察案件……どういうこと?」

 

 駆無はディオドラを見た。

 

「ディオドラ・アスタロト。お前に、ネガエモルギア所持の疑いがある」

 

 空気が、一段冷えた。

 

 アーシアが小さく呟く。

 

「ネガエモルギア……?」

 

 リアスがディオドラを見る。

 

「ディオドラ、今の話は本当なの?」

 

 ディオドラは、一瞬だけ固まった。

 

 本当に一瞬だ。

 

 けれど、その一瞬が全てだった。

 

 次の瞬間、彼は声を荒げた。

 

「馬鹿なことを言うな!」

 

 それまでの優雅さが消えた。

 

 部室にいた全員が、その変化に気づく。

 

「私はアスタロト家の者だ。得体の知れない外部勢力に、このような侮辱を受ける筋合いはない!」

 

「侮辱ではない。捜査だ」

 

 駆無の声は変わらない。

 

 静かで、淡々としている。

 

「証拠はあるのか!」

 

「反応記録はある。だが、証言も必要だろう」

 

 その瞬間、部室の窓際に小型転移の光が走った。

 

 椅子の上へ、レオルドが着地する。

 

 見た目は完全に犬。

 

 だが、端末を広げる動きは手慣れている。

 

「証人ならぬ証犬ってやつだな」

 

 部室の時間が、変な方向に止まった。

 

「証犬……?」

 

 兵藤がつぶやく。

 

「……犬」

 

 小猫が言う。

 

「犬じゃねえ。今のは言葉の流れだ」

 

「あら、可愛らしい証人さんですわね」

 

 朱乃が楽しそうに言う。

 

「証人じゃなくて証犬……いや、自分で言ったが忘れろ。今はそこじゃねえ」

 

 レオルドはすぐにディオドラへ向き直った。

 

 ふざけた入口をしているのに、切り替えは早い。

 

「ディオドラ・アスタロト。お前の周辺で、天使事件とは別系統のネガエモルギア反応が出てる」

 

「知らないな」

 

「だろうな。そう言うと思ってた」

 

 レオルドの端末にデータが表示される。

 

「反応の性質は、怒りや正義感じゃねえ。罪悪感、信仰の傷、孤独、依存。そういう感情に寄ってる」

 

 アーシアの表情がわずかに揺れた。

 

 ディオドラは、それを見た。

 

 ほんの少しだけ、口元が動いた。

 

 笑ったのだ。

 

 それを、小猫と駆無は見逃さなかった。

 

「反応は、アーシア・アルジェントに向けられていた」

 

 駆無が言う。

 

「てめぇ……!」

 

 兵藤が前へ出ようとする。

 

 リアスも一歩踏み出した。

 

「ディオドラ。説明してもらえるかしら」

 

 ディオドラの笑みが消える。

 

 そして、小さく舌打ちした。

 

「……余計な犬と、余計な忍びが」

 

「ほう。今、認めたようなもんだぞ」

 

「黙れ」

 

 その声は、もう貴族の紳士ではなかった。

 

 ディオドラは懐から、黒く濁った小さな結晶を取り出した。

 

 俺は画面越しに、指先が冷えるのを感じた。

 

 ネガエモルギア。

 

 やはり持っていた。

 

 アーシアが息を呑む。

 

「それは……」

 

 レオルドの端末が警告音を鳴らす。

 

「全員、下がれ! ネガエモルギア反応、急上昇!」

 

 駆無が動く。

 

 リアスも魔力を展開しようとする。

 

 だが、ディオドラはそれより早く結晶を砕いた。

 

 黒い光が部室中に広がる。

 

 壁が歪む。

 

 窓の外が黒く染まる。

 

 天井が遠ざかり、床の距離感が狂う。

 

 部屋が広がったのではない。

 

 空間そのものが、こちらの感覚を裏切り始めた。

 

 レオルドが叫ぶ。

 

「魔空空間……いや、模倣だ!」

 

 その声は、部室の全員へ向けた説明でもあった。

 

「本来の魔空空間は、宇宙犯罪組織や宇宙刑事案件で扱われる異常な戦闘領域だ。通常空間から切り離され、距離、重力、景色、位置関係まで歪む。敵に有利な法則へ上書きされる、厄介な別空間だと思え!」

 

 黒い光が、さらに濃くなる。

 

「こいつはそれを完全再現したもんじゃねえ。ネガエモルギアと悪魔魔術を噛ませた疑似魔空空間だ! だから余計に不安定で危ねえ。下手に動くな、距離感を狂わされる!」

 

 用語説明としては最悪の状況だが、分かりやすい。

 

 兵藤が周囲を見る。

 

「何だこれ……!」

 

 小猫が床へ手をつき、感覚を確かめている。

 

「……空間が歪んでいます」

 

 駆無は目を細めた。

 

「魔空空間の模倣。忍術で抜けるには、少し荒いな」

 

「ならば、舞台を変えよう」

 

 ディオドラの声が、歪んだ空間に響く。

 

 リアスがアーシアへ手を伸ばす。

 

「アーシア!」

 

 だが、空間の歪みが二人の距離を引き離す。

 

 届くはずの手が届かない。

 

 前へ進んだはずの一歩が、横へ滑る。

 

 部屋の中にいるのに、部屋が信用できない。

 

 アーシアの足元に、黒い光の輪が現れた。

 

「え……?」

 

「アーシア!」

 

 兵藤が飛び出す。

 

 だが、進まない。

 

 いや、本人は進んでいる。だが、空間が曲げられている。距離だけが縮まらない。

 

「一誠、突っ込むな! 空間を曲げられてる!」

 

 レオルドが叫ぶ。

 

 駆無が印を結んだ。

 

「風波流――影縫い」

 

 影が走る。

 

 アーシアの足元の黒い輪を、縫い止めるように広がった。

 

 一瞬、拉致の術式が止まる。

 

 ディオドラが目を細める。

 

「忍術か。鬱陶しい」

 

 ネガエモルギアが脈打った。

 

 次の瞬間、アーシアの周囲に声が響く。

 

『異端者』

 

『追放された聖女』

 

『お前の力は災いを呼ぶ』

 

 アーシアの顔が青ざめる。

 

「違う……私は……」

 

 声は、彼女の過去をなぞっていた。

 

 教会から追われた記憶。

 

 信じていた場所から拒まれた傷。

 

 治癒の力を持つがゆえに背負わされた罪。

 

 ディオドラは、それを知っていたのだろう。

 

 知っていて、使った。

 

 気色悪い。

 

 吐き気がするほど、気色悪い。

 

「怖がらなくていい」

 

 ディオドラの声は優しかった。

 

 その優しさが、一番気持ち悪い。

 

「私が、君の痛みを理解してあげる」

 

「ふざけんな!」

 

 兵藤の叫びが響く。

 

 リアスが魔力を展開しかける。

 

 だが、レオルドが怒鳴った。

 

「撃つな! 今魔力をぶつけたら、アーシアごと空間が裂ける!」

 

 一瞬の躊躇。

 

 それは正しい躊躇だった。

 

 だが、ディオドラはその一瞬を待っていた。

 

 黒い光がアーシアを包む。

 

「イッセーさん……!」

 

 アーシアの声が、歪んだ空間に引き込まれる。

 

 黒い光が収束した。

 

 アーシアの姿が消える。

 

 ディオドラも消えかける。

 

 去り際、彼は微笑んだ。

 

「彼女は、私が預かる。レーティングゲームの前に、少し話をしておきたくてね」

 

「ディオドラァ!」

 

「怒りは美しい。だが、君では彼女を救えない」

 

 ディオドラが完全に消えた。

 

 疑似魔空空間が崩壊する。

 

 部室は元に戻った。

 

 ただ一つ。

 

 アーシアだけが、いなかった。

 

 兵藤が床を殴った。

 

「くそっ……!」

 

 リアスは唇を噛む。

 

 だが、すぐに顔を上げた。

 

 さすがだと思った。

 

 怒りで壊れるのではなく、怒りを抱えたまま次を見る。リアス・グレモリーは、こういう時に部長で、王だ。

 

「レオルド、追跡は?」

 

「反応は拾った。だが、疑似魔空空間を経由してる。正面から追えば罠だ」

 

「罠でも行く!」

 

 兵藤が叫ぶ。

 

 駆無が静かに言った。

 

「駄目だ。今行けば、彼女ごと壊される」

 

「何だと……!」

 

 兵藤が駆無を睨む。

 

 駆無は動じない。

 

「助けるには、忍ぶ必要がある。正面から怒りを叩きつける場面ではない」

 

 レオルドも端末を操作しながら続ける。

 

「駆無の言う通りだ。相手はアーシアの罪悪感を燃料にしてる。救出側が怒りで突っ込めば、ネガエモルギアがさらに食いつく」

 

 リアスが深く息を吸った。

 

「……分かったわ。冷静に動きましょう」

 

 兵藤は拳を握ったまま、何とか頷いた。

 

「アーシアを……必ず助ける」

 

「助ける。そのために俺がいる」

 

 駆無の声は静かだった。

 

 レオルドが端末を閉じずに言う。

 

「それと、もう一人いる」

 

 兵藤が顔を上げる。

 

「もう一人?」

 

 レオルドは俺の名前を言わない。

 

 言えない。

 

 太郎の正体は、ここではまだ秘匿だ。

 

「こういう時、正面突破以外の手を選べる奴だ」

 

 駆無がうっすら笑う。

 

「忍者が二人いれば、檻の隙間は開けられる」

 

 通信が俺へ繋がる。

 

 俺は旧校舎の空き教室で、端末を握っていた。

 

 指先に力が入っている。

 

 怒りはある。

 

 当然だ。

 

 アーシアを攫われた。過去の傷を踏みにじられた。助けたい相手の一番痛い場所を、優しい声で抉られた。

 

 だが、ここで突っ込むのは違う。

 

 分かっている。

 

 今度こそ、嫌というほど分かっている。

 

「……やりやがったな」

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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