サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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蒼機龍 Case3

 人間、怒っている時ほど走りたくなる。

 

 走れば、何かに近づいている気がするからだ。足を止めているより、手を伸ばしているより、拳を握って前へ出る方が、何かをしている気分になれる。

 

 けれど、それが罠だということもある。

 

 走れば走るほど遠ざかる道がある。殴れば殴るほど固くなる壁がある。怒れば怒るほど、相手の思う壺になる状況がある。

 

 ディオドラ・アスタロトが作ったのは、まさにそういう類のものだった。

 

 オカルト研究部の部室には、まだ黒い裂け目が残っていた。

 

 壁際に、まるで空間そのものを爪で裂いたような傷が浮いている。その向こう側には、上下の感覚を無視して建ち並ぶ廃墟のビル群が見えた。いや、見えたというより、覗かされたと言う方が近い。こちらの世界にあってはならない景色が、無理やりそこへ差し込まれている。

 

 黒い瘴気が、裂け目から細く漏れていた。

 

 床に触れる前に、レオルドが展開した簡易フィールドがそれを弾く。弾かれた瘴気は、嫌な音を立てて消えた。布を裂くような、肉を断つような、耳に残る音だった。

 

「アーシアを助けに行く!」

 

 兵藤が飛び込もうとした。

 

 当然だ。

 

 目の前でアーシアを攫われたのだ。怒るな、動くな、待てと言われて、はいそうですかと座っていられる性格じゃない。兵藤一誠という男は、良くも悪くも真っ直ぐだ。だから強い。だから危うい。

 

 レオルドが怒鳴った。

 

「止まれ! 今のお前が入ったら、助ける前に身体が裂けるぞ!」

 

「身体が……?」

 

 兵藤の足が止まる。

 

 レオルドは椅子の上で端末を展開した。見た目は犬っぽいくせに、その声だけは現場指揮官のものだった。

 

「魔空空間はただの転移先じゃねえ。無数の次元が絡み合って、時間も空間もぐちゃぐちゃになった不条理世界だ」

 

 端末上に解析映像が映る。

 

 廃墟のビル群が、上にも下にも並んでいる。道路が空中で折れ、窓のないビルが斜めに突き刺さり、空間の層がねじれた紙みたいに重なっていた。

 

「内部は瘴気で満ちてる。普通の人間や悪魔が素で吸い込まれれば、身体を保てねえ。細胞単位で引き裂かれて消える」

 

 部室の空気が重くなる。

 

 リアスが裂け目を見た。

 

「つまり、私たちはそのままでは入れない」

 

「ああ。防護フィールドなしで入れば自殺行為だ」

 

「でも、アーシアは中にいるんだろ!」

 

 兵藤の声が震える。

 

 怒りだけではない。

 

 怖いのだ。

 

 怒っている時、人間は自分が怖がっていることを隠せる。兵藤はアーシアを助けたい。助けられない自分が許せない。だから余計に前へ出たがる。

 

 分かる。

 

 分かってしまうから、余計に面倒だった。

 

「アーシアはネガエモルギアの鎖に拘束されてる」

 

 レオルドが言った。

 

「動けねえが、その鎖が特殊フィールドみたいに瘴気から守ってる」

 

「皮肉な保護ですわね」

 

 朱乃の声は静かだったが、笑ってはいなかった。

 

「……でも、無事ではある」

 

 小猫が短く言う。

 

「今はな。だが、あの鎖は神器反応も心も縛ってる。時間をかければ危ない」

 

 兵藤が拳を握る。

 

「じゃあ誰が行けるんだよ」

 

 風波駆無が、静かに答えた。

 

「ギャバンなら入れる」

 

「ギャバン?」

 

 ゼノヴィアが眉を動かす。

 

「コンバットスーツが身体を守る。魔空空間の瘴気にも耐えられる。駆無もギャバン・ライヤとして入れる」

 

 レオルドが言う。

 

 リアスが、ちらりとレオルドを見た。

 

「もう一人は?」

 

 レオルドは俺の名前を出さない。

 

 当然だ。

 

 ここで唯我太郎を出すわけにはいかない。太郎は部室にいない。表向きには、俺はただの高校一年生だ。いや、最近その設定がかなり怪しくなっているが、少なくともまだ完全に放棄したわけではない。

 

「こっちに、入れる奴がいる。しかも今回は正面突破じゃねえ。忍んで行ける力が必要だ」

 

 駆無が頷いた。

 

「魔空空間の中は、方向も距離も信用できない。怒りで走れば迷う。忍ぶ者が行くべきだ」

 

 兵藤は悔しそうに歯を食いしばった。

 

 少しの沈黙のあと、彼は絞り出すように言った。

 

「……頼む。アーシアを助けてくれ」

 

 その声は、怒鳴るよりずっと重かった。

 

 旧校舎の空き教室で、俺は通信越しにそれを聞いていた。

 

 端末にはレオルドの解析データが転送されている。魔空空間。瘴気。次元層の乱れ。ネガエモルギアの鎖。アーシアの微弱な反応。

 

 最悪の材料を詰め合わせたような画面だ。

 

「魔空空間ね。名前からして面倒だな」

 

『名前より中身が面倒だ。上下に廃墟ビル群、歪んだ次元層、瘴気、時間の乱れ。普通の奴は入った時点で終わる』

 

「アーシアは?」

 

『ネガエモルギアの鎖に拘束されてる。そのせいで動けねえが、瘴気からは守られてる』

 

「最悪な保護具だな」

 

 風波駆無は壁際に立っていた。

 

 昨夜、人の家に忍び込んできた男だ。今も、そこにいるのに半分影みたいに見える。存在感が薄いのではない。薄くできるのだ。必要な時だけ濃くなる、そういう種類の人間。

 

「鎖を乱暴に切れば、守りも崩れる」

 

「つまり、核を抜く」

 

『そうだ。鎖そのものを壊すな。拘束の核を抜け。あと、空間内は罠だらけだ。ディオドラはお前らの侵入に気づけば遠隔で仕掛けてくる』

 

「正面から殴る場面じゃねぇな」

 

「忍ぶ場面だ」

 

 駆無が即座に言った。

 

 俺はエモルギアを握る。

 

 ギャバン・キングで入るだけならできる。瘴気には耐えられる。戦闘もできる。だが、今回はそれだけでは足りない。

 

 救出対象はアーシア。

 

 しかも、鎖を壊せば危ない。

 

 空間そのものが罠で、怒りをぶつければ相手に食われる。

 

 なら、必要なのは火力ではない。

 

 忍ぶ力。

 

「この場合は、この力を使うか!」

 

 装甲が走る。

 

 ギャバン・キングの重厚な輝きに、別種の軽さが重なった。忍装束を思わせる追加装甲。気配遮断。罠感知。軽量化された機動補助。そして手の中に、磁光真空剣の感触が宿る。

 

 システム音声が響いた。

 

『ジライヤデータ! オーバーレイ!』

 

 世界の見え方が変わった。

 

 音が細くなる。空気の流れが見える。床の軋み、壁の反射、影の濃さまでが、意味を持って立ち上がる。

 

 派手な力ではない。

 

 だが、役に立つ。

 

 こういう時には、特に。

 

『ジライヤ投影、同期確認。罠感知、気配遮断、磁光真空剣、全部生きてる』

 

 レオルドの声。

 

「悪くない」

 

 駆無が言った。

 

「忍者に褒められても微妙だな」

 

「今日は忍者だ」

 

「面倒な肩書きが増えた」

 

 俺は肩をすくめた。

 

 今さら肩書きが一つ二つ増えたところで、人生の面倒さは大して変わらない。いや、変わるか。変わるな。だが、考えても無駄なので考えないことにした。

 

 部室に戻ると、黒い裂け目はまだそこにあった。

 

 裂け目の向こうから瘴気が漏れるたび、空気が嫌な音を立てる。リアスたちは距離を取っていた。兵藤は今にも飛び込みそうな顔をしているが、リアスがそばに立っていることで、かろうじて踏み止まっている。

 

 俺はギャバン・キングにジライヤを重ねた姿で立つ。

 

 太郎としてではない。

 

 宇宙刑事として。

 

 忍者として。

 

 何だこの肩書きの混雑は。

 

「中に入れば、通信は途切れがちになる」

 

 レオルドが言う。

 

「時間感覚も信用するな。五分が一時間になることも、一時間が一秒になることもある」

 

「便利なのか不便なのか分からねぇな」

 

「不便に決まってんだろ」

 

 駆無が裂け目を見る。

 

「足裏と呼吸を信用しろ。目は騙される」

 

「忍者講座、開始早々難易度が高い」

 

「実戦だからな」

 

「教科書から入れよ」

 

「生き残れば覚える」

 

「教育方針が雑だな」

 

 リアスが俺たちを見る。

 

「アーシアをお願い」

 

 兵藤も、拳を握ったまま声を絞った。

 

「頼む……絶対に連れ戻してくれ」

 

 俺は振り返らなかった。

 

 振り返ると、余計なことを言いそうだったからだ。

 

「連れ戻す。騒ぐのはその後にしろ」

 

 駆無が先に裂け目へ入る。

 

 俺も続いた。

 

 瘴気が装甲にぶつかる。

 

 ギャバン・キングのコンバットスーツとジライヤ投影のフィールドが、黒い煙を弾いた。装甲表面に火花のような粒子が走り、嫌な圧力が肩や胸を撫でていく。

 

 なるほど。

 

 これは生身なら即死だ。

 

 瘴気という名前をしているが、毒ガスではない。空間そのものが、こちらの身体を異物として拒絶している。中に入ったものを、次元の裂け目に擦りつけて粉々にするような圧力。

 

「これ、生身なら即アウトだな」

 

「だから俺たちが行く」

 

 駆無は平然としている。

 

 ギャバン・ライヤの装甲が、瘴気を淡く弾いていた。忍者のような軽さと、宇宙刑事の硬さ。その両方を持つ不思議な姿だった。

 

 次の瞬間、足場が消えた。

 

 いや、消えたように見えた。

 

 俺たちは魔空空間の内部に降り立った。

 

 そこは街だった。

 

 ただし、まともな街ではない。

 

 頭上にビルが建っている。

 

 足元にもビルが建っている。

 

 左右にも、奥にも、斜め上にも、廃墟のビル群が生えていた。道路は途中で折れ、空中で捻じれ、窓のない建物が黒い空へ突き刺さっている。重力がどちらを向いているのか分からない。遠くでは時間の層が雷のように裂け、割れたガラスの破片みたいな景色が、ゆっくり回転していた。

 

 瘴気は煙のように漂い、俺たちのフィールドに触れては弾ける。

 

「趣味が悪いどころじゃねぇな。都市計画の悪夢かよ」

 

「魔空空間は、理屈で見ると迷う。流れで読む」

 

「忍者の説明はだいたい感覚派だな」

 

「慣れろ」

 

「無茶言うな」

 

 遠くに、黒い鎖の反応がある。

 

 その奥に、アーシアの気配。

 

 弱い。

 

 だが、生きている。

 

「アーシアは奥か」

 

「だが、真っ直ぐ進めば遠ざかる」

 

「面倒な空間だな」

 

「だから忍ぶ」

 

 俺たちは廃墟のビル群の間を進んだ。

 

 道は信用できない。

 

 地面だと思っていた道路が、数歩後には壁になる。壁だと思ったビルの側面が、次の瞬間には床になる。進んでいるつもりなのに、同じ崩れた交差点へ戻される。

 

「無限廊下ならぬ無限廃墟か」

 

「距離ではない。向きを盗まれている」

 

「またかよ」

 

「魔空空間ではよくある」

 

「あるあるみたいに言うな」

 

 駆無が印を結んだ。

 

「風波流――風読み」

 

 見えない風が走る。

 

 上下に乱立するビル群の間を抜けていく風。その流れが、ある一棟の廃ビルで不自然に渦を巻いた。見た目はただの崩れた建物だ。だが、空気の流れだけがそこを避けている。

 

「あのビルが折り返しの核だ」

 

「なら、皮だけ剥がす」

 

 俺は磁光真空剣を抜いた。

 

 ジライヤ投影の罠感知が反応する。ビルの表面に、薄い術式線が浮かんだ。建物そのものではない。そこに被せられた空間の折り返し。

 

 壊す必要はない。

 

 剥がせばいい。

 

 刃を走らせる。

 

 磁光真空剣が術式線だけを斬った。

 

 ビルは崩れない。

 

 代わりに、空間の折り返しがほどける。隠れていた道が、廃墟の陰から口を開いた。

 

「力任せではないな」

 

「前章で散々言われたからな。壊すな、剥がせって」

 

「学習が早い」

 

「褒めるな。調子が狂う」

 

 魔空空間の奥。

 

 廃墟のビル群が、玉座のように組み上がった場所。

 

 そこに、ディオドラはいた。

 

 俺たちにはまだ見えないが、気配が濃くなる。嫌な甘さを帯びた黒い気配だ。

 

 後で思えば、その時点でディオドラは俺たちに気づいていたのだろう。

 

 アーシアは、黒い鎖で拘束されていた。

 

 手首、足首、背中、胸元近く。鎖はネガエモルギアから生まれたもので、ただ肉体を縛るだけではない。神器の反応を押さえ込み、心の傷に食いつき、動く意思そのものを鈍らせる。

 

 鎖の周囲には黒い膜が張られ、魔空空間の瘴気を弾いていた。

 

 皮肉なことに、それがアーシアを守っている。

 

 守りながら、縛っている。

 

 最低の拘束具だ。

 

「……私は、皆さんのところへ帰ります」

 

 アーシアの声は細い。

 

 だが、折れてはいない。

 

 ディオドラは、優しい笑みを浮かべる。

 

「強いね。けれど、その強さもいつまで続くかな」

 

 彼の手にはネガエモルギアの結晶がある。

 

 黒い光が、彼の身体へ流れ込んでいた。痛み。祈り。孤独。罪悪感。そういうものを燃料にして、ディオドラの魔力が嫌な方向へ膨らんでいる。

 

「この力は素晴らしい。痛みも祈りも孤独も、すべて私の舞台になる」

 

「そんなものは、優しさではありません」

 

 アーシアが言う。

 

 ディオドラは楽しそうに目を細めた。

 

「まだ分からないんだね。なら、もう少し時間をかけよう」

 

 彼が指を鳴らす。

 

 魔空空間が応じた。

 

 俺たちの周囲で、上にも下にもある廃ビル群から、黒い鎖が雨のように降り始めた。

 

 上下がないので、雨という表現が正しいかは微妙だ。だが、降ってくるものは雨だと駆無が言いそうなので、まあ雨でいい。

 

『……鎖……感情反応……触るな……』

 

 レオルドの通信がノイズ混じりに届く。

 

「どっちが上か分からねぇのに雨って言うのか、これ」

 

「降ってくるものは雨だ」

 

「雑だな、忍者」

 

 駆無が印を結ぶ。

 

「風波流――霞抜け」

 

 駆無の姿が霞のように薄れた。

 

 黒い鎖が彼を貫いたように見える。だが、実体をすり抜けただけだ。駆無は次の瞬間、別の影へ移っている。

 

 俺はビルの壁を蹴った。

 

 上と下を気にすると酔う。なら、全部壁だと思えばいい。ジライヤ投影の軽量機動が、足場を拾ってくれる。折れた道路、割れた窓枠、空中に浮いた鉄骨。全部を踏み台に変える。

 

 一本の鎖が腕へ絡みかけた。

 

「邪魔だ」

 

 磁光真空剣を振るう。

 

 斬るのは外皮だけ。

 

 内側のネガエモルギア核を飛ばせば、空間へ汚染が広がる。だから刃を浅く入れ、拘束の殻だけを落とす。

 

「見えているな」

 

 駆無が言う。

 

「褒める暇があるなら道を開けろ」

 

 駆無は崩れたビルの影へ手をついた。

 

「風波流――影門」

 

 ビルの影が裂けた。

 

 黒い穴ではない。影そのものが、別の影へ続く通路になっている。俺たちはそこへ滑り込み、鎖の雨を抜けた。

 

 次に出た場所は、教会の礼拝堂だった。

 

 いや、礼拝堂の形をした何かだ。

 

 柱は割れ、ステンドグラスは黒く濁り、床には悪魔の紋章と教会の祈祷文が混ざっている。吐き気がするほど悪趣味だった。

 

 中央に、アーシアの幻影が立っていた。

 

 泣いている。

 

「私のせいで、皆さんが傷つくんです……」

 

 俺の足が一瞬止まる。

 

「私は、また誰かに迷惑を……」

 

 駆無が横から言った。

 

「幻だ」

 

「分かってる」

 

「分かっていても刺さる幻だ」

 

 その通りだった。

 

 よくできている。

 

 声の震え方も、手の握り方も、目を伏せる角度も、アーシアの不安を見事になぞっていた。

 

 だからこそ、腹が立つ。

 

 本人の傷を勝手に複製して、罠として置く。

 

 ディオドラという男は、どこまでも人の心を道具にするらしい。

 

 拳に力が入る。

 

 だが、幻影を怒りで斬れば、おそらく術式は別の形で残る。大事なのは幻を壊すことではない。幻を支えている影を断つことだ。

 

「こいつはアーシアじゃない。ディオドラの趣味だ」

 

 俺は磁光真空剣を逆手に持ち、床へ刃を立てた。

 

「忍法――影断ち」

 

 名前は即興だ。

 

 だが、技は成立した。

 

 ジライヤ投影が影の術式を捉え、磁光真空剣がその根を断つ。

 

 幻影は悲鳴も上げず、音もなく崩れた。

 

「今の名は即興か」

 

「悪いか」

 

「悪くない」

 

「忍者に認定されると複雑だな」

 

 駆無はわずかに笑った。

 

 嫌な状況の中で、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。

 

 その隙を狙ったように、次の敵が現れた。

 

 廃墟のビル群へ戻った通路の先。

 

 ディオドラに似た黒い影が複数立っている。顔は笑っている。身体は悪魔の魔力と黒い鎖で構成され、ネガエモルギアの粒子が滴っていた。

 

「君たちでは届かない」

 

「彼女は私を選ぶ」

 

「痛みを理解できるのは私だけだ」

 

「台詞まで気持ち悪いな」

 

 俺が吐き捨てると、黒い分身たちが一斉に襲いかかった。

 

 駆無が手裏剣状の光を放つ。

 

「風波流――空蝉手裏剣」

 

 手裏剣が分身を貫く。

 

 しかし、分身は爆ぜて黒い鎖へ変わった。触れれば絡まる。怒れば食われる。面倒な相手だ。

 

 俺は横へ跳び、磁光真空剣を振るう。

 

「磁光真空剣――横一閃」

 

 分身をまとめて斬る。

 

 黒い粒子が飛び散ろうとした瞬間、駆無が印を結んだ。

 

「風波流――封じ風」

 

 風が黒い粒子を一点へ集める。

 

 俺はそれを小さな結晶として封じた。

 

「連携だけは悪くねぇな」

 

「性格の相性と戦闘の相性は別だ」

 

「それ、レオルドにも言ってやれ」

 

「聞こえているかもしれない」

 

「なら今頃文句言ってるな」

 

 外側では、レオルドが裂け目の前で端末を睨んでいたらしい。

 

 通信が途切れ途切れにこちらへ届く。

 

『太郎、駆無、聞こえるか。アーシアの本体反応は奥だ。黒い鎖は彼女の神器反応を抑えてる。切るだけじゃ駄目だ。核を抜け』

 

 そのほとんどはノイズに削られた。

 

『……鎖……核……抜け……切るな……』

 

 十分だ。

 

 大事な部分だけは届いた。

 

「相変わらず面倒な注文だけは届くな」

 

 俺は奥を見る。

 

 気配が濃くなる。

 

 ディオドラ。

 

 アーシア。

 

 ネガエモルギアの鎖。

 

 魔空空間の中心。

 

 最後の通路の先に、廃墟のビル群が玉座のように積み上がった広い空間が見えた。

 

 駆無が低く言う。

 

「この先だ」

 

「気配が濃い。あと趣味が悪い」

 

「同感だ」

 

 二人で同時に動いた。

 

 駆無は壁面の影へ溶ける。

 

 俺は上下逆さまのビル壁を蹴り、天井側――いや、この空間では上か下か分からないが、とにかくディオドラの死角から飛び込んだ。

 

 広い空間に降り立つ。

 

 中央にはディオドラ。

 

 その横に、黒い鎖に拘束されたアーシア。

 

 アーシアは意識がある。

 

 だが、動けない。

 

 鎖の黒い膜が瘴気を弾いている。けれど同時に、彼女の神器反応も押さえ込んでいる。

 

「……ギャバン……さん……?」

 

 アーシアが弱く声を出す。

 

 俺は短く返した。

 

「無事なら十分だ。喋るな、体力を残せ」

 

 駆無は鎖を見る。

 

「核は複数。術者と繋がっている」

 

 ディオドラがゆっくり立ち上がった。

 

「来たか。宇宙刑事たち」

 

 彼の顔には余裕があった。

 

 焦りではない。

 

 力に酔った笑み。

 

 自分が強くなったと信じている顔だ。手に入れた力が何なのかも分からず、ただ酔っている。

 

「ずいぶん余裕だな」

 

「当然だよ。私は今、以前とは違う」

 

 ネガエモルギアが彼の周囲で脈打つ。

 

「この力は素晴らしい。痛みも祈りも孤独も、すべて私を満たしてくれる」

 

「酔っているな」

 

 駆無が言う。

 

「酔う? 違うね。これは覚醒だ」

 

「薬物中毒者みてぇな台詞だな」

 

 俺が言うと、ディオドラの笑みが少し歪んだ。

 

「口の悪い宇宙刑事だ」

 

「忍者でもあるらしいぞ。今日はな」

 

 駆無が構える。

 

 俺も磁光真空剣を低く構えた。

 

 ディオドラはアーシアの鎖へ手を触れる。

 

「動くなよ。彼女の鎖は、私の意志と繋がっている。乱暴に切れば、彼女の心ごと傷つく」

 

 俺は目を細める。

 

「分かってる。だから忍んで来た」

 

 駆無が低く言う。

 

「鎖の核を抜く。お前を倒すのはその後だ」

 

 ディオドラが笑う。

 

「できるかな。彼女の痛みは、もう私のものだ」

 

 アーシアが、小さく首を振った。

 

「……違います……」

 

 細い声だった。

 

 でも、確かに届いた。

 

 俺は一歩前に出る。

 

「聞こえたか。本人が違うってよ」

 

 ディオドラの笑みが固まった。

 

 俺は磁光真空剣の切っ先を、黒い鎖へ向ける。

 

「次は、その気色悪い鎖を外す」

 

 風波駆無が印を結ぶ。

 

 魔空空間の瘴気が渦を巻く。

 

 ディオドラの黒い光が、さらに濃くなる。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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