サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

714 / 714
蒼機龍 Case3

# 第3話 忍びの宇宙刑事

 

 人間、怒っている時ほど走りたくなる。

 

 走れば、何かに近づいている気がするからだ。足を止めているより、手を伸ばしているより、拳を握って前へ出る方が、何かをしている気分になれる。

 

 けれど、それが罠だということもある。

 

 走れば走るほど遠ざかる道がある。殴れば殴るほど固くなる壁がある。怒れば怒るほど、相手の思う壺になる状況がある。

 

 ディオドラ・アスタロトが作ったのは、まさにそういう類のものだった。

 

 オカルト研究部の部室には、まだ黒い裂け目が残っていた。

 

 壁際に、まるで空間そのものを爪で裂いたような傷が浮いている。その向こう側には、上下の感覚を無視して建ち並ぶ廃墟のビル群が見えた。いや、見えたというより、覗かされたと言う方が近い。こちらの世界にあってはならない景色が、無理やりそこへ差し込まれている。

 

 黒い瘴気が、裂け目から細く漏れていた。

 

 床に触れる前に、レオルドが展開した簡易フィールドがそれを弾く。弾かれた瘴気は、嫌な音を立てて消えた。布を裂くような、肉を断つような、耳に残る音だった。

 

「アーシアを助けに行く!」

 

 兵藤が飛び込もうとした。

 

 当然だ。

 

 目の前でアーシアを攫われたのだ。怒るな、動くな、待てと言われて、はいそうですかと座っていられる性格じゃない。兵藤一誠という男は、良くも悪くも真っ直ぐだ。だから強い。だから危うい。

 

 レオルドが怒鳴った。

 

「止まれ! 今のお前が入ったら、助ける前に身体が裂けるぞ!」

 

「身体が……?」

 

 兵藤の足が止まる。

 

 レオルドは椅子の上で端末を展開した。見た目は犬っぽいくせに、その声だけは現場指揮官のものだった。

 

「魔空空間はただの転移先じゃねえ。無数の次元が絡み合って、時間も空間もぐちゃぐちゃになった不条理世界だ」

 

 端末上に解析映像が映る。

 

 廃墟のビル群が、上にも下にも並んでいる。道路が空中で折れ、窓のないビルが斜めに突き刺さり、空間の層がねじれた紙みたいに重なっていた。

 

「内部は瘴気で満ちてる。普通の人間や悪魔が素で吸い込まれれば、身体を保てねえ。細胞単位で引き裂かれて消える」

 

 部室の空気が重くなる。

 

 リアスが裂け目を見た。

 

「つまり、私たちはそのままでは入れない」

 

「ああ。防護フィールドなしで入れば自殺行為だ」

 

「でも、アーシアは中にいるんだろ!」

 

 兵藤の声が震える。

 

 怒りだけではない。

 

 怖いのだ。

 

 怒っている時、人間は自分が怖がっていることを隠せる。兵藤はアーシアを助けたい。助けられない自分が許せない。だから余計に前へ出たがる。

 

 分かる。

 

 分かってしまうから、余計に面倒だった。

 

「アーシアはネガエモルギアの鎖に拘束されてる」

 

 レオルドが言った。

 

「動けねえが、その鎖が特殊フィールドみたいに瘴気から守ってる」

 

「皮肉な保護ですわね」

 

 朱乃の声は静かだったが、笑ってはいなかった。

 

「……でも、無事ではある」

 

 小猫が短く言う。

 

「今はな。だが、あの鎖は神器反応も心も縛ってる。時間をかければ危ない」

 

 兵藤が拳を握る。

 

「じゃあ誰が行けるんだよ」

 

 風波駆無が、静かに答えた。

 

「ギャバンなら入れる」

 

「ギャバン?」

 

 ゼノヴィアが眉を動かす。

 

「コンバットスーツが身体を守る。魔空空間の瘴気にも耐えられる。駆無もギャバン・ライヤとして入れる」

 

 レオルドが言う。

 

 リアスが、ちらりとレオルドを見た。

 

「もう一人は?」

 

 レオルドは俺の名前を出さない。

 

 当然だ。

 

 ここで唯我太郎を出すわけにはいかない。太郎は部室にいない。表向きには、俺はただの高校一年生だ。いや、最近その設定がかなり怪しくなっているが、少なくともまだ完全に放棄したわけではない。

 

「こっちに、入れる奴がいる。しかも今回は正面突破じゃねえ。忍んで行ける力が必要だ」

 

 駆無が頷いた。

 

「魔空空間の中は、方向も距離も信用できない。怒りで走れば迷う。忍ぶ者が行くべきだ」

 

 兵藤は悔しそうに歯を食いしばった。

 

 少しの沈黙のあと、彼は絞り出すように言った。

 

「……頼む。アーシアを助けてくれ」

 

 その声は、怒鳴るよりずっと重かった。

 

 旧校舎の空き教室で、俺は通信越しにそれを聞いていた。

 

 端末にはレオルドの解析データが転送されている。魔空空間。瘴気。次元層の乱れ。ネガエモルギアの鎖。アーシアの微弱な反応。

 

 最悪の材料を詰め合わせたような画面だ。

 

「魔空空間ね。名前からして面倒だな」

 

『名前より中身が面倒だ。上下に廃墟ビル群、歪んだ次元層、瘴気、時間の乱れ。普通の奴は入った時点で終わる』

 

「アーシアは?」

 

『ネガエモルギアの鎖に拘束されてる。そのせいで動けねえが、瘴気からは守られてる』

 

「最悪な保護具だな」

 

 風波駆無は壁際に立っていた。

 

 昨夜、人の家に忍び込んできた男だ。今も、そこにいるのに半分影みたいに見える。存在感が薄いのではない。薄くできるのだ。必要な時だけ濃くなる、そういう種類の人間。

 

「鎖を乱暴に切れば、守りも崩れる」

 

「つまり、核を抜く」

 

『そうだ。鎖そのものを壊すな。拘束の核を抜け。あと、空間内は罠だらけだ。ディオドラはお前らの侵入に気づけば遠隔で仕掛けてくる』

 

「正面から殴る場面じゃねぇな」

 

「忍ぶ場面だ」

 

 駆無が即座に言った。

 

 俺はエモルギアを握る。

 

 ギャバン・キングで入るだけならできる。瘴気には耐えられる。戦闘もできる。だが、今回はそれだけでは足りない。

 

 救出対象はアーシア。

 

 しかも、鎖を壊せば危ない。

 

 空間そのものが罠で、怒りをぶつければ相手に食われる。

 

 なら、必要なのは火力ではない。

 

 忍ぶ力。

 

「この場合は、この力を使うか!」

 

 装甲が走る。

 

 ギャバン・キングの重厚な輝きに、別種の軽さが重なった。忍装束を思わせる追加装甲。気配遮断。罠感知。軽量化された機動補助。そして手の中に、磁光真空剣の感触が宿る。

 

 システム音声が響いた。

 

『ジライヤデータ! オーバーレイ!』

 

 世界の見え方が変わった。

 

 音が細くなる。空気の流れが見える。床の軋み、壁の反射、影の濃さまでが、意味を持って立ち上がる。

 

 派手な力ではない。

 

 だが、役に立つ。

 

 こういう時には、特に。

 

『ジライヤ投影、同期確認。罠感知、気配遮断、磁光真空剣、全部生きてる』

 

 レオルドの声。

 

「悪くない」

 

 駆無が言った。

 

「忍者に褒められても微妙だな」

 

「今日は忍者だ」

 

「面倒な肩書きが増えた」

 

 俺は肩をすくめた。

 

 今さら肩書きが一つ二つ増えたところで、人生の面倒さは大して変わらない。いや、変わるか。変わるな。だが、考えても無駄なので考えないことにした。

 

 部室に戻ると、黒い裂け目はまだそこにあった。

 

 裂け目の向こうから瘴気が漏れるたび、空気が嫌な音を立てる。リアスたちは距離を取っていた。兵藤は今にも飛び込みそうな顔をしているが、リアスがそばに立っていることで、かろうじて踏み止まっている。

 

 俺はギャバン・キングにジライヤを重ねた姿で立つ。

 

 太郎としてではない。

 

 宇宙刑事として。

 

 忍者として。

 

 何だこの肩書きの混雑は。

 

「中に入れば、通信は途切れがちになる」

 

 レオルドが言う。

 

「時間感覚も信用するな。五分が一時間になることも、一時間が一秒になることもある」

 

「便利なのか不便なのか分からねぇな」

 

「不便に決まってんだろ」

 

 駆無が裂け目を見る。

 

「足裏と呼吸を信用しろ。目は騙される」

 

「忍者講座、開始早々難易度が高い」

 

「実戦だからな」

 

「教科書から入れよ」

 

「生き残れば覚える」

 

「教育方針が雑だな」

 

 リアスが俺たちを見る。

 

「アーシアをお願い」

 

 兵藤も、拳を握ったまま声を絞った。

 

「頼む……絶対に連れ戻してくれ」

 

 俺は振り返らなかった。

 

 振り返ると、余計なことを言いそうだったからだ。

 

「連れ戻す。騒ぐのはその後にしろ」

 

 駆無が先に裂け目へ入る。

 

 俺も続いた。

 

 瘴気が装甲にぶつかる。

 

 ギャバン・キングのコンバットスーツとジライヤ投影のフィールドが、黒い煙を弾いた。装甲表面に火花のような粒子が走り、嫌な圧力が肩や胸を撫でていく。

 

 なるほど。

 

 これは生身なら即死だ。

 

 瘴気という名前をしているが、毒ガスではない。空間そのものが、こちらの身体を異物として拒絶している。中に入ったものを、次元の裂け目に擦りつけて粉々にするような圧力。

 

「これ、生身なら即アウトだな」

 

「だから俺たちが行く」

 

 駆無は平然としている。

 

 ギャバン・ライヤの装甲が、瘴気を淡く弾いていた。忍者のような軽さと、宇宙刑事の硬さ。その両方を持つ不思議な姿だった。

 

 次の瞬間、足場が消えた。

 

 いや、消えたように見えた。

 

 俺たちは魔空空間の内部に降り立った。

 

 そこは街だった。

 

 ただし、まともな街ではない。

 

 頭上にビルが建っている。

 

 足元にもビルが建っている。

 

 左右にも、奥にも、斜め上にも、廃墟のビル群が生えていた。道路は途中で折れ、空中で捻じれ、窓のない建物が黒い空へ突き刺さっている。重力がどちらを向いているのか分からない。遠くでは時間の層が雷のように裂け、割れたガラスの破片みたいな景色が、ゆっくり回転していた。

 

 瘴気は煙のように漂い、俺たちのフィールドに触れては弾ける。

 

「趣味が悪いどころじゃねぇな。都市計画の悪夢かよ」

 

「魔空空間は、理屈で見ると迷う。流れで読む」

 

「忍者の説明はだいたい感覚派だな」

 

「慣れろ」

 

「無茶言うな」

 

 遠くに、黒い鎖の反応がある。

 

 その奥に、アーシアの気配。

 

 弱い。

 

 だが、生きている。

 

「アーシアは奥か」

 

「だが、真っ直ぐ進めば遠ざかる」

 

「面倒な空間だな」

 

「だから忍ぶ」

 

 俺たちは廃墟のビル群の間を進んだ。

 

 道は信用できない。

 

 地面だと思っていた道路が、数歩後には壁になる。壁だと思ったビルの側面が、次の瞬間には床になる。進んでいるつもりなのに、同じ崩れた交差点へ戻される。

 

「無限廊下ならぬ無限廃墟か」

 

「距離ではない。向きを盗まれている」

 

「またかよ」

 

「魔空空間ではよくある」

 

「あるあるみたいに言うな」

 

 駆無が印を結んだ。

 

「風波流――風読み」

 

 見えない風が走る。

 

 上下に乱立するビル群の間を抜けていく風。その流れが、ある一棟の廃ビルで不自然に渦を巻いた。見た目はただの崩れた建物だ。だが、空気の流れだけがそこを避けている。

 

「あのビルが折り返しの核だ」

 

「なら、皮だけ剥がす」

 

 俺は磁光真空剣を抜いた。

 

 ジライヤ投影の罠感知が反応する。ビルの表面に、薄い術式線が浮かんだ。建物そのものではない。そこに被せられた空間の折り返し。

 

 壊す必要はない。

 

 剥がせばいい。

 

 刃を走らせる。

 

 磁光真空剣が術式線だけを斬った。

 

 ビルは崩れない。

 

 代わりに、空間の折り返しがほどける。隠れていた道が、廃墟の陰から口を開いた。

 

「力任せではないな」

 

「前章で散々言われたからな。壊すな、剥がせって」

 

「学習が早い」

 

「褒めるな。調子が狂う」

 

 魔空空間の奥。

 

 廃墟のビル群が、玉座のように組み上がった場所。

 

 そこに、ディオドラはいた。

 

 俺たちにはまだ見えないが、気配が濃くなる。嫌な甘さを帯びた黒い気配だ。

 

 後で思えば、その時点でディオドラは俺たちに気づいていたのだろう。

 

 アーシアは、黒い鎖で拘束されていた。

 

 手首、足首、背中、胸元近く。鎖はネガエモルギアから生まれたもので、ただ肉体を縛るだけではない。神器の反応を押さえ込み、心の傷に食いつき、動く意思そのものを鈍らせる。

 

 鎖の周囲には黒い膜が張られ、魔空空間の瘴気を弾いていた。

 

 皮肉なことに、それがアーシアを守っている。

 

 守りながら、縛っている。

 

 最低の拘束具だ。

 

「……私は、皆さんのところへ帰ります」

 

 アーシアの声は細い。

 

 だが、折れてはいない。

 

 ディオドラは、優しい笑みを浮かべる。

 

「強いね。けれど、その強さもいつまで続くかな」

 

 彼の手にはネガエモルギアの結晶がある。

 

 黒い光が、彼の身体へ流れ込んでいた。痛み。祈り。孤独。罪悪感。そういうものを燃料にして、ディオドラの魔力が嫌な方向へ膨らんでいる。

 

「この力は素晴らしい。痛みも祈りも孤独も、すべて私の舞台になる」

 

「そんなものは、優しさではありません」

 

 アーシアが言う。

 

 ディオドラは楽しそうに目を細めた。

 

「まだ分からないんだね。なら、もう少し時間をかけよう」

 

 彼が指を鳴らす。

 

 魔空空間が応じた。

 

 俺たちの周囲で、上にも下にもある廃ビル群から、黒い鎖が雨のように降り始めた。

 

 上下がないので、雨という表現が正しいかは微妙だ。だが、降ってくるものは雨だと駆無が言いそうなので、まあ雨でいい。

 

『……鎖……感情反応……触るな……』

 

 レオルドの通信がノイズ混じりに届く。

 

「どっちが上か分からねぇのに雨って言うのか、これ」

 

「降ってくるものは雨だ」

 

「雑だな、忍者」

 

 駆無が印を結ぶ。

 

「風波流――霞抜け」

 

 駆無の姿が霞のように薄れた。

 

 黒い鎖が彼を貫いたように見える。だが、実体をすり抜けただけだ。駆無は次の瞬間、別の影へ移っている。

 

 俺はビルの壁を蹴った。

 

 上と下を気にすると酔う。なら、全部壁だと思えばいい。ジライヤ投影の軽量機動が、足場を拾ってくれる。折れた道路、割れた窓枠、空中に浮いた鉄骨。全部を踏み台に変える。

 

 一本の鎖が腕へ絡みかけた。

 

「邪魔だ」

 

 磁光真空剣を振るう。

 

 斬るのは外皮だけ。

 

 内側のネガエモルギア核を飛ばせば、空間へ汚染が広がる。だから刃を浅く入れ、拘束の殻だけを落とす。

 

「見えているな」

 

 駆無が言う。

 

「褒める暇があるなら道を開けろ」

 

 駆無は崩れたビルの影へ手をついた。

 

「風波流――影門」

 

 ビルの影が裂けた。

 

 黒い穴ではない。影そのものが、別の影へ続く通路になっている。俺たちはそこへ滑り込み、鎖の雨を抜けた。

 

 次に出た場所は、教会の礼拝堂だった。

 

 いや、礼拝堂の形をした何かだ。

 

 柱は割れ、ステンドグラスは黒く濁り、床には悪魔の紋章と教会の祈祷文が混ざっている。吐き気がするほど悪趣味だった。

 

 中央に、アーシアの幻影が立っていた。

 

 泣いている。

 

「私のせいで、皆さんが傷つくんです……」

 

 俺の足が一瞬止まる。

 

「私は、また誰かに迷惑を……」

 

 駆無が横から言った。

 

「幻だ」

 

「分かってる」

 

「分かっていても刺さる幻だ」

 

 その通りだった。

 

 よくできている。

 

 声の震え方も、手の握り方も、目を伏せる角度も、アーシアの不安を見事になぞっていた。

 

 だからこそ、腹が立つ。

 

 本人の傷を勝手に複製して、罠として置く。

 

 ディオドラという男は、どこまでも人の心を道具にするらしい。

 

 拳に力が入る。

 

 だが、幻影を怒りで斬れば、おそらく術式は別の形で残る。大事なのは幻を壊すことではない。幻を支えている影を断つことだ。

 

「こいつはアーシアじゃない。ディオドラの趣味だ」

 

 俺は磁光真空剣を逆手に持ち、床へ刃を立てた。

 

「忍法――影断ち」

 

 名前は即興だ。

 

 だが、技は成立した。

 

 ジライヤ投影が影の術式を捉え、磁光真空剣がその根を断つ。

 

 幻影は悲鳴も上げず、音もなく崩れた。

 

「今の名は即興か」

 

「悪いか」

 

「悪くない」

 

「忍者に認定されると複雑だな」

 

 駆無はわずかに笑った。

 

 嫌な状況の中で、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。

 

 その隙を狙ったように、次の敵が現れた。

 

 廃墟のビル群へ戻った通路の先。

 

 ディオドラに似た黒い影が複数立っている。顔は笑っている。身体は悪魔の魔力と黒い鎖で構成され、ネガエモルギアの粒子が滴っていた。

 

「君たちでは届かない」

 

「彼女は私を選ぶ」

 

「痛みを理解できるのは私だけだ」

 

「台詞まで気持ち悪いな」

 

 俺が吐き捨てると、黒い分身たちが一斉に襲いかかった。

 

 駆無が手裏剣状の光を放つ。

 

「風波流――空蝉手裏剣」

 

 手裏剣が分身を貫く。

 

 しかし、分身は爆ぜて黒い鎖へ変わった。触れれば絡まる。怒れば食われる。面倒な相手だ。

 

 俺は横へ跳び、磁光真空剣を振るう。

 

「磁光真空剣――横一閃」

 

 分身をまとめて斬る。

 

 黒い粒子が飛び散ろうとした瞬間、駆無が印を結んだ。

 

「風波流――封じ風」

 

 風が黒い粒子を一点へ集める。

 

 俺はそれを小さな結晶として封じた。

 

「連携だけは悪くねぇな」

 

「性格の相性と戦闘の相性は別だ」

 

「それ、レオルドにも言ってやれ」

 

「聞こえているかもしれない」

 

「なら今頃文句言ってるな」

 

 外側では、レオルドが裂け目の前で端末を睨んでいたらしい。

 

 通信が途切れ途切れにこちらへ届く。

 

『太郎、駆無、聞こえるか。アーシアの本体反応は奥だ。黒い鎖は彼女の神器反応を抑えてる。切るだけじゃ駄目だ。核を抜け』

 

 そのほとんどはノイズに削られた。

 

『……鎖……核……抜け……切るな……』

 

 十分だ。

 

 大事な部分だけは届いた。

 

「相変わらず面倒な注文だけは届くな」

 

 俺は奥を見る。

 

 気配が濃くなる。

 

 ディオドラ。

 

 アーシア。

 

 ネガエモルギアの鎖。

 

 魔空空間の中心。

 

 最後の通路の先に、廃墟のビル群が玉座のように積み上がった広い空間が見えた。

 

 駆無が低く言う。

 

「この先だ」

 

「気配が濃い。あと趣味が悪い」

 

「同感だ」

 

 二人で同時に動いた。

 

 駆無は壁面の影へ溶ける。

 

 俺は上下逆さまのビル壁を蹴り、天井側――いや、この空間では上か下か分からないが、とにかくディオドラの死角から飛び込んだ。

 

 広い空間に降り立つ。

 

 中央にはディオドラ。

 

 その横に、黒い鎖に拘束されたアーシア。

 

 アーシアは意識がある。

 

 だが、動けない。

 

 鎖の黒い膜が瘴気を弾いている。けれど同時に、彼女の神器反応も押さえ込んでいる。

 

「……ギャバン……さん……?」

 

 アーシアが弱く声を出す。

 

 俺は短く返した。

 

「無事なら十分だ。喋るな、体力を残せ」

 

 駆無は鎖を見る。

 

「核は複数。術者と繋がっている」

 

 ディオドラがゆっくり立ち上がった。

 

「来たか。宇宙刑事たち」

 

 彼の顔には余裕があった。

 

 焦りではない。

 

 力に酔った笑み。

 

 自分が強くなったと信じている顔だ。手に入れた力が何なのかも分からず、ただ酔っている。

 

「ずいぶん余裕だな」

 

「当然だよ。私は今、以前とは違う」

 

 ネガエモルギアが彼の周囲で脈打つ。

 

「この力は素晴らしい。痛みも祈りも孤独も、すべて私を満たしてくれる」

 

「酔っているな」

 

 駆無が言う。

 

「酔う? 違うね。これは覚醒だ」

 

「薬物中毒者みてぇな台詞だな」

 

 俺が言うと、ディオドラの笑みが少し歪んだ。

 

「口の悪い宇宙刑事だ」

 

「忍者でもあるらしいぞ。今日はな」

 

 駆無が構える。

 

 俺も磁光真空剣を低く構えた。

 

 ディオドラはアーシアの鎖へ手を触れる。

 

「動くなよ。彼女の鎖は、私の意志と繋がっている。乱暴に切れば、彼女の心ごと傷つく」

 

 俺は目を細める。

 

「分かってる。だから忍んで来た」

 

 駆無が低く言う。

 

「鎖の核を抜く。お前を倒すのはその後だ」

 

 ディオドラが笑う。

 

「できるかな。彼女の痛みは、もう私のものだ」

 

 アーシアが、小さく首を振った。

 

「……違います……」

 

 細い声だった。

 

 でも、確かに届いた。

 

 俺は一歩前に出る。

 

「聞こえたか。本人が違うってよ」

 

 ディオドラの笑みが固まった。

 

 俺は磁光真空剣の切っ先を、黒い鎖へ向ける。

 

「次は、その気色悪い鎖を外す」

 

 風波駆無が印を結ぶ。

 

 魔空空間の瘴気が渦を巻く。

 

 ディオドラの黒い光が、さらに濃くなる。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:5文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~(作者:忌野希和)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

神無き大陸の東端にとある小国があった。▼小国の更に東には人類未踏の樹海が広がり、人類の脅威となる魔獣が無数に生息している。▼魔獣から小国を守っているのは樹海と隣接している男爵家だ。▼男爵家は先祖代々、一子相伝で受け継がれる強力な精霊たちを使役する〈精霊使い〉で、小国の国防を一手に担っていた。▼事件は男爵家当主がシキという転生者の少年に代替わりした時に起こる。…


総合評価:1001/評価:7.48/連載:267話/更新日時:2026年05月25日(月) 07:10 小説情報

アニポケ転生者物語(作者:投稿者)(原作:ポケットモンスター)

物心ついた時、主人公はこの世界がアニメ『ポケットモンスター』の世界だと気づいた。▼リーグ制覇や最強を目指すつもりはない。ただ、この世界の空気を吸い、ポケモンたちと触れ合う「エンジョイ勢」として生きていきたい。▼そう思っていたはずが、旅立ちの日に母から託されたのは、シルフカンパニー製の試作デバイスと、データ収集用のポケモン「ポリゴン」。▼オーキド博士から貰った…


総合評価:1717/評価:7.49/連載:344話/更新日時:2026年05月20日(水) 05:47 小説情報

IS学園でホモから逃げるために婚活する(作者:アオノクロ)(原作:インフィニット・ストラトス)

 何番煎じかってくらいのオリ主イン、インフィニットストラトスです。▼ 思い付きで描いたのでいつエタるかも分かりませんがどうぞよろしくお願いします。▼ 相手がいるからってホモはあきらめるんですかね???▼※本編完結しました。活動報告にて番外編を募集してます。https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=333722&…


総合評価:10368/評価:8.34/完結:84話/更新日時:2026年04月08日(水) 18:00 小説情報

コードギアス・フロントライナー(作者:なべを)(原作:コードギアス)

コードギアスの世界に転生した、カイ・アサト。▼日本がイレブンになったときに、前世を思い出した。▼が、親が居ないイレブンの子供に人権なんてなかった。▼存在しない兵士として、KMFに載せられ戦争の最前線に送られる。▼これは、KMFに愛されながらも、戦争からは逃げられなかった転生者の話。


総合評価:2518/評価:6.43/完結:45話/更新日時:2026年05月05日(火) 22:00 小説情報

HELLSING×Bloodborne(作者:椛―もみじ)(原作:HELLSING)

自分が得するので書きました。▼狩人様のキャラ立ってるのでオリ主つけます。▼初投稿なので色々分からないところがありますが、何卒よろしくお願いします。▼


総合評価:2791/評価:8.69/連載:28話/更新日時:2026年04月12日(日) 23:54 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>