サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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蒼機龍 Case4

 人質というのは、最低の盾だ。

 

 盾というものは、本来、前へ出るためにある。受け止めるためにある。守るためにある。少なくとも、誰かを後ろに隠して自分だけ安全なところから笑うための道具ではない。

 

 だが、世の中にはいる。

 

 他人を盾にして、自分が強くなったと勘違いする奴が。

 

 ディオドラ・アスタロトは、まさにそれだった。

 

 魔空空間の奥。

 

 上下の感覚が壊れた廃墟の街の中心に、玉座のような場所があった。崩れたビルの残骸が絡まり、折れた鉄骨が背もたれのように伸びている。神殿にも見える。処刑台にも見える。どちらにせよ、趣味は悪い。

 

 その中央にディオドラが立っていた。

 

 薄い笑みを浮かべて。

 

 その横で、アーシアが黒い鎖に拘束されていた。

 

 ネガエモルギアの鎖。手首、足首、背中、胸元近くに絡みつき、彼女の神器反応を押さえ込んでいる。鎖の周囲には黒い膜のようなものが張られ、魔空空間の瘴気を弾いていた。

 

 守っている。

 

 そして、縛っている。

 

 最悪の両立だった。

 

「君たちは勘違いしているようだね」

 

 ディオドラが言った。

 

「ここまで来たことを、勝機だと思っている」

 

「勝機かどうかは知らねぇが、趣味の悪い場所には着いたな」

 

 俺は磁光真空剣を低く構えた。

 

 ギャバン・キングの装甲にジライヤの投影を重ねた身体は、いつもの重さより少し軽い。空気の揺れが見える。足場の嘘が分かる。目より先に、影と呼吸が反応する。

 

 横には風波駆無。

 

 ギャバン・ライヤとしての姿で、静かに構えている。派手な威圧はない。だが、こちらが一歩動く前に、もう退路と死角を読んでいる。そういう気配があった。

 

「標的も確認した」

 

 駆無が言う。

 

 ディオドラは微かに眉を動かした。

 

「標的? 私をそう呼ぶのかい?」

 

「他に呼び方がいるか?」

 

 俺が返すと、ディオドラは笑った。

 

 優雅に。

 

 いかにも余裕があるように。

 

「ならば、私も君たちを侵入者として扱おう」

 

 ディオドラが指を鳴らした。

 

 アーシアを縛る黒い鎖が、わずかに締まる。

 

「っ……」

 

 アーシアの喉から、短い声が漏れた。

 

 俺の足が一瞬だけ止まる。

 

 ほんの一瞬。

 

 だが、ディオドラはそれを見逃さなかった。

 

「動くなと言ったはずだ。彼女の鎖は、私の意志と繋がっている」

 

「人質か」

 

 駆無が静かに言う。

 

「保護と言ってほしいな」

 

「保護って言葉を腐らせるなよ」

 

 声が低くなる。

 

 怒るな。

 

 ここで怒れば、あいつの思う壺だ。

 

 ネガエモルギアは感情に食いつく。怒りも、焦りも、罪悪感も、全部燃料になる。分かっている。分かっているのに、腹の奥で冷たいものが研がれていく。

 

 ディオドラの周囲に、黒と紫が混ざった魔力弾が浮かんだ。

 

 ただの魔力弾ではない。

 

 中心に濁った光がある。ネガエモルギアの反応だ。

 

「避けられるかな。避ければ、後ろの彼女へ飛ぶかもしれないよ」

 

 魔力弾が放たれた。

 

 速い。

 

 だが、真っ直ぐではない。弾道が空間の歪みに沿って曲がっている。普通に避ければ、こちらの背後――アーシアの方へ流れる。

 

「面倒な撃ち方しやがる」

 

 俺は磁光真空剣を振るった。

 

 斬り落とさない。

 

 弾の表面だけを裂き、力の向きをずらす。魔力の塊が空中で軌道を変え、廃ビルの残骸へ叩き込まれた。

 

 爆発。

 

 魔空空間の瓦礫が黒い火花を散らす。

 

「弾道に鎖の反応が混ざっている。斬るな、逸らせ」

 

 駆無が横へ滑る。

 

 体が霞む。

 

 ギャバン・ライヤの手甲が魔力弾を受け、風波流の体捌きで横へ流した。

 

「分かってる」

 

 次の弾。

 

 また次。

 

 ディオドラは笑みを浮かべたまま、次々と魔力弾を放つ。

 

 俺は磁光真空剣で捌く。駆無は風を読むように弾道を逸らす。攻め込む余地はある。隙もゼロではない。だが、踏み込めば鎖が締まる。強く斬れば、アーシアへ跳ねる。

 

 ディオドラは、それを分かって撃っていた。

 

「素晴らしい。壊さず、逸らす。器用なものだ」

 

「褒められても気持ち悪いだけだな」

 

「口が悪いね」

 

「お前に礼儀を払う気がないだけだ」

 

 ディオドラは少しも崩れない。

 

 むしろ楽しんでいる。

 

 こちらがアーシアを傷つけないように動いている、その制限を眺めて楽しんでいる。反吐が出る趣味だ。

 

 魔力弾の数が増えた。

 

 上下左右の感覚が狂った魔空空間の中で、弾は四方八方から飛んでくる。廃ビルの窓から。折れた道路の影から。空中に浮かぶ瓦礫の裏から。

 

 俺は壁を蹴った。

 

 ジライヤの投影が足場を拾う。逆さまのビルの壁を走り、横へ回り込み、磁光真空剣で弾を逸らす。

 

 駆無は影から影へ抜ける。

 

 姿が消えたと思えば、次の瞬間には別の場所で弾を弾いている。

 

「風波流――返し風」

 

 風が巻いた。

 

 魔力弾の一群が軌道を曲げ、ディオドラ自身の足元近くへ流れる。

 

 ディオドラは指先でそれを散らした。

 

「惜しいね」

 

「惜しくねぇよ」

 

 俺はあえて一歩退いた。

 

 ディオドラの目が細くなる。

 

「どうしたんだい? 届きそうで届かないね」

 

「お前の弾が邪魔なんだよ」

 

「ふふ。彼女を傷つけないように戦うのは、大変だろう?」

 

 ディオドラがアーシアへ視線を向ける。

 

 アーシアの顔が強張る。

 

「君のせいで、彼らは苦しんでいる。分かるかい、アーシア」

 

「違います……」

 

 声は弱かった。

 

 けれど、否定した。

 

 その一言だけで十分だった。

 

 駆無の気配がわずかに揺れる。

 

 通信ではない。視線でもない。だが、こちらへ合図が来たのは分かった。

 

 もう少し。

 

 俺は心の中で数を数える。

 

 ディオドラは気づいていない。

 

 気づかせない。

 

 俺たちが攻めあぐねているように見せる。届きそうで届かないように見せる。人質を握っている自分が、この場を支配していると思わせる。

 

 あいつはよく喋る。

 

 よく笑う。

 

 そして、自分の優位に酔う。

 

 なら、酔わせてやればいい。

 

「やはり、君たちでは私を倒せない」

 

 ディオドラが言った。

 

「そう見えるか?」

 

「見えるとも。君たちは彼女を傷つけることを恐れている。私は彼女を握っている」

 

 彼の周囲に、さらに多くの魔力弾が浮かぶ。

 

 黒と紫。

 

 濁った光。

 

 ネガエモルギアの脈動。

 

「つまり、この場の支配者は私だ」

 

 支配者。

 

 その言葉を、ディオドラは本気で信じているようだった。

 

 アーシアを縛り、俺たちの動きを制限し、魔空空間を作り、ネガエモルギアの力を得た。

 

 だから自分が支配している。

 

 そう思っている。

 

 薄っぺらい。

 

 だが、薄っぺらい奴ほど、自分の言葉を信じ込む。

 

 ディオドラは両腕を広げた。

 

「君たちは何もできない。彼女を救いたいなら、私を傷つけられない。私を止めたいなら、彼女が傷つく」

 

 俺と駆無は黙った。

 

 ディオドラはさらに増長する。

 

「分かるかい? これが支配だ。これが所有だ」

 

 アーシアが苦しげに首を振る。

 

「私は……あなたのものでは……」

 

「まだ言うのかい?」

 

 ディオドラが鎖へ手を伸ばした。

 

 その瞬間。

 

 俺は小さく呟いた。

 

「今だな」

 

「ああ」

 

 駆無が応じる。

 

 ディオドラの眉が動く。

 

「何を――」

 

 その声を、咆哮が飲み込んだ。

 

 魔空空間が震えた。

 

 最初は遠い雷のような低い振動。

 

 次に、金属の翼が空間を裂く音。

 

 そして、龍の咆哮。

 

 廃墟のビル群が、内側から吹き飛んだ。

 

 蒼い光が走る。

 

 翼。

 

 尾。

 

 鋭い頭部。

 

 装甲の継ぎ目から走る青白い輝き。

 

 蒼い機械竜が、魔空空間の歪みを突き破って現れた。

 

 ギャバリオンドルネード。

 

 弩城さんのデータを組み込んだ、宇宙警察側の人工竜型支援ユニット。駒王町で出せば赤龍帝と誤解されそうな、あの面倒な新装備。

 

 今は、その面倒さが頼もしい。

 

「何だ、あれは……!?」

 

 ディオドラが初めて、明確に動揺した。

 

「こっちの回収係だ」

 

 俺は淡々と言った。

 

 ギャバリオンドルネードは一直線にアーシアへ向かう。

 

 ディオドラが慌てて魔力弾を放った。

 

「させるか!」

 

 俺と駆無が同時に動く。

 

 ここから先は、遠慮する必要が少し減った。

 

 ただし、アーシアへの射線だけは潰す。

 

「磁光真空剣、迎撃!」

 

 魔力弾を叩き落とす。

 

 駆無が印を結ぶ。

 

「風波流――封じ風!」

 

 弾道が曲がり、ギャバリオンドルネードの進路から外れる。

 

 ディオドラが次弾を放つ前に、ギャバリオンドルネードはアーシアの眼前へ到達していた。

 

 機械竜が口を開く。

 

 内側に、青白い保護フィールドが展開された。

 

 飲み込む。

 

 見た目だけなら、そうとしか言いようがなかった。

 

 だが実際には違う。

 

 回収用の内部保護区画へ格納する。アーシアを、ネガエモルギアの鎖ごと、瘴気も空間歪曲も外から切り離して隔離する。

 

 アーシアが目を見開いた。

 

「え……?」

 

 黒い鎖が抵抗する。

 

 ディオドラの意志と繋がった鎖が、彼女を引き留めようとする。

 

 ギャバリオンドルネードの保護フィールドが、それごと包み込んだ。

 

 次の瞬間、アーシアの姿が消える。

 

 いや、消えたのではない。

 

 回収された。

 

 鎖も一緒に。

 

 ネガエモルギアの反応が、一時的に遮断される。

 

『回収成功。アーシアの生体反応確認』

 

 レオルドの声が通信に割り込んだ。

 

 普段より少しだけ、声が強い。

 

『鎖ごと隔離した。よくやった、ドルネード』

 

 ギャバリオンドルネードがもう一度咆哮を上げた。

 

 そして、魔空空間に裂け目を開き、そのまま外へ飛び去る。

 

 蒼い尾が、黒い瘴気を切り裂いて消えた。

 

 ほんの数秒。

 

 それだけで、盤面は反転した。

 

 外側で何が起きていたのかは、通信で少し遅れて伝わってきた。

 

 部室側、あるいはレオルドの管制位置。

 

 レオルドは端末を複数展開しながら、最初からギャバリオンドルネードを魔空空間の外縁へ誘導していたらしい。

 

『二人は最初から陽動だ』

 

 レオルドの声が、リアスたちへ向けて説明している。

 

『ディオドラがアーシアを盾にするのは分かってた。だから、あいつの目を二人へ向けさせた』

 

 リアスの声が入る。

 

『本命は、あの竜だったのね』

 

『ああ。ギャバリオンドルネードの内部保護フィールドなら、ネガエモルギアの鎖ごとアーシアを一時格納できる』

 

『アーシアは大丈夫なのか!?』

 

 兵藤の声。

 

『生体反応は安定してる。鎖は外部から隔離した。あとは太郎たち――いや、あいつらがディオドラを倒せばいい』

 

 今、太郎と言いかけただろ。

 

 後で文句を言う。

 

 今は後回しだ。

 

 目の前のディオドラは、呆然としていた。

 

 アーシアがいた場所には、黒い鎖の残滓だけが残っている。その鎖も、主核を失ったために崩れ始めていた。支配。所有。人質。そう信じていたものが、目の前で丸ごと攫われたのだ。

 

「……何を、した」

 

 ディオドラの声は、さっきまでの余裕を失っていた。

 

「見て分からねぇか。攫い返した」

 

「鎖ごとな」

 

 駆無が補足する。

 

「馬鹿な……彼女の鎖は、私の意志と繋がっていたはずだ」

 

「だから鎖ごと抜いた」

 

「そんな乱暴な方法で、無事なはずが――」

 

『残念だったな』

 

 レオルドの通信が入る。

 

『内部保護フィールドで生体反応安定。鎖も外部から隔離済みだ』

 

 ディオドラの顔が歪む。

 

「犬……!」

 

『犬じゃねえ。それと、お前の人質作戦は終わりだ』

 

 その通りだ。

 

 終わった。

 

 アーシアはいない。

 

 鎖もない。

 

 人質は消えた。

 

 俺は磁光真空剣を構え直す。

 

「さて」

 

 ディオドラが一歩、後ろへ下がる。

 

 その動きだけで、さっきまでの余裕がどれほど薄っぺらかったか分かる。

 

「待て……君たちは、最初から……」

 

「陽動だよ」

 

 俺は言った。

 

「お前の目を、鎖とこちらへ釘付けにするためにな」

 

 駆無が静かに続ける。

 

「この私を、囮に使ったというのか……!」

 

「使いやすかったぞ。余裕ぶってよく喋るからな」

 

 ディオドラの顔から、完全に笑みが消えた。

 

「貴様……!」

 

「人質なし。鎖なし。アーシアは回収済み」

 

 俺は一歩前へ出る。

 

 瘴気が装甲に弾かれる。

 

 魔空空間の歪みが、足元で軋む。

 

 だが、もう関係ない。

 

「魔空空間の座標も読んだ」

 

 駆無が印を結ぶ。

 

 俺は磁光真空剣を正面へ向けた。

 

「なら、問題なく倒せる」

 

「制圧に移る」

 

 ディオドラの周囲で、ネガエモルギアが激しく脈打つ。

 

 怒り。

 

 焦り。

 

 屈辱。

 

 さっきまで他人の痛みを舐めていた男が、今度は自分の感情に呑まれている。

 

「ふざけるな……! 私を誰だと思っている!」

 

「アーシアを攫った犯罪者だろ」

 

 俺は短く返した。

 

 ディオドラの黒い魔力が膨れ上がる。

 

 駆無が低く構える。

 

 俺も刃を握り直す。

 

 ここからは、もう人質はいない。

 

 忍ぶ時間は終わりだ。

 

 次は、制圧の時間だった。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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