サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
人質が消えた瞬間、戦場の意味は変わる。
さっきまで俺たちの前にあったのは、戦闘ではなかった。救出であり、陽動であり、時間稼ぎだった。ディオドラ・アスタロトが握っていると思い込んでいた鎖から、アーシアをどう抜き取るか。それだけが問題だった。
だが、もう違う。
アーシアはギャバリオンドルネードが回収した。ネガエモルギアの鎖ごと、内部保護フィールドへ格納済み。レオルドの声は確かにそう告げた。
なら、ここに残ったものは単純だ。
攫った奴。
それを捕まえる奴。
たったそれだけの話になる。
「ふざけるな……」
ディオドラの声は震えていた。
怒りで、というより、理解が追いついていない震えだ。自分が支配していると思っていた舞台から、最も大事な小道具を奪われた役者。いや、役者ですらない。人形遊びの人形を取り上げられた子供だ。
「私のものを、よくも……!」
「まだ言うか」
俺は磁光真空剣を構え直した。
「あいつはお前のものじゃねぇ」
隣で、風波駆無が静かに続ける。
「人質は消えた。鎖も失った。残るのは、お前自身の罪だけだ」
ディオドラの周囲で、ネガエモルギアが激しく脈打つ。
魔空空間の廃墟ビル群が軋んだ。上下も左右も狂った街が、怒りに呼応するように歪む。黒い瘴気が渦を巻き、壊れた窓の奥から、黒紫の魔力が滲み出した。
「ならば、力で黙らせるだけだ!」
分かりやすい。
さっきまで支配だ所有だと御高説を垂れていた口が、最後には力で黙らせると言い出す。綺麗に飾っていた言葉の下から、ようやく本音が出たわけだ。
「分かりやすくなったな」
「守る対象がいなければ、忍び方も変わる」
「つまり?」
「速く、深く、確実に斬る」
「いいね。分かりやすい」
ディオドラが両腕を振るった。
魔力弾が来る。
上から。下から。斜め後ろから。廃ビルの影、折れた道路の裏、空中に浮かぶ瓦礫の隙間。魔空空間の歪みを利用して、あり得ない角度から弾が飛んでくる。
さらに、黒い鎖。
アーシアを縛っていたものより粗い。怒りで練ったせいか、形は雑だが数は多い。触れれば絡み、感情に食いつき、こちらの動きを鈍らせるつもりなのだろう。
「避けられるものなら避けてみろ!」
「避ける必要もねぇな」
俺は踏み込んだ。
さっきまでのように弾道を逸らすだけじゃない。ジライヤ投影の視界が、魔力弾の核を線として捉える。黒紫の塊の中、わずかに濁った中心点。そこを斬れば、弾は形を保てない。
磁光真空剣が光を引く。
一つ。
二つ。
三つ。
回転しながら斬る。魔力弾が弾ける。だが、爆発する前に力の芯を断たれて、ただの黒い粒子に変わっていく。
駆無は横から影へ潜った。
「風波流――乱れ霞」
ギャバン・ライヤの姿が、いくつにもぶれる。
黒い鎖が幻影に絡みつく。空振りする。鎖同士がぶつかり、絡まり、無様に落ちる。
「ちょこまかと……!」
「遅い」
駆無の声は、もうディオドラの背後にあった。
ギャバリオンブレードが走る。
浅い一撃。
だが、肉を深く斬るための刃ではない。魔力の流れを乱すための刃だ。ディオドラの背中を走っていたネガエモルギアの回路が、火花のように弾けた。
「ぐっ……!」
「人質がいなきゃ、その程度かよ」
ディオドラがこちらを睨む。
さっきまでの優雅な笑みはもうない。あるのは、怒りと焦りと、失った優位への執着だけだった。
「この空間は私の舞台だ!」
ディオドラが叫ぶ。
廃墟ビル群が動いた。
上からも下からも、ビルの残骸が迫る。重力など関係ない。上下に並んだ廃墟が、そのまま俺たちを挟み潰そうとする。
「舞台装置が多いだけで役者が下手だな」
俺は磁光真空剣を床へ突き立てた。
「忍法――影断ち」
足元を走る空間歪曲の術式線を断つ。
迫っていたビル群の動きが一瞬止まった。
その一瞬で十分だった。
「風波流――風裂き道」
駆無の風が、廃墟ビル群の隙間を通る。
風は道を見つける。いや、道がなければ作る。瓦礫の隙間、瘴気の薄い場所、歪みの弱い点。それらを一本の通路として繋ぎ、俺たちの前に開いた。
俺は走る。
駆無は上方の影へ消える。
ディオドラは俺に集中して魔力弾を撃った。そうするだろうと思った。目立つ方へ攻撃が向く。口が悪い方へ怒りが向く。単純だ。だから読みやすい。
頭上から駆無が現れた。
「風波流――影落とし」
ディオドラの足元の影が、釘で打ち付けられたように止まる。
「身体が……!」
「隙だらけだ」
俺は磁光真空剣を振るった。
斬るのは肉体ではない。
ディオドラの周囲を覆うネガエモルギアの外殻。借り物の悪意で作った、薄い鎧だ。
刃が外殻を裂く。
黒い膜が剥がれ落ち、ディオドラの防御が一段薄くなった。
「なぜだ……なぜ私の力が通じない!」
「力に酔っているだけだ。制御できていない」
駆無が淡々と言う。
俺も続けた。
「借り物の悪意で強くなった気になってんじゃねぇよ」
ディオドラの顔が歪む。
そこにあるのは、もう貴族の余裕ではない。敗北を認められない者の錯乱だった。
「私は選ばれた! この力は、私に相応しい!」
ネガエモルギアがさらに濃くなる。
黒い光がディオドラの身体を覆い、背中から歪んだ翼のようなものが広がった。翼というより、破れた感情の残骸だ。痛みと孤独と執着を無理やり形にした、汚い飾り。
「力に選ばれたんじゃねぇ。食われてるだけだ」
「放置すれば自壊する。だが、その前に魔空空間が崩れる」
駆無の言葉通り、空間が揺れた。
廃墟ビル群が崩れ始める。上下から瓦礫が落ち、道路が割れ、瘴気が濃くなる。魔空空間の維持に使っていた力が、ディオドラの暴走で乱れているのだ。
『……急げ……空間……崩壊……長くは……』
レオルドの通信がノイズ混じりに届く。
俺は舌打ちした。
「時間切れか」
「決めるぞ」
「ああ。気絶でいいな」
「逮捕対象だ。殺す必要はない」
「同感だ」
ディオドラが全力の魔力を放った。
黒紫の巨大な波。
そこに無数の鎖が混ざっている。魔力とネガエモルギアがぐちゃぐちゃに絡まり、こちらをまとめて呑み込もうと押し寄せてきた。
「消えろ、宇宙刑事ども!」
声に品はなかった。
焦りと憎悪だけがあった。
俺は一歩前へ出る。
ジライヤの視界が、敵の動きを見抜く。
魔力波の流れ。鎖の核。ディオドラの呼吸。翼の揺れ。暴走した力が作る一瞬の隙。
見えた。
「動きは見えた」
駆無が横へ並ぶ。
ギャバリオンブレードを構え、風波流の呼吸へ入る。
「風は読んだ」
二人で踏み込む。
魔力波が迫る。
黒い鎖が口を開ける。
だが、もう遅い。
俺は回転した。
磁光真空剣が光を帯びる。ジライヤの眼が、相手の動きの先を読む。敵の動きを見抜き、回転と共に斬る。
「磁光――」
駆無が低く沈む。
ギャバリオンブレードに真空の刃が重なる。風が刃となり、刃が風となる。
「風波流――」
ディオドラの目が見開かれた。
俺は魔力波の隙間を抜けた。
回転の勢いを殺さず、磁光真空剣を振り抜く。
「磁光真眼斬り!」
刃がディオドラのネガエモルギア外殻を正確に断った。
肉体ではない。
暴走した力の鎧だけを裂く。
黒い翼が砕ける。
続けて、駆無が横から入った。
「風波流・真空剣!」
ギャバリオンブレードが真空の軌跡を描く。
残った魔力と鎖の核が切り裂かれた。黒い粒子が風に散らされ、ネガエモルギアの暴走回路が断ち切られる。
二つの斬撃が交差した。
魔空空間に、白い光と蒼い風が走る。
ディオドラの身体が宙に浮いた。
「なぜ……私が……」
言葉は最後まで続かなかった。
力を断たれ、魔力回路を一時停止させられたディオドラは、そのまま意識を失って崩れ落ちた。
倒れた男を見下ろしても、爽快感はなかった。
ただ、終わらせたという事実だけがある。
俺は磁光真空剣を収め、封印用の拘束具を展開した。
「ディオドラ・アスタロト。ネガエモルギア所持、魔空空間の違法生成、アーシア・アルジェント誘拐」
駆無がギャバリオンブレードを下ろし、術式拘束を重ねる。
「加えて、精神干渉および宇宙警察捜査妨害」
拘束具がディオドラの両腕と魔力回路を固定する。周囲に漂うネガエモルギアの残滓も、封印結晶へ吸い込まれていった。
「宇宙警察案件として逮捕だ」
『記録した』
レオルドの声。
『身柄確保を優先しろ。魔空空間が崩れるぞ』
言われるまでもなく、周囲は限界だった。
廃墟ビル群が崩れている。上下左右にあったはずの足場が次々と剥がれ、瘴気が濃くなり、空間の裂け目が乱れ始めていた。
駆無が周囲を確認する。
「出口が歪んでいる。普通には戻れない」
「普通に戻れたことが最近あったか?」
「ないな」
駆無が印を結ぶ。
「風波流――影門」
影の通路が開いた。
だが、不安定だ。魔空空間の崩壊に引っ張られ、入口がぐにゃりと歪む。このまま飛び込めば、出口がどこへ繋がるか分からない。
俺は磁光真空剣を構えた。
「道は俺が開ける」
ジライヤ投影の罠感知が、出口の歪みを線として捉える。
斬るのは影門ではない。
影門に絡みつく魔空空間の残滓だ。
刃を走らせる。
歪みの術式だけを断つ。
出口が安定した。
『いいぞ、そのまま抜けろ! ドルネード側もアーシアの搬出完了。生体反応安定だ!』
レオルドの声に、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。
アーシアは無事。
なら、あとはこの荷物を持ち帰るだけだ。
俺は拘束されたディオドラを担ぎ上げた。
「荷物が増えたな」
「逮捕とはそういうものだ」
「面倒だな」
「宇宙刑事だろう」
「今日は忍者でもあるらしいけどな」
駆無が少しだけ笑った気がした。
二人で影門へ飛び込む。
背後で魔空空間が崩れていく。
廃墟のビル群がねじれ、黒い瘴気が裂け、空間の奥でディオドラの作った舞台が潰れていく。人の痛みを飾りにした舞台には、似合いの終わり方だった。
部室側の裂け目が揺れる。
次の瞬間、俺たちは外へ飛び出した。
俺はディオドラを担いだまま着地する。駆無がその隣に静かに降り立つ。
レオルドがすぐに端末を確認した。
「ディオドラ確保。ネガエモルギア残滓封印確認。魔空空間崩壊、こっちへの影響なし」
兵藤が真っ先に叫ぶ。
「アーシアは!?」
「ギャバリオンドルネードの保護区画から搬出中だ。生体反応は安定してる」
リアスが胸を撫で下ろした。
「よかった……」
俺はディオドラを床へ下ろす。
「こいつは?」
「宇宙警察案件として拘束。悪魔側への引き渡しは、証拠保全が終わってからだ」
レオルドの声は淡々としていた。
怒りもあるだろう。呆れもあるだろう。だが、今は手順が先だ。そういうところが、こいつの信用できるところだった。
駆無が静かに頷く。
「任務完了、だな」
俺は息を吐いた。
「まだ報告書が残ってる」
「分かってるじゃねえか。逃がさねえぞ」
「最悪だな、ほんと」
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王