サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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蒼機龍 Case5

 人質が消えた瞬間、戦場の意味は変わる。

 

 さっきまで俺たちの前にあったのは、戦闘ではなかった。救出であり、陽動であり、時間稼ぎだった。ディオドラ・アスタロトが握っていると思い込んでいた鎖から、アーシアをどう抜き取るか。それだけが問題だった。

 

 だが、もう違う。

 

 アーシアはギャバリオンドルネードが回収した。ネガエモルギアの鎖ごと、内部保護フィールドへ格納済み。レオルドの声は確かにそう告げた。

 

 なら、ここに残ったものは単純だ。

 

 攫った奴。

 

 それを捕まえる奴。

 

 たったそれだけの話になる。

 

「ふざけるな……」

 

 ディオドラの声は震えていた。

 

 怒りで、というより、理解が追いついていない震えだ。自分が支配していると思っていた舞台から、最も大事な小道具を奪われた役者。いや、役者ですらない。人形遊びの人形を取り上げられた子供だ。

 

「私のものを、よくも……!」

 

「まだ言うか」

 

 俺は磁光真空剣を構え直した。

 

「あいつはお前のものじゃねぇ」

 

 隣で、風波駆無が静かに続ける。

 

「人質は消えた。鎖も失った。残るのは、お前自身の罪だけだ」

 

 ディオドラの周囲で、ネガエモルギアが激しく脈打つ。

 

 魔空空間の廃墟ビル群が軋んだ。上下も左右も狂った街が、怒りに呼応するように歪む。黒い瘴気が渦を巻き、壊れた窓の奥から、黒紫の魔力が滲み出した。

 

「ならば、力で黙らせるだけだ!」

 

 分かりやすい。

 

 さっきまで支配だ所有だと御高説を垂れていた口が、最後には力で黙らせると言い出す。綺麗に飾っていた言葉の下から、ようやく本音が出たわけだ。

 

「分かりやすくなったな」

 

「守る対象がいなければ、忍び方も変わる」

 

「つまり?」

 

「速く、深く、確実に斬る」

 

「いいね。分かりやすい」

 

 ディオドラが両腕を振るった。

 

 魔力弾が来る。

 

 上から。下から。斜め後ろから。廃ビルの影、折れた道路の裏、空中に浮かぶ瓦礫の隙間。魔空空間の歪みを利用して、あり得ない角度から弾が飛んでくる。

 

 さらに、黒い鎖。

 

 アーシアを縛っていたものより粗い。怒りで練ったせいか、形は雑だが数は多い。触れれば絡み、感情に食いつき、こちらの動きを鈍らせるつもりなのだろう。

 

「避けられるものなら避けてみろ!」

 

「避ける必要もねぇな」

 

 俺は踏み込んだ。

 

 さっきまでのように弾道を逸らすだけじゃない。ジライヤ投影の視界が、魔力弾の核を線として捉える。黒紫の塊の中、わずかに濁った中心点。そこを斬れば、弾は形を保てない。

 

 磁光真空剣が光を引く。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 回転しながら斬る。魔力弾が弾ける。だが、爆発する前に力の芯を断たれて、ただの黒い粒子に変わっていく。

 

 駆無は横から影へ潜った。

 

「風波流――乱れ霞」

 

 ギャバン・ライヤの姿が、いくつにもぶれる。

 

 黒い鎖が幻影に絡みつく。空振りする。鎖同士がぶつかり、絡まり、無様に落ちる。

 

「ちょこまかと……!」

 

「遅い」

 

 駆無の声は、もうディオドラの背後にあった。

 

 ギャバリオンブレードが走る。

 

 浅い一撃。

 

 だが、肉を深く斬るための刃ではない。魔力の流れを乱すための刃だ。ディオドラの背中を走っていたネガエモルギアの回路が、火花のように弾けた。

 

「ぐっ……!」

 

「人質がいなきゃ、その程度かよ」

 

 ディオドラがこちらを睨む。

 

 さっきまでの優雅な笑みはもうない。あるのは、怒りと焦りと、失った優位への執着だけだった。

 

「この空間は私の舞台だ!」

 

 ディオドラが叫ぶ。

 

 廃墟ビル群が動いた。

 

 上からも下からも、ビルの残骸が迫る。重力など関係ない。上下に並んだ廃墟が、そのまま俺たちを挟み潰そうとする。

 

「舞台装置が多いだけで役者が下手だな」

 

 俺は磁光真空剣を床へ突き立てた。

 

「忍法――影断ち」

 

 足元を走る空間歪曲の術式線を断つ。

 

 迫っていたビル群の動きが一瞬止まった。

 

 その一瞬で十分だった。

 

「風波流――風裂き道」

 

 駆無の風が、廃墟ビル群の隙間を通る。

 

 風は道を見つける。いや、道がなければ作る。瓦礫の隙間、瘴気の薄い場所、歪みの弱い点。それらを一本の通路として繋ぎ、俺たちの前に開いた。

 

 俺は走る。

 

 駆無は上方の影へ消える。

 

 ディオドラは俺に集中して魔力弾を撃った。そうするだろうと思った。目立つ方へ攻撃が向く。口が悪い方へ怒りが向く。単純だ。だから読みやすい。

 

 頭上から駆無が現れた。

 

「風波流――影落とし」

 

 ディオドラの足元の影が、釘で打ち付けられたように止まる。

 

「身体が……!」

 

「隙だらけだ」

 

 俺は磁光真空剣を振るった。

 

 斬るのは肉体ではない。

 

 ディオドラの周囲を覆うネガエモルギアの外殻。借り物の悪意で作った、薄い鎧だ。

 

 刃が外殻を裂く。

 

 黒い膜が剥がれ落ち、ディオドラの防御が一段薄くなった。

 

「なぜだ……なぜ私の力が通じない!」

 

「力に酔っているだけだ。制御できていない」

 

 駆無が淡々と言う。

 

 俺も続けた。

 

「借り物の悪意で強くなった気になってんじゃねぇよ」

 

 ディオドラの顔が歪む。

 

 そこにあるのは、もう貴族の余裕ではない。敗北を認められない者の錯乱だった。

 

「私は選ばれた! この力は、私に相応しい!」

 

 ネガエモルギアがさらに濃くなる。

 

 黒い光がディオドラの身体を覆い、背中から歪んだ翼のようなものが広がった。翼というより、破れた感情の残骸だ。痛みと孤独と執着を無理やり形にした、汚い飾り。

 

「力に選ばれたんじゃねぇ。食われてるだけだ」

 

「放置すれば自壊する。だが、その前に魔空空間が崩れる」

 

 駆無の言葉通り、空間が揺れた。

 

 廃墟ビル群が崩れ始める。上下から瓦礫が落ち、道路が割れ、瘴気が濃くなる。魔空空間の維持に使っていた力が、ディオドラの暴走で乱れているのだ。

 

『……急げ……空間……崩壊……長くは……』

 

 レオルドの通信がノイズ混じりに届く。

 

 俺は舌打ちした。

 

「時間切れか」

 

「決めるぞ」

 

「ああ。気絶でいいな」

 

「逮捕対象だ。殺す必要はない」

 

「同感だ」

 

 ディオドラが全力の魔力を放った。

 

 黒紫の巨大な波。

 

 そこに無数の鎖が混ざっている。魔力とネガエモルギアがぐちゃぐちゃに絡まり、こちらをまとめて呑み込もうと押し寄せてきた。

 

「消えろ、宇宙刑事ども!」

 

 声に品はなかった。

 

 焦りと憎悪だけがあった。

 

 俺は一歩前へ出る。

 

 ジライヤの視界が、敵の動きを見抜く。

 

 魔力波の流れ。鎖の核。ディオドラの呼吸。翼の揺れ。暴走した力が作る一瞬の隙。

 

 見えた。

 

「動きは見えた」

 

 駆無が横へ並ぶ。

 

 ギャバリオンブレードを構え、風波流の呼吸へ入る。

 

「風は読んだ」

 

 二人で踏み込む。

 

 魔力波が迫る。

 

 黒い鎖が口を開ける。

 

 だが、もう遅い。

 

 俺は回転した。

 

 磁光真空剣が光を帯びる。ジライヤの眼が、相手の動きの先を読む。敵の動きを見抜き、回転と共に斬る。

 

「磁光――」

 

 駆無が低く沈む。

 

 ギャバリオンブレードに真空の刃が重なる。風が刃となり、刃が風となる。

 

「風波流――」

 

 ディオドラの目が見開かれた。

 

 俺は魔力波の隙間を抜けた。

 

 回転の勢いを殺さず、磁光真空剣を振り抜く。

 

「磁光真眼斬り!」

 

 刃がディオドラのネガエモルギア外殻を正確に断った。

 

 肉体ではない。

 

 暴走した力の鎧だけを裂く。

 

 黒い翼が砕ける。

 

 続けて、駆無が横から入った。

 

「風波流・真空剣!」

 

 ギャバリオンブレードが真空の軌跡を描く。

 

 残った魔力と鎖の核が切り裂かれた。黒い粒子が風に散らされ、ネガエモルギアの暴走回路が断ち切られる。

 

 二つの斬撃が交差した。

 

 魔空空間に、白い光と蒼い風が走る。

 

 ディオドラの身体が宙に浮いた。

 

「なぜ……私が……」

 

 言葉は最後まで続かなかった。

 

 力を断たれ、魔力回路を一時停止させられたディオドラは、そのまま意識を失って崩れ落ちた。

 

 倒れた男を見下ろしても、爽快感はなかった。

 

 ただ、終わらせたという事実だけがある。

 

 俺は磁光真空剣を収め、封印用の拘束具を展開した。

 

「ディオドラ・アスタロト。ネガエモルギア所持、魔空空間の違法生成、アーシア・アルジェント誘拐」

 

 駆無がギャバリオンブレードを下ろし、術式拘束を重ねる。

 

「加えて、精神干渉および宇宙警察捜査妨害」

 

 拘束具がディオドラの両腕と魔力回路を固定する。周囲に漂うネガエモルギアの残滓も、封印結晶へ吸い込まれていった。

 

「宇宙警察案件として逮捕だ」

 

『記録した』

 

 レオルドの声。

 

『身柄確保を優先しろ。魔空空間が崩れるぞ』

 

 言われるまでもなく、周囲は限界だった。

 

 廃墟ビル群が崩れている。上下左右にあったはずの足場が次々と剥がれ、瘴気が濃くなり、空間の裂け目が乱れ始めていた。

 

 駆無が周囲を確認する。

 

「出口が歪んでいる。普通には戻れない」

 

「普通に戻れたことが最近あったか?」

 

「ないな」

 

 駆無が印を結ぶ。

 

「風波流――影門」

 

 影の通路が開いた。

 

 だが、不安定だ。魔空空間の崩壊に引っ張られ、入口がぐにゃりと歪む。このまま飛び込めば、出口がどこへ繋がるか分からない。

 

 俺は磁光真空剣を構えた。

 

「道は俺が開ける」

 

 ジライヤ投影の罠感知が、出口の歪みを線として捉える。

 

 斬るのは影門ではない。

 

 影門に絡みつく魔空空間の残滓だ。

 

 刃を走らせる。

 

 歪みの術式だけを断つ。

 

 出口が安定した。

 

『いいぞ、そのまま抜けろ! ドルネード側もアーシアの搬出完了。生体反応安定だ!』

 

 レオルドの声に、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。

 

 アーシアは無事。

 

 なら、あとはこの荷物を持ち帰るだけだ。

 

 俺は拘束されたディオドラを担ぎ上げた。

 

「荷物が増えたな」

 

「逮捕とはそういうものだ」

 

「面倒だな」

 

「宇宙刑事だろう」

 

「今日は忍者でもあるらしいけどな」

 

 駆無が少しだけ笑った気がした。

 

 二人で影門へ飛び込む。

 

 背後で魔空空間が崩れていく。

 

 廃墟のビル群がねじれ、黒い瘴気が裂け、空間の奥でディオドラの作った舞台が潰れていく。人の痛みを飾りにした舞台には、似合いの終わり方だった。

 

 部室側の裂け目が揺れる。

 

 次の瞬間、俺たちは外へ飛び出した。

 

 俺はディオドラを担いだまま着地する。駆無がその隣に静かに降り立つ。

 

 レオルドがすぐに端末を確認した。

 

「ディオドラ確保。ネガエモルギア残滓封印確認。魔空空間崩壊、こっちへの影響なし」

 

 兵藤が真っ先に叫ぶ。

 

「アーシアは!?」

 

「ギャバリオンドルネードの保護区画から搬出中だ。生体反応は安定してる」

 

 リアスが胸を撫で下ろした。

 

「よかった……」

 

 俺はディオドラを床へ下ろす。

 

「こいつは?」

 

「宇宙警察案件として拘束。悪魔側への引き渡しは、証拠保全が終わってからだ」

 

 レオルドの声は淡々としていた。

 

 怒りもあるだろう。呆れもあるだろう。だが、今は手順が先だ。そういうところが、こいつの信用できるところだった。

 

 駆無が静かに頷く。

 

「任務完了、だな」

 

 俺は息を吐いた。

 

「まだ報告書が残ってる」

 

「分かってるじゃねえか。逃がさねえぞ」

 

「最悪だな、ほんと」

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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