サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
巨大エモンズが消えた夜空は、妙に静かだった。
ついさっきまで、そこには魔空空間の黒い亀裂が口を開けていて、廃墟の残骸みたいな怪物が暴れていて、蒼い機械龍が飛び回っていた。現実感というものが職場放棄したような光景だったのに、終わってしまえば、空はただの夜空に戻る。
星が見えた。
それが少しだけ腹立たしい。
まるで、今までの騒ぎなど最初からなかったような顔をしている。こっちは巨大ロボに乗って、魔空瘴気ごと怪物を真っ二つにしてきたばかりだというのに、夜空は平然としていた。
『巨大エモンズ反応、完全消失。魔空瘴気の拡散なし。ネガエモルギア残滓も封印済みだ』
レオルドの声が通信に響く。
「今度こそ終わりか」
『終わりだ。少なくとも戦闘はな』
「嫌な言い方だな」
『後処理が残ってる』
「最悪だな、ほんと」
コスモギャバリオンK.I.は戦闘態勢を解除していた。
ギャバリオンドルネードも蒼い光を残しながら待機状態へ移行している。さっきアザゼルが「蒼機龍」などと勝手に名づけたせいで、レオルドの機嫌は地味に悪い。報告書に新しい呼称が増えるのが面倒なのだろう。
気持ちは分かる。
分かるが、蒼機龍という響き自体は悪くない。そこが余計に面倒だった。
俺はギャバン・キングの姿のまま地上へ降りた。
ディオドラ・アスタロトは、宇宙警察の拘束具で完全に封じられていた。魔力回路、転移術式、眷属契約経路、ネガエモルギア残滓。逃げ道になりそうなものは全部潰してある。
気絶したままの顔は、つくづく静かだった。
喋らなければ、それなりに上級悪魔らしく見える。だが、中身が変わるわけではない。アーシアを攫い、精神を弄び、ネガエモルギアに酔い、最後には巨大な置き土産まで残した男だ。
処理に手間がかかるタイプの犯罪者である。
「拘束術式、安定。逃走経路は塞いだ」
風波駆無が淡々と言う。
レオルドが端末を確認した。
「ディオドラ・アスタロト。ネガエモルギア所持、魔空空間違法生成、誘拐、精神干渉、宇宙警察捜査妨害。身柄は宇宙警察側で確保する」
リアスが顔を上げた。
「悪魔社会への引き渡しは?」
「証拠保全後だ。アスタロト家がどう出るか分からねえ以上、こいつをそのまま渡すのは危険すぎる」
そこでアザゼルが肩をすくめる。
「妥当だな。三大勢力側としても、今回の件は下手に揉み消されると困る」
「揉み消しなんざさせるかよ」
レオルドの声が低くなる。
「こいつがやったことは記録も残ってる。魔空空間の痕跡、ネガエモルギア反応、誘拐時の空間転移ログ、全部こっちで押さえた」
一誠は黙ってディオドラを睨んでいた。
殴りたいのだろう。
そりゃそうだ。
俺だって、必要な手続きがなければ一発くらい入れていたかもしれない。だが、今それをやると話が面倒になる。
「こいつが宇宙警察に捕まるなら……ちゃんと裁かれるんだよな?」
兵藤が言う。
レオルドは短く頷いた。
「ああ。少なくとも、好き勝手に逃げられる場所じゃねえ」
「安心しろ」
俺はディオドラを見下ろしたまま言った。
「こいつには報告書より面倒な手続きが待ってる」
「それ、怖いのか地味なのか分かんねぇな……」
「両方だろ」
そういうのが一番効く。
感情で殴られるより、手続きで縛られる方が、こういう手合いには堪えることもある。貴族だろうが何だろうが、逃げられない手順の中に押し込む。それもまた制圧の一種だ。
アーシアは一誠とリアスに支えられていた。
まだ顔色は悪いが、意識はしっかりしている。自分のせいだとまた言い出しそうな気配があったが、今は一誠が隣にいる。あれなら大丈夫だろう。少なくとも、俺が口を挟むよりはずっといい。
そう思っていたら、アザゼルがこちらへ歩いてきた。
嫌な予感がした。
戦闘が終わった後、研究者の目をしたアザゼルが近づいてくる。これは大抵、厄介な質問の前触れだ。
「お前に聞きたい事があるんだが、良いか?」
アザゼルが言った。
俺は少しだけ首を向ける。
「なんだ?」
「以前から推測していたが……もしかして、お前は神器を持っているか?」
場の空気が変わった。
一誠が真っ先に反応する。
「神器!?」
リアスも目を細めた。
「ギャバン・キングが……?」
アーシアが戸惑うように俺を見る。
「えっと、あのギャバン・キングの神器、それって一体……」
木場が考え込む。
「けれど、それを使った様子は……」
「神器なら、もう少し分かりやすい発動反応がありそうだが」
ゼノヴィアが言う。
俺は黙っていた。
否定はしない。
肯定もしない。
だが、アザゼルはその沈黙を見て、少し笑った。
「何度か、他の姿へと変わるのが見えた。今回ならジライヤ。前の事件なら、ウィンスペクターやシャイダー、ソルブレイバーに近い反応もあった」
「え、あれって変身の種類じゃなかったのか?」
一誠が驚いたように言う。
「変身ではある。だが、ただの装備換装じゃない。あれらを使用する際に、僅かに神器反応が見えた」
「あらあら。宇宙警察装備に神器ですか」
朱乃が面白そうに微笑む。
小猫がぽつりと言った。
「……混ざっていますね」
「混ざってるとか言うな」
レオルドが露骨に嫌そうな声を出す。
「こっちも説明に困ってんだよ」
「俺の見立てだと」
アザゼルは俺を見たまま続けた。
「あれは単に武装を呼んでいるわけじゃない。何らかの“駒”を媒介に、異なる英雄、異なる戦闘概念を上書きしている」
場が静まる。
アザゼルの目は、もう完全に研究者のものだった。
好奇心と分析と警戒。
その三つが混ざっている。
「王国の駒」
その言葉が出た瞬間、リアスの表情が変わった。
「悪魔の駒の原型となった神器だな。まさか、こういう使い方があるとはな」
沈黙。
それから、一誠が遅れて声を上げた。
「悪魔の駒の原型……?」
リアスも小さく息を呑む。
「それが神器として存在しているということですか」
木場の声は落ち着いていたが、その目には明確な驚きがある。
「あくまで俺の推測だ」
アザゼルはそう言った。
「だが、あの変化の仕方は普通じゃない。悪魔の駒が眷属を役割ごとに分類し、力を与えるものなら、王国の駒はもっと原初的な形で“役割そのもの”を扱っているのかもしれない」
「役割そのもの……」
一誠が呟く。
「ギャバン・キングは、その駒を使って、自分自身に別の戦闘役割を投影している。そう考えれば、ジライヤや他の姿への変化にも説明がつく」
「つまり、あれは神器の応用なのか」
ゼノヴィアが言う。
アーシアはまだ不思議そうに俺を見ていた。
「でも、ギャバンさんは宇宙警察の方で……」
「宇宙警察案件と神器案件が混ざってるから、こっちも頭が痛いんだよ」
レオルドが吐き捨てるように言う。
まったくである。
俺の人生は、どうも分類が下手だ。高校生で、宇宙刑事で、ギャバン・キングで、王国の駒の所有者。肩書きの渋滞どころではない。大事故だ。
アザゼルがこちらを見つめる。
「どうだ? 外れているか?」
少しだけ沈黙した。
ここで完全に否定しても、アザゼルは納得しないだろう。戦闘を見られすぎている。反応も読まれている。下手な嘘をつく方が面倒だ。
なら、最低限だけ認める。
それ以上は話さない。
俺は肩をすくめた。
「まぁ、当たりだな」
ざわめきが広がった。
「当たりなのかよ!?」
一誠が叫ぶ。
「本当に、王国の駒を……」
リアスの声は小さかった。
「やっぱりか」
アザゼルは笑う。
俺は手を軽く振った。
「ただ、説明する気はねぇ。今はディオドラの後処理が先だろ」
「逃げる気だな」
レオルドが言う。
「戦略的撤退だ」
「それを逃げるって言うんだよ」
「言葉の選び方だろ」
「違ぇよ」
俺はギャバリオンドルネードへ視線を向けた。
撤収準備はできている。ディオドラの身柄も転送可能。長居すればするほど質問が増える。質問が増えれば、答えないための労力も増える。
つまり、帰るのが合理的だ。
「それじゃ、俺はこれでな」
「ちょ、待てよ!」
一誠が一歩前へ出る。
「神器のこと、もう少し――」
「悪いな。質問タイムは有料だ」
「有料って何だよ!?」
レオルドが端末を閉じながら言う。
「お前、後で報告書な」
「最悪だな、ほんと」
「逃げても送るからな」
「犬のくせに執念深い」
「犬じゃねえ」
いつものやり取りを残して、俺は背を向けた。
レオルド、風波駆無、ギャバリオンドルネード。宇宙警察側の撤収光が周囲に走る。ディオドラの拘束体も転送準備に入った。
小猫だけが、少し離れた位置からこちらを見ていた。
俺と目が合う。
彼女は何も言わない。
言わないまま、ほんの少しだけ頷いた。
俺も、言葉にしない程度に返す。
それで十分だった。
転送光が視界を包む。
残されたのは、静かな夜と、まだ消えきらない驚きだった。
俺たちが去った後、アザゼルは夜空を見上げていた。
「ギャバン・キングが神器持ち……しかも、悪魔の駒の原型って……」
一誠が呟く。
「王国の駒……そんな神器が実在しているなんて」
リアスの声にも、まだ驚きが残っている。
「しかも、それを宇宙警察の力と組み合わせている」
木場が言う。
「……規格外です」
小猫の言葉は短い。
アザゼルは小さく笑った。
「ギャバン・キング。王国の駒の所有者ではあるが、その正体は未だに謎」
一拍置く。
「けれど、分かる事としては、あいつも地球出身という事だけか」
「地球出身……?」
リアスが聞き返す。
「ああ。神器を持つなら、その可能性は高い。少なくとも、完全な宇宙人ってわけじゃなさそうだ」
「じゃあ、俺たちと同じ地球のどこかに……?」
一誠が言う。
アザゼルは少し楽しそうに笑った。
「いるんだろうな。普段は案外、普通の顔をして」
その言葉に、小猫がわずかに目を伏せた。
リアスはその反応に気づいたようだったが、何も言わなかった。今、追及する場面ではないと判断したのだろう。
宇宙警察の転送光が、ディオドラの拘束体を完全に包み込む。
光が消えた時、そこにディオドラの姿はもうなかった。
夜空には、先ほどまで蒼機龍が飛んでいた軌跡が、まだ残っているように見えた。
「蒼機龍に、王国の駒。宇宙警察は本当に退屈させてくれねぇな」
アザゼルが呟く。
「この件、三大勢力にも報告する必要があるわね」
リアスが言う。
「だな。ただし、全部を報告するかは考えものだ」
「何でですか?」
一誠が聞く。
「王国の駒なんてもんを持った地球出身の宇宙刑事。そんな情報を雑に流せば、欲しがる連中が出る」
リアスの表情が引き締まる。
「守るべき情報、ということですね」
「ああ。少なくとも今はな」
アザゼルは再び夜空を見上げた。
黒い亀裂はもうない。
魔空瘴気も消えた。
ただ、蒼い光の残像だけが、誰かの記憶に残る。
「ギャバン・キング……お前は一体、どこまで見えてるんだ?」
問いに答える者はいない。
夜空は、また何も知らない顔で静かだった。
次回の王は
-
妖怪王
-
機械王
-
怪獣王
-
幻想王