サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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北欧旅行 Case1

# 第1話 蒸気の半島と黒金の急行

 

 別次元にある宇宙警察の試験ドックは、いつ来ても落ち着かない。

 

 床も壁も天井も金属でできていて、しかし金属なのにどこか生き物の腹の中みたいに薄く振動している。遠くでは機械音が低く鳴り、空間の端には星とも光源ともつかない青白い粒子が流れていた。

 

 普通の人間が日常的に立ち入る場所ではない。

 

 少なくとも、駒王学園に通う高校一年生が、休日の朝から来る場所ではない。

 

 そう思っている時点で、俺もまだ一般人側の常識を捨てきれていないのだろう。まあ、捨てきったら終わりだ。いろいろな意味で。

 

 その試験ドックの中央に、黒と金の巨体が鎮座していた。

 

 最初に見えたのは、丸い前照灯。

 

 次に、重厚な装甲。

 

 金色のラインが黒い車体を走り、側面には宇宙警察の紋章が刻まれている。車輪のような円形機構が並び、後部には宇宙船じみた推進機が組み込まれていた。

 

 列車。

 

 いや、ただの列車ではない。

 

 SL型の次元航行ユニット。

 

 エクスプレスギャバリオン。

 

 名前からして、すでにやかましい。

 

 しかし、やかましいものにはやかましいなりの説得力がある。

 

「これまで、色々なサポートユニットがあったけど、まさか、今度はSLかぁ!」

 

 俺は腕を組んだまま、思わず声を漏らしていた。

 

「良いねぇ! こういうの嫌いじゃねぇよ!!」

 

 自分でも少し声が弾んだのが分かった。

 

 隣にいた絶花が、俺の横顔をじっと見る。

 

 絶花はいつものように少し眠そうな目で、しかし興味がないわけではなさそうに、黒金の機関車を見上げていた。背の低い彼女からすれば、目の前の巨体はほとんど建物だろう。

 

「太郎って、こういうのは意外と好きなんだよねぇ」

 

 絶花が言った。

 

「私はあんまり詳しくないけど」

 

「詳しいとか詳しくないとかじゃねぇんだよ」

 

「じゃあ、何?」

 

「浪漫だ」

 

「浪漫」

 

 絶花は同じ単語を繰り返した。

 

 分かっていない顔だった。

 

 まあ、分からなくても仕方ない。蒸気機関車と宇宙刑事と次元航行が合体した存在を前にして、浪漫を感じない方が健全なのかもしれない。いや、健全ではあるが、面白みはない。

 

「黒金の機関車が別次元を走るんだぞ。道がない場所に線路を敷いて突っ込む。無駄に重い。無駄に速い。無駄に音が鳴りそう。全部いい」

 

「無駄が多い」

 

「そこがいいんだよ」

 

「よく分からない」

 

「お前はまだ若い」

 

「太郎も高校一年生」

 

「精神年齢の話だ」

 

「それ、太郎が言う?」

 

 絶花の返しは淡い。

 

 淡いが、刺さる時は普通に刺さる。

 

 俺が言い返す前に、足元で端末を操作していたレオルドが、露骨に呆れた声を出した。

 

「いや、完全に目が輝いてるだろ。お前、さっきから試験ドックに来て一番いい顔してるぞ」

 

「してねぇ」

 

「してる」

 

「してない」

 

「絶花、どうだ?」

 

「してる」

 

「裏切りが早いな」

 

「事実だから」

 

 絶花は淡々と言った。

 

 こういうところで遠慮がない。人見知りで会話が得意ではないくせに、身内相手には妙に刺してくる。慣れてきた証拠だと思えば悪くないが、痛いものは痛い。

 

 レオルドは端末を投影し、エクスプレスギャバリオンの周囲にいくつもの解析ウィンドウを浮かべた。

 

「エクスプレスギャバリオンは、次元レールを形成して目的座標まで直線突破する試験機だ。コスモギャバリオンとの合体にも対応してるが、今回は単体航行の確認をやる」

 

「つまり、宇宙警察版の銀河鉄道か」

 

「言い方は嫌いじゃねえが、勝手に余計な名前を増やすな。報告書が面倒になる」

 

「どうせ増えるだろ、報告書」

 

「お前が原因でな」

 

「知るか」

 

「知れ」

 

 いつものやり取りをしながらも、レオルドの手は止まらない。

 

 端末の上で軌道計算が流れる。別次元の座標、地球圏の基準軸、エモルギア同期値、次元レール形成負荷。文字だけ見れば難しそうだが、要するに試運転である。

 

 試運転。

 

 その言葉には、不穏な響きがある。

 

 完成品ではなく、試す段階。失敗すれば、想定外が起きる。想定外はだいたい俺のところへ来る。そういう星の下に生まれた覚えはないが、実績は否定しづらい。

 

「絶花!」

 

 俺は振り向いた。

 

「試運転、行くよな!」

 

「えっ、私も?」

 

 絶花が目を丸くする。

 

「私はこういうのは――」

 

「こういう経験が友達を作るきっかけになるかもしれないぞ」

 

 言い終える前に、絶花の表情が変わった。

 

 ほんの少しだけ目が開き、背筋が伸びる。

 

「何をしているの! 行くよ! 太郎!」

 

「ちょろい」

 

「今、何か言った?」

 

「何も」

 

 絶花は真顔だった。

 

 友達、という単語に弱い。

 

 分かりやすい弱点だ。人見知りで会話が苦手で、それでも誰かと普通に話せるようになりたいと思っている。そういうやつをからかうのはよくない。よくないが、現場に連れて行くには効果的だった。

 

 レオルドがじとっとこちらを見る。

 

「お前、そういうところ本当に性格悪いな」

 

「実用的と言え」

 

「言わねえよ」

 

「でも、保護席はあるんだろ」

 

「ある。あるが、本来は待機推奨だ。まあ、変に置いていくと、お前が余計に落ち着かねえからな」

 

「俺を子守りされる側みたいに言うな」

 

「子守りされる側」

 

 絶花が言った。

 

「お前まで乗るな」

 

「乗る」

 

 答えは即座だった。

 

 その後、俺たちはエクスプレスギャバリオンへ乗り込んだ。

 

 内部は、列車の運転席と宇宙船のコックピットを無理やり結婚させたような空間だった。黒い床に金属の縁取り。前面には大きな窓があり、そこから別次元ドックの青白い光が見える。操縦席にはレバーと計器が並び、そこへ立体映像のパネルが重なる。

 

 アナログと未来技術が同居している。

 

 普通ならちぐはぐだが、SL型メカだと思うと妙に納得できた。

 

 床下から低い振動が伝わってくる。

 

 心臓の鼓動のような、車輪の回転を待つ音。

 

 絶花は保護席に座り、シートベルトを少しぎこちなく締めていた。顔は平静だが、指先が落ち着かない。怖いというより、初めての場所にどう反応すればいいのか分からないのだろう。

 

「太郎、また見てる」

 

「見てねぇ」

 

「計器、三回見た」

 

「安全確認だ」

 

「汽笛のところ、二回見た」

 

「安全確認だ」

 

「鳴らしたい?」

 

「安全確認だ」

 

 レオルドが操縦席の横で端末を操作しながら、ため息をつく。

 

「嘘つけ。汽笛鳴らしたい顔してるぞ」

 

「鳴るのか?」

 

「食いつくな」

 

「いや、確認は必要だろ。SL型で汽笛が鳴らないのは詐欺に近い」

 

「詐欺じゃねえ。宇宙警察の試験機だ」

 

「なおさら鳴るべきだ」

 

「何の理屈だよ」

 

 次の瞬間、低い電子音が響いた。

 

『EXPRESS GAVARION』

 

 車内の照明が一段明るくなる。

 

『DIMENSION RAIL FORMATION』

 

 窓の外に、光の線路が敷かれていった。

 

 まっすぐな一本の線ではない。青白い粒子が空間を割り、そこへ金色の軌道が浮かび上がる。レールはドックの外へ伸び、別次元の暗がりへ消えていく。

 

 絶花が小さく息を呑んだ。

 

「線路……宇宙に?」

 

「正確には次元境界に仮設レールを作ってる。道がない場所に道を敷く装備だ」

 

 レオルドが説明する。

 

 その声は実務的だったが、どこか誇らしげでもあった。

 

「やっぱ浪漫じゃねぇか」

 

「否定はしねえが、今は計測だ。はしゃぐな」

 

「はしゃいでねぇ」

 

「はしゃいでる」

 

 絶花がまた言う。

 

 俺は黙った。

 

 たぶん、少しはしゃいでいる。

 

 汽笛が鳴った。

 

 想像していたよりも深い音だった。

 

 蒸気機関車の音を模しているのに、音の奥には宇宙船の起動音が混ざっている。懐かしいようで、まったく知らない音。過去と未来が同じ喉で吠えたような音だった。

 

 エクスプレスギャバリオンが動き出す。

 

 走行音が床から伝わる。

 

 窓の外の景色が伸びた。

 

 星ではない。

 

 空でもない。

 

 複数の次元層が、色の違う薄布みたいに流れていく。紫、青、白、金。見ていると目が追いつかなくなる。遠くにあるはずのものが一瞬で近づき、近くにあるはずのものが最初から存在しなかったみたいに消える。

 

 普通のワープとは違う。

 

 飛ぶのではなく、走っている。

 

 道なき場所へ線路を敷き、その上を黒金の機関車が進んでいる。

 

「速度上昇。次元レール安定。エモルギア同期、良好」

 

 レオルドの声が響く。

 

「思ったより揺れねぇな」

 

「そこは褒めろ。試作機で揺れたら大問題だ」

 

「大したもんだ」

 

「雑な褒め方だな」

 

「褒められただけありがたいと思え」

 

 絶花は窓の外を見ていた。

 

 いつもより、ほんの少しだけ目が丸い。

 

「少し、綺麗」

 

 短い言葉だった。

 

 けれど、その声は本当にそう思っている声だった。

 

 俺は横目でそれを見て、少しだけ口元が緩むのを感じた。

 

「観光列車には向いてるな」

 

「観光目的で作ってねえよ」

 

 レオルドが即座に否定する。

 

 その時だった。

 

 車内に警告音が鳴った。

 

『RAIL INTERFERENCE DETECTED』

 

「は?」

 

 レオルドの声が一段低くなる。

 

「何だよ」

 

「次元レールに外部干渉。自然地殻由来の裂け目反応……いや、これ地球側か?」

 

 窓の外の光の線路が、わずかに揺れた。

 

 まっすぐだったはずの軌道が、どこかへ引かれていく。

 

 絶花が俺の袖をつまむ。

 

「脱線?」

 

「言うな! 縁起でもねえ!」

 

 レオルドが叫んだ。

 

「列車型で脱線は洒落にならねぇな」

 

「お前も言うな!」

 

 端末上の数値が走る。

 

 レオルドの指が忙しく動く。

 

「地球側の強い地殻境界反応にレールが引かれてる。プレート境界だ。地殻の裂け目と次元レールが噛み合いやがった」

 

「自然現象に引っ張られる試作機ってどうなんだよ」

 

「試験だから分かったんだろうが!」

 

「便利な言い訳だな」

 

「殴るぞ」

 

「犬の姿で?」

 

「今それを言うな!」

 

 揺れは大きくはなかった。

 

 だが、空間の色が変わる。次元層の光が薄れ、窓の外に別の景色が混じり始めた。

 

 黒い大地。

 

 白い蒸気。

 

 灰色の空。

 

 そして、海の気配。

 

 エクスプレスギャバリオンが、次元レールから抜けた。

 

 着地というより、滑り込むような感覚だった。

 

 車体が静かに停止し、汽笛の残響が消える。

 

 扉が開いた瞬間、硫黄の匂いが流れ込んできた。

 

 外へ出ると、足元には黒い溶岩原が広がっていた。地面は荒く、赤茶けた岩の隙間から白い蒸気が噴き上がっている。遠くには灯台らしき白い建物。さらに向こうには灰色の海。風は冷たく、湿っていて、地面から立ちのぼる熱とぶつかって奇妙な温度を作っていた。

 

 木道がある。

 

 展望台もある。

 

 観光地だ。

 

 ただし、普通の観光地にしては、地球の内側が近すぎる。

 

「……どこだ、ここ」

 

 俺が呟くと、レオルドが座標を照合した。

 

「地球、北大西洋、アイスランド南西部。レイキャネス半島。グンヌクヴェル地熱地帯近く」

 

「北欧?」

 

 絶花が蒸気の向こうを見ながら言う。

 

「ああ。北米プレートとユーラシアプレートが離れてる地殻境界の地上部だ。次元レールがそこの反応に引っ張られた」

 

「試運転で北欧旅行かよ」

 

「旅行じゃねえ。事故寸前の試験結果だ」

 

「でも、景色はすごい」

 

 絶花の言う通りだった。

 

 すごい景色だった。

 

 蒸気は地面から生まれ、風に押されて流れていく。黄色い硫黄の色が岩肌に染みつき、泥沼の奥で水とも土ともつかないものが煮えている。空は低く、海は遠く、すべてが冷たいのに、足元だけが熱を持っている。

 

 世界の継ぎ目に立っている感じがした。

 

 道がある。

 

 観光客もいる。

 

 けれどその下では、大陸がゆっくり裂けている。

 

「観光客の顔をするには、まあ悪くねぇ場所だな」

 

「お前、もう誤魔化す気か」

 

 レオルドが言う。

 

「いきなり宇宙警察ですって言うよりマシだろ」

 

「それはそうだが、お前は自然に怪しいんだよ」

 

「失礼だな。善良な日本人観光客だぞ」

 

「善良な奴は自分で善良って言わねえ」

 

 端末が再び鳴った。

 

 レオルドの表情が変わる。

 

「……おい、待て」

 

「その台詞、だいたい面倒なやつだろ」

 

「ネガエモルギア反応だ。薄いが、ある」

 

 絶花がこちらを見る。

 

「また?」

 

「北欧まで来て残業かよ」

 

 俺は蒸気の向こうへ目を向けた。

 

 地熱地帯のノイズは大きい。噴気、泥沼、火山性ガス、地殻活動。それらが反応を覆い隠しているのだろう。自然の異常と人工の異常が混ざる場所。隠れるには便利すぎる。

 

「地熱ノイズが強すぎて場所が絞れねえ。噴気、泥沼、地殻亀裂、全部が反応を隠してる」

 

「つまり、犯人が隠れるには便利な土地ってことか」

 

「そういうことだ」

 

 遠くで観光客の声がした。

 

 その中に、一瞬だけ不自然な悲鳴が混じった。

 

 短い。

 

 すぐに蒸気と風に飲まれる。

 

 だが、聞き逃すには十分すぎる音だった。

 

「太郎」

 

 絶花が言う。

 

「分かってる」

 

 俺は周囲を見る。

 

 今、ここで変身するのは違う。観光客もいる。地元の管理者もいる。北欧神話勢力が関わっている可能性もある。まずは何が起きているかを見るべきだ。

 

 俺は上着を整えた。

 

「俺たちは観光客だ。まずはな」

 

『面倒くせえが、それが一番自然だな』

 

 レオルドは通信へ引っ込む。

 

 絶花が小さく首を傾げる。

 

「観光客、どうすればいい?」

 

「蒸気を見て、すごいって言えばいい」

 

「すごい」

 

「棒読みすぎる」

 

「難しい」

 

「もう少し感情を込めろ」

 

「すごーい」

 

「何か違う」

 

『お前ら、緊張感あるのかないのか分からねえな』

 

 レオルドがぼやく。

 

「あるから自然にしてんだよ」

 

『自然に怪しいんだよ、お前は』

 

 その時、蒸気の向こうから人影が近づいてきた。

 

 白と淡青を基調とした装備。

 

 長い銀髪。

 

 凛とした立ち姿。

 

 観光客ではない。

 

 地元の係員でもない。

 

 護衛、あるいは戦士。

 

 そういう空気をまとった女だった。

 

「そこの方々」

 

 彼女は俺たちの前で足を止めた。

 

 声は丁寧だが、警戒は隠していない。

 

「この先は安全確認が済んでいません。不用意に近づかないでください」

 

 俺は観光客の顔を作った。

 

 たぶん下手だった。

 

「道に迷っただけだ」

 

「この地熱地帯で道に迷うのは危険です。案内板を確認してください」

 

「日本語がなかった」

 

「英語は?」

 

「読む気がなかった」

 

 絶花が俺の袖を軽く引いた。

 

「それは駄目」

 

 銀髪の女が、俺を見る。

 

 その視線は真面目で、まっすぐで、そして疑い深かった。

 

「あなた、本当に観光客ですか?」

 

「観光客だろ。土産屋の場所を探してる顔してるし」

 

「自分で言うものではありません」

 

「じゃあ、道に迷った善良な日本人で」

 

「余計に怪しいです」

 

 風が吹いた。

 

 白い蒸気が、俺たちの間を横切る。

 

 硫黄の匂いの向こうで、銀髪の女はまだ俺を見ていた。

 

 どうやら北欧旅行は、初手からかなり面倒なことになりそうだった。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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