サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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北欧旅行 Case2

 地球という星は、宇宙から見ると青い。

 

 などという、いかにも教科書みたいな感想を今さら言う気はない。実際、宇宙刑事の仕事で妙な惑星にはいくつも行っている。空が紫色の星もあったし、海が金属みたいに光る星もあったし、夜になると地面が発光する迷惑な星もあった。あれはあれで綺麗だったが、足元が光ると方向感覚が狂うので二度と行きたくない。

 

 だから、地球の景色にいちいち驚くほど初心ではない。

 

 ……はずだった。

 

「……すごい」

 

 隣で絶花が呟いた。

 

 前回の棒読みとは違う。ちゃんと感情が乗っている。珍しい。雪が降る前兆かもしれない。いや、ここはアイスランドなので雪くらい普通に降るかもしれないが。

 

 レイキャネス半島の朝は、白い蒸気でできていた。

 

 黒い溶岩原の隙間から、地球が息をするように湯気が立ち上っている。赤茶けた土。黄色く染まった硫黄の地面。ところどころに泡立つ泥。遠くにはレイキャネス灯台が白く立ち、その向こうには灰色の海が広がっていた。

 

 風は冷たい。

 

 なのに、地面は熱い。

 

 冷えた空気と熱い蒸気がぶつかって、視界の輪郭を曖昧にする。観光客たちが木道の上で写真を撮り、案内板を眺め、時々鼻を押さえている。硫黄の匂いが強いからだ。卵が腐ったような匂い、と言えば身も蓋もないが、実際そういう匂いだった。

 

「今度は棒読みじゃねぇな」

 

「本当に、すごい」

 

 絶花は蒸気の向こうを見ている。

 

 日本以外の場所に来た、というだけで彼女の中ではかなり大きな出来事らしい。普段は人の目を避けるように動く絶花が、今日はわずかに前のめりだった。とはいえ、知らない観光客が近づくと半歩後ろに下がるあたりは平常運転である。

 

「日本の温泉地とは、また別の荒さだな。地球が隠す気なく湯気を吐いてる」

 

『お前、宇宙の妙な惑星を見てる割には、こういう景色には普通に反応するんだな』

 

 レオルドの声が通信端末から聞こえた。

 

 犬にしか見えない姿で堂々と観光地を歩かせるのはさすがに無理があるので、今は端末越しだ。本人はエクスプレスギャバリオン側でデータを見ている。実務屋らしい。もっとも、後で変なことを言い出すのは目に見えていた。

 

「宇宙の景色は派手すぎる。地球の景色は、生活圏の横で急に牙を見せるから質が悪い」

 

「太郎、楽しそう」

 

「観察してるだけだ」

 

「よく言う」

 

 絶花は小さく笑った。

 

 笑った、といっても、口元がほんの少し動く程度だ。だが、俺には分かる。こいつなりに楽しんでいる。

 

『反応はまだ薄い。地熱ノイズが邪魔だな。泥沼、蒸気孔、地下熱水、全部がノイズになってる』

 

「犯人が隠れるにはいい土地だな」

 

『言い方は悪いが、その通りだ』

 

 グンヌクヴェル地熱地帯。

 

 観光案内としては、激しく蒸気を噴く地熱地帯、という扱いだろう。実際、景色だけなら観光地として成立している。だが、地熱、地殻の裂け目、火山性ガス、地下の熱水。それらが全部、計測の邪魔になる。

 

 ネガエモルギア反応を隠すには、便利すぎる。

 

「大陸間の橋……」

 

 絶花が案内板を読んで、ぽつりと言った。

 

「北米プレートとユーラシアプレートの裂け目を渡る橋らしいな」

 

「大陸の間を歩けるの?」

 

「観光地としてはそういう売り文句だろ。実際には地質学と観光の合作みたいなもんだ」

 

「行きたい」

 

 俺は少し意外で、絶花を見る。

 

「珍しいな。お前が自分から行きたいって」

 

「日本じゃないから」

 

「理由が雑だな」

 

「でも、本当」

 

 まあ、そうだろう。

 

 知らない土地。知らない風。知らない看板。そういうものが、絶花にはたぶん全部新しい。友達作りに直結するかは知らないが、外の景色を見ること自体は悪くない。

 

「じゃあ行くか。どうせ反応もそっち方面に揺れてる」

 

『観光ついでに捜査かよ』

 

「捜査ついでに観光より健全だろ」

 

『どっちもどっちだ』

 

 木道を抜け、駐車場の方へ歩く。

 

 途中、レオルドが急に黙った。端末の向こうで何かを検索している気配がする。嫌な沈黙だった。実務屋が無言で手を動かす時は、大抵まともな作業か、ろくでもない横道のどちらかである。

 

『アイスランドの酒ってどう買うんだ?』

 

 後者だった。

 

「仕事中に何を検索してんだよ」

 

『現地文化調査だ』

 

「お酒?」

 

 絶花が首を傾げる。

 

『地元の蒸留酒とかあるだろ。こういう寒い土地は酒文化が強い。捜査終わりに一本くらい――』

 

「お前、見た目が犬なのに酒買えるのか?」

 

『そこを今考えてんだよ。代理購入、身分証、宇宙警察経費、どれが一番通るか』

 

「全部アウト寄りだろ」

 

「犬が買いに行ったら、目立つ」

 

『犬じゃねえって何回言わせんだ』

 

「じゃあ、酒は諦めろ」

 

『ふざけんな。ここまで来て現地の酒を見ないのは損だろ』

 

「お前の方が観光してるじゃねぇか」

 

 レオルドは文句を言ったが、通信の向こうでまだ検索している音がした。

 

 現地文化調査。

 

 便利な言葉だ。俺も今度使おう。

 

 しばらく移動すると、景色が変わった。

 

 黒い溶岩原の間に、白っぽい歩道橋がかかっている。橋の下には砂地の裂け目があり、看板には北米プレートとユーラシアプレートの説明がある。観光客が橋の上で写真を撮り、左右を見比べては楽しそうに話していた。

 

 大陸間の橋。

 

 名前だけなら大仰だが、実際に立ってみると妙な説得力があった。

 

「ここ、本当に大陸の間?」

 

「厳密に言うと、プレートの境界を象徴する橋だな」

 

「でも、すごい」

 

 絶花は橋の中央で立ち止まった。

 

 右を見る。

 

 左を見る。

 

「右と左で、大陸が違う」

 

「そう考えると、なかなか雑な場所に立ってるな」

 

『次元レールが引っかかったのも分かる。ここは地球側の“裂け目”としてはかなり分かりやすい』

 

「地球にも、こういう継ぎ目があるんだな」

 

『宇宙刑事が今さら何言ってんだ』

 

「宇宙の裂け目と地球の裂け目は、見え方が違うんだよ」

 

 絶花がスマホを取り出した。

 

 不器用に構える。

 

 橋と裂け目を撮りたいのだろうが、どうにも角度に迷っているらしい。

 

「撮ってやろうか」

 

「……いいの?」

 

「観光客っぽいだろ」

 

「じゃあ、お願い」

 

 スマホを受け取り、絶花を橋の中央に立たせる。

 

 彼女はどう立てばいいのか分からず、両手を前で合わせたまま固まった。

 

「証明写真かよ」

 

「どうすればいい?」

 

「普通でいい」

 

「普通が難しい」

 

「じゃあ、プレートに挟まれた人類代表みたいな顔しろ」

 

「もっと難しい」

 

 結局、絶花はいつもの無表情に近い顔で写った。

 

 ただ、背景はやたら壮大だった。

 

 中学生にはあまり見えない。黙っていれば、背の低い同年代の旅行者くらいには見える。俺も制服ではなく旅装なので、余計に年齢は曖昧だろう。

 

 その頃、少し離れた場所で、銀髪の女が一人、調査をしていた。

 

 ロスヴァイセ。

 

 まだこちらは名前を知らない。知っているのは、前に地熱地帯で俺たちを怪しんだ真面目そうな女、ということだけだ。

 

 白と淡青を基調とした装備。風に揺れる長い銀髪。観光客の中にいると、明らかに浮いている。だが本人は、浮いていることを気にする余裕もないほど、真剣に地面と周囲を調べていた。

 

「反応は薄い……ですが、確かにあります」

 

 彼女の声が風に乗って少しだけ届いた。

 

 手元には北欧式の探査術らしき光。魔法陣というより、ルーンに近い。小さな文字が宙に浮かび、地面の熱と風の流れを読んでいる。

 

 オーディンからの指令で来ている、という事情はこの時点の俺には分からない。

 

 ただ、何かを追っていることは分かった。

 

 ネガエモルギア。

 

 たぶん、同じ反応だ。

 

 彼女はメモを確認しながら呟く。

 

「グンヌクヴェル、大陸間の橋、ブリムケティル……地熱と裂け目に沿って反応が移動している?」

 

 その時、強い風が吹いた。

 

 彼女のバッグが揺れ、中から小さな財布が落ちる。

 

 ロスヴァイセは気づかない。

 

 調査に集中しすぎている。

 

 俺は足元へ転がってきた財布を見下ろした。

 

「太郎、落とし物」

 

「ああ」

 

 拾う。

 

 中身は見ない。必要がない。財布を拾って中身を見る趣味はないし、そんなことで余計な疑いを買うのも面倒だ。

 

 俺は少し先を歩く銀髪の女へ声をかけた。

 

「おい。落としたぞ」

 

 彼女が振り向く。

 

「え?」

 

「財布。あんたのだろ」

 

 差し出すと、彼女は慌てて自分のバッグを確認した。

 

 そして、はっとした顔になる。

 

「あっ……ありがとうございます。本当に助かりました」

 

 受け取って、中身を確認する。

 

 何も盗られていないことを確かめると、彼女はほっと息を吐いた。

 

「中身もそのまま……」

 

「見てねぇよ。財布を拾って中身を見るほど暇じゃない」

 

「太郎は、そういうところはちゃんとしてる」

 

「そういうところは、って何だ」

 

 絶花は答えなかった。

 

 ロスヴァイセは俺と絶花を見た。

 

 目が少し和らぐ。

 

 前回の警戒は残っている。けれど、財布をそのまま返したことは、彼女の中で評価に入ったらしい。

 

「あなた方は旅行中ですか?」

 

「まあ、そんなところだ」

 

「学生旅行ですか? 同世代の方が、こんな場所を選ぶのは少し珍しいですね」

 

「同世代……」

 

 絶花が小さく呟いた。

 

 たぶん、中学生に見られなかったのが少し嬉しいのだろう。

 

 いや、嬉しいのかどうかは分からないが、少なくとも反応はした。

 

「まあ、似たようなもんだ」

 

 俺は適当に流す。

 

 ロスヴァイセは丁寧に礼をした。

 

「申し遅れました。私はロスヴァイセといいます。少し、この地域の安全確認をしています」

 

「安全確認ね。観光地の係員にしては、ずいぶん物騒な格好だな」

 

「係員ではありません。詳しくは言えませんが、危険な反応を追っています」

 

「へぇ」

 

「驚かないのですね」

 

「旅先じゃ何が起きるか分からねぇだろ」

 

「普通の観光客は、そう簡単には受け止めません」

 

「俺は普通の観光客じゃないのかもな」

 

「太郎、それは怪しい」

 

 絶花が即座に言った。

 

「今のは冗談だろ」

 

「冗談に聞こえません」

 

 ロスヴァイセの視線がまた鋭くなる。

 

 真面目だ。

 

 そして、疑い深い。

 

 財布を拾った程度では簡単に信用しない。悪くない。護衛や調査をする人間は、それくらいでいい。

 

「あなた、本当にただの観光客ですか?」

 

「財布を拾うタイプの観光客だ」

 

「答えになっていません」

 

「じゃあ、道に迷った善良な日本人観光客」

 

「前より怪しさが増しています」

 

「失礼な女だな」

 

「あなたが怪しいのです」

 

 噛み合っているようで噛み合っていない。

 

 絶花は横で少しだけ面白そうにしている。たぶん、俺が疑われているのが新鮮なのだろう。いや、俺はよく疑われる。小猫にも疑われた。アザゼルにも疑われた。疑われ慣れているのは、悲しいことなのかもしれない。

 

 その時だった。

 

 橋の向こうで、観光客のざわめきが変わった。

 

 最初はただの大きな声かと思った。

 

 次に、怒鳴り声。

 

 その奥に、不安と怒りが膨らむ気配があった。

 

 溶岩原の影で、一人の観光客が突然叫び始めている。周囲の人間が距離を取り、誰かがスマホを構える。黒いもやが、一瞬だけその肩口に揺れた。

 

 ロスヴァイセの表情が変わる。

 

「反応が……!」

 

 俺もそちらを見る。

 

 同時に、レオルドの通信が入った。

 

『太郎、出たぞ。ネガエモルギア反応、橋の向こうだ』

 

 絶花が俺を見る。

 

「太郎」

 

「分かってる」

 

 ロスヴァイセは俺たちへ向き直った。

 

「あなた方はここにいてください。危険です」

 

「一般観光客らしく待ってろって?」

 

「そうです」

 

「分かった。善処する」

 

「善処ではなく、待機してください」

 

 ロスヴァイセはそれだけ言うと、反応の中心へ走り出した。

 

 白と淡青の装備が風を切る。

 

 真面目で、速い。

 

 財布を落とす隙はあるが、仕事はできるらしい。

 

 その背中を見送りながら、絶花が小さく言った。

 

「助けないの?」

 

「助ける。ただ、今の俺が走っていくと観光客じゃなくなる」

 

「もう怪しい」

 

「怪しい観光客で止めるのと、宇宙刑事になるのは違う」

 

『正体はまだ隠せ』

 

 レオルドの声が低くなる。

 

『ロスヴァイセは北欧側の関係者だ。下手に出ればオーディン側に全部流れる』

 

「分かってる」

 

「ロスヴァイセ、悪い人じゃなさそう」

 

「ああ。財布を落とすくらいには隙があるが、仕事は真面目だ」

 

『お前、助けた相手への評価が雑だな』

 

「事実だろ」

 

 遠くで黒いもやが膨らむ。

 

 観光客たちが慌てて離れ始め、ロスヴァイセが人々を下がらせながら前へ出ている。彼女の周囲に、ルーンの光が展開された。

 

 俺は絶花を木道の安全な位置へ誘導した。

 

「絶花、木道から外れるな。地熱地帯で足元を信用するなよ」

 

「分かった」

 

『俺は反応を追う。太郎、出るならタイミングを見ろ』

 

「ああ。観光客が消えて、ロスヴァイセが詰んだら出る」

 

「詰む前に出て」

 

「分かってる。言葉の綾だ」

 

 蒸気が濃くなっていく。

 

 白い湯気の奥で、黒いもやが揺れる。

 

 ロスヴァイセが魔術を構えた。

 

 俺は上着のポケットに手を入れ、息を吐く。

 

「さて、北欧観光二日目にして残業か」

 

『一日目だろ』

 

「体感では二日目だ」

 

 硫黄の匂いと冷たい風の中で、ネガエモルギアの黒い気配が、ゆっくりと形を持ち始めていた。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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