サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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北欧旅行 Case4

 ロスヴァイセと並んで歩くことになった。

 

 正確には、ロスヴァイセが先頭を歩き、その少し後ろを俺と絶花が歩く。さらにレオルドが通信の向こうで勝手に文句を言う、という形である。

 

 観光客としては、かなり不自然な隊列だ。

 

 だが、先ほどの騒ぎの後で「では失礼します」と別方向へ行く方がもっと不自然だった。何よりロスヴァイセの目が、俺たちを見逃す気のない目になっていた。財布を拾ってもらった感謝と、妙に動ける観光客への疑念。その二つが混ざった視線だ。

 

 面倒な女である。

 

 ただし、嫌いではない。

 

「繰り返しますが、勝手な行動はしないでください」

 

 前を歩くロスヴァイセが言った。

 

 銀髪が風に揺れる。白と淡青の装備は、この黒い溶岩原の中ではよく目立った。観光地にいるには浮いている。けれど、地熱地帯と黒い蒸気の気配の中では、あの浮き方がむしろ頼もしく見える。

 

「信用ないな」

 

「信用できる要素と、信用できない要素が同じくらいあります」

 

「つまり半分信用してるってことだろ」

 

「前向きに解釈しすぎです」

 

「太郎は、だいたいそう」

 

 絶花が後ろから淡々と言った。

 

「身内からの援護がない」

 

「身内なのですか?」

 

 ロスヴァイセが振り向く。

 

 一瞬、答えに詰まった。

 

 別にやましい関係ではない。ないが、説明すると面倒だ。同居の経緯やら、絶花の事情やら、宇宙警察やら、余計なものが芋づる式に出てくる。

 

「まあ、知り合いだ」

 

「同居人」

 

 絶花が言った。

 

 ロスヴァイセの目がわずかに丸くなる。

 

「同居……?」

 

「誤解を招く言い方をするな」

 

「事実」

 

「事実の出し方には順番ってもんがあるだろ」

 

「難しい」

 

 絶花は悪びれない。

 

 ロスヴァイセは俺と絶花を交互に見た。

 

「あなた方、本当にどういう関係なのですか」

 

「観光に来た知り合い同士」

 

「どんどん説明が雑になっています」

 

「観光客に詳しい身上書を求める方がおかしいだろ」

 

「普通の観光客なら求めません」

 

「俺は?」

 

「普通ではありません」

 

「断定が早いな」

 

「先ほどの行動を見れば、当然です」

 

 まあ、そうだろう。

 

 背中の接続線を見抜き、観光客を誘導し、石を蹴って黒いもやの軌道を逸らした。普通の観光客にしてはやりすぎている。だが、宇宙刑事とばれるほどではない。たぶん。

 

 たぶん、で押し通すしかないのが今の状況だった。

 

 グンヌクヴェルへ向かう道は、ひどく荒々しかった。

 

 黒い溶岩原がどこまでも続き、低い空がその上に覆いかぶさっている。遠くには海が見えた。灰色で、冷たそうで、波の白だけが妙に鋭い。風は体温を奪うのに、地面のあちこちからは白い蒸気が吹き上がる。

 

 冷たいのか熱いのか、判断に困る土地だ。

 

「日本と、全然違う」

 

 絶花がぽつりと言った。

 

「そりゃアイスランドだからな」

 

「地面が黒い。空も低い。湯気がずっと出てる」

 

「地球の切れ目を観光地にしてる場所だからな。なかなか強い」

 

「友達に、話せるかな」

 

 その声が、少しだけ真面目だった。

 

 俺は横目で絶花を見る。

 

「話せるだろ。大陸の間を歩いたって言えば、それだけで話題になる」

 

「写真もある」

 

「あの証明写真みたいなやつか」

 

「消す?」

 

「消すな。味がある」

 

「味」

 

「芸術性と言ってもいい」

 

「太郎、嘘が下手」

 

「褒めてるんだよ」

 

「嘘が下手」

 

 絶花は少しだけ口元を緩めた。

 

 ロスヴァイセがこちらを見ていた。

 

「観光を楽しむ余裕があるのですね」

 

「危険だからって景色を見ない理由にはならねぇだろ」

 

 俺が言うと、ロスヴァイセは少し意外そうに瞬いた。

 

 それから、遠くの海へ視線を向ける。

 

「……それは、少し分かります」

 

 彼女の声は小さかった。

 

 任務中の顔をしていても、景色を見る目は普通の人間のものだった。いや、人間ではなくヴァルキリーだが、そのあたりは今どうでもいい。職務に縛られていても、美しいものを美しいと感じる余裕は残っているらしい。

 

 その通信に、レオルドの声が割り込んだ。

 

『グンヌクヴェル方面、地熱ノイズ濃度上昇。ネガエモルギア反応は薄く伸びてる。……あと、アイスランドの酒は専門店じゃねえと買いにくいらしい』

 

「後半いらねぇだろ」

 

 思わず声が出た。

 

 ロスヴァイセがこちらを見る。

 

「誰と話しているのですか?」

 

「翻訳アプリ」

 

『誰が翻訳アプリだ』

 

「ほら、今怒った」

 

「翻訳アプリは怒りません」

 

「これは、怒る翻訳アプリ」

 

 絶花が真顔で言う。

 

 ロスヴァイセは眉を寄せた。

 

「そんなものがあるのですか?」

 

「日本には色々ある」

 

『ねえよ。適当こくな』

 

「今のは方言だ」

 

『何のだよ』

 

 ロスヴァイセの疑念が、目に見えて増えていく。

 

「あなた方の会話、信じていい部分が分かりません」

 

「全部信じると疲れるぞ」

 

「では、どこを信じれば?」

 

「財布を返したところ」

 

「そこだけは信用しています」

 

「十分だな」

 

「十分ではありません」

 

 ロスヴァイセはきっぱり言った。

 

 やがて、再びグンヌクヴェル地熱地帯へ戻ってきた。

 

 蒸気は先ほどより濃く見えた。風の向きが変わったせいか、白い煙が木道の上まで流れてくる。足元の板は湿っており、ところどころに水滴が光っていた。泥沼は泡立ち、赤茶けた地面から黄色い硫黄の色が覗く。

 

 観光客の数は減っている。

 

 先ほどの騒ぎが広まったのかもしれない。写真を撮る者もいるが、どこか落ち着かない。観光地のざわめきの底に、薄い不安が混じっていた。

 

「ここは足元が危険です。木道から外れないでください」

 

「二回目だな」

 

「あなたには何度でも言う必要があります」

 

「扱いが悪い」

 

「妥当」

 

 絶花が短く言う。

 

「お前、今日ずっと俺に厳しいな」

 

「事実だから」

 

 ロスヴァイセは探査術を展開した。

 

 淡青のルーンが空中に浮かび、蒸気の中へ薄く広がっていく。白い湯気と青い光が重なり、ほんの一瞬だけ、この場所が観光地ではなく儀式場のように見えた。

 

「反応が乱れています。地熱に混ざって……いえ、隠されている?」

 

 ロスヴァイセが呟く。

 

「蒸気孔を使った中継か」

 

 俺が言うと、彼女が即座にこちらを見た。

 

「なぜ、そう判断を?」

 

「観光客の勘」

 

「その勘、便利すぎませんか」

 

「旅行先だと冴えるんだよ」

 

「信用できません」

 

『太郎、反応の流れが自然じゃねえ』

 

 レオルドの声が、さっきより低くなる。

 

『地熱噴気に混じってるが、発生源は地面そのものじゃない』

 

「人為的か」

 

『ああ。小型の中継器か増幅装置がある。多分、噴気孔の熱とノイズを隠れ蓑にしてる』

 

「土地の怨念とかじゃなくて助かったな」

 

「土地の怨念、あるの?」

 

 絶花が聞いてくる。

 

「宇宙には似たようなのがある」

 

「宇宙?」

 

 ロスヴァイセが反応した。

 

 しまった。

 

 俺は一拍置いてから言う。

 

「……比喩だ」

 

「今のは比喩ではありませんでした」

 

「気のせいだ」

 

「気のせいで済ませるには、あまりに具体的でした」

 

「旅先で変な話をする観光客なんて珍しくないだろ」

 

「あなたの場合、全部が珍しいです」

 

 ごまかせていない。

 

 だが、正体までは届かない。まだ大丈夫だ。たぶん。何度目かのたぶんだが、現場はたぶんの連続でできている。

 

 ロスヴァイセは探査を続けながら、ふと先ほどのことを思い出したように言った。

 

「先ほどは、本当にありがとうございました。あの財布には任務用の身分証も入っていたので、失くしていたら大変でした」

 

「財布に大事なもん入れすぎだろ」

 

「普段は落としません」

 

「今日は落とした」

 

「……はい」

 

 ロスヴァイセの肩が少し落ちた。

 

「ロスヴァイセ、真面目だけど抜けてる?」

 

 絶花が容赦なく言う。

 

「抜けてはいません。少し、調査に集中していただけです」

 

「それを世間では抜けてるって言う」

 

「あなたに言われると、なぜか納得したくありません」

 

「俺は財布を落とさない」

 

「代わりに色々と隠しているでしょう」

 

「何のことだか」

 

「その返しが怪しいのです」

 

 会話しながらも、ロスヴァイセの探査は進んでいた。

 

 淡青のルーンが蒸気の流れをなぞる。白い湯気に紛れて、細い黒い筋が岩陰へ伸びている。俺にも見えた。地熱観測機器のような小さな黒い金属片。岩陰に半分隠れ、蒸気孔の近くに固定されている。

 

 自然物ではない。

 

 人工物だ。

 

「ありました。あれですね」

 

 ロスヴァイセが言う。

 

「見た目は観測機器っぽいな」

 

「触れないでください。私が封印します」

 

「任せる」

 

 絶花がこちらを見た。

 

「珍しい。素直」

 

「専門家がいるなら、任せるのが普通だろ」

 

 ロスヴァイセも少し意外そうにこちらを見た。

 

「あなたは、無茶をするタイプだと思っていました」

 

「無茶はするが、無駄は嫌いだ」

 

「それは、少し分かります」

 

 ロスヴァイセは慎重に近づいた。

 

 木道から外れないぎりぎりの位置で膝を折り、ルーンを展開する。小型中継器の周囲に淡青の文字が浮かび、輪を作った。黒い金属片は微かに震えている。地面の熱を吸い、蒸気に混じった感情の残り滓を集めているようだった。

 

「封印術式、展開」

 

 ロスヴァイセの声が硬くなる。

 

 次の瞬間。

 

 黒い光が走った。

 

『罠だ! 反応が急上昇してる!』

 

 レオルドが叫ぶ。

 

「封印が弾かれた……!」

 

 中継器が脈打つ。

 

 蒸気孔から噴き上がる白い湯気に、黒い粒子が混じった。空気が重くなる。木道が軋む。足元の板に、黒い靄が染み込むように広がっていく。

 

 ロスヴァイセの足元が沈んだ。

 

 いや、沈んだのではない。

 

 黒い靄が木道の影を引っ張り、彼女の足を取った。

 

「危ない!」

 

 絶花が叫ぶ。

 

 ロスヴァイセが体勢を崩す。

 

 蒸気の向こうへ引きずられかける。

 

 俺は反射的に動いていた。

 

 変身はしない。

 

 装備も出さない。

 

 ただ、木道の手すりを蹴って踏み込み、ロスヴァイセの腕を掴む。黒い蒸気に触れないように身体の位置をずらし、重心を後ろへ倒す。

 

「足元見るって言ったの、あんただろ」

 

「あなた……!」

 

 ロスヴァイセの目が驚きに見開かれる。

 

 言いたいことは分かる。

 

 この反応速度は観光客のものではない。だが、今はそれどころではない。

 

 絶花が後ろから俺の上着を掴んだ。

 

「太郎、重い」

 

「今言うことか」

 

「大事」

 

『黒い蒸気に触るな! 感情汚染が来るぞ!』

 

 レオルドの声が飛ぶ。

 

 俺はロスヴァイセを木道側へ引き戻し、最後に安全な場所へ押した。

 

 すぐに手を離す。

 

 黒い蒸気が、俺たちのいた場所を舐めるように通過した。触れていれば、面倒なことになっていただろう。

 

 ロスヴァイセは体勢を立て直し、すぐに魔術を構えた。

 

 息が少し乱れている。

 

「助かりました。ですが、今の動きは――」

 

「足が滑った観光客を助けるくらい、誰でもやるだろ」

 

「誰でもは、できません」

 

「地域差だ」

 

「またそれですか」

 

 中継器が、黒い蒸気の渦の中心で割れかけていた。

 

 壊れるなら壊れればいい。

 

 そう思ったが、そう簡単ではないらしい。

 

 割れた隙間から、さらに黒い粒子が漏れ出す。周囲の地熱と観光客たちの不安、さっきの暴走者から残った怒りの残滓。それらが渦に巻き込まれていく。

 

 風景が歪んだ。

 

 蒸気の向こうの泥沼が黒く泡立つ。

 

 木道の影が伸びる。

 

 白い湯気の奥に、黒い輪郭ができていく。

 

「これは……ただの中継器ではありません。簡易的な異界化装置です」

 

 ロスヴァイセの声が低くなる。

 

「観光地に面倒なもん置くなよ」

 

「文句を言う相手が違います」

 

「来る」

 

 絶花が言った。

 

 黒い蒸気の奥で、何かが形を取り始めた。

 

 人ではない。

 

 獣でもない。

 

 まだ完全な怪物ではないが、人の不安と怒りを寄せ集めた影が、腕のようなものを伸ばしている。小型エモンズの前兆。放っておけば、すぐに形を持つ。

 

『太郎、そろそろ観光客じゃ済まねえぞ』

 

 レオルドの声が、通信の奥で低く響いた。

 

 分かっている。

 

 だが、まだだ。

 

 ここでギャバン・キングを出せば、ロスヴァイセに正体までは分からなくても、俺と宇宙警察の距離が近すぎると気づかれる。今後が面倒になる。

 

 ロスヴァイセは魔術を構え直した。

 

「あなた方は下がってください。ここからは本当に危険です」

 

 俺は黒い蒸気の奥を見た。

 

 人影にも、獣にもなりきれない黒い感情の塊が、ゆっくりこちらへ向く。

 

「下がるかどうかは、状況次第だな」

 

「あなたは……本当に、何者なのですか」

 

 ロスヴァイセの問いに、俺は答えなかった。

 

 答えれば、嘘になる。

 

 黙っていれば、まだ観光客でいられる。

 

 黒い蒸気が、さらに膨らんだ。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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