サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
ロスヴァイセと並んで歩くことになった。
正確には、ロスヴァイセが先頭を歩き、その少し後ろを俺と絶花が歩く。さらにレオルドが通信の向こうで勝手に文句を言う、という形である。
観光客としては、かなり不自然な隊列だ。
だが、先ほどの騒ぎの後で「では失礼します」と別方向へ行く方がもっと不自然だった。何よりロスヴァイセの目が、俺たちを見逃す気のない目になっていた。財布を拾ってもらった感謝と、妙に動ける観光客への疑念。その二つが混ざった視線だ。
面倒な女である。
ただし、嫌いではない。
「繰り返しますが、勝手な行動はしないでください」
前を歩くロスヴァイセが言った。
銀髪が風に揺れる。白と淡青の装備は、この黒い溶岩原の中ではよく目立った。観光地にいるには浮いている。けれど、地熱地帯と黒い蒸気の気配の中では、あの浮き方がむしろ頼もしく見える。
「信用ないな」
「信用できる要素と、信用できない要素が同じくらいあります」
「つまり半分信用してるってことだろ」
「前向きに解釈しすぎです」
「太郎は、だいたいそう」
絶花が後ろから淡々と言った。
「身内からの援護がない」
「身内なのですか?」
ロスヴァイセが振り向く。
一瞬、答えに詰まった。
別にやましい関係ではない。ないが、説明すると面倒だ。同居の経緯やら、絶花の事情やら、宇宙警察やら、余計なものが芋づる式に出てくる。
「まあ、知り合いだ」
「同居人」
絶花が言った。
ロスヴァイセの目がわずかに丸くなる。
「同居……?」
「誤解を招く言い方をするな」
「事実」
「事実の出し方には順番ってもんがあるだろ」
「難しい」
絶花は悪びれない。
ロスヴァイセは俺と絶花を交互に見た。
「あなた方、本当にどういう関係なのですか」
「観光に来た知り合い同士」
「どんどん説明が雑になっています」
「観光客に詳しい身上書を求める方がおかしいだろ」
「普通の観光客なら求めません」
「俺は?」
「普通ではありません」
「断定が早いな」
「先ほどの行動を見れば、当然です」
まあ、そうだろう。
背中の接続線を見抜き、観光客を誘導し、石を蹴って黒いもやの軌道を逸らした。普通の観光客にしてはやりすぎている。だが、宇宙刑事とばれるほどではない。たぶん。
たぶん、で押し通すしかないのが今の状況だった。
グンヌクヴェルへ向かう道は、ひどく荒々しかった。
黒い溶岩原がどこまでも続き、低い空がその上に覆いかぶさっている。遠くには海が見えた。灰色で、冷たそうで、波の白だけが妙に鋭い。風は体温を奪うのに、地面のあちこちからは白い蒸気が吹き上がる。
冷たいのか熱いのか、判断に困る土地だ。
「日本と、全然違う」
絶花がぽつりと言った。
「そりゃアイスランドだからな」
「地面が黒い。空も低い。湯気がずっと出てる」
「地球の切れ目を観光地にしてる場所だからな。なかなか強い」
「友達に、話せるかな」
その声が、少しだけ真面目だった。
俺は横目で絶花を見る。
「話せるだろ。大陸の間を歩いたって言えば、それだけで話題になる」
「写真もある」
「あの証明写真みたいなやつか」
「消す?」
「消すな。味がある」
「味」
「芸術性と言ってもいい」
「太郎、嘘が下手」
「褒めてるんだよ」
「嘘が下手」
絶花は少しだけ口元を緩めた。
ロスヴァイセがこちらを見ていた。
「観光を楽しむ余裕があるのですね」
「危険だからって景色を見ない理由にはならねぇだろ」
俺が言うと、ロスヴァイセは少し意外そうに瞬いた。
それから、遠くの海へ視線を向ける。
「……それは、少し分かります」
彼女の声は小さかった。
任務中の顔をしていても、景色を見る目は普通の人間のものだった。いや、人間ではなくヴァルキリーだが、そのあたりは今どうでもいい。職務に縛られていても、美しいものを美しいと感じる余裕は残っているらしい。
その通信に、レオルドの声が割り込んだ。
『グンヌクヴェル方面、地熱ノイズ濃度上昇。ネガエモルギア反応は薄く伸びてる。……あと、アイスランドの酒は専門店じゃねえと買いにくいらしい』
「後半いらねぇだろ」
思わず声が出た。
ロスヴァイセがこちらを見る。
「誰と話しているのですか?」
「翻訳アプリ」
『誰が翻訳アプリだ』
「ほら、今怒った」
「翻訳アプリは怒りません」
「これは、怒る翻訳アプリ」
絶花が真顔で言う。
ロスヴァイセは眉を寄せた。
「そんなものがあるのですか?」
「日本には色々ある」
『ねえよ。適当こくな』
「今のは方言だ」
『何のだよ』
ロスヴァイセの疑念が、目に見えて増えていく。
「あなた方の会話、信じていい部分が分かりません」
「全部信じると疲れるぞ」
「では、どこを信じれば?」
「財布を返したところ」
「そこだけは信用しています」
「十分だな」
「十分ではありません」
ロスヴァイセはきっぱり言った。
やがて、再びグンヌクヴェル地熱地帯へ戻ってきた。
蒸気は先ほどより濃く見えた。風の向きが変わったせいか、白い煙が木道の上まで流れてくる。足元の板は湿っており、ところどころに水滴が光っていた。泥沼は泡立ち、赤茶けた地面から黄色い硫黄の色が覗く。
観光客の数は減っている。
先ほどの騒ぎが広まったのかもしれない。写真を撮る者もいるが、どこか落ち着かない。観光地のざわめきの底に、薄い不安が混じっていた。
「ここは足元が危険です。木道から外れないでください」
「二回目だな」
「あなたには何度でも言う必要があります」
「扱いが悪い」
「妥当」
絶花が短く言う。
「お前、今日ずっと俺に厳しいな」
「事実だから」
ロスヴァイセは探査術を展開した。
淡青のルーンが空中に浮かび、蒸気の中へ薄く広がっていく。白い湯気と青い光が重なり、ほんの一瞬だけ、この場所が観光地ではなく儀式場のように見えた。
「反応が乱れています。地熱に混ざって……いえ、隠されている?」
ロスヴァイセが呟く。
「蒸気孔を使った中継か」
俺が言うと、彼女が即座にこちらを見た。
「なぜ、そう判断を?」
「観光客の勘」
「その勘、便利すぎませんか」
「旅行先だと冴えるんだよ」
「信用できません」
『太郎、反応の流れが自然じゃねえ』
レオルドの声が、さっきより低くなる。
『地熱噴気に混じってるが、発生源は地面そのものじゃない』
「人為的か」
『ああ。小型の中継器か増幅装置がある。多分、噴気孔の熱とノイズを隠れ蓑にしてる』
「土地の怨念とかじゃなくて助かったな」
「土地の怨念、あるの?」
絶花が聞いてくる。
「宇宙には似たようなのがある」
「宇宙?」
ロスヴァイセが反応した。
しまった。
俺は一拍置いてから言う。
「……比喩だ」
「今のは比喩ではありませんでした」
「気のせいだ」
「気のせいで済ませるには、あまりに具体的でした」
「旅先で変な話をする観光客なんて珍しくないだろ」
「あなたの場合、全部が珍しいです」
ごまかせていない。
だが、正体までは届かない。まだ大丈夫だ。たぶん。何度目かのたぶんだが、現場はたぶんの連続でできている。
ロスヴァイセは探査を続けながら、ふと先ほどのことを思い出したように言った。
「先ほどは、本当にありがとうございました。あの財布には任務用の身分証も入っていたので、失くしていたら大変でした」
「財布に大事なもん入れすぎだろ」
「普段は落としません」
「今日は落とした」
「……はい」
ロスヴァイセの肩が少し落ちた。
「ロスヴァイセ、真面目だけど抜けてる?」
絶花が容赦なく言う。
「抜けてはいません。少し、調査に集中していただけです」
「それを世間では抜けてるって言う」
「あなたに言われると、なぜか納得したくありません」
「俺は財布を落とさない」
「代わりに色々と隠しているでしょう」
「何のことだか」
「その返しが怪しいのです」
会話しながらも、ロスヴァイセの探査は進んでいた。
淡青のルーンが蒸気の流れをなぞる。白い湯気に紛れて、細い黒い筋が岩陰へ伸びている。俺にも見えた。地熱観測機器のような小さな黒い金属片。岩陰に半分隠れ、蒸気孔の近くに固定されている。
自然物ではない。
人工物だ。
「ありました。あれですね」
ロスヴァイセが言う。
「見た目は観測機器っぽいな」
「触れないでください。私が封印します」
「任せる」
絶花がこちらを見た。
「珍しい。素直」
「専門家がいるなら、任せるのが普通だろ」
ロスヴァイセも少し意外そうにこちらを見た。
「あなたは、無茶をするタイプだと思っていました」
「無茶はするが、無駄は嫌いだ」
「それは、少し分かります」
ロスヴァイセは慎重に近づいた。
木道から外れないぎりぎりの位置で膝を折り、ルーンを展開する。小型中継器の周囲に淡青の文字が浮かび、輪を作った。黒い金属片は微かに震えている。地面の熱を吸い、蒸気に混じった感情の残り滓を集めているようだった。
「封印術式、展開」
ロスヴァイセの声が硬くなる。
次の瞬間。
黒い光が走った。
『罠だ! 反応が急上昇してる!』
レオルドが叫ぶ。
「封印が弾かれた……!」
中継器が脈打つ。
蒸気孔から噴き上がる白い湯気に、黒い粒子が混じった。空気が重くなる。木道が軋む。足元の板に、黒い靄が染み込むように広がっていく。
ロスヴァイセの足元が沈んだ。
いや、沈んだのではない。
黒い靄が木道の影を引っ張り、彼女の足を取った。
「危ない!」
絶花が叫ぶ。
ロスヴァイセが体勢を崩す。
蒸気の向こうへ引きずられかける。
俺は反射的に動いていた。
変身はしない。
装備も出さない。
ただ、木道の手すりを蹴って踏み込み、ロスヴァイセの腕を掴む。黒い蒸気に触れないように身体の位置をずらし、重心を後ろへ倒す。
「足元見るって言ったの、あんただろ」
「あなた……!」
ロスヴァイセの目が驚きに見開かれる。
言いたいことは分かる。
この反応速度は観光客のものではない。だが、今はそれどころではない。
絶花が後ろから俺の上着を掴んだ。
「太郎、重い」
「今言うことか」
「大事」
『黒い蒸気に触るな! 感情汚染が来るぞ!』
レオルドの声が飛ぶ。
俺はロスヴァイセを木道側へ引き戻し、最後に安全な場所へ押した。
すぐに手を離す。
黒い蒸気が、俺たちのいた場所を舐めるように通過した。触れていれば、面倒なことになっていただろう。
ロスヴァイセは体勢を立て直し、すぐに魔術を構えた。
息が少し乱れている。
「助かりました。ですが、今の動きは――」
「足が滑った観光客を助けるくらい、誰でもやるだろ」
「誰でもは、できません」
「地域差だ」
「またそれですか」
中継器が、黒い蒸気の渦の中心で割れかけていた。
壊れるなら壊れればいい。
そう思ったが、そう簡単ではないらしい。
割れた隙間から、さらに黒い粒子が漏れ出す。周囲の地熱と観光客たちの不安、さっきの暴走者から残った怒りの残滓。それらが渦に巻き込まれていく。
風景が歪んだ。
蒸気の向こうの泥沼が黒く泡立つ。
木道の影が伸びる。
白い湯気の奥に、黒い輪郭ができていく。
「これは……ただの中継器ではありません。簡易的な異界化装置です」
ロスヴァイセの声が低くなる。
「観光地に面倒なもん置くなよ」
「文句を言う相手が違います」
「来る」
絶花が言った。
黒い蒸気の奥で、何かが形を取り始めた。
人ではない。
獣でもない。
まだ完全な怪物ではないが、人の不安と怒りを寄せ集めた影が、腕のようなものを伸ばしている。小型エモンズの前兆。放っておけば、すぐに形を持つ。
『太郎、そろそろ観光客じゃ済まねえぞ』
レオルドの声が、通信の奥で低く響いた。
分かっている。
だが、まだだ。
ここでギャバン・キングを出せば、ロスヴァイセに正体までは分からなくても、俺と宇宙警察の距離が近すぎると気づかれる。今後が面倒になる。
ロスヴァイセは魔術を構え直した。
「あなた方は下がってください。ここからは本当に危険です」
俺は黒い蒸気の奥を見た。
人影にも、獣にもなりきれない黒い感情の塊が、ゆっくりこちらへ向く。
「下がるかどうかは、状況次第だな」
「あなたは……本当に、何者なのですか」
ロスヴァイセの問いに、俺は答えなかった。
答えれば、嘘になる。
黙っていれば、まだ観光客でいられる。
黒い蒸気が、さらに膨らんだ。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王