サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

728 / 733
北欧旅行 Case7

 灯台というものは、遠くへ知らせるためにある。

 

 海の上にいる誰かへ、ここに陸があると告げる。岩場があると警告する。暗い場所で、見失わないための光を置く。

 

 だからこそ、何かを送る場所としても向いている。

 

 光でも、信号でも、魔術でも、感情でも。

 

 そう考えると、犯人が灯台を中継網の一部に選んだこと自体は分かりやすかった。分かりやすいが、気に入らない。人を助けるための目印を、人を汚染するための装置に使う。発想が悪趣味だ。

 

 ブリムケティルを離れると、海風はさらに強くなった。

 

 黒い溶岩原の向こうに、白い灯台が見える。灰色の空の下で、細く立っていた。周囲には低い草と岩、遠くで砕ける波。観光地のはずなのに、空気はどこか張り詰めている。

 

「灯台、見えた」

 

 絶花が少し前を見て言った。

 

「観光地っぽくなってきたな」

 

「観光ではありません。調査です」

 

 ロスヴァイセが即座に訂正する。

 

「その台詞、今日何回目だ?」

 

「あなたが毎回観光と言うからです」

 

「実際、景色は観光地だろ」

 

「事件が起きていなければ、そうですね」

 

 まったくその通りだった。

 

『灯台方面の反応、かなり濃いぞ。ブリムケティルの比じゃねえ。末端じゃなく、複数反応を束ねてる可能性がある』

 

 通信端末からレオルドの声が入る。

 

「灯台が中継点か」

 

 俺が呟くと、ロスヴァイセがこちらを見た。

 

「また、あなたは……」

 

「灯台は遠くへ知らせるための場所だろ。なら、何かを送るには向いてる」

 

「理屈としては正しいですが、観光客の発想ではありません」

 

「観光客も灯台くらい見る」

 

「見るだけなら」

 

 絶花が小さく補足した。

 

「余計な補足をするな」

 

「事実」

 

 最近、絶花の俺への刺し方が少しずつ鋭くなっている気がする。成長と呼ぶべきなのか、単に遠慮がなくなったのかは微妙なところだ。

 

 灯台の近くまで来ると、絶花はスマホを取り出そうとして、風に煽られて少し迷った。

 

「写真、撮れるかな」

 

「安全な場所からなら構いません。ただし、柵を越えないでください」

 

 ロスヴァイセの注意は早い。

 

「分かった」

 

 絶花が素直に頷く。

 

 俺は手を出した。

 

「撮ってやる。風で落とすなよ」

 

「太郎も落とさないで」

 

「俺は落とさねぇよ」

 

「財布を拾った方が言うと説得力がありますね」

 

 ロスヴァイセが真面目な顔で言う。

 

「あんたの財布だろ、それ」

 

 ロスヴァイセは少しだけ目を逸らした。

 

「……その件はもう忘れてください」

 

「忘れないと思う」

 

「忘れないな」

 

「あなた方、そういうところだけ息が合いますね」

 

 呆れたような声だったが、最初の頃より少し柔らかい。疑われていることに変わりはないが、財布を拾った怪しい観光客から、少しだけ扱いが変わってきている。

 

 その分、面倒でもある。

 

 疑いながら頼られるのは、ただ疑われるより厄介だ。

 

 ロスヴァイセは灯台周辺で探査術を展開した。

 

 淡青のルーンが風に乗り、灯台の周囲へ広がっていく。強い海風で揺れながらも、文字は形を保っていた。白い灯台の影、黒い岩場、海へ向かう風の道。そのすべてをなぞるように光が走る。

 

「妙ですね。反応は灯台に集まっていますが、灯台そのものではありません」

 

「本体を目立つ場所に置く必要はないからな」

 

「では、どこに?」

 

 俺は灯台の影を見た。

 

 観光客はだいたい上を見る。灯台を見上げ、写真を撮り、海を眺める。足元の岩場や、基礎から少し離れた影は意外と見ない。

 

「あそこだろ。灯台を目印にして、実際の装置は影に置く。見上げる奴は上を見る。足元は見ない」

 

 ロスヴァイセは俺が示した方へ視線を向けた。

 

「……また正しいことを言いますね」

 

「褒めてるのか?」

 

「怪しんでいます」

 

「だろうな」

 

『太郎、反応が三方向から集まってる。グンヌクヴェル、大陸間の橋、ブリムケティル。その全部を灯台周辺で束ねてる』

 

 レオルドの声は、さっきより低い。

 

「制御ノードってやつか」

 

『そうだ。こいつを押さえれば、中継網の全体像が見えるかもしれねえ』

 

 少し間が空いた。

 

『……全体像は見たいが、ブレンニヴィンの実物は見られねえんだな』

 

「まだ引きずってんのか」

 

『未練くらい持たせろ』

 

 ロスヴァイセがこちらを見た。

 

「また翻訳アプリですか?」

 

「酒に未練のある翻訳アプリだ」

 

「そんな翻訳アプリは嫌です」

 

「私はスキールがいい」

 

 絶花がぽつりと言う。

 

「絶花の方が健全だな」

 

『俺が不健全みたいに言うな』

 

「少なくとも、任務中に酒の心配をしている時点で健全ではないだろ」

 

『手は動いてんだよ。文句は結果を見てから言え』

 

 実際、結果は出ていた。

 

 ロスヴァイセのルーンが、俺の示した岩場へ向かう。灯台の影に隠された黒い円盤状の装置が、淡青の光を受けて浮かび上がった。

 

 前回までの中継器より大きい。

 

 表面には北欧式のルーンと、ネガエモルギア特有の黒い紋様が絡み合っている。まるで異なる二つの言語を無理やり一枚の紙に書き込んだような、歪な模様だった。

 

「ありました。ですが、前回のものより複雑です」

 

「こいつが親機か」

 

「親機、という表現は粗いですが……おそらく、制御ノードです」

 

『ビンゴだ。こいつを抜ければ、設置者の痕跡を追える』

 

「なら、壊される前に抜くしかないな」

 

「私が術式を通します。あなたは余計なことをしないでください」

 

「余計じゃないことなら?」

 

「その判断が信用できないのです」

 

「厳しいな」

 

「経験則です」

 

 また経験則が増えた。

 

 ロスヴァイセがログ抽出を始める。

 

 淡青のルーンが制御ノードへ重なった瞬間、黒いルーンが装置表面に浮かび上がった。敵側が反応した。早い。ブリムケティルの時よりも、明らかに干渉が速い。

 

「干渉が来ました!」

 

『向こうも本気だ。ログを消すだけじゃない。周囲の感情を暴発させる気だぞ』

 

 黒い感情の波が、灯台周辺に広がった。

 

 近くにいた観光客たちがざわつく。急に声を荒げる者がいる。理由も分からず不安そうに後ずさる者がいる。恐怖が波のように伝わり、誰かの苛立ちへ変わる。

 

「また、変な感じ」

 

 絶花が言った。

 

 俺は周囲を見る。

 

 柵。

 

 灯台の入口。

 

 風下。

 

 逃げ道。

 

 人の流れ。

 

「絶花、分かる範囲でいい。人の流れを見ろ。危ない方向へ行く奴がいたら止めろ」

 

「うん」

 

 ロスヴァイセは歯を食いしばった。

 

 制御ノードの封印と、周囲の感情干渉の抑制。二つを同時にやらされている。まともに受ければ、どちらかが遅れる。

 

「二つ同時には……!」

 

「人の方はこっちでやる。あんたは装置を見ろ」

 

「あなたは本当に――」

 

「説教は後だ。今は手を動かせ」

 

 ロスヴァイセは一瞬だけ迷った。

 

 だが、すぐに頷く。

 

「……分かりました。任せます」

 

 いい判断だ。

 

 疑念はある。警戒もある。それでも、今必要な役割を優先した。

 

 俺は観光客の方へ向き直った。

 

「柵の外へ出るな。灯台の方へ詰めるな。風下へ下がれ」

 

「何が起きてるんだ!」

 

「知らないことに近づくなってだけの話だ。好奇心で死ぬのは割に合わねぇぞ」

 

 強めに言うと、何人かが動いた。

 

 迷っている奴には方向を示す。怒鳴りかけている奴には距離を取らせる。転びそうな子供を、大人の方へ押し戻す。

 

 絶花も動いていた。

 

「こっち。道、空いてる。ゆっくり」

 

 声はまだ大きくない。

 

 けれど、前より自然だった。震えてはいる。だが、足は止まっていない。手も出ている。人の流れを見て、空いている方へ誘導している。

 

「上手くなってるじゃねぇか」

 

「まだ怖い」

 

「怖いまま動けるなら十分だ」

 

 絶花は小さく頷いた。

 

 その間、ロスヴァイセの術式が制御ノードへ深く入っていく。

 

 黒いルーンと淡青のルーンが、灯台の影でせめぎ合った。風が強く吹き、灯台の白い壁に影が揺れる。

 

 やがて、ログの一部が空中に浮かんだ。

 

 文字列。

 

 署名。

 

 はっきりとした名前。

 

 Eirik Grimsson.

 

 ロスヴァイセの表情が変わった。

 

「エイリク・グリムソン……やはり」

 

「知ってるのか」

 

「北欧圏の魔術師です。地脈、風、地熱を術式に取り込むことに長けていた人物ですが……近年、姿を消していました」

 

「消えた魔術師が、ネガエモルギアで中継網を作ってるわけか」

 

「もし本人なら、これは偶発的な犯罪ではありません」

 

『しかも、こいつ単独じゃねえ可能性が高い。ネガエモルギアの扱いが専門的すぎる』

 

「誰かに渡されたか」

 

「あるいは、誰かに利用されている」

 

 その瞬間、制御ノードが黒く脈打った。

 

 敵側がログ抽出を察知した。

 

 自壊が始まる。

 

「このままでは、抽出したログごと消えます!」

 

『太郎、ノードの影側に逃げ道がある。黒い反応がそこから抜けるぞ』

 

 俺は装置に近づきすぎない位置を取った。

 

 直接触れば、さすがに怪しまれる。いや、もう十分怪しまれているが、決定打は避けるべきだ。

 

 近くにあった観光用の標識が、強風で揺れていた。

 

 俺はそれを蹴り倒す。

 

 標識は倒れ、灯台の影に走ろうとした黒い反応の通り道を一瞬だけ塞いだ。

 

「風で倒れたことにしとけ」

 

 誰に向けた言葉か、自分でもよく分からない。

 

 だが、その一瞬で十分だった。

 

「ログ確保! 封印します!」

 

 ロスヴァイセの淡青のルーンが制御ノードを包み込む。

 

 黒い光が弾けた。

 

 小さな爆発。風に乗って広がりかけた感情の残滓を、ロスヴァイセの封印が押し留める。完全ではない。だが、周囲への拡散は最小限に抑えられた。

 

 制御ノードは半壊した。

 

 完全確保とは言えない。

 

 けれど、ログの一部と、エイリク・グリムソンの名前は残った。

 

 観光客たちが離れた後、灯台周辺には冷たい風だけが残った。

 

 ロスヴァイセは封印した破片を確認し、それから俺を見た。

 

「あなたは、また私を助けました」

 

「標識が倒れただけだ」

 

「もう、その説明を信じる者はいません」

 

「絶花は信じるかもしれない」

 

「信じない」

 

「薄情だな」

 

 絶花は真顔だった。

 

 ロスヴァイセは少しだけ黙る。

 

「あなたが何者なのか、まだ分かりません。ですが、少なくとも敵ではない。そう考えてもいいのですか」

 

 俺はすぐには答えなかった。

 

 敵ではない。

 

 それは正しい。

 

 だが、味方だと言い切ると、また別の面倒が増える。宇宙警察、ギャバン・キング、王国の駒。余計なものがついてくる。

 

「敵だったら、財布は返さねぇだろ」

 

「それだけで判断するには、あなたは謎が多すぎます」

 

「謎があるくらいの観光客の方が、旅先では退屈しない」

 

「あなたは本当に……」

 

 ロスヴァイセは呆れたように息を吐いた。

 

 だが、それ以上は追及しなかった。

 

 レオルドとロスヴァイセが、残ったログを確認する。

 

『灯台は親機じゃなく、上位ノードだな。まだ本体がある』

 

「エイリク・グリムソン。もし彼が関わっているなら、土地の旧観測施設か、地熱研究設備を使っている可能性があります」

 

「地熱、海岸、灯台。次は研究施設か」

 

「観光地巡りでは済まなくなりましたね」

 

「最初から済んでねぇよ」

 

「でも、灯台の写真は撮れた」

 

 絶花がスマホを見せてきた。

 

 少し傾いた灯台の写真だった。風に煽られたせいか、水平は取れていない。だが、白い灯台と灰色の空と黒い溶岩原が一枚に収まっている。

 

「悪くない」

 

「本当?」

 

「ああ。事件付きの観光写真としては上出来だ」

 

「事件付きの観光写真という言葉は、あまり聞きたくありませんね」

 

 ロスヴァイセが真面目に言う。

 

 その真面目さに、少しだけ笑いそうになった。

 

 ロスヴァイセは封印袋をしまい、灯台の方を見た。

 

「エイリクが関わっているなら、これは北欧側だけの問題では済まないかもしれません」

 

「宇宙警察……いや、外部の連中も関係してるかもしれないってことか」

 

 言いかけて、少し遅れて気づいた。

 

 しまった。

 

 ロスヴァイセがすぐに反応する。

 

「今、宇宙警察と言いかけましたか?」

 

「観光客の言い間違いだ」

 

「観光客はそんな言い間違いをしません」

 

「最近の観光客はする」

 

「しない」

 

 絶花が即座に否定する。

 

「お前は今日ずっと厳しいな」

 

『正体隠す気があるのかないのか、どっちなんだよ』

 

 レオルドが通信でぼやく。

 

 俺は灯台の向こう、灰色の空を見た。

 

 白い灯台の影が、地面に長く伸びている。さっき封印したはずの黒い感情の残滓が、その影の奥でまだ微かに揺れている気がした。

 

「面倒になってきたな」

 

「最初から面倒です」

 

 ロスヴァイセの返しは早かった。

 

「それもそうだ」

 

 冷たい海風が吹いた。

 

 灯台は黙ったまま、灰色の空の下に立っている。

 

 その光が本来照らすべきものではなく、誰かの悪意を集める目印にされていた事実だけが、妙に腹に残っていた。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。