サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
灯台というものは、遠くへ知らせるためにある。
海の上にいる誰かへ、ここに陸があると告げる。岩場があると警告する。暗い場所で、見失わないための光を置く。
だからこそ、何かを送る場所としても向いている。
光でも、信号でも、魔術でも、感情でも。
そう考えると、犯人が灯台を中継網の一部に選んだこと自体は分かりやすかった。分かりやすいが、気に入らない。人を助けるための目印を、人を汚染するための装置に使う。発想が悪趣味だ。
ブリムケティルを離れると、海風はさらに強くなった。
黒い溶岩原の向こうに、白い灯台が見える。灰色の空の下で、細く立っていた。周囲には低い草と岩、遠くで砕ける波。観光地のはずなのに、空気はどこか張り詰めている。
「灯台、見えた」
絶花が少し前を見て言った。
「観光地っぽくなってきたな」
「観光ではありません。調査です」
ロスヴァイセが即座に訂正する。
「その台詞、今日何回目だ?」
「あなたが毎回観光と言うからです」
「実際、景色は観光地だろ」
「事件が起きていなければ、そうですね」
まったくその通りだった。
『灯台方面の反応、かなり濃いぞ。ブリムケティルの比じゃねえ。末端じゃなく、複数反応を束ねてる可能性がある』
通信端末からレオルドの声が入る。
「灯台が中継点か」
俺が呟くと、ロスヴァイセがこちらを見た。
「また、あなたは……」
「灯台は遠くへ知らせるための場所だろ。なら、何かを送るには向いてる」
「理屈としては正しいですが、観光客の発想ではありません」
「観光客も灯台くらい見る」
「見るだけなら」
絶花が小さく補足した。
「余計な補足をするな」
「事実」
最近、絶花の俺への刺し方が少しずつ鋭くなっている気がする。成長と呼ぶべきなのか、単に遠慮がなくなったのかは微妙なところだ。
灯台の近くまで来ると、絶花はスマホを取り出そうとして、風に煽られて少し迷った。
「写真、撮れるかな」
「安全な場所からなら構いません。ただし、柵を越えないでください」
ロスヴァイセの注意は早い。
「分かった」
絶花が素直に頷く。
俺は手を出した。
「撮ってやる。風で落とすなよ」
「太郎も落とさないで」
「俺は落とさねぇよ」
「財布を拾った方が言うと説得力がありますね」
ロスヴァイセが真面目な顔で言う。
「あんたの財布だろ、それ」
ロスヴァイセは少しだけ目を逸らした。
「……その件はもう忘れてください」
「忘れないと思う」
「忘れないな」
「あなた方、そういうところだけ息が合いますね」
呆れたような声だったが、最初の頃より少し柔らかい。疑われていることに変わりはないが、財布を拾った怪しい観光客から、少しだけ扱いが変わってきている。
その分、面倒でもある。
疑いながら頼られるのは、ただ疑われるより厄介だ。
ロスヴァイセは灯台周辺で探査術を展開した。
淡青のルーンが風に乗り、灯台の周囲へ広がっていく。強い海風で揺れながらも、文字は形を保っていた。白い灯台の影、黒い岩場、海へ向かう風の道。そのすべてをなぞるように光が走る。
「妙ですね。反応は灯台に集まっていますが、灯台そのものではありません」
「本体を目立つ場所に置く必要はないからな」
「では、どこに?」
俺は灯台の影を見た。
観光客はだいたい上を見る。灯台を見上げ、写真を撮り、海を眺める。足元の岩場や、基礎から少し離れた影は意外と見ない。
「あそこだろ。灯台を目印にして、実際の装置は影に置く。見上げる奴は上を見る。足元は見ない」
ロスヴァイセは俺が示した方へ視線を向けた。
「……また正しいことを言いますね」
「褒めてるのか?」
「怪しんでいます」
「だろうな」
『太郎、反応が三方向から集まってる。グンヌクヴェル、大陸間の橋、ブリムケティル。その全部を灯台周辺で束ねてる』
レオルドの声は、さっきより低い。
「制御ノードってやつか」
『そうだ。こいつを押さえれば、中継網の全体像が見えるかもしれねえ』
少し間が空いた。
『……全体像は見たいが、ブレンニヴィンの実物は見られねえんだな』
「まだ引きずってんのか」
『未練くらい持たせろ』
ロスヴァイセがこちらを見た。
「また翻訳アプリですか?」
「酒に未練のある翻訳アプリだ」
「そんな翻訳アプリは嫌です」
「私はスキールがいい」
絶花がぽつりと言う。
「絶花の方が健全だな」
『俺が不健全みたいに言うな』
「少なくとも、任務中に酒の心配をしている時点で健全ではないだろ」
『手は動いてんだよ。文句は結果を見てから言え』
実際、結果は出ていた。
ロスヴァイセのルーンが、俺の示した岩場へ向かう。灯台の影に隠された黒い円盤状の装置が、淡青の光を受けて浮かび上がった。
前回までの中継器より大きい。
表面には北欧式のルーンと、ネガエモルギア特有の黒い紋様が絡み合っている。まるで異なる二つの言語を無理やり一枚の紙に書き込んだような、歪な模様だった。
「ありました。ですが、前回のものより複雑です」
「こいつが親機か」
「親機、という表現は粗いですが……おそらく、制御ノードです」
『ビンゴだ。こいつを抜ければ、設置者の痕跡を追える』
「なら、壊される前に抜くしかないな」
「私が術式を通します。あなたは余計なことをしないでください」
「余計じゃないことなら?」
「その判断が信用できないのです」
「厳しいな」
「経験則です」
また経験則が増えた。
ロスヴァイセがログ抽出を始める。
淡青のルーンが制御ノードへ重なった瞬間、黒いルーンが装置表面に浮かび上がった。敵側が反応した。早い。ブリムケティルの時よりも、明らかに干渉が速い。
「干渉が来ました!」
『向こうも本気だ。ログを消すだけじゃない。周囲の感情を暴発させる気だぞ』
黒い感情の波が、灯台周辺に広がった。
近くにいた観光客たちがざわつく。急に声を荒げる者がいる。理由も分からず不安そうに後ずさる者がいる。恐怖が波のように伝わり、誰かの苛立ちへ変わる。
「また、変な感じ」
絶花が言った。
俺は周囲を見る。
柵。
灯台の入口。
風下。
逃げ道。
人の流れ。
「絶花、分かる範囲でいい。人の流れを見ろ。危ない方向へ行く奴がいたら止めろ」
「うん」
ロスヴァイセは歯を食いしばった。
制御ノードの封印と、周囲の感情干渉の抑制。二つを同時にやらされている。まともに受ければ、どちらかが遅れる。
「二つ同時には……!」
「人の方はこっちでやる。あんたは装置を見ろ」
「あなたは本当に――」
「説教は後だ。今は手を動かせ」
ロスヴァイセは一瞬だけ迷った。
だが、すぐに頷く。
「……分かりました。任せます」
いい判断だ。
疑念はある。警戒もある。それでも、今必要な役割を優先した。
俺は観光客の方へ向き直った。
「柵の外へ出るな。灯台の方へ詰めるな。風下へ下がれ」
「何が起きてるんだ!」
「知らないことに近づくなってだけの話だ。好奇心で死ぬのは割に合わねぇぞ」
強めに言うと、何人かが動いた。
迷っている奴には方向を示す。怒鳴りかけている奴には距離を取らせる。転びそうな子供を、大人の方へ押し戻す。
絶花も動いていた。
「こっち。道、空いてる。ゆっくり」
声はまだ大きくない。
けれど、前より自然だった。震えてはいる。だが、足は止まっていない。手も出ている。人の流れを見て、空いている方へ誘導している。
「上手くなってるじゃねぇか」
「まだ怖い」
「怖いまま動けるなら十分だ」
絶花は小さく頷いた。
その間、ロスヴァイセの術式が制御ノードへ深く入っていく。
黒いルーンと淡青のルーンが、灯台の影でせめぎ合った。風が強く吹き、灯台の白い壁に影が揺れる。
やがて、ログの一部が空中に浮かんだ。
文字列。
署名。
はっきりとした名前。
Eirik Grimsson.
ロスヴァイセの表情が変わった。
「エイリク・グリムソン……やはり」
「知ってるのか」
「北欧圏の魔術師です。地脈、風、地熱を術式に取り込むことに長けていた人物ですが……近年、姿を消していました」
「消えた魔術師が、ネガエモルギアで中継網を作ってるわけか」
「もし本人なら、これは偶発的な犯罪ではありません」
『しかも、こいつ単独じゃねえ可能性が高い。ネガエモルギアの扱いが専門的すぎる』
「誰かに渡されたか」
「あるいは、誰かに利用されている」
その瞬間、制御ノードが黒く脈打った。
敵側がログ抽出を察知した。
自壊が始まる。
「このままでは、抽出したログごと消えます!」
『太郎、ノードの影側に逃げ道がある。黒い反応がそこから抜けるぞ』
俺は装置に近づきすぎない位置を取った。
直接触れば、さすがに怪しまれる。いや、もう十分怪しまれているが、決定打は避けるべきだ。
近くにあった観光用の標識が、強風で揺れていた。
俺はそれを蹴り倒す。
標識は倒れ、灯台の影に走ろうとした黒い反応の通り道を一瞬だけ塞いだ。
「風で倒れたことにしとけ」
誰に向けた言葉か、自分でもよく分からない。
だが、その一瞬で十分だった。
「ログ確保! 封印します!」
ロスヴァイセの淡青のルーンが制御ノードを包み込む。
黒い光が弾けた。
小さな爆発。風に乗って広がりかけた感情の残滓を、ロスヴァイセの封印が押し留める。完全ではない。だが、周囲への拡散は最小限に抑えられた。
制御ノードは半壊した。
完全確保とは言えない。
けれど、ログの一部と、エイリク・グリムソンの名前は残った。
観光客たちが離れた後、灯台周辺には冷たい風だけが残った。
ロスヴァイセは封印した破片を確認し、それから俺を見た。
「あなたは、また私を助けました」
「標識が倒れただけだ」
「もう、その説明を信じる者はいません」
「絶花は信じるかもしれない」
「信じない」
「薄情だな」
絶花は真顔だった。
ロスヴァイセは少しだけ黙る。
「あなたが何者なのか、まだ分かりません。ですが、少なくとも敵ではない。そう考えてもいいのですか」
俺はすぐには答えなかった。
敵ではない。
それは正しい。
だが、味方だと言い切ると、また別の面倒が増える。宇宙警察、ギャバン・キング、王国の駒。余計なものがついてくる。
「敵だったら、財布は返さねぇだろ」
「それだけで判断するには、あなたは謎が多すぎます」
「謎があるくらいの観光客の方が、旅先では退屈しない」
「あなたは本当に……」
ロスヴァイセは呆れたように息を吐いた。
だが、それ以上は追及しなかった。
レオルドとロスヴァイセが、残ったログを確認する。
『灯台は親機じゃなく、上位ノードだな。まだ本体がある』
「エイリク・グリムソン。もし彼が関わっているなら、土地の旧観測施設か、地熱研究設備を使っている可能性があります」
「地熱、海岸、灯台。次は研究施設か」
「観光地巡りでは済まなくなりましたね」
「最初から済んでねぇよ」
「でも、灯台の写真は撮れた」
絶花がスマホを見せてきた。
少し傾いた灯台の写真だった。風に煽られたせいか、水平は取れていない。だが、白い灯台と灰色の空と黒い溶岩原が一枚に収まっている。
「悪くない」
「本当?」
「ああ。事件付きの観光写真としては上出来だ」
「事件付きの観光写真という言葉は、あまり聞きたくありませんね」
ロスヴァイセが真面目に言う。
その真面目さに、少しだけ笑いそうになった。
ロスヴァイセは封印袋をしまい、灯台の方を見た。
「エイリクが関わっているなら、これは北欧側だけの問題では済まないかもしれません」
「宇宙警察……いや、外部の連中も関係してるかもしれないってことか」
言いかけて、少し遅れて気づいた。
しまった。
ロスヴァイセがすぐに反応する。
「今、宇宙警察と言いかけましたか?」
「観光客の言い間違いだ」
「観光客はそんな言い間違いをしません」
「最近の観光客はする」
「しない」
絶花が即座に否定する。
「お前は今日ずっと厳しいな」
『正体隠す気があるのかないのか、どっちなんだよ』
レオルドが通信でぼやく。
俺は灯台の向こう、灰色の空を見た。
白い灯台の影が、地面に長く伸びている。さっき封印したはずの黒い感情の残滓が、その影の奥でまだ微かに揺れている気がした。
「面倒になってきたな」
「最初から面倒です」
ロスヴァイセの返しは早かった。
「それもそうだ」
冷たい海風が吹いた。
灯台は黙ったまま、灰色の空の下に立っている。
その光が本来照らすべきものではなく、誰かの悪意を集める目印にされていた事実だけが、妙に腹に残っていた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王