サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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北欧旅行 Case9

地下へと続く階段を前にして、俺達は一度だけ足を止めた。

 

階段の奥からは、黒い感情の鼓動のような音が響いている。

 

どくん、どくん。

 

それは機械の振動にも聞こえたし、生き物の心音にも聞こえた。

ただ、どちらにしても気分のいい音ではなかった。

 

「ここから先は、明らかに危険です。あなた方は施設の外で待機してください」

 

ロスヴァイセは、改めてそう言った。

 

真面目な声だった。

命令というよりは、警告に近い。

 

「ここまで来て、はいそうですかって戻る観光客に見えるか?」

 

「見えないから困っているのです」

 

「なら聞く意味ないだろ」

 

「聞いてください」

 

ロスヴァイセは少しだけ眉を寄せる。

 

絶花は俺の横で階段の奥を見ていた。

顔色は少し悪い。

それでも、後ろへ下がる気配はなかった。

 

「私も、行く」

 

「無理はするな」

 

「太郎も」

 

「俺は無理じゃなくて、必要なことをしてるだけだ」

 

「それを無茶と言います」

 

ロスヴァイセが即座に言う。

 

「二人して正論を並べるな」

 

『地下の反応が濃くなってる。長居はするなよ。感情を引っかき回されるぞ』

 

レオルドの声が通信越しに響く。

 

いつもの軽口は薄い。

さすがに、酒だのつまみだのと言っている空気ではなくなっていた。

 

「了解。観光客としては最悪の地下見学だな」

 

「まだ観光客と言い張るのですか」

 

「肩書きは大事だろ」

 

「使い方を間違っています」

 

ロスヴァイセは諦めたように息を吐き、階段の方へ向き直る。

 

俺達は地下へ降り始めた。

 

階段は古い金属製だった。

一段踏むたびに、ぎしりと音がする。

 

壁には地熱配管と古いケーブルが何本も走っていた。

所々から白い蒸気が漏れ、そこに黒い粒子のようなものが混じっている。

 

降りれば降りるほど、空気は重くなる。

 

胸の奥に、嫌なざらつきが溜まっていく。

理由もなく苛立つ。

理由もなく不安になる。

何かを忘れているような、誰かに置いていかれるような、そういう感覚が足元から這い上がってきた。

 

「……嫌な感じが、強い」

 

絶花が小さく言う。

 

「壁を見るな。音も聞きすぎるな。足元だけ見て歩け」

 

「うん」

 

「嫌な考えが浮かんでも、相手にするなよ。ああいうのは、構うと調子に乗る」

 

「感情を幽霊みたいに言いますね」

 

ロスヴァイセが言う。

 

「似たようなもんだろ。見えないのに触ってくる」

 

「言い得て妙ですが、あまり認めたくありません」

 

階段を降りきると、地下通路に出た。

 

そこは、元々は地熱井の点検通路だったのだろう。

だが今は、ただの点検通路ではない。

 

壁一面に北欧式のルーンが刻まれていた。

その間を黒い光が走り、配管の中を流れる蒸気と同じ速度で脈打っている。

 

奥には、巨大な円形の制御装置が見えた。

 

地熱配管。

古い観測装置。

ルーンの円環。

そして、中央で黒く揺れるネガエモルギアの光。

 

その前に、一人の男が立っていた。

 

痩せた男だった。

 

古い北欧風の外套をまとい、長い杖を手にしている。

灰色の髪は乱れ、頬はこけている。

だが、目だけは妙に鋭かった。

 

理性は残っている。

 

けれど、その奥に黒い感情が滲んでいる。

 

ロスヴァイセが息を呑んだ。

 

「エイリク・グリムソン……本当に、あなたなのですか」

 

男はゆっくりと振り返る。

 

「久しいな、ヴァルキリー。まだ大神の命令に従って歩いているのか」

 

その声は低く、乾いていた。

 

ロスヴァイセの表情が硬くなる。

 

「あなたは何をしているのです。この中継網は、北欧を守るものではありません」

 

「守るためだ」

 

エイリクは杖を床へ軽く突いた。

 

黒いルーンが足元に広がる。

 

「北欧の地脈を、外の者どもから守るための防壁だ」

 

「防壁ねぇ」

 

俺は周囲を見渡しながら言う。

 

「人の不安や怒りを燃料にしておいて、よく言う」

 

エイリクの視線が俺へ向く。

 

「観光客が口を挟むか」

 

「観光客にも、文句を言う権利くらいはあるだろ」

 

「……お前は、本当にただの観光客か?」

 

「さぁな」

 

エイリクは俺をしばらく見ていた。

 

探っている。

だが、断定はしていない。

 

ロスヴァイセが一歩前へ出る。

 

「エイリク、あなたは北欧の土地をよく知っていたはずです。地脈も、風も、地熱も、自然の流れも。だからこそ分かるはずです。これは土地の力ではありません」

 

「違う」

 

エイリクの声が少しだけ強くなる。

 

「これは土地の声だ。人間どもが抑え込み、大神が外へ売り渡そうとしている北欧そのものの怒りだ」

 

「違います。それは土地の怒りではない。あなたが人の感情を歪めているだけです!」

 

「歪める?」

 

エイリクは笑った。

 

「違う。眠っていたものを起こしているだけだ」

 

その言葉と同時に、地下制御点が起動した。

 

床のルーンが黒く光る。

壁の配管が脈打つ。

上の施設、灯台、海岸、地熱地帯。

それらから細い黒い流れが、地下へ吸い込まれてくるのが分かった。

 

『太郎、制御点が起動した! 半島中の残留反応を吸い上げてる!』

 

「面倒なスイッチ押しやがって」

 

「太郎、来る」

 

絶花の声に反応して、俺は前へ出た。

 

床から黒い地熱ルーンが伸びる。

それは槍の形を取り、ロスヴァイセと絶花の方へ走った。

 

「下がってください!」

 

ロスヴァイセが障壁を張る。

 

だが、槍は地面を這うように曲がった。

 

絶花の足元を狙っている。

 

「下がれる場所があるならな!」

 

俺は絶花の肩を掴み、強く引いた。

 

黒い槍が、さっきまで絶花の立っていた場所を貫く。

床の金属が歪み、黒い蒸気が噴き上がった。

 

絶花が俺の服を掴む。

 

「大丈夫か?」

 

「うん」

 

ロスヴァイセがこちらを見ていた。

 

「今の動き……」

 

「足場が悪かっただけだ」

 

「その言い訳はもう無理があります」

 

「なら聞かなかったことにしろ」

 

「できません」

 

エイリクが杖を掲げる。

 

「面白い。ヴァルキリーだけではなかったか」

 

黒い蒸気が、配管の隙間から噴き出した。

 

それは人の腕のように伸び、ロスヴァイセの障壁へ絡みつく。

彼女は淡青のルーンを展開し、蒸気を切り払う。

 

「ルーン障壁、展開!」

 

淡青の光と黒い蒸気がぶつかり合う。

 

地下空間が震える。

 

「エイリク、止まりなさい! このままでは、あなた自身もネガエモルギアに呑まれます!」

 

「構わん。私一人が呑まれようと、この土地が守られるなら安いものだ」

 

「土地を守ると言いながら、そこにいる人間はどうでもいいのですか!」

 

「人間は流れる。移り変わる。だが土地は残る」

 

エイリクの目に、黒い光が濃くなる。

 

「ならば、残るものを守るべきだ」

 

「拗らせすぎだな」

 

俺は吐き捨てるように言う。

 

エイリクが俺を見る。

 

「何?」

 

「土地を守るって言うなら、そこにいる人間も含めて守れよ。人を燃やして地面だけ残して、それで何が守れたって言うんだ」

 

「外の者が、北欧を語るな」

 

「外か内かでしか見られない時点で、もう目が曇ってるだろ」

 

エイリクの表情が歪んだ。

 

怒りだ。

 

黒い地熱ルーンが増える。

 

『太郎、挑発すんな! 反応が上がってる!』

 

「知らねぇよ。勝手に上がってるんだろ」

 

『お前が燃料足してんだよ!』

 

黒い槍が今度は複数伸びる。

 

ロスヴァイセが前に出て、障壁を重ねる。

 

「私が止めます! あなた達は下がってください!」

 

「下がれって言われて下がれる配置じゃねぇだろ」

 

「では、せめて絶花さんだけでも!」

 

「絶花、後ろの配管の影。あそこまで下がれ。ケーブル踏むなよ」

 

「分かった」

 

絶花は頷き、低い姿勢で移動する。

 

怖がっている。

それでも、動きは止まっていない。

 

ロスヴァイセはそれを確認し、エイリクへ向き直った。

 

「エイリク、あなたはオーディン様を裏切るつもりですか」

 

「裏切ったのは大神だ」

 

エイリクの声が重くなる。

 

「外の者を招き、三大勢力と笑い、宇宙から来た得体の知れぬ者達までこの星の秩序へ入れようとしている」

 

ロスヴァイセが少しだけ息を呑む。

 

「外と手を組む事が、必ずしも北欧を汚す事にはなりません」

 

「では、お前はどうだ。ヴァルキリーよ」

 

エイリクの目がロスヴァイセを射抜く。

 

「大神の犬として、外の者を守るのか?」

 

「私は……」

 

一瞬、ロスヴァイセの術式が揺れた。

 

淡青のルーンが歪む。

 

エイリクの言葉は、攻撃だった。

黒い蒸気よりも厄介な攻撃。

 

彼女の真面目さを狙っている。

 

忠誠心。

役目。

自分は何の為に戦っているのか。

 

そういう場所を、わざと突いている。

 

「犬だろうが何だろうが」

 

俺は口を開く。

 

「今あんたが守ろうとしてる奴は、生きてる人間だろ」

 

ロスヴァイセがこちらを見る。

 

「……」

 

「なら迷うな。肩書きより、目の前を見ろ」

 

少しの沈黙。

 

ロスヴァイセは息を吸った。

 

そして、淡青のルーンが再び形を取り戻す。

 

「……はい」

 

彼女は真っ直ぐにエイリクを見る。

 

「私は、今ここで被害を止めます。オーディン様の命令だからではなく、私がそうすべきだと思うからです」

 

「青い言葉だ」

 

エイリクが吐き捨てる。

 

「青くても、黒く濁っているよりはマシです」

 

ロスヴァイセのルーンが広がった。

 

黒い蒸気の腕が押し返される。

 

『太郎、ロスヴァイセの術式が戻った。だが制御点そのものはまだ止まってねえ』

 

「分かってる」

 

地下制御点の奥で、別の黒い光が脈打ち始める。

 

円形装置の中心。

地熱配管とルーンが集中している場所に、小さな黒い核が浮かんでいた。

 

それは心臓のように動いている。

 

どくん、どくん。

 

音が大きくなる。

 

エイリクが杖を掲げる。

 

「ならば見せよう。感情の炉が生む、新たな守護者を」

 

「守護者って面じゃねぇだろ、あれ」

 

黒い核が膨らむ。

 

周囲の感情を吸い上げ、形を作ろうとしている。

 

小型ではない。

さっきまでの蒸気の影より、ずっと濃い。

 

このまま放っておけば、中型のエモンズになる。

 

いや、地下制御点そのものを使っている分、もっと面倒なものになるかもしれない。

 

『太郎、もう観光客で通すのは無理だぞ』

 

レオルドの声が、低く響く。

 

「分かってる」

 

絶花が俺を見る。

 

「太郎……」

 

「ああ」

 

俺は黒い核を見据える。

 

ロスヴァイセもこちらを見ていた。

その目には、もう疑いだけではない。

 

何かを確かめるような視線だった。

 

俺は息を吐く。

 

ここまで来ると、誤魔化しにも限界がある。

 

限界というものは、越える直前まで限界ではない。

 

だが、今はその直前だ。

 

「そろそろ、観光は終わりだな」

 

黒い核が、一際大きく脈打った。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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