サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
レイキャネス半島での騒動が一段落した頃には、空の色まで少し変わって見えていた。
黒い溶岩原も、白い蒸気も、灰色の海も、さっきまでと同じ場所にあるはずなのに、俺の目には観光地というより事件現場の残り香を抱えた土地として映っていた。観光客として来たはずの場所で、地下制御点だのエイリク・グリムソンだのロキの痕跡だの、聞き慣れない単語ばかり増えていくのだから、旅の思い出としてはだいぶ癖が強い。
いや、癖が強いどころではない。もう観光ではなく仕事だった。
「……その前に、あなた方に謝らなければなりません」
北欧側の仮拠点へ向かう途中、ロスヴァイセはそう言って足を止めた。
風が彼女の銀髪を揺らしている。前章の戦闘で疲れていないわけがないのに、背筋はきちんと伸びていた。真面目な人間は、疲れている時ほど姿勢を崩さない。崩したら、自分の中の何かまで一緒に崩れると思っているからだろう。
「急に改まるな。何だよ」
俺がそう返すと、ロスヴァイセは俺ではなく、まず絶花の方を見た。
「本来、あなた方は観光客でした。それなのに、私は北欧側の問題に巻き込んでしまいました」
その声には、誤魔化しがなかった。
彼女は本気でそう思っているのだろう。自分が止めきれなかったから、自分が引き留めたから、自分が監視対象などと言って同行させたから、太郎と絶花は危険な場所まで来てしまった。そんなふうに、きっちり責任の形を作って抱え込んでいる。
面倒な奴だと思う。
ただし、その面倒さは嫌いではない。
「巻き込まれたっていうより、こっちが勝手に首を突っ込んだだけだろ」
「ですが、私が止めきれなかったのも事実です」
「止められたら止まるような奴に見えるか、俺が」
「見えません」
「なら答え出てるだろ」
ロスヴァイセはそこで少し黙ったが、納得した顔ではなかった。自分を責める人間というのは、他人に止められても責めるのをやめない。責める理由を変えるだけだ。
絶花が、ロスヴァイセを見上げた。
「怖かったけど、ロスヴァイセのせいじゃない」
短い言葉だった。
けれど、その言葉にロスヴァイセの表情がわずかに揺れた。
「絶花さん……」
「太郎も、自分で行った」
「お前は俺を巻き込むな」
「事実」
「便利に使うな、事実を」
絶花はいつものように淡々としているが、その目はロスヴァイセを責めていなかった。むしろ、彼女が自分を責めていることに少し戸惑っているようにも見えた。
ロスヴァイセは小さく息を吐いた。
「ありがとうございます。ですが、私があなた方を危険に近づけたことは変わりません」
「責任を全部背負う癖、疲れるぞ」
「それでも、責任を考えないわけにはいきません」
「なら、最後まで考えろ。途中で謝って終わりにするな」
俺の言葉に、ロスヴァイセは目を丸くした。
慰めるつもりはなかった。慰めるなら絶花の言葉だけで十分だ。俺が言えるのは、せいぜい責任を途中で放り出すなということくらいだった。
「……あなたは、変わった励まし方をしますね」
「励ましてねぇよ。面倒だから最後までやれって言ってるだけだ」
「それを励ましと言うのでは?」
「違う」
「太郎、照れてる?」
「照れてねぇ」
絶花が小さく首を傾げる。ロスヴァイセはほんの少しだけ笑い、それから表情を引き締めた。
「分かりました。では、私は最後まで責任を持って報告します。あなた方にも、必要な情報は共有します」
「そうしてくれ。中途半端に知らない方が危ないからな」
『その通りだ。ロキとネガエモルギアが繋がるなら、こっちも黙って見てるわけにはいかねえ』
通信越しにレオルドの声が入る。
今回ばかりは酒の話を挟まなかった。いや、挟んだら殴っていた。通信越しなので、実際に殴れるかは別として。
「レオルドも真面目だな」
『俺はいつも真面目だろうが』
「ブレンニヴィンで絶望してた奴の台詞じゃねぇな」
『今それを蒸し返すな。傷が開くだろ』
「酒の傷って何だよ」
ロスヴァイセがこちらを見る。
「また、例の翻訳アプリですか」
「今回は仕事中の翻訳アプリだ」
「仕事をする翻訳アプリ……もう何が正しいのか分かりません」
「考えるな。感じろ」
「余計に信用できません」
そんな会話をしながら、俺達はロスヴァイセの案内で北欧側の仮拠点へ向かった。
外から見た建物は、普通の施設だった。灰色の外壁に、最低限の窓。派手な神殿でもなければ、古代遺跡でもない。観光案内に載るような場所ではなく、むしろ地元の研究施設か管理棟と言われた方が納得できる外見だった。
ただ、入口に近づくにつれて、空気が変わった。
扉の縁には細いルーンが刻まれている。壁に埋め込まれた機械のパネルの横にも、同じような文字が淡く光っていた。現代設備と神話の結界が同じ場所に並んでいるのは、見慣れない人間からすると少し気持ち悪い。電気と魔術を同じ延長コードに刺しているような雑さがある。
「外から見ると普通の施設だな」
「外見は偽装されています。内部には北欧式の結界がありますので、勝手に触れないでください」
「俺を子供扱いするな」
「中学生なのでしょう?」
「そこを律儀に拾うな」
絶花が扉のルーンをじっと見ている。
「神様に会うの、少し緊張する」
「緊張するだけ健全だ。俺はもう面倒の予感しかしてない」
「あなたは神に会う前から態度が悪すぎます」
「神様相手に態度を作ったところで、どうせ見抜かれるだろ」
「開き直らないでください」
ロスヴァイセはそう言いながらも、前より少しだけこちらを見る目が柔らかかった。疑いは消えていない。むしろ濃くなっている。だが、そこに敵を見る目はもうなかった。
問題児を見る目になっている。
それはそれで、困る。
建物の中へ入ると、応接室へ通された。室内は落ち着いた雰囲気だったが、壁の装飾には北欧らしい紋様が刻まれている。木目のテーブル、現代的な椅子、天井に走る控えめな照明、その全てを包むように薄い結界の気配があった。
そして、その部屋の奥に老人がいた。
片目を閉じたような、飄々とした顔の老人。
だが、その存在感はただの老人ではない。
軽い。
軽いのに、底が見えない。
そういう厄介な空気をまとっている。
「ほう。お前が、ロスヴァイセが連れてきた妙な少年か」
老人は俺を見るなり、そんなことを言った。
「妙な少年扱いかよ」
「否定しきれないのが問題です」
ロスヴァイセが真面目に言う。
「ロスヴァイセ、お前もなかなか言うようになったのう」
老人は愉快そうに笑う。
絶花が少し身を固くしながら、小さく呟いた。
「神様……思ったより、軽い」
「絶花さん!」
ロスヴァイセが慌てる。
しかし、老人は笑った。
「ほっほっほ。正直な娘じゃな。わしは嫌いではないぞ」
「偉い神様って、もっと厳かに出てくるもんじゃないのか」
「厳かに出るのは疲れる。年寄りには省エネが大事じゃ」
「神様でも省エネするのか」
「長く生きるほど、無駄を削るものよ」
その軽さに、絶花は少しだけ目を瞬かせた。ロスヴァイセは胃が痛そうな顔をしている。俺は老人を見たまま、内心で少し警戒を強めた。
軽い奴ほど厄介だ。
重い奴は重い分だけ分かりやすいが、軽い奴はどこに本音を置いているか分からない。この老人は、冗談を言いながらこちらを見ている。その目は、俺がどこまでただの少年ではないかを測っていた。
「ふむ。妙な少年じゃな。観光客にしては、随分と目が慣れておる」
「旅慣れてるだけだ」
「そういうことにしておこう」
追及はしない。
けれど、見逃したわけでもない。
俺はその一言で、この老人がやはり面倒な相手だと判断した。
ロスヴァイセは姿勢を正し、封印袋と記録媒体をテーブルに置いた。
「オーディン様。レイキャネス半島で発生したネガエモルギア中継網事件について、ご報告します」
そこからのロスヴァイセは、護衛ではなく報告者の顔になった。
エイリク・グリムソンの名。
地熱、海岸、灯台、旧観測施設を結ぶ中継網。
ネガエモルギアによる感情収集。
地下制御点の暴走。
そして、撤退術式に残っていた幻惑、偽装、契約の歪み。
ロスヴァイセが話す間、オーディンは軽く頷いていた。
だが、ロキの名が出た瞬間、空気が変わった。
ほんの一瞬だった。
けれど、その一瞬で部屋の温度が下がったように感じた。さっきまでの軽い老人の顔が薄れ、北欧の大神としての顔が奥から覗いた。
「……ロキの癖、か」
ロスヴァイセは唇を引き結ぶ。
「まだ確証はありません。ですが、幻惑、偽装、契約の歪み方が……あまりにも」
「面倒な名前らしいな」
俺が言うと、オーディンは笑った。
笑ったが、その笑いはさっきのものとは違う。
「面倒どころでは済まんかもしれん」
「北欧の神様同士の家庭問題か?」
「家族という言葉で済ませるには、あやつは少々手癖が悪い」
「嫌な言い方だな」
「事実じゃ」
オーディンは記録媒体へ目を向けた。
「エイリクが自分でここまで組んだとは思えん。あやつは土地を扱う術には長けておったが、ネガエモルギアとやらの扱いは畑違いじゃろう」
『そこはこっちの見立てとも一致するな』
レオルドの声が通信から聞こえた。
俺は少しだけ横を向く。
「翻訳アプリも同意してる」
「また翻訳アプリですか」
ロスヴァイセが小さく言う。
オーディンは俺の耳元の通信に気づいているような顔をしたが、何も言わなかった。気づいていて言わないのが一番面倒だ。
ロスヴァイセは一度、俺と絶花を見た。
「ですが、太郎さんと絶花さんをこれ以上巻き込むわけには――」
「もう巻き込まれた後だろ。中途半端に抜ける方が危ない」
「ですが」
「俺達が知らないところで勝手に進む方が面倒だ。少なくとも、ネガエモルギアが絡むなら放っておけない」
「あなたは、やはり何かを知っていますね」
「さぁな」
「その返答は聞き飽きました」
「なら別のを考える。気が向いたら」
絶花が隣で小さく言った。
「太郎は、そういう時は行く」
「勝手に決めるな」
「行く」
「言い切るな」
ロスヴァイセは、困ったような顔で俺達を見た。罪悪感がまだ残っている。だが、それだけではない。頼っていいのか、頼るべきではないのか、その境目で迷っている顔だった。
「……すみません」
「謝るのは最後にしろ。まだ終わってねぇ」
ロスヴァイセは少しだけ目を伏せ、それから小さく頷いた。
オーディンが、俺をじっと見た。
「面白い少年じゃ。英雄ではない顔をして、英雄のようなことを言う」
「勝手に分類するな」
「ほっほっほ。分類されるのが嫌いか」
「分類すると、安心した奴が勝手に役割を押しつけてくるからな」
「なるほど。よく分かっておる」
「嫌な褒め方だな」
オーディンはまた笑った。
だが、その目は笑いきっていない。
「では、少年。お前さん、もう少しこの件を見ていく気はないか」
「俺は観光客なんだが」
「もう誰も信じていません」
ロスヴァイセが即答する。
「お前、前より遠慮なくなってないか」
「あなたが前より怪しくなったからです」
「俺のせいかよ」
「はい」
絶花も頷いた。
「はいじゃねぇよ」
そんなやり取りをしているうちに、話は決まったようなものだった。
ロスヴァイセはオーディンに報告を続け、俺達はこの件から完全には離れられない。ネガエモルギア、エイリク、ロキの痕跡。そこに宇宙警察側の事情も混ざっている以上、俺が知らないふりを続けるには限界があった。
応接室を出た後、ロスヴァイセは俺達に向き直った。
「改めてお願いします。太郎さん、絶花さん。もう少しだけ、私に協力していただけますか」
その言い方は、監視対象へ向けるものではなかった。
協力者へ向けるものだった。
ただ、罪悪感はまだ消えていない。
だから俺は、軽く返した。
「もう少しだけ、な」
「その言い方は、長引く時の言い方です」
「経験則か?」
「はい」
「嫌な経験則だな」
絶花が俺の袖を軽く引いた。
「太郎」
「何だ」
「神様、軽かった」
「まだ言うか」
「でも、怖かった」
俺は少しだけ絶花を見る。
「分かるなら十分だ」
仮拠点の外へ出ると、風が少し冷たかった。
灰色の空の下で、施設の周囲には静けさが広がっている。さっきまでの応接室の空気が嘘のように、外は普通の北欧の風景だった。
その時、視線を感じた。
俺は立ち止まり、遠くを見る。
建物の影、さらにその向こう。
一瞬だけ、剣士のような影が見えた気がした。
「……今、誰か見てたな」
ロスヴァイセがすぐに周囲を警戒する。
「敵ですか?」
「分からん。けど、観光客ではなさそうだ」
「あなたがそれを言いますか」
「俺は一応、観光客だった」
「過去形になっていますよ」
絶花が影のあった方を見る。
「剣、持ってた?」
「見えたのか?」
「少しだけ」
すでに影は消えていた。
俺はその場所を見たまま、息を吐く。
ロキ、オーディン、ネガエモルギア、そして今度は剣士の影。
旅は終わるどころか、さらに別の面倒を連れてきたらしい。
「大神への報告で終わると思ったんだがな」
ロスヴァイセが隣で静かに言う。
「残念ながら、始まりのようです」
「だろうな」
俺は灰色の空を見上げた。
観光客の地位は、どうやら本格的に失われつつあった。
次回の王は
-
妖怪王
-
機械王
-
怪獣王
-
幻想王