サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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北欧調査 Case3

# 第3話 英雄派の剣士

 

仮拠点の外へ出た後も、灰色の空は変わらず低く垂れ込めていた。

 

冷たい風が建物の壁を撫で、結界の境界線に触れるたび、薄い光が波紋のように揺れる。外から見れば何の変哲もない施設だが、その周囲に張られた北欧式の結界は、見えない縄張りのように空気を区切っていた。

 

俺はその境目の向こうへ視線を向ける。

 

第1話の終わりにも、第2話の終わりにも、同じ気配があった。見られている。しかも、隠れる気はあるのに、完全に消す気はない。こちらが気づくかどうかを試すような視線だった。

 

「不用意に外へ出るべきではありません。相手の目的が分からない以上、まずは拠点内で確認を」

 

ロスヴァイセがそう言って俺の前へ出ようとする。護衛役としては正しい判断なのだろうが、俺としては見られたまま背中を向ける方が気持ち悪かった。

 

「見られてるのに背中向ける方が嫌だろ」

 

「あなたは本当に、危険へ歩いていく癖がありますね」

 

「観光客の好奇心だ」

 

「もう誰も信じていません」

 

即答された。

 

ここ数日で、俺の観光客という肩書きは随分と軽くなった。軽くなったというより、もうほとんど紙切れみたいな扱いだ。まあ、地下制御点に入ってエモンズ核と向き合った時点で、観光客としての信用は溶岩原にでも落としてきたのだろう。

 

絶花は俺の少し後ろに立ち、結界の外をじっと見ていた。

 

「また、面倒な方に行く」

 

「面倒がこっちを見てるんだ。目を逸らしても消えねぇよ」

 

「太郎らしい」

 

「褒めてるのか?」

 

「たぶん、違う」

 

「お前は相変わらず味方か怪しいな」

 

そんなやり取りをしながら、俺達は仮拠点の外周部へ向かった。ロスヴァイセは渋い顔をしつつも同行する。罪悪感があるからこそ、俺達だけで外へ出すわけにはいかないのだろう。

 

結界の境界線に近づくと、風の音が少し変わった。

 

その先に、一人の男が立っていた。

 

背は高く、剣士らしい立ち姿をしている。無駄な力は入っていないが、隙がない。腰には剣を帯びているものの、鞘から抜く気配はなかった。ただ、こちらを待っていたように、落ち着いた目で俺を見ている。

 

金属の冷たさに似た空気をまとった男だった。

 

ロスヴァイセが一歩前へ出る。

 

「あなたは何者ですか。ここは北欧側の管理区域です」

 

男はロスヴァイセではなく、俺を見たまま、鞘に収めた剣を軽く持ち上げた。剣先ではなく鞘の先をこちらへ向け、地面を一度だけ打つ。それは攻撃ではない。だが、ただの挨拶でもなかった。

 

決闘を申し込む時のような所作。

 

俺はその動きを見て、肩を竦める。

 

「いきなり物騒な挨拶だな」

 

「抜いてはいない」

 

「抜かなきゃ礼儀正しいってわけでもねぇだろ」

 

男はわずかに口元を動かした。

 

「お前が、レイキャネスで動いていた者か」

 

「見物人にしては距離が近いな」

 

「英雄派のジーク。そう名乗れば、少しは分かるか」

 

その名に、ロスヴァイセの表情が変わった。

 

「英雄派……なぜ、ここに」

 

「ロキの影を追っているのは、北欧だけではない」

 

ジークは静かに答えた。

 

英雄派。第2話でオーディンが言っていた、英雄を気取る者たちという言葉が頭に浮かぶ。名称だけ聞けば立派だが、立派な名前ほど中身が面倒なことは多い。

 

「面倒そうな肩書きだってことは分かる」

 

「その反応は予想外ではない」

 

「で、その英雄派の剣士が俺に何の用だ」

 

ジークは鞘に収めた剣を下ろすと、今度はまっすぐ俺を見た。

 

「宇宙刑事。そして、ギャバン・キング。その名に関わる者を見に来た」

 

空気が一瞬止まった。

 

ロスヴァイセの視線が、即座に俺へ向く。絶花も小さく息を呑んだが、こちらは驚きよりも、余計なことを言われたという顔だった。

 

俺は眉を寄せる。

 

「人違いじゃねぇの」

 

「英雄派の情報網を甘く見るな」

 

「甘く見てるんじゃなくて、見たくないだけだ」

 

「それは否定ではないな」

 

「揚げ足取りが上手い剣士だな」

 

ジークは俺の誤魔化しを追い詰めるつもりはないらしい。少なくとも、ロスヴァイセの前で正体を暴くために来たわけではなさそうだった。むしろ、わざと断定を避けているようにも見える。

 

ロスヴァイセは警戒を解かないまま、ジークへ問いかける。

 

「あなたは、ギャバン・キングについて何を知っているのですか」

 

「名と、戦場の記録。その程度だ」

 

「その程度で、太郎さんに接触したのですか」

 

「人間でありながら宇宙の法を背負って戦う者。その名に関わる少年が、ロキの影の近くにいる。見に来る理由としては十分だ」

 

「勝手に珍獣観察みたいなことをするな」

 

俺が言うと、ジークは少しだけ目を細めた。

 

「珍獣ではない。英雄の種を見るつもりで来た」

 

「もっと嫌だな」

 

絶花が横から小さく呟く。

 

「太郎、また変なのに見つかった」

 

「お前のその言い方も大概だぞ」

 

「事実」

 

「最近その単語で何でも片づけるな」

 

ロスヴァイセはまだ状況を飲み込めていない顔をしていたが、それでも護衛として俺と絶花の位置を確認している。ジークが剣を抜いていないとはいえ、敵意がないと断定できるほど甘い状況ではない。

 

ジークは、改めて鞘の先を俺へ向けた。

 

「お前に問う」

 

「嫌な始まり方だな」

 

「お前は、英雄になりたいのか」

 

その質問は、思ったよりまっすぐだった。

 

もっと探るような言い方をするかと思ったが、ジークは回り道をしない。剣士らしいと言えば聞こえはいいが、こっちからすればいきなり妙な看板を持たされた気分だ。

 

「なりたくてなるもんじゃないだろ」

 

ジークの目が細くなる。

 

「では、なぜ戦う」

 

「戦いたくて戦ってる訳じゃねぇよ」

 

「なら、なぜ動く」

 

「困ってる奴がいるなら助ける。それだけだ」

 

俺がそう答えると、ジークはすぐには返さなかった。

 

軽く見ているわけではない。むしろ、聞いた言葉をどう扱うか考えているような間だった。

 

「それで英雄になれると思っているのか」

 

「だから、英雄になりたいわけじゃないって言ってるだろ」

 

「奇妙だな。力を持ち、戦場に立ち、人を救う。だが英雄を望まない」

 

「望んだ瞬間、面倒な看板になるからな。看板を掲げれば、誰かが勝手に役割を貼りつけてくる」

 

ジークはその言葉を聞いて、初めて少し興味を深めたような顔をした。

 

ロスヴァイセは俺を見ている。そこには疑問もあったが、納得に近い色もあった。俺が肩書きを嫌う理由を、少しだけ理解したのかもしれない。

 

絶花は俺の隣で頷く。

 

「太郎は、そういうの嫌い」

 

「解説担当みたいに言うな」

 

「合ってる」

 

「否定できないのが腹立つな」

 

ジークは剣を収めたまま、俺達のやり取りを見ていた。

 

「英雄派では、英雄とは人の理想を背負い、強大な敵を討つ者だと考える者が多い。悪魔、堕天使、ドラゴン、神話の怪物。それらを倒すことで人間を守る」

 

「大きい理屈だな」

 

「お前はそう思わないのか」

 

「悪魔だろうが堕天使だろうがドラゴンだろうが、目の前で誰かを傷つけるなら止める。けど、種族や肩書きだけで全部まとめて殴る気はない」

 

「甘いな」

 

「かもな」

 

「否定しないのか」

 

「甘さで助かる奴がいるなら、それはそれでいいだろ。逆に、大きな理想のために目の前の奴を見落とすなら、本末転倒だ」

 

ジークの視線が、俺から外れない。

 

その目は敵意ではない。だが、肯定でもない。俺という存在を、自分の中にある英雄の形へ当てはめようとして、うまくはまらずに眺めている。そういう目だった。

 

「お前は、英雄の名を避けながら英雄の行動をする」

 

「勝手にまとめるな」

 

「ならば、どう呼べばいい」

 

「太郎でいいだろ」

 

絶花が小さく頷く。

 

「太郎は太郎」

 

「お前はたまに一番雑で正しいことを言うな」

 

ジークは少しだけ笑った。

 

笑ったと言っても、穏やかなものではない。剣の刃が光を返すような、硬い笑みだった。

 

「なるほど。だから見てみたい」

 

「何をだよ」

 

「お前がどのような英雄になるのか」

 

「だから、勝手に将来の職業を決めるな」

 

「英雄とは職業ではない」

 

「なら、もっと面倒だな」

 

ジークは鞘に収めた剣を下げ、空いている手で懐から小さな金属片を取り出した。

 

それは掌に収まるほどの大きさで、表面には剣の紋章が刻まれている。金属片の縁には小さな魔術刻印のようなものがあり、北欧式ルーンとは少し違う光を帯びていた。

 

ジークはそれを俺へ投げる。

 

俺は片手で受け取った。

 

「ロキの影を追うなら、これを見ろ」

 

ロスヴァイセが即座に反応する。

 

「なぜ、あなたがそれを持っているのです」

 

「英雄派にも、英雄派の目がある」

 

「あなた方は北欧側と協力関係にあるわけではありません」

 

「その通りだ。だから、これは協力ではない」

 

俺は金属片を指で挟み、表面の紋章を見る。

 

「親切心か?」

 

「見極めだ」

 

「俺をか」

 

「お前が、情報をどう使うかを見る。ロキはエイリク以外にも協力者を探している。レイキャネスで集められたデータは別地点へ送られ、大神の移動予定だけでなく、三大勢力との接触予定にも干渉がある」

 

ロスヴァイセの顔が険しくなる。

 

「三大勢力との接触予定まで……」

 

「断片だ。全てではない」

 

「つまり、お前は全部を持っているわけじゃないか、持っていても出す気がないか」

 

「両方だ」

 

「正直で腹立つな」

 

ジークは否定しなかった。

 

英雄派の剣士は、こちらに都合よく助けてくれる味方ではない。ロキを追っている理由も、北欧を助けたいからとは限らない。むしろ、自分達の理念や目的のために動いているのだろう。

 

それでも、渡された情報は無視できない。

 

俺は金属片をロスヴァイセへ見せる。

 

「読めるか」

 

「確認します。ただし、罠の可能性もあります」

 

「だろうな」

 

「疑うのか」

 

ジークが言う。

 

「疑われないと思って渡したなら、英雄派の情報網よりお前の危機感を疑うぞ」

 

「よい答えだ」

 

「褒めるな。気持ち悪い」

 

ジークは俺を見たまま、少しだけ距離を取った。

 

もう用件は済んだという動きだった。

 

「お前がどのような英雄になるのか、見てみたい」

 

「勝手に見てろ。俺は俺の都合で動く」

 

「それでいい。望まぬ者が英雄へ至る姿もまた、見る価値がある」

 

「こいつ、話聞かねぇな」

 

絶花が小さく頷く。

 

「太郎と似てる?」

 

「どこがだ」

 

「話を聞かないところ」

 

「お前は本当に味方か?」

 

ジークはそのやり取りに薄く笑い、背を向けた。

 

ロスヴァイセが一歩踏み出す。

 

「待ちなさい。まだ聞きたいことが」

 

「次に会う時、答える価値があると判断すれば答えよう」

 

「あなた達英雄派は、この件にどこまで関わっているのですか」

 

「ロキを追っている。それ以上は、今は言わん」

 

ジークはそう残し、結界の外へ歩いていく。追おうと思えば追えたかもしれないが、相手は明らかに追わせる距離を保っている。無理に追えば、こちらの情報だけ抜かれるだろう。

 

やがて、ジークの姿は建物の影へ消えた。

 

風だけが残る。

 

ロスヴァイセはしばらくその方向を見ていたが、すぐに俺へ向き直った。表情は真面目で、逃がす気はないという顔だった。

 

「太郎さん」

 

「何だよ」

 

「宇宙刑事、ギャバン・キング……説明していただけますか」

 

来たか、と思う。

 

当然だ。ジークが余計な単語を置いていった以上、ロスヴァイセが黙っているはずがない。

 

「後でな」

 

「その後では、いつ来るのですか」

 

「近いうちに」

 

「それは信用できません」

 

絶花が俺の横で、静かに言う。

 

「たぶん、来ない」

 

「お前は味方じゃないのか」

 

「事実」

 

「事実を盾にするな」

 

ロスヴァイセは溜息をついたが、金属片の方へ視線を落とした。今は俺を問い詰めるより、ジークが渡した情報を確認する方が先だと判断したのだろう。

 

「解析室へ戻ります。罠があるか確認した上で、中身を開きます」

 

「頼む。俺が適当に触って爆発しても困る」

 

「本当に触らないでくださいね」

 

「子供扱いするな」

 

「あなたの場合、子供扱いではなく危険物扱いです」

 

「ひでぇな」

 

絶花が頷いた。

 

「合ってる」

 

「お前まで乗るな」

 

俺達は仮拠点の中へ戻った。

 

解析室へ入ると、ロスヴァイセが金属片を投影盤の中央へ置き、淡青のルーンを重ねる。剣の紋章が一度だけ光り、細い文字列が空中に浮かび上がった。

 

そこには、複数の断片情報が並んでいた。

 

エイリク以外の協力者候補。

レイキャネスで集められたデータの転送痕跡。

オーディンの移動予定と、三大勢力との接触予定に対する干渉。

そして、次の調査地点を示すような、不完全な座標。

 

ロスヴァイセは投影を見つめ、声を低くした。

 

「……これは、無視できません」

 

『こっちでも拾った。断片だが、ロキの痕跡と繋がる情報がある。ジークって奴、全部は出してねえが、嘘だけを渡したわけじゃなさそうだ』

 

レオルドの声が耳元で響く。

 

「面倒な情報提供者だな」

 

『お前と似たタイプだ』

 

「どこがだよ」

 

絶花が俺を見た。

 

「話を聞かないところ」

 

「そこを二回も言うな」

 

ロスヴァイセは、投影された不完全な座標を指でなぞった。

 

「この地点を調べる必要があります。ロキの影を追うなら、次はここです」

 

俺は浮かび上がった文字列を見た。

 

ジークは俺を見極めると言った。

英雄になるかどうかを見たいとも言った。

 

勝手な話だ。

 

俺は英雄になりたいわけではないし、英雄派の理屈に乗る気もない。

 

それでも、渡された情報の先に被害があるなら、無視できない。

 

「結局、次も面倒ごとか」

 

「そうなります」

 

ロスヴァイセは申し訳なさそうに言ったが、もう謝りはしなかった。

 

それでいい。

 

謝るのは最後でいい。

まだ、何も終わっていない。

 

俺は投影された座標を見ながら、軽く息を吐く。

 

「じゃあ、行くしかねぇな」

 

その言葉に、絶花は小さく頷き、ロスヴァイセは迷いながらも表情を引き締めた。

 

英雄派の剣士が残した金属片は、まだ淡く光っている。

 

ロキの影と、英雄の影。

 

その二つが重なった先に、次の面倒が待っているのは間違いなかった。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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