サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
# 第5話 ロスヴァイセの迷い
ジークとの決闘を終えた後、俺達は北欧側の仮拠点へと戻っていた。
外ではまだ冷たい風が吹いていたが、解析室の中にはそれとは違う重さがある。
それは、決闘の余韻というより、ジークが残していった情報そのものが持つ重さだった。
ロスヴァイセは、前回ジークから渡された金属片を解析台の上に置き、淡青のルーンを重ねていく。
剣の紋章が刻まれた金属片は、彼女の術式に反応するように薄く光り、空中にいくつもの文字列と図形を浮かび上がらせた。
「ジークが渡した情報を解析します。罠の可能性もありますので、慎重に扱います」
「決闘で勝ったのに、渡された情報まで疑わなきゃならないのか」
『むしろ疑え。英雄派の情報なんざ、親切半分、試験半分だろ』
通信越しにレオルドの声が聞こえる。
「試験、多い」
絶花が小さく呟く。
「俺は受験生じゃねぇんだがな」
「太郎は、毎回試されてる」
「嬉しくない事実だな」
そう言いながらも、俺は投影された情報へ視線を向けた。
浮かび上がったのは、前回よりも細かい断片だった。
レイキャネス半島で集められたネガエモルギアのデータ転送痕跡、エイリク・グリムソン以外の協力者候補らしき名前、オーディンの移動予定に重なる不自然な干渉、そして三大勢力との接触予定にまで伸びている細い黒い線。
どれも、一つだけなら偶然と言えるかもしれない。
だが、これだけ揃えば話は変わる。
「……出ました。ロキ様の痕跡と重なります」
ロスヴァイセの声が低くなる。
「狙いは?」
「最有力は、オーディン様ご本人です」
その一言で、解析室の空気がさらに重くなった。
ロスヴァイセの指先が、投影された黒い線をなぞる。
黒い線はオーディンの移動予定へ絡むように伸び、その周囲へさらに枝分かれしていた。
『ただし、それだけじゃねえ。接触予定のある三大勢力側の人間、英雄派内部の協力者候補も線として残ってる。ロキって奴が予定変更まで計算に入れてるなら、動いても止まっても罠になりかねねぇ』
「狙いが多すぎる。嫌な奴だな」
「ロキ様は、そういう方です」
ロスヴァイセはそう言い、唇を引き結んだ。
彼女にとってロキは、ただの敵という言葉で済ませられる相手ではないのだろう。北欧神話勢力の内側にいる存在で、オーディンと深く関わり、なおかつこうして事件の影に現れる。厄介という言葉だけでは足りない相手だった。
俺は投影を見ながら、ジークの言葉を思い出す。
エイリクは実験台。
次に狙われるのは、オーディンの移動先そのものではなく、そこで接触する者かもしれない。
だが、今回の解析では、その最有力がオーディン本人に寄っている。
つまり、どちらも切れない。
「本人を狙いつつ、周りも巻き込む。しかも、予定を変えたら変えたで、それも読んでるかもしれない。性格が悪いな」
『褒め言葉じゃねえのに、本人が聞いたら喜びそうだな』
「余計に腹立つ」
ロスヴァイセは何かを考えるように黙っていたが、やがて俺の方へ向き直った。
その顔は、解析結果を見ている時よりも真剣だった。
「太郎さん。もう一度、聞かせてください。あなたは何者なのですか」
「観光客って言ったら怒るか?」
「怒ります」
「即答かよ」
「当然です」
ロスヴァイセは逃がさないという顔をしている。
まあ、当然だろう。
前回の決闘で、俺はギャバリオンブレードを使った。ジークは宇宙刑事やギャバン・キングの名を出した。俺は赤座剣法雷神剣まで使った。ここまで来て、観光客で通すには無理がある。
ロスヴァイセは、少しだけ声を落とした。
「宇宙刑事、ギャバン・キング、ギャバリオンブレード。私は、あなたを知らないまま頼ることはできません」
その言葉には、疑いだけではなく迷いがある。
巻き込みたくない。
けれど頼らなければならない。
信じたい。
けれど知らないまま信じるのは危険だ。
そういうものが混ざった目だった。
俺は頭を掻く。
「全部は話せねぇ」
「それでも、話せる範囲で構いません」
「……俺は宇宙警察側に関わってる。必要があれば、宇宙刑事として動く。それで今は勘弁しろ」
言いながら、思ったよりあっさり口にした自分に少しだけ呆れた。
隠すなら最後まで隠すべきだ。
ただ、この状況で何も言わずに協力だけしろと言うのは、さすがに無理がある。
ロスヴァイセは小さく息を吸った。
「宇宙刑事……では、あなたは本当に宇宙警察の」
「細かい所属とか階級とかは聞くな。面倒だ」
「そこを誤魔化されると困るのですが」
「困っても飲み込め。こっちにも事情がある」
「ギャバン・キングとは?」
「後でな」
ロスヴァイセの眉が寄る。
「またですか」
「そこはまだ後だ」
「その後では、いつ来るのですか」
「必要になったら」
「あなたの必要は、かなり信用しにくいです」
「だろうな」
俺が認めると、ロスヴァイセは少し困った顔をした。
怒っているというより、どう扱うべきか迷っている顔だ。
彼女にとって、俺は正体不明で、危険な力を持ち、しかし今のところ人を助ける側に立っている。扱いにくいことこの上ない存在だろう。
「それでも、あなたが敵ではないことは分かっています」
ロスヴァイセはそう言った。
「前回の決闘で、あなたは殺し合いを避ける条件を出しました。ジークを倒せるだけの力がありながら、刃を止めた。それは、私にとって無視できない事実です」
「刃を止めなきゃ、情報提供者が消えるだろ」
「そういう言い方をするから、あなたは分かりにくいのです」
「分かりやすい男を目指してないからな」
「そこは目指してください」
絶花が隣で小さく頷いた。
「太郎、分かりにくい」
「お前まで乗るな」
そんなやり取りで少しだけ空気が緩む。
だが、ロスヴァイセの迷いが消えたわけではなかった。
彼女は俺を見て、もう一度言葉を選ぶように黙る。けれど、その場ではそれ以上追及しなかった。
解析が一段落した後、俺は少しだけ廊下へ出た。
仮拠点の廊下は静かだった。
壁には北欧式の紋様が刻まれ、その合間に現代的な照明が並んでいる。神話と機械が無理なく同居しているように見えるが、こういう場所にいると、自分がどの世界の人間なのか分からなくなってくる。
しばらく歩いていると、後ろから小さな足音がついてきた。
振り返らなくても、絶花だと分かる。
「太郎」
「何だ」
「この前の剣、少し怖かった」
その言葉に、俺は足を止めた。
前回も聞いた言葉だった。
強かった。
でも、少し怖かった。
今度は逃げられない声だった。
「……そうか」
「でも、嫌じゃない」
「どっちだよ」
「怖かったけど、太郎だった」
「分かりにくい評価だな」
絶花は俺の横に並び、壁のルーンを見上げる。
「ジークと戦ってる時、いつもの太郎じゃなかった」
「戦ってる時まで普段通りだったら、それはそれで問題だろ」
「そうだけど、知らない太郎だった」
その言葉は、思ったより刺さった。
俺には、絶花に見せていないものが多い。
宇宙警察に関わること、宇宙刑事としての戦い、ギャバン・キングとしての姿、そして今回使った剣術もそうだ。
隠しているつもりがなくても、結果として知らない部分が積み重なっている。
「赤座剣法って、何?」
絶花は、そこで少しだけこちらを見た。
「そこに興味持つのか」
「太郎の元になった剣なら、知りたい」
俺は少し困った。
怖かったと言われた後に、知りたいと言われるとは思わなかった。
普通なら避けるだろう。怖いなら距離を取る。見なかったことにする。けれど絶花は、怖かったものをそのまま見ようとしている。
そういうところは、静かなくせに妙に強い。
「昔、宇宙警察の鍛錬で会った変な師匠に叩き込まれた剣だ。古い型のくせに、戦場で生き残るための剣だった」
「その人、強い?」
「強いし、説教が長い」
「太郎の師匠っぽい」
「どこがだよ」
「太郎も、たまに長い」
「俺は必要なことしか言ってねぇ」
「そう思ってるのは太郎だけ」
言い返そうとして、やめた。
絶花は俺を責めているわけではない。
むしろ、俺の知らない部分に手を伸ばしている。怖かったと認めた上で、それでも知ろうとしている。
だから俺も、少しだけ話した。
「その師匠はな、型を覚えろって言いながら、型に殺されるなって言う奴だった。剣は人を斬るためだけのものじゃない。自分と、後ろにいる奴を生き残らせるための線だって、散々叩き込まれた」
「後ろにいる奴」
「守る相手だな」
絶花は俺の横で、小さく頷いた。
「なら、怖いけど、嫌じゃない」
「また分かりにくいな」
「でも、分かった」
「何がだよ」
「太郎の剣は、置いていくためじゃなくて、連れて帰るため」
俺は黙った。
絶花は時々、こっちが余計な説明を重ねるより、ずっと核心に近いことを言う。
「……まあ、そういうことにしとくか」
「うん」
その会話を終えて解析室へ戻ると、オーディンが来ていた。
相変わらず軽い老人の顔をしているが、投影されたロキの痕跡を見ている目は笑っていない。
ロスヴァイセは解析結果をまとめ、オーディンへ報告していた。
「オーディン様。最有力は、あなたご本人を狙っている可能性です。加えて、移動先で接触する三大勢力側の人物、英雄派内部の協力者候補も利用される恐れがあります」
「ふむ」
オーディンは頷く。
「なら、予定は変えん」
ロスヴァイセの顔色が変わった。
「オーディン様、危険です。ロキ様があなたを狙っている可能性が高いのです」
「変えた予定すら、ロキの誘導かもしれん。あやつ相手には、動いても止まっても罠になる」
「ですが」
「ロキは、わしが慌てて道を変えることも好む。道を変えた先に罠を張ることもあれば、変えさせること自体を目的にすることもある。ならば、こちらは予定通り動き、どこで糸を引くかを見極める」
「狙われてる本人が一番落ち着いてるの、どうかと思うぞ」
俺が言うと、オーディンは笑った。
「慌てたところで、ロキが喜ぶだけじゃ」
「それはさっきも聞いたな」
「大事なことは何度も言うものじゃ」
「説教が長い師匠みたいなことを言うな」
「ほう、少年にも師がおるか」
「いた。面倒な奴が」
「よい師だったようじゃな」
「何で分かる」
「弟子が面倒そうに言う師は、大体よい師じゃ」
「雑な理屈だな」
オーディンはまた笑ったが、その笑いの奥には、予定を変えないという固い判断があった。
ロスヴァイセはしばらく俯いていた。
彼女としては、オーディンを危険に晒す判断を受け入れるのは苦しいのだろう。護衛としては止めたい。だが、ロキ相手に予定を変えること自体が罠になると言われれば、反論もしきれない。
やがて、ロスヴァイセは俺の方を見た。
迷いを残したまま、それでも逃げない目だった。
「……太郎さん」
「何だ」
「私は、あなた方を巻き込みたくありません。ですが、今はあなたの力が必要です」
その言葉には、前のような謝罪だけではないものがあった。
頼ることへの怖さ。
巻き込むことへの罪悪感。
それでも、目の前の危機を止めるために必要だと判断した覚悟。
ロスヴァイセは、深く頭を下げた。
「どうか、協力してください」
俺は少しだけ間を置いてから、肩を竦めた。
「やっと頼み方がまともになったな」
「茶化さないでください」
「茶化してねぇよ。分かった、協力する」
ロスヴァイセが顔を上げる。
「本当に、よろしいのですか」
「ここで断ったら、今まで何のために面倒に付き合ってきたのか分からねぇだろ」
「あなたは、そういう言い方ばかりしますね」
「素直に言うと調子が狂う」
絶花が俺の隣に立つ。
「私も行く」
ロスヴァイセは驚いたように彼女を見る。
「絶花さん……」
「知らない方が怖いから」
第2話でも言っていた言葉だった。
だが今は、その意味が少し違う。
絶花は、太郎の知らない部分を怖がった。
それでも知ろうとした。
だから、ロキの影についても同じように、知らないまま離れる方が嫌なのだろう。
俺は小さく息を吐いた。
「止めても無駄だぞ。こいつ、静かに頑固だからな」
「太郎ほどじゃない」
「そこで俺を基準にするな」
ロスヴァイセは二人を見て、少しだけ表情を緩めた。
「ありがとうございます。私は、あなた方の安全を軽く見るつもりはありません。協力をお願いする以上、必ず守るために動きます」
「守るだけじゃ足りねぇだろ」
「え?」
「一緒に止めるんだよ。ロキが何を狙ってるにせよな」
ロスヴァイセは、その言葉を聞いて静かに頷いた。
「はい」
オーディンが愉快そうにこちらを見ている。
「よいのう。若い者はまっすぐで」
「爺さんは軽すぎるんだよ」
「軽くなければ、長くは生きられん」
「それも聞いた気がする」
「大事なことは何度も言うものじゃ」
「その台詞も二回目だ」
解析室の投影盤には、ロキの黒い痕跡がまだ揺れている。
最有力は、オーディン本人。
だが、三大勢力側の接触相手も、英雄派内部の協力者候補も、完全には切れない。
ロキは、きっとこちらの迷いも、予定も、責任感も、全部を糸として使ってくる。
だからこそ、動くなら情報を持って動くしかない。
オーディンは予定を変えない。
ロスヴァイセは正式に俺達へ協力を頼んだ。
絶花は怖いと言いながら、それでも隣に立つことを選んだ。
俺は、英雄でも何でもない。
宇宙刑事として動くことは認めたが、それでもギャバン・キングのことはまだ話していない。
話さなければならない時は近づいているのかもしれないが、今はまだその時ではない。
「で、次の予定は?」
俺が聞くと、オーディンは笑みを浮かべる。
「まずは、わしの移動予定をそのまま進める。ロスヴァイセ、お前は護衛を続けよ。少年達には、外から見える糸を追ってもらう」
「了解しました」
ロスヴァイセが頷く。
俺は投影された黒い線を見た。
「面倒な護衛任務になりそうだな」
『今さら楽な仕事が来ると思ってたのか?』
レオルドの声が飛んでくる。
「思ってねぇよ」
「太郎、顔が面倒そう」
「実際面倒だからな」
絶花が小さく笑った。
俺はその横顔を見てから、もう一度投影盤へ視線を戻す。
ロキの影は、オーディンへ向かって伸びている。
その糸の先に何があるのかは、まだ分からない。
だが、分からないまま背を向けるよりは、見に行った方がいい。
「行くぞ」
俺がそう言うと、ロスヴァイセは真剣な顔で頷き、絶花も静かに頷いた。
予定は変えない。
だが、ここから先の旅は、もう観光でも偶然でもない。
ロキの影を追うための、正式な協力関係の始まりだった。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王