サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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北欧調査 Case6

ロキの術式痕跡を追った先は、オーディンの移動経路に関わる交通拠点だった。

 

北欧側が管理している施設というより、表向きは一般の人間も使う空港連絡ターミナルに近い場所で、広い通路の左右には案内板や待合スペース、土産物を扱う小さな店が並んでいる。観光客らしき人間も多く、旅行鞄を引く音や案内放送、人の話し声が混ざり合っていた。

 

普通に見れば、少し混んでいるだけの場所だ。

 

だが、普通に見える場所ほど厄介な罠は張りやすい。

 

「ここはオーディン様の移動経路に関わる交通拠点です。異常がないか、先に確認します」

 

ロスヴァイセはそう言いながら、周囲に視線を走らせていた。

彼女の顔には緊張があるが、前よりも焦りは少ない。俺達に正式に協力を頼んだことで、迷いが消えたわけではないにしても、少なくとも今は一緒に動くと決めている。

 

「人が多いな。罠を張るには面倒そうで、逆に都合がいい場所だ」

 

「どういう意味ですか」

 

「人の流れがある場所は、少し向きを変えるだけで大きく崩れる。全員を操る必要はない。流れの先頭だけ間違えさせれば、後ろは勝手についていく」

 

「嫌な見方ですね」

 

「現場じゃ便利な見方だろ」

 

そう言いながら、俺は通路を見渡す。

 

人の流れは大きく二つに分かれていた。片方は案内板の矢印に従い、広い通路の奥へ向かっている。もう片方は待合スペースや売店の方へ散っている。ぱっと見ただけなら何もおかしくはないが、奥へ向かう人間の動きが妙に一定だった。

 

急いでいるわけでもない。

迷っているわけでもない。

けれど、全員が同じ方向へ吸い寄せられている。

 

「みんな、同じ方に行ってる」

 

絶花が俺の隣で小さく言った。

 

「ああ。出口に向かってるように見えるが……変だな」

 

「何か気づきましたか」

 

ロスヴァイセがこちらを見る。

 

「安全そうに見える方が、妙に気持ち悪い」

 

「私も、嫌な感じがする」

 

絶花もそう言って、通路の奥を見つめた。

 

奥には大きな案内板があり、そこには出口を示す矢印が浮かんでいる。人々はそれを見て、迷わずそちらへ向かっていた。だが、通路の構造を見れば、あの方向は外へ出る道ではない。少なくとも、俺がさっき施設図で見た出口とは角度が違う。

 

「ロスヴァイセ、案内板を信用するな」

 

「確認します」

 

ロスヴァイセはすぐに淡青のルーンを指先に展開し、周囲の魔力の流れを探り始めた。

 

その瞬間、俺の耳に案内放送が入る。

 

聞こえている内容は、奥へ進めというものだった。

ただ、声の出所がおかしい。スピーカーは天井にあるのに、声は通路の奥から直接聞こえてくるように感じる。

 

「声も変。あっちから呼ばれてるみたいに聞こえる」

 

絶花が耳を押さえながら言う。

 

「耳も信用できないか。面倒な罠だな」

 

「これは……幻惑術式です。ただの感情増幅ではありません」

 

ロスヴァイセの声が硬くなる。

 

「今度は人の感情じゃなく、見えてるものを弄ってるってことか」

 

「はい。出口と危険地帯の認識がずらされています。案内表示も、正しく見えているとは限りません。さらに誘導音声も、実際の方向と違う場所から聞こえるように調整されています」

 

「出口に見える方が危険地帯って訳か」

 

「おそらくは」

 

「おそらくじゃ遅いな」

 

俺は通路の奥へ向かう人の流れを見る。

 

解析を待つのは正しい。

だが、その間にも人は進んでいる。

 

ロキの罠は、きっとそこを突いている。護衛や術者が確認している間に、一般人の流れだけを先に危険な場所へ運ぶ。人質にするのか、混乱を作るのか、あるいは護衛側の判断を見るのかは分からないが、どれにしても放置はできない。

 

「全員止まれ! 標識を見るな、人の流れについていくな!」

 

俺は声を張った。

 

周囲の人間が驚いてこちらを見る。何人かは足を止めたが、奥へ進もうとしている人間の一部は、俺の声が聞こえていないように歩き続けていた。

 

ロスヴァイセが驚いたようにこちらを見る。

 

「太郎さん、まだ解析が」

 

「終わる前に人が流される。先に止めるぞ」

 

俺は右手を前へ出し、ギャバリオンブレードを一瞬だけ取り出した。

 

完全変身はしない。

今必要なのは敵を斬る力ではなく、目印だ。

 

光が刃の形を取り、周囲の空気が少し震える。ロスヴァイセの目が細くなるが、今は説明している余裕はない。

 

俺は床へ向けてギャバリオンブレードを振り下ろし、通路を横切るように光の線を刻んだ。床そのものを傷つけるのではなく、表面に残る発光ラインとして固定する。幻惑が標識や案内表示を歪めるなら、術式の外から物理的に目印を作ればいい。

 

「この線より奥へ行くな。ここから先は安全に見えるだけの危険地帯だ」

 

「な、何なんだ君は」

 

旅行鞄を持った男が戸惑った声を上げる。

 

「説明は後だ。今は止まれ。案内板を見るな。あの表示は信用するな」

 

「でも、出口はあちらでは?」

 

「違う。あっちは、だめ」

 

絶花が小さな声で言った。

 

普段なら、人前で声を出すことすら苦手な奴だ。

だが今は、迷っている子供の前に立ち、短く言葉をかけている。

 

「こっち。こっちに来て」

 

絶花が手を伸ばすと、子供は少し戸惑いながらも彼女の方へ歩いてきた。

 

その動きを見て、近くにいた母親らしき女性も立ち止まる。

人の流れは、ほんの少しだけ乱れた。

 

それで十分だ。

 

「ロスヴァイセ、術式の根は?」

 

「探しています。幻惑が案内システムと人の流れに重ねられているため、通常の中継器より複雑です」

 

「少しでいいなら、何とかする」

 

「お願いします」

 

ロスヴァイセは余計なことを言わず、すぐに解析へ集中した。

 

前なら、俺の無茶に対して止める言葉が先に来ただろう。

今は違う。彼女は俺が人の流れを止めると判断し、自分は術式の根を探す。役割を分けている。

 

悪くない。

 

だが、幻惑の方も黙ってはいなかった。

 

案内板の矢印が一瞬揺れ、俺の刻んだ光の線が、まるで遠くにあるもののように認識され始める。目の前にあるのに、遠くに見える。線を越えたつもりが、まだ手前にいると思わされる。視覚だけではなく、距離感までずらしている。

 

「距離感まで弄ってるぞ。足元を見ろ! 目で測るな、線の手前で止まれ!」

 

俺は声を張りながら、奥へ進みかけた男の肩を掴んで引き戻す。

 

男は一瞬、俺を睨んだ。

 

「何をするんだ、出口は」

 

「出口に見えてるだけだ。少し落ち着け」

 

「ふざけるな、俺は急いで」

 

その怒りも、本人のものだけではない。

ネガエモルギアが薄く混ざっている。焦り、不安、苛立ち。それらを少しずつ押し上げ、判断を鈍らせている。

 

「今怒ってるのも罠の一部だ。乗せられるな」

 

「罠って、何を」

 

「説明を聞きたいなら、まず生きてからにしろ」

 

俺は男を光の線の手前へ押し戻し、絶花へ目を向ける。

 

「絶花、子供と年寄りをこっち側へ集めろ。声は短くていい」

 

「うん」

 

絶花は頷き、近くで立ち尽くしている老夫婦へ近づいた。

 

「こっち。危ないから、線のこっち」

 

「でも、出口は」

 

「違う。こっちが安全」

 

絶花の声は大きくない。

けれど、妙に真っ直ぐ届く。

 

その様子を、遠くから見ている影があった。

 

ジークだ。

 

人混みの向こう、二階通路の手すり近く。

彼はそこに立ち、こちらを見下ろしていた。剣に手をかけることもなく、ただ観察している。

 

気づいてはいる。

だが今は放置だ。

 

こっちを見る剣士より、目の前で流されかけている人間の方が優先だ。

 

「ジークの奴、観察熱心だな」

 

『ほっとけ。今は人命優先だ』

 

レオルドの声が耳に響く。

 

「分かってる」

 

二階のジークは、俺が人々の流れを止めている様子を黙って見ていた。

 

敵の核を探すでもなく、最短で術式を壊すでもなく、まず人を止める。

英雄派の剣士から見れば、効率が悪く見えるのかもしれない。

 

だが、効率だけで動くなら、そもそも人助けなんて面倒なものはやっていない。

 

「太郎さん!」

 

ロスヴァイセの声が飛ぶ。

 

「中継点を見つけました。案内システムと結界の境界に術式が噛んでいます」

 

「支点はどこだ」

 

「右側の案内塔です。あの根元に黒いルーンが隠されています!」

 

右側を見ると、案内塔の下部に黒い染みのようなものが見えた。

 

普通なら影にしか見えない。

だが、ロスヴァイセが指摘した瞬間、その形がルーンとして浮かび上がる。

 

「絶花、人を下げろ」

 

「うん。みんな、少し下がって」

 

絶花が声をかけると、数人が動いた。最初よりも反応が早い。

人の流れは、完全ではないがこちらへ戻り始めている。

 

俺はギャバリオンブレードを握り直し、案内塔へ向かって走った。

 

幻惑が俺の視界をずらそうとする。

案内塔の位置が遠くに見える。

足元の床が斜めに傾いたように感じる。

奥から誘導音声が聞こえ、こちらへ行けと囁く。

 

「うるせぇな」

 

俺は目に頼るのをやめ、さっき自分で刻んだ光の線と、ロスヴァイセの声の位置だけを基準にする。

 

安全そうに見える方が危ない。

聞こえる声は信用できない。

なら、最初に決めた基準だけを見る。

 

案内塔の根元に辿り着き、黒いルーンへギャバリオンブレードを叩きつける。

 

「これでどうだ」

 

刃が黒いルーンを断った瞬間、ターミナル全体の空気が軋んだ。

 

案内板の矢印が崩れ、別の表示へ切り替わる。

人々の動きが一斉に止まり、奥へ向かっていた者達が戸惑ったように周囲を見回す。

同じ場所をぐるぐる回っていたはずの人間が、ようやくそのことに気づいたように立ち尽くしていた。

 

「幻惑が崩れます!」

 

ロスヴァイセの淡青のルーンが広がり、通路に残っていた黒い粒子を押し流していく。

 

ざわめきが戻る。

 

さっきまで妙に一定だった人の流れが崩れ、職員や警備員が慌てて動き出す。一般人にとっては何が起きたのか分からないだろうが、とりあえず危険な方向へ進み続ける状態は止まった。

 

絶花がこちらへ戻ってくる。

 

「戻った?」

 

「多分な。けど、本命じゃない顔してるぞ」

 

俺がロスヴァイセを見ると、彼女は黒いルーンの残骸へ術式を重ねていた。

 

表情が硬い。

 

「……はい。術式ログに、オーディン様を示す痕跡が濃く残っています」

 

「つまり、今回のは」

 

「これは……オーディン様を狙うための予行演習です」

 

その言葉に、周囲のざわめきが遠くなった気がした。

 

やはり本命ではなかった。

 

人の流れを使う。

幻惑で安全と危険を入れ替える。

護衛側がどれだけ早く気づくか、術式をどれだけ早く解除できるか、俺達がどう動くかを測る。

 

ロキは、こちらを試している。

 

「ロキの奴、こっちの動きを測ってやがるな」

 

「おそらくは。今回の罠は、被害を出すことも可能でしたが、それ以上に対応を見るための構造をしています」

 

「嫌な予行演習だな」

 

『太郎、ログの一部をこっちにも回せ。オーディンの移動予定と照合する』

 

「ロスヴァイセ」

 

「送ります」

 

ロスヴァイセはすぐに術式ログをレオルドへ転送する。

 

その手際は早い。

前よりも、こちらの通信に頼ることへの抵抗が薄くなっている。少なくとも、今は使えるものを使うという判断ができている。

 

俺は二階通路へ視線を向けた。

 

ジークはまだそこにいた。

 

遠い。

だが、彼がこちらを見ているのは分かった。

 

俺が視線を向けると、ジークは少しだけ目を細めたように見えた。

敵を倒すより、人の流れを止める。

ロキの術式を斬る前に、被害を減らす。

 

その戦い方を、彼がどう受け取ったのかは知らない。

 

今は、それを考える段階ではない。

 

「太郎さん」

 

ロスヴァイセが近づいてくる。

 

「今回、あなたが人の流れを止めていなければ、解析が終わる前に多くの人が危険地帯へ誘導されていました」

 

「そっちは術式を切っただろ。役割分担だ」

 

「はい。……役割分担です」

 

ロスヴァイセはその言葉を小さく繰り返した。

 

以前の彼女なら、俺達を巻き込んだことをまず謝っていたかもしれない。

だが今は、謝る前に現場の結果を見ている。

 

悪くない変化だ。

 

絶花が俺の袖を軽く掴む。

 

「人、助かった?」

 

「大きな被害はな。小さい混乱は残るだろうけど」

 

「なら、よかった」

 

「お前も声、出てたな」

 

「少しだけ」

 

「その少しが大事なんだよ」

 

絶花は少しだけ目を伏せたが、嫌そうではなかった。

 

ロスヴァイセは黒いルーンの残骸を封印しながら、表情を引き締める。

 

「オーディン様へ報告します。今回の術式が予行演習なら、本命は近いかもしれません」

 

「だろうな」

 

俺はギャバリオンブレードを消し、まだ混乱の残るターミナルを見渡す。

 

人々は少しずつ正しい出口へ誘導されている。

案内板も元に戻り、放送も通常のものに切り替わり始めていた。

 

だが、安心するには早い。

 

ロキの影は、また一つ濃くなった。

 

今回の罠で分かったことがある。

奴はただオーディンを狙うだけではない。周囲の人間、交通、案内、護衛の判断、その全てを材料にする。

 

そして何より、こちらがどう動くかを見ている。

 

「面倒だな」

 

俺が呟くと、レオルドの声がすぐに返ってきた。

 

『今さらだろ』

 

「言わずにはいられねぇんだよ」

 

二階通路のジークは、いつの間にか姿を消していた。

 

残ったのは、ロキの術式ログと、オーディン襲撃の前兆だけだった。

人々のざわめきが戻ったターミナルの中で、俺達は次の罠がもう動き始めていることを、嫌でも理解していた。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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