サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
# 第7話 黒い守護者
幻惑術式を断ち切った直後、俺達に休む時間はほとんどなかった。
交通拠点の通路では、まだ職員達が混乱した人々の誘導を続けている。案内板は元に戻り、放送も通常のものへ切り替わっていたが、一度ずらされた認識はすぐには落ち着かない。出口だと思って歩いていた場所が危険地帯だったと説明されても、普通の人間からすれば何が起きたのか分からないだろう。
その後始末をロスヴァイセが北欧側の関係者へ引き継いだ時、耳元でレオルドの声が響いた。
『太郎、さっき切った幻惑の残りが貨物区画へ流れてる。消えたんじゃねえ、移動したんだ』
「後始末まで面倒な術式だな」
『ロキって奴の性格がよく出てるな。切られても次に残るようにしてやがる』
ロスヴァイセがこちらを向く。
「貨物区画は、オーディン様の移動ルートに繋がる裏導線があります」
「つまり、放っておく選択肢はないってことか」
「はい。もしそこを使われれば、護衛の配置にも影響が出ます」
絶花は人の流れが戻りつつある通路を見てから、俺を見る。
「また、行く?」
「ああ。面倒は追わないと増える」
「太郎らしい」
「褒めてるのか?」
「たぶん、違う」
いつもの調子で返され、俺は軽く息を吐いた。
ロスヴァイセは、もう止めなかった。
その代わり、すぐに淡青のルーンを展開し、貨物区画へ続く通路の結界を確認する。前なら、俺と絶花を下がらせる言葉が先に来ただろう。だが、今の彼女は俺達と動くことを選んでいる。
それは信頼なのか、諦めなのか、まだ分からない。
ただ、現場ではそれで十分だった。
貨物区画へ続く通路は、さっきまでの一般客向けの空間とは空気が違った。天井は低くなり、壁には搬送用の表示や警告灯が並んでいる。荷物用のコンベアが奥へ伸び、金属製の搬入口には黄色いラインが引かれていた。一般客の姿はほとんどないが、職員や搬送スタッフが数人残っている。
人が少ないから安全、というわけではない。
むしろ、見落とされた人間がいる場所の方が厄介だ。
「反応が濃くなっています。ただの残留術式ではありません」
ロスヴァイセがルーンを重ねながら言う。
「何か形になってるな」
俺の視線の先で、黒い靄のようなネガエモルギアが貨物設備へ絡みついていた。コンベアの支柱、搬入口のフレーム、案内灯の配線。それらを黒い感情が縫うように繋いでいく。
やがて、それは人型とも獣型ともつかない中型の怪物へ変わり始めた。
これまでの小型エモンズより大きい。
しかも、ただの力任せではない。黒い身体の表面に、ロキの幻惑術式と似た歪んだルーンが浮かんでいる。
「エモンズ……ですが、術式が混ざっています」
「前回の幻惑を戦闘用にしたってところか」
「守るべき対象の位置をずらす類いです。見えているものを、そのまま信じないでください」
「一番嫌なタイプだな」
そう言った瞬間、奥から声が聞こえた。
「助けてくれ!」
男の声だ。
だが、声は右側から聞こえているのに、床に響く足音は左側から来ている。
絶花が一歩そちらへ動きかける。
「人が、あっちにいる」
「いや、違う。声は右から聞こえるが、足音は左だ」
「……見えてる人、違う?」
「多分な。罠に乗るな」
俺はギャバリオンブレードを取り出し、床に細い光の線を刻む。前回と同じく、幻惑に頼らない基準を作るためだ。視覚が歪むなら、こちらで基準を固定するしかない。
エモンズが低く唸る。
その黒い腕が伸び、誰もいないように見える空間へ振り下ろされた。
だが、そこに風の乱れがあった。
「そこにいる!」
俺は踏み込み、ギャバリオンブレードで黒い腕を弾く。
刃が触れた瞬間、黒い膜の一部が裂け、貨物箱の陰に職員が一人倒れているのが見えた。本人は自分が通路の真ん中にいると思い込まされていたのか、虚ろな目で別方向へ手を伸ばしている。
「ロスヴァイセ、左の貨物箱の陰だ。職員がいる」
「確認します」
ロスヴァイセが淡青のルーンを飛ばす。
だが、そのルーンは途中で軌道をずらされ、何もない壁へ吸い寄せられた。
「照準が歪められています。術式の位置固定ができません」
「見えてる座標を信用するな。音と影を合わせろ」
「分かっています!」
ロスヴァイセは声を強くし、すぐに術式を組み直した。
エモンズはその隙を逃さない。身体の表面に浮かぶ黒いルーンが光り、貨物区画のあちこちに偽の人影が現れる。避難者の姿。職員の声。絶花に似た小さな影。全部が、わずかに違う場所へずれている。
「太郎、あっちに子供」
絶花が指を差す。
そこには確かに小さな影が見える。
けれど、床に響く音はない。呼吸もない。
「偽物だ。動くな」
「……うん」
絶花は踏み出しかけた足を止めた。
前回の経験が効いている。安全そうに見える場所ほど危ない。見えているものが正しいとは限らない。彼女はそれを覚えている。
だが、エモンズはさらに一段、幻惑を強めた。
今度は、職員の本当の位置が完全に掴めなくなる。声は四方から聞こえ、足音は機械音に紛れ、ロスヴァイセの術式は何度も外される。俺がギャバリオンブレードで黒い膜を裂けば一瞬だけ本当の位置が見えるが、それでは追いつかない。
『太郎、まずいぞ。そいつ、搬送路の奥へ抜けようとしてる。そっちはオーディンの移動ルートに繋がる裏導線だ』
「分かってる!」
エモンズが貨物ゲートの壁を突き破り、奥へ進もうとする。
同時に、幻惑で位置をずらされた避難者の一人が、エモンズの進路上に倒れ込む。
ロスヴァイセは封印術を展開しようとしたが、術式照準がずれて壁を叩いた。
さらに、絶花が本物の避難者を見つけたのか、そちらへ駆け寄ろうとする。
その位置が、エモンズの腕の射線と重なった。
「絶花、止まれ!」
俺の声に、絶花は足を止める。
その目が俺を見る。
彼女は分かっていた。
俺が今、何を迷っているのか。
ブレードだけで済ませるか。
正体を隠したまま、どうにか押し切るか。
それとも、ここで出るか。
絶花は短く言った。
「太郎、行くんでしょ」
「余計なことまで分かるようになりやがって」
「分かる」
それだけで十分だった。
俺はロスヴァイセへ視線を向ける。
「ロスヴァイセ、避難者の位置を固定しろ。三秒でいい」
「何をするつもりですか」
「面倒なことだよ」
ロスヴァイセは一瞬だけ迷った。
だが、その迷いはすぐに消えた。
「分かりました。三秒、固定します」
淡青のルーンが貨物区画へ広がる。
それは幻惑を完全に解くものではない。
ただ、避難者の本当の位置を一瞬だけ浮かび上がらせる術式だった。
俺はその一瞬で、通路脇の死角へ身体を滑らせる。
ここから先は、もう観光客でも、ただの宇宙刑事でも足りない。
黒いエモンズが、オーディンの移動ルートへ抜ける。
避難者が巻き込まれる。
絶花が射線に入る。
ロスヴァイセの術式が届かない。
複数の危機が重なった時、隠している余裕なんてない。
銀と黒の光が、俺の身体を包む。
次の瞬間、貨物区画の奥へ黒い腕が振り下ろされる。
その腕を、銀の装甲をまとった拳が受け止めた。
衝撃が搬送路全体に響く。
ロスヴァイセが息を呑んだ。
「あなたは……!」
俺はエモンズの腕を押し返しながら、彼女へ声を投げる。
「話は後だ。今は人を動かせ」
その声に、ロスヴァイセの瞳が揺れた。
だが、問い詰める言葉は出なかった。
彼女はすぐに頷く。
「……了解しました!」
ロスヴァイセのルーンが、避難者の本当の位置を浮かび上がらせる。
俺はギャバン・キングとして、黒い幻惑の膜を一気に斬り裂いた。
ギャバリオンブレードが銀の軌跡を描き、偽の人影をまとめて消し飛ばす。
本物の避難者の位置だけが、淡青の光で示される。
「絶花、左の職員を下げろ。右の影は偽物だ」
「うん」
絶花は迷わなかった。
ロスヴァイセも、今度は照準を外さない。
彼女の封印術が、エモンズの足元へ正確に絡みつく。
エモンズは暴れ、黒い腕をいくつも伸ばす。
そのうちの何本かは俺ではなく、避難者や絶花へ向かうように見せかけていた。だが、幻惑を裂いた今なら分かる。本当に届く腕と、見せかけだけの腕がある。
「くだらねぇ小細工だな」
俺は本物だけを叩き落とす。
ロスヴァイセが叫ぶ。
「中核が見えました。胸部の黒いルーンです!」
「見えてる中核は本物か?」
「今度は本物です。私の術式で固定しています!」
「なら十分だ」
俺は搬送路の床を蹴り、エモンズの懐へ入る。
エモンズが背後に偽の避難者を映す。
斬れば巻き込むぞ、と言わんばかりの幻だ。
だが、その影に足音はない。
俺は躊躇なく踏み込み、ギャバリオンブレードを横へ走らせた。
幻が裂け、黒い中核が露出する。
「ロスヴァイセ、今だ!」
「封印術式、展開!」
淡青のルーンが黒い中核を縛る。
俺はその上から、ギャバリオンブレードを叩き込んだ。
銀の光と淡青のルーンが重なり、エモンズの身体が大きく震える。
黒い幻惑の膜が砕け、貨物設備へ絡みついていたネガエモルギアが一気に剥がれ落ちていく。
中型エモンズは、叫び声にも似たノイズを上げながら崩壊した。
貨物区画に静けさが戻る。
いや、正確には機械音と警報音は残っている。
だが、幻惑の気配は消えていた。
俺は周囲を確認する。避難者は無事。絶花も無事。ロスヴァイセも立っている。貨物ゲートの奥へは抜けられていない。
最低限、守るべきものは守った。
二階の作業通路に、ジークがいた。
前回と同じように遠くから見ているだけだ。
だが、その目は前とは違う。
剣士としての興味だけではない。
ギャバン・キングの力を見た驚きでもない。
力を隠すためではなく、使うべき時まで出さない。
敵を倒すためではなく、被害が出る前に動く。
その順番を見ている目だった。
ジークは小さく何かを呟いたように見えたが、声は届かなかった。
俺は装甲を解き、少し離れた通路の影から太郎として戻る。
もちろん、雑な誤魔化しだ。
今さらこれで通るとは思っていない。
ロスヴァイセは、俺を見た。
その視線は、さっきまでとは違う。
疑念ではない。
ほぼ確信だった。
俺とギャバン・キングが同一人物であることに、彼女はもう気づいている。
出てきたタイミング、声、使っている力、判断の癖。
どれも隠せていない。
それでも、ロスヴァイセは問い詰めなかった。
「太郎さん」
「何だ」
少しの沈黙。
彼女はまっすぐ俺を見る。
「……今は、聞きません」
「助かる」
「ですが、いつかは聞きます」
「だろうな」
「その時は、逃げないでください」
「努力する」
「それが信用できないと言っているのです」
そう言いながらも、ロスヴァイセの声には怒りよりも信頼があった。
絶花が俺のそばへ来る。
「太郎、無事?」
「ああ。そっちこそ、よく止まったな」
「見えてるもの、信用しなかった」
「成長したな」
「少しだけ」
少しだけでも十分だ。
レオルドの声が耳元に入る。
『太郎、今のエモンズの残留ログを拾った。オーディンの移動ルート上にさらに強いロキ反応がある。本命、近いぞ』
「休ませる気ゼロかよ」
『相手に言え』
「言ったところで喜びそうだな」
ロスヴァイセの表情が引き締まる。
「本命が近いなら、オーディン様の護衛配置をすぐに見直します。ただし、予定そのものは」
「変えないんだろ。あの爺さんならな」
「はい」
貨物区画の床には、砕けた黒いルーンの残骸が残っている。
そこから伸びる反応は、確かにオーディンの移動ルートの先へ向かっていた。
今回も本命ではない。
けれど、前回より踏み込んできている。
幻惑で人の流れを試し、今度は守るべき相手の位置をずらすエモンズを出した。
ロキは、こちらが何を優先するかを見ている。
俺は消えたジークのいた作業通路を一度だけ見上げ、それからロスヴァイセへ向き直った。
「行くぞ。これ以上、予行演習に付き合ってる暇はねぇ」
「はい」
ロスヴァイセは短く答えた。
その目はまだ、俺に聞きたいことを残している。
それでも今は、聞かない。
その判断をしてくれただけで、十分だった。
オーディン襲撃の前兆は、もう目の前まで来ていた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王