サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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北欧調査 Case8

貨物区画の奥へ進むほど、空気の色が悪くなっていった。

 

目に見える色ではない。

それでも分かる。さっき斬った中型エモンズの残り香に、ロキの術式が薄く混ざり、床や壁や搬送用ゲートへ黒い膜のように張りついている。

 

オーディンの移動ルートへ繋がる搬送連絡路は、一般客が使う場所ではない。

広い通路の脇には貨物用のコンテナが並び、非常灯の赤い光が金属の床を照らしている。ところどころに職員や警備員が残っており、前回の混乱で逃げ遅れたのか、こちらの誘導を待っているのか、落ち着かない顔で周囲を見回していた。

 

『反応が分裂した。中型一体、小型が複数。こいつは護衛を割るための配置だな』

 

レオルドの声が耳に入る。

 

「分断用か。ロキらしい嫌がらせだな」

 

俺はギャバン・キングの装甲越しに、通路奥の黒い反応を見た。

 

すでに隠す段階は越えている。

ロスヴァイセにはほぼ気づかれているし、ジークにも前回見られた。今さら変に誤魔化して被害を増やすくらいなら、出るべき時は出る。

 

ただし、出る理由は一つだ。

 

目の前の被害を減らす。

 

それだけでいい。

 

「避難者がまだ残っています。先に人を下げなければ」

 

ロスヴァイセが封印術の準備をしながら言う。

彼女の声に迷いは少ない。俺が何者か、聞きたいことはあるはずだ。それでも、今は問い詰めないと決めた顔をしている。

 

「絶花、残ってる人間の位置を見ろ。おかしい誘導があったら止めろ」

 

「うん。……あっち、子供がいる」

 

絶花が指差した先で、小型エモンズが黒い影のように這い出した。

 

小さい。

だが、面倒だ。

 

小型エモンズは避難者へ真っ直ぐ向かわず、通路の誘導灯を歪ませるように壁を走った。赤い非常灯が緑の出口表示に見え、避難者の一人がそれにつられて別方向へ進みかける。

 

その先は、搬送用ゲートの隙間だ。

機械が動けば挟まれる。

 

「そっちじゃねぇ!」

 

俺が踏み出そうとした瞬間、横から銀の閃きが走った。

 

魔剣グラムが小型エモンズを斬り裂く。

黒い影が霧散し、避難者はその場に尻餅をついた。

 

ジークだった。

 

「遅い」

 

「見物客にしては踏み込みがいいな」

 

俺が言うと、ジークはグラムを軽く振り、黒い残滓を払った。

 

「ただ見ているだけでは、剣士の名が廃る」

 

「剣士の名誉で入ってくるな。ここは面倒な現場だぞ」

 

「承知の上だ」

 

「本当に承知してる奴は、そんな顔で斬り込まねぇよ」

 

ジークは答えず、通路奥に出現した中型エモンズへ視線を向けた。

 

それは前回の個体よりも細く、しかし厄介な形をしていた。

黒い胴体から何本もの細い腕が伸び、その先に小型エモンズをぶら下げている。親玉というより、中継点を兼ねた巣だ。中型が周囲の術式を制御し、小型が避難者と護衛を割る。

 

なるほど、護衛分断用としてはよく出来ている。

 

性格は最低だが。

 

「本体を斬る。道を開けろ」

 

ジークがグラムを構えた。

 

「待て。今は斬るな」

 

「なぜだ。敵を断てば終わる」

 

「終わらねぇ。中核を雑に斬れば汚染が散る。避難経路が全部潰れるぞ」

 

「ならば早く封じればいい」

 

「だからロスヴァイセがやってる。お前はそっちの小型を止めろ」

 

ジークの眉がわずかに動く。

 

「私に雑兵の相手をしろと?」

 

「雑兵を通したら人が死ぬ。剣士なら数えろ」

 

その言葉に、ジークは一瞬黙った。

 

怒ったわけではない。

こちらの言葉の意味を測っている顔だ。

 

英雄派の剣士としては、本体を討つ方が正しいのだろう。強い敵を倒す。道を開く。戦場の中心を斬る。それは分かる。

 

だが、ここでは違う。

 

本体を斬るだけなら簡単だ。

けれど中核に絡んだネガエモルギアとロキの術式を封じずに散らせば、幻惑が避難経路全体へ広がる。そうなれば、一般人はまた安全地帯と危険地帯を見誤る。

 

倒すまでの被害を無視していいなら、戦場は楽になる。

 

だが、それをやったら負けだ。

 

「封印術式、展開まで時間が必要です!」

 

ロスヴァイセの声が飛ぶ。

 

「何秒だ」

 

「二十秒!」

 

「ジーク、二十秒稼げ。本体に行くな、小型を潰せ」

 

「命令される筋合いはない」

 

「じゃあ人が死ぬ筋合いでもあるのかよ」

 

ジークの目が細くなる。

 

その隙に、小型エモンズが三体、通路の左右へ散った。

一体は避難者の列へ、一体はロスヴァイセの術式陣へ、もう一体は非常口の表示を歪ませるために壁を走る。

 

「そっち、だめ。小さいの、避難者の方に行ってる」

 

絶花が短く言った。

 

声は小さいが、場所は正確だった。

 

「見えている位置が違うのか」

 

ジークが呟く。

 

「見た目に騙されるな。音と影で追え」

 

「君は、それを戦いながら見ているのか」

 

「見なきゃ減らせねぇだろ、被害が」

 

俺はそう返し、術式陣へ向かう小型エモンズを斬り払った。

ギャバリオンブレードが黒い影を裂き、弾けた残滓を装甲で受ける。汚染が散る前に、ロスヴァイセの淡青のルーンがそれを包み込んだ。

 

「助かる」

 

「封印に集中しろ。こっちは潰す」

 

「はい!」

 

ロスヴァイセはそれ以上言わず、術式を組み上げていく。

 

ジークは一度だけ中型エモンズを見た。

本体へ斬り込みたい気配がある。だが、次に彼が動いた先は避難者の列だった。

 

グラムが振るわれ、小型エモンズが二体まとめて斬り飛ばされる。

 

「右の誘導灯は偽物だ!」

 

ジークが声を張る。

 

「そこの者、左へ下がれ!」

 

避難者達が戸惑いながらも動く。

その動きに合わせて、絶花が前に出た。

 

「こっち。線の内側。そこから出ないで」

 

絶花は床に残した俺の光の線を指す。

前回と同じ基準だ。幻惑に左右されない物理的な目印。避難者はそれを見て、少しずつ安全圏へ移動していく。

 

中型エモンズが唸る。

 

黒い腕が広がり、通路全体に幻惑の膜を張った。

出口が増える。避難者が二重に見える。ロスヴァイセの術式陣が遠くへずれて見える。

 

面倒だな、まったく。

 

「ジーク、足を止めるな。右から来るのは偽物、左の床を這ってるのが本物だ」

 

「指図が細かいな」

 

「現場は細かいんだよ」

 

ジークは舌打ちこそしなかったが、顔には納得しきれないものが残っていた。

それでも、動きは合わせてくる。剣士としての腕は確かだ。こちらの指示を理解すれば、反応は速い。

 

小型エモンズがロスヴァイセの背後へ回ろうとする。

 

「ロスヴァイセ、後ろは見るな。そのまま封印を続けろ」

 

「ですが」

 

「こっちでやる」

 

俺が踏み出すより早く、ジークの魔剣が背後の小型を斬り落とした。

 

「これでいいか」

 

「悪くない」

 

「褒められている気がしないな」

 

「褒めてる余裕があったら避難者数えてる」

 

ジークは一瞬だけ俺を見た。

その目に、さっきとは違う色が浮かんでいる。

 

こいつは今、たぶん理解し始めている。

 

俺が敵を倒す順番を遅らせている理由。

本体を斬れるのに斬らない理由。

ロスヴァイセの封印術を中心に、避難者と敵の位置を組み替えている理由。

 

名誉でも、思想でも、勝ち筋を飾るためでもない。

 

被害を減らすためだ。

 

「封印、あと五秒です!」

 

ロスヴァイセの声が響く。

 

中型エモンズが最後の抵抗に出た。

黒い腕を床へ突き刺し、複数の小型エモンズを一気に生み出す。避難者の方へ三体、ロスヴァイセの術式陣へ二体、そして俺とジークの間へ一体。

 

「ジーク、右を空けろ。本体の膜を剥がす」

 

「合わせる」

 

短い返答だった。

 

さっきまでの反発が消えている。

従ったというより、戦場の形を理解した返事だった。

 

ジークが右側の小型を斬り払い、避難者へ向かう通路を塞ぐ。

俺はその空いた線へ踏み込み、ギャバリオンブレードを横へ振った。

 

銀の光が中型エモンズを覆う幻惑膜を裂き、黒い中核が露出する。

膜の奥で、ロキの術式がまだ蠢いていた。

 

「今だ、ロスヴァイセ!」

 

「封印術式、収束!」

 

淡青のルーンが中核を縛る。

 

同時に、ジークが残った小型エモンズを斬り払い、術式陣へ向かう道を完全に閉じた。

 

「これが、君の戦場か」

 

ジークが低く言う。

 

「俺のじゃねぇよ。巻き込まれた奴を減らすための場所だ」

 

俺はそう返し、中核へ刃を叩き込んだ。

 

グラムの一撃が横から重なる。

 

銀と魔剣の光、そしてロスヴァイセの封印術が一つに噛み合い、中型エモンズの中核を砕いた。

 

黒い靄が一気に弾けかける。

だが、ロスヴァイセの封印がそれを逃がさない。淡青のルーンが汚染を包み込み、圧縮し、黒い粒子を空中で消していく。

 

通路に残っていた幻惑が剥がれた。

 

偽の出口が消え、避難者の二重像も消える。

非常灯は赤に戻り、金属の床に刻んだ光の線だけが残った。

 

「被害は最小限です。避難者も全員確認できました」

 

ロスヴァイセが息を整えながら言う。

 

「なら上出来だ」

 

俺はギャバリオンブレードを下ろし、周囲を確認する。

 

避難者は全員下がっている。

ロスヴァイセの術式陣も維持されている。

絶花も無事だ。

 

ジークは魔剣グラムを収めず、しばらく砕けたエモンズの残骸を見ていた。

 

それから、俺を見た。

 

何か言いかけたように口が動く。

だが、言葉にはしなかった。

 

その視線の中に、前とは違う重さがある。

 

英雄になりたいのかと問うてきた時の、試すような色ではない。

ギャバン・キングの力を見た時の、剣士としての興味でもない。

 

敵を討つ者ではなく、被害を減らす者。

 

そういう答えに、こいつ自身が触れた顔だった。

 

ロスヴァイセもそれを見ていた。

 

彼女は俺とジークの間に流れる沈黙を見て、少しだけ表情を緩める。

太郎とギャバン・キングが同一人物だとほぼ分かっていて、それでも今は聞かない。そう決めた彼女の目には、疑いよりも信頼が増えていた。

 

「太郎さんは、本当に戦場の見方が変わっていますね」

 

「褒めてるのか、それ」

 

「少なくとも、悪い意味ではありません」

 

「ならいい」

 

絶花が俺の横に来る。

 

「ジーク、ちゃんと聞いた」

 

「珍しくな」

 

ジークがこちらを見る。

 

「聞くべき指示だっただけだ」

 

「その判断ができるなら十分だろ」

 

「君に評価されるとはな」

 

「嫌なら返すぞ」

 

「いや」

 

ジークは静かに首を振る。

 

「受け取っておく」

 

その言葉は短かったが、どこか重かった。

 

俺は装甲越しに肩を竦める。

 

「面倒な奴だな、お前も」

 

「それは君に言われたくない」

 

「よく言われる」

 

レオルドの声が割り込む。

 

『漫才してるところ悪いが、ロキ反応はまだ消えてねぇ。むしろ、オーディンの移動ルートの先で収束し始めてる』

 

「本命はそっちか」

 

『だろうな。今のは護衛を割るための前座だ』

 

ロスヴァイセの顔が引き締まる。

 

「オーディン様の位置確認を急ぎます」

 

「行くぞ。今度こそ、本命に近い」

 

ジークは黙って俺の横へ並んだ。

 

「ついてくるのか」

 

「ここまで来て引く理由はない」

 

「英雄派の剣士様は物好きだな」

 

「君の戦場を、もう少し見たくなった」

 

「見物料は高いぞ」

 

「なら、剣で払う」

 

「便利な通貨だな」

 

そんな軽口を交わしながらも、空気は緩まない。

 

ロキの影は、オーディンへ向かって収束している。

幻惑で人の流れを弄り、エモンズで守るべき相手の位置をずらし、小型で護衛を割る。ここまでこちらの動きを測ったなら、次はもっと直接来る。

 

俺は光の線が残る搬送連絡路を一度だけ振り返った。

 

避難者は生きている。

ロスヴァイセの封印は間に合った。

ジークも、剣を振るう場所を少しだけ変えた。

 

なら、今回はそれでいい。

 

英雄だの思想だのは知らない。

被害が減ったなら、それで十分だ。

 

ジークはその言葉を待っているように俺を見ていたが、結局何も言わなかった。

 

ただ、その目の奥に残った何かが、前より少しだけ深くなっていた。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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