サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
中型エモンズの残骸が消えた後も、搬送連絡路には嫌な気配が残っていた。
黒い靄はほとんどロスヴァイセの封印術で抑え込まれている。非常灯の赤い光も戻り、さっきまで歪んで見えていた出口表示も正しい位置に収まっていた。それでも、床に砕けた黒いルーンの欠片が残り、搬送ゲートの金属板には焦げ跡のような術式痕がこびりついている。
戦闘は終わった。
だが、事件が終わったわけではない。
「残留術式を封印します。まだ触れないでください」
ロスヴァイセは膝をつき、淡青のルーンを床へ広げた。
「触りたくもねぇよ。見てるだけで性格が悪い」
俺はギャバン・キングの装甲をまとったまま、黒い欠片を見下ろす。
装甲越しでも、嫌な粘り気が分かる。斬った後に残る汚染が、ただ散るのではなく、こちらの反応を見ているような気配を持っていた。
『黒いルーンが三層になってる。幻惑、誘導、分断だな。こいつは暴走じゃねぇ、設計されてる』
レオルドの声が通信越しに響く。
「やはり……ロキ様の術式癖が濃く残っています」
ロスヴァイセの顔が強張る。
「本人は出てこないくせに、指紋だけはべったりか」
「嫌な残し方」
絶花が小さく言った。
その通りだ。
ロキ本人はまだ姿を見せない。
だが、残された術式は、むしろ本人がそこにいたより厄介な形で存在を示している。
「三層ってことは、前回までの流れも含めて組んでたって訳か」
『ああ。最初の幻惑罠で人の流れを試して、次に守る対象の位置をずらした。今回は護衛と協力者の分断だ。段階を踏んでやがる』
「こっちの対応を見るためか」
『可能性は高い。特に太郎、お前とロスヴァイセ、それからジークの動きも記録されてる』
ジークは少し離れた場所で、魔剣グラムを鞘に戻していた。
だが、その名が出た瞬間、こちらを見る。
「私もか」
「見物してた割には、しっかり巻き込まれてるな」
「君が戦場に引き込んだのだろう」
「剣を抜いたのはお前だ」
「否定はしない」
ジークは短く返し、床に残った黒いルーンへ視線を落とした。
ロスヴァイセの封印術が黒い欠片を一つずつ包み込み、術式情報を引き出していく。淡青の光の中に、歪んだ黒い線が浮かぶ。それは地図にも見えたが、正確には人の動きと魔力の流れを重ねた記録だった。
避難者の動き。
俺が刻んだ光の線。
ロスヴァイセの封印術。
ジークが斬り込んだ位置。
絶花が止めた避難者の場所。
どれも、黒い線の中に記録されている。
「趣味が悪いな」
「観察されていた、ということですね」
「予想通りだが、実物で見せられると腹が立つ」
ロスヴァイセは頷き、さらに術式を深く読む。
その表情が、少しずつ険しくなっていった。
「前回の幻惑罠、位置誤認のエモンズ、今回の分断用エモンズ……すべて段階的に組まれています」
「つまり、こっちの対応を見てたってことか」
「はい。そして、本命はやはりオーディン様です」
淡青のルーンの中に、一本の黒い線が浮かび上がる。
それは搬送連絡路から、オーディンの移動ルートへ伸びていた。そこからさらに枝分かれし、来日予定と三大勢力との会談地点を示す情報へ絡んでいく。
「ただし、それだけではありません」
「来日と三大勢力の会談か」
「はい。会談に集まる勢力間の緊張や不信を利用される恐れがあります」
「狙いがでかくなってきたな」
『最初からでかかったんだろ。小出しにして、こっちに気づかせてるだけだ』
レオルドの言葉に、俺は息を吐く。
ロキは単純にオーディンを襲いたいだけではない。
襲撃そのものを使って、周囲を疑わせ、動かし、余計な判断をさせる。三大勢力との会談なんて場所でそれをやられれば、面倒の規模は一気に跳ね上がる。
通信が切り替わり、オーディンの声が入った。
『ふむ。ロキめ、やはりわしを狙っておるか』
「軽いな、爺さん。狙われてる本人の声じゃねぇぞ」
『狙われるたびに重くしておったら、老骨が持たんわい』
「神様が腰を気にするな」
『神にも腰はある』
「どうでもいい情報を増やすな」
軽口を返しながらも、オーディンの声に油断がないことは分かった。
ロスヴァイセも、それを感じ取っているのだろう。姿勢を正し、通信へ向き直る。
「オーディン様。ロキ様の術式痕跡は、あなたご本人を示すものが最も濃く残っています。そして、来日後の三大勢力会談にも危険が及ぶ可能性があります」
『わし一人を狙うだけならまだしも、会談を崩されれば面倒じゃな』
「予定を変更しますか」
ロスヴァイセの問いに、少しの間があった。
前回も、オーディンは予定を変えないと言った。
ロキ相手には、動くことも止まることも罠になる。予定変更すら誘導される可能性がある。あの判断は今でも筋が通っている。
だが、危険はさらに濃くなった。
『予定そのものは、軽々には変えん。ただし、共有は必要じゃ。三大勢力側にも、ロキの影が会談に伸びていることを伝える』
「了解しました」
『ロスヴァイセ、お前も無理はするなよ』
「はい。ですが、私は護衛です」
『知っておる。だからこそ言っておる』
ロスヴァイセは少しだけ言葉を詰まらせ、それから小さく頷いた。
通信が一度落ち着く。
搬送連絡路には、戦闘後の熱だけが残った。
封印術の淡青い光が黒いルーンを包み込み、レオルドの解析音が耳の奥で細かく鳴っている。
そんな中で、ジークが歩いてきた。
「私は一度、英雄派へ戻る」
「報告か」
「ああ。ロキの影が英雄派にも伸びているなら、無視はできない」
「そっちはそっちで面倒そうだな」
「否定はしない」
ジークはそこで一度、俺を見る。
前に決闘した時とは違う目だった。
ただ力を測るでも、英雄としての器を試すでもない。何かを確認するような視線だ。
「君に一つ聞きたい」
「面倒な質問なら却下」
「なぜそこまで被害にこだわる」
「は?」
思わず声が漏れた。
ジークは真面目な顔のまま続ける。
「君は敵を倒す力を持っている。だが、常に避難者や封印術、周囲の被害を優先する。英雄としての名誉でも、思想でもない。なら、何が君をそう動かす」
なるほど。
こいつにとっては、そこが引っかかるのか。
英雄派。
名前からして面倒な連中だ。英雄の血、伝説、力、選ばれた者。そういうものに意味を見出す奴らなのだろう。
ジークも、その考えから完全に外れているわけではない。
だから、敵を倒せる力があるのに、先に避難者を数える俺が分かりにくい。
名誉のためでも、思想のためでもないなら、何のために戦っているのかと聞いてくる。
俺は少しだけ考えて、すぐにやめた。
こういう問いに綺麗な答えを用意すると、たぶん余計に面倒になる。
「英雄なんてどうでもいい。人が死ななきゃそれでいい」
ジークは黙った。
「……それだけか」
「それだけで十分面倒だろ」
俺は肩を竦める。
「敵を倒した後に死体が転がってたら、勝った気にならねぇ。避難経路が潰れて、守るはずだった奴が巻き込まれたら、どれだけ格好よく斬っても後味が悪い。だから先に減らす。それだけだ」
「名誉は」
「食えねぇし、避難誘導にも使えねぇ」
「思想は」
「避難者の足は動かせない」
「では、英雄とは」
「知らねぇよ。そういう作文は英雄派でやれ」
絶花が横から小さく言う。
「太郎は、そういうの考えてない」
「考えていない、か」
ジークはその言葉を反芻するように呟いた。
「少なくとも、英雄派の作文に使えるような理由はねぇよ」
俺が言うと、ジークは少しだけ目を伏せた。
馬鹿にされたと思ったわけではないらしい。
むしろ、何かを受け取ってしまった顔だった。
それが何なのかは知らない。
知ったところで面倒そうだ。
ロスヴァイセは、俺とジークのやり取りを黙って聞いていた。
やがて、彼女は封印を終えた黒いルーンの欠片を容器へ収め、俺の方を見た。
「太郎さん」
「何だ」
「話を聞くのは、全てが終わってからにします」
その言葉は静かだった。
けれど、前回の「今は、聞きません」よりも一歩進んでいる。
彼女はもう気づいている。
俺とギャバン・キングが同じだと、ほぼ確信している。聞きたいことは山ほどあるはずだ。宇宙刑事のこと、ギャバン・キングのこと、今まで隠していた理由、正体を出したタイミング。
それでも、今は聞かない。
疑問を捨てたわけではなく、後に回す。
それは信用してくれているからだろう。
「その方が助かる」
「逃げないでくださいね」
「努力する」
「その返答が一番不安です」
「正直だろ」
「正直なら許されるわけではありません」
ロスヴァイセの声は少しだけ柔らかかった。
絶花が俺を見る。
「太郎、逃げる?」
「逃げねぇよ」
「努力?」
「お前までそこを拾うな」
ジークが小さく笑った。
「ずいぶん信用されているな」
「これで信用されてるなら、世の中だいぶ甘いな」
「少なくとも、彼女達は君を見ている」
「見られすぎるとやりづらいんだよ」
俺がそう言うと、ジークは視線を少しだけ遠くへ向けた。
「私は行く。英雄派へ、この件を持ち帰る」
「ロキに釣られてる奴がいたら?」
「斬るか、止めるかは見てから決める」
「少しは考えるようになったじゃねぇか」
「君のせいだ」
「責任転嫁すんな」
「事実だ」
ジークは短く返し、背を向ける。
その背中には、来た時のような試す気配は少なかった。代わりに、何かを抱えている重さがある。
「また会うことになるだろう」
「面倒な予告だな」
「君は大体そう返すのだな」
「他に返しようがねぇだろ」
ジークはそれ以上言わず、搬送連絡路の奥へ歩き出した。
英雄派へ戻る。
そう言った以上、今度は向こうの内部を探るのだろう。ロキに釣られている奴がいれば、面倒なことになる。
ただ、さっきの答え方なら、少なくとも何も見ずに斬ることはしないかもしれない。
それが良い変化かどうかは知らないが、悪い方向ではないだろう。
ジークの姿が非常灯の赤い光の向こうへ消えていく。
その途中、彼が一度だけ足を止めたように見えた。
英雄なんてどうでもいい。
人が死ななきゃそれでいい。
たぶん、その言葉を思い出している。
こっちはただ思ったことを言っただけだが、あいつの中では面倒な形で残るのかもしれない。
「太郎さん」
ロスヴァイセが呼ぶ。
「解析結果をまとめます。ロキ様の術式は、来日予定と三大勢力会談に繋がる経路へ伸びています。オーディン様へは報告済みですが、三大勢力側にも早急に共有が必要です」
「いよいよ北欧だけの話じゃなくなったな」
「はい」
「観光で終わる予定だったんだがな」
「最初から終わっていませんでした」
「言うようになったな」
「あなたの影響です」
「それ、悪影響じゃねぇか」
ロスヴァイセは否定しなかった。
そこは否定しろ。
レオルドの声が、再び通信に入る。
『太郎、術式ログの転送を受けた。来日ルートと会談予定に関わる地点を洗う。だが、ロキ本人の居場所はまだ掴めねぇ』
「本人はまだ出てこないか」
『ああ。けど、ここまで痕跡を残してるなら、近いうちに必ず表へ出る』
「誘われてる気もするけどな」
『それも込みだろ。乗るしかねぇ場面を作るのが上手い相手だ』
「本当に嫌な奴だな」
俺は装甲越しに、床へ残った淡い光を見る。
幻惑。
位置誤認。
分断。
ロキは段階を踏んで、こちらの対応を見てきた。
次に来るなら、もっと直接的で、もっと面倒な形になる。
オーディン本人。
来日。
三大勢力との会談。
そこにロキの影が伸びている。
ロスヴァイセは封印済みの術式容器を抱え、表情を引き締めていた。
絶花は何も言わず、俺の隣にいる。
ジークは去ったが、あいつの中にも何かが残った。
状況だけ見れば、面倒は増えただけだ。
だが、道筋は見えた。
「行くぞ」
俺が言うと、ロスヴァイセは頷いた。
「はい」
絶花も静かに頷く。
ロキ本人はまだ姿を見せない。
だが、その指先はもう、オーディンの来日と三大勢力会談に触れている。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王