サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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北欧調査 Case10

搬送連絡路の非常灯は、まだ赤いままだった。

 

中型エモンズの残骸はロスヴァイセの封印術で抑え込まれ、黒いルーンの欠片も専用の容器へ収められている。北欧側の人員が到着し、壊れた搬送ゲートや歪んだ誘導灯の確認を始めていたが、誰も大きな声を出さない。

 

戦闘が終わった後の現場には、妙な静けさが残る。

 

機械の低い駆動音。

遠くで交わされる短い報告。

床に残った俺の光の線の残滓。

それらが、今さっきまでここで何が起きていたのかを、しつこく示していた。

 

俺は装甲を解き、少し離れた壁際で息を吐いた。

 

身体は動く。

怪我らしい怪我もない。

ただ、ロキの術式に触れた後の嫌な感覚が、まだ皮膚の奥に残っている。

 

「現場の封印は完了しました。残留術式は北欧側で保管します」

 

ロスヴァイセが封印容器を確認しながら言った。

 

「なら、ひとまず片付いたか」

 

「はい。ですが、終わってはいません」

 

「分かってる」

 

そう返すと、ロスヴァイセは俺を見た。

 

何かを確かめるような目だった。

太郎を見る目でありながら、同時にギャバン・キングを見た後の目でもある。

 

もう誤魔化せていない。

 

たぶん、俺もそれを分かっているし、ロスヴァイセも分かっている。

 

「……何だよ」

 

「いいえ。今は、聞かないと決めましたから」

 

「そうしてくれると助かる」

 

「助かる、で済ませるのですね」

 

「他に何て言えばいいんだよ」

 

ロスヴァイセは少しだけ困ったように眉を寄せたが、それ以上は踏み込まなかった。

 

前なら、ここで問い詰めてきてもおかしくなかった。

宇宙刑事とは何か。

ギャバン・キングとは何者か。

なぜ隠していたのか。

 

彼女の立場なら、聞く権利はある。

それでも今は聞かない。

 

その判断が、逆に重かった。

 

絶花は俺の横に立ち、ロスヴァイセと俺を交互に見ている。

余計なことは言わない。けれど、全部分かっている顔だった。

 

「太郎さん」

 

ロスヴァイセが、改めて俺の前に立った。

 

声の質が変わる。

 

任務の報告ではない。

謝罪でもない。

今度は、頼むための声だった。

 

「改めてお願いします」

 

「また堅い顔だな」

 

「あなたの力が必要です。ですが、それ以上に、あなたの判断を信じたい」

 

言われた瞬間、少し返事に詰まった。

 

力が必要だ、なら分かる。

ギャバン・キングとしての力。

宇宙刑事としての装備。

ロキの術式を断ち切る手段。

 

そこを頼られるのは、まあ分かる。

 

だが、判断を信じたい、か。

 

面倒な言い方を覚えたものだ。

 

「面倒な頼み方を覚えたな」

 

「茶化さないでください」

 

「茶化してねぇよ。……まあ、そこまで言われたら断りにくいだろ」

 

「では」

 

「やる。どうせここまで来て、知らねぇ顔して帰れるほど器用じゃねぇしな」

 

ロスヴァイセの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

その横で、絶花がぽつりと言う。

 

「太郎は、頼まれたら行く」

 

「勝手に断定するな」

 

「違う?」

 

「……大体合ってるのが腹立つ」

 

絶花は小さく頷いた。

 

こいつはこういう時、余計な飾りを全部抜いて刺してくる。

 

ロスヴァイセはそのやり取りを見て、少しだけ笑った。

すぐに真面目な顔へ戻ったが、さっきまでの張り詰めた空気は少し薄くなっていた。

 

通信が開き、オーディンの声が入る。

 

『ロスヴァイセ、報告は聞いた。少年よ、おぬしはなかなか面白い』

 

「神様に面白がられるの、ろくな予感がしねぇな」

 

『そう邪険にするでない。褒めておる』

 

「褒め方が信用できねぇ」

 

『おぬし、ロキが嫌がる類いの人間じゃな』

 

「褒め言葉に聞こえねぇ」

 

『褒めておると言ったじゃろう。ロキは強いだけの相手より、思い通りに動かぬ相手を嫌う』

 

「じゃあ俺じゃなくてもいいだろ。俺より言うこと聞かない奴なんて山ほどいる」

 

『違うのう。おぬしは、ただ逆らうのではない。必要なものを先に見る』

 

「評価が面倒になってきたな」

 

『なら簡単に言おう。協力してくれんか、少年』

 

「ロスヴァイセにもう頼まれた」

 

『では、わしからも重ねて頼む』

 

「神様の依頼って、拒否権あるのか?」

 

『あるぞ。断った後が少し面倒なだけじゃ』

 

「ほぼ脅しだろ、それ」

 

オーディンは通信越しに愉快そうに笑った。

 

軽い。

相変わらず軽い。

 

だが、その軽さの奥にあるものは分かる。

ロキが本格的に動き出す。

オーディン本人だけではなく、来日と三大勢力会談にも危険が及ぶ。

 

それを理解した上で、あの爺さんは予定を進める気でいる。

 

『ロスヴァイセ。少年達との協力体制を維持せよ。三大勢力側への共有も進める』

 

「はい」

 

『少年よ、面倒を頼むぞ』

 

「面倒って自覚してるなら、もう少し減らせ」

 

『ロキに言ってくれ』

 

「言ったら喜ぶだろ」

 

『じゃろうな』

 

通信が切れると、搬送連絡路にまた静けさが戻った。

 

ロスヴァイセは一度、封印容器を北欧側の人員へ渡し、それから俺を見た。

 

「太郎さん」

 

「まだ何かあるのか」

 

「あります。ですが、それは全てが終わってからです」

 

「律儀だな」

 

「あなたが逃げないように、先に言っているのです」

 

「信用ないな」

 

「信用しています。だから、後で聞くと言っているのです」

 

そう返されると、少しやりづらい。

 

疑われる方がまだ楽だ。

信用しているから後で聞く、というのは面倒くさい。

 

けれど、悪い気はしなかった。

 

搬送連絡路の出口の方で、金属が軽く鳴る音がした。

 

振り向くと、ジークが立っていた。

 

英雄派へ戻ると言っていたはずだが、まだ完全には去っていなかったらしい。

魔剣グラムは鞘に収まっている。戦う気配はない。

 

「太郎」

 

「まだいたのか」

 

「行く前に、一つだけ聞きたい」

 

「お前の一つだけは大体面倒なんだよ」

 

ジークは否定しなかった。

 

静かな顔で、こちらを見ている。

前みたいに試す目ではない。

剣士として測る目でもない。

 

何かを、自分の中で確かめようとしている目だった。

 

「お前は英雄を名乗らないのだな」

 

言葉は短かった。

 

だが、重かった。

 

英雄派のジークにとって、その問いは軽いものではないのだろう。

英雄を求め、英雄の血や伝説を見てきた奴が、俺みたいな面倒な男にその言葉を向けている。

 

俺は少しだけ息を吐いた。

 

「名乗ったところで助かる奴が増えるわけじゃない」

 

ジークは黙った。

 

「名札でエモンズが止まるなら、いくらでも名乗ってやるよ。止まらねぇなら、先に動く方が早い」

 

「それが、お前の答えか」

 

「答えってほど立派なもんじゃねぇよ」

 

「いや。私には、十分だ」

 

ジークの声は低かった。

 

何かが沈むような声だった。

納得したというより、今まで持っていたものに、別のものが入り込んだような顔をしている。

 

「英雄を名乗らず、英雄として動く。ならば、我々が求めていた英雄とは何だ」

 

「知らねぇよ。そういうのは自分で考えろ」

 

「そうする」

 

「素直だと気持ち悪いな」

 

「君は、本当に台無しにするのが上手い」

 

「褒め言葉か?」

 

「違う」

 

ジークは少しだけ口元を緩めた。

 

それから、背を向ける。

 

「英雄派へ戻る。ロキの影がこちらにも伸びているなら、見過ごせない」

 

「釣られてる奴がいたら?」

 

「斬るか、止めるかは見てから決める」

 

「前よりマシな答えだな」

 

「君の影響だ」

 

「責任転嫁すんな」

 

「では、借りだと思っておけ」

 

「余計に嫌だ」

 

ジークは振り返らず、搬送連絡路の出口へ向かって歩いていった。

 

その背中は、最初に出会った時よりも少しだけ重く見えた。

英雄派としての確信が薄れたのか、それとも別の確信を探し始めたのか、俺には分からない。

 

ただ、あいつの中で何かが揺れたことだけは分かった。

 

ロスヴァイセは、その背中を静かに見送っていた。

 

「ジークも、変わり始めているのかもしれませんね」

 

「知らん。勝手に変われ」

 

「あなたは、そういうところがあります」

 

「どういうところだよ」

 

「自分では何もしていないように言うところです」

 

「実際、俺は面倒に巻き込まれてるだけだ」

 

絶花が横で首を傾げる。

 

「太郎は、巻き込まれた後に前に出る」

 

「それも断定するな」

 

「違う?」

 

「……今日はお前に刺される日かよ」

 

絶花は少しだけ満足そうだった。

 

その時、ロスヴァイセが預けた封印容器の一つが、淡く震えた。

 

北欧側の人員が反応するより先に、レオルドの声が飛び込んでくる。

 

『太郎、封印した術式ログが再反応してる』

 

「封印を抜けたのか?」

 

ロスヴァイセがすぐにルーンを展開する。

 

「まさか、封印を抜けて……?」

 

通信が再び開き、オーディンの声が低く響いた。

 

『いや、これは合図じゃな』

 

「合図?」

 

『ロキが、こちらの準備が整ったと見たのじゃろう』

 

封印容器の中で、黒い術式ログが一瞬だけ形を変えた。

 

それは文字ではない。

地図でもない。

だが、空間の奥に細い裂け目のような歪みを作り、遠くで誰かが笑ったような気配だけを残した。

 

ロキ本人は現れない。

 

声もない。

 

それでも、そこにいると分かる。

 

今までの罠が、予行であり、観察であり、下準備だったのなら。

今この反応は、始まりの合図だ。

 

ロスヴァイセの表情が強張る。

 

「では……」

 

「本番開始ってことか」

 

俺が言うと、封印容器の震えがすっと収まった。

 

残ったのは、嫌な静けさだけだった。

 

「最後まで性格悪いな」

 

俺は吐き捨てるように言った。

 

ロキの本格的な動きが始まった。

オーディンの来日。

三大勢力との会談。

英雄派に伸びる影。

そして、俺達の動きを見ていた術式。

 

面倒は、ここからが本番らしい。

 

ロスヴァイセは封印容器を見つめ、それから俺を見る。

 

「太郎さん」

 

「何だ」

 

「改めて、よろしくお願いします」

 

「さっき聞いた」

 

「何度でも言います。これは、私の決断ですから」

 

その言葉に、俺は少しだけ黙った。

 

ロスヴァイセはもう迷っていない。

 

正体を聞くことより、今は共に動くことを選んだ。

それは護衛としての判断であり、術者としての判断であり、彼女自身の決断だった。

 

俺は肩を竦める。

 

「分かったよ。面倒な神様と、面倒なロキと、面倒な会談に付き合ってやる」

 

「言い方はともかく、ありがとうございます」

 

「感謝するところか、そこ」

 

「慣れてきました」

 

「悪影響だな」

 

絶花が小さく頷く。

 

「でも、太郎っぽい」

 

「締まらねぇな」

 

俺は搬送連絡路の出口へ目を向けた。

 

ジークの姿はもうない。

だが、あいつの問いはまだ耳に残っている。

 

英雄を名乗るかどうか。

 

知るか、そんなもの。

 

名乗ったところで助かる奴が増えるわけじゃない。

なら、名乗る前に動く。

 

ロキが本番を始めるなら、こっちも準備するだけだ。

 

英雄でも、神の駒でも、誰かの理想でもない。

 

俺は俺のやり方で、目の前の被害を減らしに行く。

 

それだけで、十分面倒だった。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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