サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
搬送連絡路の非常灯は、まだ赤いままだった。
中型エモンズの残骸はロスヴァイセの封印術で抑え込まれ、黒いルーンの欠片も専用の容器へ収められている。北欧側の人員が到着し、壊れた搬送ゲートや歪んだ誘導灯の確認を始めていたが、誰も大きな声を出さない。
戦闘が終わった後の現場には、妙な静けさが残る。
機械の低い駆動音。
遠くで交わされる短い報告。
床に残った俺の光の線の残滓。
それらが、今さっきまでここで何が起きていたのかを、しつこく示していた。
俺は装甲を解き、少し離れた壁際で息を吐いた。
身体は動く。
怪我らしい怪我もない。
ただ、ロキの術式に触れた後の嫌な感覚が、まだ皮膚の奥に残っている。
「現場の封印は完了しました。残留術式は北欧側で保管します」
ロスヴァイセが封印容器を確認しながら言った。
「なら、ひとまず片付いたか」
「はい。ですが、終わってはいません」
「分かってる」
そう返すと、ロスヴァイセは俺を見た。
何かを確かめるような目だった。
太郎を見る目でありながら、同時にギャバン・キングを見た後の目でもある。
もう誤魔化せていない。
たぶん、俺もそれを分かっているし、ロスヴァイセも分かっている。
「……何だよ」
「いいえ。今は、聞かないと決めましたから」
「そうしてくれると助かる」
「助かる、で済ませるのですね」
「他に何て言えばいいんだよ」
ロスヴァイセは少しだけ困ったように眉を寄せたが、それ以上は踏み込まなかった。
前なら、ここで問い詰めてきてもおかしくなかった。
宇宙刑事とは何か。
ギャバン・キングとは何者か。
なぜ隠していたのか。
彼女の立場なら、聞く権利はある。
それでも今は聞かない。
その判断が、逆に重かった。
絶花は俺の横に立ち、ロスヴァイセと俺を交互に見ている。
余計なことは言わない。けれど、全部分かっている顔だった。
「太郎さん」
ロスヴァイセが、改めて俺の前に立った。
声の質が変わる。
任務の報告ではない。
謝罪でもない。
今度は、頼むための声だった。
「改めてお願いします」
「また堅い顔だな」
「あなたの力が必要です。ですが、それ以上に、あなたの判断を信じたい」
言われた瞬間、少し返事に詰まった。
力が必要だ、なら分かる。
ギャバン・キングとしての力。
宇宙刑事としての装備。
ロキの術式を断ち切る手段。
そこを頼られるのは、まあ分かる。
だが、判断を信じたい、か。
面倒な言い方を覚えたものだ。
「面倒な頼み方を覚えたな」
「茶化さないでください」
「茶化してねぇよ。……まあ、そこまで言われたら断りにくいだろ」
「では」
「やる。どうせここまで来て、知らねぇ顔して帰れるほど器用じゃねぇしな」
ロスヴァイセの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
その横で、絶花がぽつりと言う。
「太郎は、頼まれたら行く」
「勝手に断定するな」
「違う?」
「……大体合ってるのが腹立つ」
絶花は小さく頷いた。
こいつはこういう時、余計な飾りを全部抜いて刺してくる。
ロスヴァイセはそのやり取りを見て、少しだけ笑った。
すぐに真面目な顔へ戻ったが、さっきまでの張り詰めた空気は少し薄くなっていた。
通信が開き、オーディンの声が入る。
『ロスヴァイセ、報告は聞いた。少年よ、おぬしはなかなか面白い』
「神様に面白がられるの、ろくな予感がしねぇな」
『そう邪険にするでない。褒めておる』
「褒め方が信用できねぇ」
『おぬし、ロキが嫌がる類いの人間じゃな』
「褒め言葉に聞こえねぇ」
『褒めておると言ったじゃろう。ロキは強いだけの相手より、思い通りに動かぬ相手を嫌う』
「じゃあ俺じゃなくてもいいだろ。俺より言うこと聞かない奴なんて山ほどいる」
『違うのう。おぬしは、ただ逆らうのではない。必要なものを先に見る』
「評価が面倒になってきたな」
『なら簡単に言おう。協力してくれんか、少年』
「ロスヴァイセにもう頼まれた」
『では、わしからも重ねて頼む』
「神様の依頼って、拒否権あるのか?」
『あるぞ。断った後が少し面倒なだけじゃ』
「ほぼ脅しだろ、それ」
オーディンは通信越しに愉快そうに笑った。
軽い。
相変わらず軽い。
だが、その軽さの奥にあるものは分かる。
ロキが本格的に動き出す。
オーディン本人だけではなく、来日と三大勢力会談にも危険が及ぶ。
それを理解した上で、あの爺さんは予定を進める気でいる。
『ロスヴァイセ。少年達との協力体制を維持せよ。三大勢力側への共有も進める』
「はい」
『少年よ、面倒を頼むぞ』
「面倒って自覚してるなら、もう少し減らせ」
『ロキに言ってくれ』
「言ったら喜ぶだろ」
『じゃろうな』
通信が切れると、搬送連絡路にまた静けさが戻った。
ロスヴァイセは一度、封印容器を北欧側の人員へ渡し、それから俺を見た。
「太郎さん」
「まだ何かあるのか」
「あります。ですが、それは全てが終わってからです」
「律儀だな」
「あなたが逃げないように、先に言っているのです」
「信用ないな」
「信用しています。だから、後で聞くと言っているのです」
そう返されると、少しやりづらい。
疑われる方がまだ楽だ。
信用しているから後で聞く、というのは面倒くさい。
けれど、悪い気はしなかった。
搬送連絡路の出口の方で、金属が軽く鳴る音がした。
振り向くと、ジークが立っていた。
英雄派へ戻ると言っていたはずだが、まだ完全には去っていなかったらしい。
魔剣グラムは鞘に収まっている。戦う気配はない。
「太郎」
「まだいたのか」
「行く前に、一つだけ聞きたい」
「お前の一つだけは大体面倒なんだよ」
ジークは否定しなかった。
静かな顔で、こちらを見ている。
前みたいに試す目ではない。
剣士として測る目でもない。
何かを、自分の中で確かめようとしている目だった。
「お前は英雄を名乗らないのだな」
言葉は短かった。
だが、重かった。
英雄派のジークにとって、その問いは軽いものではないのだろう。
英雄を求め、英雄の血や伝説を見てきた奴が、俺みたいな面倒な男にその言葉を向けている。
俺は少しだけ息を吐いた。
「名乗ったところで助かる奴が増えるわけじゃない」
ジークは黙った。
「名札でエモンズが止まるなら、いくらでも名乗ってやるよ。止まらねぇなら、先に動く方が早い」
「それが、お前の答えか」
「答えってほど立派なもんじゃねぇよ」
「いや。私には、十分だ」
ジークの声は低かった。
何かが沈むような声だった。
納得したというより、今まで持っていたものに、別のものが入り込んだような顔をしている。
「英雄を名乗らず、英雄として動く。ならば、我々が求めていた英雄とは何だ」
「知らねぇよ。そういうのは自分で考えろ」
「そうする」
「素直だと気持ち悪いな」
「君は、本当に台無しにするのが上手い」
「褒め言葉か?」
「違う」
ジークは少しだけ口元を緩めた。
それから、背を向ける。
「英雄派へ戻る。ロキの影がこちらにも伸びているなら、見過ごせない」
「釣られてる奴がいたら?」
「斬るか、止めるかは見てから決める」
「前よりマシな答えだな」
「君の影響だ」
「責任転嫁すんな」
「では、借りだと思っておけ」
「余計に嫌だ」
ジークは振り返らず、搬送連絡路の出口へ向かって歩いていった。
その背中は、最初に出会った時よりも少しだけ重く見えた。
英雄派としての確信が薄れたのか、それとも別の確信を探し始めたのか、俺には分からない。
ただ、あいつの中で何かが揺れたことだけは分かった。
ロスヴァイセは、その背中を静かに見送っていた。
「ジークも、変わり始めているのかもしれませんね」
「知らん。勝手に変われ」
「あなたは、そういうところがあります」
「どういうところだよ」
「自分では何もしていないように言うところです」
「実際、俺は面倒に巻き込まれてるだけだ」
絶花が横で首を傾げる。
「太郎は、巻き込まれた後に前に出る」
「それも断定するな」
「違う?」
「……今日はお前に刺される日かよ」
絶花は少しだけ満足そうだった。
その時、ロスヴァイセが預けた封印容器の一つが、淡く震えた。
北欧側の人員が反応するより先に、レオルドの声が飛び込んでくる。
『太郎、封印した術式ログが再反応してる』
「封印を抜けたのか?」
ロスヴァイセがすぐにルーンを展開する。
「まさか、封印を抜けて……?」
通信が再び開き、オーディンの声が低く響いた。
『いや、これは合図じゃな』
「合図?」
『ロキが、こちらの準備が整ったと見たのじゃろう』
封印容器の中で、黒い術式ログが一瞬だけ形を変えた。
それは文字ではない。
地図でもない。
だが、空間の奥に細い裂け目のような歪みを作り、遠くで誰かが笑ったような気配だけを残した。
ロキ本人は現れない。
声もない。
それでも、そこにいると分かる。
今までの罠が、予行であり、観察であり、下準備だったのなら。
今この反応は、始まりの合図だ。
ロスヴァイセの表情が強張る。
「では……」
「本番開始ってことか」
俺が言うと、封印容器の震えがすっと収まった。
残ったのは、嫌な静けさだけだった。
「最後まで性格悪いな」
俺は吐き捨てるように言った。
ロキの本格的な動きが始まった。
オーディンの来日。
三大勢力との会談。
英雄派に伸びる影。
そして、俺達の動きを見ていた術式。
面倒は、ここからが本番らしい。
ロスヴァイセは封印容器を見つめ、それから俺を見る。
「太郎さん」
「何だ」
「改めて、よろしくお願いします」
「さっき聞いた」
「何度でも言います。これは、私の決断ですから」
その言葉に、俺は少しだけ黙った。
ロスヴァイセはもう迷っていない。
正体を聞くことより、今は共に動くことを選んだ。
それは護衛としての判断であり、術者としての判断であり、彼女自身の決断だった。
俺は肩を竦める。
「分かったよ。面倒な神様と、面倒なロキと、面倒な会談に付き合ってやる」
「言い方はともかく、ありがとうございます」
「感謝するところか、そこ」
「慣れてきました」
「悪影響だな」
絶花が小さく頷く。
「でも、太郎っぽい」
「締まらねぇな」
俺は搬送連絡路の出口へ目を向けた。
ジークの姿はもうない。
だが、あいつの問いはまだ耳に残っている。
英雄を名乗るかどうか。
知るか、そんなもの。
名乗ったところで助かる奴が増えるわけじゃない。
なら、名乗る前に動く。
ロキが本番を始めるなら、こっちも準備するだけだ。
英雄でも、神の駒でも、誰かの理想でもない。
俺は俺のやり方で、目の前の被害を減らしに行く。
それだけで、十分面倒だった。
次回の王は
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