サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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神殺し Case1

オーディンが来日した駒王学園には、普段とは違う緊張が張りついていた。

 

放課後の校舎に残る生徒の声は遠く、校庭を渡る風もどこか乾いている。表向きには、少し特別な来客を迎えるための警備でしかない。けれど、悪魔、天使、堕天使、そして北欧側の気配が重なった空間は、普通の学校というにはあまりにも密度が濃かった。

 

リアス・グレモリーの眷属たちは配置につき、周囲の結界も確認されている。アザゼル側の監視も入っていた。いざという時に備えるだけなら、十分すぎるほどの布陣に見える。

 

それでも、ロスヴァイセの肩から力は抜けなかった。

 

「ロスヴァイセ、固いのう。せっかくの来日じゃ、もう少し肩の力を抜いても罰は当たらんぞ」

 

オーディンはいつもの調子で笑っていた。年老いた神の姿をしていながら、その目の奥は軽くない。彼もまた、危険が近いことを理解した上で笑っている。

 

ロスヴァイセはその横に立ち、周囲の魔力の流れを追いながら答えた。

 

「抜けません。前回の件があります」

 

「ロキのことか」

 

「はい。あの方は、平穏に見える時間こそ利用します」

 

言葉にしながら、ロスヴァイセの脳裏には北欧での一連の出来事がよぎっていた。

 

蒸気に混じった黒い感情。

人々の認識をずらす幻惑。

守るべき相手の位置を誤認させるエモンズ。

護衛を分断するための術式。

 

そのどれもが、正面から殴りかかってくるだけの敵ではなかった。ロキの術式は、人の責任感や判断を利用する。正しいことをしようとする者ほど、その隙に指を差し込まれる。

 

だからこそ、何も起きていない今が怖い。

 

「ロスヴァイセさん、何か気になることが?」

 

リアスが静かに問いかける。

 

ロスヴァイセは少し視線を落とし、校庭の端に伸びる影を見た。

 

「影の伸び方が一瞬ずれました」

 

「影、ですか?」

 

イッセーが思わず周囲を見る。見たところ、校舎の影も木々の影も普通に見える。だが、ロスヴァイセには分かる。ほんの僅かに、風と影の向きが噛み合っていない。

 

「些細な違和感です。ですが、ロキ様の術式は、そういう隙間に入り込みます」

 

オーディンは目を細めた。

 

「ほう。以前より、よく見ておる」

 

「見なければ守れません」

 

返した声は、思ったより硬かった。

 

その硬さを自覚しても、崩す気にはなれない。今の自分は、ただ任務として警戒しているだけではない。前章で共に動いた者たちの判断も、自分の中に残っている。

 

見えているものをそのまま信じるな。

標識を見るな。

人の流れについていくな。

誰が本当に危険な場所にいるのかを見ろ。

 

あの乱暴で、面倒そうで、それでも常に被害を減らす方へ動いていた少年の声が、耳の奥に残っている。

 

今は彼はいない。

 

だから、自分が見るしかない。

 

校庭の空気が、ふと沈んだ。

 

風が止まったわけではない。むしろ、風は吹いている。だが、その風の流れだけが、校舎と結界の間で一瞬だけ逆向きに折れた。

 

ロスヴァイセは迷わずオーディンの前へ出た。

 

「オーディン様、お下がりください!」

 

次の瞬間、空間が裂けた。

 

ひび割れたような黒い線が空中に走り、その奥から笑い声が漏れる。

軽く、細く、聞く者の神経を撫でるような声だった。

 

「相変わらずだな、オーディン。老いてなお、のこのこと異国へ出向くとは」

 

黒い裂け目の向こうから、ロキが姿を現した。

 

その気配を見た瞬間、周囲の護衛陣が一斉に構える。リアスたちも前へ出た。だが、ロキはそれを眺めて楽しむように笑っている。

 

「出迎えにしては物騒じゃな、ロキ」

 

オーディンは軽い口調を崩さない。

 

「これは出迎えではない。幕開けだ」

 

ロキの指が、ゆっくりと宙を撫でた。

 

地面の下から、重い音が響く。

 

結界の外縁が軋み、黒い術式が地面を走った。それは蛇の鱗のように連なり、次々と巨大な影を生み出していく。

 

最初に現れたのは、太い首だった。

 

続いて、長大な胴。

黒灰色の鱗。

赤黒い目。

神話の名を模した、しかし本物ではない量産された蛇の群れ。

 

量産型ミドガルズオルム。

 

それらが地面を割り、校庭を囲むように這い出した。

 

「さあ、見せてやろう。ラグナロクの前奏だ」

 

ロキの声と同時に、蛇の群れが動いた。

 

リアスの指示が飛ぶ。

 

「全員、迎撃準備!」

 

朱乃の雷が落ち、木場の剣が走り、小猫が地面を蹴る。イッセーも赤い籠手を構え、迫る蛇へ向かっていく。北欧側の護衛も防御陣を展開し、三大勢力側の支援術式が重なった。

 

それでも数が多い。

 

一体一体は本物のミドガルズオルムには遠く及ばない。だが、巨体の質量と物量はそれだけで脅威になる。一本が結界へ巻きつき、別の一本が校舎側へ頭を向け、さらに二本が護衛線を押し潰すように進んでくる。

 

ロスヴァイセは淡青のルーンを広げ、オーディンの前に防壁を重ねた。

 

「数が多い……! 防御陣を広げます!」

 

「無理をするなよ、ロスヴァイセ」

 

「無理をしなければ守れない状況です!」

 

一体の量産型ミドガルズオルムが、護衛線の隙間を突いた。

 

リアスたちが別の個体を抑えている間に、その巨体が横へ滑り込み、黒い顎を開いてオーディンへ迫る。ロスヴァイセは即座に封印術を重ねようとしたが、別の蛇が防壁へ体当たりし、術式の支点をずらされた。

 

ロキが笑う。

 

「どうした、オーディン。護衛は多いが、道は空くものだな」

 

ロスヴァイセは歯を噛み締めた。

 

このままでは間に合わない。

 

そう判断した瞬間だった。

 

空が鳴った。

 

雷ではない。

魔力の爆発でもない。

 

それは、汽笛だった。

 

校庭の上空に、黒金の光が一本走る。空間を裂くのではなく、敷くように。道など存在しないはずの場所に、レール状のフィールドが形成されていく。

 

量産型ミドガルズオルムの群れが、その異常な気配に顔を上げた。

 

ロキも視線を向ける。

 

「何だ、あれは」

 

次の瞬間、黒と金を基調とした巨大なSL型メカが、空間に敷かれたレールを轟音と共に走り抜けた。

 

エクスプレスギャバリオン。

 

その車体が、護衛線を突破しかけた量産型ミドガルズオルムへ正面から突っ込む。黒金の装甲が蛇の巨体を弾き飛ばし、線路の外へ押し出した。さらに形成されたレールが横へ展開し、別の蛇の進路を強制的に捻じ曲げる。

 

一体、二体、三体。

 

巨大な蛇の群れが、次々と吹き飛ばされる。

 

エクスプレスギャバリオンの内部、コックピットの後方で、絶花はモニター越しに外を見ていた。

 

「間に合った」

 

彼女の声は小さかったが、操縦席に立つ銀黒の装甲の戦士には届いていた。

 

ギャバン・キングは前方のモニターに映るロキの軍勢を見据え、ギャバリオン・トリガーを握る。

 

「前奏にしちゃ、ずいぶん雑な音だな」

 

外部スピーカーを通して、その声が戦場へ響いた。

 

ロスヴァイセの瞳が揺れる。

 

「ギャバン・キング……!」

 

そこに太郎の名は出さない。

 

出せない。

 

彼が何者かを、ロスヴァイセはほぼ知っている。けれど今この場で、それを明かす理由はない。彼は正体を隠して戦場に来た。ならば、自分もその判断を守る。

 

ロスヴァイセはすぐに護衛の顔へ戻り、防御陣を組み直した。

 

エクスプレスギャバリオンは黒金のレールをさらに広げ、オーディンへ向かう蛇の進路を断ち切る。車体の側面に走る光が強まり、再び汽笛が鳴った。

 

ギャバン・キングの声が続く。

 

「急行便だ。邪魔な蛇は線路の外へどけ」

 

黒金の車体が加速し、量産型ミドガルズオルムの群れをまとめて押し返す。蛇の鱗が砕け、黒い術式が弾け、校庭に走っていたロキの陣形が大きく崩れた。

 

オーディンは、それを見て口元を緩める。

 

「間に合ったようじゃな、少年」

 

ギャバン・キングはエクスプレスギャバリオンの上部ハッチから姿を見せ、戦場を見下ろす。

 

「爺さん、毎回狙われる趣味でもあんのか」

 

「モテる老人はつらいのう」

 

「言ってる場合かよ」

 

ロキは、吹き飛ばされた自分の軍勢を見ても怒らなかった。

 

むしろ笑っていた。

 

「君か。なるほど、あの術式を乱した異物が、今度は列車で来るとは」

 

「異物で結構だ。お前の予定表に載ってない方が動きやすい」

 

「面白い。実に面白いよ。ラグナロクの前奏に、汽笛を混ぜる者がいるとはね」

 

「音程が狂ってたからな。直しに来ただけだ」

 

ギャバン・キングは軽く言い返しながらも、視線はロキだけに固定していなかった。

 

量産型ミドガルズオルムの残存数。

護衛線の崩れた場所。

ロスヴァイセの防御陣。

リアスたちの位置。

オーディンへ繋がる最短経路。

 

その全部を見ている。

 

ロスヴァイセはそれを感じ取った。

前章で何度も見た判断だ。敵を倒すより先に、被害の出る場所を塞ぐ。守るべき相手と、術式の支点と、人の流れを見る。

 

だから彼女も迷わない。

 

「ギャバン・キング! 右側の二体を押し戻せば、護衛線を再構築できます!」

 

「了解。そっちは爺さんの前を空けるなよ」

 

「分かっています!」

 

ロスヴァイセは淡青のルーンを広げ、オーディンの周囲に防御陣を重ねた。

エクスプレスギャバリオンはその動きに合わせ、右側の量産型ミドガルズオルムへ突撃する。

 

黒金のレールが校庭を横切り、蛇の進路を捻じ曲げる。

本来なら存在しないはずの線路が、戦場の上に強引に敷かれ、巨体の群れを押し流していく。

 

ロキの軍勢は、まだ全滅していない。

 

ロキ本人も、まるで余裕を失っていない。

 

それでも、戦場の流れは変わった。

 

ロスヴァイセは防御陣の中心で息を整えながら、黒金の急行を見た。

 

信じると決めた相手が来た。

ただし、頼り切るためではない。

 

共に戦うために。

 

ギャバン・キングはレールの上からロキを見据え、ギャバリオン・トリガーを構えた。

 

「さて、悪神様。前奏が終わったなら、本番の前に線路整理といこうか」

 

ロキは笑う。

 

その笑みの奥に、まだ出していない牙を隠したまま。

 

「いいだろう。ならば見せてもらおうか。君の急行が、どこまで神話の終末に割り込めるのかを」

 

黒金の汽笛が、再び放課後の空へ響いた。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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