サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
# 第2話 黒金の急行と北欧の悪神
黒金のレールが、放課後の校庭を横切っていた。
本来ならば、そこに線路など存在しない。
土の地面も、結界の壁も、空間の歪みも関係なく、エクスプレスギャバリオンが敷いた軌道だけが戦場を貫いている。
量産型ミドガルズオルムの巨体が、その線路の外へ弾き飛ばされた。黒灰色の鱗が砕け、赤黒い術式が火花のように散る。校庭を囲むように這い出していた蛇の群れは、突入してきた黒金の急行に陣形を崩され、オーディンへ伸びていた最短経路を一度失った。
だが、吹き飛ばされたのは一部だけだった。
蛇の群れはまだ残っている。
校舎側へ回り込もうとする個体、結界外縁へ絡みつく個体、護衛線を押し潰すように前へ出る個体。どれも本物の神話級ではないが、巨体と数だけで十分に厄介だった。
ギャバン・キングは、エクスプレスギャバリオンの上部ハッチから戦場を見渡した。
ロキはいる。
オーディンを狙った張本人が、笑いながらこちらを見ている。
だが、今すぐそこへ突っ込むのは違う。
目の前で潰れかけているのは護衛線だ。
蛇の進路を塞がなければ、ロキを殴りに行く途中で被害が出る。
「右側の護衛線が崩れています! そのままではオーディン様への進路が開きます!」
ロスヴァイセの声が飛んだ。
彼女はオーディンの前に立ち、淡青の防御陣を重ねている。表情に焦りはあるが、判断は早い。ギャバン・キングが来たからといって、役目を譲るつもりはないらしい。
悪くない。
「了解。蛇の進路を曲げる」
ギャバン・キングはギャバリオン・トリガーを操作し、エクスプレスギャバリオンへ指示を送る。
車体の周囲に黒金の光が走った。
レール状フィールドが校庭の右側へ伸び、蛇の進行方向を斜めに切る。
エクスプレス内部、後方席の絶花はモニターを見つめていた。
外には出ない。今の彼女の役目は、戦場を見て、気づいたことを短く伝えることだった。
「右、二体。回り込む」
「見えてる。エクスプレス軌道、形成」
ギャバン・キングの声に応じ、レールが二本に分岐した。
回り込もうとしていた量産型ミドガルズオルムの前に、強引に軌道が敷かれる。蛇は進路を変えようとしたが、レール状フィールドが巨体の側面を押し、校庭中央へ引き戻した。
ロスヴァイセはそれを見て、即座に封印術を展開する。
「封印術式、展開準備!」
「ロスヴァイセ、押し込む。受け取れ」
「はい!」
ギャバン・キングがトリガーを引く。
エクスプレスギャバリオンの汽笛が鳴り、車体が短距離加速した。
巨大な蛇の胴体へ横から突っ込み、黒金の装甲で押し込む。量産型ミドガルズオルムは暴れ、赤黒い術式を撒き散らしたが、ロスヴァイセの淡青のルーンがその首元へ絡みついた。
「封印、固定します!」
蛇の動きが鈍る。
その隙にリアスたちが護衛線を立て直す。
小猫が崩れた地面を蹴って蛇の頭を押し返し、木場が足元の術式鱗を切り裂く。朱乃の雷が別の個体を牽制し、イッセーの一撃が迫っていた顎を横へ弾いた。
ロキは、その様子を眺めながら笑っていた。
「不思議だね。私を討ちに来たのではないのかい?」
ギャバン・キングはロキへ視線だけを向ける。
「お前を殴るのは後でいい。今は邪魔な蛇をどかす方が先だ」
「悪神を前にして、雑兵の処理を優先するのか」
「雑兵を放っておけば人が死ぬ。悪神様を眺める趣味はねぇよ」
ロキの笑みが、わずかに深くなった。
「なるほど。君は英雄ではなく、現場の掃除屋か」
「掃除屋で結構だ。お前の散らかし方が雑すぎる」
言い返しながらも、ギャバン・キングはロキへ踏み込まない。
挑発だと分かっている。
この場でロキを追えば、蛇の群れは護衛線を食い破る。オーディンへの射線が開く。校庭の外へ逃げた個体が市街地側に流れる。
ロキはそれを待っている。
なら、乗る必要はない。
「ロスヴァイセ、左の個体は核が浅い。首じゃなくて胴の下だ」
「見えています。ですが、防御陣を維持したままでは届きません」
「なら、こっちで寄せる」
ギャバン・キングはエクスプレスギャバリオンを左へ走らせる。
黒金のレールが校庭の地面を掠め、蛇の胴体の下へ潜り込むように伸びた。レールそのものが蛇の質量を持ち上げるわけではない。だが、進行方向を強制的にずらし、巨体の重心を崩すことはできる。
蛇が体勢を崩した瞬間、ロスヴァイセのルーンが胴の下へ滑り込んだ。
「封印術式、収束!」
淡青の光が蛇の術式核を縛り、動きを止める。
ギャバン・キングはそのまま車体を加速させ、封印された蛇を結界外縁から引き剥がすように押し飛ばした。
校庭に残っていた護衛陣から、短く息を吐く気配が広がる。
崩壊しかけていた戦場が、少しずつ形を取り戻していた。
オーディンはその中央で、いつものように杖を軽く突いていた。
狙われている本人とは思えないほど落ち着いている。だが、その目はロキではなく、ギャバン・キングとロスヴァイセの動きを見ていた。
「やはり、ロキが嫌がる類いの者じゃな」
「褒め言葉に聞こえねぇな」
ギャバン・キングが返すと、オーディンは喉の奥で笑う。
「褒めておる。力で押すだけならロキも喜んで罠を張る。じゃが、おぬしは罠より先に被害の出る場所を見る」
「評価が長い。要点だけにしろ」
「頼りにしておる」
「最初からそう言え」
そんなやり取りの間にも、ロキは余裕を崩さなかった。
吹き飛ばされた量産型ミドガルズオルムの残骸が、黒い煙となって消える。
だが、その黒い煙はただ霧散するのではなく、空中で一度だけ歪み、ロキの足元へ吸い込まれていった。
観察している。
それが分かる動きだった。
「面白い。本当に面白いよ。君は強いだけではない。盤面の線を勝手に引き直す」
「線路を敷くのは得意でな」
「前の術式もそうだった。認識をずらし、人の流れを曲げ、護衛を分ける。こちらがそう組んだ盤面を、君は無理やり現場の都合で組み替える」
「現場の都合を無視してる奴に言われたくねぇな」
「だから異物なのだよ」
ロキの指が空中で踊る。
残っていた量産型ミドガルズオルムのうち一体が、突然動きを変えた。
まっすぐオーディンへ向かうのではなく、防御陣の外側を回り込み、ロスヴァイセの背後を狙う。
「ロスヴァイセの方、危ない」
絶花の声が飛ぶ。
ギャバン・キングはすぐに反応した。
「了解。ロスヴァイセ、支点を左へずらせ」
「左ですか?」
「蛇の頭をそっちへ押し込む。今の位置じゃ封印が滑る」
一瞬だけ間があった。
だが、ロスヴァイセは迷わなかった。
「……分かりました。支点変更、左へ!」
彼女は防御陣の一部を維持したまま、封印術の支点を左へずらす。
普通なら危険な判断だ。オーディンの前に張った防御に、一瞬だけ薄い箇所ができる。
だが、その薄い箇所を蛇に通さないために、ギャバン・キングがいる。
「エクスプレス、突撃補助!」
黒金の車体が再加速した。
レールが蛇の進路へ割り込み、巨体を真横から押す。量産型ミドガルズオルムの頭部が、強制的にロスヴァイセの左側へ向けられる。
そこへ、淡青の封印術が落ちた。
「封印、固定しました!」
「よし、次だ」
ギャバン・キングは蛇の頭を蹴るように車体を滑らせ、次の個体へ向かう。
ロスヴァイセは防御陣を張り直しながら、ほんの一瞬だけギャバン・キングを見た。
彼の正体を、彼女は知っているようで知らない。
いや、知らないふりをしているのかもしれない。
だが、今はそれでいい。
彼はギャバン・キングとしてここにいる。
なら、自分もその名で呼び、その力と判断を信じて動く。
「ギャバン・キング、右後方の個体は術式核が二重です。押し込むだけでは再生します」
「なら先に外側を剥がす。封印は内側に合わせろ」
「了解しました!」
ギャバン・キングはギャバリオン・トリガーを構え、エクスプレスギャバリオンの前面にエネルギーを集中させる。車体の突撃だけではなく、先端から放たれる黒金の衝撃波が蛇の外殻を剥ぎ取った。
量産型ミドガルズオルムが咆哮する。
その声に合わせてロキが笑う。
「よく動く。実によく動く。けれど、その忙しさはいつまで続くかな」
「お前が蛇を出すのをやめるまでだろ」
「私がやめると思うかい?」
「思わねぇよ。だから面倒だって言ってる」
「では、次はどうする? 蛇を止めるか、護衛を守るか、私を追うか」
「選ばせたいなら、もう少し上手く隠せ。全部見えてる」
ギャバン・キングはそう言い、蛇の群れではなく、校庭の隅に残った黒い術式の結び目へトリガーを向けた。
ロキの目が細くなる。
「ほう」
「量産型を動かす支点だろ。蛇ばかり見せて、足元が雑なんだよ」
「雑と言われるのは心外だね」
「じゃあ、性格が悪い割に片付けが下手だ」
ギャバン・キングはギャバリオン・トリガーから黒金の光弾を放つ。
光弾はレール状の軌跡を描き、校庭の隅に刺さっていた黒い術式支点を撃ち抜いた。
その瞬間、残っていた量産型ミドガルズオルムの動きが鈍る。
ロスヴァイセがそれを見逃さない。
「今です! 防御陣を前へ!」
リアスたちが動く。
悪魔側の攻撃が一斉に重なり、北欧側の護符が蛇の胴を縛る。ギャバン・キングはエクスプレスギャバリオンを再び加速させ、残った蛇を結界外縁へ押し流した。
戦場が、ようやく押し返される。
量産型ミドガルズオルムの大半は崩れ、黒い煙となって消えていった。
校庭の地面には深い跡が残り、結界もあちこちが歪んでいる。それでも、オーディンへの進路は塞がれ、護衛線は立て直された。
ロキは拍手するように手を叩いた。
「見事だ。実に見事だよ、ギャバン・キング。君は私の蛇を討ったのではない。私の配置を乱した」
「配置も蛇も邪魔ならどかすだけだ」
「だからこそ、次はその線路ごと噛み砕かれるか試してみよう」
ギャバン・キングはロキを見る。
その言葉には、ただの比喩ではない重さがあった。
量産型ミドガルズオルムとは違う。もっと深く、もっと古く、もっと鋭い気配がロキの背後に一瞬だけ揺れる。
名前はまだ出ない。
だが、何かがいる。
エクスプレス内部で、絶花がモニターを見つめたまま小さく呟く。
「……今の、嫌な感じ」
「だろうな」
ギャバン・キングは低く返した。
オーディンもまた、ロキの背後に漂った気配を感じ取っていた。先ほどまでの軽い笑みが、ほんの少し薄れる。
ロスヴァイセも息を呑む。
「ロキ様、まさか……」
ロキは答えない。
ただ、笑っている。
「今日はここまでにしておこう。前奏に汽笛が混ざるとは思わなかったが、それはそれで面白い」
「逃げるのか?」
「逃げる? 違うね。曲には順番がある。君が線路を敷くなら、私は次にそれを噛み砕く牙を用意するだけだ」
「嫌な予告だな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
ロキの姿が黒い歪みに包まれる。
残っていた蛇の煙も、その歪みへ吸い込まれていく。
校庭に広がっていた重い気配が少しずつ薄れ、空間の裂け目が閉じていった。
完全に去ったわけではない。
そう感じさせる余韻だけを残して、ロキは姿を消した。
ギャバン・キングはしばらくその場を見ていた。
追うことはできるかもしれない。だが、今追えば、傷んだ結界と残った護衛線、混乱した学園周辺を放置することになる。
それは駄目だ。
「ロスヴァイセ、オーディンの周囲を再確認しろ。蛇の残滓が残ってるかもしれねぇ」
「分かりました。ギャバン・キングは?」
「こっちは線路の後始末だ。校庭に黒金のレール残したままだと、後で面倒だろ」
オーディンが笑う。
「相変わらず、戦った後に掃除を気にするのう」
「お前ら神様が散らかすからだろ」
「ロキに言ってくれ」
「言ったら喜ぶ」
「じゃろうな」
ロスヴァイセは、そのやり取りを聞きながら防御陣を畳み直した。
ギャバン・キングは正体を隠している。
絶花もエクスプレスの中から出てこない。
この場で明かされることは何もない。
だが、ロスヴァイセには十分だった。
ギャバン・キングは来た。
被害が出る前に、軍勢の進路を折り、護衛線を立て直し、自分の封印術に合わせて戦場を組み替えた。
なら、自分もこの信頼に応えるだけだ。
黒金の汽笛が、低く一度だけ鳴った。
ロキの前奏は押し返された。
しかし、その奥に潜む牙はまだ姿を見せていない。
放課後の校庭に残った静けさは、勝利の余韻というより、次の一撃を待つ前の間に近かった。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王