サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
# 第3話 北欧の護衛と悪魔の会談
ロキが消えた後も、結界は解かれなかった。
赤黒く歪んだ空の下に、駒王学園に似た輪郭だけが残っている。校舎らしき影、校庭だったはずの広場、外周を囲う結界壁。けれど、そこはもう現実の学園ではない。ロキの術式と三大勢力側の隔離結界が重なり、蛇の群れが暴れるためだけに広げられた異界の戦場だった。
地面には、量産型ミドガルズオルムが這った跡が黒く焼きついている。
俺が敷いた黒金のレールも、まだ薄く光を残していた。エクスプレスギャバリオンはその軌道上に停車し、車体の周囲で低い駆動音を鳴らしている。
現実側へ汚染を漏らさないため、結界は維持されたままだ。
三大勢力側の術者たちが外縁を固め、北欧側の護符がロキの残滓を封じ、悪魔側の結界術が崩れた足場を補強している。
安全な会議室などではない。
まだ蛇の臭いと黒い術式が残る戦場の一角に、簡易の指揮区画が作られていた。
「まず確認しましょう。今回の襲撃は、ロキ本人によるものと見て間違いないのですね」
リアス・グレモリーが、結界内に浮かべられた簡易投影を見ながら言った。
俺はギャバン・キングの装甲を解かず、その場に立っていた。
太郎としてここにいるわけにはいかない。ロスヴァイセも、それは分かっている。だから彼女は、俺の方を見てもその名を呼ばない。
「はい。術式の癖、魔力反応、言動。全て一致します」
ロスヴァイセはオーディンの傍らに立ち、崩れた結界面へ視線を向けたまま答えた。
「量産型ミドガルズオルムか。神話の大蛇を量産してくるとは、相変わらず趣味が悪い」
アザゼルが、蛇の術式残滓を記録した映像を見て肩を竦める。
「趣味だけじゃなく、片付け方も悪い。結界の中がえらいことになってるぞ」
俺が言うと、オーディンが愉快そうに笑った。
「そこを気にするのか、おぬしは」
「後処理する側は気にするんだよ。神様同士の喧嘩で床が抜けました、じゃ済まねぇだろ」
「ここは結界内じゃがな」
「だから現実に漏らす前に掃除してんだろ」
オーディンはますます楽しそうに笑う。狙われた本人の態度としては軽すぎるが、あの爺さんが軽口をやめた時の方が、たぶん事態は悪い。
指揮区画の片隅では、グレモリー眷属がそれぞれに待機していた。イッセーはエクスプレスギャバリオンをちらちら見ている。言いたいことは山ほどありそうだが、リアスの前だからか、今は黙っているらしい。
「ギャバン・キング」
リアスが俺に向き直った。
「あなたの助力には感謝しています。ですが、確認させてください。あなたは北欧側の正式な協力者なのですか?」
空気が少しだけ固くなる。
敵意ではない。
だが、当然の確認だ。
突然現れて、黒金の列車で蛇の群れを吹き飛ばした正体不明の宇宙刑事。味方として動いたとはいえ、会談と護衛の場に組み込むなら立場を確認しない方がおかしい。
「正式って言葉が好きだな。書類が必要なら後で誰かに回せ」
「そう流すな」
アザゼルが目を細める。
こいつの場合、ただの確認よりも余計な興味が混じっている。以前から俺の力と神器反応に引っかかっているのだろう。面倒な研究者の目だ。
「お前の力は、今回の護衛体制に大きく関わる。宇宙警察がどこまで介入するつもりなのか、そこは聞いておきたい」
「ロキが地球側で暴れてる。宇宙警察が無視する理由はねぇ。それじゃ足りないか?」
「敵ではない。それは分かっています」
リアスは落ち着いた声で続ける。
「けれど、共闘する以上、どこまで信用していいのかを確認する必要があります」
「まあ、そりゃそうだな」
そう返した時、ロスヴァイセが一歩前に出た。
「その点については、私から説明します」
「おい、余計なことは言うなよ」
俺が釘を刺すと、ロスヴァイセはまっすぐこちらを見た。
「言いません。今言うべきことだけを言います」
その声に、少しだけ前と違う強さがあった。
前なら、彼女は俺を問い詰める側だったかもしれない。
何者なのか。なぜ隠しているのか。どうして北欧の事件に関わっていたのか。
けれど今、彼女はそうしなかった。
「ロスヴァイセさん?」
リアスが促す。
ロスヴァイセは指揮区画に集まった者たちを見回し、それから言った。
「私は、彼の正体を保証するのではありません」
一拍、間が落ちる。
赤黒い空の下で、結界の外縁が低く軋んだ。
遠くでは、術者たちが蛇の残骸を封じ込めている。まだ終わっていない戦場で、その言葉は妙に重かった。
「ですが、彼の行動と判断を保証します」
アザゼルの眉がわずかに動く。
「行動と判断、か」
「北欧での一件でも、今回の襲撃でも、彼は敵を倒すことだけを優先しませんでした。被害を抑え、護衛線を立て直し、守るべき対象への道を潰しました」
ロスヴァイセの声は落ち着いていた。
「先ほどの戦闘でも、彼はロキ様へ突撃することを選ばず、量産型ミドガルズオルムの進路を曲げ、私たちが防御陣を再構築する時間を作りました。私の封印術に合わせ、戦場の流れを組み替えたのです」
「それは見ていたわ」
リアスが静かに頷く。
「敵を倒すというより、被害の出る場所を塞いでいた。あの動きは、ただ強いだけではできない」
イッセーがそこで我慢できなくなったように口を挟んだ。
「いや、でもあの列車、めちゃくちゃだったっすよ。蛇をまとめて吹っ飛ばして、線路まで空中に出して……あれ、どうなってるんですか?」
「聞く相手を間違えてるぞ」
俺が返すと、アザゼルが楽しげに口角を上げる。
「そこも聞きたいところだがな」
「聞いても面倒なだけだ。理解したところで運転できるわけじゃねぇ」
「お前、説明する気がないだけだろ」
「分かってるなら聞くな」
アザゼルは軽く笑ったが、それ以上は踏み込まなかった。
今ここで正体や仕組みを掘るより、ロキ対策を進める方が先だと判断したのだろう。そういう切り替えの早さは助かる。
ロスヴァイセは、俺の軽口を一度だけ目で咎めてから、言葉を続けた。
「オーディン様を守るという一点において、私は彼を信頼できます」
「重い言い方をするな。結界内の空気が湿る」
「茶化さないでください」
「茶化してねぇよ。照れ隠しだ」
「それを茶化していると言うのです」
ロスヴァイセが少しだけ眉を吊り上げる。
だが、その表情に迷いはなかった。
オーディンが杖を軽く鳴らした。
「ロスヴァイセがここまで言うなら、わしはその判断を買う」
アザゼルが腕を組む。
「北欧側としては、ギャバン・キングを協力者として扱うと?」
「そうじゃな。少なくとも、ロキ対策においては重要な協力者じゃ」
「持ち上げるな。使えるなら使え。こっちも必要な時に動くだけだ」
「ほれ、こういうところじゃ。ロキが嫌うのは」
「褒めるならもう少し分かりやすく褒めろ」
「面倒な若者じゃな」
「どっちがだよ」
オーディンの軽口に、指揮区画の空気が少し緩む。
だが、状況が軽くなったわけではない。
ロキは量産型ミドガルズオルムを失ったように見えて、実際には何かを持ち帰った可能性がある。
ちょうどその時、エクスプレスギャバリオンから通信が入った。
『蛇、消え方が変だった』
絶花の声だ。
指揮区画にいる何人かが通信の方へ視線を向ける。絶花は外へ出していない。エクスプレスの中で解析ログを見させている。あいつは短い言葉で妙なところを突くから、こういう場では余計な説明役より使える。
「具体的に言え」
『倒された後の黒い煙。ロキの方へ戻ってた』
アザゼルの顔つきが変わる。
「回収か」
ロスヴァイセもすぐに反応した。
「戦闘データ、または術式反応を持ち帰った可能性があります」
『蛇の核、全部消えてない。壊れた分だけ、何か抜かれてる』
「量産型を捨て駒にして、こっちの動きを記録したってことか」
俺が言うと、オーディンは低く息を吐いた。
「やはり、先ほどの襲撃は試しでもあったか」
「蛇の在庫処分ついでにデータ取りかよ。性格悪いな」
「ロキじゃからな」
「納得したくねぇ」
「さらに気になるのは、ロキが最後に残した言葉です」
ロスヴァイセが投影上に、ロキの発言記録を出す。
――次はその線路ごと噛み砕かれるか試してみよう。
その文字列を見た瞬間、指揮区画の空気がまた重くなった。
アザゼルが目を細める。
「線路ごと噛み砕く、か。比喩にしては嫌な言い方だ」
「比喩だけならいいがな」
俺は、ロキの背後に一瞬だけ揺れた気配を思い出していた。
量産蛇とは別のもの。もっと深く、もっと古く、理屈より先に本能が嫌がるような牙の気配。
ロスヴァイセも同じものを感じていたのだろう。声が僅かに硬くなる。
「オーディン様。ロキ様が本気で牙を持ち出すなら、先ほどの蛇とは比べものになりません」
オーディンの顔から、笑みが少しだけ薄れた。
「そうじゃな。量産の蛇ならば、まだ戦場で処理できる。じゃが、本物の牙が来るなら話は別じゃ」
「本物の牙?」
イッセーが問うと、オーディンはすぐには答えなかった。
この場で名前を出すには、まだ早い。
少なくとも、あの爺さんはそう判断したらしい。
「ロキの手札には、軽々に名を呼ぶべきでないものがある。今はそれだけ覚えておけばよい」
「つまり、もっと面倒なのがいるってことだろ」
俺が言うと、オーディンは苦笑した。
「身も蓋もないのう」
「蓋して安全になるならいくらでもするが、どうせ噛み砕かれるんだろ」
「その言い方は縁起が悪いですね」
ロスヴァイセが眉を寄せる。
「ロキの台詞を拾っただけだ」
「拾わないでください」
「じゃあ次から捨てる」
「そういう意味ではありません」
やり取りの間に、リアスが会議をまとめるように口を開いた。
「今後の体制を決めましょう。ロキが再び動く可能性が高い以上、結界と護衛の配置を見直す必要があります」
アザゼルが頷く。
「三大勢力側は結界の多層化と監視網を強化する。特に外からの侵入じゃなく、内部の認識をずらす術式に注意だな」
「グレモリー眷属は、学園周辺と会談関係者の防衛を担当します」
リアスの声に、眷属たちがそれぞれ頷いた。
ロスヴァイセはオーディンの横で姿勢を正す。
「私は引き続き、オーディン様の護衛に専念します。ただし、ロキ様の術式が再び戦場を分断する場合、ギャバン・キングとの連携を前提に防御陣を組みます」
「勝手に前提へ入れるな」
「先ほど、使えるなら使えと言ったのはあなたです」
「言ったけど、こう綺麗に使われると腹が立つな」
「慣れてください」
「北欧の護衛が雑になってきたぞ」
ロスヴァイセは一瞬だけ口元を緩めた。
本当に一瞬だったが、前より少しだけ距離が近い。
オーディンがそれを見逃すはずもなく、にやにやと笑う。
「よいではないか。信頼関係があるのは結構なことじゃ」
「オーディン様、今はそういう話ではありません」
「わしは何も言っておらんぞ」
「顔に出ています」
「年寄りの楽しみを奪うでない」
「奪います」
主神を即答で切った護衛に、アザゼルが小さく笑った。
会議の結論は、そこでほぼ固まった。
ギャバン・キングはロキ対策の重要協力者。
北欧側はそれを認め、三大勢力側も共闘の範囲内で受け入れる。
グレモリー眷属は結界内外の防衛と避難路の確保。
アザゼルたちは術式解析と監視網の補強。
エクスプレスギャバリオンは、緊急時の急行と突破、そして結界内の戦場制御を担当する。
役割は決まった。
だが、ロキが何を持ってくるのかは、まだ分からない。
指揮区画の外へ出ると、赤黒い空が低く広がっていた。
エクスプレスギャバリオンの黒金の車体が、その空の下で静かに待機している。レールの光はだいぶ薄れたが、完全には消えていない。
俺がそちらへ戻ろうとした時、背後から声がした。
「ギャバン・キング」
振り返ると、ロスヴァイセが立っていた。
会議の中では言えなかったことがある、という顔だ。
それでも、彼女は太郎の名を出さない。
「何だ」
「先ほどは、ありがとうございました」
「礼ならエクスプレスに言え。急いだのはあいつだ」
「それでも、あなたが来たから助かりました」
正面から言われると、相変わらずやりづらい。
「……そういうのは全部終わってからにしろ」
「はい。全てが終わってから、改めて」
ロスヴァイセはそこで一度、言葉を切った。
「その時には、聞くべきことも聞きます」
「忘れてなかったのかよ」
「忘れません」
「律儀だな」
「護衛ですから」
「それ、護衛関係あるか?」
「あります。たぶん」
たぶん、と言ったあたりで、彼女も自分で少しおかしいと思ったのだろう。
ほんの僅かに目を伏せた。
俺は肩を竦め、エクスプレスギャバリオンへ向き直る。
「なら、全部終わらせるしかねぇな」
「はい」
背後の返事は短かった。
結界の空はまだ赤黒い。
ロキの残り香も消えていない。
量産の蛇は押し返したが、その奥にある牙はまだ姿を見せていない。
会談は終わった。
次に来るのは、たぶん話し合いでは済まない。
黒金のレールが、足元でかすかに光った。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王