サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
# 第4話 フェンリルの牙
結界の空は、まだ赤黒いままだった。
ロキが消えてからしばらく経つというのに、隔離空間の奥には黒い歪みが残っている。駒王学園に似た輪郭はあるが、そこはもう現実の校庭ではない。校舎の影は曖昧で、地面には量産型ミドガルズオルムが這い回った跡が黒く焼きつき、三大勢力側の術者たちが外縁で汚染を封じ込めていた。
エクスプレスギャバリオンは黒金のレール上に停車している。外装には蛇の鱗を弾いた傷が残っているが、走行に問題はない。少なくとも、今のところは。
俺はギャバン・キングの装甲を解かず、車体の側面に手を当てていた。
太郎としてではなく、ギャバン・キングとしてここにいる。正体を隠す以上、この場で余計な素振りは見せられない。
『レール形成ログ、少し食われてる』
内部通信に、絶花の声が入った。
「食われてる?」
『蛇じゃない。別の反応が混ざってる』
エクスプレスの中で解析ログを見ている絶花は、モニターに顔を近づけているのだろう。声はいつも通り短いが、そこに微かな硬さがある。
「ロキの置き土産か」
『たぶん。噛んだ跡みたい』
噛んだ跡。
その言葉で、ロキが去り際に残した台詞が頭に戻る。
――次はその線路ごと噛み砕かれるか試してみよう。
悪趣味な予告だ。
比喩で済めばいいが、あいつの場合、わざわざ言葉にしたものはだいたい現実になる。
「残留術式はまだ消えてねぇな。ロキのやつ、結界の奥に爪痕を残してやがる」
少し離れた場所で、アザゼルが黒いルーンの痕跡を覗き込んでいた。周囲にはリアスたちも待機している。グレモリー眷属は戦闘後の警戒を解かず、結界の揺らぎに備えていた。
ロスヴァイセはオーディンの前に立ち、北欧式の防御陣を薄く展開している。
さっきの会談で俺を庇った時よりも、今の彼女はさらに硬い顔をしていた。
「黒い煙の回収痕もあります。やはり、先ほどの量産型は観察用でもあったのでしょう」
「蛇を撒いてデータ取りか。悪趣味な実験だな」
俺が吐き捨てると、オーディンが杖を軽く鳴らした。
「ロキは昔からそういう男じゃ。遊びに見せて、相手の足元を測る」
「神様連中、もう少し趣味を選べよ」
「それはロキに言ってくれ」
「言ったら喜ぶだろ」
「じゃろうな」
いつもなら、そこでオーディンは笑う。
だが、この時は笑い切らなかった。
結界の奥が、低く鳴った。
風ではない。
魔力の震えでもない。
もっと重く、骨の内側に響くような音だった。
ロスヴァイセの顔色が変わる。
「この気配は……」
「下がれ、ロスヴァイセ」
オーディンの声が、低くなった。
その一言で周囲の空気が変わる。
さっきまで軽口を叩いていた爺さんの声ではない。主神として、危険を知っている者の声だった。
ロスヴァイセは一瞬だけ唇を結び、それでもオーディンの前から動かなかった。
「いいえ、下がりません。護衛ですから」
「ならば、防げると思うな。逸らせ」
その言葉が落ちた直後、結界の奥に黒い裂け目が開いた。
裂け目の向こうで、誰かが笑っている。
「調査熱心だね。壊された蛇の残り香まで丁寧に拾うとは」
ロキだった。
黒い歪みの向こうに立ち、こちらを眺めている。先ほど量産型ミドガルズオルムを吹き飛ばされた男の顔ではない。むしろ、ようやく次の玩具を出せる子供のような笑みだった。
「戻ってくるのが早いな。忘れ物か?」
「忘れ物ではない。続きだよ」
ロスヴァイセが防御陣を強める。
「ロキ様……!」
「君たちはよく動いた。線路を敷き、蛇を押し流し、護衛線を立て直した。実に見事だ」
「褒めに来たなら土産を置いて帰れ」
俺が返すと、ロキは楽しそうに目を細めた。
「置いていくとも。牙をね」
その瞬間、結界が震えた。
奥から咆哮が響く。
音だけで、量産型ミドガルズオルムの残り香が吹き飛んだ。
空間の表面が波打ち、三大勢力側が張っていた封鎖術式にひびが入る。リアスたちが一斉に身構え、イッセーの籠手が赤く光った。
俺はエクスプレスギャバリオンへ接続を戻す。
「エクスプレス、起動準備」
『太郎、これ、蛇と違う』
絶花の声が、内部通信で飛んだ。
外には聞こえない。だが、その一言だけで十分だった。
「分かってる。受けるな、逸らす」
『うん』
結界の裂け目が広がる。
そこから、巨大な牙が現れた。
全身は見えない。
顔すらまともには見えない。
ただ、空間の裂け目から覗く顎と、白く鋭い牙だけが結界の光を噛んでいた。
それだけで、分かる。
量産型とは違う。
術式で作った紛い物ではない。
神話の奥から出てくる、本物の圧だった。
ロスヴァイセが息を呑む。
「まさか……」
牙が動いた。
狙いは俺ではない。
オーディンでもない。
エクスプレスギャバリオンが敷いた黒金のレールだった。
「エクスプレス、軌道変更! 噛ませるな、流せ!」
黒金のレールが曲がる。
だが、遅い。
牙がレールへ噛みついた。
嫌な音が響いた。
金属が砕ける音ではない。
空間に敷いた軌道そのものを、理屈ごと噛み割る音だった。黒金の光が歪み、断裂し、噛み千切られた線路の端が火花のように散る。
エクスプレスギャバリオンの車体が大きく揺れた。
内部で絶花が椅子に掴まる気配が通信越しに伝わる。
『揺れた』
「怪我は?」
『ない。でも、エクスプレス、痛そう』
「後で撫でとけ。今は逸らす」
俺はトリガーを握り直し、砕けた軌道の残りを無理やり再形成した。
受け止めるのは無理だ。噛む力が違いすぎる。真っ向から止めようとすれば、レールどころか車体ごと持っていかれる。
なら、流す。
牙の進路に対して斜めに黒金の軌道を敷き、エクスプレスギャバリオンの車体を滑り込ませる。正面から受けるのではなく、噛み込む角度をずらす。列車で押し返すのではなく、線路ごと逃がす。
それでも牙は速かった。
エクスプレスギャバリオンの外装に、白い牙が掠める。
黒金の装甲が削れ、深い傷が走った。
出力表示が一瞬落ち、車体全体が軋む。
「ちっ……!」
俺は奥歯を噛み、軌道をさらに曲げる。
牙の一撃は結界外縁へ逸れ、三大勢力側の補強術式を削りながら空へ抜けた。裂け目の周囲に黒い亀裂が残り、空間がしばらく震え続ける。
ロスヴァイセがオーディンの前で防御陣を維持していた。
額には汗が滲んでいる。だが、下がっていない。
オーディンも表情を変えていた。
「今の蛇とは違う。あれは、神を喰う牙じゃ」
その言葉に、場が凍る。
「神を喰う……?」
リアスが低く呟く。
ロスヴァイセの唇が、震えるように名を形にした。
「フェンリル……」
イッセーが目を見開く。
「フェンリルって、北欧神話の……!」
「出してきやがったか、ロキの切り札を」
アザゼルの声にも、普段の軽さは少ない。
ロキは裂け目の向こうで満足そうに笑っていた。
「まだ出したとは言えないよ。今のは、ただの挨拶だ」
「挨拶で列車を噛むな。しつけがなってねぇぞ」
「彼にしつけを望むのは難しいね。何しろ、神を縛る鎖すら嫌う牙だ」
「犬の飼い主失格だな」
「飼っているつもりはないよ。私はただ、終末に相応しい舞台を整えているだけだ」
ロキの声は軽い。
だが、フェンリルの牙が残した傷は軽くない。
量産蛇は数と巨体で押してきた。
あれは列車でどうにかなった。進路を曲げ、押し流し、封印術へ押し込めば処理できる。
けれど、今の牙は違う。
線路を前提ごと噛んできた。
道を敷くというエクスプレスの強みを、正面から食い破る力だ。
「量産蛇は列車でどうにかなったが、今度の犬は線路ごと噛みそうだな」
俺が言うと、ロキは楽しそうに笑みを深めた。
「理解が早い。だから君は面白い」
「面白がられる趣味はねぇよ」
「次に君が線路を敷く時、その先に牙が待っていることを忘れないことだ」
「忘れ物が多い奴に言われたくねぇな」
「では、また会おう。終末の線路の上で」
黒い裂け目が揺らぐ。
その奥で、フェンリルらしき影が一瞬だけ動いた。
巨大な眼がこちらを見た気がした。獣の目ではあるが、ただの獣ではない。飢えでも怒りでもなく、噛めるものを探す本能だけがそこにある。
ロスヴァイセの防御陣が、わずかに震える。
俺はエクスプレスギャバリオンの損傷ログを確認しながら、ロキへトリガーを向けた。撃っても当たらない。あいつはもう半分以上、結界の奥へ退いている。
「逃げ足だけは速いな」
「舞台袖に下がるのも演出のうちさ」
「次は客席ごと轢くぞ」
「その線路が残っていればね」
ロキの姿が黒い歪みに呑まれる。
裂け目もまた、ゆっくりと閉じていった。
完全に消える直前、低い咆哮だけが結界の奥から響き、赤黒い空に染み込むように消える。
後に残ったのは、噛み砕かれた黒金のレールと、エクスプレスギャバリオンの側面に刻まれた牙痕だった。
俺はしばらく、それを見ていた。
「ギャバン・キング」
ロスヴァイセが声をかけてくる。
「エクスプレスギャバリオンは……?」
「致命傷じゃない。だが、綺麗なもんでもねぇな」
「フェンリルの牙を受けて、それで済んだだけでも異常です」
「受けてねぇ。逸らしただけだ」
「それでもです」
彼女の声には、まだ緊張が残っていた。
北欧の者として、フェンリルの名が持つ重さを誰より理解している。
それでも、オーディンの前から下がらなかった。
「怖かったか」
俺が聞くと、ロスヴァイセは少しだけ目を伏せた。
「怖くないと言えば嘘になります」
「だろうな」
「ですが、下がる理由にはなりません」
「護衛だからか」
「はい」
短い返事だった。
さっきオーディンに向かって言った言葉と同じだ。
だが今の方が、ずっと腹に落ちる。
オーディンが歩み寄る。
「無茶をしたのう、ギャバン・キング」
「爺さんに言われると腹立つな」
「わしは狙われただけじゃ」
「それが一番面倒なんだよ」
「フェンリルを出してきた以上、ロキは遊びを一段進めた。次は今のような挨拶では済まぬ」
「だろうな」
俺はエクスプレスギャバリオンの傷を見た。
黒金の外装に残る、深い牙痕。
そこから微かな黒い気配が滲んでいる。噛まれた場所に、ただの物理的な傷ではない呪いのようなものが残っている。
『太郎』
絶花の声が内部通信で入る。
「何だ」
『エクスプレス、痛そう』
「さっきも聞いた」
『でも、動く』
「犬に噛まれた程度で止まる列車じゃねぇよ」
『でも、噛まれた』
「……ああ。次は噛ませねぇ」
口に出してから、自分でも分かる。
さっきまでの軽口とは違う。
量産蛇を相手にしていた時とは、警戒の段階を変える必要がある。
フェンリルは、線路を噛む。
なら、次は噛ませないための線路を敷くか、噛まれても走れる形にするしかない。
ロスヴァイセが、牙痕の残った車体を見上げる。
「対策が必要です」
「分かってる」
「防ぐのではなく、逸らす。先ほどのオーディン様の言葉通りです」
「受け止めようとしたら列車ごと持っていかれるからな」
「それでも、次は狙ってきます」
「来るだろうな。ロキの野郎、こっちの反応を見て楽しんでた」
アザゼルが近づき、牙痕を見て低く唸る。
「こいつは解析しがいがあるな。神喰狼の牙痕なんざ、そう見られるもんじゃねぇ」
「削るなよ」
「分かってる。車体ごと持って帰りたいくらいだがな」
「やったら轢く」
「冗談だ」
「お前の冗談は信用できねぇ」
アザゼルは肩を竦めたが、目は真剣だった。
フェンリルの牙痕は、三大勢力にとっても無視できる情報ではないのだろう。
リアスが結界の奥を見つめる。
「今のが本格投入ではないなら、次はもっと危険になりますね」
「そうだな」
俺は短く答えた。
結界内の赤黒い空に、さっきの咆哮の余韻がまだ残っている。
量産型ミドガルズオルムを吹き飛ばした時の爽快感は、もうない。
あるのは、噛み砕かれたレールと、次に来る牙への準備だけだ。
オーディンが静かに言う。
「ロキは終末の舞台を作るつもりじゃ。蛇を撒き、牙を見せ、我らの動きを測っておる」
「なら、測り間違えさせるしかねぇな」
「できるか?」
「知らん。けど、線路を敷くのはこっちの仕事だ」
俺はエクスプレスギャバリオンの車体に手を置いた。
傷は深い。
だが、駆動音は止まっていない。
「噛まれる前提で走る列車なんざ趣味じゃねぇ。次は、あの犬の顎を外してやる」
絶花が内部で小さく頷いた気がした。
ロスヴァイセも、オーディンの前に立ったまま防御陣を張り直す。
怖さは消えていない。
それでも彼女は下がらない。
結界の奥に牙がいる。
ロキはそれを見せただけで、戦場の空気を変えていった。
黒金のレールは噛み砕かれた。
だが、終わりではない。
俺たちはまだ、走るための道を探している。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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幻想王