サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
噛み砕かれた黒金のレールは、まだ結界の地面に残っていた。
正確には、地面ではない。駒王学園に似せた輪郭を持つ、隔離結界内の戦場跡だ。赤黒く歪んだ空の下、校舎らしき影は遠くで揺れ、蛇が這った跡とフェンリルの牙が裂いた空間の傷だけが、やけに生々しく残っている。
エクスプレスギャバリオンは、少し離れた場所で低い駆動音を鳴らしていた。走行不能ではない。だが、側面に刻まれた牙痕は、ただの傷では済まなかった。黒金の装甲の表面に、噛まれた場所だけ薄い黒い靄が滲んでいる。
俺はギャバン・キングの装甲を解かず、その牙痕を見ていた。
「こいつは厄介だな」
アザゼルが横から覗き込み、顔をしかめる。
「牙痕に術式干渉が残ってる。物理的な傷だけじゃねぇ。噛まれた部分のエネルギー循環が鈍ってるぞ」
「犬の噛み跡にしちゃ、しつこいな」
「相手が神喰狼なら、しつこいどころじゃ済まねぇだろ」
エクスプレス内部から通信が入る。
『牙痕、まだ残ってる』
絶花の声だった。外には出していない。あいつは内部で損傷ログとレール形成データを見ている。
「分かってる」
『再形成、遅い』
「噛まれた場所をそのまま線路に使うと、また食われるってことか」
『たぶん』
「面倒だな」
そう言いながら、俺は臨時指揮区画へ戻った。
結界内の一角に作られた指揮区画には、オーディン、ロスヴァイセ、リアス・グレモリーたち、アザゼル、三大勢力側の術者が集まっていた。会議室ではない。まだ戦場の匂いが残る場所に、簡易の投影術式と防護陣を重ねただけの作戦場だ。
中央には、フェンリルの牙が噛み砕いたレールの映像が浮かんでいる。
リアスが静かに口を開いた。
「エクスプレスギャバリオンは、次も動けるのですか?」
「動く。だが、同じ噛まれ方をしたら面倒だ」
「つまり、受け止めるのではなく、逸らす必要があるということですね」
ロスヴァイセが続ける。
彼女はオーディンの傍らに立ち、いつでも防御陣を展開できる位置を取っていた。フェンリルの気配を前にしても下がらなかった護衛の顔だ。
「ああ。正面から受けるとレールごと持っていかれる。牙の進路を曲げて、噛ませる場所をずらすしかねぇ」
「黒金のレールを複数に分散するのはどうだ?」
アザゼルが投影を操作しながら言う。
「一本の軌道を噛まれるなら、最初から噛ませる囮と逃がし道を分ける。結界側でも逃がしの通路を作れば、少なくとも現実空間へ裂け目が抜けるのは防げる」
「言うのは簡単だな」
「やるのはお前だ」
「研究者ってのは本当に性格が悪い」
「ロキよりはマシだろ」
「比べる対象が底すぎる」
そのやり取りに、イッセーが少し引きつった顔をした。
「いや、でもマジであれを逸らしただけでもすごいっすよ。俺、見てて背筋が冷えましたから。あの牙、なんか見られただけで噛まれそうな感じがして」
「感覚は間違ってねぇ」
アザゼルが真面目な声で言った。
「フェンリルはただのデカい狼じゃない。神話級の“噛む”概念そのものを持ってきてる。結界も術式も、噛めるものなら噛む。だから厄介なんだ」
オーディンは、先ほどから軽口を控えていた。
完全に黙っているわけではないが、いつものような調子ではない。フェンリルの名が出た時だけ、主神としての重さが見える。
「ロキがあれを本格的に出すなら、護衛の考え方を変えねばならん。防ぐだけでは足りぬ。裂ける前に逸らし、噛まれる前に狙いをずらす必要がある」
「そのためには、ギャバン・キングの力が重要になる」
リアスが俺を見る。
「あなたの力を疑うつもりはありません。けれど、護衛計画に組み込む以上、立場を確認しなければなりません」
まあ、来るよな。
「正体不明の戦力を中核に入れるのは、こっちとしてもそれなりにリスクがある」
アザゼルも続ける。
視線には、警戒と興味が半々で混じっていた。こいつはこいつで、俺の中身を剥がして調べたい顔をしている。
「俺の身元より、犬の噛み跡を見た方が有益だろ」
「それも見る。だが、お前も見る」
「研究者の目で見るな。気色悪い」
「安心しろ。解剖はしねぇよ」
「言う時点で安心できねぇ」
リアスは小さく息を吐き、真面目な顔を崩さなかった。
「敵ではない。それは分かっています。だからこそ、共闘の形をはっきりさせたいのです」
「形ねぇ。面倒だが、まあ必要なのは分かる」
俺がそう返した時、ロスヴァイセが一歩前へ出た。
「その点については、私から改めて申し上げます」
「また重くする気か」
「必要なことです」
「必要なことは大体面倒なんだよ」
「それでも言います」
ロスヴァイセの声は、静かだった。
結界内を吹く風が、赤黒い空の下で止まったように感じる。周囲の視線が彼女に集まる。オーディンも、アザゼルも、リアスたちも、彼女の言葉を待っていた。
ロスヴァイセは俺を見ない。
いや、一瞬だけ見たが、すぐに全員へ向き直った。
「私は彼の正体を語りません」
一拍、間が落ちる。
「ですが、彼が何を守ろうとしているかは見てきました」
リアスが小さく呟く。
「何を守ろうとしているか……」
「彼は、ロキ様を倒す功績を求めていません。量産型ミドガルズオルムの時も、フェンリルの牙の時も、まず被害を減らす判断をしました」
ロスヴァイセの言葉は、妙に真っ直ぐだった。
「量産型の蛇がオーディン様への進路を開こうとした時、彼はロキ様を追わず、護衛線を立て直しました。フェンリルの牙に対しても、正面から受け止めて力を示すのではなく、逸らして結界と周囲を守りました」
「受け止めるより逸らす。派手さより実利を取った、か」
アザゼルが言うと、ロスヴァイセは頷いた。
「はい。だから私は、彼に頼るのではありません」
彼女はそこで初めて、俺を見た。
「彼と連携するために、彼を信じます」
やりづらい。
疑われるなら返しやすい。
責められるなら流せる。
だが、こういう信じ方をされると、雑に返すにも限度がある。
「……勝手に保証人になるな。面倒が増える」
「増えた面倒を減らすための会議です」
「言い返しが上手くなってきたな」
「あなたの影響かもしれません」
「悪影響だろ、それ」
ロスヴァイセはほんの少しだけ目を細めた。笑った、というほどではない。けれど、前より確かに硬さが抜けている。
オーディンが杖を鳴らした。
「ロスヴァイセが護衛としてそう判断するなら、わしはその判断を買う」
「北欧側として、ギャバン・キングを正式協力者として扱う、ということでよろしいですね」
リアスが確認すると、オーディンは頷く。
「うむ。少なくとも、このロキとフェンリルの件においてはな」
「正式だの重要だの、名前を重くするな。動きにくくなる」
「では、面倒な協力者ということでどうじゃ」
「余計悪いわ」
オーディンの軽口に、少しだけ場の空気が緩んだ。
だが、議題は重いままだ。
フェンリルの牙は、次に来ればただの挨拶では済まない。
アザゼルが投影を切り替える。
「方針はこうだ。牙を受けるんじゃなく逸らす。エクスプレスのレールは一本固定じゃなく複数分散。結界側でも逃がし道を作る。噛まれる前提の囮軌道と、実際に走る軌道を分ける」
「囮の線路か」
「噛まれたら終わりの一本線よりはマシだろ」
「まあな」
ロスヴァイセが続ける。
「私はオーディン様の護衛を維持しつつ、フェンリルの牙が通る瞬間に封印術で進路を鈍らせます。止めるのではなく、角度を変えるための一瞬を作ります」
「無茶はするなよ」
俺が言うと、彼女はまっすぐ返した。
「それはあなたにも言えることです」
「俺のは無茶じゃなくて計算だ」
「そう言う人ほど無茶をします」
「誰かに似てきたな」
「あなたです」
「最悪だ」
リアスは、そんなやり取りを見ながら少しだけ表情を和らげたが、すぐに会議の声へ戻した。
「私たちは結界内の防衛線と退避経路を担当します。フェンリルの牙が結界を裂いた場合、現実側へ被害が漏れないよう、眷属を分けて補強に回します」
「こっちはエクスプレスの噛み跡をどうにかする。次も同じように噛ませる気はねぇ」
『エクスプレス、少し怒ってる』
絶花の声が通信に乗った。
指揮区画に、妙な間が生まれる。
「……怒ってるのか、列車が?」
イッセーが困惑したように言う。
「怒るだろ。噛まれっぱなしで黙ってる列車じゃねぇからな」
『うん。怒ってる』
「絶花、お前は外部通信で変な補足をするな」
『してない。事実』
アザゼルが肩を震わせて笑い、オーディンも楽しげに頷いた。
「頼もしい列車じゃのう」
「褒めるなら修理代も出せ」
「北欧神話勢力宛てで請求書を回すか?」
「本気にするぞ」
「よいぞ。ロキに回しておこう」
「払うわけねぇだろ」
「なら、踏み倒した分だけ殴ればよい」
「神様の会計処理、雑すぎる」
軽口はそこで終わった。
アザゼルは牙痕の解析を進め、リアスたちは結界内の防衛線を確認し始める。ロスヴァイセはオーディンの護衛位置を再設定し、北欧側の術者へ短く指示を出した。もう彼女は、俺を疑うために視線を向けていない。
連携するために見ている。
それが、妙に分かる。
会議が一段落したところで、俺はエクスプレスギャバリオンの方へ戻った。
赤黒い空の下、黒金の車体にはまだ牙痕が残っている。近づくと、装甲の奥で低く唸るような駆動音がした。
「怒ってる、ねぇ」
『怒ってる』
絶花が内部通信でまた言う。
「分かったよ。次は噛ませねぇ」
『でも、噛むの強い』
「だから線路を一本にしない。噛ませる線と走る線を分ける。あと、ロスヴァイセの封印術で牙の角度を鈍らせる」
『ロスヴァイセ、信じてた』
「聞いてたのか」
『聞こえた』
「余計なところばっか拾うな」
『太郎、否定しなかった』
俺は少し黙った。
装甲越しに、エクスプレスの牙痕へ手を置く。
「否定する理由がねぇだろ」
『うん』
短い返事だった。
その短さが、やけに刺さる。
背後で足音がした。振り返ると、ロスヴァイセが立っている。
会議中の顔ではない。少しだけ、個人としての表情が混じっていた。
「ギャバン・キング」
「今度は何だ」
「先ほどの発言で、あなたを困らせたなら謝ります」
「困ってねぇ。面倒なだけだ」
「同じでは?」
「違う。たぶん」
「たぶん、ですか」
ロスヴァイセは少しだけ息を吐いた。
「ですが、撤回はしません」
「だろうな」
「私は、あなたに頼り切るつもりはありません。オーディン様の護衛は私の役目です。ですが、フェンリルを相手にするなら、一人で守るという考え方では足りません」
「正しい判断だろ」
「はい。だから、あなたを信じます。連携するために」
正面から言われると、やっぱり重い。
だが、前ほど悪くはなかった。
「なら、こっちも使えるもんは使う。お前の封印術で牙の角度を鈍らせろ。止めようとするな。止めようとしたら潰される」
「分かっています。止めるのではなく、逸らすための一瞬を作る」
「そうだ。それで十分だ」
「十分、ですか」
「十分だろ。一瞬あれば列車は進路を変えられる」
ロスヴァイセは、牙痕の残るエクスプレスギャバリオンを見上げた。
「次は、噛ませないのですね」
「少なくとも、同じ噛まれ方はしねぇ」
「頼もしいですね」
「持ち上げるな。動きにくくなる」
「慣れてください」
「嫌だ」
ロスヴァイセは小さく笑った。
赤黒い結界の空の下で、笑うには似合わない場所だった。
それでも、その一瞬だけは、重い空気が少し薄くなる。
すぐに彼女は護衛の顔へ戻り、オーディンの方へ歩き出した。
俺はもう一度、エクスプレスギャバリオンの車体に手を置く。
フェンリルの牙は強い。
ロキはこっちの動きを測っている。
次は、ただの挨拶では済まない。
だが、やることは決まった。
受け止めるな。
逸らせ。
噛ませる線と、走る線を分けろ。
そして、オーディンへの道を潰せ。
「さて」
俺はギャバリオン・トリガーを握り直した。
「噛まれっぱなしで終わると思うなよ、悪神様」
黒金のレールの残骸が、足元でかすかに光った。
折れた線路はまだ走れない。
だが、次に敷く線はもう頭の中にある。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王