サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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神殺し Case5

噛み砕かれた黒金のレールは、まだ結界の地面に残っていた。

 

正確には、地面ではない。駒王学園に似せた輪郭を持つ、隔離結界内の戦場跡だ。赤黒く歪んだ空の下、校舎らしき影は遠くで揺れ、蛇が這った跡とフェンリルの牙が裂いた空間の傷だけが、やけに生々しく残っている。

 

エクスプレスギャバリオンは、少し離れた場所で低い駆動音を鳴らしていた。走行不能ではない。だが、側面に刻まれた牙痕は、ただの傷では済まなかった。黒金の装甲の表面に、噛まれた場所だけ薄い黒い靄が滲んでいる。

 

俺はギャバン・キングの装甲を解かず、その牙痕を見ていた。

 

「こいつは厄介だな」

 

アザゼルが横から覗き込み、顔をしかめる。

 

「牙痕に術式干渉が残ってる。物理的な傷だけじゃねぇ。噛まれた部分のエネルギー循環が鈍ってるぞ」

 

「犬の噛み跡にしちゃ、しつこいな」

 

「相手が神喰狼なら、しつこいどころじゃ済まねぇだろ」

 

エクスプレス内部から通信が入る。

 

『牙痕、まだ残ってる』

 

絶花の声だった。外には出していない。あいつは内部で損傷ログとレール形成データを見ている。

 

「分かってる」

 

『再形成、遅い』

 

「噛まれた場所をそのまま線路に使うと、また食われるってことか」

 

『たぶん』

 

「面倒だな」

 

そう言いながら、俺は臨時指揮区画へ戻った。

 

結界内の一角に作られた指揮区画には、オーディン、ロスヴァイセ、リアス・グレモリーたち、アザゼル、三大勢力側の術者が集まっていた。会議室ではない。まだ戦場の匂いが残る場所に、簡易の投影術式と防護陣を重ねただけの作戦場だ。

 

中央には、フェンリルの牙が噛み砕いたレールの映像が浮かんでいる。

 

リアスが静かに口を開いた。

 

「エクスプレスギャバリオンは、次も動けるのですか?」

 

「動く。だが、同じ噛まれ方をしたら面倒だ」

 

「つまり、受け止めるのではなく、逸らす必要があるということですね」

 

ロスヴァイセが続ける。

彼女はオーディンの傍らに立ち、いつでも防御陣を展開できる位置を取っていた。フェンリルの気配を前にしても下がらなかった護衛の顔だ。

 

「ああ。正面から受けるとレールごと持っていかれる。牙の進路を曲げて、噛ませる場所をずらすしかねぇ」

 

「黒金のレールを複数に分散するのはどうだ?」

 

アザゼルが投影を操作しながら言う。

 

「一本の軌道を噛まれるなら、最初から噛ませる囮と逃がし道を分ける。結界側でも逃がしの通路を作れば、少なくとも現実空間へ裂け目が抜けるのは防げる」

 

「言うのは簡単だな」

 

「やるのはお前だ」

 

「研究者ってのは本当に性格が悪い」

 

「ロキよりはマシだろ」

 

「比べる対象が底すぎる」

 

そのやり取りに、イッセーが少し引きつった顔をした。

 

「いや、でもマジであれを逸らしただけでもすごいっすよ。俺、見てて背筋が冷えましたから。あの牙、なんか見られただけで噛まれそうな感じがして」

 

「感覚は間違ってねぇ」

 

アザゼルが真面目な声で言った。

 

「フェンリルはただのデカい狼じゃない。神話級の“噛む”概念そのものを持ってきてる。結界も術式も、噛めるものなら噛む。だから厄介なんだ」

 

オーディンは、先ほどから軽口を控えていた。

完全に黙っているわけではないが、いつものような調子ではない。フェンリルの名が出た時だけ、主神としての重さが見える。

 

「ロキがあれを本格的に出すなら、護衛の考え方を変えねばならん。防ぐだけでは足りぬ。裂ける前に逸らし、噛まれる前に狙いをずらす必要がある」

 

「そのためには、ギャバン・キングの力が重要になる」

 

リアスが俺を見る。

 

「あなたの力を疑うつもりはありません。けれど、護衛計画に組み込む以上、立場を確認しなければなりません」

 

まあ、来るよな。

 

「正体不明の戦力を中核に入れるのは、こっちとしてもそれなりにリスクがある」

 

アザゼルも続ける。

視線には、警戒と興味が半々で混じっていた。こいつはこいつで、俺の中身を剥がして調べたい顔をしている。

 

「俺の身元より、犬の噛み跡を見た方が有益だろ」

 

「それも見る。だが、お前も見る」

 

「研究者の目で見るな。気色悪い」

 

「安心しろ。解剖はしねぇよ」

 

「言う時点で安心できねぇ」

 

リアスは小さく息を吐き、真面目な顔を崩さなかった。

 

「敵ではない。それは分かっています。だからこそ、共闘の形をはっきりさせたいのです」

 

「形ねぇ。面倒だが、まあ必要なのは分かる」

 

俺がそう返した時、ロスヴァイセが一歩前へ出た。

 

「その点については、私から改めて申し上げます」

 

「また重くする気か」

 

「必要なことです」

 

「必要なことは大体面倒なんだよ」

 

「それでも言います」

 

ロスヴァイセの声は、静かだった。

 

結界内を吹く風が、赤黒い空の下で止まったように感じる。周囲の視線が彼女に集まる。オーディンも、アザゼルも、リアスたちも、彼女の言葉を待っていた。

 

ロスヴァイセは俺を見ない。

いや、一瞬だけ見たが、すぐに全員へ向き直った。

 

「私は彼の正体を語りません」

 

一拍、間が落ちる。

 

「ですが、彼が何を守ろうとしているかは見てきました」

 

リアスが小さく呟く。

 

「何を守ろうとしているか……」

 

「彼は、ロキ様を倒す功績を求めていません。量産型ミドガルズオルムの時も、フェンリルの牙の時も、まず被害を減らす判断をしました」

 

ロスヴァイセの言葉は、妙に真っ直ぐだった。

 

「量産型の蛇がオーディン様への進路を開こうとした時、彼はロキ様を追わず、護衛線を立て直しました。フェンリルの牙に対しても、正面から受け止めて力を示すのではなく、逸らして結界と周囲を守りました」

 

「受け止めるより逸らす。派手さより実利を取った、か」

 

アザゼルが言うと、ロスヴァイセは頷いた。

 

「はい。だから私は、彼に頼るのではありません」

 

彼女はそこで初めて、俺を見た。

 

「彼と連携するために、彼を信じます」

 

やりづらい。

 

疑われるなら返しやすい。

責められるなら流せる。

だが、こういう信じ方をされると、雑に返すにも限度がある。

 

「……勝手に保証人になるな。面倒が増える」

 

「増えた面倒を減らすための会議です」

 

「言い返しが上手くなってきたな」

 

「あなたの影響かもしれません」

 

「悪影響だろ、それ」

 

ロスヴァイセはほんの少しだけ目を細めた。笑った、というほどではない。けれど、前より確かに硬さが抜けている。

 

オーディンが杖を鳴らした。

 

「ロスヴァイセが護衛としてそう判断するなら、わしはその判断を買う」

 

「北欧側として、ギャバン・キングを正式協力者として扱う、ということでよろしいですね」

 

リアスが確認すると、オーディンは頷く。

 

「うむ。少なくとも、このロキとフェンリルの件においてはな」

 

「正式だの重要だの、名前を重くするな。動きにくくなる」

 

「では、面倒な協力者ということでどうじゃ」

 

「余計悪いわ」

 

オーディンの軽口に、少しだけ場の空気が緩んだ。

 

だが、議題は重いままだ。

フェンリルの牙は、次に来ればただの挨拶では済まない。

 

アザゼルが投影を切り替える。

 

「方針はこうだ。牙を受けるんじゃなく逸らす。エクスプレスのレールは一本固定じゃなく複数分散。結界側でも逃がし道を作る。噛まれる前提の囮軌道と、実際に走る軌道を分ける」

 

「囮の線路か」

 

「噛まれたら終わりの一本線よりはマシだろ」

 

「まあな」

 

ロスヴァイセが続ける。

 

「私はオーディン様の護衛を維持しつつ、フェンリルの牙が通る瞬間に封印術で進路を鈍らせます。止めるのではなく、角度を変えるための一瞬を作ります」

 

「無茶はするなよ」

 

俺が言うと、彼女はまっすぐ返した。

 

「それはあなたにも言えることです」

 

「俺のは無茶じゃなくて計算だ」

 

「そう言う人ほど無茶をします」

 

「誰かに似てきたな」

 

「あなたです」

 

「最悪だ」

 

リアスは、そんなやり取りを見ながら少しだけ表情を和らげたが、すぐに会議の声へ戻した。

 

「私たちは結界内の防衛線と退避経路を担当します。フェンリルの牙が結界を裂いた場合、現実側へ被害が漏れないよう、眷属を分けて補強に回します」

 

「こっちはエクスプレスの噛み跡をどうにかする。次も同じように噛ませる気はねぇ」

 

『エクスプレス、少し怒ってる』

 

絶花の声が通信に乗った。

 

指揮区画に、妙な間が生まれる。

 

「……怒ってるのか、列車が?」

 

イッセーが困惑したように言う。

 

「怒るだろ。噛まれっぱなしで黙ってる列車じゃねぇからな」

 

『うん。怒ってる』

 

「絶花、お前は外部通信で変な補足をするな」

 

『してない。事実』

 

アザゼルが肩を震わせて笑い、オーディンも楽しげに頷いた。

 

「頼もしい列車じゃのう」

 

「褒めるなら修理代も出せ」

 

「北欧神話勢力宛てで請求書を回すか?」

 

「本気にするぞ」

 

「よいぞ。ロキに回しておこう」

 

「払うわけねぇだろ」

 

「なら、踏み倒した分だけ殴ればよい」

 

「神様の会計処理、雑すぎる」

 

軽口はそこで終わった。

 

アザゼルは牙痕の解析を進め、リアスたちは結界内の防衛線を確認し始める。ロスヴァイセはオーディンの護衛位置を再設定し、北欧側の術者へ短く指示を出した。もう彼女は、俺を疑うために視線を向けていない。

 

連携するために見ている。

 

それが、妙に分かる。

 

会議が一段落したところで、俺はエクスプレスギャバリオンの方へ戻った。

赤黒い空の下、黒金の車体にはまだ牙痕が残っている。近づくと、装甲の奥で低く唸るような駆動音がした。

 

「怒ってる、ねぇ」

 

『怒ってる』

 

絶花が内部通信でまた言う。

 

「分かったよ。次は噛ませねぇ」

 

『でも、噛むの強い』

 

「だから線路を一本にしない。噛ませる線と走る線を分ける。あと、ロスヴァイセの封印術で牙の角度を鈍らせる」

 

『ロスヴァイセ、信じてた』

 

「聞いてたのか」

 

『聞こえた』

 

「余計なところばっか拾うな」

 

『太郎、否定しなかった』

 

俺は少し黙った。

 

装甲越しに、エクスプレスの牙痕へ手を置く。

 

「否定する理由がねぇだろ」

 

『うん』

 

短い返事だった。

 

その短さが、やけに刺さる。

 

背後で足音がした。振り返ると、ロスヴァイセが立っている。

会議中の顔ではない。少しだけ、個人としての表情が混じっていた。

 

「ギャバン・キング」

 

「今度は何だ」

 

「先ほどの発言で、あなたを困らせたなら謝ります」

 

「困ってねぇ。面倒なだけだ」

 

「同じでは?」

 

「違う。たぶん」

 

「たぶん、ですか」

 

ロスヴァイセは少しだけ息を吐いた。

 

「ですが、撤回はしません」

 

「だろうな」

 

「私は、あなたに頼り切るつもりはありません。オーディン様の護衛は私の役目です。ですが、フェンリルを相手にするなら、一人で守るという考え方では足りません」

 

「正しい判断だろ」

 

「はい。だから、あなたを信じます。連携するために」

 

正面から言われると、やっぱり重い。

 

だが、前ほど悪くはなかった。

 

「なら、こっちも使えるもんは使う。お前の封印術で牙の角度を鈍らせろ。止めようとするな。止めようとしたら潰される」

 

「分かっています。止めるのではなく、逸らすための一瞬を作る」

 

「そうだ。それで十分だ」

 

「十分、ですか」

 

「十分だろ。一瞬あれば列車は進路を変えられる」

 

ロスヴァイセは、牙痕の残るエクスプレスギャバリオンを見上げた。

 

「次は、噛ませないのですね」

 

「少なくとも、同じ噛まれ方はしねぇ」

 

「頼もしいですね」

 

「持ち上げるな。動きにくくなる」

 

「慣れてください」

 

「嫌だ」

 

ロスヴァイセは小さく笑った。

 

赤黒い結界の空の下で、笑うには似合わない場所だった。

それでも、その一瞬だけは、重い空気が少し薄くなる。

 

すぐに彼女は護衛の顔へ戻り、オーディンの方へ歩き出した。

 

俺はもう一度、エクスプレスギャバリオンの車体に手を置く。

 

フェンリルの牙は強い。

ロキはこっちの動きを測っている。

次は、ただの挨拶では済まない。

 

だが、やることは決まった。

 

受け止めるな。

逸らせ。

噛ませる線と、走る線を分けろ。

 

そして、オーディンへの道を潰せ。

 

「さて」

 

俺はギャバリオン・トリガーを握り直した。

 

「噛まれっぱなしで終わると思うなよ、悪神様」

 

黒金のレールの残骸が、足元でかすかに光った。

折れた線路はまだ走れない。

だが、次に敷く線はもう頭の中にある。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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