サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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神殺し Case6

結界の中で、時間の流れだけが妙に鈍かった。

 

赤黒い空は相変わらず低く、駒王学園に似た輪郭を持つ建物の影が、遠くで薄く揺れている。そこにあるのは現実の校舎ではなく、ロキの術式と三大勢力側の隔離結界が重なってできた仮の地形だ。廊下のような通路も、校庭に見える広場も、結界が人の記憶と地形をなぞって作ったものにすぎない。

 

だからこそ、見た目を信用しすぎると足を取られる。

 

俺はギャバン・キングの装甲を解かず、臨時指揮区画の外側を歩いていた。エクスプレスギャバリオンは後方で待機させてある。牙痕の修復は進めているが、今回は出さない。大きな軌道を敷けば、ロキの術式にこちらの進路ごと利用される可能性がある。

 

まずは足で見る。

 

足音。

護符の揺れ。

結界壁の震え。

人の流れ。

 

そういう細かいものの方が、幻惑の中では頼りになる。

 

『太郎、地図、ずれてる』

 

内部通信に、絶花の声が入った。

 

エクスプレスギャバリオンの中で結界ログを見ている。外には聞こえない通信だ。ここで俺の名を出されると面倒だが、内部なら問題ない。

 

「どれくらいだ」

 

『少し。でも全部』

 

「一番嫌なズレ方だな」

 

大きく狂っていれば、誰でも気づく。

問題は、歩けてしまう程度のズレだ。地図と実際の位置が、半歩ずつ、呼吸一つ分ずつ食い違っていく。そういう罠は、気づいた時には人の配置を根こそぎ入れ替えている。

 

近くにいたリアスが、俺の方を見た。

 

「ギャバン・キング、何か?」

 

「地図と足音が噛み合ってねぇ。誰か、勝手に戦場を描き直してる」

 

リアスの表情が引き締まる。

 

「ロキの幻惑ですか」

 

「たぶんな。まだ薄いが、もう始まってる」

 

言い終える前に、通路の奥で北欧護符の光が一瞬だけ遅れて瞬いた。

 

光そのものは正常に見える。けれど、影が遅い。

護符の光が右へ流れたのに、地面に落ちる影だけが左へ残った。

 

「ロスヴァイセ」

 

俺が呼ぶと、オーディンの傍らにいた彼女がすぐに振り向いた。

 

「何でしょう」

 

「お前の護符、影だけ遅れてる。視界じゃなく、位置感覚を弄られてる可能性がある」

 

ロスヴァイセは即座に足元を見る。

その判断は速かった。疑うより先に確認する。前章からここまでで、彼女の動きはずいぶん実戦的になっている。

 

「……確かに、護符の反応と影が一致していません」

 

アザゼルが別方向から声を上げた。

 

「こっちの結界図もおかしい。補強地点が塞がってる表示なのに、実際の魔力流は漏れてやがる」

 

「リアス」

 

俺が視線を向けると、彼女もすでに眷属へ指示を出していた。

 

「退避経路の確認を中止。全員、その場で停止して。見えている道を信用しないで」

 

木場が一歩踏み出しかけた足を止め、小猫も地面に手をついて空気の流れを確認する。イッセーは慌てて周囲を見回したが、無闇には動かなかった。

 

その瞬間、結界全体に低い笑い声が響いた。

 

姿は見えない。

 

だが、声だけで分かる。

 

ロキだ。

 

『警戒が早いね。せっかく丁寧に道を整えてあげたというのに』

 

「お前の整えた道は、大体崖に続いてるだろ」

 

俺が返すと、声は楽しげに揺れた。

 

『崖かどうかは、落ちてみなければ分からないじゃないか』

 

「落ちる前に殴る主義でな」

 

『それでは優雅さに欠ける』

 

「お前の優雅は性格が悪すぎる」

 

ロキの笑い声が遠ざかるように聞こえた。

だが、それで終わりではない。

 

結界内の通路が、少し伸びた。

 

目で見て分かるほどではない。けれど、さっきまで三十歩で届いたはずの護符支柱が、今は四十歩先に見える。逆に、遠くにあったはずの結界外縁の亀裂が、妙に近い。

 

人間の目は距離を信用する。

護衛は配置を信用する。

術者は地図を信用する。

 

そこを同時にずらされると、戦場全体が静かに崩れる。

 

「オーディン様」

 

ロスヴァイセが、オーディンの位置を確認するように振り返った。

 

オーディンは彼女の背後、結界中央寄りの安全地点にいる。

少なくとも、そう見える。

 

だが、ロスヴァイセの表情がそこで止まった。

 

「……?」

 

「どうした」

 

俺が問うと、ロスヴァイセは視線をオーディンから外さないまま、わずかに眉を寄せた。

 

「私の視界では、オーディン様は安全地点にいます。ですが、護衛としての感覚が、それを否定しています」

 

「感覚ってのは?」

 

「魔力の重さです。護衛対象の位置を把握するために、私は常にオーディン様の神気の揺れを追っています。視界上の位置と、その揺れが噛み合っていません」

 

「なら視界を捨てろ」

 

「簡単に言いますね」

 

「簡単じゃないから言ってんだろ」

 

ロスヴァイセは一瞬だけ息を呑み、それでも目を閉じなかった。

視界を完全に閉じるのではなく、視界を疑ったまま使う。護衛として、それはかなり難しい判断だ。

 

その時、彼女の耳元で声がしたらしい。

 

ロスヴァイセの肩がわずかに動いた。

 

「ロスヴァイセ、下がれ。ここは安全じゃ」

 

オーディンの声だった。

 

いや、オーディンの声に聞こえた。

 

ロスヴァイセの足が、一瞬だけ止まる。

 

「オーディン様……?」

 

俺は彼女を見た。

 

「今の、本物か?」

 

ロスヴァイセは唇を引き結ぶ。

その目は揺れていた。護衛として、主の命令を疑うのは容易ではない。だが、彼女はその揺れを飲み込んだ。

 

「……違います」

 

「根拠は」

 

「今の命令は、オーディン様らしくありません。あの方は私を下げる時、必ず次に何をすべきかも言います。ただ下がれとは言いません」

 

少し離れた本物のオーディンが、杖を鳴らした。

 

「その通りじゃ、ロスヴァイセ。わしなら、下がれと言った後にもう一つ仕事を押しつける」

 

「威張ることですか、それ」

 

俺が言うと、オーディンは薄く笑った。

 

「今は役に立ったじゃろう」

 

「癖の悪さが識別キーになる神様、嫌すぎるな」

 

ロスヴァイセは短く息を吐き、姿勢を立て直した。

 

「今の声は幻惑です。私の判断を下げさせようとした」

 

「声じゃなく、判断を偽ってる」

 

俺は周囲を見回した。

 

「視界、地図、声、配置。全部を少しずつずらして、護衛が自分で間違った動きをするように仕向けてる。ロキらしい、性格の悪い術式だ」

 

『褒めてくれているのかな』

 

ロキの声が、また結界の上から落ちてくる。

 

「褒めてねぇ。診断してるだけだ」

 

『なら、処方も見せてほしいね』

 

「薬より先に患部を切る」

 

俺は歩き出した。

 

エクスプレスギャバリオンは使わない。

今、派手な軌道を敷けば、ロキの幻惑に「道」として利用される。なら、歩いてズレを見る。

 

通路の端に残る足跡。

北欧護符の影。

三大勢力側の結界支柱に付着した黒いルーン。

リアスたちが本来向かうはずだった退避経路。

 

全部が少しずつ違う方向を指している。

 

「ギャバン・キング、こちらの退避経路も違います」

 

リアスが通信を飛ばしてきた。

 

「安全地帯のはずが、フェンリルの牙痕に近い。誘導されていました」

 

「そこで止まれ。イッセーたちは動かすな」

 

「分かりました」

 

アザゼルの声も続く。

 

「結界補強位置が三十メートルずれてる。図面上では塞がってる亀裂が、実際には開いたままだ。こりゃ、見たものを信じたら終わるな」

 

「本物の反応を追うな」

 

俺はロスヴァイセへ言った。

 

「揺れてない場所を探せ」

 

「揺れていない場所?」

 

「幻は見せるために動く。視線を引くために揺れる。声も光も、こっちに信じさせるために過剰に働く。逆に動いてない場所が支点だ」

 

ロスヴァイセはすぐに北欧式の探査術を組み替えた。

 

「北欧式探査、反転。魔力の強弱ではなく、揺れのない点を抽出します」

 

淡青のルーンが彼女の周囲に広がり、結界内へ薄く伸びていく。

 

普通なら強い反応を探す。

だが今回は違う。強い反応ほど偽物の可能性がある。ロキは、見せたいものを強く見せる。なら、見せたくないものほど静かに隠れる。

 

「……ありました」

 

ロスヴァイセが顔を上げる。

 

「結界外縁寄り、フェンリルの牙痕の裏側です。黒いルーンの反射点が、ほとんど揺れていません」

 

「そこだな」

 

「ですが、直接向かうと通路が歪みます」

 

「なら、通路を使わない」

 

俺はギャバリオンブレードを抜いた。

 

刃に黒金の光が走る。

大きく振る必要はない。狙うのは敵ではなく、術式の支点だ。

 

「ロスヴァイセ、反射層を固定しろ。俺が斬る瞬間だけでいい」

 

「はい。三秒なら固定できます」

 

「十分だ」

 

「二秒半かもしれません」

 

「言い直すな。面倒になる」

 

「正確な方がいいでしょう」

 

「こういう時だけ律儀だな」

 

ロスヴァイセは返事をせず、術式に集中した。

 

淡青のルーンが、黒い幻惑の層を押さえ込む。

結界の景色が一瞬だけ剥がれた。通路がずれ、校舎の影が歪み、安全地帯だと思っていた場所の奥に、黒い牙痕の裂け目が露出する。

 

そこに、小さな黒いルーンがあった。

 

目立たない。

弱い。

けれど、まったく揺れていない。

 

「支点を固定しました!」

 

「そこだな」

 

俺は踏み込み、ギャバリオンブレードを振るった。

 

黒金の刃が空間を裂き、黒いルーンを断つ。

 

瞬間、結界内に重なっていた景色が音を立てて剥がれた。

 

通路の長さが戻る。

安全地帯と危険地帯の表示が反転する。

二重に見えていたオーディンの反応が一つに収束し、実際には彼が結界外縁寄りへ誘導されかけていたことが分かった。

 

ロスヴァイセの顔が強張る。

 

「オーディン様が……あそこまで外縁に」

 

「気づいたから間に合った」

 

俺が言うと、彼女は拳を握り込んだ。

 

リアスたちも足を止めていた場所を見て、息を呑む。

彼女たちが進もうとしていた退避経路は、フェンリルの牙痕に近い危険地帯へ続いていた。三大勢力側の術者も、補強すべき亀裂を見失いかけていたらしい。

 

ロキの声が響く。

 

『見事だね。目ではなく、疑い方を覚えたか』

 

「お前の幻は、性格が悪すぎて逆に分かりやすい」

 

『それは褒め言葉として受け取っておくよ』

 

「受け取るな。返せ」

 

『返したところで、もう染みているさ。君たちはこれから、見えるものを信じられなくなる』

 

「元から信用してねぇよ」

 

『なら、次は道そのものを閉じよう』

 

その言葉を最後に、ロキの声は消えた。

 

だが、完全に終わったわけではない。

斬った支点の奥に、さらに別の反応が残っている。結界の深部、普通の移動では届かない場所に、黒いルーンが折り畳まれているような気配があった。

 

アザゼルがそれを見て舌打ちする。

 

「支点の奥にまだ何かある。普通の転移じゃ届かねぇな。ロキのやつ、道を隠すんじゃなく、道そのものを畳んでやがる」

 

「次はそこか」

 

俺はブレードを収め、結界の奥を見た。

 

エクスプレスギャバリオンは今は出さなかった。

だが、道そのものを閉じるというなら、次は線路を敷く仕事になる。

 

ロスヴァイセがそばへ来た。

 

「助かりました。私だけなら、見えているものを信じていたかもしれません」

 

「違和感を口に出したのはお前だ。半分はお前の手柄だろ」

 

「半分、ですか」

 

「全部くれてやると調子に乗るだろ」

 

「失礼ですね」

 

「元気そうで何よりだ」

 

ロスヴァイセは少しだけ目を瞬かせ、それから小さく息を吐いた。

 

「……ありがとうございます。そう言われると、少し楽になります」

 

「礼を言うほどのもんじゃねぇよ」

 

「あなたはいつもそうですね」

 

「どういう意味だよ」

 

「いえ。今は言いません」

 

「また全部終わってからか」

 

「はい。全部終わってからです」

 

その言葉に、俺は肩を竦めるしかなかった。

 

結界内の幻惑は剥がれた。

だが、奥にはまだ畳まれた道が残っている。ロキは直接襲ってこなかった。フェンリルの牙も出さなかった。それでも、護衛陣は一歩間違えれば崩れていた。

 

戦場は、殴り合いだけで壊れるわけじゃない。

見ているものを、少しずつずらされるだけで、人は勝手に間違った場所へ歩く。

 

俺はエクスプレスギャバリオンの待機位置へ視線を向けた。

 

『太郎』

 

内部通信に絶花の声が戻る。

 

「何だ」

 

『奥の地図、ない』

 

「だろうな」

 

『線路、要る?』

 

「ああ。次はたぶん要る」

 

『エクスプレス、まだ怒ってる』

 

「ちょうどいい。閉じた道をこじ開けるには、少し怒ってるくらいがいい」

 

通信の向こうで、絶花が小さく頷いた気配がした。

 

赤黒い空の奥で、黒いルーンが一度だけ瞬いた。

 

ロキの笑いはもう聞こえない。

けれど、次の罠がそこにあることだけは、はっきり分かった。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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