サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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神殺し Case7

黒いルーンは、まだ消えていなかった。

 

幻惑の支点を斬った後も、結界の奥には細い傷のような反応が残っている。赤黒い空の下、駒王学園に似た輪郭を持つ隔離空間は静まり返っていたが、その静けさは終わりの気配ではない。むしろ、次の罠が呼吸を潜めているようだった。

 

俺はギャバン・キングの装甲を解かず、ギャバリオンブレードを収めたまま結界の奥を見ていた。

 

「支点の奥、まだ畳まれてるな」

 

アザゼルが投影された結界図を睨みながら言う。

 

「普通の転移じゃ届かねぇ。道があるように見えるが、実際には折り重なって閉じてやがる」

 

「ロキの置き土産にしては、ずいぶん丁寧だな」

 

「お前がさっき閉じ方を雑だとか言ったから、改善したんじゃねぇのか?」

 

「やめろ。嫌な責任の押しつけ方をするな」

 

ロスヴァイセはオーディンの傍らで、防御陣を薄く展開していた。前回の幻惑でオーディンの位置を誤認させられかけたせいか、彼女は視界だけに頼らず、神気の揺れと護符の反応を重ねて追っている。

 

その時だった。

 

結界の奥で、黒いルーンが一斉に裏返った。

 

空が折れる。

 

そう見えた。

 

赤黒い空間の一部が布のように畳まれ、会談準備地点の端が音もなく消えた。いや、消えたのではない。切り離されたのだ。視界の端にいたオーディンとロスヴァイセ、そして北欧側の護衛数名が、結界の内側へ引き込まれる。

 

「オーディン様!」

 

ロスヴァイセの声が響く。

 

だが、次の瞬間には、その声も遠くなった。

 

空間の裂け目が閉じ、俺たちの前には黒い壁のような結界面だけが残る。

 

「結界奥の支点が動いた! 全員、配置を確認しろ!」

 

アザゼルの声が飛ぶ。

 

リアスがすぐに反応した。

 

「オーディン様の反応が……分断されています!」

 

「転移陣、起動します!」

 

三大勢力側の術者が転移陣を展開する。だが、陣の光は一瞬で歪み、出口を見つけられないまま霧散した。悪魔の転移も、北欧式の呼び戻しも、空間の表面を滑るだけで内部へ届かない。

 

ロキの声が、結界全体に薄く広がった。

 

『君たちは道を見つけるのが上手い。なら、道そのものを閉じてみよう』

 

「性格の悪い戸締まりだな」

 

『褒め言葉として受け取っておくよ』

 

「受け取るな。返せ」

 

黒い壁の向こう側で、かすかにロスヴァイセの魔力が揺れた。

 

内側にいる。

だが、位置が定まらない。

 

オーディンの神気も複数に分かれて見える。ロキがわざと反応を散らしているのだ。強い方を追えば偽物に誘導される。弱い方を追えば結界の折り目にぶつかる。

 

面倒な閉じ方をしやがる。

 

「エクスプレス、レール形成」

 

俺がギャバリオン・トリガーを構えると、後方で待機していたエクスプレスギャバリオンが低く唸った。

 

黒金のレールが結界面へ伸びる。

 

だが、届かない。

 

レールは結界の表面に沿って滑り、内側へ入る前に横へ逸らされた。まるで水面に線を引こうとしているような感覚だった。道が閉じているだけではない。線路を敷くための基準点そのものが、こちらから掴めなくされている。

 

内部通信に絶花の声が入った。

 

『太郎、一本だと届かない』

 

「牙痕の干渉か」

 

『うん。噛まれた跡に引っかかる。レールの始点が少し遅い』

 

「まだ痛がってるわけか」

 

『怒ってるけど、痛い』

 

「正直な列車だな」

 

『三本に分ける。一本は囮、一本は補助、一本が本線』

 

「やれるか」

 

『たぶん。出口があれば』

 

出口があれば、か。

 

つまり、外側からだけでは足りない。

 

黒い壁の向こう、閉鎖された異界結界の内側。

 

ロスヴァイセはオーディンの前に立っていた。

 

そこは、こちら側とよく似た空間だった。駒王学園に似た通路が輪のように続き、どこへ進んでも同じ場所へ戻ってくる。遠くにあるはずの結界壁は近く、近くにあるはずの護符は遠い。空間が畳まれているせいで、距離というものが信用できない。

 

「外部との反応が、細すぎます」

 

ロスヴァイセは額に汗を浮かべながら、淡青のルーンを展開していた。

 

「このままでは突入路が固定できません」

 

オーディンは杖を地面につき、閉鎖結界の圧を抑えている。軽口はない。だが、声は落ち着いていた。

 

「ならば、何が必要じゃ」

 

「内側から出口座標を固定します。ただし、防御陣を一部薄くする必要があります」

 

「護衛として迷うか?」

 

ロスヴァイセは一瞬、言葉を止めた。

 

閉鎖空間の外縁では、黒いルーンが少しずつ侵食している。防御陣を薄くすれば、オーディンへの圧は増す。けれど、外からの突破路がなければ、いずれ完全に閉じ込められる。

 

「迷います。ですが、必要ならやります」

 

オーディンは、わずかに笑った。

 

「護衛とは、ただ壁になることではない。通すべき道を選ぶことも護衛じゃ」

 

「……はい」

 

ロスヴァイセは防御陣の一部を薄くし、その代わりに北欧式の座標固定術を結界の外へ向けて伸ばした。淡青の光が、黒い壁の奥でかすかに瞬く。

 

雑音混じりの通信が繋がる。

 

『ギャバン・キング、聞こえますか』

 

「雑音混じりだが聞こえる」

 

『出口は私が繋ぎます。道を敷くのは、あなたの役目です』

 

「役割分担がはっきりしてるな。嫌いじゃねぇ」

 

『防御陣は長く薄くできません』

 

「何秒だ」

 

『三秒です』

 

「十分だ」

 

『二秒半かもしれません』

 

「だから言い直すな。面倒になる」

 

通信の向こうで、ほんのわずかに息が漏れた。笑ったのかもしれない。

 

俺はトリガーを握り直し、エクスプレスギャバリオンへ意識を繋いだ。

 

「絶花、三本でいく」

 

『うん。一本目、囮。二本目、補助。三本目、本線』

 

「囮は閉鎖術式に食わせる。補助で表面をずらす。本線はロスヴァイセの出口へ刺す」

 

『出口、まだ揺れてる』

 

「揺れごと縫う」

 

『荒い』

 

「列車に細工仕事を期待するな」

 

黒金の汽笛が、低く鳴った。

 

エクスプレスギャバリオンの車体が震える。フェンリルの牙痕が残る側面から黒い靄が薄く滲んだが、駆動音は落ちない。噛まれた痛みを抱えたまま、それでも走る準備をしている。

 

ロキの声が笑う。

 

『君の線路は、道がある場所でしか走れないのかい?』

 

「道がないなら線路を敷く。列車ってのは、そういうもんだろ」

 

俺はトリガーを引いた。

 

「エクスプレス、次元レール突破」

 

一本目のレールが走った。

 

黒金の軌道が結界面へ突き刺さりかけた瞬間、ロキの閉鎖術式がそれを噛むように潰した。レールの光が砕け、黒い壁の表面へ吸い込まれる。

 

だが、それは囮だ。

 

二本目のレールが遅れて走る。

一本目が潰された閉鎖層の隙間へ、補助レールが滑り込み、空間の表面を斜めにずらした。黒い壁が薄く波打つ。閉じた空間の折り目が、一瞬だけ露出する。

 

そこへ、三本目が来た。

 

本線。

 

ロスヴァイセの淡青の座標固定に向かって、黒金のレールが伸びる。

 

「出口座標、固定します!」

 

ロスヴァイセの声が響く。

 

閉鎖空間の内側で、防御陣が一段薄くなった。黒い圧がオーディンへ迫る。だが、オーディンが杖を鳴らし、その圧を押し返した。

 

「今じゃ、ロスヴァイセ!」

 

「はい!」

 

淡青のルーンが一点に収束する。

 

俺はエクスプレスギャバリオンを加速させた。

 

「急行便だ。閉じた道でも、届け先があるなら走る」

 

黒金のレールが閉鎖結界を貫いた。

 

空間が軋む。

黒い壁が裂ける。

畳まれた道に、無理やり線路が縫い込まれる。

 

エクスプレスギャバリオンが突入した。

 

車体が結界の表面を押し割り、閉じた空間へ滑り込む。側面の牙痕が一瞬だけ火花を散らしたが、絶花の補正が軌道を保った。

 

『本線、通った』

 

「上出来だ」

 

視界が切り替わる。

 

赤黒い空間の奥、ロスヴァイセがオーディンの前に立っている。彼女の防御陣は薄くなっていたが、破られてはいない。オーディンも無事だ。

 

「ギャバン・キング!」

 

「出口固定、悪くなかった」

 

「悪くなかった、ですか」

 

「褒めてる」

 

「分かりにくいです」

 

「慣れろ」

 

エクスプレスギャバリオンが内側へ完全に入り、黒金のレールが外側と内側を繋いだ。

閉じられていた空間に、道ができる。

 

外側からリアスたちの魔力反応が戻ってくる。アザゼルが驚き混じりに声を上げた。

 

『おいおい、空間を線路で縫いやがったぞ』

 

リアスの声も続く。

 

『これが、エクスプレスギャバリオンの本領……』

 

ロキの笑い声が、閉鎖空間のさらに奥から響いた。

 

『素晴らしい。閉じた道にも線路を敷くとはね』

 

「閉じ方が雑なんだよ。線路を嫌うなら、もっと綺麗に畳め」

 

『次はそうしよう』

 

「改善すんな」

 

『君は本当に面白い。蛇を押し流し、牙を逸らし、幻を疑い、閉じた道へ線路を敷く。盤面を守るのではなく、盤面そのものを書き換えてくる』

 

「褒めてる暇があるなら撤収しろ。こっちは後始末が増えてんだよ」

 

『後始末も含めて、終末の準備だよ』

 

ロキの声が薄れていく。

 

同時に、閉鎖結界の奥が開いた。

 

そこには、黒いルーンでできた回廊が続いていた。壁も床も天井も、北欧の文字を歪ませたような黒い記号で覆われている。奥へ向かうほど空気が濃くなり、フェンリルの牙痕とは別の、もっと深い悪意が滲んでいた。

 

ロスヴァイセが息を呑む。

 

「これは……ロキ様の術式回廊」

 

オーディンも表情を引き締めた。

 

「道を閉じたのではない。奥へ誘うために、一度閉じて見せたか」

 

「突破したら、次の廊下がご開帳ってわけか」

 

俺はブレードには手を伸ばさず、トリガーを握ったまま回廊を見た。

 

ロキは悔しがっていない。

むしろ、次元レール突破まで見た上で、次の場所へ誘っている。

 

面倒なことこの上ない。

 

『太郎』

 

内部通信に絶花の声が入る。

 

「何だ」

 

『エクスプレス、走れた』

 

「ああ。噛まれたままでもな」

 

『でも、また見られた』

 

「だろうな」

 

『ロキ、学んでる』

 

「こっちも学ぶだけだ」

 

俺は通信を切り替え、外側へ繋いだ。

 

「全員、外との線を維持しろ。ここから奥はロキの腹の中みたいなもんだ。見えてる通路を信用するな」

 

『了解』

 

リアスの返事が聞こえる。

 

ロスヴァイセは防御陣を張り直しながら、俺の横へ立った。

 

「ギャバン・キング」

 

「何だ」

 

「出口固定は、次も使えます」

 

「無茶する気満々だな」

 

「必要なら、です」

 

「その言い方、俺に似てきたぞ」

 

「それは困ります」

 

「即答するな」

 

ロスヴァイセはわずかに口元を緩めたが、すぐに黒いルーン回廊へ視線を戻した。

 

「ですが、今の突破で分かりました。私が繋ぎ、あなたが敷く。この形なら、ロキ様の閉鎖結界にも対抗できます」

 

「そうだな。問題は、あいつが次に何を噛ませてくるかだ」

 

「フェンリル……」

 

「来るだろうな。閉じた道を抜けた先に、犬の顎が待ってるかもしれねぇ」

 

オーディンが低く笑う。

 

「ならば、噛まれる前に走ることじゃな」

 

「爺さん、簡単に言うな」

 

「おぬしも先ほど言ったではないか。道がないなら線路を敷く、と」

 

「言ったけど、引用されると腹立つな」

 

黒金のレールは、閉じた空間を貫いて外へ伸びている。

 

折り畳まれた道はこじ開けた。

オーディンとロスヴァイセは分断から戻せる。

エクスプレスギャバリオンも、牙痕を抱えながら走れた。

 

だが、その先にある黒いルーン回廊は、明らかに次の罠だった。

 

俺はギャバリオン・トリガーを構え直す。

 

「行くぞ。ロキの野郎が見せたがってるなら、こっちは踏み荒らしてやる」

 

エクスプレスギャバリオンの汽笛が、閉鎖結界の奥で響いた。

 

黒金の線路は、もう一度伸びる。

 

終末へ続くような黒い回廊の中へ。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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