サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
黒いルーンは、まだ消えていなかった。
幻惑の支点を斬った後も、結界の奥には細い傷のような反応が残っている。赤黒い空の下、駒王学園に似た輪郭を持つ隔離空間は静まり返っていたが、その静けさは終わりの気配ではない。むしろ、次の罠が呼吸を潜めているようだった。
俺はギャバン・キングの装甲を解かず、ギャバリオンブレードを収めたまま結界の奥を見ていた。
「支点の奥、まだ畳まれてるな」
アザゼルが投影された結界図を睨みながら言う。
「普通の転移じゃ届かねぇ。道があるように見えるが、実際には折り重なって閉じてやがる」
「ロキの置き土産にしては、ずいぶん丁寧だな」
「お前がさっき閉じ方を雑だとか言ったから、改善したんじゃねぇのか?」
「やめろ。嫌な責任の押しつけ方をするな」
ロスヴァイセはオーディンの傍らで、防御陣を薄く展開していた。前回の幻惑でオーディンの位置を誤認させられかけたせいか、彼女は視界だけに頼らず、神気の揺れと護符の反応を重ねて追っている。
その時だった。
結界の奥で、黒いルーンが一斉に裏返った。
空が折れる。
そう見えた。
赤黒い空間の一部が布のように畳まれ、会談準備地点の端が音もなく消えた。いや、消えたのではない。切り離されたのだ。視界の端にいたオーディンとロスヴァイセ、そして北欧側の護衛数名が、結界の内側へ引き込まれる。
「オーディン様!」
ロスヴァイセの声が響く。
だが、次の瞬間には、その声も遠くなった。
空間の裂け目が閉じ、俺たちの前には黒い壁のような結界面だけが残る。
「結界奥の支点が動いた! 全員、配置を確認しろ!」
アザゼルの声が飛ぶ。
リアスがすぐに反応した。
「オーディン様の反応が……分断されています!」
「転移陣、起動します!」
三大勢力側の術者が転移陣を展開する。だが、陣の光は一瞬で歪み、出口を見つけられないまま霧散した。悪魔の転移も、北欧式の呼び戻しも、空間の表面を滑るだけで内部へ届かない。
ロキの声が、結界全体に薄く広がった。
『君たちは道を見つけるのが上手い。なら、道そのものを閉じてみよう』
「性格の悪い戸締まりだな」
『褒め言葉として受け取っておくよ』
「受け取るな。返せ」
黒い壁の向こう側で、かすかにロスヴァイセの魔力が揺れた。
内側にいる。
だが、位置が定まらない。
オーディンの神気も複数に分かれて見える。ロキがわざと反応を散らしているのだ。強い方を追えば偽物に誘導される。弱い方を追えば結界の折り目にぶつかる。
面倒な閉じ方をしやがる。
「エクスプレス、レール形成」
俺がギャバリオン・トリガーを構えると、後方で待機していたエクスプレスギャバリオンが低く唸った。
黒金のレールが結界面へ伸びる。
だが、届かない。
レールは結界の表面に沿って滑り、内側へ入る前に横へ逸らされた。まるで水面に線を引こうとしているような感覚だった。道が閉じているだけではない。線路を敷くための基準点そのものが、こちらから掴めなくされている。
内部通信に絶花の声が入った。
『太郎、一本だと届かない』
「牙痕の干渉か」
『うん。噛まれた跡に引っかかる。レールの始点が少し遅い』
「まだ痛がってるわけか」
『怒ってるけど、痛い』
「正直な列車だな」
『三本に分ける。一本は囮、一本は補助、一本が本線』
「やれるか」
『たぶん。出口があれば』
出口があれば、か。
つまり、外側からだけでは足りない。
黒い壁の向こう、閉鎖された異界結界の内側。
ロスヴァイセはオーディンの前に立っていた。
そこは、こちら側とよく似た空間だった。駒王学園に似た通路が輪のように続き、どこへ進んでも同じ場所へ戻ってくる。遠くにあるはずの結界壁は近く、近くにあるはずの護符は遠い。空間が畳まれているせいで、距離というものが信用できない。
「外部との反応が、細すぎます」
ロスヴァイセは額に汗を浮かべながら、淡青のルーンを展開していた。
「このままでは突入路が固定できません」
オーディンは杖を地面につき、閉鎖結界の圧を抑えている。軽口はない。だが、声は落ち着いていた。
「ならば、何が必要じゃ」
「内側から出口座標を固定します。ただし、防御陣を一部薄くする必要があります」
「護衛として迷うか?」
ロスヴァイセは一瞬、言葉を止めた。
閉鎖空間の外縁では、黒いルーンが少しずつ侵食している。防御陣を薄くすれば、オーディンへの圧は増す。けれど、外からの突破路がなければ、いずれ完全に閉じ込められる。
「迷います。ですが、必要ならやります」
オーディンは、わずかに笑った。
「護衛とは、ただ壁になることではない。通すべき道を選ぶことも護衛じゃ」
「……はい」
ロスヴァイセは防御陣の一部を薄くし、その代わりに北欧式の座標固定術を結界の外へ向けて伸ばした。淡青の光が、黒い壁の奥でかすかに瞬く。
雑音混じりの通信が繋がる。
『ギャバン・キング、聞こえますか』
「雑音混じりだが聞こえる」
『出口は私が繋ぎます。道を敷くのは、あなたの役目です』
「役割分担がはっきりしてるな。嫌いじゃねぇ」
『防御陣は長く薄くできません』
「何秒だ」
『三秒です』
「十分だ」
『二秒半かもしれません』
「だから言い直すな。面倒になる」
通信の向こうで、ほんのわずかに息が漏れた。笑ったのかもしれない。
俺はトリガーを握り直し、エクスプレスギャバリオンへ意識を繋いだ。
「絶花、三本でいく」
『うん。一本目、囮。二本目、補助。三本目、本線』
「囮は閉鎖術式に食わせる。補助で表面をずらす。本線はロスヴァイセの出口へ刺す」
『出口、まだ揺れてる』
「揺れごと縫う」
『荒い』
「列車に細工仕事を期待するな」
黒金の汽笛が、低く鳴った。
エクスプレスギャバリオンの車体が震える。フェンリルの牙痕が残る側面から黒い靄が薄く滲んだが、駆動音は落ちない。噛まれた痛みを抱えたまま、それでも走る準備をしている。
ロキの声が笑う。
『君の線路は、道がある場所でしか走れないのかい?』
「道がないなら線路を敷く。列車ってのは、そういうもんだろ」
俺はトリガーを引いた。
「エクスプレス、次元レール突破」
一本目のレールが走った。
黒金の軌道が結界面へ突き刺さりかけた瞬間、ロキの閉鎖術式がそれを噛むように潰した。レールの光が砕け、黒い壁の表面へ吸い込まれる。
だが、それは囮だ。
二本目のレールが遅れて走る。
一本目が潰された閉鎖層の隙間へ、補助レールが滑り込み、空間の表面を斜めにずらした。黒い壁が薄く波打つ。閉じた空間の折り目が、一瞬だけ露出する。
そこへ、三本目が来た。
本線。
ロスヴァイセの淡青の座標固定に向かって、黒金のレールが伸びる。
「出口座標、固定します!」
ロスヴァイセの声が響く。
閉鎖空間の内側で、防御陣が一段薄くなった。黒い圧がオーディンへ迫る。だが、オーディンが杖を鳴らし、その圧を押し返した。
「今じゃ、ロスヴァイセ!」
「はい!」
淡青のルーンが一点に収束する。
俺はエクスプレスギャバリオンを加速させた。
「急行便だ。閉じた道でも、届け先があるなら走る」
黒金のレールが閉鎖結界を貫いた。
空間が軋む。
黒い壁が裂ける。
畳まれた道に、無理やり線路が縫い込まれる。
エクスプレスギャバリオンが突入した。
車体が結界の表面を押し割り、閉じた空間へ滑り込む。側面の牙痕が一瞬だけ火花を散らしたが、絶花の補正が軌道を保った。
『本線、通った』
「上出来だ」
視界が切り替わる。
赤黒い空間の奥、ロスヴァイセがオーディンの前に立っている。彼女の防御陣は薄くなっていたが、破られてはいない。オーディンも無事だ。
「ギャバン・キング!」
「出口固定、悪くなかった」
「悪くなかった、ですか」
「褒めてる」
「分かりにくいです」
「慣れろ」
エクスプレスギャバリオンが内側へ完全に入り、黒金のレールが外側と内側を繋いだ。
閉じられていた空間に、道ができる。
外側からリアスたちの魔力反応が戻ってくる。アザゼルが驚き混じりに声を上げた。
『おいおい、空間を線路で縫いやがったぞ』
リアスの声も続く。
『これが、エクスプレスギャバリオンの本領……』
ロキの笑い声が、閉鎖空間のさらに奥から響いた。
『素晴らしい。閉じた道にも線路を敷くとはね』
「閉じ方が雑なんだよ。線路を嫌うなら、もっと綺麗に畳め」
『次はそうしよう』
「改善すんな」
『君は本当に面白い。蛇を押し流し、牙を逸らし、幻を疑い、閉じた道へ線路を敷く。盤面を守るのではなく、盤面そのものを書き換えてくる』
「褒めてる暇があるなら撤収しろ。こっちは後始末が増えてんだよ」
『後始末も含めて、終末の準備だよ』
ロキの声が薄れていく。
同時に、閉鎖結界の奥が開いた。
そこには、黒いルーンでできた回廊が続いていた。壁も床も天井も、北欧の文字を歪ませたような黒い記号で覆われている。奥へ向かうほど空気が濃くなり、フェンリルの牙痕とは別の、もっと深い悪意が滲んでいた。
ロスヴァイセが息を呑む。
「これは……ロキ様の術式回廊」
オーディンも表情を引き締めた。
「道を閉じたのではない。奥へ誘うために、一度閉じて見せたか」
「突破したら、次の廊下がご開帳ってわけか」
俺はブレードには手を伸ばさず、トリガーを握ったまま回廊を見た。
ロキは悔しがっていない。
むしろ、次元レール突破まで見た上で、次の場所へ誘っている。
面倒なことこの上ない。
『太郎』
内部通信に絶花の声が入る。
「何だ」
『エクスプレス、走れた』
「ああ。噛まれたままでもな」
『でも、また見られた』
「だろうな」
『ロキ、学んでる』
「こっちも学ぶだけだ」
俺は通信を切り替え、外側へ繋いだ。
「全員、外との線を維持しろ。ここから奥はロキの腹の中みたいなもんだ。見えてる通路を信用するな」
『了解』
リアスの返事が聞こえる。
ロスヴァイセは防御陣を張り直しながら、俺の横へ立った。
「ギャバン・キング」
「何だ」
「出口固定は、次も使えます」
「無茶する気満々だな」
「必要なら、です」
「その言い方、俺に似てきたぞ」
「それは困ります」
「即答するな」
ロスヴァイセはわずかに口元を緩めたが、すぐに黒いルーン回廊へ視線を戻した。
「ですが、今の突破で分かりました。私が繋ぎ、あなたが敷く。この形なら、ロキ様の閉鎖結界にも対抗できます」
「そうだな。問題は、あいつが次に何を噛ませてくるかだ」
「フェンリル……」
「来るだろうな。閉じた道を抜けた先に、犬の顎が待ってるかもしれねぇ」
オーディンが低く笑う。
「ならば、噛まれる前に走ることじゃな」
「爺さん、簡単に言うな」
「おぬしも先ほど言ったではないか。道がないなら線路を敷く、と」
「言ったけど、引用されると腹立つな」
黒金のレールは、閉じた空間を貫いて外へ伸びている。
折り畳まれた道はこじ開けた。
オーディンとロスヴァイセは分断から戻せる。
エクスプレスギャバリオンも、牙痕を抱えながら走れた。
だが、その先にある黒いルーン回廊は、明らかに次の罠だった。
俺はギャバリオン・トリガーを構え直す。
「行くぞ。ロキの野郎が見せたがってるなら、こっちは踏み荒らしてやる」
エクスプレスギャバリオンの汽笛が、閉鎖結界の奥で響いた。
黒金の線路は、もう一度伸びる。
終末へ続くような黒い回廊の中へ。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王