サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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神殺し Case8

黒いルーン回廊は、息をしているようだった。

 

壁、床、天井。すべてに刻まれた黒い文字が、脈打つように淡く明滅している。直線に見える通路は、奥へ進むほど角度を変え、足元の感覚だけがわずかに横へずれる。さっき次元レールでこじ開けた道は、まだ背後に繋がっていたが、ここがロキの腹の中に近い場所だという感覚は消えなかった。

 

エクスプレスギャバリオンは、低速で回廊を進んでいた。

 

フェンリルの牙痕はまだ車体に残っている。無理に加速させれば、レール形成の遅れが出る。だから今は、長い線路を一気に敷くのではなく、短い黒金の軌道を刻みながら進んでいた。

 

「この回廊、壁面全てが術式です。踏み込む位置を誤れば、通路そのものが変化します」

 

ロスヴァイセの声が、白銀の兜の奥から響いた。

 

彼女はオーディンの前に立ち、ヴァルキリーの装備を完全に展開している。白銀の装甲に淡青のルーンが重なり、防御陣が薄い幕のようにオーディンを包んでいた。

 

「嫌な廊下だな。掃除当番が泣くぞ」

 

「掃除で済めばよいがのう」

 

オーディンが杖を軽く鳴らす。余裕を見せているが、その目は回廊の奥を見ていた。ここがただの通路ではないことは、あの爺さんも分かっている。

 

内部通信に絶花の声が入った。

 

『右の壁、動いた』

 

「見えてる。エクスプレス、低速進行」

 

黒金の車体がわずかに軌道を変える。

右壁に刻まれていたルーンが剥がれ、黒い影の兵となって床へ落ちた。続けて、回廊の奥から量産型ミドガルズオルムの残存個体が三体、這い出してくる。

 

以前の個体より小さい。

だが、厄介なのは大きさではない。蛇の周囲に、ロキの術式兵がまとわりついている。黒い人影のような兵たちは、直接こちらを斬りに来るのではなく、床のルーンや壁の支点へ手を伸ばしていた。

 

「量産型ミドガルズオルムの残存反応、前方三体。術式兵も混在しています」

 

「蛇はこっちで流す。術式核を見ろ」

 

「了解しました。白銀封印陣、展開」

 

ロスヴァイセの足元から、淡青のルーンが広がった。防御陣の外側に白銀の封印陣が重なり、回廊の床に走る黒い文字を押さえ込む。

 

俺はギャバリオン・トリガーを握る。

 

「エクスプレス軌道、形成。左へ押し込む」

 

黒金のレールが回廊の床に走った。

 

量産型ミドガルズオルムの一体が、こちらへまっすぐ迫る。エクスプレスギャバリオンは正面から受けず、軌道を斜めに敷いて蛇の進路を横へずらした。巨体が壁へ押しつけられ、鱗と黒いルーンが火花を散らす。

 

「核、固定しました!」

 

「よし、流すぞ」

 

エクスプレスギャバリオンが短く加速する。

車体の側面で蛇を押し込み、ロスヴァイセの封印陣へ滑らせる。封印された蛇は動きを鈍らせ、その隙に白銀のルーンが術式核を縛った。

 

敵を倒すだけなら、もっと派手な手もある。

 

だが、ここで爆発させれば回廊のルーンが反応する。下手に砕けば、ロキの術式へ破片ごと吸われる。なら、押し流して封じる方がいい。

 

「二体目、右から来ます」

 

「見えてる」

 

『左の影、遅れてる。囮』

 

絶花の声に、俺は視線を動かした。

 

確かに左の術式兵はわざと目立つ動きをしている。本命は右側の床を這う細い影だ。そいつはオーディンではなく、俺が敷いたレール支点へ向かっていた。

 

「支点を狙ってきたか」

 

そう言うより早く、ロスヴァイセが動いた。

 

彼女はオーディンの防御陣を崩さないまま、片手だけを支点の方へ向けた。白銀の封印陣が枝分かれし、黒い影の進路を先に塞ぐ。

 

「白銀封印陣、支点防護へ転用!」

 

「ロスヴァイセ?」

 

「今回は、私が先に止めます。あなたは道を変えてください」

 

迷いのない声だった。

 

前なら、俺の判断を待ったかもしれない。

だが今は違う。彼女は自分の護衛判断で、俺のレール支点を守った。オーディンを守るために、俺が敷く道を守る必要があると読んだのだ。

 

悪くないどころじゃない。

 

「いい判断だ。じゃあ、遠慮なく使うぞ」

 

俺は即座に軌道を変えた。

 

守られた支点を起点に、黒金のレールを斜め後方へ伸ばす。蛇の進路を正面で止めず、回廊の外縁へ流す。ロスヴァイセの封印陣がそこへ重なり、蛇の術式核を一瞬だけ固定した。

 

ロキの声が、回廊の壁から滲む。

 

『見事な連携だ。だからこそ、どこを折ればよいか分かりやすい』

 

「折りに来た割には、もう一本増えたぞ」

 

『ほう。護衛が、線路まで守るのか』

 

ロスヴァイセはオーディンの前から動かず、静かに答えた。

 

「あなたが敷く道を守るのも、護衛の役目です」

 

俺は思わず少しだけ息を吐いた。

 

「言うようになったな」

 

「必要なことを言っただけです」

 

「俺の悪影響だ」

 

「そうかもしれませんね」

 

「そこで認めるな」

 

会話の間にも、敵は止まらない。

 

黒い術式兵が壁から湧き、回廊の左右へ散る。正面の量産型ミドガルズオルムは囮で、術式兵の本命は退避路と突破路を同時に塞ぐことだった。背後へ繋いだ次元レールに黒いルーンを食い込ませ、俺たちが戻る道を狭めている。

 

「敵を倒すより、通しちゃいけない道を潰す方が先だ」

 

「なら、私は通すべき道を固定します」

 

「話が早いな」

 

「慣れてきました」

 

「悪影響だな、本当に」

 

ロスヴァイセの白銀封印陣が、回廊の左右へ広がった。

それは敵を完全に止めるための陣ではない。通路の縁を固定し、味方の退避路とオーディンの護衛線だけを残すための陣だ。

 

俺はそこへ黒金のレールを重ねる。

 

白銀が道を守り、黒金が道を作る。

固定と急行。防御と突破。

 

役割ははっきりしていた。

 

「エクスプレス、突破路形成!」

 

汽笛が回廊に響いた。

 

エクスプレスギャバリオンの前方に、短い黒金の軌道が連続して生まれる。長く一本に伸ばすのではない。フェンリルの牙痕の影響を避けるように、細かく分けたレールを繋ぎ、敵の進路だけを切っていく。

 

一体目の蛇を左へ流す。

二体目を封印陣へ押し込む。

三体目の足元にある術式支点を黒金の光弾で撃ち抜く。

 

術式兵たちが一斉に散った。

 

だが、それもロキの手だ。

散った影は床に潜り込み、ロスヴァイセの封印陣の支点へ向かう。

 

『太郎、下。白い陣、狙われてる』

 

絶花が内部通信で短く告げる。

 

「外部じゃ言うなよ」

 

『言ってない』

 

「ロスヴァイセ、足元だ」

 

「分かっています!」

 

ロスヴァイセは槍を床へ突き立てた。

 

白銀の光が波のように広がり、床下へ潜った影を浮かび上がらせる。そこへ俺がギャバリオン・トリガーを向け、黒金の光弾を連続で撃ち込んだ。

 

影が砕け、黒いルーンが散る。

 

ロスヴァイセはすぐに封印陣を組み直した。

防御陣、封印陣、解析術式。それを同時に維持しながら、オーディンの位置を一度も空けていない。

 

前章で見た彼女の迷いは、もうない。

恐怖はある。フェンリルの名を聞いた時の緊張も残っている。それでも、今の彼女は自分の役目を見失っていない。

 

オーディンが静かに笑った。

 

「白銀と黒金か。なかなか見応えがあるのう」

 

「観戦料取るぞ、爺さん」

 

「北欧神話勢力につけておけ」

 

「また請求書が増えるな」

 

「ロキに回すのもよいぞ」

 

「払わねぇ請求書を増やすな」

 

軽口を交わしながら、俺は回廊奥の変化を見た。

 

黒いルーンの密度が上がっている。

術式兵はまだ湧いているが、その動きは明らかに時間稼ぎだ。ロキの本命はこの場で俺たちを止めることではなく、奥の術式が完成するまで足止めすること。

 

「ロスヴァイセ、奥の反応を見ろ」

 

「はい。黒いルーンが収束しています。これは……今までの残滓ではありません」

 

アザゼルの通信が割り込む。

 

『回廊奥で術式反応が膨らんでる。今までの残りカスじゃねぇぞ』

 

リアスの声も続いた。

 

『こちらからも確認しました。黒いルーンが集中しています。敵の増援が目的ではなく、何かを起動しようとしているようです』

 

「ロキ様の本命……」

 

ロスヴァイセの声が低くなる。

 

回廊の奥で、黒いルーンが円を描いた。

 

それは扉のようでもあり、喉のようでもあった。奥から漏れてくる気配は、フェンリルの牙とは違う。もっと薄く、広く、戦場全体に染み込むような悪意だった。

 

ロキの声が響く。

 

『では、次は本番へ進もうか』

 

「やっと奥の部屋かよ。廊下が長すぎる」

 

『長い道ほど、終点に着いた時の喜びは大きいものだよ』

 

「お前の用意した終点なんざ、だいたいろくでもねぇだろ」

 

『だからこそ、君がどう線路を敷くのか見たいのさ』

 

「観察料も請求に乗せとけ」

 

『支払いは終末の後で』

 

「踏み倒す気満々じゃねぇか」

 

術式兵が最後の一団として押し寄せる。

量産型ミドガルズオルムの残存個体がその影をまとい、回廊を塞ぐように膨れ上がった。

 

ロスヴァイセが白銀の封印陣を広げる。

 

「核を固定します。完全には止められませんが、突破路の左右は押さえます」

 

「十分だ。真ん中はこっちで開ける」

 

「了解しました」

 

その返事に、疑いはなかった。

 

俺も疑わない。

 

彼女が左右を押さえるなら、俺は真ん中を抜く。

彼女が通すべき道を固定するなら、俺はそこへ黒金の急行を走らせる。

 

「エクスプレス、進路確保。突撃は短く、押し流せ」

 

黒金の車体が唸る。

白銀の封印陣が左右に開き、黒金のレールが中央を貫いた。

 

「防御陣、左右固定!」

 

「突破路形成!」

 

エクスプレスギャバリオンが走る。

 

巨大な蛇と影の塊を砕くのではなく、回廊の外縁へ押し流す。ロスヴァイセの封印陣がその動きを縛り、黒い術式兵の支点をまとめて固定した。

 

道が開く。

 

完全撃破ではない。

けれど、進めるだけの道はできた。

 

オーディンを通し、護衛隊を通し、リアスたちとの連絡線を維持したまま、奥へ進む道だ。

 

ロスヴァイセが息を整えながら言った。

 

「突破路、維持します」

 

「無理はするなよ」

 

「あなたもです」

 

「それ、さっきも聞いたな」

 

「何度でも言います」

 

「説教係が増えた」

 

「護衛です」

 

「便利な言葉だな、それ」

 

ロスヴァイセは答えず、封印陣の光を強めた。

 

戦友、という言葉が頭をよぎる。

 

恋だの何だの、そういう湿ったものではない。

もっと単純で、現場向きの信頼だ。

 

こいつが支える。

俺が走る。

その結果、守るべき道が残る。

 

それで十分だ。

 

回廊の奥で、黒い扉のような術式が開き始める。

 

俺はギャバリオン・トリガーを構え直した。

 

「行くぞ。白銀の護衛さん」

 

「はい。黒金の急行さん」

 

「その呼び方はやめろ。妙にむず痒い」

 

「あなたが先に言いました」

 

「言ってねぇよ」

 

オーディンが背後で笑う。

 

「よい名じゃと思うがのう」

 

「爺さんまで乗るな」

 

黒金の汽笛が、黒いルーン回廊に響いた。

 

白銀の封印陣が道を守り、黒金のレールが奥へ伸びる。

ロキの本命が待つ場所へ、俺たちはそのまま進んだ。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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