サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
黒いルーン回廊は、息をしているようだった。
壁、床、天井。すべてに刻まれた黒い文字が、脈打つように淡く明滅している。直線に見える通路は、奥へ進むほど角度を変え、足元の感覚だけがわずかに横へずれる。さっき次元レールでこじ開けた道は、まだ背後に繋がっていたが、ここがロキの腹の中に近い場所だという感覚は消えなかった。
エクスプレスギャバリオンは、低速で回廊を進んでいた。
フェンリルの牙痕はまだ車体に残っている。無理に加速させれば、レール形成の遅れが出る。だから今は、長い線路を一気に敷くのではなく、短い黒金の軌道を刻みながら進んでいた。
「この回廊、壁面全てが術式です。踏み込む位置を誤れば、通路そのものが変化します」
ロスヴァイセの声が、白銀の兜の奥から響いた。
彼女はオーディンの前に立ち、ヴァルキリーの装備を完全に展開している。白銀の装甲に淡青のルーンが重なり、防御陣が薄い幕のようにオーディンを包んでいた。
「嫌な廊下だな。掃除当番が泣くぞ」
「掃除で済めばよいがのう」
オーディンが杖を軽く鳴らす。余裕を見せているが、その目は回廊の奥を見ていた。ここがただの通路ではないことは、あの爺さんも分かっている。
内部通信に絶花の声が入った。
『右の壁、動いた』
「見えてる。エクスプレス、低速進行」
黒金の車体がわずかに軌道を変える。
右壁に刻まれていたルーンが剥がれ、黒い影の兵となって床へ落ちた。続けて、回廊の奥から量産型ミドガルズオルムの残存個体が三体、這い出してくる。
以前の個体より小さい。
だが、厄介なのは大きさではない。蛇の周囲に、ロキの術式兵がまとわりついている。黒い人影のような兵たちは、直接こちらを斬りに来るのではなく、床のルーンや壁の支点へ手を伸ばしていた。
「量産型ミドガルズオルムの残存反応、前方三体。術式兵も混在しています」
「蛇はこっちで流す。術式核を見ろ」
「了解しました。白銀封印陣、展開」
ロスヴァイセの足元から、淡青のルーンが広がった。防御陣の外側に白銀の封印陣が重なり、回廊の床に走る黒い文字を押さえ込む。
俺はギャバリオン・トリガーを握る。
「エクスプレス軌道、形成。左へ押し込む」
黒金のレールが回廊の床に走った。
量産型ミドガルズオルムの一体が、こちらへまっすぐ迫る。エクスプレスギャバリオンは正面から受けず、軌道を斜めに敷いて蛇の進路を横へずらした。巨体が壁へ押しつけられ、鱗と黒いルーンが火花を散らす。
「核、固定しました!」
「よし、流すぞ」
エクスプレスギャバリオンが短く加速する。
車体の側面で蛇を押し込み、ロスヴァイセの封印陣へ滑らせる。封印された蛇は動きを鈍らせ、その隙に白銀のルーンが術式核を縛った。
敵を倒すだけなら、もっと派手な手もある。
だが、ここで爆発させれば回廊のルーンが反応する。下手に砕けば、ロキの術式へ破片ごと吸われる。なら、押し流して封じる方がいい。
「二体目、右から来ます」
「見えてる」
『左の影、遅れてる。囮』
絶花の声に、俺は視線を動かした。
確かに左の術式兵はわざと目立つ動きをしている。本命は右側の床を這う細い影だ。そいつはオーディンではなく、俺が敷いたレール支点へ向かっていた。
「支点を狙ってきたか」
そう言うより早く、ロスヴァイセが動いた。
彼女はオーディンの防御陣を崩さないまま、片手だけを支点の方へ向けた。白銀の封印陣が枝分かれし、黒い影の進路を先に塞ぐ。
「白銀封印陣、支点防護へ転用!」
「ロスヴァイセ?」
「今回は、私が先に止めます。あなたは道を変えてください」
迷いのない声だった。
前なら、俺の判断を待ったかもしれない。
だが今は違う。彼女は自分の護衛判断で、俺のレール支点を守った。オーディンを守るために、俺が敷く道を守る必要があると読んだのだ。
悪くないどころじゃない。
「いい判断だ。じゃあ、遠慮なく使うぞ」
俺は即座に軌道を変えた。
守られた支点を起点に、黒金のレールを斜め後方へ伸ばす。蛇の進路を正面で止めず、回廊の外縁へ流す。ロスヴァイセの封印陣がそこへ重なり、蛇の術式核を一瞬だけ固定した。
ロキの声が、回廊の壁から滲む。
『見事な連携だ。だからこそ、どこを折ればよいか分かりやすい』
「折りに来た割には、もう一本増えたぞ」
『ほう。護衛が、線路まで守るのか』
ロスヴァイセはオーディンの前から動かず、静かに答えた。
「あなたが敷く道を守るのも、護衛の役目です」
俺は思わず少しだけ息を吐いた。
「言うようになったな」
「必要なことを言っただけです」
「俺の悪影響だ」
「そうかもしれませんね」
「そこで認めるな」
会話の間にも、敵は止まらない。
黒い術式兵が壁から湧き、回廊の左右へ散る。正面の量産型ミドガルズオルムは囮で、術式兵の本命は退避路と突破路を同時に塞ぐことだった。背後へ繋いだ次元レールに黒いルーンを食い込ませ、俺たちが戻る道を狭めている。
「敵を倒すより、通しちゃいけない道を潰す方が先だ」
「なら、私は通すべき道を固定します」
「話が早いな」
「慣れてきました」
「悪影響だな、本当に」
ロスヴァイセの白銀封印陣が、回廊の左右へ広がった。
それは敵を完全に止めるための陣ではない。通路の縁を固定し、味方の退避路とオーディンの護衛線だけを残すための陣だ。
俺はそこへ黒金のレールを重ねる。
白銀が道を守り、黒金が道を作る。
固定と急行。防御と突破。
役割ははっきりしていた。
「エクスプレス、突破路形成!」
汽笛が回廊に響いた。
エクスプレスギャバリオンの前方に、短い黒金の軌道が連続して生まれる。長く一本に伸ばすのではない。フェンリルの牙痕の影響を避けるように、細かく分けたレールを繋ぎ、敵の進路だけを切っていく。
一体目の蛇を左へ流す。
二体目を封印陣へ押し込む。
三体目の足元にある術式支点を黒金の光弾で撃ち抜く。
術式兵たちが一斉に散った。
だが、それもロキの手だ。
散った影は床に潜り込み、ロスヴァイセの封印陣の支点へ向かう。
『太郎、下。白い陣、狙われてる』
絶花が内部通信で短く告げる。
「外部じゃ言うなよ」
『言ってない』
「ロスヴァイセ、足元だ」
「分かっています!」
ロスヴァイセは槍を床へ突き立てた。
白銀の光が波のように広がり、床下へ潜った影を浮かび上がらせる。そこへ俺がギャバリオン・トリガーを向け、黒金の光弾を連続で撃ち込んだ。
影が砕け、黒いルーンが散る。
ロスヴァイセはすぐに封印陣を組み直した。
防御陣、封印陣、解析術式。それを同時に維持しながら、オーディンの位置を一度も空けていない。
前章で見た彼女の迷いは、もうない。
恐怖はある。フェンリルの名を聞いた時の緊張も残っている。それでも、今の彼女は自分の役目を見失っていない。
オーディンが静かに笑った。
「白銀と黒金か。なかなか見応えがあるのう」
「観戦料取るぞ、爺さん」
「北欧神話勢力につけておけ」
「また請求書が増えるな」
「ロキに回すのもよいぞ」
「払わねぇ請求書を増やすな」
軽口を交わしながら、俺は回廊奥の変化を見た。
黒いルーンの密度が上がっている。
術式兵はまだ湧いているが、その動きは明らかに時間稼ぎだ。ロキの本命はこの場で俺たちを止めることではなく、奥の術式が完成するまで足止めすること。
「ロスヴァイセ、奥の反応を見ろ」
「はい。黒いルーンが収束しています。これは……今までの残滓ではありません」
アザゼルの通信が割り込む。
『回廊奥で術式反応が膨らんでる。今までの残りカスじゃねぇぞ』
リアスの声も続いた。
『こちらからも確認しました。黒いルーンが集中しています。敵の増援が目的ではなく、何かを起動しようとしているようです』
「ロキ様の本命……」
ロスヴァイセの声が低くなる。
回廊の奥で、黒いルーンが円を描いた。
それは扉のようでもあり、喉のようでもあった。奥から漏れてくる気配は、フェンリルの牙とは違う。もっと薄く、広く、戦場全体に染み込むような悪意だった。
ロキの声が響く。
『では、次は本番へ進もうか』
「やっと奥の部屋かよ。廊下が長すぎる」
『長い道ほど、終点に着いた時の喜びは大きいものだよ』
「お前の用意した終点なんざ、だいたいろくでもねぇだろ」
『だからこそ、君がどう線路を敷くのか見たいのさ』
「観察料も請求に乗せとけ」
『支払いは終末の後で』
「踏み倒す気満々じゃねぇか」
術式兵が最後の一団として押し寄せる。
量産型ミドガルズオルムの残存個体がその影をまとい、回廊を塞ぐように膨れ上がった。
ロスヴァイセが白銀の封印陣を広げる。
「核を固定します。完全には止められませんが、突破路の左右は押さえます」
「十分だ。真ん中はこっちで開ける」
「了解しました」
その返事に、疑いはなかった。
俺も疑わない。
彼女が左右を押さえるなら、俺は真ん中を抜く。
彼女が通すべき道を固定するなら、俺はそこへ黒金の急行を走らせる。
「エクスプレス、進路確保。突撃は短く、押し流せ」
黒金の車体が唸る。
白銀の封印陣が左右に開き、黒金のレールが中央を貫いた。
「防御陣、左右固定!」
「突破路形成!」
エクスプレスギャバリオンが走る。
巨大な蛇と影の塊を砕くのではなく、回廊の外縁へ押し流す。ロスヴァイセの封印陣がその動きを縛り、黒い術式兵の支点をまとめて固定した。
道が開く。
完全撃破ではない。
けれど、進めるだけの道はできた。
オーディンを通し、護衛隊を通し、リアスたちとの連絡線を維持したまま、奥へ進む道だ。
ロスヴァイセが息を整えながら言った。
「突破路、維持します」
「無理はするなよ」
「あなたもです」
「それ、さっきも聞いたな」
「何度でも言います」
「説教係が増えた」
「護衛です」
「便利な言葉だな、それ」
ロスヴァイセは答えず、封印陣の光を強めた。
戦友、という言葉が頭をよぎる。
恋だの何だの、そういう湿ったものではない。
もっと単純で、現場向きの信頼だ。
こいつが支える。
俺が走る。
その結果、守るべき道が残る。
それで十分だ。
回廊の奥で、黒い扉のような術式が開き始める。
俺はギャバリオン・トリガーを構え直した。
「行くぞ。白銀の護衛さん」
「はい。黒金の急行さん」
「その呼び方はやめろ。妙にむず痒い」
「あなたが先に言いました」
「言ってねぇよ」
オーディンが背後で笑う。
「よい名じゃと思うがのう」
「爺さんまで乗るな」
黒金の汽笛が、黒いルーン回廊に響いた。
白銀の封印陣が道を守り、黒金のレールが奥へ伸びる。
ロキの本命が待つ場所へ、俺たちはそのまま進んだ。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王