サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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神殺し Case9

黒い扉は、開いたというより、口を開けたように見えた。

 

回廊の奥で円を描いていた黒いルーンが、ゆっくりと内側へ沈んでいく。壁も床も天井も、その動きに合わせて脈打ち、黒い光を細い血管のように走らせた。白銀の封印陣が道を押さえ、黒金のレールが奥へ伸びている。それでも、足元の感覚は落ち着かなかった。

 

ここから先は、ただの戦場ではない。

 

ロキが見せたがっている本命だ。

 

『オーディンを殺すだけなら、つまらない』

 

声が降った。

 

ロキの姿はない。だが、回廊そのものがあいつの喉になったように、壁のルーンが言葉を震わせていた。

 

『首を落とせば終わる。血を流せば騒ぎになる。けれど、それだけでは足りない。神も悪魔も天使も堕天使も、互いを疑い、会談が壊れ、北欧の名に泥が塗られる。その方が、ずっと面白いだろう?』

 

通信にリアスの声が入る。

 

『結界内の情報が乱れています。こちらの退避経路に、北欧側の妨害反応が出ています!』

 

続いて、アザゼルが舌打ち混じりに割り込んだ。

 

『違う、偽装だ! 三大勢力側にも同じ反応が出てやがる。北欧が邪魔してるように見せて、逆にも見えるよう作ってある』

 

ロスヴァイセの顔が強張った。

 

「北欧側と三大勢力側を、互いに疑わせるための術式……!」

 

『信頼を砕き、会談を壊し、神も悪魔も互いを疑う。そこから始まる混乱こそ、私の望む前奏だ』

 

「趣味が悪いどころじゃねぇな」

 

俺はギャバリオン・トリガーを握り直した。

 

「悪神の名札、よく似合ってるぞ」

 

『ありがとう。君に褒められると、少し得をした気分だ』

 

「褒めてねぇよ。返品しろ」

 

軽口を返しても、胸の奥は冷えていた。

 

ロキの狙いは、オーディン一人の命ではない。ここで会談が崩れれば、北欧神話勢力は疑われる。三大勢力も揺れる。護衛の失敗は政治の傷になり、傷は不信に変わる。あいつはその全部を、同時にひっくり返すつもりで仕込んでいた。

 

量産型ミドガルズオルムも、幻惑も、閉鎖結界も、フェンリルの牙も、全部そのための前振りだったわけだ。

 

「面倒くせぇ悪知恵だな」

 

「来ます」

 

ロスヴァイセが低く言った。

 

白銀の防御陣が、一瞬で厚みを増す。オーディンは彼女の背後で杖を構え、軽口を引っ込めて回廊の奥を見ていた。

 

黒い扉の向こうで、何かが動いた。

 

最初に見えたのは、牙だった。

次に、顎。

それから、影の中から四肢が現れる。

 

フェンリル。

 

今度は牙だけじゃない。全身だ。

 

裂け目の奥から出てきた神喰狼は、量産型ミドガルズオルムとは比べ物にならない圧をまとっていた。巨体が一歩踏み出しただけで、黒金のレールが軋む。白銀の封印陣が押され、結界壁に亀裂が走った。

 

『あれ、さっきの犬?』

 

内部通信の絶花の声が、ほんの少し硬い。

 

「犬って大きさじゃねぇだろ」

 

『狼』

 

「訂正が素直でよろしい」

 

フェンリルが唸る。

 

それだけで、回廊のルーンが震えた。術式兵の残骸が吹き飛び、床に残っていた支点がまとめて砕ける。イッセーの通信が遠くで跳ねた。

 

『で、でけぇ……! さっきの蛇どころじゃねぇぞ!』

 

『神喰狼フェンリル。本格投入ってわけか』

 

アザゼルの声にも余裕がない。

 

俺はエクスプレスギャバリオンを前へ出した。黒金のレールを斜めに敷き、フェンリルの進路を逸らす。前回と同じだ。受け止めるな、逸らせ。まともに受ければ潰される。

 

「エクスプレス、進路を切れ」

 

黒金レールが走る。

 

フェンリルは、そのレールを見た。

 

そして、噛んだ。

 

金属の軋みではない。空間そのものを噛み砕く音が響いた。黒金のレールが裂け、噛まれた箇所から黒い火花が散る。エクスプレスギャバリオンの車体が大きく揺れた。

 

『レール、また噛まれた』

 

「見りゃ分かる」

 

『エクスプレス、きつい』

 

「だろうな」

 

フェンリルは一歩も止まっていない。逸らしたはずの進路を、牙と爪で押し潰しながら戻してくる。黒金レールでは道を曲げきれない。白銀の封印陣も、足元へ届く前に圧で削られている。

 

ロスヴァイセが槍を構え、オーディンの前に立った。

 

「防御陣、再展開します!」

 

「無理に止めるな」

 

「分かっています。逸らす一瞬を作ります」

 

声は震えていない。

 

だが、フェンリルの圧は容赦がなかった。白銀の防御陣に牙の影が触れるだけで、ルーンが軋む。ロスヴァイセは後ろへ下がらない。下がれば、オーディンへの道が開くからだ。

 

俺は舌打ちした。

 

「エクスプレスだけじゃ足りねぇな」

 

『うん』

 

絶花の返事は短い。

 

「コスモギャバリオン、来い」

 

黒金レールが回廊の後方へ伸びた。閉じられた空間を縫い、さっき俺たちがこじ開けた道を逆に使う。遠くから、重い駆動音が近づいてきた。

 

コスモギャバリオンが、黒いルーン回廊へ突入する。

 

フェンリルがこちらを見た。

ロキの声が、興味深そうに揺れる。

 

『まだ道具があるのかい?』

 

「道具じゃねぇ。相棒だ」

 

『太郎、合体、いける』

 

内部通信で絶花が告げる。

 

「エクスプレス、まだ怒ってるか」

 

『怒ってる』

 

「ならちょうどいい。噛んだ相手を殴り返すぞ」

 

エクスプレスギャバリオンが汽笛を鳴らした。

 

黒金の車体が分解する。車輪、装甲、レール形成装置、推進機構。それぞれが光の軌道を描きながらコスモギャバリオンへ接続されていく。胸部に重い黒金装甲が重なり、肩が張り出す。腕部が巨大化し、列車の質量を宿した拳が展開する。背部にはエクスプレス由来の巨大推進ユニットが噛み合い、空間へ短いレールを吐き出した。

 

システム音声が鳴る。

 

『ビックリンガー ACE-GO!』

 

続いて、起動音が回廊を震わせた。

 

『アクティベート!』

 

黒金の重装ロボが、フェンリルの前に立つ。

 

コスモギャバリオンACE-GO。

 

通常のコスモギャバリオンよりも重い。鋭さより、押し抜くための形だ。肩と胸にエクスプレスの装甲をまとい、背部推進ユニットが低く唸る。巨大化した腕は、線路を敷くためではなく、線路を噛み砕く相手を殴り返すためにある。

 

ロキが笑った。

 

『なるほど。列車を道にするだけではなく、鎧にするのか』

 

「線路を噛む犬には、列車ごと殴る方が早いだろ」

 

『実に乱暴だ』

 

「お前相手に上品な手順を踏む気はねぇよ」

 

フェンリルが突進した。

 

視界が黒い顎で埋まる。

 

ACE-GOは真正面から受け止めない。背後に黒金レールを形成し、背部推進を一瞬だけ噴かす。巨体を横へずらしながら、巨大腕でフェンリルの顎を下から打ち上げた。

 

重い衝撃が回廊を揺らす。

 

「ロスヴァイセ!」

 

「はい!」

 

ロスヴァイセは白銀の封印陣を足元へ叩き込んだ。

 

「白銀封印陣、足元固定!」

 

フェンリルの前脚が、一瞬だけ止まる。

本当に一瞬だ。次の瞬間には噛み砕かれる程度の固定。それでも、ACE-GOが押すには十分だった。

 

「ACE-GO、背部推進全開!」

 

背部ユニットが唸りを上げる。黒金のレールが短く連続形成され、ACE-GOの巨体を砲弾のように押し出した。

 

「押し返すぞ、神喰狼!」

 

巨大な拳が、フェンリルの肩へ叩き込まれる。

 

拳一つで倒せる相手ではない。だが、今回は倒す必要はない。進路を曲げ、戦場を戻し、ロキの術式が狙った分断を一度崩せばいい。

 

ACE-GOの重量突撃が、フェンリルを回廊の外縁へ押し返す。フェンリルの爪が床を削り、黒いルーンを根こそぎ剥がした。そこに走っていた偽装術式が千切れ、三大勢力側と北欧側を互いに疑わせる反応が一部途切れる。

 

通信の向こうでアザゼルが叫ぶ。

 

『偽装反応が消えた! 結界補強、今なら通る!』

 

リアスも続く。

 

『退避経路を再確保します! 北欧側への誤認表示も消えています!』

 

「ロスヴァイセ、左右を押さえろ。俺が真ん中を押す」

 

「了解しました。防御陣、再固定!」

 

「話が早くて助かる」

 

「あなたの雑な指示に慣れただけです」

 

「悪化してるな」

 

「現場適応です」

 

白銀の防御陣が広がり、ACE-GOの突撃で生じた崩れを支える。ロスヴァイセはオーディンの前から離れない。だが、彼女の封印術は俺の押し込む先を正確に作っていた。

 

俺が押す。

彼女が逸らす先を固める。

オーディンへの道を、二人で塞ぐ。

 

恋だの何だのじゃない。

こういうのは、戦場で使える信頼と呼べばいい。

 

フェンリルが吠えた。

 

空間が震え、ACE-GOの腕部装甲に亀裂が走る。神喰狼の牙が、再びレールを狙った。俺は即座に拳を引き、黒金レールを一本だけ囮として伸ばす。

 

フェンリルが噛む。

 

その間に本線を別角度へ敷き、背部推進で回り込む。

 

「同じ手を何度も噛むなよ。犬でも覚えるぞ」

 

『太郎、犬じゃない』

 

「今そこ大事か?」

 

『狼』

 

「はいはい」

 

ACE-GOの拳が二撃目を叩き込む。

フェンリルが後退し、黒い扉の周囲に組まれていた本命術式がさらに歪んだ。

 

ロキの声が響く。

 

『素晴らしい。だが、ラグナロクはまだ始まったばかりだ』

 

「だったら、開幕から脱線させてやるよ」

 

『いいね。君は本当に、盤面を守るより壊す方が似合う』

 

「人聞きの悪いこと言うな。俺は壊す場所を選んでるだけだ」

 

『選ぶ権利があると思っているのかい?』

 

「あるだろ。少なくとも、お前に全部選ばせるよりはマシだ」

 

ロキは笑った。

 

悔しがってはいない。

ACE-GOを見ても、フェンリルが押し返されても、あいつはまだ笑っている。データを取っている。こっちの切り札を見て、それを次へ組み込むつもりだ。

 

腹が立つほど悪神らしい。

 

フェンリルがもう一度身を起こした。押し返した。だが、倒れてはいない。巨体の奥で牙が光り、神を喰う気配がさらに濃くなる。

 

ロスヴァイセが息を整えながら言った。

 

「ギャバン・キング、今の一撃で術式の一部は崩れました。ですが、完全停止ではありません」

 

「分かってる。ロキの本命はまだ生きてる」

 

「次で、もっと深く来ます」

 

「だろうな」

 

オーディンが杖を鳴らした。

 

「ここからが正念場じゃ。フェンリルも、ロキも、まだ底を見せておらぬ」

 

「嫌な確認をどうも、爺さん」

 

「礼はいらんぞ」

 

「請求書だけ増やす神様がよく言う」

 

ACE-GOの背部推進が低く唸る。

 

黒金のレールは砕け、また敷かれ、白銀の封印陣は削られながらもオーディンへの道を守っている。三大勢力側への偽装は一部崩れたが、黒いルーンはまだ回廊全体を染めていた。

 

ロキの本命は、止まりきっていない。

 

フェンリルの爪が床を掴む。

黒い扉の奥で、さらに濃いルーンが灯る。

 

『さあ、続けよう。放課後の終末は、まだ幕を開けたばかりだ』

 

俺はギャバリオン・トリガーを構え直した。

 

「幕が上がったなら、こっちは舞台ごと押し返すだけだ」

 

ロスヴァイセが白銀の槍を構え、オーディンの前に立つ。ACE-GOは黒金の拳を握り、フェンリルへ向けて一歩踏み込んだ。

 

次で終わらせる。

 

そう言いたかったが、口には出さなかった。

相手はロキで、前にはフェンリルがいる。軽い決意でどうにかなる相手ではない。

 

だから、別の言葉を吐く。

 

「行くぞ。悪神様の本命を、脱線させに行く」

 

黒金の推進音が、黒い回廊を震わせた。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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