サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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神殺し Case10

# 第10話 放課後のラグナロク

 

黒い回廊が、空へほどけた。

 

天井に刻まれていたルーンが裂け、赤黒い空がむき出しになる。駒王学園に似た輪郭を持つ隔離結界全体へ、黒い線が血管のように走った。校舎に似た影、広場に似た床、さっきまで繋いでいた黒金のレール。そのすべてが、ロキの術式に引っ張られて軋んでいる。

 

フェンリルは、まだ倒れていなかった。

 

コスモギャバリオンACE-GOの重い一撃で押し返したはずの神喰狼は、回廊の外縁に爪を立て、黒い息を吐いている。肩に入った拳の痕も、押し戻された足跡も、奴にとっては傷というより邪魔な埃程度らしい。

 

奥の黒い扉が、さらに開く。

 

そこからロキの声が落ちた。

 

『この戦場で最も恐ろしいのは牙ではない。疑いだよ』

 

同時に、通信が乱れた。

 

『退避経路がまた変わっています! 北欧側の術式が妨害しているように見えます!』

 

リアスの声が硬い。すぐにアザゼルが割って入る。

 

『見えてるだけだ! 乗るなよ、リアス。こっちにも悪魔側がオーディンを囮にしてるような偽情報が流れてる。全部ロキの偽装だ!』

 

「ロキ様は、まだ会談そのものを壊そうとしている……!」

 

ロスヴァイセがオーディンの前で槍を構え直した。白銀の防御陣はすでに何度も削られている。それでも彼女は下がらない。視界の先では、残存する量産型ミドガルズオルムが黒い煙をまとって再起動し、術式兵が壁や床から湧き出していた。

 

フェンリル。

量産蛇。

幻惑。

勢力間の偽情報。

護衛線の分断。

 

ロキは全部を同時に動かしている。

 

「最後まで性格が悪いな。終末より先に根性を更生しろ」

 

『それは難しい相談だ。私はこういう性格だからね』

 

「開き直りが一番タチ悪いんだよ」

 

ACE-GOの背部推進が低く唸る。巨大腕部の装甲には亀裂が入っていたが、まだ動く。問題は、こっちがフェンリルを殴っている間にも、ロキの術式が会談そのものを壊しに来ていることだ。

 

犬だけ見ていれば、足元をすくわれる。

 

『太郎、黒い反応、増えてる』

 

内部通信で絶花が言った。

 

「フェンリルか」

 

『違う。奥。小さいけど、全部そこへ戻ってる』

 

「本命の核か」

 

『たぶん。でも、変』

 

「何がだ」

 

『核の奥に、ロキの反応がある。逃げるためじゃない。繋がってる』

 

俺は目を細めた。

 

ロキは本命術式の外側で笑っているわけじゃない。術式核の奥に、自分の霊的な接続点を置いている。会談崩壊の偽装、フェンリルの投入、幻惑の制御。その全部を同時に動かすために、核と自分を深く繋いでいるのだ。

 

つまり、核を壊せば術式は止まる。

 

そして、逃げ道ごと縛れば、ロキ本人も引きずり出せる。

 

「欲張りすぎだな、悪神様」

 

『さて、君は牙を止めるか、信頼の崩壊を止めるか』

 

ロキの声が笑う。

 

「両方だ。ついでに、お前も逃がさねぇ」

 

ほんの一瞬、黒いルーンの脈動が乱れた。

 

ロキの笑いが薄くなる。

 

『……ほう?』

 

「選ばせたつもりでいるのが雑なんだよ」

 

俺はACE-GOを前に出した。

 

フェンリルが身を沈める。次の瞬間、黒い巨体が弾けるように迫った。爪が床を裂き、牙が黒金レールを噛みにくる。俺は囮レールを一本だけ伸ばし、噛ませた瞬間に本線を斜めへ敷き直す。

 

「ACE-GO、右へ流す」

 

巨大腕部でフェンリルの顎を受け流し、背部推進で機体を押し込む。正面から止めるのではなく、力の向きをずらす。神喰狼の巨体が回廊の壁へ流れ、黒いルーンがまとめて剥がれた。

 

「ロスヴァイセ、足元を一瞬」

 

「了解しました。白銀封印陣、展開!」

 

白銀のルーンがフェンリルの前脚に絡む。長くは持たない。だが、ACE-GOが押すための一瞬にはなる。

 

オーディンも杖を鳴らした。

 

「北欧式封鎖、補助するぞ」

 

「助かる。爺さん、今回は請求書なしな」

 

「それはそれ、これはこれじゃ」

 

「台無しだよ」

 

軽口を叩きながら、ACE-GOの拳を叩き込む。フェンリルが咆哮し、回廊の空気が裂けた。その衝撃で白銀の封印陣が軋む。ロスヴァイセは膝を折りかけたが、槍を床へ突き立てて踏みとどまった。

 

その背後で、オーディンが揺らぐ。

 

いや、違う。

 

オーディンが三人に増えた。

 

一人は、ロスヴァイセへ手を伸ばしている。

 

「ロスヴァイセ、こちらじゃ」

 

もう一人は、厳しい声で言う。

 

「下がれ。護衛は不要じゃ」

 

三人目は、何も言わない。

ただ、杖を握って立っている。

 

ロキの最後の幻惑だ。

 

ロスヴァイセの動きが一瞬止まる。術式兵がその隙を狙って、防御陣の隙間へ滑り込もうとした。フェンリルの牙も、白銀の陣を削る。

 

「見えてるものを信じるな」

 

俺は叫んだ。

 

「分かっています」

 

ロスヴァイセは目を伏せた。

 

視界を捨てたのではない。視界に頼ることをやめたのだ。護符の揺れ、神気の重さ、杖を鳴らす癖、そしてオーディンが本当に命令を出す時の間。彼女は、それらを一つずつ拾っていた。

 

やがて、彼女は三人のうち、何も言わなかったオーディンの前へ立つ。

 

「私は、見えているものではなく、守るべきものを見ます」

 

偽のオーディンが崩れた。

 

本物のオーディンが、静かに頷く。

 

「よく見た、ロスヴァイセ」

 

「護衛ですから」

 

その声には、迷いがなかった。

 

俺はACE-GOでフェンリルを押し返しながら、ギャバリオン・トリガーを握り直す。今の判断で、術式核の位置がさらに絞れた。ロキは偽のオーディンを動かすために、幻惑の反射層を一瞬だけ開いた。その奥に、黒い心臓のような核が見える。

 

そして、そのさらに奥に、ロキの気配が絡んでいる。

 

「確認しました」

 

ロスヴァイセが息を整えながら言った。

 

「フェンリルの影、幻惑の反射層、偽装情報の流路が、一点へ集まっています。あれがロキ様の本命術式核です」

 

「核の奥にロキ本人の接続点もある。あいつ、逃げながら操ってるんじゃねぇ。そこを握って戦場を動かしてる」

 

ロスヴァイセの瞳が鋭くなる。

 

「なら、固定すれば……」

 

「逃げ道も一緒に縛れる」

 

『随分と物騒な相談だね』

 

ロキの声が、少し近くなった。

 

「お前が言うな。ここまで会談ぶっ壊そうとした奴が被害者面するな」

 

『私はただ、神話にふさわしい混乱を用意しただけだ』

 

「宇宙警察的には十分に現行犯だな」

 

その言葉に、通信の向こうで別の声が入った。

 

『聞こえてるぞ、ギャバン・キング』

 

レオルドだ。

 

低く、いつもより硬い声だった。宇宙警察側の通信が、エクスプレスの補助回線から繋がっている。

 

『隔離結界内の術式記録、フェンリル投入、会談妨害、要人襲撃、異界封鎖、全部ログ取った。神話勢力間の政治は管轄外だが、異界結界を利用した広域治安破壊と宇宙警察協力者への攻撃は別だ』

 

「つまり?」

 

『逮捕状代わりの執行許可は出せる。北欧側の同意があればな』

 

オーディンが杖を鳴らす。

 

「北欧神話勢力として、ロキの身柄拘束に同意する。好きにせい。ただし、取り扱いには気をつけよ。あやつは油断すると縄を口でほどく」

 

「口でほどける縄は使わねぇよ」

 

『言ったな。ならやれ。逃がすなよ』

 

「簡単に言いやがって」

 

『お前のその“何とかなる”は、大体こっちの仕事が増えるんだよ。今回は増えた分、きっちり回収しろ』

 

「はいはい、現場はつらいねぇ」

 

俺はACE-GOを半歩引かせ、背部のエクスプレス機構を解放した。黒金のレールが機体の周囲へ走る。フェンリルを完全に倒す必要はない。今は封じて、核を撃つ。そしてロキを引きずり出す。

 

「ロスヴァイセ、核を固定できるか」

 

「できます。ただし、フェンリルの影が邪魔です」

 

「そっちは押す」

 

「三秒ください」

 

「二秒半とか言うなよ」

 

「今回は三秒です」

 

「上等」

 

フェンリルが再び突っ込む。ACE-GOは背部推進を全開にし、黒金レールを踏んで前へ出た。巨大腕部を交差させ、牙の進路を受け流す。牙が腕部装甲を削り、火花が散った。

 

押される。

 

それでも、踏み込む。

 

「ACE-GO、レールバースト補助。フェンリルを右へ流せ」

 

黒金レールがフェンリルの足元で曲がり、巨体の重心をずらした。そこへロスヴァイセの白銀封印陣が絡む。オーディンの北欧式封鎖がさらに重なり、神喰狼の動きが一瞬だけ鈍った。

 

「術式核、固定します。今です、ギャバン・キング!」

 

その瞬間を待っていた。

 

俺はギャバリオン・トリガーを構える。ACE-GOの胸部装甲から、エクスプレスギャバリオン由来の機構が展開された。黒金のレール状パーツがトリガーへ接続され、銃身が大型化していく。リング状の照準フレームが銃口に浮かび、複数の黒金レールが空間へ伸びた。

 

システム音声が響く。

 

『ギャバリオントリガーEX!』

 

銃身に黒金の光が走る。

 

『エクスプレスロックオン!』

 

照準は術式核だけではない。ロキが逃げようとする反射層、幻惑の逃走先、偽情報を流す細いルート、その全部へレールが回り込む。直線で撃つのではない。逃げ道ごと線路で囲い、出口から撃つ。

 

さらに、レオルドの通信が重なる。

 

『宇宙警察拘束フィールド、同期。エクスプレスレールに乗せろ』

 

「注文が多いな」

 

『逮捕ってのは面倒なんだよ。消すよりずっとな』

 

「知ってる。だから嫌なんだ」

 

『文句は後で聞く。撃て』

 

『レールバースト、チャージ!』

 

汽笛とロックオン音が重なった。

 

ロキの声が、初めてはっきり低くなる。

 

『逃げ道まで照準に入れるか。いや、それだけではないね。拘束術式まで混ぜている』

 

「お前みたいなのは、出口から撃って、そのまま手錠をかける方が早い」

 

『神に手錠とは、ずいぶん傲慢だ』

 

「会談襲撃犯に敬称を選んでる暇はねぇよ」

 

『フェンリルを止めながらそれを撃てるかな』

 

「俺一人なら無理だな」

 

俺は横目でロスヴァイセを見る。

 

白銀の封印陣を維持する彼女は、まだオーディンの前に立っている。膝は震えていない。槍の先も下がっていない。

 

「だが、今は一人じゃねぇ」

 

ロスヴァイセが短く頷いた。

 

「封印陣、維持します」

 

オーディンが杖を掲げる。

 

「撃て、ギャバン・キング。北欧の恥は、北欧も見届けねばならん」

 

リアスとアザゼルの通信も重なる。

 

『外側の結界、こちらで押さえます!』

 

『撃てるだけ撃て! 後始末は……まあ、今回は宇宙警察にも押しつける!』

 

レオルドが即座に返す。

 

『ふざけんな。こっちも書類が増えるんだよ』

 

「全員、後で喧嘩しろ」

 

そう言いながら、トリガーを引く。

 

「終末ごっこはそこまでだ、悪神様。宇宙警察の現行犯だ」

 

システム音声が、最終音を鳴らした。

 

『ファイナル・エモーショナルバーストEX!』

 

黒金の砲撃が、レールの上を走った。

 

光は一直線ではなかった。複数の軌道を走り、幻惑の層を貫き、偽情報の流路を焼き切り、最後にロスヴァイセが固定した術式核へ集中する。ただ破壊するための光ではない。黒金の砲撃の周囲に、宇宙警察の拘束フィールドが重なり、術式核から伸びるロキの接続線を次々と縛っていく。

 

黒い心臓のような核が一瞬膨れ上がった。

 

ロキが逃げようとする。

 

反射層の奥に道が開き、いくつもの偽の出口が生まれる。だが、そのすべてに黒金レールが先回りしていた。逃げ道はレールに縫われ、出口は照準に収められ、ロキの気配は核から引き剥がされる。

 

『これは……!』

 

「言ったろ。逃がさねぇって」

 

核が弾けた。

 

回廊全体が震える。

 

量産型ミドガルズオルムの残存個体が黒い煙となって崩れ、術式兵が壁から剥がれて消えた。三大勢力側と北欧側に流れていた偽装反応が途切れ、隔離結界の赤黒い空に走っていた黒い線がほどけていく。

 

フェンリルが咆哮した。

 

神喰狼はまだ動ける。だが、ロキの術式核が砕けたことで、こちら側へ繋いでいた道が不安定になったらしい。黒い扉が狼の背後で歪み、フェンリルの巨体を引き戻し始める。

 

だが、ロキは戻れない。

 

黒金のレールが、砕けた核の奥から一つの影を引きずり出した。

 

長い影。

細い笑み。

黒い衣の悪神。

 

ロキの姿が、拘束フィールドの中で形を取る。

 

両腕と胴を、黒金のリング状拘束具が縛っていた。足元にはエクスプレスレールが円を描き、そこから宇宙警察の拘束紋が立ち上がっている。完全に自由を奪ったわけではない。だが、逃走用の術式は封じられている。

 

『なるほど。道だけでなく、逃げ道まで塞ぐのか』

 

ロキは息を吐くように笑った。

 

「覚えるな。次が面倒になるだろ」

 

『ふふ。逮捕、というやつかな?』

 

「そうだ。会談妨害、要人襲撃、異界結界の不正展開、フェンリル投入による広域破壊未遂。細かい罪状は後でレオルドが泣きながら書く」

 

『俺を勝手に泣かすな』

 

通信の向こうでレオルドが低く唸る。

 

『ロキ。宇宙警察臨時執行権限に基づき、北欧神話勢力の同意を得た上で、身柄を拘束する。抵抗すれば拘束レベルを上げる』

 

ロキはちらりとオーディンを見た。

 

『父よ、ずいぶん外の警察と仲良くなったものだね』

 

オーディンの目は笑っていなかった。

 

「おぬしが外の法まで踏み越えたからじゃ。北欧だけの問題で済むと思うたか」

 

『厳しいね』

 

「甘くしてやれる段階は、とうに過ぎた」

 

ロキの笑みが、ほんのわずかだけ薄くなった。

 

フェンリルが黒い扉の向こうで暴れる。ロキを奪い返そうとしているのか、あるいは単に術式の崩壊に苛立っているのかは分からない。神喰狼の牙が一度だけこちらへ向いたが、拘束レールと北欧式封鎖が重なり、扉は強制的に閉じていく。

 

フェンリルの咆哮だけが残った。

 

黒い扉が閉じる。

回廊が崩れ、隔離結界の空が少しずつ薄くなった。

 

ACE-GOの背部推進が止まり、黒金レールの光が弱まる。俺はギャバリオントリガーEXを解除し、息を吐いた。

 

ロキは拘束フィールドの中で、まだ余裕を装っている。

 

『見事だよ、ギャバン・キング。けれど、神話は牢の中でも続く』

 

「続けるなら反省文から始めろ」

 

『それは退屈だ』

 

「逮捕されて娯楽を選べると思うな」

 

レオルドの通信が入る。

 

『拘束状態、安定。回収班を送る。お前はそのままレール拘束を維持しろ』

 

「人使い荒いな」

 

『逮捕した神様を逃がすよりマシだろ』

 

「そりゃそうだ」

 

『あとで報告書だ』

 

「聞こえなかったことにする」

 

『聞こえただろ』

 

「通信悪いな」

 

『ふざけんな』

 

内部通信に絶花の声が入った。

 

『太郎、終わった?』

 

「ロキは捕まえた。後始末は山ほどある」

 

『エクスプレス、疲れた』

 

「あとで褒めとけ」

 

『太郎が褒めて』

 

「俺が褒めると調子に乗るだろ」

 

『もう乗ってる』

 

「なら問題ねぇな」

 

通信を切ると、ロスヴァイセがこちらを見ていた。

 

白銀の装備には細かな傷がある。だが、彼女は最後までオーディンの前から退かなかった。偽の命令にも、偽の姿にも惑わされず、守るべきものを守った。

 

「護衛完遂だな」

 

俺が言うと、彼女は少しだけ目を伏せた。

 

「……はい。何とか」

 

「何とかで十分だろ。無傷の護衛なんざ、飾り棚に置いとく人形くらいだ」

 

「例えがひどいです」

 

「生きて守れたんだから上等だ」

 

ロスヴァイセは何か言い返そうとして、結局、短く息を吐いた。

 

少し離れた場所では、黒金の拘束フィールドに縛られたロキを、宇宙警察の転送レールが包み始めている。アザゼルが腕を組み、面白そうにそれを眺めていた。

 

「悪神を逮捕か。とんでもねぇ光景だな」

 

リアスは、まだ警戒を解かずに言った。

 

「ですが、会談は守られました。北欧側との誤認も解除されています」

 

「ロキが捕まったなら、少なくとも今すぐ第二波ってことはねぇだろ」

 

「油断はできません」

 

「そりゃそうだ」

 

ロキは最後まで笑っていた。

 

転送レールが閉じる直前、こちらを見て言う。

 

『また会おう、ギャバン・キング』

 

「面会謝絶だ」

 

『牢にも道はあるものだよ』

 

「その道、全部塞いどけ、レオルド」

 

『言われなくてもやる。余計な仕事増やしやがって』

 

転送光が閉じ、ロキの姿が消えた。

 

ようやく、隔離結界の中に静けさが戻る。

 

その時、オーディンが杖を鳴らした。

 

「さて、ロスヴァイセ」

 

「はい。オーディン様」

 

彼女はすぐに姿勢を正す。さっきまで死線にいたとは思えない切り替えだ。

 

オーディンは、いつもの調子を取り戻した顔で言った。

 

「おぬしは、しばらくこちらに残れ」

 

ロスヴァイセが固まった。

 

「……はい?」

 

「北欧と三大勢力の連絡役が必要じゃ。今回の後始末もある。駒王側の状況を知る者も必要じゃろう。ついでに、宇宙警察との窓口も多少は要る」

 

「え、あの、オーディン様?」

 

「護衛任務の延長じゃな。うむ、よい名目じゃ」

 

「名目って言いましたよね!? 今、名目って言いましたよね!?」

 

「気のせいじゃ」

 

「気のせいではありません! つまり、私は置いていかれるということですか!?」

 

「人聞きが悪いのう。配置転換じゃ」

 

ロスヴァイセの肩が震えた。戦闘中の圧では折れなかったのに、こういうところで崩れかけるのは、少しだけ彼女らしい。

 

俺は横から口を挟んだ。

 

「栄転じゃねぇのか。少なくとも、安売りの店くらいは増えるぞ」

 

「そこではありません!」

 

すごい勢いで振り向かれた。

 

「大事だろ、安売り」

 

「大事ですが、今の問題はそこではありません!」

 

「大事なんだな」

 

「揚げ足を取らないでください!」

 

オーディンが楽しそうに笑っている。

まったく、性格の悪い神が多すぎる。しかも一人は今しがた逮捕されたばかりだ。

 

俺は肩を竦め、少しだけ声を落とした。

 

「まあ、居場所が増えるのは悪いことじゃねぇだろ。護衛以外の仕事も、たぶんお前ならできる」

 

ロスヴァイセは言葉を止めた。

 

白銀の装備の奥で、淡い青の瞳が揺れる。置いていかれる、という言葉の裏にある寂しさを、彼女は隠しきれていなかった。だが、それを正面から慰める趣味は俺にはない。慰めというのは、雑に投げると相手を余計に惨めにする。

 

だから、事実だけでいい。

 

「今回、お前は最後まで立ってた。オーディンの前にいて、術式を読んで、核を止めた。ロキ逮捕の決め手も、お前の固定がなきゃ成立しなかった。なら、連絡役だろうが調整役だろうが、やることはある。誰かに置いていかれるんじゃなくて、お前がここでやる仕事ができたってだけだ」

 

ロスヴァイセは、少しの間黙っていた。

 

「……簡単に言いますね」

 

「難しく言うと面倒だろ」

 

「あなたらしいです」

 

「褒めてるのか」

 

「たぶん、そうです」

 

「たぶんかよ」

 

彼女は小さく笑った。

戦場で見せた張り詰めた顔ではない。少しだけ疲れて、少しだけ腹を立てて、それでも前を向こうとしている顔だった。

 

リアスたちがこちらへ駆け寄ってくる。アザゼルは結界の残滓を見上げ、何か面倒そうな計算を始めていた。三大勢力側の術者たちも、北欧側の護衛も、互いに警戒しながらも武器を下げている。

 

会談は壊れなかった。

 

オーディンも無事だ。

北欧への不信も、三大勢力の疑念も、ロキが望んだ形では燃え上がらなかった。

 

そして、ロキは逃げなかった。

 

捕まえた。

 

完全勝利なんて言う気はない。フェンリルはまだ残っている。こっちの手札も見られた。ギャバリオントリガーEXも、ACE-GOも、あの悪神は牢の中で覚えているかもしれない。

 

だが、今日の放課後のラグナロクは終わった。

 

俺は黒金の装甲越しに、薄くなっていく赤黒い空を見上げる。

 

「終末にしちゃ、後片付けが多すぎるな」

 

「放課後とは、そういうものではないのかのう」

 

オーディンが平然と言った。

 

「掃除当番まで押しつける気か、爺さん」

 

「若い者の経験になる」

 

「便利な言葉だな、それ」

 

ロスヴァイセが隣でため息をつく。

 

「……まずは報告書です。結界被害、護衛配置、術式解析、フェンリルの反応、ロキ様の身柄引き渡し手続き、全てまとめなければなりません」

 

「うわ、逮捕したら書類が増えた」

 

「必要なことです」

 

「逃がした方が楽だったんじゃねぇのか」

 

「絶対に駄目です」

 

「分かってるよ」

 

彼女は少しだけ胸を張った。

 

「残ると決まったのなら、やります。護衛任務の延長としても、連絡役としても」

 

「安売り店の調査も忘れるなよ」

 

「忘れません。……ではなく、それはついでです!」

 

「今、忘れないって言ったな」

 

「聞かなかったことにしてください!」

 

その声が、崩れかけた結界の中に響いた。

 

重い戦いの後にしては、あまりにも締まらない。

けれど、こういう締まらなさが残ったのなら、それはたぶん、守れたということなのだろう。

 

俺はギャバリオン・トリガーを下ろし、黒金のレールが消えていくのを見届けた。

 

ロキの笑いはもう聞こえない。

少なくとも今は、宇宙警察の拘束フィールドの向こう側だ。

 

放課後の終末は、脱線した。

悪神は逮捕され、少し面倒な新しい日常だけが、線路の先に残っていた。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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