サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
数日後、俺たちは試合会場に立っていた。
空はなかった。
代わりに、頭上には半透明の結界層が幾重にも重なり、薄い硝子を通したような光が降っている。青でも赤でもない、白に近い無色の光だ。影ができにくいせいで、足元の距離感が少し狂う。
床は黒い。
ただの石でも金属でもない。磨かれた盤面のように平らで、ところどころに細い線が走っている。その線の一部は悪魔側の魔法陣に似ていて、一部は北欧のルーンに似ていて、さらにその下を黒金の監視レールが薄く巡っていた。
三大勢力、北欧、宇宙警察。
そこに英雄派の霧まで混ざっている。
味の濃すぎる闇鍋みたいな会場だった。
「スポーツ大会にしては、床が性格悪いな」
隣にいたロスヴァイセが、視線だけこちらへ寄越した。
「ここはスポーツ大会ではありません」
「知ってる。報告書が増えるタイプの運動会だ」
「その言い方はやめてください」
「じゃあ、書類付き殴り合い大会」
「悪化しています」
ロスヴァイセは小さく息を吐き、抱えていた薄い端末へ視線を落とした。北欧側の連絡役という名目でここにいる彼女は、今日は白い上着に淡青の術式補助具を身につけている。ヴァルキリーの装備ではないが、背筋の伸び方だけで鎧の輪郭が見える気がした。
駒王に残ると決まってから、彼女はよく書類を持って歩くようになった。
戦場で槍を持っていた手が、今は端末と資料を抱えている。それでも指先に力が入りすぎる癖は変わらない。
「緊張してんのか」
「確認しています」
「端末の端、折れそうだぞ」
ロスヴァイセは一度指を見て、すぐに力を緩めた。
「……あなたは平然としていますね」
「平然じゃない。面倒くささが一周して眠い」
「それは平然とは言いません」
「じゃあ省エネだ」
「もっと違います」
軽口を交わしている間にも、会場の空気は少しずつ重くなっていた。
観測席には三大勢力の関係者が並んでいる。リアスたちの姿もある。アザゼルは腕を組んで何かを眺め、オーディンは杖を傍らに置いて、妙に楽しげな顔をしていた。宇宙警察側の黒金レールは観測席の下を巡り、不正転移や外部干渉を拾うための光を時々走らせている。
『通信確認。ギャバン・キング、聞こえるか』
耳奥にレオルドの声が入った。
「聞こえてる。できれば聞こえなかったことにしたい」
『開幕からそれかよ。監視レールは正常だ。不正があればこっちで拾う』
「報告書も拾っといてくれ」
『拾わねえよ。むしろ増えるぞ』
「宇宙警察、使えないな」
『お前のせいで増えるんだよ』
通信の向こうで、誰かが小さく笑った気配がした。絶花かもしれない。外には出ていない。今日も補助回線の内側にいる。姿は見えなくても、あの静かな気配があるだけで、背中のどこかが少しだけ軽くなる。
ロスヴァイセが端末を閉じた。
「監視術式、北欧側も問題ありません。外部干渉は遮断されています」
「つまり逃げ場なし」
「不正防止です」
「似たようなもんだろ」
「違います」
彼女がそう言った時、会場中央に霧が生まれた。
薄い灰色の霧。
床の黒い線に沿って広がり、盤面の升目をなぞるように流れていく。冷たい水が足元を這うような感覚がした。
霧の中から、曹操が現れた。
黄昏の聖槍を携えたその姿は、競技場の中央に立っているのに、まるで戦場の中心を最初から自分のものにしているみたいだった。柔らかい笑み。静かな立ち姿。槍先だけが、結界の光を飲んで鈍く光っている。
その後ろに、英雄派の代表たちが順に姿を見せた。
一人目は、少女のような軽やかさを持つ女剣士。ジャンヌ。手のひらの上で、聖剣の欠片みたいな光が生まれては消えている。彼女は観測席ではなく、こちら側を見て微笑んだ。挨拶のようでいて、剣先を向けられたような笑みだった。
二人目は、ヘラクレス。
でかい。説明が雑になるくらいでかい。肩を鳴らした音が、会場の結界に当たって鈍く響いた。こっちを見る目には、退屈そうな色が乗っている。早く殴らせろ、と顔に書いてあった。筆圧が強すぎる。
三人目は、レオナルド。
少年だ。何も言わない。足元に小さな影が浮かび、その影が獣の形になって、すぐに崩れた。本人の表情は水面みたいに動かないのに、影だけが呼吸している。
四人目は、ゲオルク。
霧の中心に立ち、眼鏡の奥から盤面を見ている。俺たちではなく、床を。会場そのものを。まるで人間ではなく、地形に挨拶しているみたいだった。
五人目に、ジークフリートが立った。
視線が合う。
剣は抜いていない。
それでも、前に交わした問いが鞘の中で鳴った気がした。
英雄を名乗らないお前は、何として戦うのか。
数日前の渡り廊下で聞かれた言葉が、まだ喉の奥に残っている。飲み込んでも消えない小骨みたいに、時々引っかかる。
最後に曹操が一歩進み、会場全体へ声を通した。
「諸勢力の監視と合意の下、英雄派はギャバン・キング陣営へレーティング・ゲームを申し込む。今回の形式は全六試合。英雄派からは、ここにいる六名が順に出場する」
空中に光の文字が浮かんだ。
第1試合、ジャンヌ。
第2試合、ヘラクレス。
第3試合、レオナルド。
第4試合、ゲオルク。
第5試合、ジークフリート。
第6試合、曹操。
順番が一つずつ刻まれるたびに、観測席の空気がわずかに動いた。
最初は剣。次に力。次に物量。次に盤面。次にジーク。そして最後に曹操。
階段みたいだな、と思った。
ただし、上に行くほど空気が薄くなるタイプの階段だ。
「自己紹介だけで胃もたれする面子だな」
俺が呟くと、曹操は聞き逃さなかった。
「君なら消化できるだろう?」
「食う前提で話すな。胸焼けで訴えるぞ」
「訴状も報告書に添えておくといい」
「お前まで書類を増やすな」
曹操は笑った。
ロスヴァイセが隣で小さく肩を落とす。呆れたのか、慣れたのか、最近その区別がつかなくなってきた。
ジークが一歩だけ前に出た。
「俺は第5試合で待つ」
その声は、広い会場の中で妙にまっすぐ届いた。
「待ち合わせみたいに言うな。重い」
「答えを聞くには、そこがいい」
「まだその話引っ張るのかよ」
「剣でなければ届かない問いもある」
「質問方法が物騒すぎる」
ジークはそれ以上言わなかった。
ただ、俺を見ていた。
観測席のざわめきが遠のく。床の黒い線が、足元で細く光る。あいつは試合の勝ち負けだけを見ているわけじゃない。俺が何を選ぶのか、どこで足を止めるのか、どういう時に前へ出るのか。それを剣の距離で確かめるつもりだ。
面倒だ。
けれど、その面倒はロキの罠とは少し違っていた。
濁った泥ではなく、冷たい刃のような面倒さだ。触れれば切れるが、形は見える。
「ギャバン・キング」
ロスヴァイセが低く呼んだ。
公の場で、彼女は俺の名を呼ばない。その一音の選び方が、今は妙に耳に残る。
「床の霧、動きます」
次の瞬間、ゲオルクが杖を鳴らした。
会場の黒い盤面に、霧が流れ込む。
薄い灰色だった霧が濃くなり、床の升目を一つずつ沈めていく。俺は試しに足元へ黒金レールの形成反応を走らせた。ほんの細い一本。攻撃ではなく、確認用の線だ。
だが、伸びかけたレールは途中で霧に飲まれた。
消えた、というより、進んだ先を失った。
レールの始点はある。
だが終点が見つからない。まっすぐ伸ばしたはずの線が、霧の中で横へ流され、距離そのものが別の場所へ押し込まれる。
「君の線路は道を作る」
ゲオルクが静かに言った。
「ならば、こちらは道そのものを霧に沈める」
「ロキの次は霧の道路工事かよ。道に恨みでもあんのか」
「恨みではない。対策だ」
「一番嫌な言葉だな、それ」
ロスヴァイセが一歩前へ出た。淡青のルーンを指先に浮かべ、霧の流れを追っている。彼女の目が、盤面ではなく、その下にある見えない構造をなぞった。
「この盤面、単に道を消すだけではありません。進んだはずの距離そのものをずらしています」
「つまり、走っても走ってもゴールが逃げるタイプか。性格が終わってるな」
「術式としては非常に高度です」
「褒めるな。調子に乗る」
「褒めてはいません。厄介だと言っています」
「だいたい同じだろ」
「違います」
ゲオルクは顔色ひとつ変えない。
「本番では、試合ごとに地形条件が変化する。君たちがどの選手を出し、どのように盤面へ対応するか。我々はそれを見る」
「観察趣味の連中、多すぎるだろ」
曹操が穏やかに返す。
「英雄とは、見られるものでもある」
「見世物扱いをきれいな言葉で包むな」
「君はそういう言い換えを嫌うね」
「中身が面倒な時ほど包装紙が派手になるからな」
曹操の笑みが、ほんの少し深くなった。
俺は床の霧を見る。
前回の渡り廊下で見せた盤面は、あくまで予告だった。今の会場は、その何倍も濃い。俺のレールだけを封じるためではない。出場者の判断、距離感、連携、退避路、全部を霧の中で測る構造になっている。
ロキは疑いをばら撒いた。
ゲオルクは道を沈める。
英雄派は力だけで殴ってくるわけじゃない。
「で、勝敗条件は?」
俺が聞くと、曹操は槍を軽く立てた。
「戦闘不能、降参、場外、または試合ごとの目的達成。死亡を目的としない。外部干渉は宇宙警察と三大勢力の監視術式により無効。各試合の出場者は、試合開始直前まで秘匿可能とする」
「そこだけは気が利いてるな」
「君たちの選択を見たいからね。早く明かされてはつまらない」
「やっぱ性格悪いわ」
観測席の方で、アザゼルがこちらを見ている。たぶん面白がっている顔だ。リアスたちは静かに控えている。誰が第1試合に出るのか、会場の誰もまだ知らない。
知っているのは、控え区画の内側だけ。
いや、正確には、まだそこでも最後の確認が続いている。
俺は振り向かない。
振り向けば、誰かの気配で察されるかもしれない。英雄派はそういう隙を拾う連中だ。
だから、ただ前だけ見る。
霧の向こうで、ジャンヌが一歩出た。
彼女の手の中に光が集まる。
細い剣が生まれた。すぐにもう一本、別の形の剣が隣に浮く。刃は硝子のように透き通り、けれど光の芯にはしっかりと殺傷の気配がある。
「第1試合、英雄派代表はジャンヌ」
曹操の声が響く。
ジャンヌは剣をくるりと回し、柔らかく笑った。
「では、最初の相手は誰かしら?」
その声は軽い。
けれど、足元の霧は彼女の周囲だけ晴れていた。最初の代表。剣を生み、盤面を渡る遊撃手。英雄派の挨拶代わりとしては、ずいぶん物騒だ。
「初手から聖剣製造機か」
俺は小さく息を吐いた。
「英雄派、自己紹介が物騒すぎるだろ」
曹操がこちらを見る。
「君たちの選択を見せてもらおう」
会場の光が少し強くなる。
観測席のざわめきが消えた。黒い盤面に霧が薄く流れ、第1試合の境界線が浮かび上がる。
俺は控え区画の方へ、ほんのわずかに視線だけを向けた。
誰の名前も呼ばない。
誰の影も見せない。
ただ、そこにある気配だけを感じる。
肩の奥に、細い熱が灯る。面倒だと口では言いながら、その熱は消えない。始まる前の静けさは、いつも少しだけ胸に悪い。戦場の音より、待つ時間の方が人を削ることがある。
ロスヴァイセが隣で端末を閉じた。
「出場者の登録準備は整っています」
「言うなよ」
「分かっています」
「英雄派に読まれたら面倒だ」
「その程度で読まれるような顔はしません」
「頼もしいねぇ」
「あなたの悪影響です」
「俺、最近それ言われすぎじゃね?」
彼女は答えず、前を見た。
その横顔には、もう置いていかれた者の迷いは見えない。少なくとも今は、役割を持ってここに立っている。北欧の護衛で、駒王側の連絡役で、そしてこの盤面を一緒に読む仲間だ。
曹操の槍が、結界の光を受けて鈍く光る。
ジークは第5試合で待っている。
曹操は第6試合で、その先に立っている。
今はまだ遠い。
けれど盤面に刻まれた順番は、線路みたいにそこへ続いていた。
俺はギャバリオン・トリガーに触れず、ただ黒い床を見下ろした。
「さて」
霧が動く。
第1試合の開始を告げる鐘が、会場の奥で低く鳴った。
「初手から面倒なカードを切ってきたな」
ジャンヌの剣が、光を散らして宙に並ぶ。
こちらの一手は、まだ誰にも見せない。
黒い盤面の上で、放課後とは違うゲームが始まった。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王