サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
第一試合の境界線が、黒い盤面に浮かび上がった。
床を走る細い光は、まっすぐな線に見えて、ところどころで霧に滲んでいる。会場の空気は冷たい。息を吸うたびに、喉の奥へ薄い水膜が貼りつくようだった。ゲオルクの霧が、ただ視界を塞ぐだけのものではないことは、さっきのデモで分かっている。
距離を狂わせる霧。
道を沈める盤面。
まっすぐ走る者ほど、横へ流される。
初手から、うちの黒金レールを殺しに来ている。
盤面中央では、ジャンヌが光の剣を弄ぶように浮かべていた。細身の剣、幅広の剣、短い投げ剣めいたもの。一本ずつ形が違う。光を帯びているくせに、どれもやたらと現実味があった。刃が空気を撫でるたび、霧が薄く裂ける。
「第1試合、登録可能です。出場者を」
ロスヴァイセが端末を手に、俺へ視線を向ける。
観測席の空気が、少しだけ詰まった。
曹操は笑っている。
ジークは黙っている。
ゲオルクは盤面を見ている。
誰もが、こちらの初手を読もうとしていた。
宮本絶花。
おそらく英雄派は、その名前を予想している。
黒金レールを補助できる後方支援。太郎の動きを知り、短い言葉で急所を突く騎士。初戦で剣を扱うジャンヌを出した以上、こちらも剣士をぶつけると考えるのは自然だ。
自然すぎる。
だから、違う。
「宇津美雷」
ロスヴァイセの指が端末の上で止まった。
「……宮本絶花ではなく?」
「向こうは初手で剣士を出した。なら、こっちは剣士を出すと思うだろ」
背後で、控え区画のゲートが開いた。
雷が出てくる。
まだ若い顔つきだ。肩に力が入っている。歩幅も少し大きい。だが、逃げ腰じゃない。緊張を抱えたまま前へ出る足取りだった。真面目すぎるくらい真面目で、危なっかしいくらい前を見る。宇宙警察機構の若い刑事らしい青さが、会場の白い光の下で妙に眩しく見えた。
「つまり、俺は奇襲役か?」
雷が俺の前で立ち止まる。
「違う。騎士役だ」
「……騎士?」
「絶花だけが騎士じゃねぇ。道が消えるなら、お前が走って道を作れ」
雷の喉が一度動いた。
飲み込んだ言葉が、胸の中で形を変えるみたいな間だった。
通信に、絶花の声が入る。
『雷、無茶はするな。太郎の命令を聞け』
内部回線だ。外には漏れていない。
雷は、少しだけ口元を引き締めた。
「分かってる。けど、命令だけで動くつもりもない」
「それでいい」
俺は軽く顎を引いた。
「俺の駒は、置物じゃねぇ」
雷は拳を握った。
指の関節が白くなる。それから力を抜き、まっすぐ盤面へ向き直った。
「了解。宇宙警察機構の刑事として、そして王国の騎士として出る」
「肩書き盛りすぎると動きづらいぞ」
「あなたが言わせたんだろ」
「いい返しだ。行ってこい」
雷は一度だけ頷き、黒い盤面へ足を踏み入れた。
霧が彼の足首へ絡む。
しかしすぐに、足元で雷光が弾けた。
青白い電流が盤面を走り、彼の横へ一台のバイクが投影される。細身だが、骨格は獣のように鋭い。前輪の周囲に稲妻のリングが生まれ、車体の側面に宇宙警察機構の光が走った。
サンダーバイク。
雷がシートに跨ると、会場の霧が一瞬だけ震えた。
ジャンヌが楽しそうに目を細める。
「あら。てっきり、あの侍の女の子が来ると思っていたのだけれど」
「期待外れなら悪いな。でも、俺も騎士だ」
「騎士? 剣も抜かずに?」
雷はハンドルを握り、前輪をわずかに傾けた。
「剣だけが守るための武器じゃない」
曹操の声が観測席側から落ちる。
「なるほど。初手から読みを外してきたか」
ジークが静かに呟く。
「剣士ではない騎士……か」
ゲオルクの眼鏡が、結界の光を拾った。
「ならば、速度を測る」
黒い盤面に三つの光点が浮かぶ。
霧の中に埋め込まれた核だ。ひとつは左奥、ひとつは中央付近、ひとつはジャンヌの背後へ薄く揺れている。
曹操がルールを告げる。
「第1試合は制圧戦。敵を戦闘不能にするか、三つの霧核をすべて破壊すれば勝利。霧核は一定時間ごとに位置を変える。霧の中では直線移動がずれる。さて、どう走る?」
「初手から面倒なルールを足すな」
「君たちの対応力を見るには適している」
ゲオルクが淡々と言う。
「性格が盤面に出てるぞ」
俺のぼやきに、ロスヴァイセが小さく息を吐く。
「同感ですが、今は分析が先です」
「言うようになったな」
「現場適応です」
「便利すぎるだろ、それ」
開始音が鳴った。
雷が一気に加速する。
サンダーバイクの後輪から青白い火花が散り、黒い盤面を稲妻が裂いた。霧が吹き飛ぶ。雷の姿が一本の線になる。左奥の霧核へ一直線。
速い。
だが、盤面が動いた。
まっすぐ走っていたはずの雷が、途中で横へ流される。水流に足を取られたように、前進の軌道がずれた。その先に、ジャンヌの聖剣が並んでいた。
「速いだけなら、道を塞げばいい」
彼女が指を鳴らす。
空中の剣が、一斉に地面へ降る。
一本目が前を塞ぎ、二本目が右を閉じ、三本目が逃げ道を斜めに切った。雷はハンドルを切るが、霧がさらに位置をずらす。車体が横へ滑り、聖剣の包囲へ入る。
「くっ……!」
火花が散った。
雷の肩口を剣の風が裂く。血ではなく、薄い赤い線がスーツに走った。試合用の保護術式が致命傷を防いでいるが、痛みは消えないだろう。
ロスヴァイセが端末を見ながら言う。
「霧の流れが変わっています。速度を上げるほど、ズレも大きくなる」
「速さを逆手に取る盤面か」
ゲオルクは表情を変えない。
「彼の機動力は優秀だ。だからこそ、曲げれば隙になる」
ジャンヌの剣が次々と生まれる。
雷は避ける。避けるたび、次の剣が進路予測地点へ先回りする。サンダーバイクの機動力は高い。だが、霧が距離をずらすせいで、本人の感覚と実際の位置が少しずつ噛み合わない。
速さが空回りしている。
「速く走れば抜けられるってわけじゃないのか……!」
雷の声が通信に乗る。
「焦るな、雷。道を見ろ」
「道は消えてる!」
「なら、消える前の気配を見ろ」
サンダーバイクが急停止した。
タイヤが黒い盤面を削り、青白い火花が霧の中へ散る。雷はハンドルを握ったまま、息を整えた。ジャンヌはその停止を見逃さない。
「止まったら、的になるだけよ」
彼女の周囲に、十数本の剣が浮かぶ。
雷は目を閉じた。
会場が、一瞬だけ静かになる。
霧が床を撫でる音。
聖剣が空気を切る音。
サンダーバイクの駆動が低く唸る音。
その中で、雷の額に薄い光が灯った。
第三の眼。
実際に瞳が開いたわけではない。だが、彼の周囲の空気が変わった。見ている場所が、目の前ではなくなった。霧の奥、距離がずれる瞬間、聖剣の射線、核の位置。見えない線を指でなぞるように、雷は沈黙の中で盤面を拾っていく。
ジャンヌが問いかける。
「何を見ているの?」
雷は目を開いた。
「道が消える瞬間だ」
サンダーバイクが再加速した。
今度は、まっすぐではない。
雷はわざと霧の流れに乗った。
ずらされる方向を読んで、先に角度を変える。剣が降る。だが、雷はその剣の射線へ入る前に、霧に流されて横へ抜けた。ジャンヌの剣陣が、ほんの半拍だけ遅れる。
左奥の霧核が、バイクの前輪に捉えられる。
雷光が弾けた。
一つ目の霧核が砕ける。
観測席がざわめいた。
ゲオルクの指がわずかに動く。
「補正したか」
曹操の声が楽しげに落ちる。
「速さだけではない。感知と判断もある」
俺は腕を組んだまま、鼻で笑った。
「うちの騎士を足だけの奴だと思うなよ」
雷は振り返らない。
だが、その背中の角度が少し変わった。肩に乗っていた余計な力が落ち、代わりに前輪の向きが静かに鋭くなる。
ジャンヌの笑みが、少しだけ深くなった。
「なら、道そのものを剣で埋めるわ」
彼女の足元から、光の剣が次々と生まれる。
数が増えるだけではない。
性質が違う。
空を滑る細い剣は追尾型。
地面に突き刺さった大剣は壁になる。
淡い金色を帯びた剣は、雷撃を受け流すように霧の電流を散らしていた。
盤面が、聖剣の森になる。
「本当に物騒な人たちだな、英雄派は!」
雷が叫ぶ。
「英雄の道は、いつだって血と剣で作られるものよ」
ジャンヌの声は軽い。けれど、その言葉には刃の硬さがあった。
雷がハンドルを握り直す。
「だったら俺は、その道を交通違反で取り締まる!」
「言い方が宇宙刑事すぎる」
思わず突っ込むと、ロスヴァイセが隣で真面目に頷いた。
「今のは少し格好良かったと思います」
「本気か?」
「少しです」
「少しかよ」
雷は聖剣の森へ突入する。
サンダーバイクが右へ跳ね、左へ滑り、前輪で剣の腹を弾く。だが、森は密すぎる。追尾剣が背後から迫り、壁剣が進路を塞ぐ。雷撃を流す剣が前輪の電流を散らし、機動力を削った。
「バイクだけじゃ抜けねぇな」
俺が呟いた瞬間、雷は車体を蹴って空中へ跳んだ。
サンダーバイクを捨てた。
いや、捨てたように見せた。
雷の体が聖剣の上を跳ぶ。
第三の眼が剣の軌道を読み、彼は刃の腹を蹴って次の刃へ移る。足元に火花が散る。切っ先が頬をかすめ、肩に薄い線が増える。それでも、雷は落ちない。
中央付近の霧核へ届く。
拳に雷光が集まった。
二つ目の霧核が砕ける。
その瞬間、雷の視界にノイズが走ったのが分かった。
体がほんの一瞬だけ傾く。第三の眼の負荷だ。剣の森を読むには、目だけでは足りない。神経ごと削っている。
『雷、無理をするな!』
絶花の声が通信に入る。短い声なのに、少しだけ早い。
雷は剣の腹に着地し、息を吐いた。
「無理じゃない。ここで退いたら、俺が出た意味がない」
「雷」
俺は呼ぶ。
彼は振り返らない。
ただ、手を少しだけ上げた。
「王様。三つ目、行く」
その呼び方が、会場の霧の中で小さく鳴った。
曹操が目を細める。
ゲオルクが何かを記録する。
ジークは黙っている。
構うか。
「許可する。ぶち抜け」
雷は笑ったように見えた。
口元だけではない。背中が一瞬、軽くなった。
三つ目の霧核は、ジャンヌの背後にある。
彼女は自分自身を盾にする位置へ立ち、周囲に剣陣を広げた。追尾剣、壁剣、雷撃を流す剣。そのすべてが、雷の突撃を誘導するように並ぶ。正面から行けば串刺しだ。霧のズレを利用しても、今度はジャンヌ自身が最後の壁になる。
「ここまで来たのは褒めてあげる。でも、終わりよ」
雷は床に着地した。
膝が少し沈む。切り傷が増え、保護術式が薄く光っている。それでも、視線は落ちない。
「終わらせるのは、そっちじゃない」
「まだ走るの?」
「走る」
雷の足元に、青白い光が集まる。
「止まっている誰かの代わりに走るのが、俺の仕事だ」
その言葉のあと、サンダーバイクが遠くで再起動した。
倒れたように見せていた車体が、霧の中で静かに起き上がる。ジャンヌは一瞬、雷本人へ向けていた剣陣の一部を揺らした。だが、雷は正面から突っ込んだ。
囮は本人。
いや、本人も本命だ。
だからジャンヌは迷う。
剣陣が雷へ集中する。
その瞬間、サンダーバイクが霧のズレに乗った。
雷は第三の眼で、自分から離れたバイクの進路を読んでいる。霧が流れる方向、距離が消える瞬間、剣陣の隙間。全部を、今この瞬間に重ねていた。
雷本人は聖剣の包囲へ突っ込む。
一本目を肩で逸らす。
二本目の腹を拳で弾く。
三本目の切っ先が頬をかすめる。
ジャンヌの目前へ、雷が届く。
同時に、サンダーバイクが横から霧核へ突入した。
青白い雷光が弾ける。
三つ目の霧核が砕けた。
審判音声が会場に響く。
『第三霧核、破壊。勝者、ギャバン・キング陣営』
勝敗が決まった。
だが、ジャンヌの剣はまだ止まっていない。
数本の聖剣が、惰性で雷へ向かう。雷は避けなかった。拳を握り、正面の一本を弾く。火花が散る。残った剣は、試合終了の保護結界に触れて霧散した。
雷の拳は、ジャンヌの首元には届かない距離で止まっていた。
殺さない。
倒しすぎない。
勝利だけを取る。
ジャンヌは、剣の消えた手を少し見つめた。
「……あなた、剣士じゃないのに」
雷は息を荒げながら、真っ直ぐ答えた。
「言っただろ。俺も騎士だ」
霧が晴れていく。
黒い盤面が、少しずつ元の無機質な床へ戻る。雷は膝をつきかけたが、サンダーバイクのハンドルに手をかけて踏みとどまった。
ジャンヌは負けた側の顔をしていなかった。
悔しさを隠すわけでもなく、勝者を値踏みするわけでもない。剣士ではない騎士を、少し面白がるように見ている。
「面白いわね。王様の騎士って、みんなこうなの?」
「俺はまだ新米だ」
「新米に負けたのなら、私も鍛え直しかしら」
「次は、もっと正面からやろう」
「ええ。次があればね」
ジャンヌはそう言って、最後の光の剣を手の中でほどいた。
ロスヴァイセが端末を見ながら言う。
「勝利です」
「見りゃ分かる」
「嬉しそうですね」
「うちの騎士が勝ったんだ。少しくらいはな」
「少し、ですか」
「それ以上は調子に乗る」
「誰がですか?」
「俺と雷」
「自覚があるのですね」
雷がこちらへ戻ってくる。歩幅は少し乱れていたが、背筋は折れていない。サンダーバイクは彼の横を低速で走り、最後に粒子になって消えた。
「王様、命令達成だ」
俺は首を振る。
「違うな」
雷が目を瞬かせる。
「え?」
「お前が自分で走って勝った。命令だけなら、たぶん届いてねぇ」
雷の拳が、ゆっくり開いた。
手のひらに小さな火傷の痕がある。聖剣を弾いた時のものだ。彼はそれを見て、それから小さく笑った。
「……そうか」
「そうだ。だから、次はもう少し怪我を減らせ」
「それは命令か?」
「忠告だ。命令にすると反発するだろ、お前」
「少しだけな」
「少しじゃねぇ顔してるぞ」
雷は何も言わず、目をそらした。
その横顔には、さっき盤面へ入る前の硬さが少しだけ残っている。けれど、肩の位置は変わっていた。自分の足で走って、霧を裂いて、勝ちを掴んだ者の立ち方だった。
英雄派側では、曹操が静かに手を叩いた。
「速さ、感知、判断。そして命令に従うだけではない自律性」
ゲオルクが霧の残滓を見ながら記録する。
「黒金レールを封じても、代替の機動力が存在する。次から計算に入れる」
「やめろ。計算に入れるな」
俺がぼやくと、曹操は楽しげに笑った。
「第1試合は君たちの勝ちだ。だが、いい情報が取れた」
「勝ったのに嫌な後味を残すな」
「勝負とはそういうものだろう?」
「性格が悪いだけだろ」
ジークが雷を見て、短く呟いた。
「騎士か」
その声は、どこか遠かった。
雷を見ているようで、別の何かを見ている。ジークの中で、英雄と騎士と、名乗らない者の輪郭が少しずつずれているのかもしれない。
会場の空気が切り替わる。
第1試合の勝者表示が消え、次の試合番号が黒い盤面に浮かんだ。
第2試合。
ヘラクレスが肩を鳴らして前へ出る。
「次は俺だな」
その声だけで、床の霧が震えた気がした。
雷の速さとは違う。
ジャンヌの剣陣とも違う。
そこにあるのは、ただ分厚い壁のような圧だった。
「初戦の次が筋肉の壁かよ。順番が雑すぎる」
曹操が槍を肩に預ける。
「分かりやすいだろう?」
「分かりやすい面倒が一番嫌なんだよ」
ロスヴァイセが端末を開く。
「第2試合、出場者選定に移ります」
「ああ」
俺はヘラクレスを見る。
さっきまで霧を裂いていた雷光の残り香が、まだ床に薄く残っていた。
その上を、次は巨大な足音が踏み潰そうとしている。
「次は、速さじゃ止まらない相手だ」
黒い盤面の光が、少しだけ強くなった。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王