サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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英雄 Case4

場内にはまだ雷の残滓が肌を刺すように残っていた。

 

さっきまで轟いていた雷光の余韻が、観客の鼓膜と網膜にこびりついて離れない。白く焼きついた視界の隅で、霧散した敵チームの残影がかき消えるところだった。

 

「これで一勝だな」

 

隣でレオルドが息を吐く。俺は短く返した。

 

「次を決めるぞ」

 

だが、その「次」はこっちの都合を待たなかった。

 

どん、と床が鳴る。

 

観測席のざわめきが一瞬で止まった。向こう側の控え区画から、二メートル級の影がひとつ、歩き出してきたのだ。

 

灰色の髪。学ラン風の上着の下に覗くギリシャ風の鎧。鍛え抜かれた肉体が一歩踏むたび、場内の空気を押し潰す。

 

「次は俺だ」

 

ヘラクレスが、不敵な笑みを浮かべて進み出る。

 

たったそれだけだ。名乗りも、挑発も、まだ何も言っていない。なのに、会場全体が圧に沈んだ。雷の残滓なんて比にならない。物理的な重さで空気が軋んでいる。

 

「……なるほどね」

 

観測席からそんな声が聞こえた気がした。次はパワー型をぶつけるべきだ、と。常識で言えば当然の読みだ。スピードで取った一勝の後、相手は真正面から力で潰しにきた。ならばこちらも力で応じる。それがセオリーというものだろう。

 

俺は口元を歪めた。

 

「面倒だな。なら俺がやる」

 

言いかけたレオルドを手で制する。

 

「いや、お前じゃない」

 

「は?」

 

「あいつは殴り合いを望んでる。真正面から受ける気はないよ。だったら――」

 

俺は肩越しに、控え区画の隅を見た。

 

誰も気づいていなかった。

 

照明の届かない影の中に、青い小さなシルエットが静かに立っている。

 

「出番だ」

 

声をかけると、ドロロは静かに一歩前へ出た。

 

「承知したでござる」

 

場内がざわつく。ヘラクレスが見下ろすように眉をひそめた。

 

「カエル?」

 

「拙者の名はドロロ、ケロン人である」

 

そこに立つのは、青いカエル。その姿は、まるで忍者である。

 

だが、その対格差は、明らかに大きすぎる。

 

「なんだ、その青いの。ガキの使いじゃねえんだぞ」

 

ドロロは表情を変えない。ただ、その場の空気に溶けるように、存在感が薄れていく。

 

「――小さい者が、大きな者に勝てぬ道理はござらん」

 

言い終わる頃には、もう影が揺らいでいた。

 

俺は背を向けて自分の席へ戻る。

 

「好きにやれ。ただし、負けんなよ」

 

「無論でござる」

 

背後でヘラクレスの拳が唸りを上げる気配がした。だが、もうそこにドロロはいない。

 

観測席がどよめく。誰もが「パワー対パワー」を予想した場で、俺はあえてそれを外した。

 

常識で戦う気なんざ、最初からねえんだよ。

 

「第2試合、開始」

 

審判の声が場内に響いた瞬間、空気が爆ぜた。

 

ヘラクレスが一歩で間合いを潰す。二メートル級の巨体が、たった一歩で十メートル以上を跳び越えたのだ。足元の床がひび割れ、衝撃が観測席まで伝わってくる。

 

「潰れんなよ、小さいの!」

 

拳が落ちる。

 

避けるとか、受けるとか、そういう次元じゃねえ。単純な質量が、単純な速度で、ただ一直線に叩きつけられた。それだけで盤面の中央が陥没した。

 

ドゴン、と音が遅れてくる。

 

床が割れ、石柱が傾ぎ、巻き上がった霧が爆発するように散った。ドロロの姿はもうない。

 

「ちっ、逃げ足はあるな」

 

霧の中から声だけが返る。

 

「逃げ足ではなく、忍び足であります」

 

ヘラクレスが笑った。

 

「同じだろ!」

 

二撃目。今度は石柱を狙った横薙ぎだ。太さ一メートルはある石柱が、根元からへし折れて吹き飛ぶ。瓦礫が弾丸のように飛び散り、観測席の防護結界を揺らした。

 

その瓦礫の影を、青いシルエットが滑るように抜ける。一瞬、姿が見えたかと思うと、次の瞬間には別の影へ消えていた。

 

観測席がざわつく。

 

「逃げているだけか?」

「ヘラクレスの攻撃を受けたら終わるぞ」

「兵士駒で持つのか? パワー型をぶつけるべきだったんだ」

 

ロスヴァイセが盤面を見つめ、眉をひそめる。

 

「ドロロさん、攻撃していません。ですが、移動経路が不自然です。回避だけならもっと効率的な位置取りがあるはず」

 

俺は腕を組んだまま、目だけを動かす。

 

「逃げてるように見えるなら、見えてる場所が違うんだろ」

 

ゲオルクが細めた目の奥で、盤面の影を追っている。

 

「影に術式を置いているな。それも、一つ二つじゃない」

 

曹操が微笑を浮かべた。

 

「兵士の一歩か。確かに、駒の特性を活かしている」

 

だが、気づいたのはこっちだけじゃない。

 

ヘラクレスが三撃目を振り下ろす直前、足を止めた。ドロロがさっきまでいた場所の床に、小さな影の札が残っている。ヘラクレスはそれを一瞥し、笑った。

 

「罠か」

 

そして、拳を逆手に床へ叩きつける。

 

「なら、全部壊せばいい!」

 

衝撃が盤面全体を走った。

 

床が波打ち、石柱がさらに崩れ、仕込まれていた影札がいくつも砕け散る。同時に、霧の中のドロロの気配が一瞬だけ乱れた。隠れ場所そのものを粉砕されたのだ。

 

「ぐ……っ」

 

「力で壊せるなら、壊す。分かりやすいだろ?」

 

ドロロは瓦礫の影に着地し、小さく息を吐く。

 

「分かりやすい相手ほど、足跡は深く残るであります」

 

ヘラクレスの拳がさらに盤面を砕く。石柱が倒れ、床の亀裂が広がっていく。広がった亀裂は、砕かれた影札の残骸を通り、別の影札へと繋がっていく。

 

俺は口元を緩めた。

 

「よし。盤面ができてきたな」

 

ロスヴァイセが聞き返す。

 

「盤面が、壊れているのでは?」

 

「壊させてるんだよ」

 

盤面全体に走った亀裂が、無数の影札を結ぶ線になっている。ドロロは逃げながら、壊される前提で罠を張っていたのだ。壊れれば壊れるほど、影札同士の繋がりは強くなる。

 

ヘラクレスは気づいていない。

 

いや、気づく必要がないと思っている。壊せるなら壊す。それがこいつの強さであり、同時に――足跡だ。

 

ヘラクレスの拳が唸るたび、盤面が悲鳴を上げた。

 

もう石柱は半分以上が倒れ、床はひび割れだらけだ。ドロロの隠れる影は減り、霧も衝撃で吹き飛ばされて薄くなっている。退路は確実に狹まっていた。

 

ドロロの左腕から青い体液が滲んでいる。さっきの衝撃で瓦礫をかわせず、かすめたのだ。

 

「そろそろ隠れる場所もなくなってきたんじゃねえか」

 

ヘラクレスが瓦礫を蹴り飛ばす。ドロロはそれをかわしたが、着地の瞬間に体勢が傾いだ。

 

「ひとつ聞くがよ」

 

ヘラクレスは拳を構えたまま、笑った。

 

「お前、元は侵略者なんだろ? ケロン星だか何だか知らねえが、地球を攻めに来た側だって話じゃねえか」

 

会場の空気が変わった。

 

観測席のざわめきが、少しだけ質を変える。

 

「元侵略者が、今さら守護者を名乗るのか?」

 

ドロロは答えない。

 

「何が楽しくて、自分の星でもねえ場所を守るんだ? 笑わせるなよ。どうせ偽善か、気まぐれだろ」

 

ドロロはゆっくりと息を吐いた。忍者装束の端が、かすかに震えている。傷のせいじゃない。

 

「……かつての拙者は、ゼロロという名の侵略者でありました」

 

静かな声だった。

 

「ですが、今はドロロ。地球を傷つける者を、見過ごすわけにはいかぬ」

 

「理由になってねえな」

 

「理由で守っているわけではござらんから」

 

ヘラクレスが踏み込む。拳が振り抜かれる。ドロロは紙一重でかわしたが、衝撃波だけで小さな体が吹き飛んだ。

 

その衝撃の余波が、観測席へ向かう。

 

安全結界がきらめいたが、ヘラクレスの力はその結界の一部を揺らがせた。ひびが入る。観測席の前列にいた者が息を呑んだ。

 

ドロロは吹き飛ばされながら、手を結んだ。

 

「忍法・影渡り」

 

観測席の影から影へ、衝撃が流れ込む直前、軌道が逸れた。結界の外側を滑るように、破壊の余波が霧散する。

 

ドロロは壁に叩きつけられ、崩れた。

 

ヘラクレスが動きを止める。

 

「……なんだ、今の。お前、今のでかわせたはずだろ。なんで観測席を庇った」

 

ドロロは壁に背を預け、ゆっくりと立ち上がる。

 

「地球には、拙者の大事な仲間がいるでござる」

 

それだけ言って、構えを取った。

 

俺は腕を組んだまま、口を開かなかった。ロスヴァイセも黙っている。隣で小猫が拳を握りしめているのが分かった。

 

茶化す場面じゃねえ。

 

「そうかよ」

 

俺は短く呟いて、盤面に視線を戻した。

 

ドロロの仕込みはまだ生きている。傷を負い、退路を失いながら、それでも次の一手を置いている。守るために戦うってのは、そういうことだ。

 

かつて侵略者だったことなんざ、今のこいつには関係ねえ。

 

「ドロロ」

 

声をかけると、小さな背中がかすかに動いた。

 

「終わらせろ」

 

「承知」

 

ヘラクレスが拳を握り直す。その顔から笑みが消えていた。

 

「……そういうことかよ。なら、手加減はしねえ」

 

「望むところでござる」

 

盤面の影札が、一斉に輝き始める。

 

盤面の亀裂が、一斉に光を帯びた。

 

ドロロが仕込んだ影札が、破壊された床の裂け目を通じて繋がり、一つの巨大な術式陣を浮かび上がらせる。光は青白く、盤面全体を網目状に覆っていた。

 

ヘラクレスは足を止め、周囲を見渡す。

 

「なるほどな。俺に壊させたのか」

 

「力任せは、時に力を利用される」

 

ドロロは壁から離れ、ゆっくりと歩き出した。傷ついた左腕を垂らしたまま、正面からヘラクレスへ向かう。

 

その背後で、英雄碑が燦然と輝いていた。

 

盤面中央から少し離れた位置。ヘラクレスが壊した石柱の向こう側。試合開始からずっと、ドロロはヘラクレスの意識を碑から遠ざけるように動いていた。だが、今は違う。

 

「正面から来る気か」

 

ヘラクレスが拳を構える。

 

「その小さな体で、俺の拳を受けると?」

 

「受けるとは言っておりませぬ」

 

ドロロが印を結ぶ。

 

「アサシンマジック――影分身」

 

瞬間、ドロロの姿が三つに増えた。三体が同時に走り出す。ヘラクレスは笑い、拳を振りかぶった。

 

「見ええええええええ!!」

 

振り下ろされた拳が、盤面を砕く。

 

三体の分身のうち二体が衝撃でかき消えた。残る一体が、真正面から拳を受け止めようと構える。青い小さな手が、巨大な拳の前に晒される。

 

「もらった!」

 

ヘラクレスの拳が、分身を粉砕した。

 

手応えはない。影が散る。

 

「――なに?」

 

ヘラクレスが見開いた目の前で、拳の衝撃は止まらない。ドロロが誘導した亀裂を通り、衝撃が一直線に英雄碑へと流れていく。

 

「しまっ……!」

 

振り返ったヘラクレスの視界に映ったのは、英雄碑の裏側に立つドロロの本体だった。影分身が時間を稼いでいる間に、影の中を移動していたのだ。

 

「ここでござる」

 

ドロロの手には、一本の苦無。

 

「忍法・影穿ち」

 

碑の核へ、小さな刃が突き立てられる。

 

それだけだ。それだけで十分だった。ヘラクレスの全力の一撃が、亀裂を通じて碑を内部から砕き、ドロロの一撃が核を貫いた。二つの力が碑の内部で衝突し、英雄碑は内側から光を放つ。

 

「俺の拳を……利用したのか」

 

ヘラクレスが呟く。

 

英雄碑が、音を立てて崩れ落ちた。

 

盤面に静寂が訪れる。

 

審判の声が響いた。

 

「英雄碑、破壊。勝者、ドロロ兵長」

 

ドロロは苦無を収め、ゆっくりと息を吐いた。誇らしげに叫ぶでもなく、勝ち名乗りを上げるでもない。ただ静かに、役目を終えた忍者の顔で立っていた。

 

瓦礫の中から、ヘラクレスが立ち上がる。

 

「……お前、最初からこれが狙いだったのか」

 

「正面からでは、拙者に勝ち目はなかったでござる」

 

「だから、俺の力を使った」

 

ヘラクレスはしばらくドロロを見下ろしていたが、やがて口元を歪めた。

 

「ちっ。力比べなら負ける気はしねえのによ」

 

ドロロは静かに一礼し、控え区画へと歩き出す。

 

俺は腕を組んだまま、戻ってきたドロロを見た。

 

「お疲れ」

 

「ご迷惑をおかけしたでござるか」

 

「勝ったんだからそれでいいだろ」

 

俺は短く言って、盤面の崩壊を見渡す。ドロロが仕込んだ罠と、ヘラクレスが壊した破壊の跡。その全てが、勝ちへの道筋だった。

 

「小さいからって、できることが小さいわけじゃねえな」

 

ドロロは少しだけ、目を細めた。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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