サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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英雄 Case5

レオナルドが控え区画から歩み出た時、会場の温度が一度下がった。

 

小柄な少年だ。褐色の肌、灰青の髪、紫の瞳。英雄派の学ランを着て、表情はない。無言のまま、ただ前を見ている。

 

その足元で、影が蠢いた。

 

黒い人型のシルエットが、レオナルドの影から滲み出るように生まれていく。一体、二体、三体。赤い単眼が光を宿し、低い唸りが盤面に響いた。

 

「魔獣創造」

 

ロスヴァイセが息を呑む。

 

「上位神滅具です。あの子供、本気で盤面を物量戦に」

 

魔獣はさらに増える。四体、五体。少年は命令すら発しない。ただ歩くだけで、足元から怪物を生み出し続けている。

 

観測席がざわついた。

 

「次はどうする? 相手は創造系神器だぞ」

 

「さっきは忍者で相性を突いたが、今度は数だ。単純な相性勝負じゃ済まない」

 

「そもそも、誰を出すんだ。戦車か、僧侶か」

 

俺は控え区画の奥に視線をやった。

 

「おい、出番だ」

 

返事の代わりに、ギターの弦が一度、軽く鳴った。

 

控え区画の影から現れたのは、金属の巨体だ。黒と銀の装甲、鋭角的なシルエット、背中に背負ったギター。肩にはスパイク、腰にはアンプらしきユニット。一目で分かる。どう見てもロボットだ。

 

ヘビメタガンダムが、軽い足取りで盤面へ歩き出す。

 

会場が沈黙した。

 

観測席の誰かが、絞り出すように呟く。

 

「……なんだ、あれ」

 

「ロボット、か? ギターを背負ってるぞ」

 

「兵士駒? また兵士なのか?」

 

ロスヴァイセが俺を振り返った。口を開きかけて、閉じる。何か言いたいが、何から言えばいいのか分からない顔だ。

 

「あの、唯我さん」

 

「なんだ」

 

「今度は……ロボット、ですか」

 

「見りゃ分かるだろ」

 

「ギターを背負っていますが」

 

「趣味だそうだ」

 

向こう側でも戸惑いが広がっていた。

 

ジークフリートが眉をひそめ、ゲオルクが興味深げにヘビメタガンダムを観察している。曹操だけが、わずかに口元を緩めた。

 

「……彼は、何の冗談だ」

 

「分からん。しかし、ただの道化には見えんが」

 

宇宙警察側の観測席でも、ニャル子が目を丸くしている。

 

「え、なにあれ。SDガンダムワールドの住人? なんでいるの?」

 

レオルドが俺の隣でため息をついた。

 

「お前、本当に何でもありだな」

 

「使えるもんは何でも使う」

 

俺は平然と言い放つ。

 

「うちの兵士だ。問題ねえだろ」

 

レオナルドが、初めて顔を上げた。無表情のまま、ヘビメタガンダムを見る。少年の足元では、魔獣がさらに二体、影から這い出してきた。

 

ヘビメタガンダムは肩のギターを手に取る。

 

「よぉ、ボウヤ。いい目してるじゃねえか」

 

レオナルドは答えない。代わりに、魔獣たちの単眼が一斉に赤く光った。

 

「行け」

 

少年の短い命令。魔獣が唸りを上げる。

 

ヘビメタガンダムはギターの弦に指をかけ、軽くかき鳴らした。

 

ザクリ、と歪んだ音が盤面を走る。

 

音と獣の唸りが、空気の真ん中でぶつかった。

 

まだ開戦の合図もない。なのに、盤面はすでに臨戦の緊張で軋んでいる。

 

「面白くなってきたな」

俺は椅子に凭れて、両者の出方を待った。

「……魔獣創造相手にギターで挑むとは、見たことがない」

ロスヴァイセが呟く。俺は肩をすくめた。

「俺もだ」

だが、だからこそ面白い。

 

「第3試合、開始」

 

審判の声が響いた瞬間、盤面が黒く染まった。

 

レオナルドの足元から、影が溢れ出る。いや、影じゃねえ。魔獣だ。黒い人型のシルエットが、次から次へと湧き上がり、盤面を埋め尽くしていく。十、二十、三十。赤い単眼が無数に光り、低い唸りが重なって地鳴りのようになる。

 

「行け」

 

少年の声は淡々としていた。感情も、気負いもない。ただ、魔獣を生み出す。それだけの動作で、盤面の半分が黒い波に覆われた。

 

観測席が息を呑む。

 

「なんだあの数……」

 

「これが上位神滅具。まだ子供なのに、この物量か」

 

「兵士駒一人でどうにかできる相手じゃないぞ」

 

ヘビメタガンダムは動かなかった。ギターを背負い直し、黒い波が迫るのをただ見ている。

 

「ボウヤ、数は多いが芸がねえな」

 

その声が、急に低くなった。

 

「なら、こっちも芸を変えるぜ」

 

瞬間、ヘビメタガンダムの姿が闇に溶けた。

 

装甲の銀が黒に変わり、スパイクのついた肩が滑らかな曲線へと変形する。ギターは背部に収納され、代わりに全身が影を纏った。忍者のようなシルエット。鋭角的だった輪郭は、風を切るための流線型に変わっている。

 

「ガンシャドウ。これが俺のもう一つの顔だ」

 

声だけが盤面に残った。姿はもうない。

 

魔獣の群れが足を止める。標的を見失ったのだ。

 

次の瞬間、先頭の魔獣が音もなく両断された。

 

何が起きたのか、俺以外の誰にも分からなかっただろう。黒い影が魔獣の横を通過した。それだけだ。それだけで、魔獣の胴体が斜めにずれ、崩れ落ちる。

 

「なにが」

 

ロスヴァイセが目を見開く。

 

「速すぎて見えません」

 

「影の中を移動してるんだよ」

 

俺は短く言った。ガンシャドウは魔獣そのものではなく、魔獣が生まれた地面の影を滑っている。残像が三つ、四つ。どれが本体か、追うことすら無駄だ。

 

二体目が崩れる。三体目。四体目。

 

ガンシャドウの刃は、魔獣の首を狙っていない。狙うのは召喚の起点だ。レオナルドの足元から伸びる影の触手。それが魔獣を生み出す回路になっている。ガンシャドウはその触手を、次々と断ち切っていく。

 

「なるほど」

 

ゲオルクが盤面を指でなぞる。

 

「数で押す相手に、数で応じていない。供給路を潰しているのか」

 

「だが」

 

曹操が静かに言った。

 

「レオナルドは止まらないぞ」

 

その通りだった。

 

魔獣が消えても、レオナルドは表情を変えない。無言のまま、さらに魔獣を呼ぶ。断たれた召喚回路の代わりに、新しい影の触手が生える。その速度が、ガンシャドウの撃破速度に追いつこうとしていた。

 

「……足りない」

 

レオナルドが初めて呟いた。

 

「まだ、足りない」

 

魔獣が倍になる。四十、五十。盤面の亀裂からも、崩れた石柱の影からも、次々と黒い人型が這い出してくる。

 

ガンシャドウの速度が、さらに上がった。

 

「なら、こっちも上げるぜ!」

 

風切り音が連続する。残像が五つ、六つ。黒い影が盤面を縦横無尽に走り、魔獣の召喚回路を断ち続ける。撃破と召喚。消える魔獣と生まれる魔獣。その応酬が、盤面を黒い奔流に変えていた。

 

観測席が沈黙している。

 

誰もが、この速度の応酬に言葉を失っている。俺は腕を組んだまま、両者の動きを追った。

 

「面白いな」

 

「何がですか」

 

ロスヴァイセが聞く。

 

「物量で押すガキと、速度で返す忍者ロボットだぞ。どう転んでもおかしくねえ」

 

「楽しんでいませんか、あなた」

 

「楽しんでるよ」

 

俺は口元を歪めた。

 

「こういうのを、戦いって言うんだろ」

 

ガンシャドウの刃が、五体目の魔獣を沈黙させた瞬間、俺は小さく息を吐いた。

 

速い。速いが――何かが引っかかる。

 

「どうした」

 

隣のレオルドが聞く。俺は答えず、レオナルドを見ていた。

 

少年は相変わらず無表情だ。魔獣を呼び、送り出し、撃破されればまた呼ぶ。その繰り返しに、一切の感情が乗っていない。怒りも、焦りも、楽しさも。

 

だが、よく見ろ。

 

魔獣を生み出す指先が、かすかに震えている。召喚の速度が、さっきよりわずかに乱れている。ガンシャドウに回路を断たれるたび、次の一手がほんの少し遅れる。

 

「あのガキ」

 

俺は呟いた。

 

「魔獣を言葉の代わりにしてやがる」

 

「言葉の代わり?」

 

ロスヴァイセが聞き返す。

 

「そうだ。喋らねえ代わりに、魔獣で語ってるんだよ。数が増えるのは、それだけ言いたいことがあるからだ。多分、自分でも気づいてねえ」

 

レオナルドの魔獣は、ただの武器じゃない。声なき少年の、唯一の表現手段だ。だから撃破されても撃破されても、止まらない。止まれないんだ。

 

そのことに、ガンシャドウも気づいたらしい。

 

超高速で移動していた影が、ぴたりと止まった。

 

「……そういうことかよ」

 

ガンシャドウが呟く。魔獣の群れが、止まった標的に一斉に殺到する。だが、ガンシャドウは避けなかった。

 

代わりに、変身を解いた。

 

黒い装甲が銀に戻り、流線型のシルエットが再び鋭角的な輪郭を取り戻す。背部からギターが展開し、肩のスパイクが光を反射する。

 

「は?」

 

観測席から間の抜けた声が上がる。

 

「なんで戻るんだ! 今、有利だったのに!」

 

「攻撃を止めたぞ。何を考えてる」

 

レオナルドの魔獣が、ヘビメタガンダムへ迫る。大型の一体が、黒い腕を振り上げた。

 

ヘビメタガンダムは避けない。ギターを構え、弦に指をかける。

 

「ボウヤ」

 

魔獣の爪が振り下ろされる直前、弦が鳴った。

 

ザクリ、と歪んだ一音。

 

それは音波攻撃なんかじゃなかった。もっと原始的で、もっと直接的な振動。空気が震え、魔獣の動きが一瞬で止まる。爪がヘビメタガンダムの装甲の数センチ手前で、凍りついたように固定された。

 

「お前、これで何を言いたいんだ?」

 

もう一音。今度は低く、腹に響く音。

 

魔獣が一歩、後退した。赤い単眼が揺れている。命令を失ったように、その場で立ち尽くす。

 

盤面の空気が変わった。戦場が、一瞬でライブ会場のような熱を帯びる。音が、魔獣の唸りを塗り替えていく。

 

レオナルドが、初めて指を止めた。

 

「……お前」

 

少年の唇が、かすかに動く。

 

「お前も、違う」

 

ヘビメタガンダムはギターを構えたまま、笑った。

 

「そうだぜ。俺は侵略者でも、破壊者でもねえ。通りすがりのロックンロールだ」

 

次の音は、もっと大きく、もっと軽快だった。

 

魔獣たちが完全に動きを止める。赤い単眼が、一斉にヘビメタガンダムを見上げている。まるで、音に聴き入るように。

 

「俺はよ、ボウヤ。お前と戦うために来たんじゃねえ」

 

ヘビメタガンダムが一歩、前に出る。

 

「お前が、その魔獣以外で何を言いたいのか。それを聴きに来たんだ」

 

レオナルドは答えない。だが、魔獣たちが一匹、また一匹と、影の中へ溶けていく。

 

観測席が沈黙している。誰もが、この展開を理解できずにいる。俺は口元を歪めた。

 

「なるほどな」

 

「何がなるほどですか」

 

ロスヴァイセが困惑した顔で聞いてくる。

 

「戦い方ってのは、殴るだけじゃねえってことだ」

俺は椅子に凭れたまま、盤面を見渡す。

「あのロボット、ガキを倒す気はねえんだよ。目を覚まさせる気なんだ」

 

ヘビメタガンダムがギターを構え直した。

 

さっきまでの歪んだ一音とは違う。弦を押さえる指に力が込められ、ピックを持った手が振り下ろされる。最初の一音が、盤面を震わせた。

 

それは攻撃じゃなかった。

 

重低音が床を伝わり、空気を揺らす。魔獣たちの足が止まった。赤い単眼が一斉にヘビメタガンダムを向く。唸り声が消え、代わりに音の振動だけが盤面を満たしていく。

 

二音目。三音目。

 

リフが刻まれるたび、空気の温度が上がっていく。魔獣はもう動かない。黒い人型のシルエットが、立ち尽くしたまま音に聴き入っている。攻撃でも、威嚇でもない。ただの音だ。ただの音が、神滅具の生み出した怪物たちを完全に止めている。

 

「なんだ、これは」

 

ゲオルクが双眼鏡を下ろした。

 

「音波攻撃ではない。魔獣が自発的に動きを止めている」

 

「歌、か」

 

曹操が小さく笑う。

 

「ロボットが歌っている。それだけで、この状況か」

 

観測席は沈黙している。誰もが理解を超えた光景に、言葉を失っていた。ロスヴァイセが俺の隣で、何度目か分からない困惑の表情を浮かべる。

 

「唯我さん、あれは」

 

「歌だ」

 

「いや、それは見れば分かりますが」

 

「ならそれでいいだろ」

 

俺は盤面から目を離さなかった。ヘビメタガンダムのギターは、魔獣を壊すためのものじゃない。レオナルドに届かせるためのものだ。言葉を持たない少年に、言葉以外で語りかけるための。

 

レオナルドが、顔を上げた。

 

紫の瞳が、ヘビメタガンダムをまっすぐに見ている。魔獣を生み出していた手が、だらりと下がった。指先の震えが止まり、足元の影から滲み出ていた召喚の触手が消える。

 

「……お前も」

 

少年の唇が動く。

 

「お前も、ひとりじゃないのか」

 

ヘビメタガンダムは答えない。代わりに、ギターの音量を上げた。歪んだ音が会場全体を包み、照明が音に合わせて明滅する。盤面はもう戦場じゃなかった。ライブ会場だ。魔獣たちは観客のように立ち尽くし、レオナルドは最前列で音を受け止めている。

 

曲が終わった。

 

最後の一音が、余韻を残して消える。ギターの弦がまだ震えている中で、レオナルドは小さく息を吐いた。

 

魔獣が、一匹ずつ影の中へ溶けていく。十体、二十体、全てだ。盤面を埋め尽くしていた黒い波が、潮が引くように消えていく。最後の一体が影に沈んだ時、レオナルドはゆっくりと手を下ろした。

 

「……負けた」

 

小さな声だった。感情は乗っていない。だが、それは諦めでも、投げやりでもない。ただ、事実を認める声だ。

 

「もう、魔獣はいらない」

 

審判が戸惑いながらも告げる。

 

「えー……戦闘継続不能と判断。勝者、ヘビメタガンダム兵士」

 

会場がざわついた。

 

「勝ったのか? 何が起きたんだ」

 

「魔獣はまだ呼べたはずだろ。なんで負けを認めた」

 

「そもそも、これは戦いなのか?」

 

英雄派の控え区画でも、ジークフリートが眉をひそめている。

 

「レオナルドが自ら負けを認めるとは」

 

「歌で、か」

 

ゲオルクが苦笑する。

 

「我々の想像を超えた戦い方だな」

 

曹操だけが、静かにレオナルドを見つめていた。その口元に、かすかな笑みが浮かんでいる。

 

ロスヴァイセが俺を振り返る。完全に混乱した顔だ。

 

「あの、これは一体」

 

「勝ったんだろ。問題あるか」

 

俺は椅子から立ち上がり、盤面を見下ろす。

 

レオナルドはまだ立ち尽くしていた。だが、さっきまでの無表情とは違う。肩の力が抜け、拳を握りしめていた手が開かれている。

 

ヘビメタガンダムはギターを背負い直し、軽く手を上げた。

 

「ボウヤ、またライブに来いよ」

 

レオナルドは答えない。だが、かすかに頷いたように見えた。

 

俺は口元を歪めて、控え区画へ戻るヘビメタガンダムに声をかける。

 

「歌で勝つたあ、いい趣味してんな」

 

「ロックに国境はねえんだよ」

 

ヘビメタガンダムが笑う。

 

「たとえ宇宙の果てでもな」

 

観測席はまだざわついている。誰もがこの勝負の意味を測りかねている。だが、それでいい。戦いってのは、殴り合うだけが全てじゃねえんだ。

「さて」

俺は次の控えを見る。

「これで三勝か」

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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