サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
レオナルドが控え区画から歩み出た時、会場の温度が一度下がった。
小柄な少年だ。褐色の肌、灰青の髪、紫の瞳。英雄派の学ランを着て、表情はない。無言のまま、ただ前を見ている。
その足元で、影が蠢いた。
黒い人型のシルエットが、レオナルドの影から滲み出るように生まれていく。一体、二体、三体。赤い単眼が光を宿し、低い唸りが盤面に響いた。
「魔獣創造」
ロスヴァイセが息を呑む。
「上位神滅具です。あの子供、本気で盤面を物量戦に」
魔獣はさらに増える。四体、五体。少年は命令すら発しない。ただ歩くだけで、足元から怪物を生み出し続けている。
観測席がざわついた。
「次はどうする? 相手は創造系神器だぞ」
「さっきは忍者で相性を突いたが、今度は数だ。単純な相性勝負じゃ済まない」
「そもそも、誰を出すんだ。戦車か、僧侶か」
俺は控え区画の奥に視線をやった。
「おい、出番だ」
返事の代わりに、ギターの弦が一度、軽く鳴った。
控え区画の影から現れたのは、金属の巨体だ。黒と銀の装甲、鋭角的なシルエット、背中に背負ったギター。肩にはスパイク、腰にはアンプらしきユニット。一目で分かる。どう見てもロボットだ。
ヘビメタガンダムが、軽い足取りで盤面へ歩き出す。
会場が沈黙した。
観測席の誰かが、絞り出すように呟く。
「……なんだ、あれ」
「ロボット、か? ギターを背負ってるぞ」
「兵士駒? また兵士なのか?」
ロスヴァイセが俺を振り返った。口を開きかけて、閉じる。何か言いたいが、何から言えばいいのか分からない顔だ。
「あの、唯我さん」
「なんだ」
「今度は……ロボット、ですか」
「見りゃ分かるだろ」
「ギターを背負っていますが」
「趣味だそうだ」
向こう側でも戸惑いが広がっていた。
ジークフリートが眉をひそめ、ゲオルクが興味深げにヘビメタガンダムを観察している。曹操だけが、わずかに口元を緩めた。
「……彼は、何の冗談だ」
「分からん。しかし、ただの道化には見えんが」
宇宙警察側の観測席でも、ニャル子が目を丸くしている。
「え、なにあれ。SDガンダムワールドの住人? なんでいるの?」
レオルドが俺の隣でため息をついた。
「お前、本当に何でもありだな」
「使えるもんは何でも使う」
俺は平然と言い放つ。
「うちの兵士だ。問題ねえだろ」
レオナルドが、初めて顔を上げた。無表情のまま、ヘビメタガンダムを見る。少年の足元では、魔獣がさらに二体、影から這い出してきた。
ヘビメタガンダムは肩のギターを手に取る。
「よぉ、ボウヤ。いい目してるじゃねえか」
レオナルドは答えない。代わりに、魔獣たちの単眼が一斉に赤く光った。
「行け」
少年の短い命令。魔獣が唸りを上げる。
ヘビメタガンダムはギターの弦に指をかけ、軽くかき鳴らした。
ザクリ、と歪んだ音が盤面を走る。
音と獣の唸りが、空気の真ん中でぶつかった。
まだ開戦の合図もない。なのに、盤面はすでに臨戦の緊張で軋んでいる。
「面白くなってきたな」
俺は椅子に凭れて、両者の出方を待った。
「……魔獣創造相手にギターで挑むとは、見たことがない」
ロスヴァイセが呟く。俺は肩をすくめた。
「俺もだ」
だが、だからこそ面白い。
「第3試合、開始」
審判の声が響いた瞬間、盤面が黒く染まった。
レオナルドの足元から、影が溢れ出る。いや、影じゃねえ。魔獣だ。黒い人型のシルエットが、次から次へと湧き上がり、盤面を埋め尽くしていく。十、二十、三十。赤い単眼が無数に光り、低い唸りが重なって地鳴りのようになる。
「行け」
少年の声は淡々としていた。感情も、気負いもない。ただ、魔獣を生み出す。それだけの動作で、盤面の半分が黒い波に覆われた。
観測席が息を呑む。
「なんだあの数……」
「これが上位神滅具。まだ子供なのに、この物量か」
「兵士駒一人でどうにかできる相手じゃないぞ」
ヘビメタガンダムは動かなかった。ギターを背負い直し、黒い波が迫るのをただ見ている。
「ボウヤ、数は多いが芸がねえな」
その声が、急に低くなった。
「なら、こっちも芸を変えるぜ」
瞬間、ヘビメタガンダムの姿が闇に溶けた。
装甲の銀が黒に変わり、スパイクのついた肩が滑らかな曲線へと変形する。ギターは背部に収納され、代わりに全身が影を纏った。忍者のようなシルエット。鋭角的だった輪郭は、風を切るための流線型に変わっている。
「ガンシャドウ。これが俺のもう一つの顔だ」
声だけが盤面に残った。姿はもうない。
魔獣の群れが足を止める。標的を見失ったのだ。
次の瞬間、先頭の魔獣が音もなく両断された。
何が起きたのか、俺以外の誰にも分からなかっただろう。黒い影が魔獣の横を通過した。それだけだ。それだけで、魔獣の胴体が斜めにずれ、崩れ落ちる。
「なにが」
ロスヴァイセが目を見開く。
「速すぎて見えません」
「影の中を移動してるんだよ」
俺は短く言った。ガンシャドウは魔獣そのものではなく、魔獣が生まれた地面の影を滑っている。残像が三つ、四つ。どれが本体か、追うことすら無駄だ。
二体目が崩れる。三体目。四体目。
ガンシャドウの刃は、魔獣の首を狙っていない。狙うのは召喚の起点だ。レオナルドの足元から伸びる影の触手。それが魔獣を生み出す回路になっている。ガンシャドウはその触手を、次々と断ち切っていく。
「なるほど」
ゲオルクが盤面を指でなぞる。
「数で押す相手に、数で応じていない。供給路を潰しているのか」
「だが」
曹操が静かに言った。
「レオナルドは止まらないぞ」
その通りだった。
魔獣が消えても、レオナルドは表情を変えない。無言のまま、さらに魔獣を呼ぶ。断たれた召喚回路の代わりに、新しい影の触手が生える。その速度が、ガンシャドウの撃破速度に追いつこうとしていた。
「……足りない」
レオナルドが初めて呟いた。
「まだ、足りない」
魔獣が倍になる。四十、五十。盤面の亀裂からも、崩れた石柱の影からも、次々と黒い人型が這い出してくる。
ガンシャドウの速度が、さらに上がった。
「なら、こっちも上げるぜ!」
風切り音が連続する。残像が五つ、六つ。黒い影が盤面を縦横無尽に走り、魔獣の召喚回路を断ち続ける。撃破と召喚。消える魔獣と生まれる魔獣。その応酬が、盤面を黒い奔流に変えていた。
観測席が沈黙している。
誰もが、この速度の応酬に言葉を失っている。俺は腕を組んだまま、両者の動きを追った。
「面白いな」
「何がですか」
ロスヴァイセが聞く。
「物量で押すガキと、速度で返す忍者ロボットだぞ。どう転んでもおかしくねえ」
「楽しんでいませんか、あなた」
「楽しんでるよ」
俺は口元を歪めた。
「こういうのを、戦いって言うんだろ」
ガンシャドウの刃が、五体目の魔獣を沈黙させた瞬間、俺は小さく息を吐いた。
速い。速いが――何かが引っかかる。
「どうした」
隣のレオルドが聞く。俺は答えず、レオナルドを見ていた。
少年は相変わらず無表情だ。魔獣を呼び、送り出し、撃破されればまた呼ぶ。その繰り返しに、一切の感情が乗っていない。怒りも、焦りも、楽しさも。
だが、よく見ろ。
魔獣を生み出す指先が、かすかに震えている。召喚の速度が、さっきよりわずかに乱れている。ガンシャドウに回路を断たれるたび、次の一手がほんの少し遅れる。
「あのガキ」
俺は呟いた。
「魔獣を言葉の代わりにしてやがる」
「言葉の代わり?」
ロスヴァイセが聞き返す。
「そうだ。喋らねえ代わりに、魔獣で語ってるんだよ。数が増えるのは、それだけ言いたいことがあるからだ。多分、自分でも気づいてねえ」
レオナルドの魔獣は、ただの武器じゃない。声なき少年の、唯一の表現手段だ。だから撃破されても撃破されても、止まらない。止まれないんだ。
そのことに、ガンシャドウも気づいたらしい。
超高速で移動していた影が、ぴたりと止まった。
「……そういうことかよ」
ガンシャドウが呟く。魔獣の群れが、止まった標的に一斉に殺到する。だが、ガンシャドウは避けなかった。
代わりに、変身を解いた。
黒い装甲が銀に戻り、流線型のシルエットが再び鋭角的な輪郭を取り戻す。背部からギターが展開し、肩のスパイクが光を反射する。
「は?」
観測席から間の抜けた声が上がる。
「なんで戻るんだ! 今、有利だったのに!」
「攻撃を止めたぞ。何を考えてる」
レオナルドの魔獣が、ヘビメタガンダムへ迫る。大型の一体が、黒い腕を振り上げた。
ヘビメタガンダムは避けない。ギターを構え、弦に指をかける。
「ボウヤ」
魔獣の爪が振り下ろされる直前、弦が鳴った。
ザクリ、と歪んだ一音。
それは音波攻撃なんかじゃなかった。もっと原始的で、もっと直接的な振動。空気が震え、魔獣の動きが一瞬で止まる。爪がヘビメタガンダムの装甲の数センチ手前で、凍りついたように固定された。
「お前、これで何を言いたいんだ?」
もう一音。今度は低く、腹に響く音。
魔獣が一歩、後退した。赤い単眼が揺れている。命令を失ったように、その場で立ち尽くす。
盤面の空気が変わった。戦場が、一瞬でライブ会場のような熱を帯びる。音が、魔獣の唸りを塗り替えていく。
レオナルドが、初めて指を止めた。
「……お前」
少年の唇が、かすかに動く。
「お前も、違う」
ヘビメタガンダムはギターを構えたまま、笑った。
「そうだぜ。俺は侵略者でも、破壊者でもねえ。通りすがりのロックンロールだ」
次の音は、もっと大きく、もっと軽快だった。
魔獣たちが完全に動きを止める。赤い単眼が、一斉にヘビメタガンダムを見上げている。まるで、音に聴き入るように。
「俺はよ、ボウヤ。お前と戦うために来たんじゃねえ」
ヘビメタガンダムが一歩、前に出る。
「お前が、その魔獣以外で何を言いたいのか。それを聴きに来たんだ」
レオナルドは答えない。だが、魔獣たちが一匹、また一匹と、影の中へ溶けていく。
観測席が沈黙している。誰もが、この展開を理解できずにいる。俺は口元を歪めた。
「なるほどな」
「何がなるほどですか」
ロスヴァイセが困惑した顔で聞いてくる。
「戦い方ってのは、殴るだけじゃねえってことだ」
俺は椅子に凭れたまま、盤面を見渡す。
「あのロボット、ガキを倒す気はねえんだよ。目を覚まさせる気なんだ」
ヘビメタガンダムがギターを構え直した。
さっきまでの歪んだ一音とは違う。弦を押さえる指に力が込められ、ピックを持った手が振り下ろされる。最初の一音が、盤面を震わせた。
それは攻撃じゃなかった。
重低音が床を伝わり、空気を揺らす。魔獣たちの足が止まった。赤い単眼が一斉にヘビメタガンダムを向く。唸り声が消え、代わりに音の振動だけが盤面を満たしていく。
二音目。三音目。
リフが刻まれるたび、空気の温度が上がっていく。魔獣はもう動かない。黒い人型のシルエットが、立ち尽くしたまま音に聴き入っている。攻撃でも、威嚇でもない。ただの音だ。ただの音が、神滅具の生み出した怪物たちを完全に止めている。
「なんだ、これは」
ゲオルクが双眼鏡を下ろした。
「音波攻撃ではない。魔獣が自発的に動きを止めている」
「歌、か」
曹操が小さく笑う。
「ロボットが歌っている。それだけで、この状況か」
観測席は沈黙している。誰もが理解を超えた光景に、言葉を失っていた。ロスヴァイセが俺の隣で、何度目か分からない困惑の表情を浮かべる。
「唯我さん、あれは」
「歌だ」
「いや、それは見れば分かりますが」
「ならそれでいいだろ」
俺は盤面から目を離さなかった。ヘビメタガンダムのギターは、魔獣を壊すためのものじゃない。レオナルドに届かせるためのものだ。言葉を持たない少年に、言葉以外で語りかけるための。
レオナルドが、顔を上げた。
紫の瞳が、ヘビメタガンダムをまっすぐに見ている。魔獣を生み出していた手が、だらりと下がった。指先の震えが止まり、足元の影から滲み出ていた召喚の触手が消える。
「……お前も」
少年の唇が動く。
「お前も、ひとりじゃないのか」
ヘビメタガンダムは答えない。代わりに、ギターの音量を上げた。歪んだ音が会場全体を包み、照明が音に合わせて明滅する。盤面はもう戦場じゃなかった。ライブ会場だ。魔獣たちは観客のように立ち尽くし、レオナルドは最前列で音を受け止めている。
曲が終わった。
最後の一音が、余韻を残して消える。ギターの弦がまだ震えている中で、レオナルドは小さく息を吐いた。
魔獣が、一匹ずつ影の中へ溶けていく。十体、二十体、全てだ。盤面を埋め尽くしていた黒い波が、潮が引くように消えていく。最後の一体が影に沈んだ時、レオナルドはゆっくりと手を下ろした。
「……負けた」
小さな声だった。感情は乗っていない。だが、それは諦めでも、投げやりでもない。ただ、事実を認める声だ。
「もう、魔獣はいらない」
審判が戸惑いながらも告げる。
「えー……戦闘継続不能と判断。勝者、ヘビメタガンダム兵士」
会場がざわついた。
「勝ったのか? 何が起きたんだ」
「魔獣はまだ呼べたはずだろ。なんで負けを認めた」
「そもそも、これは戦いなのか?」
英雄派の控え区画でも、ジークフリートが眉をひそめている。
「レオナルドが自ら負けを認めるとは」
「歌で、か」
ゲオルクが苦笑する。
「我々の想像を超えた戦い方だな」
曹操だけが、静かにレオナルドを見つめていた。その口元に、かすかな笑みが浮かんでいる。
ロスヴァイセが俺を振り返る。完全に混乱した顔だ。
「あの、これは一体」
「勝ったんだろ。問題あるか」
俺は椅子から立ち上がり、盤面を見下ろす。
レオナルドはまだ立ち尽くしていた。だが、さっきまでの無表情とは違う。肩の力が抜け、拳を握りしめていた手が開かれている。
ヘビメタガンダムはギターを背負い直し、軽く手を上げた。
「ボウヤ、またライブに来いよ」
レオナルドは答えない。だが、かすかに頷いたように見えた。
俺は口元を歪めて、控え区画へ戻るヘビメタガンダムに声をかける。
「歌で勝つたあ、いい趣味してんな」
「ロックに国境はねえんだよ」
ヘビメタガンダムが笑う。
「たとえ宇宙の果てでもな」
観測席はまだざわついている。誰もがこの勝負の意味を測りかねている。だが、それでいい。戦いってのは、殴り合うだけが全てじゃねえんだ。
「さて」
俺は次の控えを見る。
「これで三勝か」
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王