サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
「第4試合、出場者を盤面へ」
審判の声が響くと同時に、向こう側からゲオルグが進み出た。
黒髪の魔術師は足音もなく歩き、霧がその軌跡をなぞるように流れる。紫の絶霧が足元を這い、盤面の空気をじわじわと重くしていく。
「さて、次は誰かな」
ゲオルグが眼鏡を押し上げ、こっちの控え区画を見た。
俺は肩越しに声をかける。
「おい、出番だ」
「任せたまえ!」
控え区画の奥から飛び出してきたのは、銀色の巨体だった。
全身を覆うシルバースキンが照明を反射し、筋骨隆々のシルエットがやけに眩しい。胸を張り、腰に手を当て、仁王立ちで盤面の中央へ歩いていく。一歩ごとに、床がかすかに軋んだ。
「我こそはキャプテンブラボー! 正義の味方、銀の兵士! 本日は諸君の期待に応え、華麗に参上した!」
会場が沈黙した。
霧の残る暗い盤面に、銀色の男が一人。声だけが異様に明るく、空気を無理やり押し広げている。
観測席の誰かが、絞り出すように言った。
「また兵士か」
「しかも、えらくうるさいぞ」
「正義の味方? あれが?」
ロスヴァイセがこめかみを押さえる。
「唯我さん、あなたの控えには忍者とロボットと、今度は正義の味方しかいないんですか」
「知るか。勝てるやつを呼んだだけだ」
「勝てるんですか、あれで」
「知らねえよ」
俺は椅子に凭れて、盤面を見渡す。
ブラボーはゲオルグと向かい合い、胸を張ったまま動かない。ゲオルグの足元から紫の霧が流れ出し、ブラボーの周囲を囲むように広がっていく。
「絶霧か。なるほど、空間を操る神器だね」
ブラボーは避けない。霧が銀色の装甲に触れ、シュウシュウと音を立てる。
「だが、このシルバースキンは伊達じゃない!」
ブラボーが腕を組み、さらに胸を張る。霧が装甲の表面で渦を巻くが、銀色の輝きは曇らない。
ゲオルグが目を細めた。
「なるほど。防御型の兵士か」
「いかにも! 正義は傷つかないのだ!」
「……これはまた、厄介な相手を引いたな」
ゲオルグの声は冷静だが、霧の流れが少しだけ速くなった。
俺は口元を歪める。
「うるさいが、硬いんだよな、あいつ」
「知ってたんですか」
「まあな」
ブラボーが振り返り、俺に向かって親指を立てる。
「安心したまえ、唯我太郎! このブラボー、正義の名の下に必ず勝利を持ち帰る!」
「はいはい、頼んだぞ」
俺は手をひらひら振って応えた。会場はまだ困惑の空気に包まれている。霧と銀。魔術師と正義の味方。誰もが、この組み合わせの行方を測りかねていた。
「第4試合、開始」
審判の声が響いた瞬間、盤面が白く崩れた。
ゲオルグの足元から溢れた紫の霧が、一気に広がる。いや、広がるという表現は正確じゃねえ。霧は水じゃない。空間そのものが、白く崩れて溶けていく。足場の感覚が消え、上下左右の手がかりが薄れていく。俺は控え区画から見ているだけだが、それでも距離感が狂うのが分かった。
「これが絶霧」
ロスヴァイセが息を呑む。
「空間を霧で包み、内部の距離や位置を自由に操作する。噂には聞いていましたが、ここまでとは」
ブラボーは霧の中で笑っていた。
「なるほど! 距離を弄る神器か!」
「理解が早くて助かるよ」
ゲオルグの声が霧のあちこちから聞こえる。姿は見えない。声だけが、右から、左から、上から降ってくる。
「では、これならどうかな」
ブラボーが走り出す。銀色の巨体が霧を蹴散らし、ゲオルグの声がした方角へ一直線に突っ込む。足音が響く。確かに前へ進んでいる。なのに――
「届かないね」
ゲオルグは、ブラボーの目の前に立っていた。いや、目の前に見えるだけだ。ブラボーが拳を振り抜いても、その先の空間が歪んで、拳は空を切る。
「くっ……!」
ブラボーがさらに踏み込む。だが、一歩ごとにゲオルグの姿は遠ざかる。走れば走るほど、距離が伸びる。まるで蜃気楼だ。存在は確かにそこにあるのに、空間がそれを許さない。
「距離を操作しているだけじゃない。方向感覚も狂わせている」
ロスヴァイセが盤面を指でなぞる。
「ブラボーさん、真っ直ぐ走っているつもりでしょうが、実際は同じ場所をぐるぐると」
「霧の扉か」
俺は呟いた。
「入った瞬間に別の場所へ飛ばされてるんだ。殴りたくても、殴る相手に辿り着けねえ」
観測席がざわつく。
「これが絶霧の本気か」
「攻撃するまでもなく、相手を永遠に迷わせる気だ」
「防御型の兵士じゃ、この霧は破れないぞ」
ゲオルグの声が、また別の方角から聞こえる。
「僕は前衛ではない。だが、戦場の形を決めることはできる。君がどれだけ硬くても、僕に触れられなければ意味がない」
ブラボーは立ち止まった。
足音が消え、霧の中で銀色の巨体だけが沈黙する。
「……なるほどな」
ブラボーが呟く。俺は椅子に凭れたまま、そいつの背中を見ていた。諦めたのか? いや、違うな。
「正義の味方は、迷わない」
ブラボーが拳を握り直す。
「迷わなければ、いつかは着く!」
また走り出す。今度は方向なんて考えていない。ただ前へ。霧の壁に向かって、拳を叩きつける。銀色の装甲が霧を打つたび、鈍い衝撃音が響いた。
「無駄だと思うがね」
ゲオルグの声が言う。
「無駄かどうかは、俺が決める!」
ブラボーは笑いながら、拳を振るい続ける。届かなくても、同じ場所に戻されても、銀色の兵士は止まらなかった。
「では、本気でいこうか」
ゲオルグの声が、霧の向こうで静かに響いた。
次の瞬間、盤面からブラボーの姿が消えた。
いや、消えたんじゃない。白い霧がすべてを覆い隠したのだ。会場の中央に、巨大な白い球体が浮かんでいる。紫がかった霧が渦を巻き、内部の光景を完全に遮断していた。
「絶霧、展開」
ゲオルグが杖を掲げる。
「対象を結界内へ隔離する」
「ブラボーさん!」
ロスヴァイセが立ち上がり、魔法陣を展開する。
「通信も魔力探知も通りません。これは完全な隔離結界です。霧の層が何重にも重なっていて、外部からの干渉は」
「まあ、座れよ」
俺は椅子に凭れたまま、白い球体を見上げた。
「あいつならやるだろ」
「しかし、このままでは」
俺は答えず、霧の中へ意識を向ける。
──白い迷宮の内側。
上下左右が暧昧だった。足場はあるのか、ないのか。踏みしめる床の感覚が、一歩ごとに変わっていく。壁なのか、天井なのか、それともただの空間の歪みなのか。
俺の銀色の装甲だけが、かすかに光を返していた。
「なるほど、これは見事な隔離だ」
ブラボーが呟く。
「通信も遮断か。だが、正義は孤独を恐れない」
その声に応えるように、霧の奥から結界装置が姿を現した。白い立方体がいくつも浮かび上がり、ブラボーを中心に円を描く。装置が一斉に光を放ち、空間そのものが押し潰すように収縮し始める。
「結界で押し潰す気か!」
ブラボーが腕を広げ、圧力を受け止める。シルバースキンが銀色の輝きを増し、硬化する。圧力と装甲がぶつかり合い、キシキシと金属の軋む音が響いた。
「硬いね」
ゲオルグの声が霧の中から聞こえる。
「だが、それだけだ」
足場が消えた。
結界装置の一つが転移を発動し、ブラボーの立っていた空間ごと別の場所へ飛ばす。着地しようとした場所には床がなく、次の瞬間には壁が迫っていた。
「転移まで使うか!」
ブラボーは壁を蹴り、方向感覚を無視して突っ込む。結界装置が光る方角へ、とにかく拳を叩きつける。術式は読めない。読む気もない。あるのは、装置がありそうな場所を片っ端から殴るという単純な戦法だけだ。
「ええい、これでもか!」
銀色の拳が霧を裂き、結界装置の一つを粉砕する。破片が霧に溶ける前に、ブラボーは次の装置へ向かっていた。
「装置を壊せば、この霧もいつかは晴れる!」
「理論は正しい。だが」
ゲオルグの声が冷静に返す。
「装置はいくらでも補充できる。君の体力が先に尽きるか、僕の霧が先に晴れるか。ただの持久戦だよ」
白い迷宮の中で、ブラボーは笑った。
「持久戦なら得意だ! 正義は疲れないのだ!」
また一つ、結界装置を砕く。だが、砕いた端から新しい装置が霧の中から生まれている。いたちごっこだ。それでもブラボーは止まらない。銀色の巨体が、白い迷宮の中で暴れ続ける。
会場では、観測席が沈黙していた。誰もが白い球体を見つめ、内部で何が起きているのか測りかねている。
「ブラボーさんは、まだ戦っていますか」
ロスヴァイセが小さく聞く。
「ああ」
俺は短く答えた。
「うるさいままだろ。大丈夫だ」
「ブラボー!」
会場中に響き渡る勝利の雄叫びに、俺は深くため息をついた。
「うるせえな、あいつ。勝ったのはいいが、声がでけえんだよ」
まず反応したのは、英雄派の控え区画だった。
ジークフリートが眉をひそめ、ゲオルグが眼鏡を外して額を押さえている。さっきまで絶霧で盤面を支配していた魔術師は、今や完全に解析不能の顔だ。
「ジークフリート」
ゲオルグが静かに言った。
「僕の絶霧は、空間を操る神滅具だ。距離も、方向も、次元すらも思いのままにできる」
「ああ、知っている」
「あの男は、それを全部無視して殴ってきた」
「……見ていた」
「解析不能だ。術式も結界も、すべてが正しく機能していた。なのに、なぜ」
ゲオルグが眼鏡をかけ直し、盤面で胸を張る銀色の巨体を見つめる。
「なぜ、脳筋に負けるんだ」
ジークフリートは答えず、ただ深く息を吐いた。
曹操だけが、静かに笑っている。
「面白い。これが唯我太郎の兵士か。理屈を越える力、か」
「曹操、笑い事じゃないぞ」
「いや、笑い事だ。我々が集めた伝説の英雄たちを、ああも簡単に覆す。これは脅威であると同時に、興味深い」
その横で、ヘラクレスが腹を抱えて笑っていた。
「ははははは! ゲオルグの野郎、脳筋に負けやがった!」
「ヘラクレス、君はさっき忍者に負けただろう」
「うるせえ! 俺のは相性だ! こいつのはただの脳筋だ!」
「どちらも負けは負けだろう」
「うるせえ!」
レオナルドは無言で、盤面のブラボーを見つめていた。足元の影がかすかに揺れるが、魔獣は出てこない。ただ、小さく首を傾げている。
「あの人も、ひとりじゃないのか」
誰にも聞こえない小さな声だった。
宇宙警察側の観測席では、ニャル子が立ち上がって騒いでいた。
「ちょっと待ってよ! 何あれ! 霧を全部ぶっ壊したんですけど!」
「見れば分かる」
レオルドが冷静に返す。
「分かるけど! あれ絶霧だよ! 上位神滅具だよ! それをただのパンチで!?」
「パンチだけで霧を晴らすとは、正気の沙汰ではないな」
ニャル子が頭を抱える。
「唯我太郎ってば、忍者にロボットに今度は脳筋!? 兵士駒って何でもありなの!?」
「太郎は使えるものは何でも使うと言っていた」
「使えるにも程があるでしょ! ていうかあの銀色の人、絶対うちの管轄の宇宙人じゃない! あれ何星の人!?」
「知らん」
レオルドはため息をついた。
「だが、これで四連勝だ。太郎の兵士たちは、やはり一筋縄ではいかない」
「ていうか!」
ニャル子が指を突きつける。
「あの人、さっきからずっと叫んでるけど、疲れないのかな!?」
「正義は疲れないそうだ」
「何それ! ずるくない!?」
控え区画に戻ってきたブラボーを、小猫がじっと見上げていた。
「うるさい」
開口一番、小猫が言った。
「ブラボー!」
「うるさい」
「ブラボー!!」
「二回言った。しつこい」
「ブラボー!!!」
小猫が無言で猫の拳を握りしめる。俺は慌てて間に入った。
「小猫、やめとけ。あれはそういう生き物だ」
「でも、うるさい」
「俺もそう思う。だが、勝ったから文句は言えん」
そこへ、ロスヴァイセが複雑な表情で歩み寄ってきた。
「ブラボーさん、お疲れ様です」
「ブラボー! 君もブラボー!」
「いえ、私はロスヴァイセですが」
「ブラボー!!」
「ですから」
ロスヴァイセがこめかみを押さえる。
「唯我さん、この方は言葉が通じるんでしょうか」
「通じるだろ。ただ、通じる気がないだけだ」
「それを通じないと言うんです」
ブラボーは気にした様子もなく、俺の肩をバシバシ叩いた。
「いやあ、いい試合だった! 次はどんな敵かな!」
「まだ次があるかは分からんがな」
「ならば、次もこのブラボーが!」
「お前はもう出番終わりだ。休んでろ」
「ブラボー! 休憩も正義のうち!」
「意味が分からん」
---
盤面の片隅で、ドロロが静かに佇んでいた。
「ブラボー殿は、拙者とは違う戦い方でござるな」
「お前は頭使うタイプだろ。あいつは何も考えてない」
「いや、考えているのかもしれぬ。ただ、考える速度が速すぎて、拙者たちには見えぬだけでござる」
俺は少しだけ考えてから、首を振った。
「いや、多分本当に何も考えてないぞ」
「……でござるか」
ドロロはしばらく沈黙し、それから小さく呟いた。
「それもまた、一つの忍びの道でござるな」
「忍者は関係ねえだろ」
---
会場の観測席は、まだざわついていた。
「四試合連続で兵士駒か」
「しかも全部勝ってるぞ。兵士駒ってこんなに強かったか?」
「いや、兵士駒の強さじゃない。唯我太郎の兵士がおかしいんだ」
「忍者、ロボット、正義の味方。次は何が出てくるんだ」
「もう予想するだけ無駄だろ」
俺はそのざわめきを聞き流し、椅子に凭れた。
「さて、次はどうするか」
「もう少し作戦らしい作戦はないんですか」
ロスヴァイセが呆れた顔で聞いてくる。
「あるわけねえだろ。適当に呼んで、勝ったやつが正義だ」
「ブラボー!」
「お前は黙ってろ」
ブラボーがまた親指を立て、会場中に響く声で叫んだ。
「ブラボー!!」
会場のあちこちから、ため息が聞こえた。
次回の王は
-
妖怪王
-
機械王
-
怪獣王
-
幻想王