サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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英雄 Case7

「第5試合、出場者を盤面へ」

 

審判の声が響くと同時に、向こう側からジークフリートが進み出た。

 

白銀の髪、長身、整った顔立ち。英雄派の中でも一際目立つ男が、背中の大剣を揺らしながら盤面へ歩いてくる。足音は静かで、それでいて存在感だけは異様に重い。前の試合で残った霧が足元をかすめるが、彼の周囲だけは空気が澄んでいた。

 

「ジークフリートか」

 

俺は控え区画の奥に視線をやった。

 

「準備はいいか」

 

返事の代わりに、控え区画の影から小柄な人影が歩み出る。長い黒髪を後ろで束ね、白い仮面で顔を覆い隠した剣士だった。黒基調の戦装束に、腰には二本の刀。歩くたびに鞘がかすかに鳴る。

 

俺はそいつの名を呼ばなかった。

 

「行け。仮面の騎士」

 

仮面の騎士――宮本絶花は、無言で頷いた。白い仮面は無表情で、どんな感情も読み取れない。それだけが、今は頼りだった。正体を隠すこと。それが、この試合で絶花を守る唯一の手段だ。

 

「お前、大丈夫かよ」

 

すれ違いざま、俺は小さく言った。

 

「……大丈夫です」

 

声は仮面越しでくぐもっていたが、震えてはいなかった。

 

「無理はするな」

 

「太郎は昔からそうです。無茶ばかりして……見てるこっちの身にもなってください」

 

「お前の無茶の心配をしてるんだよ」

 

絶花は答えず、盤面へと歩いていく。俺はその背中を、少しだけ長く見ていた。

 

盤面では、ジークフリートが仮面の騎士を待っていた。

 

「仮面の騎士、か」

 

ジークが静かに笑う。

 

「面白い。素顔を隠す理由は問わない。だが――」

 

彼の視線が、仮面の奥を見透かすように細められる。

 

「その刀、ただ者ではないな」

 

絶花は答えない。代わりに、二本の刀を鞘から抜き放った。天聖の刀身が盤面の照明を反射し、刃の音が空気を裂く。白い仮面の奥で、ピンク系の瞳が静かに燃えている。

 

ジークは背中の大剣には手を伸ばさず、腰の魔剣を一本だけ抜いた。

 

「まずは一本で相手をしよう」

 

「……舐めているんですか」

 

「いいや。お前の実力を測っているんだ」

 

二人が向かい合う。剣先はまだ触れていない。なのに、盤面の空気はすでに張り詰めていた。刃と刃がぶつかる前の、あの静かな密度。観測席の誰もが息を潛めている。

 

「試合、開始!」

 

審判の声が響いた瞬間、絶花の二刀が同時に動いた。ジークの魔剣が、その一撃を受け止める。刃と刃がぶつかり合い、火花が散った。

 

最初の一手は、互いに測り合う一手だった。

 

絶花の二天一流は、二刀で攻めながら相手の反応を探る。ジークの魔剣は、その攻めを受け流しながら、仮面の奥の力量を読み取ろうとしている。踏み込みは浅く、刃の往復は速い。

 

「……いい太刀筋だ」

 

ジークが呟く。

 

「だが、まだ隠しているな」

 

「あなたこそ」

 

絶花の声は、仮面越しでも凛としていた。

 

「本気ではないはずです」

 

二人が同時に跳び退り、距離を取る。盤面にはまだ、前試合の霧が薄く残っていた。その白い名残の中で、仮面の騎士と白銀の剣士が、互いの出方を測り続けている。

 

俺は椅子に凭れて、絶花の背中を見ていた。

 

「大丈夫かよ」

 

もう一度、口の中で呟く。隣の小猫が、俺の方をちらりと見たが、何も言わなかった。

 

刃がぶつかるたび、盤面の霧が裂けていった。

 

ジークフリートの魔剣は重い。一振りごとに空気が軋み、残った霧が左右に割れる。真正面から受ければ、小柄な絶花の体ごと吹き飛ばされるだろう。だが、絶花は受けなかった。

 

右の刀が魔剣の軌道を斜めに流し、左の刀がジークの手首を狙って返る。二天一流の基本だ。受けず、流し、返す。力と力をぶつけ合うんじゃない。相手の力を使って、自分の刃を届かせる。

 

「ほう」

 

ジークが小さく声を漏らす。魔剣を返し、二撃目を横薙ぎに振るう。絶花は半歩下がり、その半歩で間合いを外した。小さな足運びだ。派手な動きは一切ない。ただ、必要な分だけ動いて、必要な分だけ斬り返す。

 

「力では押し切れないか」

 

ジークの三撃目が縦に振り下ろされる。絶花は今度は下がらず、斜め前に踏み込んだ。魔剣の軌道が彼女の肩すれすれを通り過ぎ、その隙に右の刀がジークの胴を狙う。

 

魔剣が慌てて戻され、刃が火花を散らす。

 

「……静かな剣だ」

 

観測席の誰かが呟いた。

 

「さっきの正義の味方とは正反対だな」

 

「あの魔剣の重さを、まともに受けてない。全部、流してるんだ」

 

「小柄な剣士だが、技量は本物か」

 

俺は腕を組んだまま、絶花の足運びを見ていた。二天一流は力任せの剣術じゃない。相手の力、呼吸、重心の移動、その全てを見極めて、最小の動きで斬り込む。宮本武蔵の子孫に生まれて、ずっと孤独に振り続けてきた刃だ。

 

「いい動きだ」

 

俺が呟くと、隣の小猫が小さく頷いた。

 

「静か。でも、強い」

 

ジークの攻撃が加速する。魔剣の間隔が詰まり、絶花の退路を削り始めた。横への逃げを封じ、縦の斬撃で後退を強いる。正面から力で押すだけじゃない。戦場を組み立てる知性が、あの魔剣にはある。

 

絶花は無言で、その攻めを受け流し続ける。右の刀で受け、左の刀で返す。足は止まらず、小さな半歩で間合いを外し続ける。

 

だが、それだけだ。

 

攻めきれない。ジークの剣圧が、まだ余裕を残している。

 

「そろそろ、本気を見せてもらおうか」

 

ジークが距離を取り、背中の大剣に手を伸ばした。

 

「お前のその二刀、ただの剣術ではないな。仮面の奥に、何を隠している」

 

絶花は答えない。白い仮面がジークを見据え、二本の刀が構え直される。

 

盤面の空気が、一段、重くなった。

 

俺は椅子の背に凭れかけたまま、絶花の右手を見る。天聖が、かすかに光を帯び始めていた。

 

ジークフリートが背中の大剣に手をかけた瞬間、盤面の空気が変わった。

 

「お前になら、見せる価値がある」

 

大剣が引き抜かれ、同時に腰の魔剣もすべてが浮き上がる。ジークの背後に、剣が並んだ。三本、四本、五本、六本。それらは意思を持つように空中に静止し、切っ先を絶花へ向ける。

 

「阿修羅と魔龍の宴」

 

ジークの声が、盤面に冷たく響いた。

 

「これが俺の本気だ」

 

六本の剣が、一斉に動いた。

 

絶花が息を呑む。右から、左から、頭上から、足元から。六本の剣が別々の軌道で斬り込んでくる。二刀で防げるのは、せいぜい二本までだ。残りの四本が、絶花の退路を塞ぐように降り注ぐ。

 

「くっ……!」

 

絶花は後退せず、前に出た。六本の剣の交差点をくぐり抜け、最小の動きで斬撃の隙間を縫う。右の刀が一本を弾き、左の刀がもう一本を受け流す。だが、三本目が肩口をかすめ、四本目が仮面の端を削った。

 

白い仮面に、ひびが入る。

 

「防ぐだけで精一杯か」

 

ジークの声は冷静だった。六本の剣が再編成され、今度は上下左右から同時に斬り込む。逃げ道を奪う檻だ。一本一本はさっきまでの魔剣より軽いが、数と角度が絶花の防御を崩しにかかる。

 

絶花の呼吸が浅くなる。二天一流の足運びはまだ乱れていないが、さばききれない斬撃が増えていた。左腕に傷が走り、戦装束の袖が裂ける。

 

「……っ」

 

仮面の下で、絶花が歯を食いしばる気配がした。

 

俺は椅子の肘掛けを握りしめていた。

 

「ぜっ――」

 

名前を呼びそうになって、寸前で飲み込む。仮面の騎士だ。今はまだ、そう呼ぶしかねえ。正体がバレれば、英雄派は絶花を狙う。それは避けなきゃならねえ。

 

「あの、唯我さん」

 

ロスヴァイセが小声で言う。

 

「六刀流です。あの仮面の騎士では、いずれ限界が」

 

「まだだ」

 

俺は盤面から目を離さなかった。

 

絶花は防戦に回りながらも、目だけは死んでいない。仮面の奥のピンク系の瞳が、六本の剣の動きを追っている。交差防御で二本を同時に受け、回転回避で背後からの一本をかわし、低姿勢の踏み込みで頭上を通過させる。

 

だが、完全には防げない。太ももに浅い傷が走り、仮面のひびがさらに広がる。

 

観測席がざわついた。

 

「あの仮面の騎士、押されてるぞ」

 

「六刀流だ。二刀じゃ数が違いすぎる」

 

「でも、まだ倒れてない。よく耐えてるな」

 

「耐えてるだけだ。勝ち目はない」

 

俺は口の中で舌打ちした。勝ち目がない? ふざけんな。絶花はまだ剣を振っている。それだけで十分だ。

 

絶花が、六本の剣の交差点をくぐりながら、小さく息を吐いた。

 

(見えた)

 

六本の剣が最も密集する瞬間。その中心に、わずかな空白があった。すべての剣が同時に動くからこそ、生まれる隙間。そこを突けば、ジークの本体に刃が届く。

 

だが、今のままじゃ届かねえ。二刀の防御を捨てなきゃ、あの隙間には入れない。

 

絶花の足が、わずかに止まった。

 

「悩んでいるのか」

 

ジークの声が降ってくる。

 

「その仮面の下で、何を迷う」

 

絶花は答えない。代わりに、右手の天聖がかすかに震えた。

 

俺は小さく息を吐いた。

 

「迷うなよ、相棒」

 

声には出さず、口の中だけで呟く。

 

六本の剣が、再び動いた。

 

上下左右、同時に。逃げ道を完全に塞ぐ檻だった。さっきまで絶花は、この檻の中で耐え続けていた。二刀で防ぎ、かわし、傷を負いながらも倒れなかった。

 

だが、今回は違う。

 

絶花は、防がなかった。

 

六本の剣が最も密集する瞬間を、彼女は待っていた。すべての刃が交差し、ジークの視界が一瞬だけ自分の剣で遮られる。その刹那、絶花は前へ踏み込んだ。

 

「何っ」

 

ジークの声に、初めて驚きが混じる。

 

一本目の剣を、左の刀が流す。二本目の剣を、右の刀が弾く。三本目と四本目は、体の角度をわずかに変えるだけでかわした。残りの二本は、すでに彼女の背後を通り過ぎている。

 

六本の剣の檻を、正面から突破した。

 

「馬鹿な」

 

ジークが六本の剣を引き戻そうとするが、もう遅い。絶花の体はすでに彼の懐の中だ。二刀を交差させ、最後の一歩を踏み込む。刃がジークの喉元で、ぴたりと止まった。

 

盤面が、静寂に包まれた。

 

六本の剣が空中で静止している。ジークフリートは動かない。喉元に突きつけられた二本の刃を見下ろし、それからゆっくりと、口元を緩めた。

 

「……俺の負けだ」

 

ジークが魔剣を一斉に地面へ落とす。六本の剣がカランカランと音を立てて転がり、それから霧のように消えた。

 

「六刀の交差点を見切るとはな。お前は、俺が思っていた以上の剣士だ」

 

絶花は答えない。ゆっくりと刃を引き、二刀を鞘に収める。白い仮面にはまだひびが入ったままだが、その奥の瞳は静かに輝いていた。

 

審判が、震える声で告げる。

 

「勝者、仮面の騎士」

 

観測席がざわつき、それから拍手が起こった。まばらな拍手じゃない。英雄派の控え区画からも、ちらほらと手が鳴っている。

 

俺は椅子から立ち上がり、盤面を見下ろした。

 

「見事だ」

 

声は短く、それだけだった。絶花が控え区画へ戻ろうとする。俺はその背中に、もう一言だけかける。

 

「よくやったな」

 

絶花は立ち止まり、振り返らずに小さく頷いた。仮面の奥で、かすかに笑った気がした。

 

ジークフリートはまだ盤面に立っていた。倒れてはいない。負傷も軽い。だが、剣を収めた手は、かすかに震えているように見えた。

 

「仮面の騎士、か」

 

ジークが呟く。

 

「いずれ、その仮面の下を見せてもらおう」

 

絶花は答えず、控え区画の影へ消えていった。

 

俺は椅子に凭れ直し、天井を見上げる。

 

「これで五勝か」

 

「唯我さん、あなた今、少しだけ笑ってませんでしたか」

 

ロスヴァイセが横から覗き込んでくる。

 

「気のせいだ」

 

「気のせいでしょうか」

 

「気のせいだっつってんだろ」

 

俺は顔を背け、次の試合へ思考を切り替える。だが、口元だけは、まだわずかに緩んだままだった。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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