サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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英雄 Case9

赤い装甲が、盤面を駆けた。

 

曹操の聖槍が連続で突き出される。一撃、二撃、三撃。金色の穂先が空気を裂き、夕暮れ色の軌跡を残す。俺はギャバリオンブレードを抜き、そのすべてを受け流した。赤い刀身が聖槍とぶつかるたび、火花が散り、盤面に赤と金の光が走る。

 

「速いな」

 

曹操が呟く。その声には、驚きよりもむしろ喜びが混じっていた。

 

「だが、まだだ」

 

四撃目が横薙ぎに振るわれる。俺はブースターで後退し、間合いを外す。黒い盤面に、赤い装甲の残像がかすかに残った。観測席は沈黙している。誰もが言葉を失い、戦場の音だけが会場に響いていた。

 

俺はブレードを構え直しながら、曹操の槍を見る。金色の穂先が、かすかに震えている。怒りじゃない。あれは、熱だ。俺の答えを見極めようとする、英雄派の首魁の執念が込められている。

 

「君はさっき、俺の英雄は外側にあると言ったな」

 

曹操が槍を構え直す。

 

「ならば君は、内側に英雄を持っているのか」

 

「さあな」

 

俺は肩をすくめる。軽口を叩いている余裕は、まだある。

 

「少なくとも、誰かの名前を借りて戦ってるつもりはねえよ。俺は俺だ」

 

「ならば、その『俺』が何者なのか、この槍で確かめさせてもらおう」

 

聖槍の輝きが、一段と強まった。金色の光が盤面全体に広がり、俺の赤い装甲と激しくぶつかり合う。対照的な二つの光が、会場を真っ二つに染め上げた。

 

曹操が踏み込む。五撃目、六撃目。連続突きの速度が増している。俺はギャバリオンブレードで受け流しながら、あえて攻撃には転じない。まだだ。まだ、あいつの槍には余裕がある。受け流すだけじゃ足りねえ。あの金色の光を、一度完全に止めなきゃならねえ。

 

「どうした、まだ見せてくれるのか」

 

曹操の槍が俺の肩口をかすめ、赤い装甲に浅い傷が走る。

 

「そっちこそ、本気はこれからだろ」

俺はブレードを逆手に持ち替え、間合いを詰めた。

「君は、知っているか」

 

曹操の声が、盤面に静かに響いた。叫びじゃない。むしろ、抑えられた熱だった。聖槍の輝きが、それに呼応するように脈を打つ。夕暮れ色だった光が、少しずつ、炎の色に変わっていく。

 

「人間が、神や悪魔の影でどれだけ虐げられてきたかを」

 

俺は答えず、ギャバリオンブレードを構えたまま曹操の目を見る。

 

「神は人間を見捨て、悪魔は人間を駒として扱う。龍は力のままにすべてを蹂躙する。だが、人間にはそれに対抗する力がない」

 

聖槍が一際強く輝いた。

 

「だからこそ、英雄の名が必要だった。神にも悪魔にも龍にも届く、人間の可能性の象徴として。俺たち英雄派は、その名を掲げて戦ってきた」

 

俺はブレードの柄を握り直す。曹操の言葉は、嘘じゃない。本気でそう信じている目だ。

 

「君は、その怒りを否定するか」

 

「否定しねえよ」

 

俺は短く答えた。

 

「そういう怒りがあるってのは、分かる」

 

「ならば」

 

「だがな」

 

俺は一歩、前に出る。

 

「その怒りで誰かを踏み潰すなら、俺はお前を止める。それだけだ」

 

曹操が口元を歪めた。笑っているのか、それとも別の感情か。

 

「いい答えだ」

 

聖槍が掲げられる。金色から炎の色へ変わった光が、無数の槍へと分裂していく。十本、二十本、三十本。光の槍が盤面の四方を囲み、俺の逃げ道を完全に塞いだ。盤面に残った雷光の焦げ跡、影の裂け目、銀の拳痕、二刀の剣筋。家臣たちが残した戦闘痕が、炎の光に赤く照らし出される。

 

「ならば、止めてみせろ」

 

光の槍が、一斉に放たれた。

 

俺はギャバリオンブレードを両手で握り、正面から迎え撃つ。一本目を斬り払い、二本目を弾き、三本目をかわす。だが、数が多すぎる。四本目が肩をかすめ、五本目が脇腹を狙う。赤い装甲が火花を散らし、衝撃で体が押し返される。

 

それでも、倒れない。倒れるわけにはいかねえ。俺が倒れたら、この場にいる全員が曹操の怒りの前に晒される。小猫も、黒歌も、絶花も、レオルドも、ドロロも、ブラボーも、俺の王国の全員が。

 

「まだ立つか」

 

曹操の声が降ってくる。俺は歯を食いしばり、ブレードを振り続ける。光の槍を一本一本、確実に斬り落としながら、一歩ずつ前へ。家臣たちの戦闘痕を踏みしめて、曹操のいる中心へ。

光の槍をすべて斬り落とした時、俺の赤い装甲には無数の傷が刻まれていた。だが、まだ立てる。まだ戦える。俺はギャバリオンブレードを握り直し、曹操を見据えた。

 

「お前の怒りは、間違ってねえよ」

 

俺の声は、思ったより静かだった。

 

「人間が何をされてきたか、何を見てきたか。俺には全部は分からねえ。でも、お前が本気で怒ってるってことは分かる」

 

曹操が目を細める。聖槍の炎のような光が、かすかに揺らいでいた。

 

「君は、その怒りを否定しないのか」

 

「否定しねえ。でもな」

 

俺の胸の奥で、エモルギアが熱を帯び始める。赤い装甲に、鋭い発光パターンが走った。怒りを露わにしたような光だが、暴走じゃない。制御された輝きだ。俺の意志で、俺の行き先を照らす光だ。

 

「怒りってのは、持つだけじゃ意味がねえ。それをどこに向けるかだ」

 

「どこに向けるか」

 

「そうだ。お前はその怒りを、神だの悪魔だの、そういうでっけえもんにぶつけようとしてる。でもな、その矛先がお前の足元にいるやつを踏み潰すなら、俺はそれを止める」

 

周囲が暗闇に沈み始めていた。盤面の外側が、ゆっくりと黒に溶けていく。観測席の声も遠くなり、俺と曹操だけが、暗闇の中に浮かぶ二つの光になっていく。金色の聖槍と、赤いブレード。その二つだけが、この空間に残された。

 

「お前の怒りを否定しねえ。でも、預かりもしねえ。俺は俺の怒りで、俺のやるべきことを決める」

 

曹操が、かすかに笑った。

 

「怒りを拒まず、背負わず、ただ手に持って方向を変える。それが君の答えか」

 

「ああ」

 

俺はギャバリオンブレードを構える。頭部のバイザーが発光し、全身の装甲に赤い輝きが走った。ギャバリオンブレードの刀身が、それに呼応するように光を増していく。

 

「そろそろ、決着をつけようぜ」

 

「同感だ」

 

曹操が聖槍を構え直す。金色の光が、炎の色から白熱へと変わっていく。二人の光が、暗闇の中で激しくぶつかり合った。

暗闇の中で、赤い刃が走った。

 

一閃。ギャバリオンブレードが聖槍の穂先を弾く。金色の光が散り、暗闇に火花が舞った。俺は止まらない。間合いを詰め、二閃目を横薙ぎに振るう。曹操が聖槍で受け止めるが、その衝撃で体勢がわずかに崩れた。

 

「まだだ」

 

三閃目、四閃目。連続斬撃が曹操の防御を削り取っていく。赤い刀身が暗闇に幾重もの軌跡を描き、そのすべてが曹操の槍を、装甲を、足元を狙っていた。憤怒の炎のような斬撃だ。だが、俺の頭は冷えている。必要な分だけ、必要な場所へ。それで十分だ。

 

「これが、君の――」

 

曹操が何かを言いかける。だが、最後まで聞く必要はない。五閃目を聖槍の根本に叩き込み、金色の槍が弾き飛ばされる。武器を失った曹操の胸元へ、俺は最後の一撃を突き出した。

 

刃が、曹操の首元で止まる。

 

暗闇が晴れていく。盤面に光が戻り、観測席のざわめきが聞こえ始めた。黒い盤面の中央で、曹操が膝をついている。俺のギャバリオンブレードは、まだ彼の喉元に突きつけられたままだった。

 

「勝者、唯我太郎」

 

審判の声が響く。会場が沈黙し、それから、ばらばらと拍手が起こった。

 

曹操は、ゆっくりと顔を上げた。負けたというのに、その目には不思議と穏やかな光がある。

 

「君の中には、英雄の名はなかったな」

 

「ああ」

 

俺はブレードを引き、鞘に収める。赤い刀身が静かに消え、盤面に残った残光だけが、かすかに揺れていた。

 

「でも、誰かを置いていかない意志はあった。そうだろう」

 

俺は答えない。代わりに、右手を差し出した。曹操はそれを見て、小さく笑う。自分の足で立ち上がり、落ちた聖槍を拾い上げた。

 

「俺の負けだ」

 

曹操が聖槍を下ろす。金色の光が、ゆっくりと消えていった。

 

俺は背を向け、控え区画へ歩き出す。盤面には、まだ赤い残光がかすかに残っている。それも、時間が経てば消えるだろう。でも、ここで戦ったことだけは、消えやしねえ。

 

「唯我さん」

 

ロスヴァイセが控え区画の入り口で待っていた。

 

「お疲れ様です」

 

「ああ」

 

俺は軽く手を上げ、椅子に凭れかかる。絶花が隣に立って、無言で俺の袖を引いた。

 

「お疲れ」

 

「おう」

 

俺は目を閉じる。これで六連勝だ。でも、そんなことはどうでもいい。ただ、みんなが無事で、ここにいる。それだけで十分だった。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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