サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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英雄 case10

装甲の冷却音だけが、静かに響いていた。

 

戦闘音はもうどこにもない。歓声も、悲鳴も、刃と刃がぶつかり合う金属音も、すべてが過去のものだ。盤面には雷光の焦げ跡、影札の裂け目、二刀の剣筋、銀の拳痕が刻まれたまま残っている。俺たちがここで戦った証拠だ。

 

赤い装甲が粒子となって消えていく。ギャバン・インフィニティの変身が解除され、俺は通常のギャバン・キングの姿に戻った。全身の疲労が一気に押し寄せてくるが、膝をつくわけにはいかねえ。まだ、やることがある。

 

盤面の中央で、曹操が黄昏の聖槍を床に立てた。武器を下ろす、正式な敗北の作法だ。

 

「これにて、我々英雄派は敗北を認める」

 

曹操の声は、驚くほど穏やかだった。悔しさも、怒りも、ないわけじゃねえだろう。だが、それを押し殺してでも、彼は今、何かを考えている。

 

「唯我太郎。君の王国は、王の命令で動く組織ではなかったな」

 

「当たり前だ」

 

俺はギャバリオンブレードを鞘に収めながら、短く答えた。

 

「俺が命令したから勝ったんじゃねえ。あいつらが、自分の意志で戦ったから勝ったんだ」

 

「ああ、分かった。君の駒は、君の意志を遂行するだけの兵士ではない。それぞれが自分の判断で動き、自分の役割を果たし、そして自分の勝利を掴んだ」

 

曹操がゆっくりと首を振る。

 

「俺は英雄の名にこだわりすぎていた。英雄とは個人の名ではなく、仲間と共に立つ在り方そのものだと、今さら思い知らされたよ」

 

ジークフリートが背中の大剣を収め、ゲオルグが絶霧の魔術書を閉じる。ヘラクレスはまだ何か言いたそうだったが、曹操の背中を見て口を閉ざした。英雄派の全員が、武器を下ろしている。

 

俺はそれを見て、短く頷いた。

 

「勝ったのは俺たちだが、お前たちが弱かったわけじゃねえ。ただ、ちょっとだけ、見てる場所が違っただけだ」

 

「違いを認めよう」

 

曹操が手を差し出してくる。俺は一瞬だけその手を見てから、軽く握り返した。

 

「で、だ。これで俺たちの勝ちってことでいいんだよな」

 

「無論だ」

 

「なら、報告書の類はそっちで書いとけ。俺はそういうの苦手なんだ」

 

曹操が一瞬だけきょとんとしてから、小さく笑った。英雄派の首魁が、こんな顔をするとは思わなかった。

 

「分かった。それくらいは引き受けよう」

 

「助かる」

 

俺は背を向け、控え区画へ歩き出す。盤面に刻まれた戦闘痕を踏みしめながら、仲間たちの待つ場所へ。雷光の焦げ跡、影札の裂け目、二刀の剣筋、銀の拳痕。それらはもう、傷じゃねえ。俺たちがここにいた証だ。

 

控え区画へ戻ろうとした俺の背中に、曹操の声がかかった。

 

「唯我太郎」

 

俺は足を止め、振り返らずに答える。

 

「なんだ」

 

「我々英雄派は、これからどこへ向かうべきだと思う」

 

質問の形をとっていたが、本気で答えを求めているわけじゃねえことは分かっていた。曹操は今、自分の中で何かを整理しようとしている。そのための言葉を、俺に投げただけだ。

 

「知るか」

 

俺は素っ気なく返した。

 

「自分たちの道なら自分で決めろ」

 

「……そうか」

 

曹操が小さく笑う気配がした。

 

俺は振り返る。英雄派の面々が、それぞれの武器を見つめていた。ジャンヌは消えかけた聖剣の残光をじっと見つめ、ヘラクレスは拳を開いて、自分の手のひらを眺めている。レオナルドは足元に小さな魔獣を生み出したが、戦わせるでもなく、そっと撫でていた。

 

ジークフリートが、背中の大剣に手を当てて呟く。

 

「英雄の名がなくても、俺たちには戦う理由があるのか」

 

「あるだろ」

 

俺は短く答えた。

 

「お前らが今ここに立ってるってことが、もう理由だ」

 

「……そうか」

 

ジークが口元をわずかに緩める。あの冷徹な魔剣使いが、こんな顔をするとは思わなかった。

 

曹操が仲間たちを振り返った。

 

「我々はこれまで、祖先の英雄の名を追い、その影を超えようとしてきた。だが、それだけでは足りなかった。これからは、自分たちの足で道を探す」

 

英雄派の面々が、それぞれに頷く。ヘラクレスが拳を握り直し、ゲオルグが魔術書を開き、レオナルドが小さな魔獣を消した。

 

「最初からそうしろ」

 

俺はそれだけ言って、今度こそ控え区画へ歩き出す。

 

結界天井の白い光が薄れ、黒い盤面の升目が一本ずつ消えていく。試合は終わった。会場は静かに、この空間を閉じようとしている。雷光の焦げ跡、影札の裂け目、二刀の剣筋、銀の拳痕。それらもじきに消えるだろう。でも、ここで起きたことは消えやしねえ。

 

「唯我さん」

 

控え区画の入り口で、ロスヴァイセが待っていた。

 

「お疲れ様です。それで、報告書は」

 

「曹操が書く」

 

「は?」

 

「ついでに謝罪文もあっち持ちだ」

 

「いや、でも、あの、規定では勝利した側が」

 

「俺は字が下手なんだ」

 

「小学生みたいな言い訳やめてください!」

 

ロスヴァイセが叫ぶ。俺は聞こえないふりをして、椅子に凭れかかった。絶花が隣で小さく笑い、小猫が呆れたようにため息をつく。ブラボーがどこからともなく現れて、俺の肩をバシバシ叩いた。

 

「ブラボー! いい試合だった!」

 

「うるせえ、休んでろ」

 

「ブラボー! 休憩も正義のうち!」

 

「だから意味が分からん」

会場のあちこちから、またため息が聞こえた。でも、今度のため息は、どこか温かかった。

 

椅子に凭れて目を閉じかけた瞬間、ギャバリオン・トリガーがけたたましく鳴り響いた。赤い警告光が会場を切り裂き、穏やかになりかけた空気が一瞬で張り詰める。

 

「なんだよ、今度は……」

 

俺はトリガーを手に取り、表示を確認する。複数の異常反応が重なって表示されていた。エモルギアの波形だ。しかも、ただ事じゃねえ規模の。

 

「太郎」

 

レオルドの声が通信に割り込んできた。普段の飄々とした調子は消え、完全に刑事の声だ。

 

「弩城憐慈が活動してる世界で、大規模なエモルギア反応が発生した。現地の戦力が押されてる。かなりまずい状況だ」

 

「憐慈がか」

 

俺は背もたれから体を起こす。弩城憐慈。あいつは確か、別の世界で単独任務にあたっていたはずだ。あの憐慈が押されるってことは、敵の規模が桁違いってことになる。

 

「転移の準備は」

 

「もう始めてる」

 

絶花が短く答えた。いつの間にか内部回線を開き、エクスプレスの手配を進めている。ロスヴァイセも端末を起動し、次元座標の照合を始めていた。

 

消えかけた盤面に、黒金の警告線が走る。競技場の中央に、次元座標が投影された。見たことのない世界の地図と、無数の敵性反応。その中心に、かすかに憐慈の識別信号が点滅している。

 

「まだ生きてるな」

 

「ええ。でも、長くはもたないわ」

 

黒歌が俺の隣に立っていた。いつの間にか戦闘態勢に入っている。

 

「面倒だな」

 

俺は立ち上がり、ギャバリオン・トリガーをホルスターに収める。休む暇もありゃしねえ。でも、仲間が危険な状況で、のんびり椅子に座ってるわけにもいかねえ。

 

「ロスヴァイセ、座標は」

 

「照合完了。いつでも転移可能です」

 

「小猫、お前はどうする」

 

「行く」

 

小猫はすでに戦闘服に変わっていた。迷いのない目で俺を見上げている。

 

「なら、行くぞ。ブラボー、ドロロ、お前らもだ」

 

「ブラボー! 救援も正義!」

 

「拙者、いつでも参りまする」

 

「俺はここで英雄派の後始末をしておく」

 

レオルドの声が通信から聞こえた。

 

「お前らは先に行け。どうせ俺は戦闘向きじゃねえしな」

 

「助かる。絶花」

 

「エクスプレス、あと三十秒で来ます」

 

俺は盤面を見渡す。英雄派の面々が、突然の展開に戸惑いながらも、こちらを見ていた。曹操が一歩前に出る。

 

「何かあったか」

 

「ああ。ちょっと仲間がピンチでな」

 

「我々も行こうか」

 

「いや、いい。お前らは自分たちの道を探せ。これは俺たちの仕事だ」

 

曹操がわずかに笑う。

 

「そうか。なら、健闘を祈る」

 

会場の天井が開き、エクスプレスが降下してくる。俺は仲間たちを見渡し、短く言った。

 

「行くぞ。弩城憐慈を助け出す。それだけ考えろ」

誰もが頷く。俺はギャバリオン・トリガーを握りしめ、エクスプレスへ飛び乗った。

 

汽笛が鳴った。重く、長く、空間そのものを震わせるような音だった。

 

競技場の中央に、黒金の線路が伸びていく。次元を裂くような亀裂じゃない。それは文字通り、一本のレールだった。黒く輝く金属の軌道が、空間を縫うように敷かれていく。レールの先には、赤く染まった別の空が見えた。弩城憐慈が戦っている世界の空だ。

 

エクスプレスギャバリオンが、そのレールの上に滑り込んでくる。黒金の装甲に身を包んだ列車は、静かに停車し、俺たちを待っていた。

 

「乗れ」

 

俺は短く言い、先頭車両へ足を踏み入れる。小猫、黒歌、絶花、ロスヴァイセ、ブラボー、ドロロ。全員が後に続いた。

 

「唯我太郎」

 

曹操の声が背後から聞こえた。俺は振り返らずに立ち止まる。

 

「なんだ」

 

「君は、英雄の名を欲しがらないな」

 

「必要ねえからだ」

 

俺は肩越しに答える。競技場の向こうで、英雄派の面々が立ち尽くしている。ジャンヌ、ヘラクレス、ジークフリート、ゲオルグ、レオナルド。曹操はその先頭に立ち、俺の背中を見ていた。

 

「英雄なんざ、後から誰かが勝手に呼ぶもんだろ。俺はただ、やるべきことをやってるだけだ」

 

「やるべきこと、か」

 

曹操が小さく笑う気配がした。答えを語った直後に、次の誰かを助けに行く背中。英雄派の首魁は、その背中をどう見たのか。俺には分からねえ。でも、聞く必要もなかった。

 

「今度は、俺が助ける番だ」

 

俺はそれだけ言って、エクスプレスギャバリオンに乗り込んだ。

 

夕暮れ色の聖槍の光は、もう消えている。代わりに、黒金のレールの光が競技場を横切っていた。盤面に刻まれた戦闘痕の上を、新たな軌道が走り抜けていく。雷光の焦げ跡、影札の裂け目、二刀の剣筋、銀の拳痕。それらをすべて踏み越えて、俺たちは次の現場へ向かう。

 

汽笛が、もう一度鳴った。章の終わりを告げる音だ。

 

エクスプレスギャバリオンが動き出す。窓の外で、競技場の光景が遠ざかっていく。結界天井が消え、盤面の升目が消え、英雄派の姿も小さくなっていく。黒金のレールが、前方へ、異世界へ、赤く染まった空の下へと伸びていた。

 

「弩城憐慈」

 

俺は窓の外を見ながら、呟く。

 

「待ってろよ」

 

列車が加速する。黒金の軌道を駆け抜け、次元の狹間へと消えていく。赤い空が、少しずつ近づいてくる。その向こうで、憐慈が戦っている。まだ間に合う。絶対に、間に合わせる。

 

エクスプレスギャバリオンは、汽笛を鳴らしながら、あの世界へと向かった。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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