サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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ゼロとの出会い Part3

走れ。

走れ、走れ、走れ!

人間が生き延びるために進化の過程で手に入れた唯一の必殺技は、戦う勇気でも知恵でもない。

逃げ足だ。俺は今、それを身に染みて実感している。

肺が焼け付く。

横を走る絶花は、剣士として鍛えた健脚で崩れた瓦礫を飛び越える。彼女の長い黒髪が、粉塵にまみれ、夕焼けに焼かれて血のように揺れた。

「はぁ…はぁ…っ、太郎くん、こっち!」

絶花の小さな手が、俺の腕を掴んで路地裏へと誘導する。

商店街の裏手。普段はトラックの搬入にしか使われない、薄暗い細道だ。頭上ではまだ耳障りな破壊音がオーケストラのように鳴り響いている。

ドゴォン!!グシャアア!!

八本の首が、今度は一体どこを壊しているのか。

肉屋のコロッケの匂いも、酒屋の米の匂いも、今は鉄の焦げる匂いと死の悪臭にかき消されている。

「ここまで来れば…っ」

絶花が息を整えようと、ゴミ集積所の陰で立ち止まった。

その時だ。

「絶花、伏せろ!!」

俺の本能が、それはもう理屈をすっ飛ばして絶叫していた。王としての威厳も、男としてのメンツも関係ない。

すぐ側に在ったのは、ただ「死」そのものだ。

絶花の真上、ビルの隙間。

音を殺して、こちらの息遣いを伺うように――いや、違う。

こいつは、息遣いを「味わっている」んだ。

蛇が舌を出すように、八つの首の一つが、ぬるり、と現れた。

「ひ…っ」

絶花の顔が、今まで見た事がないほど真っ白になる。

蛇は、俺が思っていたよりもずっと静かに動く生き物なのだと、生まれて初めて知った。

巨大な黄金の鱗はヒビ割れており、その隙間からは怨念のような紫色の霧が噴き出している。表面を覆う無数の粘液の泡は、ポコポコと呼吸するように鼓動している。

ドロリ。

一筋、涎が落ちてきた。

地面に落ちた透明な液体が、アスファルトを「シュウゥ…」と溶かす。ただの涎だ。それだけで、俺たち人間の存在は消し飛ぶ。

グチュリ。

頭部が回転する。

無機質な黄金の目は、焦点が合っているのかすら分からない。

いや、合っていないんだ、きっと。

こいつにとって、俺たちは風景の一部。

ただの「生きている何か」でしかなく、殺すことにすら意識が向いていない。

壁を壊し、地面を歩く。

靴で踏み潰す蟻の顔を、人間がわざわざ覚えていないのと同じだ。

それが、これ以上ないほどに、俺の自尊心を粉々にした。

「ァ…あ…」

俺は情けなく震える足を動かし、絶花との間に割り込んだ。

盾になろうとしたのか、それとも、ただ怖くて彼女の背中に隠れたかったのか。

もう、自分でもわからなかったと思う。

「た、ろう……」

絶花が俺の服の裾を掴む。その手が、あまりにも冷たくて。

俺は彼女の恐怖を、背中越しに全部受け取ってしまった。

ああ、そうだ。

聞こえる。

彼女の心臓が、今にも張り裂けそうなほどに鳴っている。

俺は、王になる男だ。

仲間の居場所を作り、守り、共に笑うために、この唯我太郎は存在する。

だというのに――俺は、こいつの首一本すら、止められないのか?

 

ズ…ヅヅ…。

蛇の口が開く。さながら、地獄へ続く洞窟だ。

その奥で、黄金の光がチャージされていく。あれは、熱線か、それとも酸か。

時が止まったような一瞬。

絶花が口を開く。

きっと、私を置いて逃げて、とか、そんなことを言おうとしているんだろう。

バカ野郎。王が家臣を置いて逃げて、誰が国を作るっていうんだ。

 

「……来いよ」

 

俺は震える拳を握りしめ、黄金の瞳を真正面から睨みつけた。

 

「俺は唯我太郎だ。お前ごときに、俺の国は渡さない」

 

声は震えていた。

情けない、無様な、虫けら同然の命の、最後の悪足掻きだ。

だが、その時だった。

蛇の口に溜まった黄金の光が、爆発する寸前で止まった。

いや、止まったんじゃない。

目の前の空間そのものが、カッ、と眩く輝く青い光に包まれたのだ。

熱線を打ち消す、純粋な光の粒子。

星の瞬きよりも鋭く、夕陽よりも鮮やかな銀と青の閃光が、路地裏の闇を切り裂いた。

 

「っ…これは…!?」

 

光の中に、影が見える。

倒れ、傷つきながらも、ギラリとこちらを見据える、二つの眼。

俺の心臓が、恐怖とは違う理由でドクンと跳ねた。

まるで、“誰か”が俺の魂を呼んでいるかのような、そんな眩暈。

 

視界が、ホワイトアウトした。

 

いや、違う。視界だけじゃない。

俺の意識、魂、あるいは存在そのものが、白い洗濯機の中に放り込まれて、グルグルとかき回されているような感覚。

さっきまでアスファルトを溶かしていたオロチの熱線も、悲鳴も、瓦礫の崩落音も消えた。

あるのは、圧倒的な静寂だけ。

 

(死んだか?)

 

そう思うのに、痛みがない。

身体の感覚がないのだ。

指先の冷たさも、肺が焼けるような苦痛も、走り回った時の筋肉の悲鳴も。

すべてが「リセット」されたかのように、軽い。

あまりにも軽すぎて、自分がまだ生きている人間なのかどうか、確信が持てない。

まるで、水槽に浮かんだプランクトンになったような心細さ。

これが死後の世界だとしたら、案外拍子抜けするほど清淡な味付けだ。

 

だが。

 

暗転。

いや、青だ。

どこまでも深く、澄んだ青色の空間が、俺を包み込んでいた。

重力がない。

足元には白い光の粒子が、雪のようにゆっくりと舞い落ちている。

幻想的でありながら、どこか懐かしい。

朱川湊人の小説に出てくるような、人間の魂の原風景を切り取ったような場所だ。

 

「ここは…」

 

声が出た。

俺の声だ。

やっぱり、死んではいないらしい。死人に声は出せないだろうから。

 

ふと、視線を上げる。

遠くない。ものすごく近い場所に、それはいた。

 

巨大な、壁。

いや、壁じゃない。膝をついた巨人だ。

 

さっきまでの商店街で見た黄金の怪獣とは違う。

青と赤の、鮮やかな配色。

筋肉の起伏がくっきりと浮かび上がった、鍛え抜かれた肉体。

だが、そのボディはボロボロだった。

全身に亀裂が走り、そこから白い蒸気のようなエネルギーが漏れ出している。

まるで、何百回もパンチを受けた土俵際のボクサーだ。

額には青い宝石のようなランプがついているが、その光は弱々しく明滅している。

 

「お前…」

 

俺は呟く。

見覚えがある。

宇宙空間で、黄金の亡霊と渡り合い、次元の裂け目に飲み込まれていった――

 

「お前は

 

「よぉ」

 

巨人が顔を上げた。

 

「俺の名前はウルトラマンゼロだ」

 

鋭い眼光は健在だが、その声は少し掠れている。

 

「やっと繋がったな。迷い込んだ次元の狹間で、意識だけ漂ってたぜ」

 

「なんで俺の中に…いや、ここはどこだ?」

 

俺が周囲を見回すと、ゼロはフッと笑ってみせた。

ボロボロのくせに、どこか頼もしい笑顔だ。

 

「ここはお前の心の中だ。俺とお前の意識が接触した空間だよ」

 

「心の中? 精神世界ってやつかよ。ライトノベルでありそうな展開だな」

 

「なんだそれ。まあいい。単刀直入に言うぜ」

 

ゼロは、片膝をついたまま俺の方へ手を伸ばしてきた。

巨大な手だ。俺ごと握りつぶせるくらいの質量感がある。

だが、不思議と恐怖はなかった。

 

「俺は今、力尽きてる。あの黄金の奴との戦いでエネルギーも底をつき、身体も限界だ。このままじゃ、お前らの世界をあの怪獣から守ることはできない」

 

「だろうな。見てるだけで痛そうだ」

 

「だが、まだ方法はある」

 

ゼロの瞳が、まっすぐに俺を射抜く。

 

「お前と一体化するんだ」

 

「…は?」

 

「俺とお前。二人の心を一つにして、このピンチを乗り越えるんだよ」

 

またしても唐突すぎる。

一体化って、要するに合体か? 融合か?

俺の平穏な日常が、巨大怪獣によって破壊されたと思ったら、今度は宇宙のヒーローから融合交渉?

ツッコミどころが多すぎて、逆に笑けてくる。

 

「お前なぁ、さっきの状況見てただろ。俺はただの高校生だぞ。身体能力は普通だ。そんな凡人の俺と合体したって、お前の力は十分に発揮できないんじゃないか?」

 

「バカヤロウ」

 

ゼロが低く、しかし力強く言い放った。

 

「力ってのはな、肉体だけのもんじゃねぇんだよ」

 

「え?」

 

「お前があの怪獣の前で、震える足で立った。自分の命を投げ出してでも、後ろの奴を守ろうとした。その『勇気』、その『心』こそが、今の俺に必要な力だ」

 

ゼロの手が、俺の目の前で止まる。

その手には、奇妙なアイテムが握られていた。

十字型のメカニズム。中心には宝石のようなレンズが埋め込まれている。

 

「俺の体はボロボロだ。だが、お前の意思が俺を動かすなら、まだ戦える。お前の熱意が俺の光になるなら、あいつらを倒せる!」

 

ゼロの声が、空間に響き渡る。

これは取引じゃない。

命令でもない。

ただの、頼みだ。

 

「俺はウルトラマンゼロ。お前は?」

 

「…唯我太郎」

 

「唯我太郎。お前は、王になるんだろ?」

 

ニヤリと笑うゼロ。

俺の心を読んだのか、それともさっきの必死な抵抗を見て汲み取ったのか。

腹立たしいほどに、お似合いのツッコミだ。

 

「ああ、そうだ。俺は王になる男だ。自分の国を作り、誰が何と言おうと俺の家臣は守り抜く!」

 

「なら、決まりだ」

 

ゼロがアイテムを差し出す。

 

「俺と共に戦え、唯我太郎!お前の意思で俺を動かし、お前の拳で明日を切り拓け!俺の力を貸してやる。その代わり……」

 

「その代わり?」

 

「あいつらを倒したら、ウマい飯食わせろよな!」

 

その台詞に、俺は思わず吹き出した。

絶体絶命の危機。謎の怪獣出現。謎の宇宙ヒーローからの一体化要求。

シリアスもありゃコミカルもありだ。

だが、悪くない。

これならやれそうだ。

 

「俺と一緒に、戦ってくれ!ゼロ!」

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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