サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
走れ。
走れ、走れ、走れ!
人間が生き延びるために進化の過程で手に入れた唯一の必殺技は、戦う勇気でも知恵でもない。
逃げ足だ。俺は今、それを身に染みて実感している。
肺が焼け付く。
横を走る絶花は、剣士として鍛えた健脚で崩れた瓦礫を飛び越える。彼女の長い黒髪が、粉塵にまみれ、夕焼けに焼かれて血のように揺れた。
「はぁ…はぁ…っ、太郎くん、こっち!」
絶花の小さな手が、俺の腕を掴んで路地裏へと誘導する。
商店街の裏手。普段はトラックの搬入にしか使われない、薄暗い細道だ。頭上ではまだ耳障りな破壊音がオーケストラのように鳴り響いている。
ドゴォン!!グシャアア!!
八本の首が、今度は一体どこを壊しているのか。
肉屋のコロッケの匂いも、酒屋の米の匂いも、今は鉄の焦げる匂いと死の悪臭にかき消されている。
「ここまで来れば…っ」
絶花が息を整えようと、ゴミ集積所の陰で立ち止まった。
その時だ。
「絶花、伏せろ!!」
俺の本能が、それはもう理屈をすっ飛ばして絶叫していた。王としての威厳も、男としてのメンツも関係ない。
すぐ側に在ったのは、ただ「死」そのものだ。
絶花の真上、ビルの隙間。
音を殺して、こちらの息遣いを伺うように――いや、違う。
こいつは、息遣いを「味わっている」んだ。
蛇が舌を出すように、八つの首の一つが、ぬるり、と現れた。
「ひ…っ」
絶花の顔が、今まで見た事がないほど真っ白になる。
蛇は、俺が思っていたよりもずっと静かに動く生き物なのだと、生まれて初めて知った。
巨大な黄金の鱗はヒビ割れており、その隙間からは怨念のような紫色の霧が噴き出している。表面を覆う無数の粘液の泡は、ポコポコと呼吸するように鼓動している。
ドロリ。
一筋、涎が落ちてきた。
地面に落ちた透明な液体が、アスファルトを「シュウゥ…」と溶かす。ただの涎だ。それだけで、俺たち人間の存在は消し飛ぶ。
グチュリ。
頭部が回転する。
無機質な黄金の目は、焦点が合っているのかすら分からない。
いや、合っていないんだ、きっと。
こいつにとって、俺たちは風景の一部。
ただの「生きている何か」でしかなく、殺すことにすら意識が向いていない。
壁を壊し、地面を歩く。
靴で踏み潰す蟻の顔を、人間がわざわざ覚えていないのと同じだ。
それが、これ以上ないほどに、俺の自尊心を粉々にした。
「ァ…あ…」
俺は情けなく震える足を動かし、絶花との間に割り込んだ。
盾になろうとしたのか、それとも、ただ怖くて彼女の背中に隠れたかったのか。
もう、自分でもわからなかったと思う。
「た、ろう……」
絶花が俺の服の裾を掴む。その手が、あまりにも冷たくて。
俺は彼女の恐怖を、背中越しに全部受け取ってしまった。
ああ、そうだ。
聞こえる。
彼女の心臓が、今にも張り裂けそうなほどに鳴っている。
俺は、王になる男だ。
仲間の居場所を作り、守り、共に笑うために、この唯我太郎は存在する。
だというのに――俺は、こいつの首一本すら、止められないのか?
ズ…ヅヅ…。
蛇の口が開く。さながら、地獄へ続く洞窟だ。
その奥で、黄金の光がチャージされていく。あれは、熱線か、それとも酸か。
時が止まったような一瞬。
絶花が口を開く。
きっと、私を置いて逃げて、とか、そんなことを言おうとしているんだろう。
バカ野郎。王が家臣を置いて逃げて、誰が国を作るっていうんだ。
「……来いよ」
俺は震える拳を握りしめ、黄金の瞳を真正面から睨みつけた。
「俺は唯我太郎だ。お前ごときに、俺の国は渡さない」
声は震えていた。
情けない、無様な、虫けら同然の命の、最後の悪足掻きだ。
だが、その時だった。
蛇の口に溜まった黄金の光が、爆発する寸前で止まった。
いや、止まったんじゃない。
目の前の空間そのものが、カッ、と眩く輝く青い光に包まれたのだ。
熱線を打ち消す、純粋な光の粒子。
星の瞬きよりも鋭く、夕陽よりも鮮やかな銀と青の閃光が、路地裏の闇を切り裂いた。
「っ…これは…!?」
光の中に、影が見える。
倒れ、傷つきながらも、ギラリとこちらを見据える、二つの眼。
俺の心臓が、恐怖とは違う理由でドクンと跳ねた。
まるで、“誰か”が俺の魂を呼んでいるかのような、そんな眩暈。
視界が、ホワイトアウトした。
いや、違う。視界だけじゃない。
俺の意識、魂、あるいは存在そのものが、白い洗濯機の中に放り込まれて、グルグルとかき回されているような感覚。
さっきまでアスファルトを溶かしていたオロチの熱線も、悲鳴も、瓦礫の崩落音も消えた。
あるのは、圧倒的な静寂だけ。
(死んだか?)
そう思うのに、痛みがない。
身体の感覚がないのだ。
指先の冷たさも、肺が焼けるような苦痛も、走り回った時の筋肉の悲鳴も。
すべてが「リセット」されたかのように、軽い。
あまりにも軽すぎて、自分がまだ生きている人間なのかどうか、確信が持てない。
まるで、水槽に浮かんだプランクトンになったような心細さ。
これが死後の世界だとしたら、案外拍子抜けするほど清淡な味付けだ。
だが。
暗転。
いや、青だ。
どこまでも深く、澄んだ青色の空間が、俺を包み込んでいた。
重力がない。
足元には白い光の粒子が、雪のようにゆっくりと舞い落ちている。
幻想的でありながら、どこか懐かしい。
朱川湊人の小説に出てくるような、人間の魂の原風景を切り取ったような場所だ。
「ここは…」
声が出た。
俺の声だ。
やっぱり、死んではいないらしい。死人に声は出せないだろうから。
ふと、視線を上げる。
遠くない。ものすごく近い場所に、それはいた。
巨大な、壁。
いや、壁じゃない。膝をついた巨人だ。
さっきまでの商店街で見た黄金の怪獣とは違う。
青と赤の、鮮やかな配色。
筋肉の起伏がくっきりと浮かび上がった、鍛え抜かれた肉体。
だが、そのボディはボロボロだった。
全身に亀裂が走り、そこから白い蒸気のようなエネルギーが漏れ出している。
まるで、何百回もパンチを受けた土俵際のボクサーだ。
額には青い宝石のようなランプがついているが、その光は弱々しく明滅している。
「お前…」
俺は呟く。
見覚えがある。
宇宙空間で、黄金の亡霊と渡り合い、次元の裂け目に飲み込まれていった――
「お前は
「よぉ」
巨人が顔を上げた。
「俺の名前はウルトラマンゼロだ」
鋭い眼光は健在だが、その声は少し掠れている。
「やっと繋がったな。迷い込んだ次元の狹間で、意識だけ漂ってたぜ」
「なんで俺の中に…いや、ここはどこだ?」
俺が周囲を見回すと、ゼロはフッと笑ってみせた。
ボロボロのくせに、どこか頼もしい笑顔だ。
「ここはお前の心の中だ。俺とお前の意識が接触した空間だよ」
「心の中? 精神世界ってやつかよ。ライトノベルでありそうな展開だな」
「なんだそれ。まあいい。単刀直入に言うぜ」
ゼロは、片膝をついたまま俺の方へ手を伸ばしてきた。
巨大な手だ。俺ごと握りつぶせるくらいの質量感がある。
だが、不思議と恐怖はなかった。
「俺は今、力尽きてる。あの黄金の奴との戦いでエネルギーも底をつき、身体も限界だ。このままじゃ、お前らの世界をあの怪獣から守ることはできない」
「だろうな。見てるだけで痛そうだ」
「だが、まだ方法はある」
ゼロの瞳が、まっすぐに俺を射抜く。
「お前と一体化するんだ」
「…は?」
「俺とお前。二人の心を一つにして、このピンチを乗り越えるんだよ」
またしても唐突すぎる。
一体化って、要するに合体か? 融合か?
俺の平穏な日常が、巨大怪獣によって破壊されたと思ったら、今度は宇宙のヒーローから融合交渉?
ツッコミどころが多すぎて、逆に笑けてくる。
「お前なぁ、さっきの状況見てただろ。俺はただの高校生だぞ。身体能力は普通だ。そんな凡人の俺と合体したって、お前の力は十分に発揮できないんじゃないか?」
「バカヤロウ」
ゼロが低く、しかし力強く言い放った。
「力ってのはな、肉体だけのもんじゃねぇんだよ」
「え?」
「お前があの怪獣の前で、震える足で立った。自分の命を投げ出してでも、後ろの奴を守ろうとした。その『勇気』、その『心』こそが、今の俺に必要な力だ」
ゼロの手が、俺の目の前で止まる。
その手には、奇妙なアイテムが握られていた。
十字型のメカニズム。中心には宝石のようなレンズが埋め込まれている。
「俺の体はボロボロだ。だが、お前の意思が俺を動かすなら、まだ戦える。お前の熱意が俺の光になるなら、あいつらを倒せる!」
ゼロの声が、空間に響き渡る。
これは取引じゃない。
命令でもない。
ただの、頼みだ。
「俺はウルトラマンゼロ。お前は?」
「…唯我太郎」
「唯我太郎。お前は、王になるんだろ?」
ニヤリと笑うゼロ。
俺の心を読んだのか、それともさっきの必死な抵抗を見て汲み取ったのか。
腹立たしいほどに、お似合いのツッコミだ。
「ああ、そうだ。俺は王になる男だ。自分の国を作り、誰が何と言おうと俺の家臣は守り抜く!」
「なら、決まりだ」
ゼロがアイテムを差し出す。
「俺と共に戦え、唯我太郎!お前の意思で俺を動かし、お前の拳で明日を切り拓け!俺の力を貸してやる。その代わり……」
「その代わり?」
「あいつらを倒したら、ウマい飯食わせろよな!」
その台詞に、俺は思わず吹き出した。
絶体絶命の危機。謎の怪獣出現。謎の宇宙ヒーローからの一体化要求。
シリアスもありゃコミカルもありだ。
だが、悪くない。
これならやれそうだ。
「俺と一緒に、戦ってくれ!ゼロ!」
次回の王は
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怪獣王
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幻想王