サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

790 / 823
ゼロとの出会い Part9

「うわ…」

俺は思わず声を漏らした。

人、人、人。

黄金週間の渋谷スクランブル交差点を、さらに濃縮して真空パックにしたような密度だ。

観光客、ビジネスマン、学生。

色とりどりの服を纏った個体たちが、それぞれの目的という名のフェロモンを撒き散らしながら、意味もなく蠢いている。

個々の意思なんてない。

ただ、圧倒的な数の細胞が、一つの巨大な臓器として呼吸している。

その吐息が、熱気となって俺たちの皮膚を舐め回してくる。

酸素が薄い。

二酸化炭素と、安っぽい香水と、汗の匂いが混ざり合い、粘度を増した空気が肺にへばりつく。

 

「あ…あぅ…」

俺の隣で、絶花が金縛りにあったように硬直した。

その顔色は、真っ白だ。

目が泳いでいる。口がパクパクと開閉しているが、音が出ていない。

発作か? いや、違う。

あれは「人見知り」の極地だ。

 

彼女にとって、他人は天敵だ。

特に、これほどの数の敵に囲まれたら、その防御本能が過剰に働く。

彼女の身体が、プルプルと小刻みに震え出す。

まるで、捕食者の群れに放り込まれた小動物だ。

 

「あの…すみません…通して…」

絶花が蚊の鳴くような声で呟くが、そんな微弱な信号、この群体のノイズにかき消されてしまう。

誰も彼女を見ていない。

いや、見えていない。

彼女は風景の一部として処理され、押し流されようとしている。

 

ダメだ。

このままじゃ、踏み潰される。

彼女の華奢な肩が、波のような人混みに揉まれて揺れている。

俺は無意識に、一歩前に出た。

 

「おい」

俺は振り返り、絶花の手を掴んだ。

冷たい。氷のように冷え切っている。

ビクリと彼女が反応し、上目遣いで俺を見る。

その瞳には、涙が滲んでいた。

 

「太郎…」

「ほら、来い。俺の背中に隠れろ」

 

俺は彼女の手を引いた。

自分の背中に彼女を隠すように、前に立つ。

俺の背中は広くない。

俺は軽口を叩きながら、人波をかき分けて進む。

群衆という名の巨大な生命体。その臓器の中を泳ぐように、俺たちは出口を目指した。

それにしても、だ。

新幹線のチケットを送りつけたのは誰だ?

オロチの関係者か? それとも、タルタロス本人か?

いや、違う。もしそうなら、もっと直接的な罠を仕掛けるはずだ。わざわざ新幹線に乗せて京都まで呼び出す理由がない。

 

『太郎』

ブレスレットから、ゼロの声が響いた。

その声は、先ほどまでの軽い調子とは違う。警戒している。

『気配を感じる』

 

「気配?」

俺は足を止めた。

絶花が背中に顔を埋めたまま、不安そうに俺の服を掴む。

 

『人間じゃない。でも、オロチみたいな悪意もない。敵意もない』

 

「敵意がない?」

『ああ。でも、明らかに俺たちを待ってたんだよ。この気配…向こうから近づいてきてる』

 

俺は周囲を見回した。

人混みは相変わらずだ。

だが、その中に異物が混じっている。

視覚では捉えられない。匂いでもない。

第六感とでも言うべき何かが、警鐘を鳴らしている。

 

『あっちだ』

ゼロの指示に従い、俺は視線を向ける。

改札口の向こう。駅の構内ではなく、外へと続く通路の先。

観光客の群れの中に、ぽっかりと空いた空白地帯があった。

まるで、そこだけ空間が切り取られたかのように、誰もいない。

 

「…見えてきたな」

俺は絶花の手を握ったまま、そちらへ歩き出す。

 

「た、太郎くん? どこ行くの…?」

「気になる奴がいるんだ。悪意はないらしいから、お前も一緒に来い」

 

人混みを抜け、その空白地帯へと足を踏み入れる。

瞬間、空気が変わった。

さっきまでの蒸し暑い熱気が嘘のように、ひんやりとした清涼感。

まるで、神社の境内に足を踏み入れた時のような、神聖な冷たさだ。

肺の奥まで洗われるような、純度の高い空気。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。