サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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ゼロとの出会い Part10

「お待ちしておりました」

 

その女性は、静かに頭を下げた。

年の頃は二十代半ばだろうか。

しっとりとした黒髪を肩のあたりで切り揃え、白い着物に身を包んでいる。

着物には銀糸で流水紋が刺繍されており、それが彼女の立ち姿だけで、まるで一幅の日本画のように完成されている。

だが、違和感。

彼女の存在は、この京都駅の喧騒と決定的にズレている。

周囲の観光客たちは、まるで彼女が見えていないかのように、その横を素通りしていく。

いや、本当に見えていないのかもしれない。

彼女の周囲だけ、空気の粘度が違う。光の屈折率が歪んでいる。

まるで、深い水底からこちらを見上げているような、不気味な透明感が彼女を包んでいた。

 

「あんたが、チケットを送りつけたのか?」

俺は一歩前に出る。

絶花は相変わらず俺の背中に張り付いている。

彼女の震えが、服越しに伝わってきた。これだけの人混みだ。そりゃあ人見知りも発動するだろう。

 

「はい。妖怪の勢力より、遣いとして参りました」

女性は顔を上げた。

その瞳は、深い琥珀色だ。

人間の目ではない。爬虫類のそれでもない。

もっと古い、もっと深い、原始の海のような色。

「私は白粉(おしろい)と申します」

 

『妖怪の勢力だってよ。お伽噺に出てくる奴らか?』

ゼロがブレスレット越しに呟く。

その声は、警戒しているが、敵意はない。

天聖もまた、珍しく沈黙している。黙っているということは、相手を測りかねている証拠だ。

 

「妖怪ねぇ…」

俺は腕を組み、白粉と名乗った女をまっすぐに見据えた。

「で、何の用だ? 俺たちは忙しいんだ。観光してる暇はないぜ」

 

「承知しております」

白粉は、口元にほのかな笑みを浮かべた。

「あなたがたが東京にて、八岐大蛇を討伐されたことは、すでに我々も把握しております」

 

「へぇ、情報が早いな」

「当然です。何せ、あれは本来、すでに滅びているはずの存在。なのに、なぜか現代に現れた。我々としても、捨て置ける問題ではなかったのです」

 

白粉の琥珀色の瞳が、俺の右腕――ウルトライズブレスレットに向けられた。

 

「我々は知りたいのです。あなたがたが倒した八岐大蛇の正体を。そして、あなたがたのことも」

 

「俺たちのことも?」

「はい。八岐大蛇を討った英雄のことを」

「提案があります」

白粉が、白い指を揃えて俺たちに向けた。

「我々の里へ来ていただけませんか? 統領が、直接お会いしたいと申しております」

 

「統領?」

「はい。京都の妖怪たちを束ねる、九尾の金狐。八坂様です」

 

俺は絶花と顔を見合わせた。

彼女はまだ俺の背中に隠れているが、その目は「大丈夫なの?」と問いかけている。

『面白そうじゃないか』

ゼロの声がブレスレットから響く。

『敵意はないって言ったろ。それに、こっちも聞きたいことが山ほどある』

 

「…わかった」

俺は頷いた。

「案内しろ。王として、招きには応じよう」

 

「ありがとうございます」

白粉が深々と頭を下げ、そして歩き出す。

俺たちは彼女の後に続いた。

 

白粉が向かったのは、駅の構内にある何の変哲もない壁の前だった。

いや、正確には壁ではない。

よく見ると、そこには古びた木戸が埋め込まれている。

周囲の観光客は、まるでそれに気づかないかのように通り過ぎていく。

まるで、空間の盲点に隠された異界への入り口だ。

 

「こちらです」

白粉が木戸を押す。

ギィ…と、蝶番の軋む音がして、向こう側から冷たく湿った空気が流れ込んでくる。

苔と、土と、古い木の匂い。

まるで、神社の裏手にある社務所の匂いだ。

 

「えっと…ここ、通っていいんですか?」

絶花が不安そうに聞く。

「はい。どうぞ、お進みください」

 

俺は絶花の手を引いて、木戸をくぐった。

その瞬間、世界が変わった。

 

「ここは…」

 

そこは、京都駅の喧騒が嘘のように消え去った、静寂の世界だった。

石畳の道がまっすぐに伸び、両脇には古い町家が立ち並んでいる。

だが、その町家は普通じゃない。

壁には無数の札が貼られ、軒先には見たこともない植物がぶら下がっている。

空は薄暗く、紫色の霧が立ち込めている。

光源は、道の両脇に等間隔で置かれた行灯だけだ。

その行灯の炎は、青白く揺らめいている。

 

「ここが、裏京都」

白粉が振り返り、説明する。

「人間の京都の、影に存在するもう一つの都。妖怪や物の怪たちが住まう、隠世の入り口です」

 

「裏京都…」

俺は思わず呟いた。

まるで、タイムスリップしたかのような光景だ。

いや、タイムスリップじゃない。

ここは、人間の世界と妖怪の世界が溶け合った境界だ。

小林泰三の小説で描かれる、論理と非論理が混ざり合った異界そのものだ。

石畳の下からは、何かが呼吸するような微振動が伝わってくる。

町家の窓からは、人のものではない影がチラチラと覗いている。

 

「ひぅ…」

絶花が小さく悲鳴を上げて、さらに俺の背中に張り付いてくる。

彼女の身体が小刻みに震えているのが伝わってきた。

「だ、大丈夫なんですか、ここ…」

「大丈夫だ。敵意はないってゼロも言ってたろ」

 

『そうだ。だが、気配の数は多いな』

ゼロが警戒した声で言う。

『それも、かなりの大物がいる』

 

白粉は黙って歩き続ける。

やがて、石畳の道の先に、一際大きな屋敷が見えてきた。

朱塗りの鳥居と、白壁の塀。

その向こうには、巨大な社が鎮座している。

まるで、伏見稲荷大社を彷彿とさせるような壮麗さだ。

だが、その美しさの裏には、ゾッとするような重圧感がある。

まるで、建物自体が生きているかのような、脈動を感じるのだ。

 

「こちらです」

白粉が鳥居をくぐり、社の奥へと俺たちを案内する。

広間には、畳が敷き詰められ、正面には御簾がかかっている。

その御簾の向こうに、誰かが座っているのが見えた。

 

「八坂様。お連れしました」

白粉が膝をつき、深く頭を下げる。

 

御簾が、静かに上がった。

 

「おおきに。よく来てくれたなぁ」

 

現れたのは、金髪の美女だった。

腰まで届く黄金の髪。陶器のように白い肌。

切れ長の瞳は、狐のように鋭く、そして蠱惑的だ。

年齢は二十代半ばに見えるが、その瞳の奥には、数百年、いや数千年の時が積み重なっている。

着物は、金糸で九尾の狐が描かれた豪華なものだ。

そして何より、彼女の背後で揺れるのは――九本の尾。

黄金色に輝く、巨大な狐の尾が、優雅に揺らめいている。

 

「わ、わぁ…」

絶花が感嘆の声を漏らす。

そりゃあ驚くだろう。

俺だって、これほどの美人は初めてだ。

だが、その美貌に見惚れている場合じゃない。

彼女は妖怪の長。この裏京都の、頂点に立つ存在なのだ。

 

「うちが八坂や。京都の妖怪たちをまとめとる九尾の狐や。よろしゅうな」

 

八坂は、ゆっくりと笑みを浮かべた。

その笑顔は、優雅でありながら、どこか小悪魔的な色気を帯びている。

 

「それで、おたくらが、ヤマタノオロチを倒した英雄さんたちやな?」

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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