サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
「お待ちしておりました」
その女性は、静かに頭を下げた。
年の頃は二十代半ばだろうか。
しっとりとした黒髪を肩のあたりで切り揃え、白い着物に身を包んでいる。
着物には銀糸で流水紋が刺繍されており、それが彼女の立ち姿だけで、まるで一幅の日本画のように完成されている。
だが、違和感。
彼女の存在は、この京都駅の喧騒と決定的にズレている。
周囲の観光客たちは、まるで彼女が見えていないかのように、その横を素通りしていく。
いや、本当に見えていないのかもしれない。
彼女の周囲だけ、空気の粘度が違う。光の屈折率が歪んでいる。
まるで、深い水底からこちらを見上げているような、不気味な透明感が彼女を包んでいた。
「あんたが、チケットを送りつけたのか?」
俺は一歩前に出る。
絶花は相変わらず俺の背中に張り付いている。
彼女の震えが、服越しに伝わってきた。これだけの人混みだ。そりゃあ人見知りも発動するだろう。
「はい。妖怪の勢力より、遣いとして参りました」
女性は顔を上げた。
その瞳は、深い琥珀色だ。
人間の目ではない。爬虫類のそれでもない。
もっと古い、もっと深い、原始の海のような色。
「私は白粉(おしろい)と申します」
『妖怪の勢力だってよ。お伽噺に出てくる奴らか?』
ゼロがブレスレット越しに呟く。
その声は、警戒しているが、敵意はない。
天聖もまた、珍しく沈黙している。黙っているということは、相手を測りかねている証拠だ。
「妖怪ねぇ…」
俺は腕を組み、白粉と名乗った女をまっすぐに見据えた。
「で、何の用だ? 俺たちは忙しいんだ。観光してる暇はないぜ」
「承知しております」
白粉は、口元にほのかな笑みを浮かべた。
「あなたがたが東京にて、八岐大蛇を討伐されたことは、すでに我々も把握しております」
「へぇ、情報が早いな」
「当然です。何せ、あれは本来、すでに滅びているはずの存在。なのに、なぜか現代に現れた。我々としても、捨て置ける問題ではなかったのです」
白粉の琥珀色の瞳が、俺の右腕――ウルトライズブレスレットに向けられた。
「我々は知りたいのです。あなたがたが倒した八岐大蛇の正体を。そして、あなたがたのことも」
「俺たちのことも?」
「はい。八岐大蛇を討った英雄のことを」
「提案があります」
白粉が、白い指を揃えて俺たちに向けた。
「我々の里へ来ていただけませんか? 統領が、直接お会いしたいと申しております」
「統領?」
「はい。京都の妖怪たちを束ねる、九尾の金狐。八坂様です」
俺は絶花と顔を見合わせた。
彼女はまだ俺の背中に隠れているが、その目は「大丈夫なの?」と問いかけている。
『面白そうじゃないか』
ゼロの声がブレスレットから響く。
『敵意はないって言ったろ。それに、こっちも聞きたいことが山ほどある』
「…わかった」
俺は頷いた。
「案内しろ。王として、招きには応じよう」
「ありがとうございます」
白粉が深々と頭を下げ、そして歩き出す。
俺たちは彼女の後に続いた。
白粉が向かったのは、駅の構内にある何の変哲もない壁の前だった。
いや、正確には壁ではない。
よく見ると、そこには古びた木戸が埋め込まれている。
周囲の観光客は、まるでそれに気づかないかのように通り過ぎていく。
まるで、空間の盲点に隠された異界への入り口だ。
「こちらです」
白粉が木戸を押す。
ギィ…と、蝶番の軋む音がして、向こう側から冷たく湿った空気が流れ込んでくる。
苔と、土と、古い木の匂い。
まるで、神社の裏手にある社務所の匂いだ。
「えっと…ここ、通っていいんですか?」
絶花が不安そうに聞く。
「はい。どうぞ、お進みください」
俺は絶花の手を引いて、木戸をくぐった。
その瞬間、世界が変わった。
「ここは…」
そこは、京都駅の喧騒が嘘のように消え去った、静寂の世界だった。
石畳の道がまっすぐに伸び、両脇には古い町家が立ち並んでいる。
だが、その町家は普通じゃない。
壁には無数の札が貼られ、軒先には見たこともない植物がぶら下がっている。
空は薄暗く、紫色の霧が立ち込めている。
光源は、道の両脇に等間隔で置かれた行灯だけだ。
その行灯の炎は、青白く揺らめいている。
「ここが、裏京都」
白粉が振り返り、説明する。
「人間の京都の、影に存在するもう一つの都。妖怪や物の怪たちが住まう、隠世の入り口です」
「裏京都…」
俺は思わず呟いた。
まるで、タイムスリップしたかのような光景だ。
いや、タイムスリップじゃない。
ここは、人間の世界と妖怪の世界が溶け合った境界だ。
小林泰三の小説で描かれる、論理と非論理が混ざり合った異界そのものだ。
石畳の下からは、何かが呼吸するような微振動が伝わってくる。
町家の窓からは、人のものではない影がチラチラと覗いている。
「ひぅ…」
絶花が小さく悲鳴を上げて、さらに俺の背中に張り付いてくる。
彼女の身体が小刻みに震えているのが伝わってきた。
「だ、大丈夫なんですか、ここ…」
「大丈夫だ。敵意はないってゼロも言ってたろ」
『そうだ。だが、気配の数は多いな』
ゼロが警戒した声で言う。
『それも、かなりの大物がいる』
白粉は黙って歩き続ける。
やがて、石畳の道の先に、一際大きな屋敷が見えてきた。
朱塗りの鳥居と、白壁の塀。
その向こうには、巨大な社が鎮座している。
まるで、伏見稲荷大社を彷彿とさせるような壮麗さだ。
だが、その美しさの裏には、ゾッとするような重圧感がある。
まるで、建物自体が生きているかのような、脈動を感じるのだ。
「こちらです」
白粉が鳥居をくぐり、社の奥へと俺たちを案内する。
広間には、畳が敷き詰められ、正面には御簾がかかっている。
その御簾の向こうに、誰かが座っているのが見えた。
「八坂様。お連れしました」
白粉が膝をつき、深く頭を下げる。
御簾が、静かに上がった。
「おおきに。よく来てくれたなぁ」
現れたのは、金髪の美女だった。
腰まで届く黄金の髪。陶器のように白い肌。
切れ長の瞳は、狐のように鋭く、そして蠱惑的だ。
年齢は二十代半ばに見えるが、その瞳の奥には、数百年、いや数千年の時が積み重なっている。
着物は、金糸で九尾の狐が描かれた豪華なものだ。
そして何より、彼女の背後で揺れるのは――九本の尾。
黄金色に輝く、巨大な狐の尾が、優雅に揺らめいている。
「わ、わぁ…」
絶花が感嘆の声を漏らす。
そりゃあ驚くだろう。
俺だって、これほどの美人は初めてだ。
だが、その美貌に見惚れている場合じゃない。
彼女は妖怪の長。この裏京都の、頂点に立つ存在なのだ。
「うちが八坂や。京都の妖怪たちをまとめとる九尾の狐や。よろしゅうな」
八坂は、ゆっくりと笑みを浮かべた。
その笑顔は、優雅でありながら、どこか小悪魔的な色気を帯びている。
「それで、おたくらが、ヤマタノオロチを倒した英雄さんたちやな?」
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王