サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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偽物の王様 Part4

教室の空気が重い。

 

いや重いなんて生易しいもんじゃない。まるで泥水の中に沈んでいるような息苦しさだ。誰も俺と目を合わせない。話しかければ視線が逸られる。コソコソと囁かれる陰口が、まるで見えない虫の羽音のように鼓膜を突き刺してくる。

 

俺は学校という生体の免疫系によって「異物」として認識され排除されようとしているのだ。細胞レベルでの拒絶反応。俺の存在そのものが周囲の環境を腐敗させているかのような錯覚に陥る。

 

握りしめた拳が机の下で震えていた。爪が掌に食い込む痛みだけが俺の正気を繋ぎ止めている。喉が乾いた。唾液を飲み込もうとしても食道が痙攣してうまくいかない。

 

失敗すれば更なる孤立が待っている。それは理解している。だが王は退かない。

 

「ねえ太郎くん。顔怖いよ?」

 

明るい声が俺の泥沼から引きずり出した。

 

明智あんな。ピンク色の髪。制服を少しだけアレンジしたセーラー服。そして太陽に向かっていきそうな笑顔。

 

彼女だけだ。クラス全員が俺を避けている中で真正面から俺と対峙しているのは。

 

「…誰が怖い顔をしてるか。これは王の威厳だ」

 

「威厳が怖いって、根本的に間違ってると思うけどなぁ」

 

あんなは唇を尖らせて抗議する。だがその瞳は少しも怖がっていない。むしろキラキラと輝いている。この少女の神経はどうなっているのだ。恐怖を感じる回路が配線ミスで楽しさの方に繋がってしまっているのかもしれない。

 

「それより次どうするの? 小林さん、直感が霞むんでしょ?」

 

「ああ。あいつの擬態は完璧すぎる。ゼロが言うには感情が高ぶった時しか綻びが出ないらしいが……」

 

俺はちらりと教室の中央を見た。委員長の小林が背筋を伸ばしてプリントを整理している。穏やかな表情。整った振る舞い。どこからどう見ても優等生だ。あそこまで完璧だと逆に怪しい。だが今の俺にあいつを直接揺さぶるのはリスクが高すぎる。失敗すれば全校生徒の前で「宇宙人認定」を叫ぶ狂人になるだけだ。

 

『相棒焦るな』

 

ブレスレットからゼロの声が響く。

 

『小林は保留だ。今お前がぶつかっても奴が「可哀想な唯我くん」扱いで丸め込まれるだけだ。まずは消去法だ。残りを潰せ』

 

「…分かってる」

 

俺は舌打ちを飲み込んだ。ゼロの言う通りだ。小林は最後だ。まずは他を潰す。

 

「じゃあどうする? 残る候補は山田と渡辺だけど……」

 

あんながバンと机を叩いた。音が小さく響き近くの生徒が驚いて振り返る。

 

「もう! 直感ばかりに頼ってたら日が暮れちゃうよ! 証拠、証拠! 昨日の理科室で見つけた粘液、あれが付いてるかどうか直接見ちゃえばいいんだよ!」

 

「直接見るって……服を剥ぐのはお前が通報するだろう」

 

「する! 絶対する! ……って、そうじゃなくて!」

 

あんなが髪をかき上げ作戦的な顔つきになった。その目がキラキラと輝く。まるでゲームの攻略法を思いついた子供のように無邪気で、それでいて鋭い光を宿している。

 

「掃除の時間があるでしょ? 山田くん今日の掃除当番だったよね。ロッカーや部活の道具、確認する隙はあるはずだよ」

 

「ほう。直感型かと思いきや意外と頭が回るな」

 

俺は少しだけ感心した。

 

「えっ褒められた? 照れるなぁ」

 

「褒めてない」

 

「褒めてない顔して褒めた!」

 

あんなが頬を膨らませる。だが作戦は決まった。掃除の時間を利用して山田の持ち物を直接確認する。地味だが確実な捜査だ。

 

俺はもう一度教室の中を見回した。

 

教室の喧騒の中、山田が窓際の席で惰眠を貪っているのが見えた。だらしなく頬杖をついたその姿は、宇宙人というよりは単なる怠け者だ。そして渡辺は廊下側の席で一人静かに本を読んでいる。背中が丸まっていていつも通り暗い。

 

「山田は窓際。渡辺は廊下側。掃除の時間は山田が先だ。あいつがロッカーを開ける瞬間を狙う」

 

「了解! じゃあ私は陽動担当ね!」

 

あんなが小さくガッツポーズをした。その無邪気さが今の俺には救いだった。この少女がいなければ俺はとっくに潰れていたかもしれない。

 

「あんな」

 

「なに?」

 

「……ありがとうな」

 

俺は視線を逸らしながら呟いた。王が家臣に礼を言うのは減るものじゃない。だが照れくさい。

 

「えっ今ありがとうござって言った?」

 

「聞き間違いだ」

 

「言った! 絶対言った! 私聞いたもん!」

 

あんながニコニコと笑った。その笑顔が教室の淀んだ空気の中で唯一の光源のように見えた。

 

掃除のチャイムが鳴るまであと十分分。俺の拳の中で爪が掌に食い込む痛みが少しだけ鋭くなった。

 

掃除のチャイムが鳴った。

 

教室が一斉に動き出す。椅子が引きずられる音、雑巾を絞る水音、誰かが「今日どこ掃除する?」と叫ぶ声。日常の騒音が一つの大きな波になって教室を満たしていく。

 

その波に乗って、俺たちも動いた。

 

「山田くん今日ロッカー付近の掃除当番だよね」

 

あんなが小声で確認する。俺は頷いた。

 

山田は窓際の席から立ち上がり、だらだらとロッカーの方へ歩いていた。手には雑巾。やる気はない。背中が曲がっている。宇宙人だったらもっと背筋が伸びているはずだ。いや、擬態しているなら逆か。怠け者を演じる宇宙人。あり得ない話じゃない。

 

『相棒、お前が動くのは山田がロッカーを開けた瞬間だ。中身を確認する時間は長くて五秒。それ以上はリスクが高い』

 

ゼロの助言が脳裏に響く。五秒。短い。だが十分だ。粘液の有無さえ確認できればいい。

 

「あんな、陽動頼む」

 

「任せて! 私、雑巾掛けなら自信あるんだ!」

 

「雑巾掛けに自信がある人間がいるのか」

 

「いるの! 私が!」

 

あんなは雑巾を手に取ると、まるで戦場に向かう兵士のように顔を引き締めた。その顔があまりにも真剣すぎて逆に笑える。いや笑っている場合じゃない。

 

彼女は勢いよく床に雑巾を当てた。

 

「よし! 掃除頑張るぞー!」

 

声がでかい。教室中の生徒が一斉に振り返る。あんなは全く気にする様子もなく、雑巾を床に押し付けてゴシゴシと擦り始めた。

 

「ちょっと何その雑巾掛け? すごい音出してるけど」

 

近くの女子生徒が驚いて声をかける。

 

「えっ普通だよ? 雑巾掛けってこういうものでしょ?」

 

全然普通じゃない。彼女の雑巾掛けは明らかに不自然だった。力が強すぎる。床が軋む音がする。雑巾が床を擦るたびにキィキィと甲高い音が響き、まるでネズミが壁の中で暴れているような騒音を撒き散らしている。

 

だがそれが逆に功を奏した。

 

山田がロッカーの方で「なんかうるさいな」と振り返る。あんなの方向に意識が向いた。今だ。

 

俺は素早く山田のロッカーに近づいた。

 

心臓が早鐘を打っている。ドクン、ドクン、ドクン。肋骨が内側から叩かれているような激しい鼓動。背中に冷たい汗が伝う。誰かに見られたら終わりだ。「また唯我が何かやろうとしている」という烙印を押される。

 

カチャ。

 

ロッカーの扉が微かに開いていた。山田が掃除道具を取り出した時に閉め忘れたのだ。ラッキーだ。いや王の運だ。王たる者、偶然すら味方につけるものだ。

 

指先で扉を少しだけ押し開ける。

 

微かな金属音がした。蝶番が軋む音。心臓が止まりそうになった。だが周囲の注意はあんなの雑巾掛けパフォーマンスに向いている。あの騒音が俺の隠密行動を完璧にカバーしていた。

 

『早くしろ相棒。五秒じゃ足りねぇぞ』

 

ゼロの声が急かす。

 

ロッカーの中は薄暗かった。携帯のライトを点けるわけにはいかない。明かりが漏れたら一発でバレる。俺は目を凝らした。

 

まず目に入ったのは体育着のバッグだ。青いナイロン製の袋がロッカーの底に詰め込まれている。だらしない。口が閉まっていない。

 

俺はバッグの手触りを確認した。指先がナイロンの表面を滑る。乾いている。ぬるりとした感触はない。粘液の付着なし。

 

次にバッグの中身を軽く探った。指先が布の感触を拾っていく。体操着。体操帽。そして何かに触れた。

 

硬い。小さい。プラスチックのような質感。

 

俺は反射的にそれを取り出した。

 

薄暗がりの中で目を凝らす。

 

それはキーホルダーだった。

 

マスコットキャラクターだ。ピンク色の丸い生物。目が大きくて口が小さい。可愛い。いや殺人的に可愛い。こういうキャラクターの名前は知らないが女子中高生が教科書にぶら下げているやつだ。

 

それが山田の体育着バッグにぶら下がっていた。

 

「…は?」

 

更にロッカーの奥を見る。

 

弁当箱が置いてある。布製の巾着に入っている。巾着を少しだけ開けると、中から手作りっぽいおにぎりが見えた。のりが綺が綺麗に巻いてある。梅干しらしき赤い点が中央にある。

 

手作りだ。誰が作った? 母親か? それとも山田自身か?

 

どちらにせよ宇宙人が梅干しのおにぎりを巾着に入れて持ってくるだろうか。擬態のためだとしてもここまで手が込んだ擬態をするだろうか。

 

いや、ババルウならやりかねない。ゼロが言っていた。奴らは何千年も他の星の住人に化けてきた。完璧な擬態を維持するためには、日常の細部まで再現する必要がある。おにぎり一つ、キャラクターキーホルダー一つ、造作もないことだ。

 

だが。

 

俺の指先は粘液を感知しなかった。バッグにもロッカーの内壁にも弁当箱の巾着にも。ぬるりとしたあの不快な感触はどこにもない。

 

『どうだ相棒』

 

ゼロの声が響く。

 

「粘液はない。ゼロ、お前の感覚でどうだ」

 

『俺も確認する。お前の触覚を共有して…』

 

一瞬の沈黙。ゼロが俺の五感を経由してロッカー内の情報を読み取っている。

 

『なし。ババルウの擬態粘液は検出されない。宇宙微粒子も反応なし。こいつは…人間だ』

 

「そうか」

 

俺は安堵と共に息を吐き出した。だが同時に胸の奥に微かな痛みが走った。

 

山田は宇宙人じゃなかった。

 

ただの高校生だ。可愛いキーホルダーをつけて、手作りのおにぎりを食べて、掃除をだらだらやる。どこにでもいる、普通の、人間。

 

俺はこいつの持ち物を勝手に漁った。疑った。宇宙人かもしれないと。

 

「…俺も大概だな」

 

小さな呟きが口から漏れた。罪悪感が胃の腑に重くのしかかる。王として民を守るべき人間が、民を疑い盗み見る。この矛盾が喉に刺さった魚の骨のように抜けなかった。

 

ロッカーを元の位置に戻す。音を立てないようにゆっくりと。

 

「よしっ掃除完了!」

 

あんなが立ち上がった。額に汗が滲んでいる。床がピカピカだ。磨きすぎて滑りそうだ。

 

「あんなお前床削ってないか」

 

「削ってないよ! でもツヤ出たでしょ?」

 

「出すぎて逆に怪しい」

 

山田があんなの方に歩いてくる。俺は自然な動作で壁際に離れた。

 

「おい山田お前のロッカー閉まってたか」

 

近くのクラスメートが声をかける。俺の心臓が跳ねた。

 

「あ? 閉まってたけど」

 

「そうか。まあいいや」

 

クラスメートはそれ以上追求しなかった。助かった。あんなの雑巾掛けパフォーマンスが功を奏したのだ。

 

「太郎くんどうだった?」

 

あんなが小声で聞いてくる。俺は首を横に振った。

 

「粘液なし。山田は白だ」

 

「やった! じゃあ次は渡辺くんだね」

 

あんなが明るく言う。だが俺の表情は暗いままだ。

 

「どうしたの? 疑いが晴れたんでしょ? 喜ばしいことじゃない」

 

「ああそうだ。だが…」

 

俺は一瞬言葉を止めた。山田のロッカーの中に見えたあの可愛いキーホルダーと手作りのおにぎりが脳裏に焼き付いて離れない。

 

「いや何でもない。行こう次だ」

 

俺は歩き出した。罪悪感を背負ったまま。

 

王として正しいことをしているはずだ。だが正しいことが常に気持ちいいわけじゃない。これが王者の道というやつかもしれない。

 

『相棒』

 

ゼロが静かに言った。

 

『お前その罪悪感捨てるなよ。それがお前を人間にしてるんだ』

 

「…うるさい」

 

俺はぶっきらぼうに返した。だがその声が少し震えていたのをゼロは聞き逃さなかっただろう。

 

次は渡辺だ。最後の候補。ここで粘液が見つからなければ残るは小林のみになる。

 

俺の拳がまた震え始めていた。

 

休み時間のチャイムが鳴り、教室が再び騒がしくなる。

 

俺の視線は一点に固定されていた。廊下側の席。渡辺だ。

 

彼はいつも通り背中を丸め、古びたカバンを手に取った。トイレか、それとも自販機か。移動する。今がチャンスだ。

 

「行くぞ、あんな」

 

「了解! ぶつかる係、行きまーす!」

 

あんなが小走りで渡辺の軌道上に潛り込む。

 

まるでディフェンスラインを破るQBのようだ。いや、もっと無秩序で無軌道な動きだ。

 

ドンッ!!

 

鈍い衝撃音が廊下に響いた。

 

時が止まったように見えた。

 

渡辺の手からカバンが滑り落ちる。留め金が衝撃で外れ、口がパカリと開く。

 

そして、中身が宙に舞った。

 

ノート。教科書。筆箱。それらが重力に従い、まるでスローモーション映像のようにゆっくりと床へ散乱していく。

 

俺の目は、その一つ一つの軌跡を追った。

 

粘液だ。あの乳白色の不快な膜が、どこかにへばりついていないか。

 

教科書がパラパラとページをめくりながら落下する。表面は乾いている。

 

ノートの表紙が床に叩きつけられる。汚れはない。

 

筆箱が開き、中からシャープペンシルや消しゴムが散弾のように飛び散る。ぬるりとした感触はない。

 

「あっご、ごめんなさい! 私不注意で…!」

 

あんなが大げさに頭を下げる。演技にしては大げさだが、彼女の場合は地が明るいのでそこまで違和感はない。

 

渡辺が驚きのあまり一瞬硬直していたが、やがて屈み込む。

 

「あ、いえ、大丈夫です…」

 

渡辺の声は小さい。いつもの暗い声だ。

 

俺も屈み込んだ。

 

早く中身を確認しなければ。だが、目に入ったのは、勉強の痕跡ではない別の何かだった。

 

床に滑り落ちた一冊の小さな手帳。

 

中が開き、そこから数枚の写真がこぼれ落ちた。

 

家族写真だ。

 

渡辺の、だらしない背中とは対照的に、写真の中の彼は幼い頃、両親に挟まれて満面の笑みを浮かべている。

 

そして、写真の横に挟まっていたメモ用紙。

 

『がんばれ渡辺くん。明日もファイト!』

 

震える字で書かれている。お母さんの字だろうか。

 

「…」

 

俺の指先が止まった。

 

宇宙人が家族写真を持ち歩くか? 母親からの応援メモを大切にカバンにしまうか?

 

ババルウならやりかねない。擬態を完璧にするためだ。

 

だが、俺の指先は、粘液の不快な感触を感知しなかった。

 

カバンの底に手を入れた。乾いた布の感触。宇宙微粒子の冷たい悪寒もない。

 

違う。こいつも違うんだ。

 

『相棒』

 

脳内でゼロの声がした。静かに、しかし断定的に。

 

『反応なし。微粒子も粘液も出てねぇ。こいつは人間だ』

 

その確定が、俺の胃を冷たく締め付けた。

 

渡辺は震える手で写真を拾い、急いで手帳にしまっ込んだ。

 

その表情は、驚きから恥ずかしさ、そして深い落胆へと変わっていた。

 

自分の生活の、ちょっとしたプライベートを晒された屈辱。それが彼の背中をさらに丸めさせている。

 

「す、すまん。俺も手伝う」

 

俺は散らばった教科書を拾い上げた。

 

その時だ。

 

「おい、何やってんだ?」

 

背後から声がした。

 

振り返ると、数人のクラスメートが廊下の入り口からこちらを見ていた。

 

彼らの目が、散らばった荷物と、渡辺と、そして俺を見ている。

 

「唯我、お前また何かやったのか?」

 

「え?」

 

「だってさ、最近変なこと多いじゃん。お前が近くにいるとさ…」

 

囁き声が、物理的な重さを持って俺の背中にのしかかってきた。

 

視線だ。

 

クラスメートたちの視線が、まるで無数の寄生虫のように俺の皮膚に食い込んでくる。

 

「またやった」

 

「関わらない方がいい」

 

「本当きもっとるわ」

 

負のエネルギーが可視化できそうなほど、空気が重く濁っていく。

 

これは擬態だ。見えないババルウが周囲の空気を操作しているのか?

 

いや違う。これは純粋な人間の悪意だ。排他性だ。群れから異物を排除しようとする免疫反応。

 

俺はその異物なのだ。

 

「ち、違うんです! 私がぶつかって…!」

 

あんなが慌てて俺の前に出る。太陽のような少女が、俺という暗がりを必死に守ろうとしてくれている。

 

だが、クラスメートたちの冷たい視線は止まない。

 

「はいはい、転校生が坊ちゃんに荷物持たされてるわけね」

 

「ろくでもねーな、本当に」

 

彼らはそう吐き捨てて去っていった。

 

後に残されたのは、散らばった日常の残骸と、俺たち三人だけだ。

 

渡辺は黙ってカバンを抱え、小走りで去っていった。

 

その背中は、俺を見ていなかった。ただ逃げたかったのだ。俺という「疫病神」から。

 

「太郎くん…」

 

あんなが心配そうに俺の顔を覗き込む。

 

俺は拳を握りしめていた。

 

爪が掌に食い込む痛みだけが、俺がまだここにいることを教えてくれている。

 

「粘液はなかった。渡辺も違う」

 

俺は絞り出すように言った。

 

「じゃあ…残るは」

 

「ああ」

 

候補は一人だけだ。

 

直感が霞み、完璧すぎる擬態を誇る委員長。小林。

 

だが、今の俺に「直接ぶつかって剥がす」ことができるのか?

 

周囲の疑念はもはや確信に変わった。俺が一歩間違えば、ただの犯罪者として排除される。

 

「完全に孤立しちまったな」

 

俺は自嘲気味に笑った。

 

王として、これは最悪の盤面だ。

 

だが、やるしかない。

 

放課後の教室は、オレンジ色の黄昏に染まっていた。

 

窓枠が長い影を床に落とし、まるで牢獄の柵のように見える。

 

生徒たちは全員帰った。俺という「疫病神」にこれ以上関わらないために、蛛の子を散らすように逃げていったのだ。

 

教室には俺とあんな、二人だけ。

 

俺は机に突っ伏していた。

 

背中が丸まり、まるでエビのように縮こまっている。

 

情けない。

 

王になる男が、このざまだ。

 

山田の可愛いキーホルダー。渡辺の家族写真。

 

俺は二人のプライベートを土足で踏み荒らし、その上で「人間だった」という結論だけを得た。

 

罪悪感が胃の腑に鉛のように沈んでいる。

 

そして周囲の視線はもはや疑念を通り越して確信に変わった。「唯我太郎は危険人物だ」と。

 

孤立。完全な孤立だ。

 

免疫系に弾き出された異物は、社会という巨大な臓器の中で息絶えるのを待つしかないのか。

 

『相棒』

 

ゼロの声が脳内で響く。

 

『落ち込んでる暇はねぇぞ。候補は絞られたんだ』

 

「分かってる…」

 

俺は呻いた。

 

候補は小林だけだ。

 

だがあいつの擬態は完璧だ。あんなの直感すら霞むほどの。

 

どうする? 精神的に追い詰めて綻びを探す?

 

無理だ。今の俺があいつに絡んでも、周囲が「あの変質者がまた」という目で見るだけで、あいつ自身は涼しい顔で「唯我くん、大丈夫?」と助け舟を出すに決まっている。

 

詰んでる。

 

盤面は詰んでいる。

 

「太郎くん」

 

頭上から声が降ってきた。

 

顔を上げると、あんながいた。

 

逆光の中に立つ彼女は、オレンジ色の光をまとっていて、まるで天使のように見えた。

 

彼女が俺の机に手を置く。

 

温かい。

 

その手から伝わる体温が、冷え切った俺の頬にじんわりと染み込んでいく。

 

「まだ終わってないよ」

 

あんなの瞳は迷いがなかった。

 

真っ直ぐで、透明で、どこまでも温かい光。

 

「小林さんだけが残ってる。そして私の直感が霞む相手。だからこそ、やることは一つでしょ?」

 

「…一つ、か」

 

俺はゆっくりと体を起こした。

 

背筋がミシミシと音を立てる。まるで錆びついた機械だ。

 

「あいつの擬態は完璧だ。直感も通じない。遠巻きに探るのはもう限界だ」

 

「うん」

 

「ならやることは一つ。皮を剥ぐしかない」

 

俺は言い切った。

 

小林の席を見る。

 

整然と並んだ机と椅子。そこには誰もいない。

 

だが俺には見える気がした。

 

完璧な人間の仮面の下で、粘液を垂らしながらニヤリと笑う宇宙人の顔が。

 

ババルウ星人。

 

奴はそこにいる。

 

直感が霞むなら、物理的に接触して無理やり晴らす。

 

恐怖を与え、怒らせ、あるいは追い詰めて、その仮面を剥がしに出る。

 

「王として、最後の戦だ」

 

俺は立ち上がった。

 

夕日が俺の影を長く伸ばす。

 

それはまるで巨人の影のようでもあり、孤独な怪物の影のようでもあった。

 

「あんな、お前の直感を信じる。俺が奴とぶつかった時、お前がその瞬間を見逃すな」

 

「うん! 任せて! 私の『はなまる』判定を見逃さないから!」

 

あんながニカッと笑った。

 

その笑顔が、俺の胸の奥の闇を少しだけ照らした。

 

俺たちは小林の席をもう一度見つめた。

 

夕暮れの教室に、静かなる決意の炎が灯った。

 

次の授業。あるいは放課後の職員室前。

 

いつでもいい。奴と接触できる瞬間を見つけたら、即座に仕掛ける。

 

皮を剥がすための、王の突撃だ。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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