サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
足元のコンクリートが震えた。
ドォォン!!
ババルウが屋上に飛び出してきた。
扉の枠を粉砕し、壁の一部をえぐり取りながら、紫色の巨体が夜空の下に姿を現す。二本の角が星明かりを反射して、鋭く光っていた。
「クックックックックッ… ようやく逃げ場所がなくなったな」
ババルウが立ち上がった。屋上の広さなら、その巨体を存分に伸ばせる。二メートル六十を超える身長が、夜空を背にして影のように立っている。
「逃げてない」
俺は言った。
屋上の端。フェンスの前。後ろに下がる場所はない。だが、下がる必要もない。
ここは広い。十分に広い。変身しても建物を崩す心配はない。夜だ。生徒も帰宅している。人目も少ない。
全ての条件が揃った。
ババルウの爪が光った。紫色の光が、鋭く湾曲した鉤爪の表面を舐めるように走る。
「少女を逃がしたところで無駄だ。お前が死ねば、彼女もいずれ捕らえる。ゆっくりと、じっくりとな」
「……」
俺は左手首のブレスレットに触れた。
冷たい金属の感触。ウルトライズアイのブレスレット。ゼロへの変身アイテム。
指先が本体に触れた。スナップのように取り外す。手の中に収まる、ゼロの目元を思わせる横長のアイ型デバイス。黒とガンメタリックの外装。複雑な回路状の発光ライン。
「無駄かどうかは、勝ってから決める」
俺はウルトライズアイを構えた。
ババルウの目が細められた。赤い瞳孔が收縮する。俺の手にあるデバイスに、何かを感じ取ったのか。
「その光… お前、まさか…」
「まさかじゃない」
俺はトリガーに指をかけた。
「最初からこれを使うつもりだった」
夜風が吹いた。屋上のフェンスがガタガタと音を立てる。遠くでサイレンの音が聞こえる。日常の音だ。だが、ここから先は非日常だ。
「行くぞ、相棒」
『ああ。いつでもいいぜ、相棒』
ゼロの声が脳内で響く。頼もしい声だ。待っていましたと言わんばかりの声と共に、俺はウルトラマンゼロへと変身する。
俺はゼロの目元を象ったデバイスを天に掲げた。
“背中に流れるは星の海。二万年の鍛錬、光の翼となれ”
自分の声が、自分のものじゃないように聞こえる。
いや、これは俺の声だ。俺のけれど奥底でずっと眠っていた何かが目を覚ますような、不思議な響きだった。
ウルトライズアイの起動スイッチを押し込む。
瞬間、白い閃光が夜の校舎を包み込んだ。
光が渦を巻く。小さな粒が集まり、線になり、束になり渦を巻いて俺の身体を中心に巨大な光の柱が立ち上る。屋上というステージごと世界が白く染まる。夜を、星を、月を、ぜんぶ覆い隠すほどの輝き。
「おおおおおお……ッ!」
光の奔流に身体が飲まれていく。
浮遊感。落ちる感覚。伸びる感覚。
全身の骨が、筋肉が、皮膚が人間のそれから有り得ない速度で再構築されていく。熱い。痛い。だが、同時に「帰ってきた」という確信があった。ゼロの身体に。戦士の身体に。
光が弾けた。
――そして、屋上に銀と赤の巨人が立っていた。
身長二メートル六十のババルウがまるで子供のおもちゃのように小さく見える。校舎が、フェンスが街が、豆粒のように足下に広がっている。夜風が顔を打つ。星が視界いっぱいに瞬いている。
(っ……すげえ……!)
高さがまるで違う。世界が小さすぎる。変身した瞬間、五感の全てが何百倍にも拡張された。肺が無限に膨らむような開放感。風の匂い。遠くのサイレン。空気中の微細な振動。すべてが手に取るようにわかる。
『上等だ、相棒ぉ』
頭の中にゼロの声が響く。声が近い。まるで自分のすぐ隣に立っているような。いや、今は本当に隣に立っている――同じ身体の中に。
ババルウが屋上から飛びのいた。
紫色の身体が跳躍する。五十メートル近い高さから道路へビルの谷間へ。人気のない夜の学校でよかった。あいつも、ゼロの出現に反応して巨大化したのだ。
紫の光が夜の街に弾け、直後、空気が震えた。
俺の目の前に、巨人が立つ。
全長、俺とほぼ同じ。五十メートル近い紫色の巨体。二本のおうごんの角が月明かりを反射し、長い尾がビルの窓を薙ぎ払いバリンと砕ける音が盛大に遅れて届く。
「――なるほど。貴様、最初から化け物だったか」
ババルウが巨大な口を歪めて嗤った。
「だが、驚きはしない。人間ごときがこの星の守護者とは笑わせる。しかしそれならば――」
ババルウは右手を胸の前から空へ突き出した。
すると足下の闇が突然もりもりと盛り上がった。排水溝の泥を煮詰めたような黒い塊。怨念の形。不意に強烈な臭気が夜の空気に放たれた。
「その顔、頂くぞ」
瞬間、その黒い塊がパァンと弾けてババルウの全身を覆った。
(まさか――!?)
黒い霧が、渦を巻く。
「クックックックックック……見ろ、我が新たな姿を!」
黒い霧が一条の光を孕んで爆ぜた。
そこに立っていたのは、まさしく――
“ウルトラマンゼロ”
銀と赤のボディ。頭部に装着された二本のスラッガー。目のブーメラン。額のビームランプ。全身の模様フォルム、すべてがゼロそのもの。
違う。全然違う。
その身体は、銀色ではなく鈍く黒ずんだ鉄の色。赤い線は血が固まったような、どす黒い真紅。目の周りは凶悪に歪み両目が毒々しい紫色に燃え狂っている。
――偽物だ。姿だけを、コピーした。
「似せやがったな……テメェ!」
俺の中で強い苛立ちが弾けた。これは間違いなく俺の感情だけじゃない。ダメだ、ゼロ、落ち着け……!
「うるせえ! 俺のこの面を勝手に使いやがって――!」
ババルウは閧笑した。
「ははははははは! いい面だ! この力、この姿、まさに完璧。我らババルウ一族の擬態は姿のみならず技さえコピーできるのだ。これが“完璧な模倣”よ。貴様の光のみならず、その力ことごとく我がものとなった」
偽ゼロが右手をかざす。
空気が歪む。光の粒子が収束し、腕に迸る。
「――ワイドゼロショットとでも呼ぶか?」
偽物は腕をL字に組んだ。
「させるか!」
俺は地を蹴った。巨大な肉体が音を置き去りにして偽物との間合いを一瞬で詰める。右拳に光を溜め、その面を正面から殴り砕く。
偽物も応じる。同じ速さ。同じ力。同じ軌道。
俺の拳と偽物の拳が夜の街で激突した。
ドゴォォォンッ!!!
周囲のビルの窓が、まとめて衝撃波で砕け散る。ガラスの破片が黒い空に舞い上がり星みたいに煌めいて、一瞬だけ時間が止まったように見えた。
互いに拳を押し合い、火花が散る。
「どうした? 自分と戦う気分は?」
偽物が嗤う。
「自分と戦えることを光栄に思えや、馬鹿野郎」
俺も嗤い返す。
(これはちょっと……面倒な相手だな)
同じ力、同じ速度、同じ技。そしてババルウ自身の戦闘経験と本物のゼロの格闘術が混ざり合っている。だが、決定的に失くしているものが一つ。
――心だ。
ゼロには、俺との絆がある。
あんなとの約束がある。
光の国での仲間との戦いがある。
そして、この地球で出会った人々への想いがある。
それらが、俺に“本物”の力をくれる。
『相棒、行くぜ。二万年早いぜって言ってやれ』
(ああ。偽物には“永遠に”分からないだろうがな)
俺は、偽ゼロの顔を真っ直ぐに見据えた。
「その面に免じて一つだけ警告してやる」
偽物が眉をひそめる。
「面貸せ、なんて二流のヤクザが使う台詞じゃねえぞ」
夜空に、青と赤の光が交差する。
銀と黒の巨人が、都市を背に静かに対峙した。
――戦いは、まだ始まったばかりだ。
「おい、お前のソレ、隙だらけだぜ」
俺はスッと半身になった。左拳を前に、右拳を腰に。
笑った。心の底から。
「本物はな、偽物と違って“積み重ね”ってモンがあるんだよ」
星の光が、ウルトラマンゼロの銀の身体に一筋流れた。
その光が、あんなの手の中で小さな駒に――“王国の駒”に、金色の線を描くように宿っていた。
「来いよ、偽者」
俺は指を二本立てた。
「俺を真似ようなんて、二万年早いんだひょ」
次回の王は
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妖怪王
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幻想王