サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
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# 6章 無罪放免と厄介な家臣
月曜日の朝。
駒王学園中等部の昇降口で、俺は「おかえり」と言われた。
クラスメート数人からだ。昨日までは視線を逸らされていた相手が、今日は目を見て挨拶してくる。人間の体温変化の激しさは、怪獣の擬態よりも不可解だ。
「太郎くん!」
背後から声がかかった。振り返る前に分かった。この足音のリズムは絶花だ。
振り返ると、そこにいたのはいつも通りの侍少女だった。長い黒髪に桃色の差し色。切れ長の目。駒王学園中等部の黒いブレザー。サラシで固く押さえられた胸元。
だが、いつもと違う点が一つ。
目が赤い。
泣いていたのか。いや、目の端が微かに腫れている。昨晩、俺がババルウと戦っている間、絶花は安全な場所で待っていたはずだ。だが、待っている間の彼女は戦っている時より辛かったのかもしれない。
「…あの、よかった」
絶花が言った。それだけだ。それだけ言って、口を閉じた。言い淀んでいる。何かを言いたいのに、言葉が喉で詰まっているのだ。
「ああ。無事だ」
俺は短答した。それ以上何か言うと、こっちまで感情が溢れそうだったからだ。
絶花が俯いた。長い睫毛が震えている。桃色の瞳が潤んでいる。泣きそうだ。いや、もう泣いている。声を出さずに泣いている。
(…うわ、どうしよう)
女の子の涙に弱い。特にこの幼馴染の涙には。昔からだ。小学校の時に絶花が転んで泣いた時も、俺の方が焦って泣きそうになった。
「太郎くんが、無罪になって、よかったって、それだけ、言いたくて…」
声が震えている。最後の方はほとんど聞こえない。だが、伝わった。
「…バカ。お前が泣くことじゃないだろ」
俺は絶花の頭に手を置いた。ぽんぽんと二回、軽く叩く。子供扱いだ。だが今の絶花にはこれくらいがちょうどいい。
絶花がビクッと肩を跳ねさせた。そして、小さく頷いた。涙を袖で拭い、顔を上げた。目はまだ赤い。だが、表情は少し緩んでいる。
「…うん。ごめん、さい」
「謝るなよ。別に」
俺は手を離した。手のひらに微かな温もりが残った。
(…いや、今のは触れただけだからな。何も意味はない。うん)
「太郎くーん!」
二度目の呼び声。今度は別の方向からだ。聞き覚えのある、元気の良すぎる声。
明智あんなが走ってきた。制服のスカートを翻しながら、昇降口の階段を駆け下りてくる。慌てている。いや、興奮しているのか。目が輝いている。あんなの目は元々大きいが、興奮するとさらに大きくなる。今は限界まで見開かれている。
「聞いたよ太郎くん! 小林が犯人で、学校の怪事件は全部ババルウ星人の仕業だったんでしょ!?」
あんなが俺の前に滑り込んできた。靴底が床をキィと鳴らす。チャイムの三十分前だというのに、もう情報が回っているのか。学校の噂ネットワークは怪獣の擬態より速い。
「…お前、どこでその情報を」
「昨日の夜、屋上で見たのを話したの! 先生に!」
あんなは胸を張った。昨日の夜。屋上。そうだ。あんなは屋上で俺がゼロに変身してババルウと戦うのを見ていたのだ。いや、見ていたというより、見ざるを得なかった。屋上の扉は蹴破られていて、外に出れば巨大戦が見えたはずだ。
「先生に話したって…あんな、俺が変身したことは…」
「言ってないよ! そこは秘密でしょ? 私、約束は守るもん」
あんなが人差し指を唇の前に立てた。ニヤリと笑う。悪戯っぽい顔だ。
「ただ、小林が犯人らしいってことと、太郎くんが冤罪だったってことを話しただけ。そしたら今朝、校長先生が太郎くんに謝罪したって聞いたよ」
「…ああ、そういうことか」
今朝の職員室での出来事を思い出す。校長が深々と頭を下げた。教頭が横で「申し訳なかった」と繰り返した。理科室の証拠品が小林のものと一致したのだ。俺の潔白は証明された。
「太郎くん、これからもよろしくね」
あんなが手を差し出した。握手を求める手ではない。何かを請う手だ。
「これからもって…何が?」
「事件解決!」
即答された。
「太郎くんの周りには変なことが起きるでしょ? 京都の怪異も、今回のババルウも。だから、これからも私が太郎くんの力になる!」
あんなが一歩踏み出した。距離が近い。目が近い。大きい。輝いている。
「あのな、あんな。俺は探偵じゃないし、ヒーロー事務所でもないんだぞ」
「知ってる。でも太郎くんは助けるでしょ? 困ってる人がいたら。黙って見過ごせないでしょ?」
ぐ、と言葉が詰まる。
反論できない。正論すぎる。
(この女、たまに鋭いんだよな)
あんなの直感は時々残酷なほど正確だ。俺が変身できることを知らなくても、俺の性質を見抜いている。困っている人を見捨てられない。それが俺だ。ゼロと一体化してから、その傾向は加速している。
「…それで、あんな。お前は俺の周りで起きる事件に関わるつもりなのか? 危ないぞ」
「危ないのは知ってる。でも」
あんなが俺の目を真っ直ぐに見た。
「私、屋上で見たの。太郎くんが私を逃がして、一人で戦ったの。あの時の太郎くんの顔、ずっと忘れない」
俺は目を逸らした。見られたくなかった顔を見られた。王の顔でも、幼馴染を守る男の顔でもない。ただの必死な顔だ。
「だから、私も太郎くんの力になりたい。お願い」
あんなが両手を合わせた。拝むような形だ。必死だ。本気だ。
(…はぁ)
溜息が出た。諦めの溜息だ。こいつは引かない。絶対に引かない。そういう目だ。
「わかった」
俺はポケットに手を入れた。
指先が触れた。冷たい金属の感触。丸みを帯びた小さな塊。
王国の駒。
兵士の駒だ。
俺はそれを取り出し、あんなの前にかざした。昨日と同じだ。暗い階段であんなに駒を握らせた時と同じ光景。だが、昨日は「持って逃げろ」という意味だった。今日は違う。
「これを持ってる限り、お前は俺の周りから離れられなくなるぞ」
駒が光った。淡い金色の光。朝の陽射しを受けて、小さな駒が暖かく輝く。
あんなが目を丸くした。駒を見て、俺を見て、また駒を見た。
「…これ、もらっていいの?」
「もらうんじゃない。預けるんだ」
俺はあんなの手を取った。掌に駒を握らせた。あんなの指が駒を包み込む。昨日と同じように、白くなるほど強く握る。
「でも、これは…」
「兵士の駒だ。俺の神器、王国の駒の一つだ。これを持ってる限り、お前と俺は繋がる。俺が危ない時は助けに来い。お前が危ない時は俺が行く」
あんなが駒を見つめた。金色の光が、あんなの瞳の中で反射している。
「…約束?」
「ああ。約束だ」
あんなが顔を上げた。泣きそうな顔だ。いや、笑っているのか。泣き笑いのような、微妙な表情だ。
「うん。約束!」
あんなが駒を胸に抱きしめた。心臓の上に、金色の光が灯る。
「太郎くん、これからもよろしくね!」
「…ああ。よろしく」
俺は頷いた。頷いてから、はっと思い出した。
(…俺、今、家臣を増やしたのか?)
王国の駒。王が家臣に渡す駒。兵士の駒をあんなに渡した。これは事実上、あんなを家臣に迎え入れたということではないか。
「あ、あの、太郎くん…」
絶花が小声で言った。俺を見ている。その目が微妙に潤んでいる。いや、嫉妬しているのか。
「その駒、私も、もらっても…いいのですか?」
言い淀んでいる。顔が赤い。耳まで赤い。
「えっ」
「いや、その、あの、別に欲しいわけじゃなくて、ただ、その…」
絶花がブツブツと言い淀んでいる。顔が沸騰している。湯気が出そうだ。
(いや、絶花。お前はもう家臣みたいなもんだろ。幼馴染で、侍で、Zに変身できるし)
「…後でな。今はあんなに渡したばかりだ」
俺は誤魔化した。絶花が「はい」と小さく頷いた。残念そうな顔をしていない。安堵している。約束をもらったからだ。
(…俺の周り、女の子が増える一方だな)
ゼロの声が脳内で響いた気がした。が、今は沈黙している。たぶん、笑いを堪えているのだ。
「さぁ、行こう太郎くん! 授業始まっちゃう!」
あんなが俺の手を引いた。駒を片手で握りしめたまま。絶花がその後ろを無言でついてくる。
朝の昇降口を、三人で歩く。
いつも通りの朝だ。
いつも通りの、とは言えない朝だ。
俺のポケットの中に残る駒は、あと何個あるだろうか。王になる、と言った。王には家臣が必要だ。家臣が増えるということは、守らなければならないものも増えるということだ。
だが、悪くない。
「太郎くん、早く!」
「はいはい、待てよ」
「あの、待ってください…」
三つの足音が廊下に響く。
いつもの朝になった。
次回の王は
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怪獣王
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幻想王