サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
「お怪我はありませんか!」
青い髪の少女が俺たちの前に駆け寄ってきた。
背筋がピンと伸びている。まるで竹を立てたみたいに真っ直ぐだ。肩幅に脚を開き両手を体側に添えた立ち姿は、どこか武術家のそれに近い。だが顔つきは年相応の少女だ。頬が少し紅潮していて、息も僅かに弾んでいる。
「あ、ああ。大丈夫だ」
俺が答えると、彼女はホッと胸を撫で下ろした。大きな青い瞳がゆらゆらと揺れている。緊張しているのか指先が微かに震えていた。
「ここは危険です。早く避難してください」
ソラはそう言ってもう一度、俺たちのことをグルリと見回した。警戒しているのだ。霧の残滓がまだ薄く漂っている。彼女の背中の翼はもう消えていたが制服の肩口から立ち上る魔力の残光が、まるで彼女自身が星になったみたいにチカチカと瞬いていた。
「お前、一体何者だ?」
俺が短く問うた。隣で絶花が一歩身構える気配があった。あんなは俺の袖を掴んだまま、ソラをまじまじと観察している。
すると少女は、それはもう見事なまでにビシッと姿勢を正して元気よく名乗った。
「わたしはソラ! ソラ・ハレワタールです! アースガルズの見習いヴァルキリーです!」
声が大きい。商店街のアーケードに声が反響して、ぱちぱちと鳩が飛び立った。
「……ヴァルキリー?」
俺は眉をひそめた。聞き覚えのない単語ではなかった。たしか北欧神話に出てくる。戦場で死んだ勇士を選ぶ女たち。戦乙女。だが、それが今この場に立っているというのか。
「あの、北欧神話の……戦乙女、ですか?」
絶花が恐る恐る言った。さすがは剣士。神話や伝承に詳しい。俺は「ニホンゴ、ワカリマセン」という顔をしているわけにもいかないので小さく頷いておいた。
「すごい! 天使みたいな!」
あんなが目を輝かせて身を乗り出した。天使。確かにあの背中の翼といい青と白の清潔な雰囲気といい、天使と言われれば見えなくもない。
「ヴァルキリーって、本物なの? 空から降ってくるとは思わなかったよ」
俺は半信半疑の態度で腕を組んだ。実際、魔物を一撃で蹴散らすような少女を前にして疑う余地はあまりない。だが、神話の存在が“見習い”として人前に出てくることがあるのか。
「はい。あの、ええと……」
ソラは一瞬言い淀み、うつむいた。長い睫が頬に影を落とす。一拍置いて覚悟を決めたように顔を上げる。
「わたしたちヴァルキリーは、北欧神話に伝わる戦乙女です。戦士の魂を導き神域を守る者。……と、本に書いてあります」
最後の方が少し声が小さくなった。
「書いてありますって、お前、見習いなんだろ?」
「そうです。まだ正式なヴァルキリーではありません。でも、駒王町で起きている異変を追ってはるばる北欧からやってきました」
ソラはそう言って右手を胸の前に当てた。心臓の上だ。拳を軽く握り、自分の意志を確かめるみたいにそこへ押し当てている。
「異変って、さっきの霧と魔物のことか?」
「はい。あれは『霧魔』と呼ばれる下級の魔物です。ここ最近、駒王町ではああいう魔物が夜になると現れるようになって……誰かが何かを仕掛けている気がするんです」
ソラは語尾を強めた。口調は敬語だが内側に熱い意志が込められている。怒っている、のかもしれない。無関係な人々が傷つけられることが。
「だからあなたたちも、早く安全な場所へ。夜の駒王町は……」
「夜は危ない、か。そういうことなら俺たちも無関係じゃないな」
俺が呟くと、ソラはきょとんと首を傾げた。
(こいつ、本当にこちらの素性には気付いていないんだな)
ウルトラマンゼロと一体化している俺。神器を持つ絶花。王国の駒を受け取ったあんな。みんなこの町の異変に巻き込まれる側の人間だ。むしろ、見習いとはいえソラ一人に背負わせるのは寝覚めが悪い。
「無関係じゃないって、どういう意味ですか?」
「あとで話すよ。それより、お前ヴァルキリーって言うなら一度じっくり話をさせてくれないか?」
「話、ですか?」
「ああ。俺たちもこの町の異変については少なからず知ってる。情報交換をしたい」
ソラは少し迷う素振りを見せた。年下の相手も多い。まずは仲良くなるところからだ。
「わかりました。わたしでよければ、お話しさせていただきます」
彼女はこくりと頷いた。
「ただし、危ない場所からは離れてください。あなたたちを守るのが先ですから」
そう言うと、ソラはふわっと笑った。先ほどまで魔物を薙ぎ倒していた戦乙女と同じ人物とは思えない柔らかい笑みだった。
あんなが「うん!」と大きく返事をした。絶花も、小さくだが頷く。
(守るのが先か。そういうことを真っ直ぐ言える奴は、悪い奴じゃないんだろうな)
俺は胸の中でゼロに話しかけた。
『相棒、どう思う?』
『悪くねえな。つーか、アイツ声はええな。青いし。星の戦士っぽくて親近感あるぜ』
(その基準はお前だけだ)
俺たち四人は、夕暮れの商店街を後にした。どこか静かな場所で互いの素性を明かすために。
ソラ・ハレワタール。アースガルズの見習いヴァルキリー。
その正体が判明し彼女の所属する勢力・調査目的が分かった。次なる謎は、まだ夜の街に渦巻いている。
「来るぞ」
俺の声が、空気を裂いた。
ソラが説明を途中で止めた。青い瞳が俺の視線を追う。商店街のアーケードの奥。薄紫の霧が、さっきまでと違う密度で立ち込めている。
ざわり。
空気が震えた。さっきの霧魔が現れた時と同じ振動。だが質が違う。もっと重い。もっと濃い。まるで地面の下から泥が沸き上がってくるような、粘度のある気配だ。
「ソラ、さっきの霧魔と同じ種類か?」
「いえ…これは」
ソラが息を呑んだ。彼女の表情が変わった。見習いヴァルキリーの凛とした顔が、一瞬だけ子供のそれに戻る。恐怖ではない。未知の脅威に対する警戒だ。
「もっと上の個体です。霧魔より格上。おそらく霧獣」
「霧獣?」
「霧魔が群れで動く下級種なら、霧獣は単体で動く中級種。戦闘力が段違いに…」
ソラの言葉が途切れた。
霧が裂けた。
現れたのは、さっきの霧魔とは似て非なるものだった。
大きい。二メートルを優に超える体躯。だが、それだけではない。形が違う。霧魔が人の形を模した影だとすれば、こいつは獣だ。四つ足。巨大な犬か狼を思わせる輪郭。だが全身は霧の粒子で構成されていて、輪郭が絶えず崩れては再生している。首の周りに鬣のような紫色の炎が揺らめき、目は二つではなく六つ。額の中央に特に大きな瞳が嵌り込まれ、それがゆっくりとこちらを向いた。
グルルルル…
喉の奥で音が鳴っている。唸り声ではない。空気そのものが振動して音になっている。まるで巨大な空洞の中に風が吹き込んでいるような、低く重い共鳴音だ。
「一匹だけ…だよな?」
「はい。ですが、一匹で霧魔の群れに匹敵する戦闘力を…」
「上等」
俺は一歩前に出た。
ソラが「えっ」と声を上げた。俺の横に並んだ絶花も、僅かに腰を落としている。
「太郎くん、変身は…」
あんなが小声で言った。俺は首を横に振った。
「往来だ。変身すれば目立つ。それに、試しておきたいこともある」
試したいこと。それは俺の指示が通るかどうかだ。王国の駒の王の駒が、戦場以外でも機能するのか。あんなに渡した兵士の駒が、微弱でも強化をもたらすのか。そして何より、俺が人間のままでも戦況を読んで味方を動かせるのか。
(やるしかない)
俺の目が戦場を捉えた。アーケードの柱。地面のデコボコ。霧の流れ。風向き。光源。全ての情報が頭の中で盤面として組み上がる。
「絶花」
「はい」
「右だ。アーケードの柱の陰を取れ。霧獣の左側が死角になる。そこから牽制してくれ」
絶花が頷いた。一瞬のためらいもない。俺の指示を聞くなり動き出していた。ブレザーの裾が翻り、桃色の髪が弧を描く。
彼女は走りながら胸元に手を当てた。金色の粒子が漏れる。天聖だ。刀剣型神器が顕現する。まだ刀身は見えない。だが、絶花の身体から微かな闘気が溢れ始めた。
「あんな」
「は、はい!」
「前へ出ろ。俺の斜め後ろ、三歩の距離を保て」
「え、でも私戦えない…」
「戦わなくていい。俺の目になるんだ。霧獣の動きで変だと思ったら教えろ。何でもいい。違和感があれば声を出せ」
あんなが一瞬戸惑った。だが、胸元の駒を握りしめると覚悟を決めたみたいだ。金色の光が指の隙間から漏れる。
「わ、わかった!」
あんなが俺の斜め後ろへ回った。その足取りがさっきより軽い。兵士の駒の効果か。強化は微弱だ。本人が気付かない程度。だが身体への負荷が減り反応速度が僅かに上がっているはずだ。
「あなたたちは…」
ソラが呆気に取られていた。青い瞳が俺たち三人を交互に見ている。
「わたしの話を聞いてなかったのに、どうしてそんなに上手く…」
「説明は後だ。ソラ、お前は正面から当たれ。俺が合図を出すまで時間を稼げるか?」
「はい! できます!」
ソラの表情が引き締まった。迷いが消えている。声のトーンが一オクターブ上がった。信頼だ。出会って五分も経っていない相手の指示に従っている。見習いゆえの甘さか、あるいは戦士の勘か。どちらでもいい。動いてくれれば。
霧獣が動いた。
速い。さっきの霧魔とは比較にならない。四つ足の獣の突進。アスファルトを削りながら、紫色の巨体が弾丸のように飛んでくる。
「ヒーローの出番です!」
ソラが叫んだ。
彼女の背中に青白い翼が展開する。魔力の翼。光の粒子が羽根となって散る。ソラは地面を蹴り、空中へ。
霧獣の突進を上から回避する。いや、ただ跳んだだけではない。空中で体をひねり、ルーンを展開した。
空中に青い文字が走る。幾何学的な紋様が連なり、ソラの足元に足場を形成する。見えない道だ。空中に固定された魔力の足場を蹴って、ソラは加速した。
「えいっ!」
右脚が霧獣の背中を打つ。ドガッ。だが霧獣は体表の霧が衝撃を吸収したのか、微かに体勢を崩しただけだ。
「硬い…!」
ソラが着地しながら呟いた。霧獣が振り返る。六つの目がソラを捉える。口が開いた。紫色の粒子が溜まっていく。遠距離攻撃の予兆だ。
「ソラ、左へ跳べ!」
俺の声にソラが反応した。一瞬の差で左へ飛ぶ。直後、紫色の光線がソラがいた場所を焼き抜いた。アスファルトが溶ける。熱ではなく、存在が削り取られたような歪な穴が穿たれている。
「危ない…! ありがとうございます!」
「礼は後だ。絶花、今だ!」
「はい!」
アーケードの柱の陰から絶花が飛び出した。霧獣の左側。死角。俺の指示通りの位置だ。
絶花の右手に金色の粒子が集束し、一振りの日本刀が顕現した。天聖。白銀の刀身が夕暮れの光を受けて煌めく。
「推して参ります!」
古風な口上が響く。戦闘に入ると絶花の言葉が変わる。丁寧語が消え、武人の言葉になる。
絶花が地を蹴った。速い。普通の女子中学生の速度じゃない。剣術で鍛えた身体能力と天聖の闘気が、彼女を弾丸に変える。
霧獣が気配を感じて振り返る。だが遅い。絶花の刀が弧を描いた。
「せっ!」
一刀。霧獣の前脚を掠めた。肉を斬った手応えはない。だが、刀が触れた部分の霧が一瞬だけ晴れる。本体が見えた。
(そこか)
俺の視線が霧獣の内部構造を捉えた。霧の殻の中に、核のようなものがある。胸の奥。紫色の光が脈打つ小さな球体。
「あんな! 霧獣の胸を見ろ。光るものがあるか?」
「あっ…ある! 紫の、球体みたいなのが…!」
あんなの声が即座に返ってきた。彼女の直感は鋭い。俺の目が届かない角度からでも、異常を感知する。
「位置は胸の中央、やや右!」
「右ですね! ソラさん、胸の右側です!」
絶花が叫ぶと同時に、ソラが再び飛んだ。
なるほど。伝言の役割を果たしている。絶花は正面から敵を見ていないと位置が掴めない。だが、あんなの情報を合わせれば立体的な把握ができる。俺が盤面を読み、あんなが座標を補足し、絶花が位置を確定する。ソラがそれを叩く。
(…意外と悪くない)
ソラが空中でルーンを展開した。今度は三つ。青い文字が空中に三角形を描き、ソラの拳に集束する。魔力が圧縮され、青白い光が拳を包む。
「はぁっ!」
ソラの拳が霧獣の胸を打った。右側。あんなが示した座標。正確無比。
ドォォン!!
衝撃波が霧獣の体表の霧を吹き飛ばす。紫色の粒子が散乱し、本体が露わになる。そこにあった。拳大の紫色の球体。脈打つ核だ。
「見えました!」
ソラの歓喜の声。
「はっ!」
だが霧獣はまだ動いている。残った五つの目が赤く発光し、全身の霧が膨張した。反撃だ。体表の霧が触手のように伸びていく。ソラの腕に絡みつく。
「しまっ…!」
「絶花! 藪蘭!」
俺の声に絶花が反応した。二天一流の歩法。高速移動による残像を囮に残し、敵の背後へ回り込む技だ。
絶花の姿が一瞬消えた。霧獣の目が残像を追う。その隙に絶花は霧獣の背後へ回り込んでいた。
「せいっ!」
逆袈裟の一太刀。霧獣の背中から胸にかけて一刀が走る。刀そのものは肉体を斬らない。だが、天聖の簒奪能力が発動した。霧獣の生命力が刀を通して奪取される。
ぐおぉぉ…
霧獣が呻いた。力が抜けていく。霧の触手がソラの腕から緩む。
「今ですソラさん!」
絶花が叫ぶ。ソラが自由になった腕でルーンを再展開。今度は五つ。空中に五芒星の陣が描かれ、その中心にソラの右拳が収まる。
「これで…!」
魔力が炸裂した。五芒星の光が拳に集束し、青白い光が金色の閃光へと変わる。
「ヒーローの出番です!」
ソラが叫んだ。拳が霧獣の核を打つ。
ドォォォン!!
爆発。紫色の霧が内側から弾け飛ぶ。核が砕け、霧獣の輪郭が崩壊していく。六つの目が順番に潰れ、巨体が粒子となって夜風に散っていく。
静寂が戻った。
霧が晴れていく。商店街のアーケードが再び姿を現す。壊れたアスファルトと溶けた地面だけが、さっきまで戦いがあったことを証明していた。
ソラが着地した。足元がふらつく。魔力を使いすぎたのか。だが倒れない。拳を握ったまま立っている。
「はぁ…はぁ…」
肩で息をしている。俺もだ。人間の身体で全力で指示を出し続けるのは、意外と精神力を削る。額の汗を袖で拭った。
「太郎くん、やったね…!」
あんなが俺の横に来た。駒を握った手が震えている。だがその震えは興奮だ。瞳が輝いている。
「ええ。なんとか」
「太郎、次はもっと早く指示を出してください。藪蘭のタイミングが少し早くて角度が…」
絶花が真顔で言いながら刀を納めた。天聖が金色の粒子となって胸元に消える。
「戦い終わってからの感想戦かよ。お前は」
俺が呆れていると、ソラがこちらを振り返った。
青い瞳が、俺たち三人を交互に見ている。その表情には驚きと、それ以上の何かが浮かんでいた。
「あなたたち…一体何者なんですか?」
ソラの声が弾んでいた。警戒ではない。純粋な感嘆だ。
「わたし一人では霧獣には勝てなかった。でも、あなたたちがいてくれて。指示を出してくれて。位置を教えてくれて。あの女の子の剣が霧を割ってくれて…!」
ソラの頬が紅潮している。興奮している。まるで試合に勝った子供のように顔が明るい。
「あの、わたし、あなたたちのお名前をまだちゃんと聞いてなくて…」
「俺は唯我太郎。こっちは宮本絶花。で、こいつが明智あんな」
俺が順番に紹介すると、ソラは一礼した。背筋が伸びる。見習いと言えど、礼儀作法はしっかりしている。
「太郎さん、絶花さん、あんなさん。ありがとうございました。わたし一人では勝てない相手でした。あなたたちのおかげです」
「礼はいい。俺たちもこの町の異変を追ってる。利害は一致してるんだ」
「利害が一致…ですか?」
「ああ。お前が何を調べに来たのかは聞いた。だが、俺たちもこの町の怪異には関わりがある。だから協力するのは自然だろ」
ソラは一瞬きょとんとしてから、ふわりと笑った。
「はい! ぜひ協力してください。わたし、未熟です。でも未熟なりに前に進みます。だから…」
彼女は右手を差し出した。握手を求める手ではない。拳だ。握りしめた拳を前に出している。仲間への挨拶だ。
「よろしくお願いします!」
俺はその拳を見た。小さな拳だ。だのさっき、その拳で霧獣の核を砕いた。迷いのない青い瞳が、俺を真っ直ぐに見ている。
(…面倒なのが増えたな)
そう思った。
(でも、悪くない)
そうも思った。
「ああ。よろしく」
俺は自分の拳を軽くソラの拳に当てた。あんなが「わあ!」と歓声を上げ、絶花が小さく「よろしくです」と呟いた。
夜風が吹いた。霧は晴れている。商店街に静けさが戻る。
だが、これで終わりじゃない。霧獣を出した何かがまだいる。ソラの言う通りだ。
俺は夜空を見上げた。星が見える。数個だけど。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王